ピッ。短い電子音の後、機械からクリーニングされた衣類を取り出す。

　　　「これじゃ毎回のクリーニング代がばかにならないわね」

　　　「自分でお洗濯できる時間くらい欲しいですね」

　　　２４時間営業のクリーニング屋。偶然かリツコの他にオペレーターのマヤと青葉も居る。

　　　「家に帰れるだけまだましッスよ」

　　　クリーニングし終わった服を紙袋に詰め込んで出勤する。

　　　「あら……副司令」

　　　がらんとしたネルフ専用のリニアには新聞で顔を隠した冬月だけが乗っていた。

　　　「「お、おはようございます！」」

　　　リツコとは正反対に緊張した面持ちと声で挨拶する二人。

　　　「ああ……おはよう」

　　　「今日はお早いですね？」

　　　「碇の代わりに上の町だよ」

　　　呆れたように肩をすくめる冬月。

　　　「ああ、今日は評議会の定例でしたね」

　　　「くだらん仕事だ。碇め昔から雑務はみんな私に押しつけおる。ＭＡＧＩがいなかったらお手上げだよ」

　　　「そう言えば市議選が近いですよね？上は」

　　　「市議会は形骸に過ぎんよ。ここの施政は事実上ＭＡＧＩがやっておるんだからな……。
　　　　そう言えば零号機の実験だったかな？そっちは」

　　　新聞を畳んでひざの上に置く。

　　　「ええ。本日１０：３０より第二次稼働延長試験の予定です」

　　　「朗報を期待しとるよ」

　　　ビーーーーーーーッ！

　　　「実験中断！回路を切って！」

　　　試験室の明かりも同時に落ちる。

　　　「回路切り替え」

　　　「電源回復します」

　　　「問題は……やはりここね」

　　　機体部品のある一箇所を指差すリツコ。

　　　「はい。変換効率が理論値より０．００８も低いのが気になります」

　　　「ぎりぎりの計測誤差の範囲内ですが、どうしますか？」

　　　オペレーターの一人が責任者であるリツコの指示を仰ぐ。

　　　「もう一度同じ設定で、相互変換を０．０１だけ下げてやってみましょう」

　　　「了解」

　　　「では、再起動実験、始めるわよ」

　　　「あーあ、進路相談かぁ……」

　　　学校の帰り道。シンクロテストのためネルフに向かう三人。

　　　真横のアスカが一枚の用紙をひらひらとさせている。

　　　「……アスカは、どうするの？」

　　　夢。未来の夢。

　　　「まだわかんないわよ。今はエヴァがあるし」

　　　「……そう」

　　　「ファーストは？」

　　　シンジをすり抜けてレイに問うアスカ。

　　　「しらない……」

　　　「……ハ、アンタに聞いたあたしが馬鹿だったわ。シンジは？」

　　　「全然……実感無くて。わからない」

　　　少し俯き加減に答えるシンジ。

　　　「ほらそんなに下向いてると車に轢かれるわよ！」

　　　「そう、だね……」

　　　信号機の前でピタリと止まる三人。

　　　なんでもない話題とか、とりとめも無い事をアスカは良く喋るのだが……今日は静かだ。

　　　「ったく……早く青信号にならないかしらね……は？」

　　　歩行者信号機を見つめたアスカがぽかんと口をあけて固まってしまった。

　　　……あれ……信号機、壊れてる……？

　　　青か赤のどちらか必ず光っているはずのそれは、切れた電球のように真っ暗だった。

　　　「故障……かな」

　　　「むう、じゃあとっとと渡りましょ。どーせ車も殆ど通ってないし、ココ」

　　　横断歩道を車を気にしながら渡る。

　　　スタスタと反対側に渡る中、シンジだけが真中で止まった。

　　　「……碇君？」

　　　「信号……全部壊れてるみたいだ」

　　　「は？んなわけ……」

　　　シンジが見つめる方向――そこには自動車用の信号機がある。

　　　全部、真っ暗だった。

　　　ネルフ本部の一角にあるエレベータールーム。

　　　開いたエレベーターの中にはミサトの姿。

　　　「おーーーい！ちょいと待ってくれー！」

　　　一直線にエレベーターに突進してくる加持。

　　　それを無視するかのように平然と閉を押すミサト。だが、扉が閉まる瞬間手が差し込まれて閉まりかかったドアが開く。

　　　「ちっ！」

　　　仕方なく加持を入れてもう一度閉を押す。

　　　「ふぅーっ！走った走った。こんちまたご機嫌斜めだね」

　　　「来た早々あんたの顔見たからよ」

　　　プイと加持から顔を反らす。

　　　「つれないなぁ……俺と葛城の仲じゃないか」

　　　「あんたとはもうなんでもないのよっ！」

　　　と、エレベーターの照明が落ちる。

　　　下降していた動きもいっしょに止まった。

　　　「あれ、停電かしら？」

　　　非常用の薄赤い光に包まれる。

　　　「赤木が実験でもミスったか？」

　　　「でもまぁ……すぐに予備電源に切り替わるわよ」

　　　ここの電源設備は正・副・予備の三系統あり、どれか一つが動作しなくなっても他の二つがある限りすぐに復旧するはずなのだ。

　　　しかし……いくら待っても明かりは戻らない。

　　　「おかしいわ。全然復旧しないなんて」

　　　「ということは、全部死んでるってことかな」

　　　こんな状況でも加持の様子はいつもと変わらない。むしろ楽しんでいるのかもしれないが。

　　　「マズイわね、ネルフの施設全部電気落ちてるんでしょ？こんな時に使徒でも来たらえらい事よ」

　　　「そうならないように早く復旧する事を祈ろうか？」

　　　その頃、府中にある戦自総括総隊司令部では使徒を捕捉していた。

　　　「おそらく八番目のやつだ」

　　　「ああ、使徒だろう」

　　　「どうします？」

　　　「一応警報シフトにしておけ。決まりだからな」

　　　「どうせまたやつの目的地は第三新東京市だ」

　　　「そうだな。ま、俺たちがすることはなにもないさ」

　　　進路予想図が表示され相模湾から熱海方面への上陸予想が画面に映し出される。

　　　続いて使徒の姿が別モニターに出る。今回もまた奇妙な姿で巨大な蜘蛛に目の模様が沢山ついている。

　　　「使徒、上陸しました」

　　　「依然進行中」

　　　「第三新東京市は？」

　　　「沈黙を守っています」

　　　「いったいネルフの連中は何をやっとるんだ！？」

　　　「ダメです、ネルフと連絡が取れません！」

　　　電話の受話器を耳につけたままオペレーターが叫ぶ。

　　　「むう……なにやら非常事態がネルフで起きているようだな……仕方ない。久々に我々の出番かな」

　　　まずは市民の避難、そしてネルフ本部への連絡。司令官の一人は直ちに指示を各部隊に出した。

　　　一方チルドレンたちはネルフ本部には何とか着いたものの、

　　　電気式のゲートは全く使えず非常用ルートでジオフロントを目指していた。

　　　「まっくらねぇ……」

　　　明かりも何も無い通路をただひたすら歩く。

　　　……電気が使えないだけでこんなに不便なんて。

　　　いつもなら２分で到着するのにさ……。

　　　「げ……分かれ道」

　　　暫く歩くと右と左に通路が分かれている場所に出た。

　　　「…………こっちよ」

　　　迷わず左を進むレイ。その後をついていく二人。

　　　「アンタって司令のお気に入りなんですってねぇ」

　　　お気に入り……？綾波が？

　　　「いつもすまし顔で入られるしさぁ」

　　　「……」

　　　無表情のレイが気に入らないのか、それとも自分の前を歩く彼女が許せないのか。

　　　皮肉がたっぷり篭ったアスカの言葉にもレイは全く反応しない。

　　　「やめろよ……こんな時に」

　　　レイをかばうようなシンジの台詞に更に苛立ったのか、レイの前に遮るように飛び出す。

　　　「アンタッ！ちょっと贔屓にされてるからってナメないでよね！」

　　　「……別になめてなんか居ない。それに贔屓にされてない。自分でわかるもの」

　　　「だったら人が話しかけたら反応ぐらいしなさいよ！」

　　　「そう……」

　　　「ッ！アンタねっ！」

　　　振りかざしたアスカの右手。怒りに任せてレイの頬を撃とうとする。

　　　……ガッ。

　　　だが、その右手はシンジにつかまれる。

　　　「アスカ……」

　　　喧嘩なんかしている場合じゃ……ないのに。　　　

　　　二人が言い争っている間にシンジは上の方から聞こえる拡張された声を聞いていた。

　　　――使徒、接近中。繰り返す、使徒、接近中――

　　　そう、こんなことしている場合ではないのだ。

　　　「なによっ！？」

　　　「使徒、来てるみたい……」

　　　「ウソ！」

　　　……ため息。

　　　「あああああ！こうしちゃいられないわ、急ぐわよ！」

　　　そしてジオフロントに向けて駆け出した……。

　　　「これは……手じゃ開けられない……」

　　　見上げる先には巨大な扉がある。壁にはＲ−０１５という表示。

　　　ここを抜ければ発令所に着くはずなのだが……。

　　　「仕方ないわ……ダクトを破壊して、そこから進みましょう」

　　　どこからか持ち出した鉄パイプを手にするレイ。

　　　「貸して、綾波」

　　　……女の子じゃ、ちょっと辛い……よな。

　　　渾身の力で鉄パイプをダクトに叩き付ける。

　　　一回……二回……。

　　　段々と歪んでいくダクト。最後は思い切り足の裏で蹴り上げる。

　　　ガゴッ！！

　　　ダクトの一面がぽっかりと開いて人が通れるくらいのスペースが出来た。

　　　「いっとくけど、シンジ。アンタが先頭よ！」

　　　「……？別にいいけど……どうして？」

　　　「ば、ばか！あたし達が前だったら……そ、その……パ、んつ……が……」

　　　真っ赤になって黙り込むアスカ。そんなアスカを不思議そうに見つめるレイ。

　　　……ああ、そういうことか。

　　　「いくよ……」

　　　シンジを先頭にダクトを進んでいく。

　　　「狭いわねえ……」

　　　後ろからはアスカの文句が聞こえるが、それには答えずひたすら進む。

　　　「一体どのくらい進んだら……キャッ！」

　　　……唐突に、床が抜けた。

　　　三人の重さに耐え切れなかったのかは分からないが、とにかく落ちる。

　　　衝撃に身構えるアスカ。

　　　「っ！！」

　　　……あ、れ？痛く……ない？

　　　「っう……」

　　　代わりに聞こえてきたのはシンジの声。

　　　どうやら咄嗟にアスカの下敷きになったらしかった。レイは……綺麗に着地を決めている。

　　　フルフルと頭を振るシンジをアスカは何も言わずに見つめていた。

　　　「貴方達！」

　　　喜ぶようなリツコの声。

　　　「エヴァは……？」

　　　「準備できてるわよ」

　　　「何も、動かないのに……」

　　　「電気がなくても人の手で動かせるわ……。司令のアイディアよ。ほら、あそこ」

　　　しんじ……られない。

　　　父さんが、必死でロープを引っ張っている。

　　　汗まみれで懸命に……。

　　　「碇司令はあなた達が来ることを信じて準備してたの」

　　　「全機補助電源にて起動完了」

　　　「第一ロックボルトはずせ」

　　　ミサト不在のためゲンドウが直接指示を出す。ハンマーでパイプを破壊する作業員。

　　　「二番から３２番までの油圧ロックを解除」

　　　「圧力ゼロ。状況フリー」

　　　「かまわん。各機実力で拘束具を強制除去……出撃しろ」

　　　三機のエヴァが自力でアンビリカルブリッチを押しのけて動けるように準備する。

　　　「非常用バッテリー搭載完了！」

　　　「よし、行けるわ。発進！」

　　　非常用の板状電池を搭載してエヴァが出撃する。

　　　主電源が無いため稼働時間は短い。

　　　四つんばいになりながらゲートをくぐり、行く手を阻む扉を蹴り飛ばす。

　　　今度は縦穴をロッククライミングのようによじ登る。

　　　「かっこわるゥ…………ん、何？」

　　　先頭を行くアスカの視線にオレンジ色の液体が映る。

　　　それは自分の下の零号機の電池部分に降りかかり……音を立てて解ける。

　　　「いけない……！避けて！」

　　　「え……？キャアアアア！」

　　　大量の液体が降りかかり、何とか避けようとするが足にかかってバランスを崩した。

　　　……わっ！！

　　　バランスを崩した弐号機が零号機にぶつかり、ドミノ崩しのようにシンジに押し寄せる。

　　　パレットライフルを投げ捨てて思いっきり踏ん張る。

　　　「ぐぐぐ……！」

　　　手足から火花が飛ぶ。なんとか全員で仲良く落下は食い止めた。

　　　アスカから順番に横穴に一度撤退して体勢を立て直す。

　　　「目標は強力な溶解液で本部に直接侵入をはかってるつもりね……」

　　　レイの考察にシンジが付け足すように話す。

　　　「ライフルは……落としたし。稼動できるのも後少し……」

　　　「状況は悪いわね。……でも打つ手が無いわけじゃないわ」

　　　「……何？」

　　　「いい？ココに留まる機体がディフェンス。敵のA・T・フィールドを中和しつつ溶解液からオフェンスを守る。
　　　　バックアップは落下してライフルを回収、オフェンスに渡す。そしてオフェンスがライフルの一斉射撃で目標を破壊」

　　　「いいわ……ディフェンスは私が――」

　　　「おあいにくさま、ディフェンスは私がやるわ」

　　　レイの瞼がピクリと動く。

　　　「……どうして？」

　　　「どーしてもよ。シンジがオフェンス、ファーストがバックアップ！さあ行くわよ！Ｇｅｈｅｎ！」

　　　それ以上質問させないようにアスカは飛び出す。

　　　盾となった弐号機に容赦の無い使徒の攻撃。

　　　大量の溶解液が降りかかり、弐号機のボディが音を立てて解ける。

　　　なまじシンクロ率が高い分パイロットへのフィードバックも高い。

　　　それだけパイロットには負担――痛みがかかる。

　　　……アスカ、何で……。

　　　理想的なのはシンジがディフェンス、アスカがオフェンス、レイがバックアップだろう。

　　　下降する零号機。逆噴射を翔けて着地しライフルを拾い上げる。

　　　幸いライフルは無事のようで、上にいる初号機に向かってライフルを投げた。

　　　……私、気分がおかしい。何故？

　　　ディフェンスは……あの人。

　　　私……碇君を守りたかった……だから気分がおかしいのね。

　　　レイの頭の中ではディフェンスが自分、シンジがオフェンス、アスカがバックアップとなっていた。

　　　三者三様の配置。

　　　シンクロ率が一番高いあの人がバックアップすれば早くオフェンスは攻撃できる……。

　　　見上げるレイ。その先では初号機がライフルを掃射していた。

　　　「あーーーーーーーーーー！もう、何で開かないのよ！非常事態なのよ！」

　　　エレベーターに閉じ込められていたミサトと加持。

　　　トイレが我慢できなくなったためミサトを肩車してハッチから出ようと奮闘中。

　　　「こら加持！上見ちゃダメっていってんでしょ！」

　　　「ハイハイ……」

　　　「あ、あれあれ？？」

　　　パッと明かりがついてエレベーターが突如動き出す。

　　　バランスを崩して床に落ちるミサト。加持は……その下敷きになった。

　　　チン！

　　　エレベーターが止まり扉が開く。そこにはリツコとマヤ。そして日向。

　　　「…………っ」

　　　そんな二人の様子を見てコメカミがひくつくリツコ。

　　　「不潔」

　　　真横にいたマヤの台詞が冷たく降りかかった。

　　　To be continued……

　　　次回予告

　　　ミサト「…………（灰）」

　　　リツコ「ひい！？み、ミサト！？」

　　　ミサト「…………」

　　　リツコ「……」

　　　ミサト「…………………………」

　　　リツコ「………………」

　　　ミサト「所詮、奇跡なんて起こらないのよ」

　　　リツコ「はあ？」

　　　ミサト「奇跡なんて所詮言い訳に過ぎないわよ」

　　　リツコ「……もらしたのね」

　　　ミサト「うううううううううう（涙）」

　　　リツコ「……」

　　　ミサト「奇跡なんて……信じられないわよ、クスン」

　　　リツコ「無様すぎて何もいえないわ……」

　　　青葉「次回、パターン青、使徒！……じゃなくって」

　　　日向「次回、新世紀EVANGELION・Another 第八話「奇跡の価値は」。世露死苦！」

　　　青葉「数少ない台詞が……」

感謝の言葉：

ミサト…哀れ。というか、加持さん、ご愁傷様です（＾＾；）

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