暁の守護天使

　

　

エピローグ「未来へ」

　

　

トウジ、ヒカリ、マナ、マユミ、ケンスケの五人は、揃って第三新東京市立第一高校へと進学していた。

もっとも、かつてのクラスメイト達は、ほとんどここへ進学していたのだが。

「よっしゃ！これでやっと春休みや！！」

「そうだな…高校生活一年目も、これで終わりか」

嬉しそうに叫ぶトウジに、しみじみと呟くケンスケ。

今日は、三学期の終業式だったのである。

「でもさぁ…春休みって言ったって、ＮＥＲＶに拘束される時間が増えるだけだよ？」

トウジとは対照的に、憂鬱そうなマナ。

「しょうがないですよ、マナさん。ある程度はお休みもあるみたいですし、みんなでどこかへ遊びに行きませんか？」

マユミの提案に、一瞬その場が盛り上がる。

しかし、ヒカリの落とした爆弾がそれをぶち壊した。

「私とトウジは駄目よ？ミサトさんから、休み中にトウジの英語力をどうにかしろって頼まれてるの」

「な、なんやてーーーーー！！」

冷や汗をたらして叫ぶトウジと、ウンウンと頷く一同。

チルドレンの中で、トウジ一人だけ英語が喋れないのだ。

英語以外もＯＫなマナとマユミ、勤勉故に全く問題ないレベルのヒカリ。

そしてケンスケさえも、会話に関してはヒカリ以上のレベルなのである。

その事実に驚いた周囲の質問に対して、彼は『英語は国際的ジャーナリストの嗜み』とのたまったという。

エヴァは現在、紛争の抑止力という名目で存在している。

従って、世界各地へ派遣される事も当然あり、逆に来日した各国要人に合わねばならない場合もある。

故に、英語は必須とされていた。

戦場などでは、必ずしも通訳が居てくれる訳ではないのだから。

ガックリと肩を落とすトウジと、それを慰めるケンスケ達。

廊下を歩く彼等の前を、どこか見覚えのある人物が通った。

慌ててその人物に駆け寄るトウジ。

その人物も、足音に気付いたのか、トウジの方を振り向いた。

二人の目と目が合う。

「アスカ、アスカやないか！！」

「トウジ、トウジなのか！！」

二人は、抱き合った後、固く握手を交わした。

「元気そうで安心したで、アスカ！」

「お前こそ、相変わらず元気そうで何よりだな。でも、ジャージじゃないんで、一瞬誰だか判らなかったぜ」

アスカの言葉に、苦笑で答えるトウジ。

他のメンバーも、アスカの周りに集まってきた。

ヒカリが、一同を代表して尋ねる。

「久し振りね、惣流君。いつ日本に帰ってきたの？」

「ああ、三日前かな。ＮＥＲＶには挨拶に行ったんだが、荷物の整理とかで忙しくてな。…みんなへの挨拶が遅れちまったな、スマン！」

「そんな事はいいさ。それより、碇はどうしてるんだ？それに、何で惣流がここに居るんだ？」

続いて、今度はケンスケが尋ねた。

「ユウリも、一緒に帰国して来てるよ。それから、ここに来たのは転入手続きの為さ」

「て事は…」

「ああ、休みが明けたら、又クラスメイトだ。よろしくな、みんな！」

そう言ってニッコリ笑うアスカに、一同も笑みで返した。

『お帰り』の言葉とともに。

　

　

それから、一同はアスカの家に向かっていた。

道中で、お互いの近況を報告しながら。

「お、ここだここだ」

一旦立ち止まったアスカは、目の前にあるマンションの入口へと歩いて行く。

一同は、顔を見合わせた。

そこは、高校生が一人で住むにはあまりにも広すぎるのではないかと思われる、高級マンションだったのだ。

エレベーターに乗って最上階に移動したアスカは、あるドアの前で立ち止まった。

ドア横の表札には、『ＩＫＡＲＩ』とだけ書かれている。

「『ＩＫＡＲＩ』て…ユウリの家なんか？ここ」

「いや、俺達の家さ」

トウジの疑問に笑顔で答えると、アスカはスロットにカードを通してドアを開けた。

「ただいま〜〜」

奥へ向かって声をかけつつ、入って行くアスカ。

全員がそれに倣う。

リビングへ入った一同の目に映ったのは、生まれて間も無いと思しき赤ん坊に母乳を与える、ユウリの姿だった。

その赤ん坊は、赤みがかった金色の髪に蒼い瞳をしている。

その予期せぬ光景に、思わず絶句する一同。

一瞬の後、女性陣によって殲滅されたトウジとケンスケに構わずユウリへと近付いたアスカは、ユウリの横でハイハイしている１歳程度と思しき赤ん坊二人を抱き上げる。

アスカが抱きかかえた赤ん坊は、二人とも白銀の髪に真紅の瞳を持っていた。

「ただいま、ユウリ」

「お帰り、アスカ」

ニッコリ笑い合う二人。

「あら、もういいの？」

そう言いつつ赤ん坊の抱き方を変え、背中を叩いてゲップを出させるユウリ。

赤ん坊が眠りそうなのを確認すると、傍らのゆりかごへと寝かせ、自分の衣服を整えて硬直したままの一同へと向き直る。

「いらっしゃい、みんな。ホントに久し振りだよね！」

満面の笑顔のユウリに、復活したトウジが尋ねた。

「なぁ、ユウリ。アスカが抱いとるんは、あん時の子か？」

ゆっくりと頷くユウリに、トウジはさらに言った。

「そうか、結局生む事にしたんやな。そっちの子は、向こうで出来たんか？…それにしても、どの子も見た目は父親譲りやのう」

しみじみと呟くトウジの言葉に、ヒカリが疑問をぶつける。

「え？でも、あの子達は…」

「そうなのよねぇ…誰も私のこの黒い髪と瞳を受け継いでくれなかったのよ」

髪と瞳の色が違う、と言いかけたヒカリの言葉を、やんわりとユウリが遮った。

ちょっと残念そうなユウリの言葉に、アスカがフォローを入れる。

「いいじゃねぇか、俺達の子供にゃ違いねぇんだからさ」

「うん、そうだね……」

アスカの言葉に、微笑みを返すユウリ。

それを見た一同は、自分達まで幸せな気分に包まれていた。

「幸せ…なんやな…。なんや、安心したわ。なんせ、あの頃は大変やったからのう……。オマケにお前等はボロボロに傷ついとって、見とるこっちが痛かったしな」

遠い目をして呟いたトウジの言葉に、ヒカリ、マナ、マユミ、ケンスケの四人は胸を痛めた。

チルドレンに選抜された事で、ある程度の戦闘記録を見せられた。

その過酷さは、彼等の想像を絶していたのだ。

その時彼等の前でトウジの発した呟きは、今も四人の心に焼き付いている。

『あいつらは、幸せにならなアカン…。誰よりも、幸せにならなアカンのや…』

その言葉を思い返していた一同だったが、雰囲気が暗くなったのを察したケンスケの一言で我に返った。

「そういや、碇に惣流。二人で住んでるんだろ？なのに、何で表札は『ＩＫＡＲＩ』なんだ？」

その言葉を聞いたユウリは、驚いた顔をしつつアスカに言った。

「アスカ…もしかして、まだ言ってなかったの？」

「ああ、悪い…忘れてた。実は、俺達結婚したんだよ。だから、今の俺は碇アスカなのさ」

「「「「「えぇーーーーーー！！！！」」」」」

あまりの驚きに、それ以外の言葉が出ない一同。

「で、でも…年齢が……」

さすがは頼れる委員長、いち早く復活したヒカリが尋ねる。

「セカンドインパクトの後に出来た色んな制度のおかげで、年齢に関しては問題なかったんだよ。子供の事もあったし、籍は入れておきたかったんだよね」

そう答えて、ニッコリ笑うユウリ。

その言葉に納得したのか、今度はマユミが質問した。

「そういえば、まだその子達の名前を教えてもらってませんでしたね。何て言うんですか？」

「ああ、大きな子の方は、お兄ちゃんがカヲル、妹がレイって言うの。それから、小さい子の方はシンジ」

「そうか、カヲルにレイ…そうなんか……」

「そういうこった」

トウジの呟きに、アスカが答えた。

そのやり取りに、入り込めない何かを感じた一同。

その雰囲気を変えるべく、ケンスケが話を振った。

「それはいいとして、シンジって名前には何か由来があるのか？」

「うん、碇司令がね…。私が生まれる前に、言ってたんだって。男だったら、シンジにしようって。アスカに聞いたら、それでいいって言ってくれたし。だから、シンジにしたの」

またしても暗くなる一同。

その雰囲気を打ち破るかのように、やけに明るいマナの声が響いた。

「ねえ、ユウリ。話はいいから、私に赤ちゃん抱かせてよ！」

恐らく、この部屋に入ってきた時からそう思っていたのだろう。

その声には、もう待ちきれない、といった雰囲気が漂っている。

ヒカリとマユミも、それに続いた。

「わ、私も抱かせて！」

「私も、抱かせて欲しいです！」

目を輝かせる女性陣に対し、アスカが苦笑しつつ我が子を差し出す。

マナがカヲルを、マユミがレイを受け取り、残るヒカリには、ユウリがシンジを渡した。

「だ、大丈夫かな…」

まさか、生まれて間も無い小さな子を差し出されるとは思っていなかったヒカリは、慎重に受け取る。

自らの腕の中で眠る赤子を見るヒカリの顔には、慈母の笑みが浮かんでいた。

また、カヲルとレイをあやすマナとマユミの顔にも、普段は決して見る事の出来ない、優しい笑顔が浮かんでいる。

そんな女性陣を、ケンスケはカメラで撮り始めた。

「う〜ん、実にいい絵だね。それにしても、『暁の守護天使』が結婚して子連れで帰国したなんて、大スクープだな」

「ねぇケンスケ、『暁の守護天使』って、何？」

ユウリの質問を聞いたケンスケは、とても意外そうな顔をした。

「知らないのか？マスコミがチルドレンに付けたニックネームだよ。碇が『暁の守護天使』、惣流が『紅の聖騎士』っていうんだぜ」

「ふ〜ん、何か大袈裟だな…」

アスカがポツリと呟く。

「みんなには、付いてないの？」

ユウリが尋ねる。

「ああ、トウジは『黒の狂戦士』、委員長は『マザーチルドレン』って呼ばれてる。俺と霧島と山岸には、残念ながら付いてない」

「どうして？」

「使徒戦役での戦闘経験があるメンバーをオリジナルチルドレンって呼ぶんだけど、ニックネームが付いてるのは、そのオリジナルチルドレンだけなのさ」

「なる程ねぇ…何か、大袈裟だなぁ……」

ケンスケの説明に、アスカは肩をすくめてみせた。

「ところでユウリにアスカ…お前等、何で今頃戻ってきたんや？留学の期限は、確か無かった筈や。こっちへ戻ったら、又エヴァに乗らなアカンのやで？もうちょっと、ゆっくりしとっても良かったんとちゃうか？」

トウジの問いに、ユウリとアスカは顔を見合わせて微笑んだ。

「向こうでやれる事は、大体やっちまったんだよな。博士号もいくつか取ったし、士官学校も多少の特例はあったけど卒業したし。だから、今度は普通の学生生活をしてみたくなったのさ」

アスカが言うと、ユウリがそれに続く。

「中学の時は駄目だったから、今度はみんなと一緒に修学旅行に行きたいの。それに、ミサトさんの出産がもうすぐだし、それに間に合うようにと思って」

「なる程のう…ほなら、またよろしゅう頼むわ！」

トウジの差し出した手をアスカが、続いてユウリが握った。

　

　

翌日、２年ぶりに初号機と弐号機の起動が行われた。

多くのスタッフが見守る中、その目に光を宿す紫と紅の巨人。

２体の巨人は、翼を広げて宙へと舞い上がった。

「あれが、初号機の光の翼…」

それを初めて目の当たりにしたマナが、呟いた。

ヒカリ、マユミ、ケンスケも同様である。

そして、暫くの間宙を舞っていた２体の巨人が、ケイジへと帰還した。

「実験終了、あがっていいわよ！」

リツコが終了を告げる。

その腕には、カヲルとレイが抱かれていた。

マヤは、シンジを抱きながら片手でキーボードを操作している。

そのマヤの正面のモニターに、エヴァから降りてきたユウリとアスカが映った。

二人は、初号機、弐号機、参号機の正面に並ぶ、エヴァ量産機を眺めていた。

頭部のみ変更された４体の量産機は、それぞれ銀色、水色、黄緑色、象牙色に塗られている。

青も候補に上がったが、トウジの『青は、綾波の色っちゅう感じがしますわ』という一言で却下されていた。

オレンジも、かつての零号機の色という事で、青と同様却下されている。

「何か不思議な気分だよな、ユウリ。かつて命を掛けて戦った敵が、味方として目の前に並んでるなんてさ…」

「うん…そうだね……。私達、これと戦ったんだよね……」

ユウリは、アスカの呟きに頷いて、そっと腕を組んだ。

そこへ、トウジの大声が飛び込んできた。

「ユウリ、アスカ、はよ着替えてしまえや！メシ食いに行こうやないけ！」

二人は、顔を見合わせてため息をつくと、トウジの元へ歩いて行った。

「メシって、どこに食いに行くんだ？」

「ラーメンや、ラーメン！あの屋台、まだやっとるんやで！お前等が帰ってきたら、一緒に食いに行こう思てたんや！！」

尋ねるアスカに、トウジが答える。

「そうか…あの屋台、まだやってんのか…」

「それは、是非行かないとね…」

またしても、余人には入り込めない空間を作り上げる三人。

その様子を見たケンスケは、ため息をつくとケイジの入口から三人を急かした。

「おい、早くいこうぜ。みんな、待ってるんだからさ」

その声で我に返った三人は、慌てて走り出した。

そして、思い出の屋台へと向かう一同。

ユウリ、アスカ、トウジの三人は、揃って『ニンニクラーメンチャーシュー抜き』を頼んだ。

「おいおい、どうしたんだよ？三人揃って同じモノ頼んじゃってさ」

「いいの、これで」

「これがいいんだよ」

「ワシ等は、これ食いにきたんや」

尋ねるケンスケに、それぞれに簡潔な答えを返す三人。

残りの面々も何かを察したのか、それ以上は何も訊かなかった。

　

　

そして、春休みもあと１日となったある日。

ユウリとアスカの元に、加持から連絡が入った。

慌てて病院へ向かうと、分娩室の前に加持が立っている。

「やあ、よく来てくれたな」

そう言った加持の顔には、いつもの余裕が全く感じられない。

「やれやれ…みっともないから座ってろよ、加持さん」

呆れ顔のアスカが言った。

「いやぁ、何しろこんな事は初めてだろ？とにかく落ち着かなくってな」

「と・に・か・く！こんな時、男にゃ何も出来る事はねぇんだよ。いいから、座って待ってなよ、加持さん」

「随分落ち着いてるな、アスカ」

「当たり前だろ？分娩室の前で待つのは、これで３度目だからな。いい加減、馴れてもくるさ」

「そうか…それもそうだな。それじゃあ、経験者からのアドバイス、なんてのは無いのか？」

「…ここで座って、無事を祈って待ってればいいんだよ」

「そうですよ、加持さん。傍に居てくれる、それだけで心強いんだから」

アスカの言葉を、ユウリがフォロー。

加持は、おとなしく座ると両手を握り合わせて祈り始めた。

やがて、無事に退院したナツミを連れたトウジが到着。

「ユウリ姉ちゃん、お帰り！…これがユウリ姉ちゃんの赤ちゃん？なあ、ウチにも抱かせてくれる？」

「うん、いいよ。…はい、気をつけてね」

「ありがと！…あったかいなぁ…何や、フニフニしとるわ」

カヲルを抱き締め、ニコニコ顔のナツミ。

ナツミの笑顔に、ユウリの顔も自然に綻ぶ。

そこへ、トウジが話しかけてきた。

「あいつの怪我が治ったんは、ユウリのおかげや。ホンマに感謝しとるで、ユウリ」

「ううん、私は何もしてないよ。私は何も、ね」

「せやけど…」

「まあいいじゃねぇか、トウジ。ナツミちゃんの怪我は治った、それだけで充分だろ？」

「…ああ、せやな。けど、ワシが礼を言うんはワシの勝手や。聞きとうなかったら、適当に聞き流しといてくれや」

トウジの言葉に、ユウリとアスカは顔を見合わせて微笑む。

そして、チルドレン全員が集まり、さらにリツコとマヤがやってきた。

うろうろと歩き回り、いきなり止まって祈り始め、またうろうろと歩き回る加持の姿を見たリツコは、一言呟く。

「無様ね、加持君」

シンと静まり返る一同。

それから暫くして、ついに待望の産声が聞こえてきた。

「おめでとうございます、元気な男の子ですよ！」

分娩室から出てきた看護婦が、加持に告げる。

ヘナヘナと崩れ落ちる加持。

看護婦は、そんな加持を分娩室へと連れて入った。

それから暫く後、赤ん坊が新生児室へと移された為、一同はそちらへ移動した。

一同の目の前に、加持とミサトの子が寝かされている。

ガラス越しに、それを見詰める一同。

そして、じっと赤ん坊を見詰めていたユウリが呟いた。

「赤ん坊はね…握り締めた手に、幸せを持って生まれてくるの。そして、開いた手から逃げていった幸せを取り戻す為に、生きるんだって」

ユウリの言葉は、そこに居合わせた皆の心に、深く刻み込まれていった。

「なる程…俺も、遅れ馳せながら取り戻す事が出来た訳だな。みんなも、幸せになるんだぞ。我が子に幸せを…それは、子を持つ親の、共通の願いの筈だ。君達のお母さんも、君達の幸せを願えばこそ、エヴァの中に消えたんだからな」

加持の言葉に、子供達は深く頷いた。

　

　

　

　

　

＜後書き＞

「暁の守護天使」、これにて完結です。

長かった……。

やっと終わった、というのが正直なところですね。

このエピローグ、実は最後のユウリと加持のセリフの為だけに書きました。

結婚や出産が必ずしも幸せという訳ではないでしょうが、これはこれでよかったかな、と思ってます。

広げた風呂敷は、どうにか畳めたみたいです。

まあ、賛否両論あるとは思いますが。

ちなみに、ユウリの「赤ん坊はね……」というセリフは、古いマンガからちょこっと引用させてもらってます。

わかった方、いるでしょうか？

正解者には…何もありません。

本作品の掲載を申し出て下さった、ＹＯＫＯ様。

感想を下さった皆様方、有難う御座います。

それでは皆様、ごきげんよう。

感謝の言葉

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