悪魔に等しい存在　−第６話「変わる日常、変わらない日常」−

　第4使徒戦翌日

　シンジとレイは変わらず登校していた。

　とある2人の少年の姿は無かったが・・・

シンジが赤木博士の部屋を訪れたのは使徒戦2日後だった。


椅子に腰掛けるシンジの足元には狼がくつろいでいるがリツコは気にする素振りも無い。だがマヤがいると話は違う。

彼女は狼を恐れながら気にしないように自分に言い聞かせているように見える。視線はシンジの方を向かないし、足元など見ようともしないで自分の仕事に集中しようとしている。どう見ても成功しているようには見えないが。

そして面白い事にマヤが同席している時狼はくつろがない。シンジの足元という同じ場所に座っている。

リツコもその事には気付いている。その為シンジを呼ぶ時マヤを同席させない。


最初の会見？こそ背筋が寒くなったが、この2人の会話は大抵問題無く進む。

曖昧な問い掛けは禅問答に成りかねないが礼儀を守った明確な質問にははっきりとした答えが返ることをリツコは理解していた。

口を挟む者がいなければ、だが。

一度ある人物が口を挟み狼が臨戦体勢をとったことがある。飛び掛りはしなかったものの、会談は終了になった。以降リツコは1人で話す事にしている。


「EVAだけど、本当にあなたが操縦してるのかしら？」


差し障りの無い話の後切り出す。

「なぜです？」

普段と変わらない調子で問い返す。

「これよ」

キーボードを叩く。


『あの子を倒すんだ。好きにやっていいよ』


シンジの声が流れる。

「あなたが出撃した後、モニターが切れる前の言葉よ」


「それで？」

声は変わらないが面白そうな、興味を引かれたような表情になっている。

「これは最初の戦闘の時よ」

キーボードを叩く。


『行け。あの子を倒せ』


再び声が流れる。

何も見逃すまいとするリツコの視線の先で、シンジは楽しそうに微笑む。


「それで？あなたはどう考えたんです？赤木博士」


本当に楽しそうに問い掛ける。


「初めての戦闘の時、故障で無い限り、あなたは寝ていたわ。でもEVAは動いて使徒を殲滅した」


「故障してたんですか？」


「してなかったわ。念の為2度確認したけど故障は無し」


「それで？」


「あなたは眠っていてEVAが勝手に動いたという事になるわ。そんな事有り得ないはずだけど」


「ではなぜ今尋ねるんです？」


「今回の分析をしていて気になったからよ。それで前回も見直したの。どちらも、まるでEVAに指示を出したように聞こえる。それに前回、使徒殲滅後にあなたはこう言ってるわ

『良い子だ。ありがとう』

それで本当にあなたが操縦してるのか疑問が拭えなくなったのよ。」


有り得ないはずだとは思っていてもそうとしか考えられなかったのだろう。


「面白い。あなたは実に面白い。」

シンジの機嫌は良さそうだ。


「答えてもらえるかしら？」


「ご想像にお任せしますよ。だがあなたは実に面白い。観察力もあるようだ。そして常識に囚われ過ぎてはいない。初めて会った時の言動で、愚か者の1人と思ってましたが、見直しましたよ。」

本当に楽しそうだ。


「ですが、見誤っていたお詫びに少し話しましょう。」

リツコは、その言葉に好奇心が湧き上がるのが自分でもわかった。


「あなたにはEVAはどのように見えますか？」

だが出てきた言葉に一瞬思考を停止させる。

「どういう意味かしら？」

からかわれたのだろうか。


「同じ物を見ていても同じように見えているとは限らない。だからこそ、どう見えているかを知るのは、相手の視界と自分の視界を比べるのは大事な事ですよ。」


諭すような、世間話のような、不思議な調子だった。


「例えば赤木博士、あなたにはルーファが何に見えます？」

「るーふぁ？」

「彼ですよ」

足元で丸くなる狼の背に手を伸ばす。


「狼なんでしょう？」

グノースがシンジに与えた狼。狼だとグノースが口にした。


「行け」

シンジの言葉と共に丸くなっていたはずの狼がリツコに飛び掛る。


！・・・・・？


咄嗟に目を瞑ったが何も起こらない。

恐る恐る目を開ける


？


目の前には子犬


瞬きする。

やはり子犬だ。

キーボードの上にオスワリしている。


「おいで」


バッと立ち上がり飛び上がる。

そのままシンジの膝の上に着地する。

「さあ」

！

膝から飛び降りた子犬が空中で変化する。

着地した時そこにいたのは白く大きな狼だった。


「どうです？あなたにはルーファが何に見えます？」


狼という言葉は出て来なかった。


「ルーファは我が師から頂いた使い魔。狼の姿はしていますが狼ではありません。見る者によっては使い魔だとすぐわかります。その人の目にはルーファが狼に見えなかったそうです。どう見えていたのかは判りませんがね。」


「僕が見るルーファの姿とあなたが見る彼の姿。本当に同じでしょうかね？」


リツコは、シンジから目を逸らせない自分に気づいた。


「さて、最初に戻りましょう。あなたにはEVAはどう見えます？」


Pluuuuuuuu


呼び出し音にはっとした。

妖しげな空気はきれいに無くなっている。


「どうぞ。僕はこれで失礼しますよ」


内線の受話器を見つめるリツコに声を掛けるとシンジは狼と部屋を出て行った。

扉が閉まっても、リツコは受話器を取らなかった。


ただ、疲れていた。

　2人の少年はシェルターから出て怪我をした為入院していると教師は告げた。命にも関わるのでシェルターからは出ないように、という注意と共に。


　1週間後

　それぞれ場所は違うが包帯にギプス、松葉杖という姿で2人の少年が登校する。どうやら命は無事で手当も受けられたらしい。

　心配と好奇心（どちらの割合が多いかは推して知るべし）から理由を問われても2人の少年は黙り憶測だけが飛び交った。


　クラスが騒がしくなろうと、当然のように関わらない者もいた。シンジとレイである。

　2人は少年達に視線を向けもしなかったが、逆に少年達は2人の（正確にはシンジの）様子を窺っているようだった。

　そんな2人の様子から、シンジとレイをシェルターで見なかった＝居なかった。という話が出、やはり2人がロボットのパイロットではないかと落ち着くまでにさほど時間はかからなかった。


シェルターで見なかった。というのを2人の影が薄く覚えていないだけではないか、と言う者はいなかった。クラスから浮いている以上、こちらの方が可能性としては高いと思うのだが。


何も答えない人間に代わり怪我人は質問攻めにされたが、2人共何も言わなかった。

普段なら嬉々として(聞かれなくても)話そうとする人間が黙っている事にクラスメートは不満を持ったが、満足する情報を得る事は無かった。

放課後

シンジとレイは屋上に来ている。

足元には白い狼。


目の前にいるのは包帯だらけの少年



「何の用？」

無表情なシンジとその隣に立つレイの冷ややかな目


ひるむな！聞くんだ！

心の中で叫んでいるが声が震えてる。


「碇、あの時、俺達が何処に居たか知ってるか？」


知らなかったって言ってくれ


少年らしい夢（巨大ロボットを操縦し人類を救う英雄）を見ていたいのなら、現実には触れるべきではない。現実はそれ程綺麗な物ではないのだから

だが少年にはわからない。

だがらこそ、こんな事をしているのだろう。


「知ってるよ。あの子の脇だろ。見えたよ。」


「知ってて、攻撃したのか？」


「そうだよ」


「何でだよ」


「何が？僕は契約を守っただけ。」


「死んでもおかしくなかったって言われた。」


「だろうね。前の子は爆発、自爆かな？したからね。あの子もだったら死んでたね。」


「知っててやったのかよ」

声が震える


「だから？」


「殺そうとしたのかよ！」


「どうしてそうなる？なぜわざわざ君を殺さなくちゃならない？君にそれだけの価値は無いよ。少なくとも僕にはね。」


「前に言っただろ。君達が死のうが生きようが関係無い、って。興味無いんだよ。」


「お前・・・おかしいよ・・」


声だけではなく全身が震えている。

顔は真っ青だ。

やっと理解したのだ。

本心だと。

どこかで捨て切れなかった“人類を救う英雄“が消えていく。

摩り替わるのは“恐怖”

理解出来ない。したくない。


こいつは、異質だ


「さよなら」


屋上から逃げ出す少年の背中に送られた言葉

掛けたのはシンジだ。

やはり無表情だったが。

「あの人は何が言いたかったの？」

少年がいなくなるとレイが呟く。

「自分からシェルターを出て戦闘に参加したわ。望みが叶ったのに嬉しそうに見えなかった。・・・なぜ？」

本当に不思議そうだ。

あの状況を参加したと言えるのが凄い。

だが望んだ結果だとは言えるだろう。誰にも強制された訳ではないのだから。

「想像と違ったからじゃない？」

「なぜシンジ君に言うの？」

「さあ？」

「････････」

沈黙

考えているらしい。

「どうでもいいんじゃない？彼がどう思ったかなんて」

「そうね」

だがシンジの言葉にあっさりと同意する。

2人にとって少年の存在は“その程度”でしかなかったのだろう。


足元の狼が一回り大きくなる。

2人が驚いた様子も無くその背に腰掛けると狼はふわりと屋上入口の上に飛び上がる。

背から2人が降りると狼はその場に伏せ、横になったシンジがその身体を枕にし、レイは隣に座る。


「良い天気だ」

日を浴び、嬉しそうに漏らす。


「今日は皆で食事に行こうか」


「ネルフは？」

「今日は休み。皆で食事に行く。」

決定事項のようだ。


「どこか美味しい処知ってる？」


「わからない」


「食べに行った事ないの？」


「司令に連れて行かれた事はあるわ」

想像するだけで食事が不味くなりそうである。


「でも、おいしいと思った事ない」

僅かに俯いている。


「じゃ美味しくなかったんだよ。」

シンジはあっさりと言い切る。


「わたし、皆と食べるまで、食事をおいしいと思った事無い。楽しいと思った事も。」


俯いて言う言葉をシンジは黙って聞いている。

よく見ると、狼もレイを真っ直ぐに見ている。


「わたし、みんながいないと、おいしいと思わない」


！


濡れた感触

狼がレイの顔を舐めている。

「いいんじゃない？これからも皆で食べるんだからさ」

上半身を起こしたシンジが微笑む。


「ええ」


微笑む

照りつける陽光というより淡い月光のように

シンジはネルフへ来ると最初に司令部へ顔を出す。

そこでやる事が在り、条件が合えば契約する。

初号機に乗る事は比較的承諾され易いが、格闘訓練等は好まないらしい。

作戦部からは再三申請が出されているが通る事はまず無い。交渉者（主に冬月）も無理強いはしない。というよりしたくないらしい。


第4使徒戦が終わってから、1つの変化があった。

ネルフに入ると黒服が3人、シンジに貼り付くようになったのだ。

司令部からの命令らしい。命令書を見てみると司令、副司令の名が在った。

シンジの監視の為と誰もが思った。


その3人が初めて動いたのは使徒戦から5日後だった。

特別室から出た作戦部長が、文句をつけようとしたのか偶然会ったパイロットと親睦を深めようと思ったのかは定かでないが、近寄る事は許されなかった。

シンジに貼り付いていた黒服に阻まれたのだ。


そう、この3人は護衛だった。ネルフ内部でだけ付く、

“司令部の心臓を守る”為の。

どちらが発案者かは判らないが、反対は無かったのだろう。でなければ実現しない。


この３人にはシンジの予定とあるリストが渡される。

リストに書かれた人間はシンジに近づけない。護衛が用件を確認し、許可が無ければ例え通路であろうとも話し掛ける事は出来ないのだ。

このリストの最上位に誰の名前が書かれているかは考えるまでもないだろう。

　　　　「なんであいつはあたしのゆーこと聞かないのよ！」


怒鳴るどころか備品を蹴り壊しもしているが誰にも迷惑を掛けていない(今の所は)のは防音設備がしっかりしているお蔭だろう。


　　　　「あたしは使徒を倒す為にここにいるのよ！」


時間はたっぷりと有った筈だが怒りは持続しているらしい。

驚くべき精神力と言えるかもしれない。5日間書類に埋もれながらここまで怒り狂えるのだから。

特別室から出たばかりのはずなのに机には書類が置かれている。量は比較するまでもないが。これが怒りを誘ったのかもしれないし、当人に近づく事も出来なかったのが原因かもしれない。

だが・・


荒れ狂うその顔は恐ろしく歪んでいた。

終わった〜！！

いや〜　気付かなかったけど、僕ってミサトさん好きじゃなかったんだね。
気が付いたらミサトさん、こんな素敵な状況になってるし。
あまり顔が歪むと、嫁の貰い手が・・・失礼しました・・・
安心してください！
次回ちゃんと見せ場をご用意しております。
というわけで、次回もよろしくお願いします。

さすがにこれだけ「干されて」いればいくらミサトでも、
自分がＮＥＲＶ内で冷遇されており、重要なことを
役職上知っていてしかるべきなのに伝えられないという
現実に気付いたことでしょう。

次回は見せ場がある…ラミエル戦…見せ場…（＾＾；）
るーふぁ君にがぶっとやられないことを祈って。

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