Satan　Is　Charity　−第６話「月夜の決戦」Ｂパート−

二子山・ユウミ

すっかり辺りが暗くなった山道に電灯や大きな電池みたいな物がズラッと並んでいる。

「いい？これから作戦の細かい説明をするから、よく聞いてね」

今、わたしの近くには顔の強張ってるミサトさん、いつも通りのリツコさんと綾波さん、そしてリツコさんの補佐をしているマヤさんがいる。

「日本中の電気を、戦自研からネルフが摘発して組み直したポジトロン・ライフルに込めて、ここから使徒を狙撃してもらうわ」

ミサトさんの視線の先にはかなりの数のケーブルが接続された内装が剥き出しの武骨な銃が見えた。

「この銃は野戦向きじゃないから、それを補うためにスペースシャトルの低部を改造して作った盾を用意したわ」

どことなくスペースシャトルの面影を残した巨大な盾を零号機が携えてる。

「作戦の役割分担だけど、ユウミは初号機で砲手を担当、レイは零号機で防御を担当して」

「「はい」」

「それで狙撃の手順なんだけど、いくら使徒でも加粒子砲の連射は無理なはずだから、まず相手に先手を取らすわ」

「えぇっ！大丈夫なんですか！？」

「大丈夫、あの盾は私達技術開発部が総力をあげて仕上げたのよ、使徒の攻撃に17秒間は耐えられるわ」

「いい？これは相手の加粒子砲による干渉の軽減が目的よ。レイ、辛いだろうけど耐えてね」

「はい・・・」

綾波さんは自分の命が危険になるような役目を命令されたのに顔色一つ変えなかった。

「ユウミは照準マークが揃った後、私の号令と共に引き金を引いてくれればいいわ」

「わかりました。でも、もし外した場合は？」

「二発目は考えないでね。一応保険はかけてあるけど盾が保たないし、冷却や再装填にかけてる時間もないわ」

殺るか殺られるか、一撃で決めてみせなさいって事か・・・。

「時間よ、二人とも準備して」

「「はい」」

辺りの明かりが全部消えたから、空いっぱいに星が見えて綺麗だなぁ。

わたしの横には初号機の横顔が、綾波さんの横には零号機の横顔が並んでいる。けれど、わたしと綾波さんの間には足場の関係で距離が出来ていた。

「綾波さん、何かあったの？」

「何？」

「あ、その、深い意味はないの。今日目が覚ます前まで、綾波さん、わたしの話に返事してくれた事がなかったから・・・」

「そう・・・だったかしら？」

「うん、そう」

綾波さんはわたしを見ながら考え込んでる。

「・・・私はエヴァに乗るために生まれてきたようなもの、あなた達とは違うわ」

そんな事ないよ、とは言えなかった。その時の綾波さんの迫力はお父さんみたいだったから・・・。

「今までそんな考え方しかしてこなかっけれど、こんな私でもあなた達は受け入れてくれるかもしれない、そういう考え方を知ったからかもしれない・・・
　エヴァに乗る以外の何もない私に私だけの何かを見つけられるかもしれないから・・・」

ああ、綾波さんもわたしと同じだったんだ。違うのは拒絶されるのが怖くて、周りに合わせたのか、拒絶したのかだけだ。けど、綾波さんはわたしと違って、切っ掛けを与えられた時に自分の意思だけで歩く道を変える事を決めたんだ。

わたしは綾波さんの話を聞いて、綾波さんを尊敬したのと一緒に少し悔しかった。

「凄いんだね、綾波さん」
「そうでもないわ・・・」

わたしと綾波さんの間を涼しげな風だけが通り過ぎていった。

「時間よ、行きましょ」

綾波さんは何事もなかったかの様に立ち上がり、わたしに背を向ける。

「碇さん」

「えっ？」

そういえば、綾波さんから話し掛けられたの初めての気がする。

「あなたは死なないわ、私が守るから・・・」

青白く仄かに輝く満月とその光に包まれた綾波さんの振り向く姿は、どこか幻想的で絵本に出てくる月の妖精に見えた。

「さよなら」

わたしは綾波さんに続けて言われた『さよなら』の言葉から無性に寂しさを感じ、しばらく立ち尽くしていた。

作戦開始時刻・二子山

「二人とも、世界の命運をあなた達に預けるわ」

野外戦指揮車にいるミサトから二人に発破がかけられる。

「はいっ！」・「・・・」

暗闇の中に初号機が俯せて狙撃銃を構え、その前方には盾を構えた零号機が待機している。

「ヤシマ作戦、スタート！！」

ミサトの号令が掛かるとモーターの起動する様な音が山中から放たれ、接続や送電が問題なく終了した事が伝えられる。

「最終安全装置、解除！撃鉄、起こせ！」

ついに決戦の火蓋が切って落とされ、後は運を天に任すのみである。

ガシャ

初号機が撃鉄を起こしたのと同時にプラグの中のユウミの頭が狙撃スコープに覆われる。

「目標に高エネルギー反応！！」

「読み通りよ！ユウミ、まだ撃たないでね！」

カッ
ズドォォォォォォォォオオオオオオ！！

しかし、使徒の加粒子砲は初号機からかなり離れた所に照射された。

「まさか、わざと外してきたの！？」

『ミサト、違うわよ。単にあそこにはエヴァより使徒にとって脅威であるモノがいたってだけの事よ・・・』

使徒が放つ光の激流は地面に突き当たる事なく空中で四散していく。

「ど、どうなってるのよ！リツコ！？」

「作戦に支障は出ないわ。加粒子砲が止んだら、作戦通りポジトロン・ライフルを撃って」

『彼についてのデータを手に入れたのはいいけど惜しい事をしたわ。でも、ダメね、少しずつ押されてきてるわ・・・』

ミサトはどこか投げやりなリツコに不信に思ったが、それどころではないので次の指示を出す。

「ユウミ、レイ！二人ともそのまま待機！加粒子砲が止んだらぶっ放すわよ！！」

「わかり「聞けません！」

「な！ちょっ！ちょっと待ちなさいレイ！！」

ミサトの命令にレイは初めて反抗し、加粒子砲が照射されている地点に零号機を向かわせる。

「くっ！どうしたってのよ・・・！」

ミサトの愚痴を打ち消すかの如く、零号機の盾が加粒子砲を徐々に溶けながらだが弾く音が響く。

「こ、こりゃまずい！葛城さん！使徒の加粒子砲の威力が上がってきています！！」

「なんですって！？」

「なるほどね。使徒はＡＴフィールドに回していたエネルギーを加粒子砲に上乗せしたってわけか」

「落ち着いて解説なんかしてないで解決策は！？」

「ないわ、零号機を見てみなさい」

ミサトが零号機に目を向けると、零号機の盾は今までと比べられない程のスピードで溶けだしていた。

「綾波さん、もう離れて！このままじゃ死んじゃうよ！！」

「やめなさい！レイ！！」

零号機の盾が飴細工の様に溶け切った時、無線からレイの声がノイズ混じりで聞こえてきた。

「・・・だ・・・わた・・・・・もの・・・・・・・・・たしは・・・・・・あな・・・・・・まも・・・・・・」

通信が雑音に埋め尽くされた時、溶け始めた零号機を赤い光が包む。

「こ、これは！零号機が強固なＡＴフィールドに包まれています！しかし、少しは保ちそうですが、このまま耐え続けるのは無理です！！」

『そう、あなたはあくまであがくつもりなのね・・・」

報告を聞いたリツコはフッと微笑みながら

「ミサト！私が照準を加粒子砲の干渉を入れて計算しなおすから、いいって言ったら撃たせて！」

と言って端末に向かう。
『は、速いです。先輩』

そして、リツコのタイピングはリツコの弟子とよく言われるマヤですら驚くほど速かった。

「まだなの！早くしないと綾波さんが！！」

その僅かな時間の間にも零号機の赤い光は徐々に弱くなっていき、ユウミを焦らせた。

「いけるわ！ミサト！！」

「ユウミ！撃って！！」

「コォノォォォォォォォォォォオオオオオ！！」

ユウミは力一杯インダクション・レバーの引き金を引いた。

ズドオオオオォォォォォォォォ・・・

初号機の銃から放たれた一筋の光はグニャリと大きく曲がったが、もう一度大きく曲がり使徒の真ん中に風穴をあけた。

「敵プレート本部の直上にて停止！目標、完全に沈黙しました！！」

日向の報告に二子山とネルフ本部は歓声に包まれた。

二子山・初号機・ユウミ

ギリギリでの勝利にボーッとしていたら零号機が倒れこんだのが見えた。

「綾波さん！」

わたしはすぐに初号機を零号機の処へ向かわせる。

ヒドイ、零号機の装甲の表面がドロドロになってる。

わたしは零号機の首筋の装甲を外した後、プラグを抜き出し地面に優しく置く。

「綾波さん！大丈夫！？」

わたしは初号機から足場を確かめながら降りていたけれど、残り３メートルぐらいでもどかしくなり飛び降りた。

「ぐっ！あ、綾波さん、もう少し待ってて！すぐ助けるから！」

落下の衝撃でフラフラになりながらもわたしは零号機のプラグへ急いだ。

「ぐ、ぐぅぅぅ・・・」

使徒の攻撃に曝された所為かハッチのノブは火傷しそうな程に熱くなってけど、わたしは気にせず回した。

「綾波さんっ！大丈夫！？」

プラグを覗きこんだわたしの目に入ってきたのはグッタリして気を失っていた綾波さんだった。

「うぅっ・・・・・・」

わたしの声に綾波さんはゆっくりと眼を開けていく。

「よかった、生きててよかった」

どことなくわたしの視界はぼやけてきている気がする。

「泣いてる・・・。
あなたは何がそんなに悲しいの？」

「えっ！」

わたしは自分が泣いてるなんてこと、綾波さんに言われるまで気付いてなかった。

「・・・悲しくなんてない。綾波さんが生きてたから、それが嬉しいから・・・」

「うれしい？嬉しい時も涙が出るのね」

綾波さんはハッとした様な顔をすると、何かを考え始めた。

「ごめんなさい、私の為に泣いてくれて・・・
　本当は嬉しいはずなのにどんな顔をすればいいのか、わからないの」

わたしは涙を拭うと、綾波さんに手を差し出しながら微笑んだ。

「今、綾波さんが嬉しいと思ったんだったら笑えばいいのよ」

綾波さんはわたしの手を掴み、立ち上がろうとした時に静かに微笑んだ。

「綾波さん、もう別れ際に『さよなら』なんて言わないで・・・。
わたしも綾波さんと一緒でエヴァに乗る以外の自分を探してる仲間なんだから・・・」

「・・・・・・」

綾波さんに肩を貸しながら外に出ていくと、こちらに向かって草木の擦れる音が近づいてくる。

「ユウミー！レイー！二人とも大丈夫ー！？」

そう、それが見つかるのはずっと先かもしれない。
でも、いつかきっとわたしや綾波さんもこの満天の星に見守られた満月の様にミサトさんやみんなに見守られて見つけられる気がする。

二子山

「リツコさん、僕にもしもの時の保険だって言ってたのに話が違うんじゃないですか？」

ユウミ達が保護された場所より頂上に近い森で少年の責める声が聞こえる。

「ええ、そう言ったわね、シンジ君。けれど、まさか使徒から見れば蟻程度の大きさのあなたを、しかもこんな長距離から狙ってくるなんて考えもしなかったわ」

「それは・・・そうですけど・・・」

「でしょう？まぁ、みんな助かったんだしいいじゃない（あなたのデータも手に入ったし）」

どうやら少年はシンジでリツコと何やら話し込んでいる。

「それで済むような問題じゃないん・・・」

『そうそう。ラミエルの加粒子砲を受けとめる為にかなり無理したもんね』

突然、シンジの頭に直接、声、いや言葉が響いてきた。

「！？」

シンジは自分が正気なのか確かめる為に頭をブンブンと左右に振る。

『今度、こんな目に遭いたくないならシナリオに逆らおうと思わないでね』

「・・・シナリオ？」

『貴方が知る歴史の事よ』

疲れているシンジの意識はどんどん薄れていく。

『お疲れ様、ルシファー、また会いましょうね』

シンジはこれが頭に送られてきた時には既に意識を手放して倒れこんでいた。

「さっきから動きが変だけど・・・
　！！シンジ君、大丈夫！？・・・・・・衰弱が激しいわ、急いで休ませないと！」

特になし。

人外の力を使い始めたシンジ君。
リツコさんのおもちゃにされるのか、ゲンドウに敵視されるのか、はたまた……（笑）