Satan　Is　Charity　−第５話「心の向こう側」Ｂパート−

開発区・マンション

シンジは昨日頼まれたレイのカードを学校帰りにレイの家まで届けにきていた。

「普通、こんな所に女の子を住ませないと思うんだけど・・・」

シンジが呟いた通り、日中のこの区域は何かの工事の音が鳴り響いていて人が住む環境としては不適切だった。
その証拠に辺りに立ち並んでいるマンションにも人が住んでいる気配が無い。

「さ、仕事、仕事」

立ち並んでいるマンションの一棟に入っていくシンジ。
独り言が普段より多いのは心霊スポットの様な雰囲気が漂ってる所為だろう。

「あった、あった」

シンジは【402・綾波】と書かれたプレートが取り付けられたドアの前に着いた。

「あれ？また壊れてるのかな？」

シンジは何度もチャイムを押すが部屋の中から反応は返ってこない。

「綾波さん！綾波さん！」

ドアを叩きながら大声で呼んでみるシンジだがドアは開かれなかった。

『はぁ〜、ここで帰ったらリツコさんに何されるかわからないな・・・・・・よしっ！！』

意を決したシンジはドアを開ける。

「ごめんくださーい、綾波さんいる〜？」

『あ、相変わらずひどいな・・・』

シンジはレイの部屋の有様を見て、顔をしかめた。
なぜなら、アスファルトむき出しの壁、血の付いた包帯でいっぱいのタンボール箱、冷蔵庫の上に置かれたビーカーと何かの薬、床には埃が積もっていたり、それらが普通の生活の匂いを感じさせなかったからだ。

「これは・・・・・・」

シンジは棚に置かれた何かに気付き、手に取る。

『Ｇ・ＩＫＡＲＩ、彼女の父親の、か・・・』

シンジは手に取った眼鏡のフレームに刻まれた名前を複雑な表情で見る。

「誰？」

「えっ？」

突然、声を掛けられたので驚き振り返るシンジ。
振り返った先にはシャワーから出てきたらしいレイがバスタオルを首に掛けただけの姿で立っていた。

「う、うわ！？あ！その、これは・・・・・・ごめん！！」

思いっきり慌てるシンジだがすぐに後ろを向き、眼鏡を元の場所に置く。

「？どうしたの？」

よく実験などで自分の体を見られているレイにはシンジの動揺の理由はわからない。

「い、いいから早く服を着て！」

「・・・わかったわ」

レイは服を着ながらシンジの後ろ姿に話し掛ける。

「どうして、ここに？」

「綾波さんの新しいカードを届けに」

「何故？」

「あっ、ごめん！呼んでも反応がなかったから勝手にあがらしてもらったんだ」

「・・・・・・そう」

『もしかして、綾波さん、怒ってる？』

素っ気ないレイの答えにシンジは内心ビクビクしながら気まずい時間を過ごす。

「服、着たから」

シンジが振り返ると第一中学校の制服を着たレイがいた。

「あ、うん。はい、これ新しいカード」

シンジはレイにカードを手渡す。

「じゃ、僕は帰るから」

シンジが帰ろうとするとレイに腕を掴まれる。

「っ！何するのさ！？」

軽く掴まれているだけなのに苦しそうなシンジ。
よく見るとレイに掴まれている部分が淡い赤を放っている。

「っ！？貴方・・・」

何かに気付いたレイは驚きの表情で握る力を強める。

「は、早く、手を放して」

シンジに言われて、思い出した様に手を放すレイ。

「ふぅ〜、危なかった〜」

シンジの腕はレイに掴まれていた部分だけだが透き通って見える。

「どうして？」

「うん？これ？大丈夫だよ。僕も君と同じだからね、すぐに元に戻るよ」

シンジが腕を見せると元の色を取り戻していく。

「何故、貴方はヒトとして生きていけるの？」

昨日から考えていた疑問を聞いてみるレイ。

「どうしてかな？・・・」

レイに問われて改めて考えるシンジ。

「生きていける、じゃないよ・・・たぶん。僕がそうしたいからヒトとして他人と関わる生き方を選んだんだと思う」

最後に『綾波』と逢った全てが溶け合った世界を思い出しながらシンジは答える。

「私達は違うモノ、うまくいくはずが無いわ」

さも当然といった感じで反論するレイ。

「全員が受け入れてくれなくても何人かの人は僕らを受け入れてくれるかもしれない」

少し自信無さそうに答えるシンジ。

「希望的観測ね」

レイの現実的な言葉がシンジに突き刺さる。

「ヒトが生きていく必需品だよ」

シンジの諭すような言葉がレイの心に響く。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

二人して無言のまま見つめ合い、時間だけが過ぎていく。

「そろそろネルフに行かないと起動実験に遅れるよ？」

しばらくしてからシンジはそう言うと部屋から出ていく。

「そうね・・・」

部屋に独り残されたレイの呟きは何を肯定したのかレイ自身にはわからなかった。

ネルフ・第２実験場

観測所には技術部の他にゲンドウや冬月、ミサトといった主要メンバーに見学に来ているシンジやユウミが揃っている。
そして、観測所からガラス越しの向こう側にオレンジ色の一つ目の巨人、エヴァンゲリオン・零号機が拘束されていた。

「これより、零号機の再起動実験を行なう」

実験場にゲンドウの重苦しい声が響く。

「レイ、準備はいいか？」
《「はい」》

零号機に乗っているレイから通信が返ってくる。

「第一次神経接続、開始」
ゲンドウの指示に観測所が慌しくなる。

『シンジ君、今日、ネルフで会ってからずっと難しい顔してる・・・・・・』

何かを考え込んでいるシンジをユウミは心配そうに見ている。

『お父さんの事でまたアドバイスして欲しかったのに・・・』

この街に来てからユウミが積極的にゲンドウと話をしようとするになった。
それを始めたのはシンジの「お父さんと向かい合ってみたら？僕でよかったらいつでも相談にのるよ」という後押しがあったからである。

「あらぁ？ユウちゃんどうしたのぉ？シンちゃんを熱く見つめたりしてぇ・・・・・・もしかして、そうだったのぉ？」

「ち、違いますよ、ミサトさん。ただ、シンジ君、珍しく難しい顔してるなって思って・・・」

ユウミに言われてミサトもシンジを見る。

「あの子だってあなたと同い年の男の子なのよ、悩んでる時だってあるわ。
　それよりシンジ君に何か用があったの？」

先程のおちゃらけた雰囲気と打って変わって真面目な口調で話すミサト。

「あ、はい。お父さんの事でアドバイスが欲しくて・・・」

ミサトが相談にのってくれるのを期待してユウミは素直に用件を話す。

「後にしてあげなさい。彼だって悩んでるんだから・・・」

「はい・・・」

ユウミは幾分がっかりとした感じでミサトに頷いた。

『お父さん、か・・・。こればっかりはあたしはアドバイス出来ないわね・・・』

その様子を見て自分の腑甲斐なさに後悔しつつもミサトは自分の気持ちを切り替える。

「零号機、起動しました。引き続き連動実験に入ります」

マヤによって零号機の起動実験の成功が伝えられ、次の実験に移ろうとした時。

「碇、未確認飛行物体がここに接近中だ」

連絡を受けた冬月が高らかに告げる。

「おそらく、第五の使徒だろう」

冬月に告げられた内容によって実験場に緊張が走る。

「テスト中断！総員第一種警戒態勢」

「零号機はこのまま使わないのですか？」

「まだ戦闘には耐えられん。初号機は？」

「360秒で準備できます」

「初号機はパイロット搭乗後待機だ。葛城一尉、後を頼む」

ゲンドウは的確な判断で次々と指示を出していく。

「お父さん待って！わたし、すぐに出撃します」

ユウミの意見を聞いたゲンドウは一瞬考え込んだが一言だけ告げる。

「・・・わかった、出撃だ」

ユウミはゲンドウの命令を聞き、駆け出す。そして、観測所にいた他の面々も続いて出ていく。

「ユウミ・・・」

観測所から人が出ていくとゲンドウは出入口に向かってポツリと洩らした。

「ふっ、碇、お前も人の子だったようだな」

ひっそりと残っていた冬月に聞かれてしまったようだ。

「な、何の事だ。冬月、私達も急ぐぞ」

「くくっ、声が裏返ってるぞ」

「ふん！」

「くっくっくっくっ」

ゲンドウと冬月はそれぞれ正反対の機嫌で観測所から出ていく。

《「あなたは行かなくていいの？」》

しんと静まり返った観測所にレイの声が澄み渡る。

「まぁね、彼女が自分で決めたんなら僕が関わる事じゃないから」

どうやらシンジも観測所に残っていたようだ。

《「そう」》

それ以降、シンジが考え事を再開したので二人に会話は無かったが、レイはじっとシンジをモニター越しに見ていた。

ネルフ・発令所

メインスクリーンの中で青いクリスタルの様な表面の正八面体の物体が空を進んでいく。

「目標は芦ノ湖上空へ侵入」

「エヴァ初号機、発進準備完了！」

「ユウミ、準備は出来たんだけど・・・」

ミサトは戦いの条件が整ったにも関わらず歯切れの悪い。

《「こっちもＯＫです。ミサトさん、行きましょう！」》

『なんか嫌な感じがするから敵の戦力を調べたかったんだけど、ユウミの戦意を萎えさせるわけにはいかないわね』

ミサトはいつになくやる気のユウミの勢いに続く事にした。

「じゃ、行くわよ。エヴァ初号機・発進！」

初号機は射出音と共に地上へと昇っていく、そんな中で青葉から報告があがった。

「目標内部に高エネルギー反応！円周部を加速！収束していきますっ！」

「まさか！加粒子砲を射つ気なの！？」

「初号機、すぐに戻して！」

リツコが瞬時に敵の行動を推測し、ミサトもそれを信頼し指示する。

「無理です！間に合わずに地上に出ます！！」

が、高速で上昇するエヴァを急に止められるはずもなく無駄に終わった。

「くっ、ユウミ！地上に出たらすぐ敵の攻撃が来るわ、覚悟して！！」

《『え？』》

カッ！

バシュュュュュュゥゥゥゥン！

地上に現れた初号機に向かって雷の如き光の矢が放たれる。

《『アアアァァァァァァァァァァァァ・・・』》

それは急遽展開された防御壁を物ともせずに貫き、初号機の胸部に突き刺さった。

「くっ！まだなの！？」

「初号機、降ろします！」
日向の報告と共に地下へと戻される初号機。

「目標沈黙！」

完全に地下に初号機が潜ると使徒は攻撃を止める。

「ユウミは！？」

ミサトの問いにオペレーターはすぐに答える。

「脳波異常、心音微弱！！」

「初号機は第７ケイジへ回収されています」

「ケイジへ行くわ！リツコ、救護班へ緊急処置の用意させて！」

ユウミの容体を聞くやいなや、ミサトはリツコの返事も聞かずにケイジへと駆け出した。

「ちょ、ちょっと！ミサト！？」」

「パイロット脳波乱れてます、心音停止しました！」

戸惑うリツコに日向からユウミの生命の危機を知らせる。

「生命維持システム最大にして心臓マッサージを！」

「はい！」

バシュッという音と共にプラグ内のユウミが仰け反る。

「もう一度！」

リツコの指示で再度プラグ内でユウミは仰け反る。

「パルス確認！」

「青葉君、救護班には！？」

「すでに連絡済みです！」

「プラグの強制排除、急いで！その後にＬＣＬも緊急排除よ！」

「はい！」

リツコは一通りの指示を出した後、忙しそうなオペレーターを見ながら

『今度はエヴァの射出システムを見直さなければいけないのかしら？・・・』

などと場違いな事を考えていた。

ネルフ・第７ケイジ

プラグから勢い良く高温のＬＣＬが排出され、辺りには湯気が立ちこめる。

「おい！しっかりしろ！！」

プラグの中から救護班の手によってユウミは抱えられる様な形で出される。

「ユウミ！」

「やばいな・・・緊急処置室に急ぐぞ！！」

ミサトが駆け付けた時にユウミはグッタリと気絶して、担架に乗せられて運ばれていく姿だった。

特になし。

明確に人と違うという認識を持つレイ。
自分と同じように感じる存在であるシンジに何を思うのか。