まえがき
これは、『想いを受け継ぐ者』の番外編です。
第弐拾話の後日談にあたります。
駄文書きの未練たらしい話ではありますが、もし興味を示されるようでしたら、少々のお目汚しの程、ご勘弁下さい。
ＢＹ．ＡＢＣ
２０１７年１２月２０日────
年の瀬が近付いた街……最後の戦闘からそろそろ２年近くが経ち、第３新東京市はほぼ昔の姿を取り戻していた。
無骨な兵装ビルや電源ビルはなりを潜め、あれから一度も動いていない。
暮らす人々の顔にも、昔のように、いつ緊急事態になるかなんて脅えも見えない。
そう、この地で行われた戦いを最後に、『使徒』は現れておらず、対特殊災害対策機関となったネルフも、開店休業状態だった。
街はクリスマス一色……店を飾るイルミネーションや看板も、それを一層煽っている。
休暇を取っていたリツコは、ミサトに呼び出されて夜の街に来ていた。
「はぁ……どこもかしこも、Xmas、Xmas……まったく、鬱陶しいったらありゃしない」
「ミサト、何かあったの？」
街を歩く人を見ながら、ふて腐れたように愚痴をこぼすミサトに、リツコは訳を尋ねてみた。
「べっつにぃ、何にもないわよ」
と言いつつ、明らかに何か含んだような言い方……リツコはすぐにピンと来た。
「分かった、リョウちゃんでしょ……そっか、まだ帰ってきてないのね、日本に」
「まあったくっ！なぁにが『遅くとも１０日過ぎには帰る』よっ！今日が何日だと思ってるのよっ！連絡すら寄越さないでっ！」
怒り爆発するミサト。
「確か、アメリカへ取材旅行に行ったって聞いてるけど……そう、まだ戻ってないの」
「今度こそ、愛想も尽きたわっ！ぜっったいに許してなんかやらないからっ！」
リツコは溜息を付いた。ミサトの『許さない』はいい加減聞き飽きているからだ。
「はいはい、分かったわよ。で、その憂さ晴らしの相手に選ばれたわけね、私は」
「そーゆー事よ、リツコ。ってな訳で、今夜は帰さないからね！」
「私は構わないけど……あの子達はどうするの？」
「ん〜?あの子達ぃ？レイとアスカなら泊まりがけで実験じゃなかったっけ？」
「……そうだったわね。今回は直接担当してないから忘れてたわ」
「そんでは、しゅっぱぁつ！」
機嫌がいいのか悪いのか、妙に陽気なミサトに連れられて、リツコは夜の街に消えた。
同時刻、ジオフロント・ネルフ本部────
「クリスマス、か」
アスカは窓の外を見る。
外は完全に覆われた地下世界……ジオフロントにあるネルフ本部では、見える自然も、どことなく余所余所しい。
「一昨年は、雪合戦したんだよね……」
ふと、寂しそうに呟く……
３月から生気を失ったようになっていたのだが、５月になる前には元のアスカに戻っていた。
いや、以前のアスカを知る者が見れば、大分変わったと言うだろう。
攻撃的な面がかなり弱まると同時に、年に似合わない落ち着きが出てきていた。
理由は、彼女が誰にも語らない以上知る事は出来ないが、このネルフ本部にいる者なら大凡は見当が付いた。
────碇ユウカ────
エヴァンゲリオン初号機パイロット……前司令碇ゲンドウの娘……そして、ネルフ最後の死亡者……
誰の目にも、常に前向きで生きて頑張ってきたと映る少女。
その少女が死んで、最も悲しんだのは、普段から最も近くにいた者だろう。
その悲しみと、そこから立ち直るのにどれだけの精神的葛藤があったのか……それこそ、誰も知る事は出来ない。
「アスカ……テスト、開始するって」
「ん？うん、分かった」
レイが部屋のドアを開けて呼びかける。
アスカは軽い調子で返事を返すと、すれ違うように出ていった。
どことなく力無い様子のアスカに、レイは声をかける。
「どうしたの？」
「……ちょっと、ね……思い出しちゃってさ……」
淋しげな笑みを浮かべたアスカは、それだけ言うと通路をエレベーターの方へと歩み去った。
「思い出して……」
その言葉だけで、レイはアスカの考えていた事が分かった。
アスカと同じくらい、レイも変わった……以前より、人に接するようになった。
まだ、表情にぎこちなさは残るものの、笑顔を見せるようになっていた。
それもまた、今はいない少女の残したもの……
アスカが眺めていた窓の外に眼を向けて、レイは呟く……その少女の名を。
「ユウカさん……」
眼を閉じるだけで、彼女の笑顔が浮かんでくる……それに負けないように、レイは笑うように心がけている。
それでも、時々はこうして、悲しくなる……永遠に変わらない笑顔の所為で……
頬を伝う涙を拳で拭い、レイはその部屋を出ていった。
翌・２１日、住宅地────
「なあ、兄ちゃん……今日は行かんでええの？」
妹のナツミがトウジに問いかける。頭には三角巾、右手に叩きを持って、寝ころんで漫画を読んでいたトウジの前に仁王立ちしながら。
「あん？今日か……今日はええんや……ちゃんと、行く日は決まっとるからな」
目線を向けることなく答えるトウジ。
「……そやからって、ウチでゴロゴロされたらかなわんわ。どっか行く用事とか無いんか？」
「……なんで、そうまで追い出したいんや、お前は？」
半眼で妹を見るトウジ。
ナツミはアッケラカンと言い返す。
「何で、て……兄ちゃんおると、掃除の邪魔やからや。さ、分かったらはよ出かけぇな」
「しゃーない、ちょっとケンスケんとこにでも行ってくるわ」
諦めの溜息を付いてから、トウジはいつものジャージ姿で外に出ていった。
この街は、冬になった今でも、かなり暖かい……一昨年だけが例外だったのだ。
「去年は……雪、降ったんやったなぁ……」
どことなく辛そうな顔で、トウジは空を見上げた。
と、その時、ポケットに入れていた携帯型通信機が鳴る。
「はい、鈴原です……綾波か。何や？……そか、分かった、ワシも今から行くわ」
通信を切ると、ナツミに声をかける。
「ナツミ、ちょっと出てくるわ」
「せやから、はよ行きぃ」
ナツミの声に押し出されるように、トウジは自転車に跨ると、一気に漕ぎ出した。
トウジが、指定された場所……峠の展望台に着いた時、アスカとレイが手摺に凭れて街を見下ろしていた。
「何や、急に呼び出しなんぞかけて」
「鈴原君……」
トウジの声に、レイが振り向く。
「ちょっとね……ユウカの事、思い出しちゃってさ……」
アスカは視線を空に向けて言う。
「ユウカ、か……去年は受験でそれどころや無かったけどな……忙しいお陰で、忘れてられたんやけど、な」
トウジが並んで手摺にもたれ掛かりながら呟くように言う。
「そうね……去年はまだ、行方不明だったから……どこかで無事に頑張ってるって思ってたから……」
「ベッドの上で、苦しんでただろう事も知らないで、ね……」
レイが思いふけるように呟き、アスカは自嘲気味に言う。
そして、３人揃って、溜息を付く。
「ユウカ、何かあるとここに来とったなぁ……」
「ユウカさん、ここから見る夕陽が一番好きだって言ってた……」
「……一緒に、見たかったなぁ」
再び、揃って溜息……
その後、３人は日が沈むまで街並みを眺めていた。
番外編：Ｘｍａｓ編 聖夜の贈り物
翌・２２日────
ネルフ本部発令所では、日向・青葉・マヤの３人がどことなくヒマをもてあましていた。
「……今日も異常無し、か」
雑誌のページを捲りながら、日向が呟く。
「誰もいないし、ヒマなもんだねぇ」
楽譜を見ながら、青葉が応える。
「……先輩もいないし、他の偉い人もいないし……私達だけだもんね……」
マヤが読んでいた詩集を閉じて、椅子の上で体を伸ばす。
「一昨年までは忙しかったよなぁ……」
「一昨年って言えば、餅搗きしたよな……」
「そうそう、急に葛城さんから連絡受けて……みんなで手分けして準備して」
一昨年の事を思い出して、暫しの間盛り上がるが……ある一つの事に行き着いた瞬間、落ち込んでしまう。
「……あの頃は、まだ元気だったんだよなぁ、あの子」
「……そう言えば、見舞いに行った時、俺の弾き語り楽しそうに聞いてたな……」
「……ちょっと怖い時もあったけど、普段は素直で明るくて……」
マヤの言葉を最後に、黙りこくってしまう３人……
「……止めよう、この話……」
暫くして、日向がポツリと話す。
「今更、俺達が彼女の事をどうこう言ったってしょうがないよ……」
「でも、何で急に思い出したんだろうな……」
「今年は、一昨年ほどじゃないけど、寒いからじゃないかしら？」
「そうか……そうかもな……」
３人は、見えるはず無い外へ意識を向けた。
晴れ渡った空……冬月は庭の景色を眺めていた。
「もう年の瀬か……早いものだな」
ふと、庭の片隅にある物置小屋に目がいく。
「あの中には……そうか、懐かしいな」
暫くそのままで見つめていたが、思い立って部屋の中へ入る。
「はい、そーですねー。いいですよ、あたしは。ウチの子達も大丈夫です……リツコもＯＫすると思いますし、やりましょーか……はい、はい、こっちで連絡します。それじゃ、明日、場所はウチでいいですよ。ええ、じゃ、よろしくお願いします、冬月副司令……あ、もう、違いますよね。アハハ」
御機嫌な様子で電話を切るミサト。
「どうしたの、ミサト？今、冬月さんと話してたの？」
「そーよーアスカ。あのね、明日、お餅搗きしよーかって話。そんで、やるからね、明日……友達、呼んでいいからね」
アスカの問いに、ミサトは楽しそうに答えた。
「……一昨年みたいね」
食事の支度をしていたレイが呟く。
考え込むような様子だったアスカが、何かを見つけたかのように口にする。
「そうね……うん、やろっか」
「分かった。それなら、朝から少し買い物に行かないと……」
レイは思いふけるように言う。
「何で？」
「……大根も黄粉も足りそうにないもの」
「りょーかい、お供しますわ」
レイの言葉に、アスカは戯けたように応えた。
その様子を、ミサトは優しい眼で見ていた。
翌・２３日────
郊外に構えられた、新葛城邸……その庭に、大型のテーブルが二つ並べられた。
並べているのはトウジとケンスケ。カヲルは盥にお湯を注いでいる。
「これくらいでいいかな？」
レイが近付いてきて、手を入れる。
「少し熱いわ……でも、始まる頃には丁度いいかも」
「そうかい、良かった」
冬月の車から、日向と青葉が臼を取り出して庭の真ん中に敷かれたシートの上に置く。
冬月自身は杵を手に車を降りた。
「しっかし、この暑い中で餅搗きなんて、ちょっと変よね」
アスカは大根を下ろしながらブツブツと呟く。
「ま、いいじゃない。たまには搗きたてのお餅、食べたいもの」
手伝っていたヒカリは、そう言いながらも手を休めない。
「ホント、美味しいもんねぇ……お餅」
「マナさん、ちゃんと混ざってませんよ、そっち」
黄粉を混ぜる手を休めて話に首を突っ込むマナに、マユミが注意する。
「え？あれ？うーん、以外と奥が深いのね、黄粉って」
「何言ってるんだか……手ェ抜いてるだけでしょ」
ニコやかに言うアスカ。眼は笑ってないが……
「……そーね、血の混じってるかも知れない大根下ろしよりはマシとは思うけどね」
同じような眼でアスカをにらみ返すマナ。
「ハァ……何で、こう、仲が悪いのかしら、この２人……」
「……多分、近親憎悪……だと思うんですけど……」
呆れて溜息を付くヒカリに、マユミは感じた事を正直に言った。
「「誰がコイツと似てるってぇ?」」
アスカとマナが同時に振り向く。言葉すらもハモって。
そして、お互いに顔を見合わせ……
「「フンッ！」」
同時に顔を背けた。
ヒカリとマユミは、苦笑するほかなかった。
餅搗きの様子を眺める冬月とミサト……
「……また、見れましたね」
「そうだな……うむ、いいものだ」
「……１人足りないのが悔やまれますけど、ね」
「……今日はその話は止めよう」
「……そうですね……」
黙り込む２人……
「……しかし、若い者は上手く出来ん様だな……どれ、手本を見せてやるか」
そう言うと、冬月は腰を上げて近付いていった。
取り残された形のミサトは、淋しげな笑みを浮かべる。
「似合わないわよ、ミサト」
「……リツコ……遅かったわね」
先程姿を現したリツコは、特に何をするわけでもなく、様子を見ていた。
「色々あるのよ、こちらにも……でも、たまにはこうしたイベントもいいわね」
「ま、ね……たった数年で、これほど状況が変わるなんて思ってなかったけど」
「状況？何か変わったかしら？ネルフは未だに存続しているし、『使徒』が二度と現れないとは限らないわ。何も、変わってないのよ……あの子がいなくなった事以外はね」
「あたしにとっては、それだけでも充分に大きな変化よ……『家族』を失ったの、３回目だもの」
大きな溜息を付き、思いっ切り体を伸ばすミサト。
「止め止め。今日くらいは明るくやりましょ……あんたも、他の人にはその話、しないでよ」
「……そうね、今日くらいは、ね」
ミサトとリツコは、柔らかい視線を向けた。その先には、楽しそうな子供達と、それに混ざって楽しんでる大人達……
「さ、て……あたしも何かしようかな？」
「お餅、搗いてきたら？力、余ってるでしょ？」
「リ〜ツ〜コ〜」
「冗談よ、決まってるじゃない」
射殺すような視線を向けるミサトを軽くあしらい、リツコは葛城家の中に引っ込んだ。
１２月２４日・クリスマスイブ────
アスカは、窓から外を眺めていた。レイは、すぐ側の席に着き、ノートを見返している。
２人がいるのは、教室……第３新東京市立第壱高校の１年Ａ組。
制服……白地に紺のセーラー服の襟をいじりながら、アスカは退屈そうに呟いた。
「クリスマスイブか……実感涌かないわねぇ」
「そう？……そうね」
眼をノートから離さずに、レイは答えた。
「アンタ、ちょっとはまともに受け答えしなさいよ」
「そんな余裕、無いもの……この追試、落とすわけにはいかないもの」
「……そりゃそーだけど……」
追試……成績は悪く無いながらも、出席日数の不足だけは、２人には如何ともしがたい問題であった。
ネルフと、学校側との折衝で、ようやく得られた打開策……それが、追試である。
ただし、この追試、２人は平均８５点以上を取らなくてはいけない。それが、条件である。
取れない場合、ネルフに行く日以外は全て補習となる事になっている。
「あーあ、めんどくさいなぁ……」
アスカは机に伏せた。
「そんな事している余裕、あるの？次、古典よ」
「ゲッ！マジィ？範囲、どこだっけ？」
慌てて教科書とノートを引っ張り出すアスカ。
「ここよ。教科書の８３ページから……」
レイは、教科書のページを開いてアスカに見せる。
アスカはそのページを見て、ノートを捜す。
今は午前１０時……２人の試験はまだ続く。
その頃の葛城家。
玄関のチャイムに起こされて、ミサトは不機嫌なままにドアを開けた。
「はい、どちらさま？」
目を据わらせて、ドスを利かせた声を出したが、相手は慣れたものであった。
「貴女って、ホントに低血圧ね……よく今まで朝の仕事、出来たものだわ」
「リツコ……あんた、朝っぱらから嫌味言いに来たの？」
「違うわ。それ程ヒマじゃないの。今日は、ちょっと頼みたい事が有って来たのよ」
「何よ……つまんない事だったらタダじゃ済まさないからね」
「……ある意味、つまらない事かも知れないけどね。実はね……」
愛想良い笑みを浮かべて、リツコは用件を切り出した。
「たっだいま〜」
「ただいま」
「お帰りぃ。遅かったわね、あんた達」
帰ってきたレイとアスカに、ミサトは声をかける。
「つまんない事やってきたんだもん、憂さ晴らしくらいしてくるわよ」
「……クレーンゲームしてきました」
「ほぉ？成果は？」
ミサトが訊ねると、レイは手にしたビニール袋を軽く持ち上げて見せた。
「……５個、取れました」
「幾らで？」
「３０００円……」
少し頬を赤らめて言うレイ。不満げなアスカの顔もある。
「へぇ、１個あたり６００円ねぇ……で、アスカは何で不機嫌なのよ？」
「何だっていいでしょ！」
更にアスカの機嫌が悪くなる。
「……取れなかったの、１個も……」
「レイ！アンタ、言わなくてもいいでしょ、そんなの！」
「はぁ〜ん、それで御機嫌斜めなんだ……そんでも、ちょっと頼みたい事あるのよねぇ」
ミサトは困ったような照れ笑いを浮かべる。
「何よ。どーせ、出かけるとか言うんでしょ。いいわよ、行ってきなさいよ」
「たは〜、取り付くしまもないってヤツね。んじゃ、レイ、ちょっとこの子の様子見ててくれない？」
「この子？何ですか？」
レイがミサトの方に近付く。
ミサトの前には、籠に入れられた仔猫が一匹……眼を閉じているのは、眠っているからだろうか。
「これ？どうしたんです？」
「何？あ、猫」
アスカも、レイの肩越しに覗き込んだ。
「リツコから預かったんだけど、あたし、今日出かける用があるの忘れてたのよねぇ」
アハハと笑うミサト。呆れ顔のアスカと、ジト眼で見るレイ。
「んな訳で、明日まで面倒見てて頂戴」
「いいけど、エサとかは？」
「そこにリツコのメモと一緒にあるでしょ。んじゃ、よろしく〜」
そう言うと、ミサトは部屋に戻って行ってしまった。
アスカとレイが顔を見合わせて呆れている間に、ミサトは着替えを済ませ、玄関に向かう。
「ちょっと、ミサト。この子、名前何て言うの？」
「『ユウカ』よ。じゃ、行ってきま〜す」
「「え？」」
間の抜けた返事を、レイとアスカが返す間に、ミサトの姿は玄関から消えていた。
もう一度、顔を見合わせて、２人はゆっくりと仔猫に視線を向ける。
全体は黒、四肢の先と鼻から口に掛けて、そして尻尾の先が白。
２人がジッと見つめる中、仔猫は眼を開けると、２人を見上げた。
フミャァ……
「……レイ、どうする？」
「……」
レイはアスカの問いかけに答えずに、仔猫を抱き上げた。
仔猫は、レイの頬を嘗める。
「……」
ジッと見つめるレイ、仔猫も見つめ返しているようだ。そして、小首を傾げるようにして一声。
ミャア……
レイは、その声を聞いた瞬間、ギュッと仔猫を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと……」
「……ユウカさん……」
フニャァ……
「ちょっと、レイ！力入れ過ぎ！」
アスカの声にハッとして、レイは力を緩めて仔猫を見た。
ニャア
また思いっ切り抱きしめそうなレイの様子を見て、アスカはサッと仔猫の首の後ろを摘んで取り上げる。
「アンタ、あんまり動物とか触った事無いでしょ。こうするのよ」
そう言うと、アスカは手際よく仔猫を抱き直す。その姿勢が気に入ったのか、仔猫は気持ちよさそうに一声鳴いた。
ミャアン
羨ましそうに見るレイ。アスカは先程までの機嫌の悪さも何処吹く風、子供をあやす母親のように仔猫を抱いている。
「アスカ、抱き方教えて」
「……別に大した事じゃないけどね。ちょっとしたコツがあるから……」
そう言うと、アスカは一旦仔猫を籠に戻して、レイに抱き方を説明する。
真剣な眼差しで聞いているレイ。
仔猫は、その様子を興味深そうに見ていた。
「いつまでも制服のままじゃ何だし、アンタ着替えてきなさいよ」
「アスカは？」
「２人一緒にこの子から眼を離すのはマズいんじゃない？」
アスカは、仔猫の頭を撫でながら言った。
フミャオ
仔猫は、眼を閉じて気持ちよさそうだ。
「分かった」
そう言うと、レイは自分の部屋に引っ込んだ。
「さって、と。アタシはもう暫くアンタと遊んでようかしらね、『ユウカ』」
ミャア
引っ込めようとしたアスカの手に、前脚を伸ばして突っつこうとしているかのようだ。
「フフッ……アンタ、好奇心旺盛ね。猫じゃらしみたいなのあったかなぁ？」
仔猫の目の前で、アスカは手を右に左に動かしてみせる。
仔猫は、何とかそれを捕まえようとして、右に左に前脚を伸ばしてみる。
「ほーら、こっちこっち……今度はこっちよぉ」
ニャア……フニャン
「アハハ……アンタって面白いわね〜」
その内、仔猫は籠から転がり出る。
コロンと一回転して止まると、顔を上げてアスカを探す。
「……『ユウカ』ねぇ……うーん、ま、いいか。人懐こい所なんかそっくりだしねぇ」
ニャア……
「アスカ……」
レイが声をかけるまで、アスカは本当に幸せそうな表情で仔猫を見ていた。
声に気付いて、アスカは慌てて振り返る。
「なな、何よ、レイ、早かったわね」
レイは制服から私服に着替えていた。淡い象牙色のサマーセーターに胡桃色のロングスカート。
「……替わるわ。その子の面倒見るの」
「え？あ、そ、そうね……じゃ、着替えてくるまでヨロシク」
アスカは動揺した様子で返事すると、焦ったように走って自室へと向かっていった。
レイは、その後ろ姿を見送ると、椅子に座ってテーブルの上の仔猫に視線をやる。
仔猫は、その様子に反応したのかしないのか、キョトンとしている感じだ。
ミャオン
「……『ユウカ』……さん」
仔猫に恐る恐る手を伸ばす。それに気付くと、仔猫はアスカの時と同じように前脚を伸ばす。
ニャアオ……ニャア……
レイが手をあまり動かさないせいか、仔猫の前脚がレイの手をつつく。
「……可愛い……」
微笑みを浮かべると、レイはアスカに習った通りに仔猫を胸に抱いた。
フニィ……
仔猫はキョトンとした表情でレイを見上げる。
レイは、その仕草がツボに填ったのか、顔を寄せて頬をスリスリする。
フニャア
仔猫は嫌がる様子もなく、されるがままになっていた。
「レイ、また無理矢理そんなことして……その子が嫌がらないからって」
レイがその声に振り返ると、着替えを済ませたアスカが立っていた。
来ているのは、淡い真珠色のキャミソールワンピース。
「……」
レイは、突然に幸せな時間を茶々入れて壊したアスカを半眼で睨んだ。
「な、何よ、その眼」
「……」
アスカを無視すると、レイは少し頬を赤らめながら仔猫にキスした。
「……レイ……アンタ、そんなに欲求不満？」
「違うわ……私……」
ジッと仔猫を見つめるレイ。
アスカはスッと近付くと、レイの手から仔猫を取り上げ、籠に戻した。
「あ……」
「過剰に構い過ぎても良くないわ。少し、好きにさせましょ」
そう言って、アスカはテーブルを挟んだ反対側の椅子に座る。
２人が見守る中、仔猫は籠の中で転がっていた。
自分達の夕食を作りがてら、仔猫にも用意されたエサを食べさせる。
満腹になったのか、仔猫は大人しく寝入っている。
その様子を見て、レイもアスカも幸せそうな笑顔を浮かべていた。
アスカがふと時計を見る。針は１１時を指していた。
「やだ、もうこんな時間？レイ、そろそろ寝ようよ」
「……この子、どうするの？」
「うーん、そうねぇ……しょーがない、今日、一緒に寝る？」
「どうして？」
「この子から眼を離すわけにいかないでしょ。だとしたら、アンタとアタシ、どっちかの部屋に連れてくしかないじゃない……でも、アタシは出来れば連れてきたいけど、アンタは？」
「私……一緒にいたい、この子と……」
「でしょ？だったら、アタシ達は２人で寝る。この子もそこに連れてく。どう？」
アスカの説明に納得がいき、レイはコクリと頷いた。
「んじゃ……アンタの部屋でいい？」
「いいわ……用意しておく」
「じゃ、アタシはこの子を連れて部屋に行って、寝間着に着替えてくるから」
そう言って、アスカは籠を手にして、出来るだけ揺らさないように部屋に戻っていった。
籠を枕元において、アスカとレイは布団を並べて眠っている。
安らかに寝息を立てる２人……仔猫は、フッと眼を覚まし、天井を見上げる。
暫くジッと見ていたが、危害を加えるものではないと判断したのか、仔猫は再び眼を閉じた。
ＥＰＩＳＯＤＥ：ＸｍａｓＳｐｅｃｉａｌ Ｍｉｒａｃｌｅ ｆｏｒ Ｃｈｒｉｓｔｍａｓ
────いつもと同じ休日の朝、レイはいつもと同じように自分の隣を見る。
同じ部屋で眠る同居人……一番大事な人、自分を変えてくれた人、そして、常に守ってくれた人……
「ユウカさん、お早う」
「ん……お早う、レイさん」
ファァァァ……と欠伸するユウカ。
レイはその様子につい吹き出してしまう。
「あ、レイさん笑った。やだなぁ、私、そんなに変な顔してた？」
「ごめんなさい……」
ユウカがむくれると、レイは咄嗟に謝った。
「あ、そんなつもりで言ったんじゃないよ……よし、朝御飯……じゃないや、もうお昼だからお昼御飯作ろう」
コクンと頷いて、ユウカとレイは寝間着のままでキッチンに向かった。
いつもながらに鮮やかな手並みで朝食を作るユウカ……
（まだまだかなわない……）
レイは、自分の手際の悪さを思い浮かべてそう思った。
「あ、レイさん。お皿出して……あと、お茶椀並べておいてね」
「うん」
簡単に答え、レイは言われた通りに食器をテーブルに並べる。
並べるのは、自分達２人の分だけ……微かな違和感が頭をよぎった。
「……用意いい？」
レイが違和感の正体を探る前にユウカから声が掛かり、その事を追いやってからレイは答える。
「出来たわ」
「よっし、そんじゃ盛りつけだぁ」
ユウカがフライパンを片手に出てきて、皿に野菜ソテーを盛りつける。
ソテーの後、すぐにユウカは片手鍋を取ってきて、スープをカップに注ぐ。
お茶碗に御飯をよそり、朝食の支度を整えると、ようやくユウカとレイは席に着いた。
「「いただきます」」
２人同時に言って、手を合わせ軽く頭を下げる。
それから、ほぼ同時に食事を始めた。
２人の手が動いて、見る間に卓上が綺麗になっていく。
ふと、レイが手を止めて目の前の相手を見つめる。
（……ユウカさん……今、目の前にいるのに……何だろう……不思議な感じ……）
「どうしたの、レイさん……今日の味付け、変だった？」
ユウカが訝って小首を傾げる。
「そんな事無い……美味しい」
慌てて、レイは口に野菜を入れて呑み込んでから答えた。
「そう？……ま、いいか」
暫くして食事が済み、ユウカは食器を洗い始める。
鼻歌を奏でつつ楽しそうに家事をこなすユウカの姿を見て、レイは安堵の笑みを浮かべた。
「ねぇ、レイさん……今日はノンビリしようね」
手を拭きながら現れたユウカ。
「そうね……」
レイは素直に頷いて、ユウカと一緒に部屋へ戻った。
布団を畳んで空間を作ると、座布団の上に座って２人は取り留めもない事を楽しそうに話した。
学校の事、ネルフの事、友達の事、大人達の事……緩やかに流れる時……
（ユウカさんと話してると、訳もなく幸せ……このまま、時間が止まってしまえばいいのに……）
レイが思いふける間も、ユウカは楽しそうに話し、笑い、時々首を傾げてはまた笑う。
「あ、こんな時間……そろそろ晩の支度しよ」
時計を見て、ユウカは立ち上がりながらそう言った。
レイは、すかさず応える。
「手伝うわ、ユウカさん」
「いいの？それじゃ、クリスマスだから少し手の込んだものでも作るかな」
「私、何をすればいい？」
「うーん、定番は七面鳥だけど……よし、野菜でそれっぽいのを作ろう」
ユウカは、キッチンに着くなり、冷蔵庫を漁る。
「うーん、今イチだなぁ……路線変更か、ま、いっかぁ」
「どうしたの？」
「ちょっと気に入った食材が無いから、別の料理にしようと思って……そうだなぁ、よし、グラタンにしよう。いい？」
「ユウカさんが作るものなら、何でも」
「大丈夫、お肉入れないから……あと、プレーンオムレツかな？ジャガイモはグラタンに使うから、付け合わせはほうれん草のソテーにしよう」
ユウカは、次々に食材を選んで、料理を始める。
レイも、ユウカに言われるままに、野菜を切ったり、灰汁抜きをした。
「あ、そうだ……クリスマスケーキも後で作るね」
「どんなの？」
興味を持ったレイが訊ねる。
「後でのお楽しみ♪でも、形が面白いんだよ〜」
ユウカは、茶目っ気たっぷりにウィンク一つ。
レイは、一気に真っ赤になって、後ろを向いて自分の作業を進めた。
器用に料理を作っていくユウカ。
１時間ほどして、食卓には２人分の食事が並んだ。
「ポテト多めにしたから、御飯とかパンは無いけど、いいよね？」
コクンと頷くレイ。
昼と同じように、テーブルの上はドンドン片付いていく。
食事を終えて食器を洗うと、ユウカはレイをキッチンから出して、ケーキ作りに取りかかった。
（手際がいい……やっぱり、まだまだユウカさんには敵わない……）
レイが、ユウカの様子を見ている間にも、ユウカは淡々とケーキを作っていく。
生地とクリームを使って、まるで薪の様に仕上げていくユウカ。
そして、夜も更けた頃……電話が鳴った。
近くにいたユウカが取る。
「はい、葛城です。あ、うん……うん……そう、だね」
ユウカの声は、少し切なそうだった。
「分かってる……でも、もうちょっとだから……うん、コレ終わったら……じゃ」
「誰から？」
レイが、不信に思って問いかける。
「うん……レイさん、私、コレ作ったら出かけるから……後で、アスカと食べてね」
いつものユウカと違って、どことなく歯切れの悪そうなユウカ。
「どこへ？」
「約束なんだ……クリスマスイブからクリスマスに掛けて……ゴメン、レイさん……もう、行くね」
「ユウカさん、行っちゃダメ！」
急に声を荒げて、椅子を蹴るように立ち上がったレイ。
「レイさん……」
「もう、ユウカさんはどこへも行かせない……」
そう言うなり、レイはユウカに抱きついて、ギュッと抱きしめる。
「レイさん……痛いよ……」
「嫌！ユウカさん、もうどこにも行かないで！」
普段のレイとは違う、本当に感情の爆発したレイ……ただ、泣きながら嫌々を繰り返す。
困り果てた表情のユウカ……悲しげな笑顔を浮かべる。
「レイさん、約束、したでしょ？……私、レイさんの我が儘聞いてあげたいけど、私にだけ執着しないで」
「……ユウカさん……でも、でも……」
力が緩んだ隙に、ユウカはレイの手から逃げる。
気付いたレイがユウカの姿を追い、再び抱きつこうとするのを、ユウカは強い口調と目線で突き放す。
「私、約束守れないレイさんは嫌いだな」
「……ユウカ……さん……」
力無く膝から頽れ、床に座り込むレイ……顔は俯いたまま上げられない。涙が床に落ちる。
ユウカは、すぐに優しい……しかし、寂しそうな笑顔を向ける。
「レイさん、さよなら……キチンと、言いたかったの……」
ユウカは、そう言って玄関から出ていった。
座り込んでいたレイは、ドアが閉まる音を聞いて、初めてユウカが出ていったと気づき、急いで玄関から外に出る。
そこには────ただ、一匹の仔猫が鎮座していた。
その仔猫を抱き上げ、レイはただ夜空を見上げた。こぼれる涙も拭わずに……
────アスカは、誰かが自分を呼ぶ声を聞いた。
「……スカ……アス……カ……アスカってば……」
「う……ん、誰よぉ……」
「アスカ、起きてよ。今日こそリベンジするんだからね」
そんな声に、アスカが眼を開けて顔を起こす。
「あれ？机……教室……アタシ、制服着てる……何で？」
「何でじゃないよ、アスカ。さ、行こう……今日こそ勝つからね」
目の前にいる、同じ制服を着た少女……目線を上げていくと、少しずつ意識がハッキリしてくる……そして、柔らかな、いつもと変わらぬ笑顔……
「ユ……ウカ？」
「……アスカ、もしかして、まだ寝惚けてる？６時間目ずっと寝てたくせに……私の事、文句言えないぞ」
何となく、まだ頭の中に霞が掛かっているような気がする……アスカは頭を振って、意識をしっかりさせようとした。
（……ユウカ？……あれ？……）
「もう、約束したでしょ、行くよ」
その間にも、ユウカはアスカの手を取って立たせる。
「ね……ユウカ……アンタ、いつからこの学校にいる？」
「忘れたの、アスカ？夏になって帰ってきたんじゃない。それまで、静養を兼ねてこの街から出てたんだよ……やだなぁ、どうしたのアスカ？」
「そう……だっけ？」
「もぅ、いいから早く行こうよ。今日こそ負けないからね」
何か違和感を感じながらも、アスカは大人しくユウカに導かれるままについていった。
商店街を歩き、着いたのは最近開店したばかりの大規模ショッピングセンター。中には、ブランドショップや１００円ショップ、有名レストランチェーンの店舗等が入っている。
そして、プリクラやクレーンゲームなどもある大型ゲームコーナーまで行くと、ユウカは真っ直ぐにエア・ホッケーを目指して進んだ。
（ここ、来た事あったっけ？）
アスカの脳裏に、そんな考えが浮かぶ。
だが、それも束の間……ゲーム機が開始を告げるまでだった。
カコーン……カコーン……
パックを打ち合う音が続き、時折、笛のような音が入る。
「いよっし、勝ちィ！」
「フェ〜ン……また負けたァ……」
勝利のガッツポーズを決めたアスカ。
対照的に、ユウカは敗者独特の暗雲を漂わせていた。
「アンタ、変わんないわねぇ……ここぞと言う時になると、ただパックを追う事にだけ集中して打った後で気が抜けるから、打ち返されても反応出来ないのよ」
「うみゅうぅぅぅぅぅぅ……反論出来ましぇ〜ん」
ホッケー台に俯せになって疲れ果てているようなユウカ。
「アンタ、大丈夫？……そろそろ、帰ろっか」
「うん、そうだね……でも、もう少し、遊んで帰ろ。ね」
ユウカにニッコリと笑顔を向けられては、アスカは嫌とは言えなかった。
「アタシはいいけど……いいの？夕食の支度とか……」
「どうせ帰っても今日は誰も居ないんだから、アスカが良ければ別にいいじゃない」
「そうか……んじゃ、オッケー。今度はどこ行く？」
「って言うか、今日は外食でどう？」
「ダメ。ユウカの手作りより美味しい料理なんて滅多に無いもん」
観念したかのように、ユウカは手を挙げた。
「はぁ、そうですか……そんじゃ、買い物に行きましょうか」
「よし、決定！」
今度は、アスカが意気揚々とユウカの手を取って歩き出した。
同じ建物内で買い物を済ませ、意気揚々と帰り道を辿るユウカとアスカ。
２人とも、手に袋を抱えている。
バスに乗って３０分……第３新東京市郊外にある、新しい葛城家。バス停からは徒歩で１０分ほど。
玄関に着くと、アスカが鍵を取り出しドアを開ける。
（アレ？……ユウカ、鍵持って無いっけ？……）
忘れていたズレが頭をよぎる。
「ねぇ、ユウカ……鍵は？」
玄関を入ってキッチンに向かいながら、ユウカが答える。
「いいじゃん、もう……アスカが開けてくれたんだし……さ、今日は２人きりだから、アスカの好きなもの作ってあげるね。何がいい？」
「うーん、じゃ、何か暖かいスープ系のモノがいいな」
「りょーかい。アスカも手伝ってくれる？」
「いいよ、別に……あんまり期待しないで欲しいけど」
「こっちもそれほど無茶な事頼まないよ」
いつの間にか誤魔化された感じのアスカだったが、敢えて口にはせず、ユウカの料理を手伝う事にした。
「そうだ、今日、クリスマスイブだから、ケーキ作ろうか？」
「え、ホント？そんじゃあね、甘みを抑えたのがいいな……ブッシュ・ド・ノエル、作れる？」
「いいよ。多分それがいいって言うと思って、ちゃんと材料も買っておいたから。じゃ、アスカ、粉混ぜておいてくれる？」
ユウカは半分だけ首を向けて、戸棚を指した。
アスカは、言われた通りに中に入っている小麦粉を篩に掛けて、ユウカの指示通りに卵や牛乳、生クリームなどを準備していく。
ユウカの方は、牛肉を捌き、ドミグラス・ソースを作り始めた。
「ねぇ、ユウカ……何作ってるの？」
「ビーフシチュー。あと、パスタも作るよ」
「何作るの、パスタの方は？」
「カルボナーラ……ちょっとカロリー高めだね。シチューの方、野菜も多めにしないとダメか……」
そう言いながら、調理を続けるユウカ。空きを見ては圧力鍋を用意し、パスタの袋を開け、フライパンと鍋を器用に扱って料理を作り続ける。
（……まるで、魔法みたい……ユウカって、やっぱり器用だなぁ……）
アスカがそんな事を思っている間にも、ユウカは料理を仕上げていく。
暫くして、ユウカが手を止める。
「アスカ、あと１時間くらい掛かるけど、いい？」
「え？あ、うん、いいよ。アタシが頼んだんだし……」
「それじゃ、ケーキはもう少し後だよ。終わってから作るからね」
「分かったわ……それまで、何してればいい？」
「いつものように、ノンビリしててよ……後は私１人でも大丈夫だから」
「ん……」
アスカはキッチンを出て、テーブルの椅子に腰掛ける。
そのまま、眼でユウカの動きを追っていた。
ユウカの言った通り、完成には１時間ほど掛かった。
シチューの煮込み具合を確認すると、パスタソースに取りかかる。
時計を見ることなくパスタを茹で上げ、ソースに絡めながらも、少し前から始めたカステラ生地の焼け具合を見る。
「ねぇ、ユウカ……アンタ、よくそんなんで混乱しないわね」
「まぁね。慣れてるもん」
食器を並べて盛りつけ、テーブルに運ぶ。
「盛りつけや運ぶのくらい、やってあげるわよ」
「いいよ、アスカは座ってて。今日は特別だから」
「そう？……でも……」
「いいってば。それに、もう終わり……さて、トーストの方は焼けたかな？」
バゲットに即席のガーリックバターを塗って作った、ユウカ特製のガーリックトーストが、更にテーブルの上に並んだ。
「何か、結構豪勢になったわね」
「ま、ね。じゃ、食べよ」
ユウカがいつもの笑みを浮かべながら座る。
アスカは、まず、スプーンでシチューを一口────
「美味しい……やっぱユウカの料理は美味しいわぁ」
「褒めて貰えて光栄なんだけど、早く食べないと冷めちゃうよ」
「はーい」
２人は、色々な事を話しながら、料理を減らしていった。
全てが片付いたのは、料理が出来てから３０分後……
「よっし、洗い物はアタシがやるから」
「ありがと。私はケーキ作るね」
アスカが食器を洗っている間も、終わってからＴＶを見てる間も、ユウカは淡々とケーキを作っていく。
そして、夜も更けた頃……電話が鳴った。
近くにいたユウカが取る。
「はい、葛城です。あ、うん……うん……そう、だね」
ユウカの声は、少し切なそうだった。
「分かってる……でも、もうちょっとだから……うん、コレ終わったら……じゃ」
「誰から？」
アスカが、不信に思って問いかける。
「うん……アスカ、私、コレ作ったら出かけるから……後で、レイさんと食べてね」
「出かけるって……今からどこ行くのよ?」
急に、不安感に襲われたアスカは、ユウカにキツい口調で問いかけた。
（今行かせたら、もう二度とユウカに会えない……そんな気がする……）
「約束なんだ……クリスマスイブからクリスマスに掛けて……ゴメン、アスカ……もう、行くね」
「ダメッ！絶対に行かせないから！もう、二度とアンタを……アンタを……」
不意に、訳も分からずにこぼれ落ちる涙……アスカは、その場で立ちすくんでしまう。
ユウカは、すぐに優しい……しかし、寂しそうな笑顔を向ける。
「アスカ……バイバイ……ちゃんと、言いたかったんだ……」
ユウカは、そう言って玄関から出ていった。
泣きじゃくるアスカは、ドアが閉まる音を聞いて、初めてユウカが出ていったと気づき、急いで玄関から外に出る。
そこには────ただ、一匹の仔猫が鎮座していた。
その仔猫を抱き上げ、アスカは声を殺して泣いた……
朝の光が、窓から差し込む。
レイとアスカは、同時に眼を覚ました。
耳元で、誰かが囁いたような気がしたからだ……「さようなら」、と────
「……アンタも起きたの？」
アスカは、隣で半身を起こしているレイに問いかける。
「ええ。アスカも？」
「そうよ……ちょっと、悲しい夢、見ちゃってさ……」
「私も……悲しくて……少しだけ嬉しかった夢……」
２人は、同時に溜息を付いた。
ニャア
鳴き声に気付いて、２人は枕元に眼をやる。
仔猫が、２人を見上げていた。
「……アンタの所為かな？あんな夢見たの……」
アスカの手が、優しく仔猫の頭を撫でる。
レイは、ゆっくりと立ち上がって、布団を片付け始めた。
「あ、アタシも……」
アスカもすぐに起き上がって、同じように布団をかたした。
あり合わせのモノで朝食を取り、２人は、昨夜と同じようにテーブルを挟んで仔猫を眺めていた。
昨夜と違うのは、２人の表情……何か憑き物が落ちたかのように、心此処にあらずと言った様子だ。
「ねぇ、レイ……どんな夢見たの？」
「……ユウカさんとお話しして、食事して……普通に一緒に暮らす夢……アスカは？」
「アタシは……一緒に遊んで……取り留めもない話して……そんな夢……」
フニャア……
「そーいえば、アンタも最後に出てきたわね……」
仔猫を指で突っつくアスカ。
その指を、仔猫は前脚で触る。
「私の方も、そう……この子、出てきた……」
レイが仔猫を抱き上げる。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン……
「あれ？何だろ……」
アスカが立ち上がって玄関に出る。
ドアを開けると、ヘルメットにパーカー……いかにも配達途中の雰囲気の青年。
「はい、どちら様？」
「どうも、駅前商店街の旭屋ベーカリーです。ご注文の品、お届けに上がりました」
「え？……注文？間違ってない？」
アスカにはまったくの心当たりが無い。
「いえ？ここ、葛城さんですよね……だったら間違いありません。この街には、他に葛城さんは無いですから」
「それはそうだけど……誰からの注文なの？」
「注文主は……『碇ユウカ』様になってますね」
青年は、付属のメッセージカードの名前を確認する。
「……そう、分かったわ。幾ら？」
「いえ、お代は頂いてますんで……どうぞ」
青年は、アスカに片手に持っていた箱を渡す。
「またご注文下さい。失礼します」
サッと踵を返すと、青年はミニワゴンに乗って、去っていった。
「……でも、どうやって、誰が注文したの？」
「どうしたの、アスカ？」
仔猫を抱いたままで、レイが玄関まで出てきた。
「ん？うん……これ、ユウカからって話なんだけど……」
「何、それ？」
２人は話しながらキッチンに戻る。
「ベーカリーって言ってたから、多分……クリスマスケーキだと、思う」
そう言って、アスカは箱をテーブルに置くと、メッセージカードを開けようとした。
ピンポーン……
「ハーイ、少々お待ち下さい」
アスカは、応えて玄関へと小走りで向かう。
「今度は何？」
「……手紙……コレも、ユウカから……どうなってるの？」
封筒を片手に、アスカは首を捻るばかり……
「ユウカさんの事だから、誰かに預けて置いたのかも知れない」
「誰か？ううん、多分、赤木博士ね」
「そうね」
疑問の一つは解けた……次の疑問は、何故、今日か……である。
「とりあえず、これ、読んでみよう」
アスカは、メッセージカードを開いた。
────Ｍｅｒｒｙ Ｃｈｒｉｓｔｍａｓ！
去年のクリスマスは色々あって祝えなかったね。
今年は、一緒に祝いたいけど、私は一緒にいるかどうか、ちょっと分からないです。
だから、私からのプレゼントの代わり……受け取って下さい。美味しいよ、きっと。
Ｄｅａｒ Ｙｕｋａ．Ｉｋａｒｉ
「バッカじゃないの……どこで書いてるのよ、コレ……」
涙ぐむアスカ……
レイは、封筒を開く。
中から便箋を取りだして読むレイ。
────どうも、ユウカです。
何か、書き方が変だけど、許してね。
これを読んでるのはミサトさん？レイさん？それともアスカかな？
これが、私の目の前で読まれるのは嫌だな……多分、そんな事は無いだろうけど。
この手紙が着いた頃には、多分、ケーキも届いているはず。
手作りを御馳走してあげたかったけど、出来そうにないね……
そんな訳なんで、ケーキ、召し上がって下さい。
ちなみに、この手紙、リツコさんに預けておきます。ついでに、ケーキの代金とメッセージも。
だから、きっと、コレはちゃんとクリスマスに着くでしょう。着いたよね？
それでは……これで失礼します。
みんなと一緒に過ごしたかったけど……ね。
２０１７年１月１２日────
「……ですって」
「そう……そうなんだ」
レイとアスカは、テーブルの上にある箱を見つめた。
「たっだいまぁ。あれ？どーしたの、２人とも」
ミサトの陽気な声が聞こえた。
「そっかー。リツコのヤツ、結構黙ってるわねぇ」
「まだ、何かありそうじゃない？」
話を聞いて、体を伸ばしながらノンビリ応えるミサトに、アスカは更に問いかけた。
「かもねー。でも、いいじゃない。それよりさ、そのケーキ食べよ」
ミサトが、テーブルの上の箱を指差す。
「……そうね、ところで、この子いつまで預かるの？」
「明日。明日の晩にはリツコが受け取りに来るわ」
ミサトとアスカが話すその間に、レイがケーキナイフを持って来る。
「さって、と。どんなケーキが出てくるかな？」
ミサトが気楽な様子でリボンを解き、包み紙を取って箱を開けた。
中にあったのは、薪を象ったチョコレート色のケーキ……ブッシュ・ド・ノエル。
「……これ、夢の中でユウカさんが作ってた……」
「アタシ、これがいいってユウカに言って……」
レイとアスカの眼に涙が光っていた……
あとがき
なんとなく、書いてしまった話です。
『聖夜の贈り物』────『クリスマスの奇蹟』……この主題の物語は沢山あります。今回はそれに挑戦です。
この世界（掲載した本編）では、すでにユウカはいません。
その彼女からの１日だけのプレゼント……大好きな人への。
どうか、読んでみて下さい。
作者の、身勝手な想いですが……これを読んで下さった方に感謝の念を捧げつつ。
２００１／１２／２０：ＡＢＣ
感謝の言葉：
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