ある日の昼、シンジはネルフ司令室にてゲンドウと向かい合っていた。
「父さん、今度学校で進路相談があるんだ」
ゲンドウは両肘をついたまま、黙ってシンジの話を聞いている。
だがその姿に、以前のような「威圧感」は見られない。
代わりに「無気力」なオーラが全身から出ている。
「だから、僕と綾波と母さんの保護者として出てくれないかな？」
無言で考えているゲンドウ。
ゲンドウはシンジの私生活などあまり知らない。
が、ミサトもリツコなど、他の大人も同じくらい知らないだろう。
必然的に、ゲンドウが行く羽目になるのだ。
…ネルフの司令なのに。
「……分かった」
ゲンドウがそう答えると、シンジは笑顔で返す。
「ありがとう、父さん」
そう言ってクルリと背を向けるシンジを、ゲンドウが呼び止めた。
「ところでシンジ」
「ん？」
再びゲンドウの方を向くシンジ。
「ゼーレの連中を消すという話はどうなったのだ？」
実は、シンジはゼーレに未だ何もしていないのだ。
「いやぁ、消そうと思ったんだけど、ヘタに歴史を変えたら不都合が起きるかな、と思って」
「「歴史？」」
後頭部を掻きながら苦笑して言うシンジに、ゲンドウと冬月は怪訝そうな顔をする。
「それに、簡単に消すんじゃなくて、世界が思い通りにならない事をゆっくりと教えてあげるってのも面白いと思ってね」
そう言うと、シンジはニヤリと笑う。
それは、あからさまに「僕は悪巧みをしています」という顔だった。
シンジが司令室から出た後、無言のゲンドウに冬月が話し掛ける。
「碇……少しやつれたな」
「……失礼な。別にユイに見限られて以来めっきり食事が喉に通らなくなり、布団の中でそれなりに幸せだった過去を思い出しては枕を濡らしているなどという事はない」
「そ、そんな事になっているのか……」
「……フ、流石は冬月先生。誘導尋問がお上手で……」
「お前が勝手に喋っただけだろう……」
「へぇ、ジェルって本当に人間と変わらないのね……そして、可愛い……！」
「ありがとうございます、ジャム様」
シンジ達が学校に行っている間、愛の巣にはジャムとジェルだけが残される。
ジャムのネルフでのバイトはリツコの調査完了によって無事終わり、今では元の生活に戻っていた。
結構時間をかけて調査したワリに、ほとんどの謎が謎のまま解明されなかったというウワサである。
ちなみに、ネルフのバイトで稼いだ給料は全部で約３５万円。
この内の約７割が愛の巣での生活費となっている。
そして、現在２人は何をしているのかというと……
「あ、肌は小麦色でもココは綺麗なピンクなのね」
「『恥ずかしい』です、ジャム様……」
「ふーん、そういう感情も覚えてきたんだ……」
妙な言葉を言い合いながら、浴室で裸の付き合いをしてたりする。
ちょっぴり……いや、かなり妖しい。
「そっち系のシュミは無いけど、なんとな〜く悪戯したくなるわ……」
ジャムはニヤリと笑うと、ジェルの肌を弄り始めた。
「んっ、『くすぐったい』です、ジャム様……」
いつもの無表情を崩し、困惑したような、または何かに耐えているような表情に変わるジェル。
（か、可愛い……！ジェルって、こんなに可愛かったっけ！？）
浴室の中で、ジャムは結構暴走気味であった。
放課後、アスカは１人ネルフへと向かっている。
別に特別な事があるわけではなく、単なるいつものシンクロテスト。
シンジとレイはネルフへは行かず、普通の日常を過ごしている。
「何よアイツら、四六時中イチャイチャベタベタと！」
ブツブツ言いながらアスカはネルフへと到着、ＩＤカードをスリットに通す。
しかし、何も起こらない。
「ん？」
何度も何度も通すが、機械はウンともスンとも反応しない。
「壊れてんじゃないの、コレ〜！？」
アスカは叫びながら、無人ゲートをドカドカと蹴っていた。
シンジ達はというと、いつもの様にネルフ完全無視で帰宅。
シンジ・サキ・ジャム・ユイの４人で沖縄で購入したゲームの対戦をしていた。
レイはシンジを、ラミはサキを、ジェルは画面をジッと見続けている。
「サキ、今だ！」
「うん！超必殺波動ビーム！」
ラミからアドバイスを貰ったサキが、なにやらコントローラーをガチガチいじる。
そして、画面ではサキの操るキャラクターが他の３人を圧倒していた。
「やった！これでボクの勝ち……」
プツン。
「「「「「「「…………」」」」」」」
突如画面が消え、蛍光灯の明かりも消える。
そう、まさに停電であった。
ここでシンジが思い出す。
（あ、確か今日は使徒が……）
ネルフにはアスカが行っているのだが、レイがいない状況では発令所まで辿りつけるかどうか、かなり怪しい。
「しょうがない、か……」
シンジはボヤきながらスッと立ち上がる。
「碇君？」
そんなシンジを見て、レイが不思議そうに声をかけた次の瞬間、
「『移動』」
シュンッ！
「「「「「「！！」」」」」」
突然シンジの姿が消えた。
……と、思ったら、
シュンッ！
また現れた。
「僕、ちょっとネルフまで行ってくるよ」
周囲にいる家族全員を見渡しながら、シンジが言った。
見渡された６人は、一様に頭上にハテナマークを浮かべている。
「なんで？」
素朴な疑問を口にするサキ。
シンジはまたもや簡潔に答える。
「クモみたいな使徒が来てるから」
「「「「「え！？」」」」」
その少々衝撃的な発言に、ジェルを除く５人が驚きの声をあげる。
シンジは、使徒が襲来しているかどうか確認するために瞬間移動をして肉眼で確認してきたのだ。
「碇君、私も……」
使徒襲来と聞いて、一応エヴァパイロットなので同行を提案するレイ。
そのレイの発言を起爆剤として、「ボクも」「オレも」「私も」と、全員がネルフ行きを希望。
結局、７人でネルフへと跳ぶのであった。
「こんにちは」
「わっ！」
突如目の前に現れたシンジ達に、青葉は思わずのけぞる。
「暗いわね……」
「今は停電だからです、ジャム様」
「……分かってるわよ」
ジェルの常識外れ的発言に、頭を抱えるジャム。
（……もっと私が教えなきゃ。色々と……ね）
と、密かにジェルの教育を誓う。
この時ジャムの唇がニヤリと歪んだ事は、本人すら気付かぬ無意識の行動であった。
「ユイ君、元気かね！？」
「ええ、とっても♪」
ユイは身を乗り出している冬月と話している。
サキとラミはいつものように談笑中。
ネルフにはまだ伝えられていないが、使徒接近中である。
しかも何者かによって引き起こされた停電。
とてもじゃないが、そんな不安要素がてんこ盛りな状況下とは思えないほど周囲の雰囲気は明るい。
まさに知らぬが仏。
ネルフに使徒接近は伝えられてないので、知っててこのテンションを維持している仏も多い気がするのだが、それはそれ。
その時、レイが心配そうにシンジに話しかけた。
「碇君、停電ではエヴァは動かせないわ」
まあ、シンジならエヴァを使わなくても何とでもなりそうなものだが。
ともかく、シンジはレイの心配をお構い無しに笑顔で答えた。
「大丈夫、初号機なら動くさ」
「？」
そして、シンジは６人を発令所に残し、プラグスーツへと着替えに行った。
「なんですって、使徒？」
突然の使徒襲来を聞かされたリツコが少々驚く。
周囲の人間もザワつき始めるが、シンジにとっては何の関係も無い。
電気が無いからエヴァの起動が難しいと言うリツコに、シンジは「僕なら出来ます」と断言。
シンジの非常識っぷりをよく知るリツコはそれだけで納得した。
「でもシンジ君、あなたなら勝手に生身で倒すと思ったけれど……」
今までの経験上から、リツコが至極もっともな事を言う。
シンジはそんなリツコにニヤリと笑って答えた。
「約束があるので」
「約束？」
怪訝そうな顔をするリツコを後目に、シンジは初号機へと乗り込んだ。
宇術を使用し、シンジは強引にプラグ内へ。
後はなけなしの電力を使用し、ＬＣＬ注水など必要最小限の作業をさせる。
そして、シンジは……
「さあ、行こうか」
一言呟くと、ＬＣＬの中へと溶けていった。
「やあ、久しぶり」
シンジの目の前にいるのは、紫色のマントを羽織った少女……神楽ハツネ。
＜シンジ！＞
ハツネは一瞬驚愕の表情を見せるが、すぐに笑顔になってシンジの側へと走ってきた。
「ハツネちゃん、元気だった？」
＜とうぜんだ。わたしはエヴァンゲリオンだからな＞
初対面の時とは違い、シンジに頭をなでられても抵抗する様子は全く無い。
＜……あいにきてくれたのだな＞
「当然さ、約束したじゃないか」
＜シンジ……＞
頬をピンクに染めたハツネが、潤んだ瞳でシンジを見つめる。
一度知ってしまった寂しさは、耐え難いものだったらしい。
「早速だけど、エヴァを動かしたいんだ」
＜わかった。シンジのたのみだからな＞
ハツネは目を閉じ、精神統一らしき行動を始めた。
直後、光の空間である周囲の雰囲気が、一瞬変わる。
＜これでよい。いつでもうごかせるぞ＞
「ありがとう、ハツネちゃん」
＜……エヴァンゲリオンとして、とうぜんのことをしたまでだ＞
「ふぅん…………！」
あくまで強がるハツネに、シンジが何かを閃く。
ギュッ。
＜あっ＞
不意打ち的にハツネを抱きしめるシンジ。
前回、こうして欲しいと言われた事を思い出し、礼のつもりでしたのである。
しばらく後、離す。
＜…………＞
シンジを見つめたまま、ハツネは何も言わない。
「あ……もしかして、イヤだった？」
＜そ、そんなことはないが……その……………＞
「え？何？」
何やらモゴモゴと口ごもるハツネを見て、シンジが耳を近付ける。
＜もういっかい……＞
「ゴメン、聞こえない」
やはり聞こえなかったシンジは、更に耳を近付ける。
＜もういっかい、いいか……？＞
今度は聞き取れた。
「うん、いいよ」
ギュッ。
＜ああっ……＞
ちなみに、この後シンジが離す度に＜もういっかい＞＜こんどこそさいご＞＜さっきまでのはれんしゅうだ＞などと言われるのだが、それはまた別の話。
そして、数分後……
エヴァ初号機、起動。
シンジ、出現。
「さあ、行こう」
シュンッ！
そして、シンジは初号機ごと瞬間移動させる。
使徒のすぐ隣に出現したシンジは、プログナイフを一閃。
ザクッ。
使徒、殲滅。
初号機、帰還。
やはりマトリエルは弱かった。
愛の巣へと帰ったシンジ達だが、停電はまだ直っていない。
「いつになったら直るんだか」
だんだん周囲の人間の顔すら判別できなくなる程暗くなっていき、ラミがボヤく。
サキの顔が見れないのが原因だろう。
「これじゃあ夕食も作れないわ」
ハァ、と溜め息をつくジャム。
それを聞き、ジェルがスッと手を上げた。
「私が作ります、ジャム様」
「え？でも、暗いわよ？」
「大丈夫です、ジャム様」
ジャムが怪訝そうな顔をするも、ジェルはキッパリと言い放つ。
「……まぁ、そう言うのならまかせるけど」
「ありがとうございます、ジャム様」
そしてジェルは台所へと向かった。
暗い。
別に雰囲気が、という訳ではなく、純粋に。
もはや誰がどこにいるのかすら分からない。
シンジは適当に手を動かしてみた。
ぺたぺた。
すると、誰かの皮膚の感触がする。
「ん？誰？」
そのまま手を色々と動かして見ると、温かい皮膚の感触の他、腕や手の甲に服と思われる布のような感触が伝わってくる。
「ちょっ……い、碇くん……」
その触られている少女はなぜか甘い声。
「あ、サキさん？」
「う、うん……」
シンジがスッと手を離すと同時に、ドタドタという音がこちらへ向かってきた。
「サキ〜〜！！」
不覚にもサキを見失っていたラミである。
「ラ、ラミ、こんなトコで走っちゃ危ないよ！」
サキの忠告も聞かず、ひたすらその声目掛けダッシュ。
……人の忠告は聞くものです。
ゴスッ！！
「「ッ！！」」
何かが激しくブツかる音と共に、崩れ落ちるシルエットが２つ。
「う、ぐ、あ……べ、弁慶打った……」
「こ、後頭部……後頭部……！」
スネを抱えてのたうつラミと、後頭部を押さえてうめくジャム。
ダッシュ中のラミの脚が見事にヒットしてしまったという訳である。
２人ともマジで痛いらしく、涙目になっている。
「サ、サ、サキ！シンにどこを触られた！？」
それでも立派に当初の目的を遂げようとするラミ。
立派な根性を持っているようだ。
「え、スカートの中……」
「「「「！！」」」」
サキの返答を聞くや否や、ラミ・ジャム・レイ・ユイが一斉にシンジがいると思われる方向を向く。
「シン……」
「御主人様……」
「碇君……」
「シンちゃん……」
ラミの冷たい視線、ジャムの縋るような視線、レイの寂しそうな視線、ユイの複雑そうな視線を、姿は見えずともなんとなく感じ取ったシンジ。
「……ワザとじゃないよ」
シンジがそう答えるも、微妙な沈黙。
その時、その沈黙を打ち破るかの如く電子音が鳴った。
ピーッ。
「「「「「「…………電子レンジ？」」」」」」
停電中なのに？
その疑問を解消させるべく、ジャムがスッと立ち上がった。
「ちょっと行ってくるわ……」
そう言うとジャムは壁に手をつき、暗闇の中をヨロヨロと歩き出す。
ジャムの足取りがフラフラなのは、後頭部に受けた衝撃のせいではないと願いたい５人であった。
「ジェル、今のは一体……」
そこまで言いかけて、ジャムの口が止まる。
「ほうはひはひはは、ハフはは（どうかしましたか、ジャム様）？」
シルエットから察するに、目の前のジェルは口で３本のコードを咥えていた。
「な、何やってるのよ……？」
その妙な光景に、ジャムは大粒の汗をタラ〜と流す。
「へんほふほうふうへふ、ハフはは（電力供給です、ジャム様）」
ジェルはそう言うと、１本のコードを口の中から引っ張り出す。
「……コンセント？」
「ほほほおひへふ、ハフはは（その通りです、ジャム様）」
そう、ジェルはコンセントのプラグを咥えていたのだ。
ジェルは再びそのプラグを咥えると、電子レンジのスイッチを入れる。
ピッ。
ゴオォォォォ……
普通に動き出す電子レンジ。
「………が、頑張ってね……」
「あひはほうほはいはふ、ハフはは（ありがとうございます、ジャム様）」
あまりにも非人間的な光景を見て、再び後頭部が痛くなってきたジャムであったが、
（いろんな所で役に立ちそうね、今の……）
などと冷静に考えていたりもしたらしい。
「食事が出来ました、皆様」
真っ暗だというのに、ヒョコヒョコと障害物を避けてシンジ達のもとへと歩いてくるジェル。
「出来ましたって……」
「言われても、ねぇ……」
ユイとジャムが困ったように言う。
もはや誰がどこにいて、どこに何があるのかサッパリ分からない。
その時、ユイがアイデアを閃いた。
「ねえ、みんなの能力で少しくらいは明るくできるんじゃないの？」
「…………なるほど！」
一瞬意味が分からなかったシンジだが、すぐにユイの言わんとする事を理解し、ポンと手を打つ。
「どーゆーイミ？」
隣のサキがシンジに尋ねるが、シンジより早くジャムが実践した。
「こういう事よね？……シャイニング・ウイップ！」
ジャムの両手から出る光の触手。
それは周囲を仄かに照らした。
「あ、そっか！手からパイル！」
サキも上方に向けて光のパイルを放つ。
「ＡＴフィールド」
「スター・フィールド」
レイとジェルはフィールドを展開。
「ドリルブレード！」
ラミも右手からビーム状のドリルを出現させた。
「へぇ、大分明るくなったね」
感心したように呟くシンジ。
真っ暗だった部屋は、少なくとも互いの顔が判別できるくらいまで明るくなっている。
「行きましょう、皆様」
こうして、誰かが誰かの後頭部を蹴るという事もなく全員は無事に移動し、イスに座る事ができた。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
ムチもパイルもフィールドもドリルも引っ込めて、みんなで仲良く食事開始。
しかし、やはり暗い。
箸を持ったはいいが、どこに何が配置してあるのかサッパリである。
そっと手を動かし、お椀や皿の位置を確認しつつ、うっかりこぼしたりないように慎重に事を進める６人。
そう、６人。
１人だけ、いつもと変わらぬ調子で食事中という器用な方が。
バレバレだが……そう、ジェルである。
彼女は機械の体ゆえ、暗闇だろうと物体を認識可能なのだ。
次々と料理をたいらげていく。
「ごちそうさまでした」
食事終了。
目を閉じ、手を合わせて呟くジェル。
目を開けると、他の６人はあまり進んでいないという事に気付く。
「…………」
しばらく名にかを考えていたジェルだが、結論に達すると、スッと立ち上がる。
そして、シンジの席まで歩いて移動。
箸を握るシンジの右手にそっと手を重ね、耳元で呟いた。
「手伝います、マイ・マスター」
「「「！」」」
その言葉に敏感に反応するレイ・ユイ・ジャム。
彼女達の中では、「こんなに暗くちゃ食べるのが大変だろうから、私が食べさせてあ・げ・る♪」と自動翻訳されているのだ。
当然というか何というか、３人は反発。
シンジとジェルがいるであろう場所をジッと睨み付けている。
３人の見えざる瞳に反応したのか、シンジは苦笑しながらジャムの申し出を断る。
「大丈夫だよ。１人で食べれるから」
「……分かりました、マイ・マスター」
微妙に寂しさを込めた声を発しつつ、ジェルはシンジから手を離した。
自分の席に戻り、使用済みの食器を持ち、台所へと運んでいく。
６人の誰にも分からなかったが、その後ろ姿はどことなく元気が無かった。
「停電、なおんないね……」
「そうね……」
食後、相変わらずの暗闇の中でサキとレイが呟く。
ちなみに、適当なところに座っているシンジにレイ・ユイ・ジャムがくっつき、レイにサキがぺっとりと、サキにラミがベッタリとくっついている。
ジェルは黙々と皿洗い中。
「……ヒマね」
ボソリと呟くユイ。
テレビが付かないので、テレビゲームをする事は出来ず、暗いのでカードゲームをする事も出来ない。
結局出来る事は、好きな人にくっついて温もりと幸せを感じる事くらいである。
その事に気付いている者にとっては、時間の経過などあまり関係無い。
ちなみに「その事に気付いている者」とはレイ、サキ、ジャム。
穏やかな表情の３人とは対照的に、他は全員ヒマそうにしていた。
そんな６人の所へ、足音が聞こえてくる。
皿洗いを終えたジェルである。
「皿洗いが終わりました、皆様」
無表情で報告するジェルに、反応する人影が１つ。
その人影は立ち上がると、ジェルのシルエットへと向かっていく。
「ジェル」
「なんでしょうか、ジャム様」
人影の正体、ジャムは悪戯っぽく笑うと、ジェルに囁いた。
「一緒におフロ入ろ♪」
「分かりました、ジャム様」
浴室の中。
「うふふ……隅々まで洗ってあげるわ、そう、隅々まで……」
スポンジを持ったジャムが、ジェルの背後に立ち暗闇の中で妖しく目を光らせている。
「分かりました、ジャム様」
ジェルはされるがまま。
「ああ……ジェル、私がこれから色々と教えてあげる……」
妖しいセリフを呟いたジャムは、ジェルの背中へとスポンジ……では無く、なぜか指を這わせ始めた。
（なんか……ラミの気持ちが分かった気がするわ……）
詳しくは不明だが、この後より浴室で「ジャム姉による後輩のヒミツ個人指導」が行われたとか。
約４０分後。
「暗い中の入浴ってのもなかなかね」
そう言いながら、ジャムがゆっくりと戻ってきた。
壁に手を付けたり、慎重に足を動かしたりと、大変そうである。
「次、誰入る？」
シンジ達がいる（であろう）場所へと問いかけるジャム。
だが、さすがにこうも真っ暗だとなかなか入る気にはならないらしく、誰も入ろうとはしない。
「……そ。なら、フタしてこなきゃ」
その様子に気付いたジャムは、浴室へ向かってゆっくりと歩き出す。
「う……歩きづらいわ……。ねぇ、ジェルー？」
ジャムは足を止めると、ジェルがいる（であろう）場所へと声を掛けた。
「……な、なんでしょうか、ジャム様」
部屋へと届く、妙に疲れたようなジェルの声。
「悪いけど、おフロのフタしてくれる？私だと暗くてよく分からないから」
「わ、分かりました、ジャム様……」
そんな珍しいジェルの様子に、サキが頭上にハテナマークを浮かべる。
「ジャムぅー、なんだかジェルってつかれてない？」
その場にいた５人は、なんとなくジャムから「ギクッ」という効果音を聞こえたような気がした。
「そ、それはぁ……ちょっとハシャぎすぎてね、ふふふ……」
「ふ〜ん……」
妙に曖昧な答えで返すジャムだが、サキは普通に納得。
……したかに見えた。この時は。
しばらく経つと、突如電気が点いた。
「「うわ！」」
眩しさに思わず叫んでしまうサキとラミ。
それでなくてもジェル以外の全員が、眩しさで思わず目を閉じてしまったのだが。
「電力供給が回復しました、皆様」
「……見りゃ分かる」
ジェルの当たり前な報告に、とりあえずラミがツッコんでおく。
「シンちゃ〜ん、一緒におフロ入ろ♪」
だきっ！
いきなりシンジに飛びつくユイ。
「１０年前は一緒に入ってたわよね？だから、ね？ね？ね？」
「う……うん」
シンジ、了承。
レイはその光景を見ながらも、サキからの熱い視線に複雑な表情でコクンと頷いて返す。
このアイコンタクトを日本語に翻訳すると、
（レイお姉サマ、ボクたちもいっしょだよね！）
（……ええ、分かってるわ……）
という事である。
そんなサキの幸せそうな様子を眺めながら、ラミは心の中で涙していた。
その頃、ネルフでは、
ミサトと加持はエレベーターに閉じ込められていて、この時ようやく外界への接触に成功。
発令所の様子はというと、
「せ、先輩……」
「マヤ、何があったの？」
「セカンドが……アスカが……！」
徒歩でジオフロントへと向かおうとして道に迷い、途方に暮れて地下通路を歩いていたアスカが発見される。
十数分後、ネルフ保安部員によってなんとか無事保護されたのであった。
初号機による使徒殲滅の事実を聞かされた時は、相当騒いだとか。
「ジェル、入るよー」
「構いません、サキ様」
深夜頃、サキがジェルの部屋を訪ねる。
中に入ると、ピンク色の地に赤色の水玉模様のパジャマを着て、髪をほどいたジェルが、ベッドに入って小説を読んでいた。
「あれ？ジェル、なんの本読んでるの？」
「恋愛小説です、サキ様」
ピョコンとベッドに腰掛けるサキ。
ジェルの方を向くと、本を覗きこむようにして見る。
「どんな話？」
「人間の男性と機械の身体の女性が恋に落ちると言う話です、サキ様」
余談だが、これはジャムに勧められて読んでいる物であり、自分から自発的に本屋で購入した物ではない。
まだ、自分から何かを気に入り、買ったりするような事はした事がないのだ。
「へ〜……、ねー、今度それ読ませて」
「分かりました、サキ様」
無表情から笑顔に変え、サキに快く返事をするジェル。
そして、サキは本題に入る。
「ところでさぁ、ジェルって……」
「？」
「おフロで、ジャムとナニしてたの？」
ピクッ。
ジェルの体がわずかに震える。
少々の沈黙の後、ジェルが一言。
「それは……『恥ずかしい』です、サキ様……」
「え？ど、どんなコトしたの？」
ジェルの珍しい反応に、サキの好奇心はムクムクと膨れ上がる。
「……それはですね……個人指導で……」
顔を赤らめながらも、起こった事実をありのまま、包み隠さず無表情で語るジェル。
数分後。
「……以上です、サキ様」
無表情なジェルと向かい合うサキは、顔を真っ赤にしてボーゼンとしていた。
「そ、その……ジャムって碇くんがスキなんだよね？」
「その通りです、サキ様」
「でもジャムって、ジェルにいろんな……その……コト、して…た、んだ…よね？」
「…その通りです、サキ様」
無表情で頬を赤らめるジェル。
最近「恥ずかしい」という感情を徐々に覚え始めたジェルであるが、これはジャムのお陰である。
…とは言っても、ただ単にジェルの貸し与える本にそのような描写が多いだけの話なのだが。
（データ整理中。感情ワード『恥ずかしい』、状況設定１『裸を見られる』、状況設定２『男性の裸を見る』、状況設定３……）
黙ったジェルを見てなんとなく気まずく思ったのか、サキは苦笑しながらベッドから降り、ドアへと向かう。
「じゃ……じゃー、おやすみ、ジェル」
「おやすみなさい、サキ様」
バタン。
簡単に挨拶を交わすと、サキはドアを閉め、ジェルの部屋を後にする。
すると……
バッタリ。
「あ」
思わずマヌケな声を出すサキ。
「よ」
サキの目の前には、オレンジ色のパジャマを着たラミが廊下に寄りかかって立っていた。
「どしたの？」
「サキ……これからオレの部屋へ来ねーか？」
頬をピンクに染めながら、ラミは両手でサキの手を取る。
「あ……え……」
「な？」
ラミは前進し、サキを壁に寄りかからせると、必要以上に顔と顔の距離を近付ける。
そして右手をサキの手から離し、今度はサキの頬へと当てる。
そのままゆっくりと下の方へと動かしていく。
首筋をラミの小指が滑り、思わず身体を震わせてしまうサキ。
いつの間にやら顔色が赤くなっていた。
ラミはズイッと更に一歩サキへと近付くと、左手をサキの後頭部と壁の間に入れ、思いっきり口づけた。
「ふ……ぅ、ん……！」
始めは大人しかったラミの顔の動きが段々激しくなっていき、もはやサキの唇にむしゃぶりついてるような状態である。
廊下に水気を含んだ妖しい音が響く。
次第にラミは暴走し始め、右手をサキの未発達な胸へと移動させる。
「らめ……あよ、こんあ、……ぉころで……」
弱々しくサキが抵抗するも、初号機とタメを張れる暴走っぷりのラミの耳には届かない。
このまま廊下で最後まで行ってしまうのか！？
そんな雰囲気だったが、ラミの暴走は１人の少女の出現によってなんとか止まる。
ガチャ。
サキの寄りかかっていた壁の隣にあったドアが突然開かれ、例によって無表情のジェルが小説片手に出てきたのだ。
あれ程激しかった舌の動きはピタリと止まり、２人の視線が無表情な少女へと向かう。
「読み終わりましたのでお貸しします、サキ様」
目の前の光景に微塵の動揺も見せず、ジェルはサキの方へと小説を差し出した。
ピチャ…。
そんな音を発しながら、ラミは名残惜しそうに顔を離す。
２０ｃｍ程離れた２人の唇は、粘り気を帯びた糸で結ばれていた。
「はぁ、はぁ……あ……ありがとう……」
差し出された本を左手で受け取るサキ。
「それでは」
目的を果たすと、とっととジェルは戻って行った。
「ふぅ……で、サキ……」
ラミはペロリと唇を舐めまわすと、再びサキに近付く。
「……ふぁ？」
少々ボーッとしているサキが、情けない声で返事をすると、
「オレの部屋で……続き、しよーぜ」
ダイレクトに誘われた。
「ん……わかった」
その後、サキは心の中で「レイお姉サマゴメンなさい」だとか「気持ちイイのが悪いんだよぅ」などと呟きながら、ラミの部屋へと入って行ったらしい。
ちなみにその頃「レイお姉サマ」はと言うと、
「碇君……」
「ん？」
「今日は……壊れてしまうかと思ったの」
「あ！ご…ごめん」
「…でも、碇君になら壊されてもいいの」
「綾波……」
こんな調子だったらしい。
レイの何が壊れそうだったのか、そして２人が何をしていたのかは各自で考えるようにしよう。
ちなみにその頃・その２。
「私は御主人様が一番大切。なのに、なのにこれは…この想いは何？」
ジャムはベッドの上で悶々としていた。
「どうしてそんなに可愛らしいの？私をそんなに苦しめないで、ジェル……」
他称「愛の巣のお姉さん」に、内なる何かが覚醒しつつあるらしい。
…いつの間にそんな他称が付いていたのか、という事に関する言及は不可とする。
ちなみにその頃・その３。
「すぅ……すぅ……」
ユイ、熟睡中。
「ムニャムニャ……シンちゃん、ボタンがズレてるわよ……」
しかも幸せそうな夢まで見ているらしく、笑顔である。
その笑顔がどのくらい魅力的かと言うと、この場にゲンドウが居たらナニをしでかすか分からないくらい、である。
「ぐぅ……六分儀ゲンドウ……誰それ？」
自分にとって大変都合の良い夢を見ているゲンドウの元妻に乾杯。
こうしてこの日は終わっていく。
結局、今日の停電は「滅多にない面白いアクシデント」として７人に記憶に残ったのであった。
あとがき？
第１１話でした。後半、使徒っ娘＆ジェルさんの独壇場（汗）。
エヴァキャラはどーした、自分。
みなさん、どうですか？もっとエヴァキャラの出番を増やした方が良いでしょうか？
それとも、このまま半オリジナル路線を突っ走った方が良いでしょうか？
で、次回は落下使徒！
かつてない程巨大で強大な相手を前に、ネルフは、そしてシンジはどう立ち向かうのか！？
……なんだか白々しいぞ（笑）。
それでは！
|
感謝の言葉：
ジェルちゃんってば、便利ですね〜。
コンセントを咥える姿がなんとも愛らしくていい感じですし♪
使徒も初号機を使ってちゃーんと殲滅してもらったおかげで
NERVの面子も保たれる・・・かな？
暇なゲンちゃんがシンジたちの進路相談に出現する、というのは
か〜なり面白そう。今から楽しみです。
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