「戻して早くっ！」

　　　緊急回収で戻されていく初号機。初号機のダメージは大きく、胸の装甲が抉れるように熔けている。　　　

　　　胸にかかる負担も想像以上でパイロットの心音が低下。

　　　緊急蘇生で心音は元に戻ったが、パイロットの意識は依然として戻らない。

　　　「プラグを強制排除して！早く！」

　　　プラグが加熱しているため機械でプラグのハッチを取り開ける。

　　　鼻から血を流してぐったりしているシンジ。

　　　「シンジ君っ！」

　　　あれは、何時の光景なのか。

　　　お母さん、お母さん。

　　　迷子のように泣きながら母親を探す子供。

　　　周りには沢山の人はいるけど、母親は見つからない。

　　　何時まで経っても、どれだけ探しても……。

　　　お母さん……。

　　　結局、見つけることは出来なくて。どうしていいか分からず、その子供は立ち竦くむ……。

　　　そんな――不思議なユメを、見て目が醒めた。

　　　「ぁ……生きてる……」

　　　人の気配がして、そちらを見るが目がぼやけて上手く見れない。

　　　「綾波……？」

　　　ベッドの傍らで、座りもせず、ただ立ったままこちらを見下げる彼女。

　　　「……気分は？」

　　　「わからない……」

　　　なんだか懐かしいユメを見たような気はした。

　　　どんなユメだったのかはもうぼやけてしまって覚えては居ない。

　　　体は……特に痛くも無い。平気だ。

　　　「使徒は？」

　　　「現在、使徒はネルフ本部の直上で移動停止。直径17.5ｍの巨大シールドでネルフ本部に進行中。
　　　　実験データから、近距離戦は棄却。極長距離にて高エネルギー収束体による一点突破の作戦が受諾。
　　　　同作戦をヤシマ作戦と呼称し、現在、戦略自衛隊研究所より徴発した試作自走陽電子砲、円環加速式試作２０型を改造中」

　　　彼女は自前のメモを見ながら喋っている。

　　　これだけ長い文章を詰まらず言えるのは凄いことではある。

　　　……遠距離から狙撃して倒すのか。

　　　「どうして遠距離に？」

　　　「目標は一定範囲に進入した敵を自動排除するため、近距離戦では極めて危険が大きく、
　　　　また目標のA・T・フィールドも相転移空間が肉眼で確認できるほど強力で、
　　　　初号機及び零号機のフィールド強度では中和も難しいからよ」

　　　やっかいな、敵なのか。今回のは。

　　　「……ヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。碇、綾波の両パイロットは本日１７：３０、ケージに集合。
　　　　１８：００、初号機及び零号機起動。１８：０５、発進。
　　　　同３０、二子山仮設基地到着。以降は別命あるまで待機。明朝、日付変更と同時に作戦行動開始」

　　　初めて零号機も出撃する……。

　　　「食事……」

　　　「……？」

　　　「食欲、ある？」

　　　「いや……大丈夫」

　　　何も無い病室で二人きり。周りの雑音なんて聞こえやしない。

　　　あの時と似てる……。綾波の部屋の時と。

　　　……何考えてるんだ……。

　　　「６０分後には出発よ」

　　　「また、アレと戦うのか……」

　　　独り言のような呟き。

　　　「怖い？」

　　　……怖くないと言ったら、それは嘘だけど。

　　　でも、やるしかない。

　　　「……大丈夫」

　　　「そう……。これ、新しいの」

　　　無菌パックにつめられたプラグスーツが毛布の上に置かれる。

　　　ようやく、自分が裸なのに気づいて顔が熱くなる。

　　　「……」

　　　何だろう。彼女の用はもう終わったんだと思うのに、全く動かないでこちらを見ている。

　　　……そういえば、綾波は何時からここに居るんだろうか。

　　　「じゃ、さよなら」

　　　その問いをするまえに、彼女は唐突に消え去った。

　　　決戦の地、双子山はまるで機械に埋め尽くされるかのようだ。

　　　大量の電力供給を必要とするため、太い電源ケーブル、変圧器、そして温度を安定させるための冷却システム。

　　　その仮説基地ではヤシマ作戦の詳細が伝えられていた。

　　　「本作戦における担当を伝達します。シンジ君」

　　　「……はい」

　　　「砲手を担当、レイは盾で初号機を守って」

　　　「了解」

　　　「シンクロ率でいけばレイの方が上だけど、零号機はフィードバックに誤差が残っているわ。
　　　　そう言う条件を加味すると、二人のオペレーション能力はほぼ同等。
　　　　今回はより実戦経験のあるシンジ君が砲手よ」

　　　実戦経験か……。でも、一撃で決めれればいいけれど、外した時の保険なのか？

　　　「陽電子や地球の自転、磁場、重力の影響を受け直進しません。
その誤差を修正するのを忘れないでね。正確に。コア一点のみを貫くのよ。」

　　　「……練習も無しに、ですか？」

　　　ケーブルが接続され、とても野戦向きとは思えないライフルを見ながら話す。

　　　「大丈夫。あなたはテキスト通りにやって。最後に真ん中にマークが揃ったらスイッチを押せばいいの。
　　　　後は機械がやってくれるわ。それから、一度発射すると冷却や再充電、ヒューズの交換などで次に撃てるまで時間がかかるから。」

　　　一撃で決めないと……。

　　　「私は。初号機を守ればいいのね」

　　　「そうよ、超電磁コーティングされている盾だから理論上、あの加粒子砲も１７秒は持つわ。
でもライフルの再発射は２０秒近くかかる……それを、忘れないでね」

　　　「時間よ、二人とも準備して」

　　　「……はい」

　　　「はい」　　　

　　　ミサトの言葉に押されるようにエヴァに向かう。

　　　「……」

　　　簡易更衣室で綾波は着替えをしている。

　　　シンジはここに来る前にプラグスーツを着込んでいるのでその必要は無く、ベンチに座って自分の拳を見つめていた。

　　　……綾波に負担をかけるわけには行かない。

　　　その想いが逆にプレッシャーとなって、ずしりと肩に圧し掛かる。

　　　不思議な子だよな……綾波って。

　　　遠い昔から、知ってるような――。

　　　なんだろうか、あの不思議な湧き上がるようなあのキモチは。

　　　「碇君」

　　　「……何？」

　　　「怖い？」

　　　聞かれるのは、二度目かな。

　　　そんなに分かり易いほど動揺していないと、思うんだけど……。

　　　「だから……大丈夫。むしろ――自分より、綾波に怪我、させるのが怖いのかも――」

　　　自分が驚くほど、素直に気持ちを吐き出していた。

　　　「――――」

　　　ピタリと、彼女の動きが止まった事をシンジは気づかなかった。

　　　日本から明かりが消えていく。真っ暗な夜。

　　　光が消えたためか、いつもより星がはっきりと見える。

　　　二人はエヴァの近くに設置された搭乗用ルームでその時を待つ。

　　　「……綾波は、どうしてエヴァに乗るの？」

　　　「絆……だから」

　　　「父さんとの？」

　　　「……皆との」

　　　絆……。それだけのためにエヴァに乗る……。強いのかもしれない、綾波は。

　　　チラリと横目でレイを見る。その表情はいつも通り冷静そのものだ。

　　　「そう……」

　　　「私には、他に何もないもの」

　　　……何も、無い？

　　　「どうして……？」

　　　「私はエヴァに乗る事しか知らないから」

　　　「――――」

　　　それしか、知らない……。過去の履歴は抹消済みって……彼女には過去も、未来も無いのか。

　　　「……違う」

　　　驚いたようにはっとシンジを見つめるレイ。

　　　「生きていれば、きっと……何か見つけれるはずだよ」

　　　「……そう、かもしれない」

　　　生きていれば、きっと――。

　　　「そんな、悲しい事、いうなよ……」

　　　それしか、知らない彼女。他の楽しい事も、辛い事も、何も知らないで。

　　　「そんなの、悲しすぎる……じゃ、ないか……」

　　　「……ごめんなさい」

　　　暫しの沈黙……そして。

　　　「行こう……。もう、時間だ」

　　　「……」

　　　スッと立ち上がるシンジ。それと同じくレイも立ち上がる。

　　　「死なせない。必ず」

　　　「…………貴方も、死なないわ」

　　　「え――？」

　　　「私が、守るから」

　　　……もしかしたら、私が生きる意味は。

　　　彼を守ることなのかも、しれない……。

　　　「午前０時０秒です」

　　　時報と共に作戦がついにスタートを切る。

　　　「シンジ君！日本中のエネルギー、あなたに預けるわ。がんばってね」

　　　「はい」

　　　日本の全ての電力がここに集約される。物凄い熱量でケーブルからは白い煙が上がり始める。

　　　冷却システムで温度は安定しているが……果たしてこの大出力で連続して発射するのは厳しいかもしれない。

　　　インダクションモードに変更し、射撃用バイザーが降りてくる。

　　　「全エネルギーポジトロンライフルへ！」

　　　撃鉄を起こし、標準が合うのを……後は待つのみ。

　　　「カウントダウン開始、１０、９、８、７……」

　　　まだ標準マークは揃わない。エネルギーが集まっても誤差修正で時間がかかる。

　　　「目標内部に高エネルギー反応！」

　　　「……なっ！」

　　　リツコの驚きの声と同時に、マークが……使徒の中心部を捕らえた。

　　　……当てる！

　　　ポジトロンライフルから青い光の一線が飛ぶ。

　　　その一線は使徒から放たれた加粒子砲の影響を受けて捻じ曲がり、見当違いの所に着弾した。

　　　撃ち返してきたっ……！

　　　「ミスった！？」

　　　即座にヒューズを交換する。

　　　「目標内部に再び高エネルギー反応！」

　　　……綾波っ

　　　使徒から再び放たれる光。それは一直線に初号機へ向かってくる。

　　　だが、当たる手前でシールドに阻まれた。

　　　「再充電完了、誤差修正開始」

　　　く……まだなのか！？

　　　まだマークは揃わない。

　　　「た、盾がもう持たない！」

　　　な……！１７秒は持つんじゃなかったのか！？

　　　ドロドロと飴のように溶け始める盾。

　　　早く……早く揃ってくれっ！

　　　祈るように心の中で叫ぶ。このままでは盾が無くなり零号機に加粒子砲が直撃する。

　　　お願い……だからっ！

　　　何かを、こんなに強く思った事は……初めてかもしれない。

　　　｢！？　誤差修正よし！」

　　　その時、信じられない速度でターゲットマークが使徒に合わさった。

　　　渾身の力でトリガーを絞る！

　　　使徒の加粒子砲の上を通り、陽電子が使徒を貫き燃えながら、使徒は落下していく。

　　　そんな事よりも……零号機の方にシンジは駆け寄る。

　　　盾はもう跡形もなく、零号機の装甲が熔けている。

　　　「綾波っ！」

　　　プラグカバーを毟り取ってプラグを排出させる。すぐさま中のLCLが排水されプラグを地面に置く。

　　　エントリープラグの表面でさえ、熱で溶けている場所が多い。

　　　こんな中に居たんじゃ……！早く助けないと！

　　　「ぐぐぐ……！」

　　　ハッチを無理やりこじ開ける。手の平から煙が出るくらい加熱している。

　　　もちろん焼けるような熱さが手の平にはあったが……そんなのはどうでもよかった。

　　　「綾波！」

　　　中にはシートにぐったりとしている彼女が居た。

　　　ちゃぷ……。

　　　まだLCLがプラグの中に残っている。

　　　そっと生きてるのを確かめるために、抱き起こす。

　　　……軽い。

　　　びっくりするほど軽い、彼女の体。

　　　「…………碇、君」

　　　彼女の瞼がゆっくりと開けられて、赤い瞳がこちらを見つめる。

　　　「よ……よかった……」

　　　涙が頬を伝う。

　　　シンジは気づかなかったが、自分の顔が自然に笑顔を作っていた。

　　　それを見てレイの顔も笑顔になっていく。

　　　その笑顔は……本当に天使みたいだったんだ……。

　　　それから数日後。使徒の撤去作業やら、身体の精密検査やらで学校には行っていなかった。

　　　今日から、またいつも通りに。

　　　あの後、抱き合ってる……つもりは無かったんだけど、葛城さんに散々からかわれた。

　　　……恥ずかしいって思ったのはその後。

　　　あの時はそれが自然だったから、そういう感情が無かったんだ。

　　　「あ、今日進路相談でしょ？」

　　　焼きたてのトーストを口に放り込むミサト。

　　　「……ええ」

　　　進路相談……か。父さんが来るわけが無い。

　　　「私がいくから大丈夫よん〜」

　　　「いいんですか……？」

　　　「もち、保護者だし。任せてよ」

　　　それなら、まあいいか……。仕事で忙しいのに何か悪いな。

　　　「じゃあ……行って来ます」

　　　「いってっしゃい〜」

　　　パタパタと手を振りシンジを送り出す。家から出たのを見計らってミサトは何所かに電話をかけた。

　　　「今、家を出たわ。後のガード宜しく」

　　　「いいよなぁ、シンジ。ミサトさんと暮らせるなんて」

　　　通学路で突然ケンスケがそんな事を言う。

　　　「……そうでもないよ」

　　　炊事洗濯なんて殆どシンジの仕事である。

　　　「男の夢やんか」

　　　「二人は……あの人のだらしなさを知らないからそう言うこと言えるんだよ」

　　　「「ハイハイ」」

　　　呆れたような二人。……なんだよ。

　　　学校に着いて教室へ向かう。生徒はまだ結構居るようで活気があった。

　　　「おはよう……碇君」

　　　その途中でばったりとレイに会う。

　　　「おはよう。……体は大丈夫？」

　　　「……うん。じゃあ……」

　　　それだけを言って、スタスタと彼女は教室の方向へ去っていく。

　　　「シンジ、おまえ綾波となんかあったのか？」

　　　びっくりしている二人。

　　　「……え？」

　　　「あいつが挨拶してるとこなんて初めてやわ」

　　　そうなのか……。

　　　それから進路相談が始まった。

　　　トウジとケンスケはミサトさんが来る事に大はしゃぎだったけど。

　　　「碇君は成績は優秀ですから、どこの高校にもいけそうですよ」

　　　担任の教師が成績表を見ながら切り出す。

　　　「シンジ君、行きたいところとかあるの？」

　　　「……まだ、特には」

　　　将来の、夢……。そんなの、考えた事……なかったな。

　　　次の日。朝からミサトはスーツで何所かに出かけた。

　　　いつもラフな格好で朝が弱いからびっくりはしたんだ。

　　　昼下がりの学校。いきなり招集がかけられた。

　　　「使徒……？」

　　　……綾波？

　　　何時の間にいたんだ……。

　　　「……違うみたい、だけど。召集は僕だけだし」

　　　「そう……じゃあ」

　　　「行ってくるよ」

　　　なんでもJAとかいうロボットが暴走して、炉心融解の危険性があるからそれを止める為の出撃。

　　　ミサトさんが直接乗り込んで、JAの全てのプログラムを抹消して停止させるらしい。

　　　JAは最後の最後で停止して炉心融解は無かった。

　　　進路相談の後から、何もやる時が無い時間は将来について考えてしまう事がある。

　　　夢……僕は、何かしたい事があるんだろうか……。

　　　自分の未来の姿がどうしても想像できない。

　　　もう少し時間をかければ見えてくるのだろうか？

　　　漠然としすぎてやっぱり想像できないで居る。

　　　そういえば……使徒との戦いは何時まで続くんだろう……。

　　　ずっと？　いや……きっと終わる日が来る。

　　　分からないけど、そう思う。

　　　そうしたら……分かるかもしれない。未来が。

　　　あ……。

　　　ふと気づいた、ほんの些細な事。

　　　綾波、さよならって言わなくなったな……。

　　　To be continued……

　　　次回予告

　　　ミサト「出番少ないーーー！」

　　　リツコ「……今回は何行くらいあったのかしら……」

　　　レイ「細かい事は気にすんなよ」

　　　ミサト＆リツコ「キャラ違うし」

　　　ミサト「そうそう、何か台風がくるみたいよ」

　　　レイ「台風……」

　　　リツコ「そんな予報はなたっか気がするけど」

　　　ミサト「おほほ」

　　　レイ「……」

　　　リツコ「まあ、台風って嫌だけど、過ぎ去った後は雲一つない日本晴れになるから、私は嫌いじゃないけど」

　　　ミサト「ということで、次回、新世紀EVANGELION・Another 第伍話「嵐の後に……」よ、お楽しみに〜」

　　　リツコ「天気予報も当たらないけど、貴方の予告も当たらないわね」　　　

　　　ミサト「うっさい！」

感謝の言葉：

原作のシンジと違い、未来を考えようとする姿勢がでてきたのは
いい傾向ですね♪　それにレイも小さいけど、ちょっとだけ
前向きな気持ちが見えてきた感じですし。

さ、続きが読みたいと思った人は感想メールで催促しましょう♪