悪魔に等しい存在　−第９話「様々な立場」−

屋上入口の上

狼を枕にしたシンジと、その横に腰を下ろすレイ。

授業は終わっているというのに珍しく帰っていない。



「今日も実験？」



「・・・ええ」



「嫌なら行かなくて良いよ」



「ええ」

返事が早い。

よ〜〜〜く見れば仄かに嬉しそうかもしれない。



「なんならレイの権利移そうか？」



「ええ」



「なら移すまで大人しくしてて」



「なぜ？」



「波風立てたくない」

既に立てまくり荒しまくっている事に気付いていないのだろうか。

ネルフの上層部辺りが聞いたら盛大に反論してくれそうだ。



「あの人達を気にしてるの？」

僅かだが声に驚いた調子が混じっている。



「ん〜　ほとんどしてない。けど少しはしてる。」

一瞬悩むと答える。



「なぜ？」



「成人するまでこっちでの生活捨てないって約束してるから。隠れても良いんだけど趣味じゃないし。そんな手間掛けたくないし」



「ここにいた方が手間ではないの？」



「何かあったっけ？煩いのはいるけど、それだけだろ」

使徒との戦闘より作戦部長の方が占めるウエイトが大きいらしい。

というより、使徒の事が意識に上ったかも怪しい。



「呼び出されなきゃ静かに時間を過ごせたのに」

ぼやく。



「来なければ良かった？」



「そうでもない。あの子とも会ったし。」



「わたしは？」



「レイもだよ」

微笑む。

「それに、まだ在るんだろ？会ってからでもいいんじゃない？」



「そうね」

微かに微笑んでいる。



「ネルフはましだよ。学校よりね」



「休んでは駄目。1人は嫌。」



「わかってる。そういえば、レイは何で学校来てるの？」



「命令だったから」

簡潔



「今も？」



「今は、シンジ君が来てるから」



「サボる時は教えるよ」



「ええ」



「義務教育だからね。不登校にはならないよ。そんな事してばれたら怒られる」



「誰に？」



「マスター。会った事無かったね。今は居ないけど、帰って来たら会えるよ。」



「いつ？」



「さあ？何処に行ってるのかも判らないから。何時帰るかも判らないよ。」

････

「さぁ、そろそろ行こうか」



2人が背に腰を下ろすと狼はふわりと屋上に降り立つ。



「「ありがとう」」

答えるように狼は鼻を鳴らした。





「そうだレイ、良いもの見せてあげる」

聞き逃しそうなほど自然に言葉が紡がれたのはネルフへゆっくりと歩いている最中だった。

「なに？」

差し出した手の平には小さな妖精

「眠りの妖精の一種。催眠術みたいな物を掛けるんだ。機械は誤魔化せないけど、人間なら大丈夫。この子に頼めば嫌な実験は参加したと思ってくれるよ。」

レイは小さな妖精を見つめる。

見つめられた妖精は不思議そうに首を傾げる。



「わたしに力を貸してくれる？」



妖精は嬉しそうに笑うと羽を震わしレイの肩に座る。



「気に入られたみたいだね」



シンジの言葉にふわりと微笑む。



「ありがとう」

　「　　　また君に借りができたな」



　『返すつもりはないんでしょ。彼等が情報公開法をタテに迫っていた資料ですが、ダミーも混ぜてあしらっておきました』



　『政府は裏で法的整備を進めてますが、数日中にも頓挫の予定です。で、どうです？例の計画のほうも、こっちで手を打ちましょうか？』



　「いや、君の資料を見る限り、問題は無かろう」



　『　　　では、シナリオ通りに』

　電話が切れる。



　悪巧みにしか聞こえない電話の一方は言うまでも無くゲンドウだ。

　ただでも悪人面なのに、この薄暗い公務室といい、この男は、なぜわざわざそれを助長させようとするのだろう。

進路相談

ロボットのパイロット(確定として)噂されているシンジの保護者に級友達は興味を持ったが、こういう（情報や秘密を探り出し暴露する）事に最も頼りになる人物は沈黙していた。

本人に尋ねた者もいたが、「誰も来ないんじゃない」「僕の保護者って誰になってんだろう？」という返事によって撃沈した。

保護者の登場に期待をかける者もいたが、いつの間にか綾波レイと共に姿を消していて空振りに終わった。



その頃噂の人物はNERVで初号機の中にいた。

テストプラグは５回中４回は拒否されるが、初号機に乗る場合は大抵拒否されない事を技術部は学んでいた。ちなみに、シンジに関わる中で最も学んでいないのは作戦部だ。保安部、諜報部は“監視・強制は無駄（というか職や命に関わる）”という事を１週間で学んでいた。付ける端から監視を狼に病院送りにされれば当然だろう。

司令部に至っては“取り扱い注意”を契約を交わしたその日に悟っていたが。



「やっぱりシンジ君は安定してますね」

「この調子なら実験を減らしても大丈夫そうね」

マヤの呟きにリツコが頷く。

シンクロ率、ハーモニクス共に初めて乗った時からほとんど変化は無い。起動ギリギリなら問題だが、理論上有り得ない高い数値で安定している以上問題も無い。リツコにとっては別の意味で問題だが（なぜ寝てても数値が変わらないか、など。実験中、既に何度か寝られている）。

「なぜEVAに乗るのは拒否しないんでしょう」

それはリツコも知りたい事だ。

初号機。というより碇シンジ。謎だらけだとリツコは思う。



「零号機の胸部生体部品はどう？」

「大破ですからね。新作しますが。追加予算も余裕無いですね」

「前回・前々回は装甲代ぐらいだったけど、今回一気に無くなったものね」

第３、第４使徒戦では、装甲だけで素体には全く被害が無かった。街にも被害は出ていた物の、当初の予定よりずっと少なかった。だが今回、加粒子砲による初号機の換装、零号機の生体部品と換装、日本中の電力･･･これだけでも金額的に被害は一気に跳ね上がっている。

わざわざ口に出したのは本音としてのぼやきと･････親友への嫌味だろう。

「シンジ君、零号機のプラグをどうやって壊したのかしら？」

シンクロ時どう感じるか等一通りの質問を終えるとリツコは切り出した。

「赤木博士の予想は？」

EVAを本当に動かしているのかと尋ねて以来、シンジはリツコの考えを聞こうとするようになった。どう答えるのか興味を持ち、面白がっているようだ。

「断面は鏡みたいだったし、分析では鋭利な刃物で切ったと出たわ」

「ならそうなんじゃないですか？」

「材質は言わないけど、プラグは丈夫に作られてるのよ。プログナイフでも出来ると思うけど、ああも綺麗には切れないでしょうね」

「ルーファが壊したと言ったら信じますか？」

「信じられないわね。無いとは言い切れないけど」

「なぜです？」

「彼は噛むんじゃないの？入院した保安部員は噛まれてたわよ」



２人共面白そうな顔をしている。

好奇心というのは恐ろしい物かもしれない。



「では赤木博士は何で切ったとお思いですか？」



「わからないから聞いてるのよ。」



向き合う顔はどちらも笑顔だ。

だが本当に笑っていると言う者はいないに違いない。

他の人間を同席させないのは正解だ。見た者は皆同意するだろう。



結局リツコは回答を得る事は出来なかった。

だが、

「機会があったら見せてあげますよ。作戦部にでも期待してください」

という言葉は最後に手に入れた。



まあ、作戦部というだけで「望みはないわね」と呟いた女性がいたのは余談である。

その日、ミサトとリツコはセカンドインパクトによる水位の上昇で水没し、放置された街

――旧東京に来ていた



　旧東京再開発臨海部(という名の埋立地)・国立第3試験場

　そこでは民間事業団体――日本重化学共同体――の製作した無人の使徒迎撃用ロボット“J.A.（ジェット･アローン）”の完成披露記念会が行われていた。



　広い会場。大勢の招待客。

　豪華な料理の並んだテーブルの中、ただ1つ、円形のテーブルの真ん中にビールが数本置かれただけのテーブル。

　ネルフである。

　しかも御丁寧に会場の中心。

　晒し者のつもりだろうか？どういう意図にしろ、幼稚である。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：

　式典が始まる。

　壇上に上がり、誇らしげにJAについての説明をする開発主任、時田シロウ。



　「――御質問のある方はどうぞ」

　「はい！」

　一通りの説明を終えた時田の言葉に間髪入れずリツコが挙手する。

　「これは御高名な赤木リツコ博士。お越し頂き光栄の至りです」

　言葉は丁寧だが嫌味だとわからない者はいないだろう。



　「先程の御説明ですとリアクターを内臓とありますが」

　「ええ、本機の大きな特徴です。連続150日間の作戦行動が保証されております」

　「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内臓する事は安全性の点から見てもリスクが大き過ぎると思いますが？」

　「5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ」

　「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」

　「パイロットに負担を掛け、精神汚染を起こすよりは、より人道的と考えます」



　「よしなさいよ、大人気無い････」

　ミサトが呟く。

　正論だが、彼女に言われたくはないだろう。



　そして時田とリツコの不毛な質疑応答は続く。



　まあ、確かにリツコの言った通り、格闘戦用の兵器に原子炉を搭載するのはかなり危険だ。衝撃が大きければ放射能に汚染されてしまう。本体のみならず、周囲の被害が甚大だ。

　だからといって、EVAが安全な兵器だとは決して言えないのだが。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：

　頭部の無い人形の姿を現すJ.A.

「テスト開始」

時田の号令の共に次々と起動手順が進められて行く。



「制御棒、全開へ」

の言葉と共に背中から突き出る6本の棒。

原子炉にとって重要な制御棒を、ああもあからさまに体外に出していていいのだろうか？

戦闘中に折れたりしては目も当てられないのだが、考えなかったのだろうか？



「歩行開始」

　「了解。歩行、前進微速。右脚、前へ」

　やけにのんびりしている。

　本当に格闘戦用兵器なのだろうか。



　歓声が上がる室内。



　だが、警報が鳴り響く。

　次々と報告される以上。『制御不能』が告げられる。



　式典会場であるドーム天上に足を乗せたJ.A.は体重を掛けてそこを踏み抜く。

　そのまま廃墟となった市街を歩行するJ.A.。その内部では加圧器に異常が発生し、炉心融解の危機が迫っていた。融解し、さらに何らかの外因で爆発を誘発すれば関東は放射能に汚染されてしまう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：

　「日向君、厚木に話しつけといたから、シンジ君と初号機をF装備で、こっちによこして。そ、緊急事態」

　着替えながら携帯で連絡をとっている。

　「無駄よ。お止めなさい。葛城一尉。第一どうやって止めるつもりなの？」

　「人間の手で、直接」

　顔を向け、リツコの言葉に迷いも無く答えると再び携帯で連絡をとりながら放射能防護服に手を伸ばす。

　「何の用ですか？」

　学校から緊急呼出を受けながら発令所に入った第一声がこれである。

　緊張感を持って言われるならまだしも、気の抜けまくった声でだ。



　「シンジ君、すぐ着替えてくれ。出撃だ」

　だが、気を削がれる事無く日向が指示する。

　「使徒とやらですか？」

　「嫌。とにかく急いでくれ。準備が出来次第出発する。」

　言いながらも手は休めていない。優秀だ。



　「冬月さん、どうしますか？」

　シンジが頭上に話し掛ける。

　司令がいない以上、出撃するなら副司令である冬月が契約しなければならない。

　「日向君、何があったんだね」

　「JAが暴走し、止めるのにEVAを使うようです」

　「必要無い。日向君、シンジ君の出撃は許可できん」

　「ですが！」

　日向が抗議する。

　着替え終わり、管制室へ戻ったミサトは、時田にEVAを使ってJ.A.を止め、乗り込む事を告げると中断していた（といっても繋ぎっぱなしの）携帯に再び怒鳴りだす。

　副司令の却下と日向の抗議は続いていた。

それを聞いていたシンジは、自分に関わりは無い。関わりが無い以上、発令所（ここ）に用は無い。と判断し出て行く。割り切りはとてもいいのだ。



　後ろから、「零号機は修理中です」とか「初号機とシンクロ出切るかわかりません」とか言う声が聞こえていたが当然無視すると、一緒に来ていたレイと出て行く。





　特務機関とはいえ、それは対使徒の為の物だ。

　そして軍隊の形式を備えている以上、使徒も無く、要請も無いのに軍事行動であるEVA出撃は許されない。

　当然これは建前である。では本音はというと

　ただでもNERVは評判が悪いのだ。わざわざ自分の苦痛を賭けてまで睨まれたくはない。

　であった。

　じ〜〜〜〜〜〜



　何だろうか？



　「どうした？」



　問い掛けたのはシンジ。

　だが答は無い。



　「レイ？」



　「なに」

　返事はしたが顔は動いていない。

　視線の先には狼がいる。



　「どうしたの？」



　じ〜〜〜〜〜〜

　答は無い。

　そして視線は動かない。



　「そんなに枕にしたいの？」



　コクン



　少女は幼子のように頷いた。

　そんな微笑ましいやり取りが行われていた頃、遠く離れた場所では放射能防護服へ着替えていた女性が携帯を壁に投げつけていた。

　結局EVAの出撃は実現しなかったのだ。

最悪の事態にはならなかったのだから喜ぶべきだろう。



だが

この一件は彼女の（ネルフにおける）地位を対外的に示す結果になった。



　哀れだ





　その日、とある執務室の備品が滅茶苦茶に壊されていたらしい。

　また、機嫌の悪い女性がある不幸な居酒屋の酒を飲み尽くしたという話だ。

　薄暗い(悪趣味な)部屋



　「葛城一尉が予想外の行動を取りましたが問題は無く、全てシナリオ通りです」

報告しているのはリツコ。



　「日本重化学共同体は倒産し、解体されます。出資者の多くもこちらへ移しました」

そして黒服の男。



　その相手は



　「御苦労」



　ゲンドウだった。



　この場を題するなら“悪人達の集い”だろうか。

　ゲンドウが溶け込んでいるのは当然として、違和感の無い赤木博士は悲しむべきだろう。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　：



・・アダム・・リリス・・・裏死海文書・・・人類補完計画・・・碇ユイ・・



　どう思う？



　「『神』ね〜　なりたい？」

　「興味無い」

　「神になって何をするんでしょう？」

　身も蓋も無い言葉が並ぶ。

　「人間だけが滅ぶのなら自業自得だ」

　「どうなんだろ？」

　「調べておきましょう」



　ありがとう



　「マスターの御意見は？」



　馬鹿馬鹿しい

　舞台に上げられただけでも腹立たしい

その上この役だ



　「確かに」



　「ではどうしますか？」



　考えようか

　皆も手伝ってくれるかな？



　『もちろん(喜んで)』



　揃った返事。皆笑顔だ。

　だがその笑顔が意味する物は何なのだろうか？



　それを知る者は彼等以外誰もいない

JA編です。
シンジ君はミサトさんの思い通りにはなりません。レイも出せません。
零号機を出さない為のヤシマ作戦ですから！
ミサトさんはシンジ君と同居なんてしてません。仲悪そうですしね。
葛城宅は夢の島ですね。ペンペンどうしよう？

最後に会話しているのって誰なんでしょう…？
シンジがマスターと呼ぶのはグノースですが、
どうもそれとは雰囲気がだいぶ違うようですし…？

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