「綾波レイ14歳。マルドゥックの報告書によって選ばれた最初の被験者、 ファーストチルドレン。
　　　　エヴァンゲリオン試作零号機専属操縦者。 過去の経歴は白紙、全て抹消済み」

　　　「で、先の実験の事故原因はどうだったの？」

　　　「未だ不明。ただし推定では操縦者の精神的不安定が第一原因と考えられるわ」

　　　「精神的に不安定？あのレイが？」

　　　「えぇ。彼女にしては信じられないくらい乱れたのよ」

　　　「そう……ところで、初号機の事故の事。最初に渡された資料に載ってなかったのは何故？」

　　　初号機の事故とは、つまりシンジの母親である碇ユイの消失事故である。

　　　当初渡されていた資料にはそんなことは一言も掲載されていなかった。

　　　シンジの言葉から問い合わせたところ、あたらな資料を渡されたのである。

　　　「一応極秘扱いではあるし、個人のプライバシーの事もあったからよ」

　　　「……まあ、いいわ。……で、零号機の再起動のスケジュールは？」

　　　「予定通り、明日行うわ」

　　　「零号機、大丈夫なんでしょうね？」

　　　「それはやってみなければわからないわよ……。ところでミサト。ちょっと見てもらいたい物があるのよ」

　　　一枚の紙を受け取る。何かのグラフが書かれており、外部持ち出し厳禁、とある。

　　　「何……、これ、ちょっとどういうこと！？」

　　　「それに書いてある通りよ。まったく、謎だらけね」

　　　「これが……」

　　　見上げる先には先日倒した第四使徒。もう動かない抜け殻のようなモノだ。

　　　使徒にはまだ分からない点が多すぎる。それを少しでも解明するための分析が行われているのだ。

　　　「シンジ君ー！こっちこっち」

　　　呼ばれた先にはいかにも急造した部屋があり、コンピューターとモニタが無造作に置かれている。

　　　そこではリツコがなにやら入力作業をしているようだ。

　　　「で、何かわかった？」

　　　「これよ」

　　　モニターに映し出されたのは「６０１」という数字。

　　　「はい？」

　　　「解析不能を示すコードナンバー」

　　　……結局分からないって、ことか。

　　　「使徒は粒子と波両方の性質を備える光のようなもので構成されているのよ」

　　　「動力源はあったんでしょ？」

　　　「らしきものはね。でもその作動原理がサッパリなのよ」

　　　「まだまだ未知の世界なのねぇ……」

　　　「そうね、それにこれ」

　　　またモニターの画面表示が変わり、今度は訳がわからない絵が映し出される。

　　　題名には「4th ANGEL」つまり第四使徒とある。

　　　「これって……！」

　　　「そう、構成素材に違いは有っても信号の配置と座標は人間の遺伝子と 酷似しているわ。99.89％ね」

　　　……殆ど、人と同じ？

　　　あれが？

　　　「オーライ、オーライ……」

　　　なんだ……？

　　　部屋から顔を覗かせて声が聞こえた方を見る。

　　　紅い物体……あれは使徒のコアだろうか。それを冬月とゲンドウが見ている。

　　　「これがコアか。残りはどうだ？」

　　　「それが……劣化が激しく資料としては問題が多すぎます」

　　　「構わん。他は全て破棄だ」

　　　「はい」

　　　使徒の心臓……か。あれで人と殆ど変わらない遺伝子を持ってるなんて……。

　　　シンジの視力はかなり良い方で、ゲンドウの手の平が黒くくすんでいるのが目に付く。

　　　あれは……火傷？

　　　「シンジ君〜、どうしたの？」

　　　「……いえ」

　　　「ぬ……。お姉さんにしょーじきにいってみなさい？」

　　　顔は笑っていたが……悪魔の笑顔に見えた。

　　　「…………父さん、手に火傷してるみたいで」

　　　「火傷ねえ……。リツコ、知ってる？」

　　　「貴方がここに来る前、零号機が暴走したのは知ってるでしょ。その時、パイロットがプラグの中に閉じ込められたの。
　　　　プラグはかなり加熱していたんだけど、司令は素手でハッチをこじ開けたの。その時の火傷ね」

　　　……あの父さんが……？信じられない……。

　　　人を、放置してきた、あの人が。

　　　わからないのは、使徒だけじゃない。僕には、碇ゲンドウという人が、わからなかったんだ。

　　　学校の体育の授業。女子は水泳。男子はバスケとマラソン。

　　　プールの方を見ると、そこにはぽつんと取り残されているレイ。

　　　綾波……か。

　　　「お、先生。何熱心に見とんのや」

　　　トウジがじいっとこちらを見る。あれ以来、トウジとケンスケとは大分友人らしくなってきている。

　　　「……まあ、色々」

　　　「綾波か、ひょっとして！？」

　　　「あ、綾波の胸……綾波の……」

　　　全く……そんなんじゃない。

　　　「あいつ……何時も一人なのが、気になって」

　　　「まあ一年生の時に転校してきてから、一人も友達いてへんのや」

　　　「なんとなく近寄りがたいんだよ。シンジも最初、そうだったしな」

　　　「……そっか」

　　　綾波が喋っているのを聞いたことは殆ど無い。

　　　まあ自分もそんなに喋る方ではないと気づいて苦笑する。

　　　「同じパイロットならシンジの方が良く知ってるんじゃないのか？」

　　　「なにゆうとんのや。シンジと綾波が親しそうに話すところなんて想像できへん」

　　　「あ、そうだな。じゃあシンジも良く分からないってところか」

　　　「うん……」

　　　本当にその通りだったので、頷くしかなかった。

　　　「でもま、シンジはいいよなあ。ミサトさんや綾波みたいな美人に囲まれて」

　　　……そうなのか……？

　　　囲まれて、って言われても……仕事だから。

　　　「エヴァ初号機は第3次冷却に入ります。第6ケージ内はフェーズ3までの各システムを落としてください」

　　　目の前にはオレンジ色の零号機。明日の再起動実験に備えて色々整備をしているんだろうか。

　　　「先のハーモニクス及びシンクロテストは異常なし。数値目標を全てクリア」

　　　シンクロ率は漸く３０％を超えたが、テストの時にどうしても緊張してしまう。

　　　勿論、実戦の時にも、だが。

　　　やっぱり心の隅で恐怖を感じてしまう。いくら皆に安全といわれても……母が死んだ事には変わりなく。

　　　そういうのがこびり付いているんだろう。もはや病気かもしれない。

　　　……心の病か。早く出たいな、ここから。

　　　まだプラグの中から出れそうに無い。この狭い空間はやっぱり慣れそうにも無かった。

　　　綾波と……父さん？

　　　零号機の近くで楽しそうに話す二人。

　　　笑顔も浮かべている。あの二人が、だ。

　　　…………止めよう。見てもしょうがない。

　　　モニタを切り替える。

　　　その晩、葛城宅には珍しく来客が会った。

　　　「何よ、これ……」

　　　「カレーよ」

　　　……カレー……らしきもの。

　　　「相変わらずインスタントな食事ねぇ」

　　　ずらりと並ぶインスタント食品の数々。唯一の手作りは、このミサトの作ったカレーのみ。

　　　「御呼ばれされといて文句は言わない」

　　　せめて、僕が作るべきだった……かも。

　　　「葛城さんは……？」

　　　「むむ。シンジ君？帰り際にも言ったけど」

　　　カレーのルー……らしきものが入ったなべを持ったシンジ。

　　　ミサトの目の前にはお湯を注いだカップめんしかなく、どこに入れればいいのかわからなかったのだが。

　　　「今度からは、ミサトって名前で呼ぶようにって決めたでしょ？」

　　　何かの冗談か、とは最初思った。

　　　帰り際、車内でこんな事を言われた。

　　　――葛城さん、なんて他人行儀な呼び方は止めにして、ミサトって名前で呼ぶように――

　　　……あれは決めたというか、勝手に言っただけ。

　　　「そうでしたか……？」

　　　無駄と思いつつとぼけてみせる。

　　　「はい、普通に嘘をつかないように」

　　　ダメか……。

　　　「私がシンジ君って呼んでるのに、葛城さんって呼ばれるの違和感ありまくりよ」

　　　全然……。

　　　やっぱり……言わないと、いけないんだろうな……今までのパターン、全部そうだったし。

　　　意外とミサトは頑固で、一度決めたら絶対に曲げないのである。

　　　曲げないというか、実行されるまで激しく粘るのだ。

　　　…………はぁ、仕方ない。

　　　「ミサトさん」

　　　「あっは。ささ、ここに入れちゃって」

　　　その先にはカップめんしかない。

　　　そこに入れろ、と……？

　　　「……いいんですか？」

　　　「やぁね〜、いけるのよ」

　　　「は、はぁ……」

　　　どろどろとした、ルーっぽいのが注ぎ込まれる。

　　　「最初っからカレー味のカップ麺じゃねこの味は出ないのよ。
　　　　ふふ〜ん、 いっただっきま〜す。ス〜プとお湯を少なめにしとくのがコツよ〜」

　　　「……ぐっ！」

　　　「…………」

　　　カレーを食べたリツコとシンジだけが、何故か顔をしかめる。

　　　「か、辛い……」

　　　……辛い……。

　　　「ふっふっふ……。しかしその辛さに先には、旨みがじわ〜っと広がってきて、病み付きになっちゃうわよ？」

　　　……確かに、辛いが美味しい。以外に料理が下手ではないのが凄いところではある。

　　　「料理はだけど、その他がガサツじゃあね……」

　　　「うっさいわねぇ……あ、シンジ君。ビールもう一本！」

　　　太る気がします……。

　　　「あ、太ると思ったでしょ？」

　　　「……全然」

　　　「顔で分かるのよ〜。もー、でも大丈夫だからお願い〜」

　　　渋々小型冷蔵庫（ビール専用）から新しくビールを取り出す。

　　　「あ、忘れるところだった。シンジ君、頼みがあるのよ」

　　　「なんですか？」

　　　「綾波レイの更新カード渡しそびれたままになってて、悪いんだけど本部に 行く前に彼女のところに届けてもらえないかしら？」

　　　……自分で渡しに行けばいいのに、何で態々……。まあ、いいんだけど。

　　　「わかりました」

　　　セキュリティスロットに通すカードで、これが無いと本部へのゲートが開かない。

　　　一ヶ月単位でカードは更新されて昔のカードはその時点で使用不可。

　　　セキュリティの面では確かにいいが。

　　　「どうしたの、シンジ君。レイのカードをじーっとみちゃったりして」

　　　「なんでもないです」

　　　「ひょっとしてまさか……」

　　　カードをじっと見た理由を勘違いしているようだった。

　　　「セキュリティの事を考えていただけですから」

　　　「へぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。まーそういうコトにしておきましょ。でもレイの家に行くオフィシャルな口実が出来てチャンスじゃない？」

　　　何のチャンスだ……。

　　　「綾波のこと……よく、知りませんし」

　　　「いい子よとても。あなたのお父さんに似てとても不器用だけど」

　　　「……不器用？」

　　　「生きることが」

　　　「ここか……」

　　　草臥れたアパート。そこに彼女は住んでいる。

　　　インターフォンを何度押しても中から反応は無い。

　　　……参ったな。寝てるのか？

　　　「綾波？寝てるのか？」

　　　ドアを開けて中に向かって話すが、やはり反応は無い。

　　　どうする……。寝てる可能性は高いけど。女の子の部屋に勝手に入るなんて。

　　　…………ここに居ても仕方ないし、寝てたら見えやすいところにカードを置いて本部にいけばいい。

　　　どうせ今日は再起動実験だから、綾波は本部に来る。例え起こさなくても大丈夫。

　　　「…………失礼、します」

　　　靴を脱がないまま中に入るのだろうか？

　　　靴跡が散乱していて、とても汚い。だけどそのままで入るのも気が引けて、結局靴を脱いで中に入る。

　　　……何も無い部屋だ……。

　　　うちっぱなしのコンクリートの壁。血のついた包帯。無造作に置かれた薬。

　　　ベッドの上は空っぽで誰も居ない。その枕にも血がべったりとついている。

　　　メガネ……？

　　　机の上には男物のメガネが置いてある。レンズには皹が入っていて使えそうにも無い。

　　　そのメガネだけが、この部屋には不釣合いで目に止まった。

　　　メガネを手にとる……やはりレンズのひび割れが激しい。なんでそんなメガネを取ってあるのだろうか。

　　　……それに、この部屋。なんだか……牢獄みたいだ。

　　　キィ……。

　　　「え……？」

　　　バスタオル一枚で、殆ど裸の彼女。

　　　「あ……いや、ちょっと……」

　　　戸惑う僕にはお構いなく、スタスタと歩いてくる。

　　　彼女が何かを取り返そうと、手を伸ばす。

　　　メガネ……？

　　　渡そうとした途端、バランスを崩して……倒れた。

　　　カーン、カーン……。

　　　遠くに、聞こえる工事の音。

　　　絡まる、視線。

　　　カーン、カーン……。

　　　紅と黒が交わる。

　　　お互いに、言葉も無い。

　　　カーン、カーン……。

　　　なんだろう……この感じ、どこかで……

　　　……不思議、この人、知ってる気がする

　　　あの時には何も感じなかったのに、何で……？

　　　そう、ずっと昔から、知ってるような……どうしたの、私？

　　　懐かしい……？なんだろ、この湧き上がるような、このキモチ

　　　暖かい、温かい……カンカク

　　　君は――

　　　――貴方は

　　　……だれ？

　　　……だれ？

　　　その後のことは良く覚えていない。気づいたら本部のゲートまで来ていた。

　　　……我ながら、かなりの動揺ぶりではある。

　　　あの、不思議な感覚は、なんだろうか。

　　　「はぁ……」　　　

　　　考えても、仕方ない……。

　　　零号機の再起動実験があるんだから、気を取り直す。

　　　本部内は慌ただしく、独特の緊張感に包まれている。前に暴走したのだから、スタッフが緊張するのも当たり前ではあるが。

　　　「あ、シンジ君めっけ。遅かったのね〜」

　　　通路でばったりとミサトに出会う。

　　　「え、ええ……」

　　　「？　零号機の実験はじまるわよ、行きましょ」

　　　あれから、何分果たして経ったのだろうか――それもわからないままだった。

　　　「これより零号機の再起動実験を行う。第一次接続開始」

　　　今回も司令が直々に指揮をとって実験はスタートされた。

　　　様々な思いが渦巻く中、零号機はとうとう最後のプロセスまでやってきた。

　　　この後で、前回は暴走を起こしたのだ。

　　　「チェック2590までリストクリア……絶対境界線まで後2.5、1.7、1.2、1.0、0.8、0.6、0.5、0.4、0.3……」

　　　緊張が、ピークに達する。

　　　「0.2、0.1、突破。ボーダーラインクリア。零号機起動しました」

　　　ほう……っと安堵の息が漏れたようなアナウンス。

　　　一気に緊張が解かれていく。

　　　「碇、未確認飛行物体が接近中だ。恐らく第伍の使徒だな」

　　　「テスト中断。総員第一種警戒態勢」

　　　「零号機はこのまま使わないのか？」

　　　「まだ戦闘には耐えん。初号機は？」

　　　「380秒で準備できます」

　　　「……出撃だ」

　　　「はい」

　　　「レイ、再起動は成功した。……戻れ」

　　　ごぼっ……。

　　　肺から吐き出した空気が、LCLに散った。

　　　「目標は遠野沢上空を通過」

　　　今度の使徒も、かなり変わっている。

　　　表面はガラスであるが、ピラミットをくっつけたような形。

　　　次々と外されていくロックボルト。

　　　その初号機を、レイがじっと見つめていた。

　　　初号機を見つめているのか、もしくは――。

　　　「エヴァ初号機発進準備良し」

　　　「発進！」

　　　打ち上げたとたんに、使徒に変化が現れる。

　　　「目標内部に高エネルギー反応！」

　　　「何ですって！？」

　　　「円周部を加速、収束していきます」

　　　「まさか！？」

　　　同時に地上に射出が完了する初号機。

　　　「だめ！避けて！」

　　　「……え？」

　　　使徒から光が降り注ぐ。初号機と使徒の間にあったビルはあっという間に融解。

　　　そして強力な加粒子砲が初号機に、襲い掛かる。

　　　「あああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」

　　　「シンジ君！？」

　　　To be continued……

　　　次回予告

　　　ミサト「えっと、作者からコメントが……。何々、この物語は本編準拠ですが、細かい設定で違いが多々有ります……だって」

　　　リツコ「まあ、そうでしょうね」

　　　ミサト「今回は真面目に次回予告よっ！」

　　　リツコ＆レイ「……珍しい」

　　　ミサト「つか、あれっしょ。次回予告しなくても、きっと読者の方は想像ついてるわよ」

　　　リツコ「結局、しないのね……」

　　　ミサト「え……す、するわよ」

　　　リツコ「へえ……」

　　　ミサト「あの時、あの場所で何が有ったのか。シンジとレイ、二人には一体何が――」

　　　すぺーん、すぺーん

　　　ミサト「痛ったー！」

　　　リツコ「その系統は、おやめなさいって前にも言ったでしょ！」

　　　レイ「破廉恥……」

　　　ミサト「うう……二人で殴らなくても……つか、あれ、マジなんなの？」

　　　レイ「〜♪〜♪〜♪（口笛でごまかす）」

　　　リツコ＆ミサト「怪しい」

　　　ミサト「ま、ちょっとだけ謎が増えたわけね」

　　　リツコ「その分、真実にも近づくのではなくて？」

　　　ミサト「あー今日はここまで見たい。んでは、次回、
　　　　　　　新世紀EVANGELION・Another 第四話「激震！衝撃の事実がっ！！」よ、お楽しみに〜」

　　　ゲンドウ「フッ……問題ない」

　　　リツコ「う……沸いて出た」

　　　ミサト「は、はい、では次回も！？」

　　　ゲンドウ「サービス、サービス……」

　　　ミサト「怖っ……読者が減るわ……」

感謝の言葉：

縺れ合って倒れた時に感じた相手への不思議な感覚。
それは何を意味するんでしょう…？（＾＾）
後書きのレイちゃんはなにやらご機嫌な様子ですけど♪


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