第７ケイジに運び込まれた、動かないＥＶＡ初号機。
ようやく排出されたエントリープラグの中には、静かに眠る様なユウカの姿があった。
心配そうに見守るレイとアスカの前で、リツコと救護班のスタッフが、ユウカの体をストレッチャーに移して運んでいく。
「ユウカ……大丈夫だよね」
アスカは不安げな表情を隠さずに言う。
「今まではズッと大丈夫だった……」
レイは表情を変えずに言う。
「病室、まだ入れないよね」
「多分、ダメだわ」
２人は、ストレッチャーを見送っていた。
「赤木博士……後は我々が……」
救護班の１人がリツコに声をかける。
「いいえ、彼女は私が見ます！……あなた達は鈴原君の方をお願い」
声を荒げ、それに気付いてリツコは気を落ち着けながら言った。
「は、はい！」
救護班スタッフは、トウジの様子を見るために部屋を出ていった。
誰も居なくなり、リツコはユウカの方を向く。
恐る恐る手を取り、脈があるのを確認して、ようやく安堵の表情を浮かべる。
それからリツコは、テキパキと電極をユウカの体に着けて機材を準備していく。
「……絶対に、このまま終わらせたりしないわ」
モニターに映った脈拍……ありこそすれ、決して強くはない、いつ消えてもおかしくない物だった。
「絶対に、もう一度目覚めさせる……そして、二度とＥＶＡには乗せない……」
そう呟きながら、リツコの手は止まらない……
カーテンの隙間から、朝日が差す。
夜が明けた証だ……
「う……ん」
リツコは、いつの間にか眠っていた。
眼を覚まして最初に見た物は……主を失ったベッド……
「ユウカさん?」
「はい？」
声に驚いて、窓の方を見るとカーテンに手を掛けたユウカがいた。
「ユウカさん……貴女、動いちゃダメでしょ！」
「リツコさん、一晩中着いててくれたんですね……ありがとうございます」
リツコはユウカに駆け寄ってその肩を掴んだ。
冷えきった肩……人の温かみの感じられない、死人のような体温。
「こんな、冷えきって……ベッドに戻りなさい」
「……お願いがあるんですけど……」
優しく肩を抱くリツコに、ユウカは視線を向けて言葉を口にする。
「元気になってからよ……さ、横になって」
「リツコさん……お願いします」
ユウカの強い視線に、リツコは言葉を失った……
脳外科病棟……トウジの妹が入院している病室。
今はまだ、僅かな人数しか動かない時間……ユウカはリツコの肩を借りてこの部屋まで来た。
ベッドの脇に腰掛けて、両手で少女の頬を挟んで額を着ける。
「これが最後……お姉ちゃんの替わりに、トウジと仲良くね……」
言葉と共に、淡い光がユウカから少女に移っていく。
「貴女、その子に何かしていたの？入院直後より大分状況が良くなっているけど……」
「行きましょう、リツコさん……」
立ち上がって、消え入りそうな笑顔を向けるユウカ。
「聞かれたくないのね……いいわ、行きましょう」
再び肩を貸して歩き出すリツコ。
（あの人が、普通に人の心を理解出来てたら……余計な事をしなかったら、この人は私のお姉さんかお母さんになっていたかも知れないのね……）
ユウカは、リツコの体温を感じながら、そんな事を考えていた。
数時間後、病院の中は上を下への大騒ぎになっていた。
最重要の重病患者が行方不明になっていたのだから……
「……何や、騒がしいですなぁ」
「？そうね……ちょっと聞いてみましょうか」
トウジの見舞いに来ていたミサトも、気にしていたのか、病室を出て走り回る看護婦を捕まえて話を聞く。
「…………何ですってぇ?ホントなの、それは?」
大慌てで戻ってくるなり、ミサトは大声を出した。
「ゴメン、トウジ君……急用が出来たの！またその内来るから！」
そう言い残してミサトは帰っていった。
「はぁ……何がどないした言うんやろ……」
トウジはそう言ってベッドに横になる。
彼がこの騒ぎを知るのは翌日の事だった。
「リ〜ツ〜コ〜。アンタ何か知らない〜？」
その日の夜、ミサトは疲れ果てた顔でリツコの研究室へ現れた。
「どうしてここへ？」
「アンタ、昨夜ユウカちゃんの病室に泊まったんでしょ？朝、何か無かったの？」
「何の話？」
「……知らないなんて言わせないからね。ユウカちゃんが病院からいなくなったのは知ってるわよね」
「ええ、知ってるわ……それで？」
「だから、何処にいるか知らないかって聞いてるの！」
「知らないわよ……知ってたら自分で行くわ」
「……ホントでしょうね」
「……お好きなように」
ミサトは部屋を出ていった。
リツコは、話をしている間、一度もミサトの顔を見ていなかった。
（ごめんなさいね、ミサト……あの子に口止めされてるの……どうして、私ってあの親子に甘いんだろ……）
ふと、リツコはそんな事を考えてしまった。
そして……その日を境に、ユウカの消息は消えてしまった……
ミサトがその事実を告げた時、予想していない事態が起きた。
取り乱したのは、レイではなくむしろ、アスカの方だった。
「な、なんで……どうしていなくなっちゃうのよ！」
「アタシが知るわけないでしょ……悪いけど、今日はもう寝させて……ドッと疲れたわ」
ミサトは、ダイニングの椅子に腰を下ろして息をついた。
「ミサト！それで保護者なの！もっとちゃんと探しなさいよ！」
「……暫くは無理ね……明日から、色々忙しくなるから」
「何がよ！」
「ネルフとゼーレとの関係やそれに関する事柄の究明とネルフ自体の存続等に関して、調査とか会議とか討論会とか面倒で鬱陶しい仕事が始まるのよ……責任者の１人としては、参加しないわけにはいかないの……」
「そんなの……体のいい言い訳よ！」
「それが大人の仕事なの……その代わり、アンタ達には何もさせないわ」
「身勝手な言い分じゃない！レイ！アンタも何か言ってやんなさいよ！」
「……アスカ、少し落ち着いて……」
ようやく口を開いたレイから出た言葉は、アスカを諫める物だった。
「アンタ……どうしてそんなに落ち着いてられるのよ！ユウカ……いなくなったのよ！」
「私達が騒いでも、見つかるワケじゃないでしょう？葛城三佐……落ち着いたらヨロシクお願いします」
そう言って、レイは頭を下げた。
「……ん、分かったわ……レイ、あなた、変わったわね」
「私が？」
「他人を諫めたり、頼み事に頭下げたり、アタシが言うのも何だけど……昔より人間味が出てきたわ。いい傾向ね……」
「ありがとう、ございます……」
頬を少し赤らめながら、レイはミサトに礼の言葉を言った。
「……アタシ１人悪者じゃない……いいわよ、お休み！」
アスカは機嫌悪く自分の部屋に引っ込んでしまった。
「……イラつくのは分かるし、急にユウカちゃんがいなくなって不安なんだろうけど……今のアタシには、アスカの御機嫌を取ってる余裕はないわ……レイ、悪いけど、彼女の事頼んでいい？」
「……はい……」
「じゃ、お休み……早めに寝ておきなさいよ」
ミサトは冷蔵庫からビールを出して、自室のドアを開ける。
そして、一言だけ言い残した。
「あ、明日、ペンペンと冷蔵庫が昼前には戻ってくるからよろしく」
「はい」
ミサトを見送った後、レイはアスカの部屋の方を見た。
ノックの音がして、ドアが開く。
「誰よぉ？」
不機嫌そうなアスカの声が帰る。
「私。レイ。入るわ」
ベッドに寝ていたアスカは体を起こしてドアの所に立つレイを見た。
「何の用？」
「……一緒に寝ていい？」
レイがそんな事を言うとは思っていなかったアスカは、呆気にとられた顔をした。
「は、はい？」
「……ユウカさんがいなくて、私も淋しいの……ダメ？」
「ダメじゃないけど……そう言えば、アンタと２人きりで寝るのって初めてね……」
「２人でここに居る事はあったけど……」
「もう、いいから、さっさとこっち来なさい」
アスカはベッドの上をポンと叩いた。
レイはコクンと頷いて、アスカの横に腰掛ける。
２人は並んで横になる。
「……ミサトに何か言われたの？」
「……それもあるけど……ユウカさんならこうするかな、と思って……」
「……確かにやりそうね……」
アスカは納得した顔をする。
２人とも天井を見ながら話を続ける。
「……だから、私もしてみたの……変？」
「……いいんじゃない？前みたいに人形っぽいよりは全然いいわね」
「人形？……そうなの……アスカもそう思っていたの？」
「正直、直接会うまではね……そん時には、ユウカの影響だと思うけど、アンタの雰囲気って変わってたもん」
「……ユウカさんが言ってた……淋しいのも我慢しなければいけない。でも、どうしても１人で辛い時は、アスカや葛城三佐がいてくれるからって……」
「そっか……ね、レイ？」
「何？アスカ」
「今度、ミサトのこと名前で呼んでみたら？」
「ユウカさんが呼ぶみたいに？」
「そうね……ミサト、喜ぶわよ」
「……分かった。やってみる」
「……そろそろ寝ようか」
「そうね……お休みなさい、アスカ」
「お休み、レイ……」
２人の寝息は安らかな物だった……
最終話 想いを風に乗せて
翌日から、第３新東京市は非常に騒がしかった。
市街地の再建、マスコミ対策、国連との折衝、日本政府との折衝……ありとあらゆる雑多な事で、ネルフは忙殺された。
ミサト達は、チルドレンの事だけは詳細を隠しながらも、それ以外の事は出来るだけ明確にしていった。
様々な自体の究明と市街地の再建が進み、ようやく一段落したのは７ヶ月後の事だった。
その後、ネルフ自体は……その存在を世間に大々的に公表し、対使徒専任の機関としての存続を認められた。
冬月は、その変遷を全て見守った後辞職して隠遁生活を送る事にした。
後任は、国連から新たに派遣された人物になった。
リツコは、技術開発部部長兼副司令として留任……仕事が増えて困っている。
日向、青葉、マヤの３人も、若干の違いはあったが、相も変わらずネルフの職員を務める事になった。
そして、ミサトは……ネルフを退職し、ノンビリとした生活を送っていた。
街に人が戻ってきて、学校が再開してからも、ユウカの行方だけは誰も掴めなかった。
「何か物足りないね……」
昼休み、屋上にはいつものメンツ……レイ、アスカ、トウジ、カヲル、ケンスケ、ヒカリ、マナ、マユミ……ユウカの姿だけが欠けていた。
マナの呟きは、そこにいた全員の気持ちだった。
「何も言わないでいなくなるなんて……」
ヒカリが肩を落とす。
「何があったんでしょうか……ユウカさん」
マユミが誰ともなく問いかける。
「知らないわよ、アイツ、一度だって自分から何も言わないもの！」
アスカはイラつく気持ちを声に出した。
「落ち着きなよ、アスカ……でも、どこに行ったんだろうな……」
アスカを諫めた後で、ケンスケは寂しそうに呟く。
「……どうしたの、鈴原君」
レイは、何も言わずに黙り込むトウジに声をかけた。
「ん？……ああ、実はな……ウチの妹、眼を覚ましたんや……あの日の翌日、退院前に様子見に行った時やけど……起きててな……そん時、変な事言ってたんや……」
「変な事？なんだい、それ？」
ケンスケが興味をそそられたように話に入ってくる。
見ると、全員が注意を向けていた。
「アイツ……天使に会ったとか言ってたんや……初めは適当に聞いてたんやけど……その天使、長くて綺麗な黒髪の、優しそうなお姉ちゃんだって……まるで、誰かさんみたいやないか……それ、思い出してな」
「ユウカさんだわ……」
「多分……いいえ、きっとそうよ。間違いないわ」
レイとアスカが頷きあう。
「……ユウカって、普通の人と変わってたもんねぇ」
「天使ですか……なんとなく、合ってるような違うような……」
マナとマユミが首を傾げながら話し合う。
「本人に会えればすぐ分かるんだろうけどな……なぁ、渚」
「そうだね……もう一度、会って話がしたいね」
ケンスケの問いかけに、カヲルは感慨深そうに答えた。
「ユウカさん、どこにいるのかな？」
ヒカリの言葉には、誰も答えられなかった。
あの戦いから１年……子供達が３年生になって、後数ヶ月で中学校を卒業することが決まっている。
そんなある日のこと……ネルフ本部に来客があった。
「先輩、面会です……これ、葛城さんです！」
「ミサト？……分かったわ、マヤ……後お願い」
リツコは研究室を後にして、ラウンジへと向かった。
「やっほ〜、リツコ。元気ィ？」
「ミサト……恥ずかしいわね、全く」
入ってくるリツコを見つけて大きな声を出すミサトに、リツコはいきなり文句を付けた。
「いいじゃない、久しぶりなんだし……どう、調子は？」
「前に会ってから３月も経ってないでしょう？変わる訳無いわよ……そっちはどう？まだ家族ごっこ続けてるの？」
「家族ごっこねぇ……相変わらずキツいわね、アンタ……ま、３月までは間違いないわね」
「３月？……ああ、卒業ね。中学校の」
「そ。それから先はあの子達が決める事よ。……アスカはすでに大学まで出てるからいいけど、レイは……ここから離れた所で高校に通わせようかなって思ってる」
「いいんじゃない？貴女さえよければ……ところで、加持君とはどうなの？」
「……とりあえず、連絡だけは欠かさないようにしてるわ……にしても、何が世界を駆けめぐるフリーライターよ！あー、腹立つ！」
「彼らしくていいじゃない……ユウカさんは見つかった？」
「全然……もう少し捜索範囲広げようかな、って思ってるわ」
「そう……頑張ってね」
「期待しないで待っててね。じゃ、アタシそろそろ行くわ……リツコ、約束、ちゃんと守りなさいよ」
「約束？」
「アンタ、知ってる事、３月が過ぎたら全部話すって言ったんだからね……そん時は必ず聞きに来るからね」
「そうだったわね……その時はこちらから連絡するわ」
「絶対だからね！」
それだけ言い残して、ミサトは帰っていった。
その背中を辛そうに見送るリツコ……その時、懐に入れていた携帯が鳴った。
「……ハイ、赤木……変わりない？そう……土曜日には行くわ。ウチの猫、見せてあげるわね」
優しげに話すリツコ。相手は、微かな声で話している様で、音が外に漏れる事はなかった。
リツコの様子は、まるで恋人とでも話しているようだった。
土曜日……リツコは自分でハンドルを握った。
「……久しぶりね、自分で動かすのも……」
国産の小型車……電気自動車である。
その車が向かった先は、第２新東京市郊外の閑静な療養所。
駐車場に車を止めると、自分の家か何かのように目的の場所へ進んでいく。
その部屋のドアは少しだけ開いていた。
「入るわよ」
リツコは、中の人物に声をかけてドアを開ける。
外から吹く風が、緑の香りを鼻に運ぶ。
「あ、リツコさん……来てくれたんですね」
「約束は守る主義だから。調子はどう？ユウカさん」
窓を開けて空気を吸い込んでいたのは、行方不明になっていたユウカ自身であった。
ただ、彼女の姿は昔とは違っていた……病的に白くなった肌は、以前の彼女とは印象を全く変えてしまうほどだった。
痛めつけられた内臓は、生命を保たせるのも困難なほどに弱っていて、栄養注射と点滴が欠かせないくらいになっていた。
体重も、以前とは比べ物にならないくらい落ちている……にも拘わらず、彼女の見た目は、肌の色以外には違いが認められなかった……
「今日は結構いいです……猫、楽しみだなぁ」
「外出許可は取ってきたから……行きましょうか？」
「はい」
普段着に着替えたユウカは、軽装のリツコの後を着いていく。
窓の外を流れる風景……ユウカはそれを楽しんでいた。
「結構遠いからね……眠っててもいいわよ」
「いえ、眠ったら勿体ないです……折角の景色、目に焼き付けておかないと」
「帰りも見れるわよ」
「……そうですね」
そう言いながらも、ユウカの視線は景色に向けられていた。
リツコは、話を変える。
「何故、ミサトじゃなくて私を頼ったの？」
「……ミサトさんは黙っててはくれないだろうから……それに、今の私をレイさんやアスカに見られたくないし……」
「誰も貴女を変な目で見たりしないわ……そんな人がいたら、私がはり倒すわよ」
「……リツコさん」
「ミサトに黙っているの、結構大変なのよ……本当に３月まででいいのね？」
「はい」
ユウカは静かに答えながらも、リツコの方を見る事はなかった。
翌日、療養所へユウカを送ってきたリツコ。
病室へ行き、ユウカがベッドに腰掛けるのを見てから、リツコは帰ろうとした。
「リツコさん……今度はいつ来てくれますか？」
「さぁ……貴女次第よ。いつがいい？」
「……３月１０日。行きたい所があるんです」
「分かったわ。１０日ね……また車で迎えに来てあげるわね」
「はい……待ってます」
微笑みを投げかけて部屋を出ると、リツコは担当医の元へ向かう。
「失礼します……あの、妹の病状はどうなんでしょうか？」
リツコは、ユウカを妹と偽って入院させていた。
書類は、リツコ自身が偽造した物だった。
「ああ、赤木さん……ハッキリ言って思わしくないですね……保ってあと２ヶ月……長くても４月は迎えられないでしょうね……」
「……そうですか……あの子のこと、よろしくお願いします」
毅然とした態度で、頭を下げながらリツコは言った。
「こちらこそ……可能な限り面倒は見ますよ」
担当の若い医師も頭を下げた。
車に戻って、病棟を見上げるリツコ……消灯後の病棟は、どこがユウカの部屋だか分からなくなっていた。
「……レイの資料、全部処分したのは早まったかも知れないわね……アレを使って、代わりの臓器を作れば……いえ、ダメね。ユウカさんが受け容れるはず無いわね……」
リツコは１人愚痴のように呟くと、車を発進させた。
それから２ヶ月……平和な時が過ぎた。
３月９日……加持が日本に帰ってくるので、ミサトは迎えに行っていた。
レイ達は卒業式の予行演習の日で、朝から慌ただしく出かけていた。
冬月が久しぶりに第３新東京市を訪れたのは、そんな日だった。
朝早く着いた彼を、リツコはラウンジで迎えていた。
「お久しぶりです、副司令」
「それは止めてくれないか。大体、今は君がそうじゃないか、赤木君」
「そうでしたわね……本日はどうしたんですか？」
「明日、あの子達の卒業式だろう……是非、見届けてやりたくてね」
「そうですか……きっと喜びますわ」
リツコは微笑みを浮かべて言う。
「赤木君、この１年で随分変わったな」
「変わりましたか？」
「ああ、何というか……丸くなったのかな？」
「……かも知れませんね……あの子達と付き合っている内に、人間の心という物を教えて貰った気がしますから」
「そうか……いい事だ」
「その分、手間は掛かりましたけどね……」
思い出したように笑うリツコ。
冬月も優しい視線を向ける。
２人は思い出話に華を咲かせて時間が過ぎた……
「おや？もうこんな時間か……どれ、宿泊先へ向かうか」
「お送りしましょうか？今日は車ですから」
「まだお昼だよ。退出時刻には早いだろう」
「そうですわね」
フフッと笑ったリツコ……その時、彼女の携帯が鳴った。
「あら？済みません、冬月さん……」
「いいよ、緊急の用件だったら大変だろう？出なさい」
「はい、それでは失礼して……はい、赤木です。ええ、いつもお世話に……妹？……え？……本当ですか?分かりました、すぐ伺います！」
リツコの態度が変わった。
取り乱したように電話の向こうと話をする。
「どうしたんだね？赤木君……妹と言っていたが、君に妹は……」
「説明してる暇がないんです！申し訳在りませんけど、失礼します！」
リツコが慌てて駆け出す。
車に乗って、急発進させながら、携帯でマヤに事後処理を指示する。
「どうして……約束の日は明日なのに……お願い、無事でいて……」
リツコは苦しそうに呟きながら、車を走らせた。
リツコの様子を見送った冬月は、慌ててロビーに降りてきたマヤと青葉に会った。
「あ、副司令……」
「それは赤木君だろう……それより、君らは彼女を捜しているんじゃないかね？」
「そ、そうでした……失礼します！」
マヤは慌てて走り去っていった。
「……赤木さんが何処に行ったかご存じなんですか？」
「どこかまでは知らんが、車で出かけたんじゃないか？」
「はぁ……それじゃ捕まりっこないッスね」
青葉の問いに、冬月は素直に感じたことを答えた。
それを聞いて、青葉は溜息を付いた。
「青葉君、赤木君に変わったことはなかったかね？」
「変わったこと……いえ、特に……ただ、ここ数日は機嫌が良かったッスけど……」
「そうか……」
（妹？彼女には妹はいないはずだ……誰のことなんだろうな……）
冬月は、その考えは口にしなかった。
リツコの車が、療養所の駐車場に滑り込む。
慌てて病室へ向かうリツコ……
病室では、担当医が計器を確認していた。
「先生、この子は?」
「あ、赤木さん……私達は出てますので、最期を看取ってあげて下さい」
「さい……ご？」
惚けたように口走るリツコ。
医師と看護婦が入れ替わるように病室を出る。
ノロノロと、ゼンマイの切れた玩具のようにベッドに近付くリツコ。
「うそ……でしょ？」
ソッとユウカの左手を取り、絶え絶えな脈を感じる。
その時、ユウカがうっすらと眼を開けた。
「ユウカさん？」
「……リ……ツコ……さ……ん……来て……くれ……たんです……ね」
苦しそうに切れ切れに話すユウカ。
「もういいわ。何も言わないで」
「……い……ちにち……早い……け……ど、や……くそ……く……」
「約束？」
コクンと頷くユウカ。
「約束って、明日のこと？だったら、頑張りなさい！明日、何処にでも連れて行ってあげるから！」
「ダ……メで……す……わた……し、あ……した……まで……保ち……そ……うに……な……いで……す」
「そんなことないわ！気をしっかり持ちなさい！」
「いい……ん……です……じ……ぶん……のこ……と……は……よ……く分……かって……ます……か……ら」
ユウカの苦しそうな声は、リツコの心を締め付けた。
「……何で、私はこんなに無力なの……貴女に何もしてあげられないなんて……」
顔を伏せて、涙声でリツコは自分を詰る。
「リ……ツコ……さん……泣か……な……いで」
ユウカは沢山のチューブの刺さった右手を持ち上げて、リツコの涙を拭こうとする。
弱々しいその動きに、リツコは自らの涙を拭った。
「……分かったわ、行きましょう……何処なの？」
「そ……のま……え……に、着……替えて……行き……た……いんで……す……手……伝って……くだ……さ……い……じぶ……ん……ひ……とり……だと……できそ……う……に……ない……か……ら」
「いいわ……おめかしして行きましょうね……」
リツコはユウカの背中に手を当てて起こしてやる。
制服に着替えたユウカを抱き上げる。
見た目はあまり変わっていないのにも拘わらず、そのあまりの軽さに、リツコの涙は留まることなく流れていた。
「ど、どこへ行くんですか、赤木さん?」
「この子が行きたい所があるんです……最後の願いくらい、叶えてやりたいの……」
リツコの真摯な眼差しに、医師達は、結局は２人を通した。
助手席にユウカを座らせて、リツコはすぐに運転席に着いた。
「今、３時ね……本当に、そこでいいのね？」
「は……い……お……ねがい……し……ます」
「大体、６時前には着くわ……多分、間に合うと思うけど……」
荒い息のユウカをチラッと見て、リツコは車を滑らせた。
リツコの車は、誰も居ない峠の展望台に停まる……ここは、ミサトが初めて連れてきてくれた場所、何かあると訪れる場所、カヲルと出会った場所……ユウカの一番気に入ってる場所だった。
車を止めて、リツコはすぐに降りて助手席側へ回り込む。
ドアを開けながら、リツコはユウカに声をかけた。
「ユウカさん、着いたわよ……ユウカさん？」
ユウカは、眠っているように見えた。
その顔は、微かに頬を綻ばせた、笑顔だった……
リツコは、ソッと肩に手を掛けて揺すった。
「起きなさい、ユウカさん……そろそろ、日が沈むわよ……」
揺すっても、ユウカは微かにも動かない。
不安を感じたリツコは、その左手を取って脈を診た……
静かな……動かない脈……それは、命の灯が消えた証だった……
「起きなさい！ほら、約束でしょう！ユウカさん……ユウカさん！」
力一杯ユウカの体を揺するリツコ……彼女の体は、揺すられるままに動くだけ……
彼女が二度と動かないことを悟ると、リツコは、ユウカの膝に顔を伏せて泣いた……
夕陽が傾いて、山の峰に差し掛かる頃、リツコは軽くなったユウカの体を抱き上げて、第３新東京市に沈む夕陽を見つめた。
「貴女が見たかった夕陽よ……明日、貴女のクラスの卒業式だったわね……ここから、見たかったのね……」
そう言うリツコ自身の眼は、涙で濡れて、何も見えていなかった。
日が沈み、辺りが闇に包まれてから、リツコはユウカの体を再び助手席に座らせた。
その時、ポケットの中に何か入っているのを感じ、リツコはそれを調べた。
それは、１通の手紙だった。
リツコはそれに目を通して、すぐに車を療養所に向けた。
ＥＰＩＳＯＤＥ：ＦＩＮＡＬ Ｃａｓｔ ｔｏ ｔｈｅ Ｗｉｎｄｓ
リツコの車は、１０日の朝に本部に帰ってきた。
「先輩！」
「マヤ……何？」
「急に後は任せたとか言って出かけるの止めて下さいよ！……って、先輩！どうしたんですか？眼が赤いですよ？」
「眼？……ああ、一晩中車走らせてたからね……悲しいこともあったし……」
「一体何があったんですか、先輩？」
マヤが心配そうに尋ねる。
「気にしなくていいわ……これ、青葉君と日向君と３人で見て頂戴」
「何ですか、コレ？」
リツコに渡されたデータディスクを、マヤはしげしげと眺めた。
「ユウカさんからよ。あなた達にって」
「へぇ、ユウカさん……って、会ったんですか?」
「今日中に見て……後は任せるから。私は、今日はズッと外出。いいわね」
「それって、元々そうじゃありませんでしたか？」
「今日は一切連絡は受け付けないわ……じゃ、仮眠したら出かけるから」
リツコはそれだけ言い残して、研究室の方へと去っていった。
第壱中学校。
講堂では、卒業式が順調に行われていた。
ネルフ職員のかなりの人数がこの街に家族と暮らしているため、このような式典の日は、開店休業状態である。
その中に混じって、ミサト、加持、冬月の姿があった。
３人は、レイ、アスカ、カヲルの保護者代わりとして、保護者席の後ろに立っていた。
「リツコ、遅いわねぇ」
「確かにな……リッちゃん、こういう事の時間を守らなかったこと無かったからなぁ」
「アンタと違ってね」
ミサトと加持のやり取りに口を挟むかのように、冬月が言った。
「……昨日、何か急用で出かけたみたいだから、場合によっては来ないかもしれんな」
「何かご存じなんですか、冬月さん？」
加持が尋ねる。
「昨日会ったのだが、昼頃慌てて出ていったからな」
「そうなんすか……」
「実家の方で何かあったのかしら？」
「かもしれんな……妹とか言っていたし」
「「妹？」」
ミサトと加持が声を合わせて言う。
この間のやり取りは、ひそひそと小声で行っていた。
「リツコに妹なんていませんよ？」
「マヤちゃんが妹みたいなもんだもんな……」
「君らでも見当が付かんか……頃合いを見て聞いてみよう」
式はさしたる問題もなく、終わりに近付いていた。
最後の生徒が卒業証書を受け取り、席に着く。
その時、校長が、きょろきょろと辺りを見回した。
そして……机の上を見返す。
そこには、１枚の卒業証書が残っていた……
１人の教師が近付いてきて、校長に耳打ちする。
校長は納得したように１回大きく頷いて、その証書を持って下がる。
「何だったのかしら、アレ？」
「さぁな……ワシらには関係なさそうやしなぁ」
「ま、いいじゃないか……あと数時間もすれば、俺たちもここから去るんだし」
ヒカリの問いかけに、トウジとケンスケが気のない返事を返す。
「結局……あれから一度も来ませんでしたね」
「……うん……あの日が最後になったね……ユウカと学校で話したの」
マユミの言葉に、マナが淋しそうに答える。
「卒業式ぐらいは来ると思ったのに……」
「理由があるんでしょう……来れないなりの」
アスカが唇を噛みながら悔しそうに言う。
レイは、それを取りなそうとしていた。
「さて……答えはあの人が知っていそうだけどね」
カヲルが窓の外を見ながら言う。
みんなの視線の先には、車で入ってきたリツコの姿があった。
「申し訳在りません……昨夜、急に無理を言いまして……」
リツコは、校長室で校長と、ユウカのクラスの担任を務めた老教師を前に頭を下げた。
「いえ、いいんですよ……そうですか……じゃ、これは……」
言葉を濁す校長……老教師は、メガネを外して拭いている。
「お預かりしていきますわ……」
「全世界を救った少女の……卒業証書ですからね……」
リツコは、校長から『碇ユウカ』の卒業証書を受け取った。
大事そうにケースにしまい込むと、席を立った。
「どちらへ？」
「会わなくてはならない人がいますので、これで失礼します」
リツコはそう言って校長室を出た。
校門の前、リツコが止めなおした車の側に、ミサトと加持、冬月がやってきた。
「どうしたのよ、リツコ……遅れるなんて、アンタらしくない」
「そうだぜ、俺や葛城ならともかく……」
「ちょっと寝過ごしたのよ……今朝になってから寝たから……これ、ミサトと加持君用……家で見て頂戴。これは副司令宛です、どうぞ」
リツコは、ハンドバッグから２枚のデータディスクを取り出してミサトと冬月に渡す。
「これ、何よ……」
「ユウカさんからのプレゼントよ……あの子達にも渡さないといけないから、話は後で聞くわ」
「な、ちょ、ちょっと、リツコ！」
リツコはミサトの静止を訊かずに、生徒の１人を捕まえて、伝言を頼むと、すぐに車を走らせて行ってしまった。
峠の展望台……昨日とほぼ同じ時刻に、リツコは車を滑り込ませた。
そこには、アスカやレイのほかに、トウジ、ケンスケ、ヒカリ、マナ、マユミ、カヲル……チルドレンと、それに近しい子供達が待っていた。
「待たせたかしら？」
「それほどでもないです」
ヒカリが答える。
「渡したい物があるんだけど、その前に、一つだけ約束して欲しいの」
「何よ、一体……」
アスカが不満そうに言う。
「私が何を言っても、取り乱さないで落ち着いて聞いて欲しいってこと……難しいとは思うけど……」
「約束しますよ……」
カヲルが静かに答える。
全員が頷いた。
「……ありがとう……夕陽を見て」
全員の眼が夕陽と、それが沈んでいく街の景色に向けられた。
「昨日、ユウカさんが亡くなったの……最後に、ここに来たかったのよ」
緊張が走る……子供達の眼は、リツコに向けられた。
リツコは、夕陽を見つめたままで話す。
「静かに、眠るように逝ったわ……微笑んだままで……」
「赤木博士……本当なんですか？」
レイが言った言葉……その最後は震えていた。
「本当よ……看取ったのは私だもの……これは、彼女からのあなた達への伝言……」
リツコは、１枚のデータディスクを取り出して、プロジェクターにセットする。
「これは、ビデオカメラで取った映像……みんな宛のものだけど、私はここで見て欲しかったの」
リツコがスイッチを入れると、プロジェクターの大画面に映像が出力される。
そこに映っているのは……まだ健康的なユウカだった。
リツコは、思わず目をそらす。
『────えっと……今、ネルフ本部から出たとこです。ホントは出撃の可能性があるんで、外出禁止のハズなんですが……こっそり出て来ちゃいました』
にこやかに微笑むユウカ……今、ここに居ないのが不思議なくらいだ。
『これを見てるって事は、私は多分、死んでるんだと思います……』
誰も居ない街並みをバックに、ユウカは公園の手摺に腰掛けていた。
『これを託す人に、私が死ぬまでは手に入らないようにするつもりだから何ですけど……多分、リツコさんかな？』
ユウカは、悪戯をした子供のような顔で話している。
『えーっと……あと、何本か作るんで、まとめて挨拶するけど、許してね……まずは、ごめんなさい。私、今、死にかけてます……内臓がボロボロなんです。リツコさんには、怒られました……何で早く言わなかったのかって……ホント、ゴメンです』
「そんなの……知らなかった」
アスカが呟く。
『多分、今度の戦いで生き残っても、普通の生活は送れないかな……なんて思ってるんだけど……だから、こんなもの作ってるんだけどね……』
ペロッと舌を出すユウカ。
『では、１人１人にメッセージ送ります……まずはカヲル君。短い間だけど、色々と話とか付き合ってくれてありがとう……例のヤツ、みんなに見せてあげてね』
「例のヤツって何？」
「パッヘルベルのカノン……あの日の演奏の事さ……」
普段は見せないような悲しげな顔で、カヲルはマナの問いに答えた。
『次は、マユミさん。あれから、私も本を読む量が増えました。って言ってもほとんどマンガかな？あと、私の方が先に死んじゃって……あの言葉、説得力無くなっちゃったね。でも、あの時は本気だったんだから……忘れないでね』
「忘れません……ユウカさんの言葉……私、絶対に忘れません」
そう言って、マユミは泣きながら顔を伏せてしまう。
『マナ……いつも護衛ご苦労様。私がボーっとしてる時もいっつも笑わせてくれたよね……あれって、困ってる時とかだったから、凄く救われた……ありがとう』
「何言ってるのよ……私、ユウカがいなかったら、生きてなかったかも知れないのに……こっちこそ、お礼してもしきれなかったのに……ズルいよ……私に何も言わせずに逝っちゃうなんて！」
マナは涙を拭かずに、思いの丈を叫んだ。
『ヒカリさん……トウジと上手くやってますか？トウジって、鈍感なように見えて、優しいとことかあるんで、しっかり手綱握ってないと取られちゃうよ』
「分かってたわよ、そんなこと……」
グスッと鼻を啜りながら、ヒカリはぼやいた。
『トウジ……妹さん、元気にしてるかな？もし起きてたら、嬉しいな……私のこと、謝っておいてね。あと、ヒカリさんのこと、大事にしないとダメだぞ』
画面の中で指を立てるユウカ。
「ワシの方こそ謝っとるわ……最初の時のパイロット連れてこい言われてな……更に怒られるやろな……」
トウジは、困った顔をしている。
『ケンスケ君、ビデオカメラのレクチャーありがと。上手く取れてるかどうか、キッチリ判断してね。あそこで取った映像、私も見たかったな……』
「あそこって何処だい？」
カヲルがケンスケに聞く。
ケンスケは、顔を上げることが出来ずにいたが、涙声で答えた。
「ここだよ……彼女と２人で夕陽を見た時に取った、彼女の横顔さ……」
全員がしんみりと聞いていた。
『アスカ、元気でやってる？前よりみんなと上手くやってる？ちょっとだけ、心配してるんだ……だって、もう一緒にいてあげられないんだもん……』
少し淋しそうな顔を、ユウカはしていた。
「心配するくらいなら、何でいてくれなかったのよぉ！」
アスカは、画面に向かって叫んだ。
『最後はレイさん……アスカやミサトさんは優しくしてくれる？もっと甘えてみてね。学校でも、困ったらみんなに話しかけないとね』
「うん……一応やってるつもり……」
頬に涙の筋を作りながら、レイは画面の中のユウカに答えた。
『……最後にもう一度ごめんなさい……一つだけ、心残りなのは、みんなと一緒に卒業したかった事だけです……残念だな……でも、私、笑って逝きます。さよなら』
そして、映像は終わった。
肩を落として、子供達は去っていく……リツコは、レイとアスカの肩を叩いて、２人だけ呼び止めた。
「……まだ何かあるの？赤木博士……」
「ユウカの事、アタシ、信じてないからね……ホントに死んだ証拠見るまで、絶対に信じないから！」
アスカは、泣きながらも強い口調で言う。
「付いてきて。貴女達には、特別に見せたい物があるから」
そう言って、リツコは車の後部シートをさした。
２人が乗ったのを確認すると、リツコは車を飛ばす。
「どこ行くのよ？」
アスカが詰まらなさそうに尋ねる。
「ユウカさんの体がおいてある所……入院していた療養所よ」
「本当ですか、赤木博士」
「ユウカさんは、貴女達には見せたくなかったって言ってたけどね……貴女達用のディスクもあるから、そちらで見ましょう」
２人は黙り込む。
リツコの車は、緑の闇の中を切り裂くように走った。
「悪いわね、ミサト……２人とも、今日は預かるわ」
『別にいいけど……何処にいるの、アンタ？』
「第２新東京市よ」
リツコは、ミサトと電話していた。
保護者に、非保護者の２人を預かる事を報告したのだ。
『今そこじゃ、帰れないもんねぇ……じゃ、よろしくね』
「ちゃんと帰すから、貴女は加持君とヨロシクやってなさい」
『……イヤな性格ね、アンタ』
「じゃ、切るわね」
リツコは電話を切る。
そして、待っていた２人を連れて、別の棟へ入っていく。
地下へ降りる階段は、空気の重さが違うように感じられる。
「霊安室？」
「そう、霊安室……死者を安置しておく部屋よ」
リツコは、アスカに説明する。
その扉を開けると、人型の布の膨らみがある。
リツコは、頭の方に近寄って布を捲った。
そこには……眠るように穏やかな顔のユウカがいた。
「嘘……何かの冗談よね……」
否定しながら、ゆっくりと後ずさるアスカ……
レイは、立ちすくんだままでユウカの顔を見つめていた。
「事実よ。これで本当の事だって分かったでしょう」
「イヤ、イヤ、イヤよぉ……ユウカぁ……眼を覚ましてよぉ……」
幼子のように嫌々しながら泣きじゃくるアスカ。
レイは、しゃがみ込んでアスカの頭を胸に抱く。
「泣いちゃダメ、アスカ……泣いたら、ユウカさんが悲しむ」
嗚咽が小さくなり、ゆっくりと２人は立ち上がった。
「行きましょう、赤木博士……ユウカさんを静かにしてあげないと」
「そうね……別室でこれを見ましょう」
リツコは、１枚のディスクを取り出して言った。
『……多分、レイさんとアスカは私が死んだ事を聞いただけじゃ信じないと思います。だから、リツコさんがこれを見せるのは、私の死体を確認した後でしょうね……』
ユウカは、切なそうな顔をしていた。
『見せたくはなかったんだけど……ね。でも、２人にはまだ言っておきたい事とかあったし、どっちにしろ、これは見せて貰う予定なの』
アスカとレイは、リツコの持ってきたプロジェクターの画面を食い入るように見ていた。
『ん……っと、まずはレイさん……私が死んでしまって、落ち込んでますか？普通は、そうですよね……でも、必要以上に悲しまないでね。あの時の話みたいに、私、結局、レイさんの前から消えてしまったけど……いつかこうなるのが運命なんだから……それが早かっただけ……ミサトさんのこと、ヨロシクね……』
レイは、泣きながら頷いていた。
『アスカは、もっとみんなを頼ってね。何度か言ったけど……１人で突っ張ってるのって、結局は自分が辛くなるだけだからね……私は、もう、一緒にいてあげられないからね……私じゃ頼りなかったと思うけど……』
「バカぁ……ユウカは側にいてくれるだけでよかったんだからぁ……」
泣きじゃくりながら文句を言うアスカ。
『２人は、これからも仲良くしてね。私がいなくても、だよ……じゃないと、私、安心して死んでられないからね』
「分かった、ユウカさん……」
「うん……」
２人が返事を返すのと同時に、映像は途切れた。
２人を、空きの病室を借りて寝かせた後で、リツコは、自分宛のディスクを再生した。
ユウカの手紙には、ディスクを渡す相手の事、ディスクの隠し場所、そして、リツコの分は、最後に見て欲しいと言う、かすれた字が書かれていた。
約束を守り、リツコは自分宛のディスクを再生した。
もう泣かないと心に誓いながら……
『……リツコさん……色々と面倒な事を押し付けてしまってごめんなさい……』
そこには、今までの物と違って、病室でベッドに座るユウカが映っていた。
『……今までも面倒を見て貰ったり、我が儘を聞いて貰ったり、とても嬉しかった。本当に、リツコさんがお母さんかお姉さんになってくれれば良かったのに……』
リツコは、涙を我慢した……
泣いたら、ユウカを送ってあげられない、と思ったからだ。
『……私、本当は死にたくない……生きていたい……みんなと学校に行ったり、遊んだりしたい……１人でいるのはイヤ……でも、私、ここで我慢してます』
リツコの誓いは、ユウカの本音を聞いた時に、破られてしまった。
頬を伝う涙を止める術は、リツコには無かった。
『だって、私、もう死んでしまうの、決まってるから……もし生まれ変われたら、猫になりたい……気ままに、自分勝手に暮らしてみたいな……そしたら、リツコさんに飼ってもらおうかな……』
淋しげな笑顔のユウカが画面の向こうにいる。
リツコは、手を伸ばそうとして止めた……あまりにも空しいから……
『……今日は、風が気持ちいいです……明日、リツコさんが迎えに来てくれたら、あの大好きな夕陽が見れるんだな……と思うと、ちょっと嬉しいです……そろそろ、少し眠ろうかと思います。ちょっと苦しくなってきたから……リツコさん、お休みなさい……コホッ』
ユウカの手が伸びて、おそらく録画スイッチを切ったのだろう……映像はそこで止まっていた。
リツコは、最後の方は見ていられなかった。
涙を拭いながら、気分を変えるために、リツコは外に出た……
星が鮮やかに見えるような夜……
リツコの頬を撫でるように、柔らかで優しい風が吹いた……
「リツコさん、ありがとう……」
「え？」
リツコは辺りを見回した……風が、まるでユウカがそう囁いたように感じたから……
──── エピローグ ────
２ヶ月が過ぎ、第３新東京市は静かな時を迎えた。
そんなある日、リツコは雨の中を買い物に出かけた。
向かう先は、自宅近くのコンビニ……
「失敗したわ……豆を切らしてるなんて……」
ブツブツ言いながら傘を片手に歩いているその時……
フミャァ……
「……あら？」
微かな声にリツコが暗がりを覗き込むと、１匹の子猫が震えていた。
リツコの気配に気付くと、子猫は再びか細い声を上げる。
フミャァ……
黒い毛並みで、クリッとした眼でリツコを見つめる子猫……
その眼を見ている内に、いつしかリツコはその子猫を抱き上げていた。
「仕方ないわね……あなたの眼、誰かさんによく似てるんだもの……」
優しく子猫を抱いたまま、リツコは歩き出す。
そして、子猫に愛おしそうに話しかけた。
「あなたの名前、とても良いのを着けてあげるわ……素敵な名前よ……」
そう言いながら、リツコは当初の目的を果たすべく歩き始めた……子猫を大事そうに抱きながら。
あとがき
皆様、長いことお付き合い頂き、ありがとうございました……『想いを受け継ぐ者』、最終話です。
応援してくれた方と、このような稚拙な作品を快く掲載して下さったＹＯＫＯさんに感謝の意を表し、終幕の挨拶と替えさせて頂きます。
作成日付：２００１／０３／２０
感謝の言葉：
皆の心に強い想いを残し、この世を去ったユウカちゃん。
一人の人生が終わりを告げ、人々は想い出を心に刻み生きていく。
泣いて、笑って、悲しんで、怒って・・・いろんな表情を思い出しますね。
ＡＢＣさん、最終話までの執筆、お疲れ様でした、そしてありがとうなのです。
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あと…
ＡＢＣさんより、「想いを受け継ぐ者」改訂・別バージョンの圧縮パックを戴きました。
全般的に加筆・修正され、エンディングも２種類、含まれています。（＾＾）
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