「アスカ、どうしてスタートが遅れたの？」

　　　あの後――アスカだけミサトに呼ばれ、作戦部長室に居た。

　　　「わ、悪かったわよ……ちょっと考え事してただけ」

　　　「なにを考えてたの……？最近元気無いし」

　　　「あの時……」

　　　――「皆が、思ってるほど――良い物じゃない」――

　　　あれは、どういう意味なのだろうか。

　　　その言葉がずしりと胸に刺さったまま、抜けようとはしない。

　　　あの、悲しいような怒るような、なんとも言えないシンジの顔が焼き付いて。

　　　「どういう事なの？ミサト」

　　　「それは――――――」

　　　その言葉を、驚きをもって聞く事になる。

　　　数日後、ネルフ本部ではＭＡＧＩシステムの定期検診が行われていた。

　　　素早い手つきで入力していくマヤを時折一瞥するリツコ。

　　　「流石マヤ。早いわね」

　　　「それはもう先輩の直伝ですから」

　　　「あ、そこＡ８の方が早いわよ。ちょっと貸して」

　　　コントロールを自分の所に移してキーを叩く。

　　　そのコマンド入力はマヤの比ではない。

　　　「さ、流石先輩……」

　　　その速さに目を見張るマヤ。

　　　「ＭＡＧＩの診断終わったぁ？」

　　　システムチェックの進み具合を見に来たのはミサト。

　　　「大体ね。今日のテストには間に合わせるわ」

　　　「同じモノが三つもあって大変なのにね」

　　　「仕事だし、約束は守るわよ」

　　　ふっと笑う。ミサトの表情も和やかである。

　　　「ところで……そっちの生活は上手くやってる？」

　　　「んー。まあ大丈夫よ。……今のところはね」

　　　「何か含みがある言い方ね」

　　　マグカップに溜まったコーヒーを飲み込む。温くなった為か苦味が強い。

　　　「ほら、アスカも色々あるのよ。多感な年齢だし」

　　　「なるほどね」

　　　ＭＡＧＩシステムが再起動に入ったアナウンスが流れる。

　　　ここからは自己診断モードに入り、もう人の手は必要ない。

　　　「第１２７次定期検診、異常なし」

　　　「了解。お疲れさま。みんな、テスト開始まで休んでちょうだい」

　　　手元のマイクを引き寄せ休憩を伝える。

　　　「アスカの方の原因はわかるんだけど、さ」

　　　コーヒーメーカーのジャグカップに溜まったコーヒーをカップに注いで飲み干すミサト。

　　　「その割にはシンクロ率は良いわよ？ほら、この前の使徒戦でもシンクロ率の新記録出したし」

　　　９０％に届きそうなシンクロ率を一時的にではあるがアスカは出している。

　　　「アスカも、色々と傷を負ってるから……心配なのよ。いつか悪い方向に向かうんじゃないかってね」

　　　「……しっかりしなさいな。保護者さん」

　　　「わかってるわよ」
　

　　　「……はぁ」

　　　今日はオートパイロットと呼ばれる特殊なテストがある日。

　　　シンジは更衣室でのろのろと着替えをしている。

　　　……疲れてる、かな。

　　　元々一人で居る事になれていたシンジ。

　　　ここに着てからミサトという同居人ができ、そして同い年の女の子もプラス。

　　　元気に満ち溢れていたその子が、ここ暫く沈んでいる。

　　　沈んでいるというか……ぼーっとしてたり、考えに耽っているようで。

　　　どうしたの？って聞いても、何時も「なんでもないわよ」だし……。

　　　結局僕はアスカの何がそうさせているのか、全くわからない。

　　　「はぁ……」

　　　何度目かのため息。

　　　……ん？なんで、僕まで気が沈むんだろうか。

　　　わからない……。

　　　もう考えてないで行こう。何時までもここに居るわけにも行かないし。

　　　更衣室を出たところには綾波が居た。

　　　「行きましょう」

　　　「……うん」

　　　プラグスーツを着たまま長い廊下を歩く。

　　　「今日の、テストって……どういうのか知ってる？」

　　　「……オートパイロット。プラグスーツの補助なしに、直接シンクロしその誤差を測るテスト」

　　　プラグスーツの補助無しに……？

　　　「それって……」

　　　「もう着くわ」

　　　テストルームのシャワー室手前。ぽつんと赤いプラグスーツが目に飛び込む。

　　　「……遅かったじゃない」

　　　気のせいかもしれないが、ちょっとご機嫌ナナメのアスカ。

　　　「ちょっと、考え事してて……」

　　　「ハン！大方その女とでもいちゃついてたんじゃないの！？」

　　　……なんでだよ。

　　　「どうしてそういうコト、言うの？」

　　　そんな二人の会話に割り込んできたのはレイ。

　　　「気に障った？珍しいわねぇ」

　　　壁に凭れ掛かかっていたアスカがゆっくりと壁から体を離す。

　　　痛々しいアスカの台詞。

　　　また、喧嘩……。

　　　「…………」

　　　綾波は何も言わない。ただ、視線がいつもより、厳しい。

　　　「やめろよ……」

　　　どうしていつもこう……喧嘩になるのか。

　　　「……フン」

　　　そっぽを向いて一人先にシャワールームに入っていく。

　　　「……行こう？」

　　　「ええ……」

　　　気まずい雰囲気を引き摺ったまま、ドアを開くボタンに手を置いた。

　　　「ここから先は超クリーンルームよ。三人ともプラグスーツを脱いで頂戴」

　　　部屋に設置されたスピーカーからはリツコの声が聞こえる。

　　　……やっぱり、裸になるのか。

　　　プラグスーツを脱ぎながら、白い壁を見つめる。

　　　その方向には……女子専用のシャワールーム。

　　　さっきまでやり合っていた二人がいる部屋である。

　　　中でまた喧嘩になってないだろうかと心配の種は尽きない。

　　　クリーンルームでは合計１７回もの洗浄を行われ、ドアが開く。

　　　横にはレイとアスカ。もちろん体は見えないように曇りガラスになっている。

　　　「では三人ともこの部屋を抜けて、その姿のままエントリープラグに入って。
映像モニターは切ってあるわよ。プライバシーは保護してあるから」

　　　誰も何も言わないまままっすぐ進んでクリーンルームを出る。

　　　シュミレーション用エントリープラグに乗り込む。

　　　「各パイロット、エントリー準備完了しました」

　　　「テスト、スタート」

　　　模擬体は水槽の中にあり、強化ガラスで仕切られた制御室からリツコが指示を出す。

　　　「テストスタートします。オートパイロット、記憶開始」

　　　「モニター異常なし」

　　　「シミュレーションプラグを挿入」

　　　「システムを模擬体と接続します……。シミュレーションプラグ、ＭＡＧＩの制御下に入りました」

　　　画面に流れるプログラムらしき羅列。

　　　「シュミレーションプラグ、ＭＡＧＩの制御下に入りました」

　　　「早い早い。初実験の時一週間もかかったのが嘘のようね」

　　　その処理速度を見てミサトが感心したように言う。

　　　「テストは約三時間で終わる予定です」

　　　三人の乗るプラグに通信をつなげる。

　　　「気分はどう？」

　　　「何か……違うわ」

　　　……なんだか、はっきりとしない感じ。

　　　「変だ……」

　　　からだにしっくり来ないような……。

　　　「……右手だけはっきりしてて、後はぼやけた感じ……？」

　　　自分の体を見つめるアスカ。おかしなところは無い。つまり感覚の問題である。

　　　「レイ、右手を動かすイメージをしてみて」

　　　レバーを引く。模擬体の右手がぎこちなく動いた。

　　　「データ収集、順調です」

　　　「問題は無いようね。ＭＡＧＩを通常にもどして」

　　　審議モードに移るＭＡＧＩ。

　　　「ジレンマ、か。作った人間の性格がうかがえるわね」

　　　そんなＭＡＧＩの様子を見て呟くリツコ。

　　　「はあ？これ作ったのあんたでしょ？」

　　　「いいえ、私はシステムアップしただけ。……基礎理論と本体を作ったのは母さんよ」

　　　「また水漏れ？」

　　　テストの最中、発令所からタンパク壁に劣化ありと連絡が入る。

　　　「いえ、浸食だそうです。この上のタンパク壁。今のところテストに支障は無いみたいです」

　　　「では続けて。このテストはおいそれと中断するわけにはいかないわ。碇司令もうるさいし」

　　　「了解。シンクロ位置、正常」

　　　「プラグ深度、変化無し」

　　　「シミュレーションプラグを模擬体経由でエヴァ零号機と接続します」

　　　「エヴァ零号機、コンタクト確認」

　　　「Ａ・Ｔ・フィールド、２オクトで発生します」

　　　微弱なＡ・Ｔ・フィールドが零号機周辺に展開され、蜃気楼のような靄があらわれる。

　　　それに呼応するかのように、タンパク壁の浸食部分がきらきらと輝く。

　　　そして、けたたましく警報が鳴り響いた。

　　　「シグマユニットＡフロアに汚染警報発令！」

　　　「第８７タンパク壁が劣化。発熱してます」

　　　「第６パイプにも異常発生」

　　　次々に異常が現れる個所を抜けなく報告するオペレーター。

　　　「タンパク壁の浸食部が増殖しています！爆発的スピードです！」

　　　僅かな浸食部分が圧倒的に増えつづけ、正常な個所が消えてなくなる。

　　　「実験中止！第六パイプを緊急閉鎖！」

　　　「はい！」

　　　緊急スイッチを押して各パイプが緊急閉鎖されていく。

　　　「６０、３８、３９閉鎖されました」

　　　「６−４２に浸食発生」

　　　「だめです！浸食は壁伝いに進行しています」

　　　いくらパイプを遮断しても壁から浸食されては意味が無い。

　　　「ポリスオフ用意……レーザー、出力最大！侵入と同時に発射！」

　　　「浸食部、６−５８に到達。きます！」

　　　……だが、何も起きない。

　　　緊迫した沈黙が続く。

　　　「キャア！」

　　　「レイ？」

　　　「レイの模擬体が動いています」

　　　「まさか？」

　　　強化ガラスの向こう。レイの模擬体が自由になろうともがいている。

　　　「浸食部、さらに拡大。模擬体の下垂システムを侵しています」

　　　「全プラグを緊急射出！急いでっ！」

　　　「ミサト！？」

　　　突然声を張り上げるミサトに驚くリツコ。

　　　「こんなの使徒に決まってんでしょ！？射出早く！」

　　　「は、はい！」

　　　彼女の気迫に押されるようにマヤはボタンを押す。

　　　プラグが射出され、模擬体とプラグの間にはすぐに隔壁が下ろされた。

　　　地底湖に浮かぶエントリープラグ。

　　　もう何分経ったのか、何時間経ったのか分からない。

　　　その中でアスカはついさっきの出来事を思い出していた。

　　　今日もテスト……テスト……かあ。

　　　一人先にテストルームのシャワー室へやってきたアスカ。

　　　中に人の居る気配は無いか……なんかヤダな。

　　　シンジは、まだ来てない……よね？

　　　――ＥＶＡ初号機の接触実験の最中、被験者碇ユイ、死亡。
　　　　　　その現場を、母親が死ぬ現場をシンジ君は見ていたのよ。だから――

　　　……ママを殺したエヴァ。

　　　目の前で死んだママ。

　　　…………ママ。

　　　アタシと、同じ――。

　　　「……シンジ」

　　　だれか、来る？シンジ？

　　　誰かの影法師。それは二つで……。

　　　なんで、あの女と一緒なのよ……！

　　　「……遅かったじゃない」

　　　「ちょっと、考え事してて……」

　　　「ハン！大方その女とでもいちゃついてたんじゃないの！？」

　　　そんな事ない。きっと無い。だよね？

　　　「どうしてそういうコト、言うの？」

　　　……アンタには、聞いてないのに。

　　　「気に障った？珍しいわねぇ」

　　　「…………」

　　　コイツ……睨んでる……。

　　　「やめろよ……」

　　　ファーストをかばうシンジ。

　　　ファーストと一緒に居るシンジ。

　　　……凄く、嫌。

　　　「……フン」

　　　嫌なのはきっと自分。ファーストに嫉妬してる自分。

　　　――どうして嫉妬するの？

　　　そう、アタシはきっと、シンジの事が好きだから。

　　　「は……ァ……」

　　　ＬＣＬの中で思い切り息を吐き出す。

　　　認めてしまえば、こんなにも楽だ。

　　　「はァ……」

　　　もうどうしようもなく、好きなんだと。

　　　……なーんだ。そうだったのか。

　　　加持さんには感じなかった、こんな想い。

　　　なによ。最初っからアイツに惹かれてた。

　　　立派な一目ぼれじゃない、これ――。

　　　「ふふっ……」

　　　笑った。なんでもないのに、ただ嬉しくて。

　　　シンジ。アタシ、アンタのコト好き見たいよ？

　　　だから、アンタのこと、もっと知りたい。

　　　アンタの、特別な人になりたい――――。

　　　To be continued……

　　　次回予告

　　　ミサト「キャアアアアアアアアアアアアアアア！」

　　　マヤ「キャアアアアアアアアアアアアアアア！」

　　　リツコ「う・る・さ・い＃」

　　　ミサト「ら、ラヴ！？」

　　　マヤ「ラブ！？」

　　　リツコ「お止めなさい＃」

　　　ミサト「つーか。またカットかい……」

　　　リツコ「ええ……また、よ＃」

　　　ミサト「まあしゃーない。次よ、次々！」

　　　青葉「次回予告というよりはただのキャラコメっすね！」

　　　ミサト＆リツコ「うっさい！」

　　　リツコ「……ああ、私の華麗なる活躍が……（ぶつぶつ）」

　　　ミサト「はあ……次回、新世紀EVANGELION・Another 第拾話「邂逅列伝」

　　　リツコ「カットもう勘弁……」

感謝の言葉：

アスカちゃんが自分の想いに気づいて…今後の展開が…楽しみ♪

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