悪魔に等しい存在　−第１１話「ネルフ（幹部）の長い１日　前編」−

　「相変わらず仕事の虫かい」

　背後から抱き付き、首に腕を回す。

　「その様子じゃ、いまだに彼氏出来てないな？」

　「加持くん、お久しぶり」

　腕が解かれると椅子ごと振り返るリツコ。
　目の前にいるのは尻尾のような髪と不精髭が特徴の加持だ。今回のリツコといい、この間のミサトといい、この男、余程後ろから抱きつくのが好きらしい。

　「りっちゃんに聞きたい事があるんだ」

　「何かしら」
　そう言いながらリツコには予想がついているようだ。

　「碇シンジ君さ」
　予想通りだったのかリツコは溜息を吐く。外れて欲しかったのだろうか。

　「この間のを見たのね」

　「ああ」

　「シンジ君の隣に黒尽くめの人間が浮いていたでしょう」
　言いながらパソコンに画面を出す。親切だ。
　「こいつかい？」
　「ええ。本人はグノースと名乗ってるわ」
　「それで？」
　「本人曰く、魔法使いだそうよ」
　加持は口の端を吊り上げる。
　「本部にも何度も現れているわ。侵入方法は不明。顔もわからないわ」
　MAGIにプライドを持つ科学者としては悔しい事実。だが、最近では侵入に関しては諦めてきている。
　「シンジ君は彼の弟子だそうよ」
　リツコの言葉に軽く目を見張る。
　「シンジ君と一緒にいる狼は、シンジ君曰く『使い魔』だそうよ。今わかっている限りでは、大きさを変えられるシンジ君の護衛ね」
　「護衛？」
　「シンジ君に付いた保安部員や諜報部員、皆狼に噛まれて入院したわ。ネルフだけじゃなく、他の所の人間も病院に運ばれてるわよ」
　あなたも気を付けることね。とリツコは続ける。
　近付いてみようと思っていた加持は笑っただけだが。

　「何の用です？」

　椅子に腰掛けるとシンジが尋ねる。
　どうやらシンジの時間を獲得できたらしい。名目はわからないが。

　「ドイツ支部の技術者の1人が殺されたわ」

　「それで？」
　何の興味も無いという返事。
　質問前の世間話だろうか？

　「身体の何箇所かが抉られていて、幼児くらいの大きさの、人間にしては小さ過ぎる人間らしい歯型が残されていたそうよ」

　「そうですか」
　やはり興味はないらしい。相槌を打っているだけだ。

　「あなたには心当たりが無いかしら？」

　『わしに聞きたいのかの』
　突然挟まれる言葉。

　「ええ。答えてもらえるかしら」

　『おそらくこの間わしが命じた事じゃの』
　あっさりと言う。

　「この歯型はあの時の子鬼なのかしら？」

　『子鬼か・・・・そうじゃろうな。ヌシは何が聞きたい』

　「僕も先生も下らない事に時間を取られるのは嫌なんですよ」
　シンジが口を挟む。
　その言葉に心を決める。

　「貴方は催眠術や洗脳以外にも自分達には方法があるといったわね？」

　質問の形を取っているがこれは確認だった。

　『言ったかもしれん。事実だからの』

　「それは魔法ということかしら？」

　『魔法でも魔術でもじゃ。ヌシ等の好きなように呼ぶがいい』

　「魔法と魔術は違うのかしら？」

　グノースの言葉に興味をおぼえたらしく質問する。

　『違うに決まっておる』

　「どう違うのかしら？」

　「先生の講義を受ける為の時間なんですか？それとも赤木博士は先生の弟子に志願しているんですか？」

　グノースよりも先にシンジが口を開く。

　「そうね。ではこのドイツの技術者があなたの言った初号機に糸を付けようとした人ということなのかしら？」

　『そうなるの』

　「この技術者の経歴を見ると魔法が使えるとは思えないのだけど」

　「履歴書に『魔法使い』なんて書く人はいないんじゃないですか？」

　「…大学までストレートで講義でも魔法と関わりのありそうな物は取ってないわ。ＮＥＲＶへ来るまでの論文を見ても研究ばかりで他の事、魔法を身に付ける時間があったとは思えないわ。」

　「僕が師に教えを受けていた形跡はあったんですか？調べたんでしょう？」

　「彼女のメモまで調べさせて友人にも話を聞いたけど、魔法と関わるような形跡も無かったわ」

　シンジの言葉を無視して話を進める。

　「彼女？女性だったんですか」
　『それは知らなんだ』
　子弟揃って頷いている。

　「知らなかったの？」

　「見た事ありませんから」
　『知る必要があるのか？』
　人の命がとても軽く感じるのは気のせいだろうか。

　「まあ、どうでもいいでしょう」
　その言葉にリツコはシンジの異質さを垣間見た気がした。

　「つまり赤木博士は先生が無関係の相手を殺したんじゃないかと言いたいんですね？」
　
　突然話が戻され、リツコはすぐに疑問と思考を取り戻す。
　やはり科学者にとって疑問の解明という好奇心が第一だろう。

　「そんなつもりは無いわ。ただ、本当に彼女がやったのか気になったのよ」
　リツコは、調べれば調べるほどそんな事が出来るとは思えなかったのだ。専門や研究内容、仕事内容とレベルを考えれば自分の方が上だから特に。
　相手を間違ったと言われれば納得していただろう。

　「残念ですが間違いはありませんよ」
　だがシンジは淡々と言う。

　「なぜ言い切れるのかしら」

　『その者の師とは会うておる』

　思いがけない言葉に呆気に取られるリツコ。

　『疑問は晴れたようじゃの』

　言い終わると同時に姿は消えた。
　現れるのもだがいなくなるのも一瞬だ。リツコは一瞬の隙を突かれた形になった。
　そのままシンジも退出を求め、許可を得て出て行った。

　「御用件を窺いましょう」

　「なぜ弟子を殺した」
　ローブを身に付けた老婆の声はそれでも落ち着いていた。

　「これが理由です」
　老婆に何かを渡す。
　「これは…」
　「こちらにいることは見ればわかるだろうに、いきなり仕掛けて来た」
　黙っている老婆。
　「わたしの下にいるものに手を出すのは、己の人形としようとする者は許さない」
　老婆の背後にいた者達が立ち上がるが老婆が制す。
　「あやつが悪い。わたしにも怒っておろうな」
　「いえ。貴女の指示だったというのなら別ですが。害した者への仕返しは終わっています。わたしにはこれ以上の血を求める気も敵対する気もありません」
　静かな空気。
　老婆は真意を測ろうとしているのか相手を真っ直ぐに見ている。
　「わたしが貴女の弟子を手に掛けたのも事実。お詫びに……をお受け取りください」
　「いいのかい？」
　「元々貴女の弟子の物。師が引き取るのは別段おかしくないでしょう」
　「そちらには必要だったんじゃなかったかね」
　「わたしには関係ありませんよ」

　学校が終わりネルフへ向かうレイとシンジ、それに狼。
　と、
　少し距離を開け後ろを歩くアスカ。

　「ほんとに退屈ね、日本の学校って」

　アスカが言うが反応する者はいない。狼にすら無視されている。

　「それにあの先生バッカじゃないの？政府の流したウソの情報うのみにして長々と喋っちゃってさ」

　やはり振りかえる素振りすら無い。そもそも、話を聞いていたのかも怪しい。
　反応の無さに我慢できなくなったのかアスカは2人の前に出ると立ち止まり振り返る。ご丁寧に道を塞ぐ形で。

　「あんたらは知ってるんでしょ」

　「「・・・・・・」」

　「やだ・・・ひょっとして知らないの？セカンドインパクトのこと」
　そういう顔はなぜか嬉しそうだ。
　だが、
　「悪いけどそこ・・・・通してくれる？」
　やっと口を開けばこれである。
　思わず寄ったアスカの脇を通り過ぎるレイと、後に続くシンジ。

　「ちょっと待ちなさいよファースト！」

　レイに駆け寄る。

　「何か用？」
　立ち止まり、顔だけ僅かに振り返る。

　「あなた碇司令のお気に入りなんですってね。大した実績も無いくせにどうしてかしら」
　嫌な顔になっているアスカ。
　「そんな事聞いてどうするの？」
　興味を無くしたように歩き出すレイ。
　「話す時はちゃんとこっち見なさいよ！ひいきにされてるからってなめんじゃないわよ！！」
　レイの肩を掴むと大声を出す。

　パンッ

　アスカの手が払われる。

　「やめろ」
　そして一言。
　手を払ったのはシンジだ。

　「ふーん・・・そういうこと・・・」
　何かを納得したらしい。

　「ミサトといいあんた達といい・・・・やってらんないわよ、サイテー！！」
　言い捨て走って行ってしまう。

　「静かになった」
　「ええ」
　何も無かったかのように歩き出す2人と1匹。彼等にとってアスカとはその程度でしかないのだろう。

　「わたしは贔屓されているの？」
　突然尋ねる。気にしていたのだろうか。
　「レイはどう思うの？」
　「・・・・わからない。あれが贔屓なの？」
　少し考えると尋ねる。
　「特別待遇という意味でなら贔屓かもね」
　最低の住居に食事、生活上必要最低限も教えない教育。
　確かに『ある意味』贔屓かもしれない。
　「・・・そう」
　疑問は晴れたらしい。

　「そうだ」

　突然の声に足が止まる。

　「レイと同じ状況にしてあげよう」
　「？」
　レイが不思議そうに首を傾げる。

　「あの惣流さんさ。レイが贔屓されてるって嫉んでたみたいだから。あの人も同じ状況なら文句無いんじゃないかと思ってね」

　名案とばかりに微笑むシンジ。

　「・・・・・・・・そうね」

　少し考えレイも同意する。

　「なによこれーーーーー！！！」

　響き渡る怒号

　そこは
　旧市街のマンモス団地にある、解体作業の音が響き、住民の気配など全く無いとあるアパートの一室

　剥き出しのコンクリートの壁と天上。
　無骨なパイプベット。

　玄関に立ち、固まっているのはセカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー。

　彼女はネルフの宿舎に泊まっていたのだが、部屋が用意できたと言われここに来たのだ。
　説明するまでもないと思うが、上記の雄叫びはこの部屋に入った彼女の第一声だ。

　「と、とりあえず、落ち着いて、着替えないと」

　自分に言い聞かせるように呟くと部屋へ上がる。
　服は支給されると言われ着の身着のままでここに来たのだ。
　クローゼットを開けるアスカ

　「・・・・・・」

　入っていたのは制服の替え数着と安物の白い下着数組、だけ

　怒鳴るよりも言葉を失ったようだ。

　「すぐにでもあたしの荷物運ばせないと」

　着替えは諦めたらしい。
　呟きながら冷蔵庫へ。食事にするようだ。

　「・・・・・・・・・」

　またもや絶句。

　入っていたのはカロリー摂取用のビスケットとビタミン剤各種、そして水。

　どう見ても他には何も入っていない。

　「なんなのよこれは〜〜〜〜〜〜！！！」

　再び絶叫

　その気持ちはわからないでもない。

　と、

　「うるさいわ」

　声が掛けられる。

　「誰よ！」

　身構えるアスカ。その先には

　「ファースト！」

　玄関を開け立っているのはレイだ。

　「何でここにいんのよ！」

　「うるさかったから」

　叫んだ覚えのあるアスカは詰まる。

　「何であんたがここにいんのよ」

　「わたしの部屋は反対端」
　淡々と言うレイ。

　「騒ぐのは勝手だけど、わたしの部屋まで聞こえないようにして」
　それだけ言うとレイは身を翻した。


　「ちょっと待ちなさいよ！」
　呆然としていたアスカだが、何を思ったのかレイを追い駆ける。

　「なに？」
　振り返るレイ。

　「あんたの部屋見せなさい」

　「なぜ？」

　「いいから見せなさいよ！」

　訳がわからないまま承諾すると部屋へ向かうレイと続くアスカ。

　「ここ」
　ドアを開けたレイに構わず中に入り息を呑むアスカ。
　だがそのまま中に入りクローゼットを開け、冷蔵庫の中を見る。小姑のチェックのように。

　「なにをしているの？」

　冷蔵庫を開け固まっていたアスカが現実に戻ってくる。

　「これなに？」
　冷蔵庫の中のカロリー摂取用ビスケットと各種ビタミン剤を示して尋ねる。

　「食事。本部から支給されるわ」
　アスカの予想と違わぬ、だか間違っていて欲しかった答。

　「あんた、いつからここで暮らしてんの」

　「1年前。その前は本部にいたわ。その時もこんな部屋だったわ」

　何も言わないアスカ。

　「もういい？」

　「ええ」
　短く答えるとアスカは出て行った。

　「そう。やっぱりこの部屋は酷いのね」

　「そう言っただろ？」

　声を掛けたのはシンジだ。
　誰もいなかったはずなのにどこから入って来たのだろう？
　だがレイは驚いた様子も無かった。

　「ええ。あの人を見て確認できたわ」

　「ならもう良いね。行こう」

　頷くと2人の姿は消えた。

アスカ嬢お引越しです！
　レイ嬢と同じ状態に・・というのは思い付きです！！（きっぱり
　贔屓されている。という言葉は彼女の状況を知っても出てくるのか？という疑問からなんですけど。
　まあ、シンジ君とミサトさんは同居していないしアスカの家をどうしようかなー？という悩みもありましたけど、これで解決です。
　アスカ嬢がこれを聞いたら撲殺されそうですね・・・
　
　それでは次回もよろしくお願いします。

レイと同じ「贔屓」された状態を経験して、
アスカも何か得るものがあったことでしょう。
…というか、何か得てください（笑）

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