晴天に恵まれた第三新東京市。

　　　街は平和そのもので、穏やかに鳥が舞う。

　　　そんな街に、隠れるように影が生まれた。

　　　その直上にあった自動車は誰にも知られる事無く飲み込まれて消え……ゼブラ模様の奇妙な球体が突如発生した。

　　　「西区の住民避難、後５分かかります！」

　　　警報が鳴り響く中、ネルフ本部では状況確認と住民の緊急避難の報告が併せて行われている。

　　　「目標は微速で進行中。毎時２．５キロ」

　　　メイン通路からミサトが慌てて発令所に入ってきた。

　　　「遅いわよ」

　　　「ゴメン！どーなってんの、富士の電波観測場は！？」

　　　「探知してません。直上にいきなり現れました」

　　　今までの使徒の場合、その存在が必ず探知されて住民避難が行われていた。

　　　だが今回は全く探知できず、不意を突かれた格好となってしまった。

　　　「パターンオレンジ、Ａ・Ｔ・フィールド反応無し！」

　　　「新種の使徒？」

　　　「ＭＡＧＩは判断を保留しています」

　　　どうみても使徒にしか見えないその物体。

　　　これも今までと違うのだが生物とは思えない姿なのだ。

　　　生物というよりは無機物に近いようなソレ。

　　　「もう……こういう時に限って碇司令は居ないのよね……」

　　　不在の司令席を睨むミサト。

　　　ともかくエヴァを発進させるしかなく、データも殆ど不明のまま配置する。

　　　「皆聞こえる？目標のデータは送った通り……今はそれしかわからないの」

　　　……何も分かってないって事か。

　　　送られてきたデータを見てもその殆どが不明。

　　　使徒の攻撃方法もどういう特性があるのかも分からない。

　　　「慎重に接近して反応を窺い可能であれば市街地上空外への誘導を行う……。
　　　　先行する一機を残りが援護。いいわね？」

　　　現在一番使徒に近いのは弐号機。

　　　それを追うように初号機、零号機となっている。

　　　「アタシが先行するわ」

　　　「了解……初号機、バックアップ」

　　　「零号機、バックアップ」

　　　遠くから徐々に接近しているため電源ケーブルが届かなくなり、

　　　外してまた別の電源ケーブルに付け替えという作業をしている。

　　　そのため、弐号機を援護できる所まで到着するのに時間がかかっている。

　　　「シンジ……ファースト、そっちの配置は？」

　　　目の前をゆっくりと通り過ぎていく使徒。

　　　「……もう少し」

　　　「まだよ」

　　　……遅いわ。

　　　レーダーにはまだ零号機が後方に居る事を示している。

　　　初号機は比較的近い位置にいるが零号機を待っているため動きが無い。

　　　「まだ……こないか」

　　　仕方ないわ、攻撃を仕掛けて様子を見るか。

　　　パレットライフルを敵に向かって構える。

　　　敵の動きは鈍重で、これなら反撃も容易く避けられる……そう考えていた。

　　　足止めのつもりでトリガーを引く。

　　　ババババババババババッ！

　　　小刻みな連射音。飛んでいくライフルの弾。

　　　使徒に当たる直前で……突然、その姿が消えた。

　　　「え！？」

　　　「パターン青、使徒発見。……これは、弐号機の直下です！」

　　　足元のコンクリートが一瞬で黒い影に変わっていた。

　　　ズブリ……。

　　　「な、何よこれ！？」

　　　底なし沼に足を突き入れたような感触。

　　　ライフルをその影に放つが、影に当たると威力を失って消えた。

　　　「まずい！アスカ逃げて！」

　　　急いで何か手を掴めそうな場所を探す。

　　　だが、足場を作れそうなビルは離れていてとてもそこまでいけない。

　　　「あ、足が……」

　　　もがいても抜けない足。

　　　見上げると先ほど消えたはずのゼブラ模様の球体が涼しげに佇んでいる。

　　　「なっ……！？どーなってんの！？」

　　　「レイ！シンジ君！弐号機を救出！急いで！」

　　　アスカっ……！

　　　とにかく走る。

　　　マズイ……かなり埋まってる！

　　　弐号機を中心にしてその周りの物体すらも影に飲まれていく。

　　　沈みかかっているビルを踏み場代わりにして影を踏まないように移動。

　　　ビルの壁にプログナイフを突き刺してそこにケーブルを引っ掛け、ローブ代わりにして弐号機へ手を伸ばす。

　　　「アスカ！掴まって！」

　　　握り返される手。

　　　「ぐぅぅぅぅぅぅ……」

　　　とてつもなく重く、弐号機が沈むのを食い止めるだけで精一杯だった。

　　　ミシリ……。

　　　厭な音が、ケーブルを支えるナイフから聞こえた。

　　　……くそっ、このままじゃ……持たない！

　　　突き刺したナイフが取れれば弐号機も、そして自分もこの影に飲まれる。

　　　もっと強く……！ナイフが抜ける前にっ……！

　　　「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ！」

　　　渾身の力で弐号機を引き上げた。

　　　いっきに開放される弐号機が宙を舞って沈んでいるビルの屋上に落ちた。

　　　……な、なんとか……。

　　　ベキッ……。

　　　「し、シンジ！！」

　　　ナイフが……抜けた。

　　　支えを失った初号機が影に突っ込む。

　　　勢いがあったため一気に飲み込まれていく。

　　　「プラグを射出！信号を送ってっ！」

　　　「ダメです、反応ありません！」

　　　「な、なんてこと……」

　　　そして初めから何も無かったように初号機の姿が消えた。

　　　「レイ、アスカ。後退して……」

　　　「まって！まだケーブルが！」

　　　消えた初号機の電源ケーブルがまだ影に飲まれている。

　　　あれを引っ張れば、まだ助けられる！

　　　「命令よ！後退してアスカっ！」

　　　「弐号機パイロット。早く後退して……貴女まで飲まれたらどうするの」

　　　足場のビルもこのままだと飲まれる。

　　　「くっ……！」

　　　後ろ髪を引かれながら影が届かない場所まで撤退する。

　　　「街が……」

　　　影に消えていく街を呆然と見るしかなかった。

　　　機械で初号機の電源ケーブルを引き上げしてみたが、その先は無くなっていた。

　　　初号機の内臓電源は僅かな量ではあるが、生命維持モードに切り替えれば１６時間は持つ……そうだ。

　　　「……シンジ」

　　　郊外に設置された使徒対策本部。ミサト達は使徒の様子と対策を練っている。

　　　その広場でアスカはじっと車に背中を預けていた。

　　　心の中で……二つの感情が織り交ざっている。

　　　助けに来てくれた喜びと……そして失った悲しみ。

　　　ばかっ……ばかっ……なんで助けにきちゃったのよ。

　　　ミイラ取りがミイラになったら……世話ない、じゃん……。

　　　何時か、シンジに言った台詞をもう一度心の中で叫んだ。

　　　そんな自分を……レイがじっと見ている。

　　　「何よ……？」

　　　「……」

　　　貴女のせいで碇君が、とでも言わんばかりの視線。

　　　「何よ！言いたい事があるならハッキリ言えばいいじゃない！アンタのせいだって、アンタが許せないって！」

　　　「……違う」

　　　「どこがよっ！」

　　　「許せないのは……多分、自分だと思うから」

　　　何も、できなかった自分が、許せない。

　　　「止めなさい、貴女達。使徒の分析がでたからこっちに来なさい」

　　　対峙するかのような二人を宥めるミサト。

　　　使徒の分析結果……あの影の部分が本体であり、上空の物体こそダミー、影に過ぎない。

　　　つまり本体である影を叩くしかない。

　　　そうリツコに説明を受けるスタッフの面々とパイロット。

　　　ホワイトボードにはぎっりしと計算式や図が描かれている。

　　　あの影の先は別の宇宙……虚数空間に繋がっていると推定されている。

　　　……そんなの、どうしようも……。

　　　「そこで、考えられる唯一の方法があるわ。現存する９９２個のＮ２爆雷全てを目標の中心部に投下。
　　　　タイミングを合わせてエヴァ二体のＡ・Ｔ・フィールドを使い、使徒の持つ虚数回路に１０００分の１秒だけ干渉する……。
　　　　その瞬間に爆発エネルギーを集中させて使徒を形成するディラックの海ごと破壊する」

　　　「ちょっと！それって」

　　　淡々と説明するリツコに声を上げるアスカ。

　　　「……今回は初号機の機体救出を最優先とします」

　　　「なっ！？」

　　　「リツコ！！」

　　　つまり、パイロットの生死は問わないと。

　　　そんな……シンジ……。

　　　ゆっくりと、瞼を開く。

　　　……眠っていたのに、疲れてる。

　　　エントリープラグの中で眠ったはずなのに、疲れが逆に溜まっていた。

　　　生命維持モードに切り替えて１２時間余り……。時間が経つに連れてそれは死に向かっていくと同意義である。

　　　こんなに……緊張しながら寝たから、疲れてるのか。

　　　レバーを握り初号機を通信モードで起動させる。

　　　「真っ白か……」

　　　モニターに写る風景は不気味なほど白い。

　　　眠る前に送ったレーダーやソナーは今でも帰ってこない。

　　　……空間が広すぎるんだ。

　　　脱出する方法は使徒を倒す事くらいしか思いつかない。

　　　だからこそ何処かにあるはずのコアを探すためにソナーやレーダーを送ったのだ。

　　　結果は……ダメ。

　　　普通に起動すれば電源は一気に無くなる。自分でコアを探す事も出来ず、ただじっと待つのみ。

　　　……正直、息が詰まりそうだった。

　　　「少し……眠ろう」

　　　通信モードから生命維持モードに切り替えて再び目を瞑る。

　　　さっき起きたばかりだからまだ眠気は残っていて、時期に意識は闇の中に飲まれていく……。

　　　カーン……カーン……カーン……。

　　　なんだ……？

　　　カーン……カーン……カーン……。

　　　……警報機？電車の中……？

　　　夢の世界だろうか。乗ったことも無い電車の中に居る事に気づいた。

　　　乗客は誰も居ない。これは夢の世界だろうか。

　　　「……誰？」

　　　誰も居なかったはずの車内に人の気配を感じる。

　　　「…………誰？」

　　　目を凝らして反対側の座席を見ると、誰かいる。

　　　差し込む夕日の影でその人の顔は……良くは見えないが、それでも誰かはすぐにわかった。

　　　「――僕？」

　　　もう一人の自分も僕に気づいたのか、何かを話し掛けてくる。

　　　「―――――っ」

　　　「何？……聞こえない」

　　　何か話しているのはわかるのだが、肝心の声だけが全く聞こえない。

　　　「――――！」

　　　「何を、言いたいんだ？」

　　　腕が激しく動いて必死に何かを伝えようとしているもう一人の自分。

　　　……なんだんだ！？

　　　周りの景色……。

　　　電車や差し込む夕日は嘘臭い、造られた空間に感じるが、もう一人の僕だけはイヤに本物っぽくみえる。

　　　相手が必死なせいなのか、こちらも聞き取ろうと必死になっていた。

　　　「――つ……が…は――」

　　　途切れ途切れに何か聞こえる。

　　　あまりにチグハグで理解できない。

　　　「――――鎖を……た――――」

　　　鎖……？

　　　ようやく単語が聞き取れた。

　　　だが単語だけで文章全体は相変わらず不明。

　　　そうして目に見える風景に、ノイズが混じっていく。

　　　「―――――希望を……わ…………必ず……――――」

　　　ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

　　　それきり、全てはノイズに包まれた。

　　　鎖……希望……。

　　　僅かに聞こえたのは、聞き取れたのはこれだけ。

　　　それは何なのか、わからない。

　　　ノイズだらけの世界に光が差し込む。

　　　……夢から覚めるように。

　　　「あ……ゆ、め……」

　　　うっすらと目を開ければエントリープラグ。

　　　さっきのコトを……夢か現実かわからくなるほど克明に覚えている。

　　　「……みずが、にごって……」

　　　ごぼっ……。

　　　吸い込んだＬＣＬ。血の匂いがキツイ。

　　　……浄化能力が落ちてる、んだ……。

　　　か細く聞こえるプラグスーツのアラーム音。

　　　「もう、電力が無い……」

　　　凄く寒い……。プラグスーツの保温も切れている。

　　　死に近づきすぎているから、夢から覚めたのだろうか。

　　　「ごぼっ……ゴボッ……」

　　　ＬＣＬを吸い込んでも酸素が足りない。

　　　思い切り吸い込んでも血の匂いだけ。

　　　「……もう、だめ……か」

　　　このまま……酸素も切れて。

　　　このまま……一人で。

　　　このまま……死ぬ。

　　　「だ、れか……い、ない、の……か」

　　　父さん……母さん……。

　　　ミサトさん……綾波………………アス、カ……。

　　　薄れ行く意識。

　　　冷たくなった頬に、温かいカンショク――。

　　　この匂い……この感じ……なつか、しい。

　　　―――――かあ、さん？――――

　　　「もう、良いの？」

　　　「――――」

　　　「そう、良かったわね……」

　　　そんな、言葉を聞いて。電源が切れるように、意識は途絶えた。

　　　「エヴァ両機作戦位置、Ａ・Ｔ・フィールド発生準備良し」

　　　影が止まったそのすぐ手前にエヴァ弐号機。向かい合うように零号機が待機している。

　　　「爆雷投下、６０秒前」

　　　Ｎ２爆雷を搭載した爆撃機が、数多の飛行機雲を引き連れて空を飛ぶ。

　　　ベキッ……ベキベキッ！

　　　「な、何！？」

　　　真っ平らだった使徒の影に亀裂が走る。

　　　中で何かが暴れるように影がうねりながら、亀裂は増していく。

　　　「状況は！？」

　　　「わかりません！全てのメーターが振り切られてます！」

　　　「まさか、シンジ君が？」

　　　「ありえないわ！初号機のエネルギーはゼロなのよ！」

　　　モニターに写る使徒のダミーである球体が、揺らめく。

　　　ゼブラ模様は掻き消え真っ黒な球体へと変化した。

　　　ブシュ！

　　　その球体からエヴァの腕が突き出た。大量の血液と共に。

　　　「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ！」

　　　雄叫びを上げながら球体を突き破る初号機。

　　　流れつづける大量の血。

　　　そんな光景を呆けたように見つづけるスタッフ。

　　　「あ……あたし、あんなのに乗ってるの……？」

　　　悪魔のようなその姿に、ただ恐怖を。

　　　「なんてものを、なんてものをコピーしたの……私達は！？」

　　　その光景を信じられないようにみつめるリツコ。

　　　球体を完全に破り、割れた使徒の影に降り立つ初号機。

　　　文字通り、使徒の全てを粉砕して……。

　　　あれも……夢だったのか。

　　　無くしたもの。

　　　それが……一瞬だけ、自分の元に来た気がした。

　　　「――ジ！……しんじっ！」

　　　うっすらと瞼を開けるシンジ。

　　　……あ、すか？

　　　なんで、ないて、る？

　　　「ばかばかばかっ！ミイラ取りが……ミイラに……ううっ……」

　　　温かい感触。

　　　今度は本物の。

　　　涙を流して抱きつくアスカ。

　　　そんな二人をプラグの外から眺めるレイ。

　　　その手は……痛いほど堅く握り締められていた。

To be continued……

　　　次回予告

　　　米国ネルフ第二支部ではＥＶＡ４号機によるＳ２機関の搭載実験を行っていた。

　　　電撃のようなフォースチルドレンの選抜。

　　　狂いだす運命の歯車は何をもたらすのか。

　　　シンジ達の知らないところで密かに進むシナリオ……。

　　　四番目の適格者に選ばれた彼の心に去来するものとは？

　　　迫り来る惨劇を前に、シンジは、レイは、そしてアスカは――。

　　　次回、新世紀EVANGELION・Another 第拾参話「仕組まれた、シナリオ」

　　　お楽しみに〜♪

　　　ミサト「……と、真面目に次回予告してみたわ」

　　　リツコ「明日はサードインパクトね」

　　　ミサト「まてや＃」

感謝の言葉：

手を握り締めるレイちゃん…どんな眼差しで、その光景を見ていたんでしょう…。
今後は波乱の予感（＾＾）

さ、続きが読みたいと思った人は感想メールで催促しましょう♪