真っ暗な空間。そこに一つだけスポットライトを浴びる人物が居る。

　　　「今回の事件の唯一の当事者である初号機パイロットの直接尋問を拒否したそうだな……葛城三佐」

　　　「はい、彼の情緒は大変不安定です。今ここに立つ事が良策とは思えません」

　　　彼をこんな所に立たせるわけにはいかない。

　　　日頃精神を削って戦っているのだ。少しでも負担を減らしたい……。

　　　ココに立ったのは彼女のそういう強い希望だった。

　　　「では聞こう……代理人葛城三佐」

　　　「先の事件、使徒が我々人類にコンタクトを試みたのではないのかね？」

　　　「被験者の報告からはそれを感じ取れません。イレギュラーな事件だと推定されます」

　　　飲み込まれてもそのままだった……つまりコンタクトしてきたという事は一切無い。

　　　「彼の記憶が正しいとすればな……」

　　　「記憶の外的操作は認められませんが」

　　　「エヴァのＡＣレコーダーは作動していなかった。確認は取れまい」

　　　使徒の虚数空間に飲み込まれている間、

　　　エヴァの記録装置が作動していなかったため、中で何があったのか本人意外知る術が無い。

　　　「使徒は人間の精神……心に興味を持ったのかね？」

　　　「その返答は出来かねます。果たして使徒に心の概念があるのか、人間の志向が理解できるのか全く不明ですから」

　　　「今回の事件には、使徒がエヴァを取り込もうとしたという新たな要素がある。これが第十三使徒以降にリンクする可能性は？」

　　　「これまでのパターンから使徒同士の組織的なつながりは否定されます」

　　　「左様、単独行動であるのは明らかだ。……これまではな」

　　　含みのある言い方にミサトが思わず質問してしまう。

　　　「それは……どういうことでしょうか？」

　　　「君の質問は許されない」

　　　「はい」

　　　「以上だ、下がりたまえ」

　　　「はい」

　　　スポットライトが落ちミサトが退場する。

　　　「……どう思うかね、碇君」

　　　「使徒は知恵を身につけ始めています。残された時間は……」

　　　「後僅か、ということか」

　　　「あー今日の休みは……何時もの綾波と相田……それに惣流か」

　　　学校の出席簿を確認しながら出欠を確認する老教師。

　　　アスカは腹痛でダウン。今ごろ家でぐっすり休んでいるだろう。

　　　……ケンスケ、どうしたんだろ。

　　　「ケンスケは？」

　　　後ろの席にいるトウジに話し掛ける。

　　　「新横須賀や。なんでもミョウコウとかいうのが入港しとるんやと」

　　　そういう軍艦などの追っかけをするために学校を休む……優先順位がはっきりしているみたいである。

　　　「……凄いね」

　　　「ほんまや。自分の欲望に素直やからのお……」

　　　それで以前、使徒が来てる時にシェルターから抜け出して偉い事になったんだよな。

　　　「そう、だね」

　　　「あいつのあれは昔っからやからな。変わってへん」

　　　「そうなんだ」

　　　「変わったといえば、シンジやな」

　　　……僕が？

　　　「最初に会うた時は正直スカしとる奴と思ってたわ。ここに来た時より大分口数増えたしのォ」

　　　そう思われてたんだ。

　　　口数……あんまり変わってないような気もするけど。

　　　「あぁ、碇」

　　　後ろを向いているのは前から見ると良く見える。

　　　そのためか老教師が名指しで呼んで来た。

　　　「……はい？」

　　　「帰りに綾波にプリントを届けておくように」

　　　「……はい」

　　　カーン、カーン……。

　　　止まない工事の音。何時か来た草臥れたアパート。

　　　学校が終わり綾波のアパートにやってきたシンジ。

　　　４０４号室、綾波……とマジックで書かれている。

　　　そのドアの郵便受けにはこれでもかと郵便物が詰め込まれていた。

　　　……ここって人の住んでる気配が無いんだよな。

　　　他の部屋も人が住んでいる様子が窺えない。ミサトのマンションと同じで誰も居ないのかもしれない。

　　　カチッ、カチッ。

　　　インターフォンを押す。やはり中から反応は無い。

　　　もしかしてコレ、壊れてるのかも。

　　　前は勝手に入ったからな……。

　　　今度はドアを軽く叩く。

　　　「綾波……」

　　　居ないのかも……。それとも寝てるのか。

　　　もう一回ノックしてみてダメだったら帰ろう。

　　　軽くノックをして中からの反応を待つ。

　　　「誰……？碇君……？」

　　　ギィと軋んだ音を立ててドアが開く。眠そうに目をこすりながらレイが顔を出す。

　　　だぶついたＹシャツが少し見えた。

　　　「これ、学校のプリント」

　　　札束の用に溜まったプリントを手渡す。

　　　……随分眠そうだ。

　　　「どうしたの？」

　　　じっと紅い瞳がこっちを捉えている。

　　　「……なんか、眠そうだから」

　　　「夜遅くまで実験あったから……」

　　　それで今まで寝こけていたのだろう。ただ、彼女が眠っている姿は想像できない。

　　　「少し――上がっていって」

　　　「……え？」

　　　それだけ言い残して自分だけ部屋の中に戻っていく。

　　　……プリント届けたことのお返しかな……。

　　　軋むドアを開けて中に入る。玄関先は前の時と同じで靴跡が沢山こびり付いていた。

　　　そこに小奇麗なスリッパが一足置いてある。

　　　彼女が出してくれたのだろうか。それに履き替えて室内へと進む。

　　　相変わらず……何も無い部屋だ。

　　　奥では綾波がガスコンロにやかんをかけて居るのが見えた。

　　　「何してるの？」

　　　「……紅茶」

　　　くるりと振り返る。手には紅茶の葉が入った缶。

　　　綾波にお茶を出してもらうなんて……ほんと、びっくりだ……。

　　　「紅茶……嫌い？」

　　　こちらが何も言わなかったためか勘違いしているようだ。

　　　「いや、好きだよ」

　　　「じゃあ。少し待ってて」

　　　なんだか……手持ち無沙汰、やることが無い。

　　　綾波はじっとやかんを見て動かない。

　　　こっちは部屋にある椅子に腰掛けてそんな様子をぼおっと見ていた。

　　　その後姿が……料理を作る母親のように、感じた。

　　　「なんだか、お母さんみたいだ」

　　　「お母さん……私が？」

　　　「……主婦みたいだ」

　　　「そう……」

　　　……顔が熱い……どうしたの、私。

　　　背中を見せたままのレイ。

　　　その頬が僅かに桜色に染まった事をシンジは知らない。

　　　「……はい」

　　　湯気が立つ入れたての紅茶。その香りが無機質な部屋に染み渡るよう。

　　　「ありがとう……」

　　　息を吹きかけながら口に含む。

　　　「ちょっと……苦いかもしれない」

　　　「そう……？」

　　　程よい苦味が自分には丁度いい。

　　　「一人で飲むよりはずっと……美味しいわ」

　　　わたし……？

　　　何、言ってるの？

　　　ネルフ本部内。吹き抜けのエスカレーターで移動するミサトとリツコ。

　　　ミサトの手には何か資料のようなものがあり、彼女はそれを見ている。

　　　「エヴァ３号機……本部配置？」

　　　「そうよ」

　　　アメリカ支部で製造されていたエヴァ３号機と４号機。

　　　３号機はロールアウト済みで、４号機は今日Ｓ２機関の搭載実験が行われ、見事に成功。

　　　Ｓ２機関……スーパーソレノイド機関。別名無限機関。

　　　エヴァの大きな欠点の一つ、有線電源が無い場合の稼働時間の圧倒的な少なさ。

　　　それを全てカバーしてしまうのがＳ２機関である。

　　　これが搭載されれば有線での電力供給は不要となり、大幅な作戦時間のアップに繋がる。

　　　完成されたエヴァ……Ｓ２機関搭載した４号機が始めてである。

　　　「パイロットは見つかったの？マルドゥック機関からはなんの連絡も来てないけど」

　　　「明日、正式に通達がくるわ」

　　　「…………赤木博士、また隠し事してない？」

　　　「別に」

　　　「ま、いいわ……で、選ばれた子ってのは……。嘘、よりにもよって……この子が？」

　　　資料のページをめくるミサトの動きが止まる。

　　　そこには、フォースチルドレン、「鈴原トウジ」と書いてあった。

　　　「仕方ないわよ。候補者を集めて保護しているのだから」

　　　パイロットが見つかったから……３号機が本部配置なのね。

　　　じゃあ……４号機は？

　　　「４号機は？」

　　　「パイロットが見つかっていないもの……アメリカに置いておくしかないわ」

　　　「起動実験は本部でやるわけ？」

　　　「いいえ松代で行うわ。今回はアメリカのスタッフとの共同でね」

　　　元々３号機と４号機は、アメリカが製造権を主張して強引に造っていたものだ。

　　　それを本部に配置するとあってアメリカ支部と揉めたのだろう。

　　　その妥協点としてスタッフ共同での起動実験なのだ。

　　　「……シンジ君に言い難いわね……」

　　　使徒との戦闘で磨り減る精神。

　　　精神汚染。

　　　ほんと、ろくな事は無いわ。

　　　それを見を持って知ってるのはシンジ君なんだから。

　　　「でもあの子達にも明日には正式に通達されるわよ」

　　　……きちんと、私の口から言おう。

　　　通達……シンジ君達には届かないようにしておかないと。

　　　結局ミサトは帰ってからもその事を伝えられないままだった。

　　　「うゥ……おなかいたい……」

　　　次の日の朝も調子悪そうなアスカ。

　　　顔色もあまり良くない。

　　　「……はい」

　　　「ん……？ナニコレ？」

　　　少し色がついた透明の液体。湯気が立っていてレモンの香りがする。

　　　飲んでみると蜂蜜のほのかな甘さが最後でレモンのすっぱさに変わった。

　　　「ありがと……」

　　　お腹が温まったおかげで少し楽になる。

　　　……大丈夫かな。

　　　「今日も学校休む……ハーモニクスのテストの時間まで寝てる……」

　　　手で腹部を押えながら辛そうに戻っていく。

　　　ミサトさんは何か準備があるとかで朝からネルフに。

　　　「いって、きます」

　　　一人で学校に向かうのは本当に久しぶりで、少し寂しくもあった。

　　　その日の学校もいつも通りだったけど、トウジがお昼休みに校長室へ呼ばれた。

　　　何時もは教室で三人で昼食をとっていたが、今日はケンスケと屋上へ行く事にした。

　　　「エヴァ……３号機？」

　　　「そう、アメリカで建造中だったヤツ。完成したんだろ？」

　　　そんなの聞いたことも無い……。

　　　「知らない……」

　　　「隠さなきゃならない事情もわかるけど、なあ教えてくれ！」

　　　ケンスケは何時もより必死で。

　　　だけど知らないものは……どうしようもない。

　　　「……聞いてないんだ、そんな話」

　　　「松代の第二実験場で起動試験するって噂は？」

　　　「…………ミサトさんからは、何も」

　　　そんな話は一度も聞いていない。今日の朝も、昨日の夜も。

　　　そのせいで今日の朝は早くネルフに出かけたのだろうか。

　　　「そ、そっか。言わないってことは知らなくてもいいって事だろ。末端のパイロットにはさ」

　　　エヴァ３号機……パイロットが居るんだろうか。

　　　自分と、同い年くらいの。

　　　「すまなかったな……変なこと聞いて。しっかし、トウジのヤツ遅いな」

　　　結局昼休みにはトウジは帰ってこなかった。

　　　帰ってきたのは午後の授業が始まってから……浮かない表情をして。

　　　授業も終わって帰り支度をしていると、背中をぽんとケンスケに叩かれる。

　　　「さ、帰ろうぜ。今日は惣流も居ないしさ」

　　　「うん」

　　　アスカともしくは綾波と帰る事が多くなっていた。

　　　ケンスケと帰るのも久しぶり。

　　　「トウジは……？」

　　　「ああ、アイツは遅くなるよ。週番だし」

　　　机にふんぞり返ってぼうっとしているトウジ。

　　　……校長室から帰ってきてからずっとあんな、だよな……。

　　　そんなトウジを気にしつつ教室を後にする。

　　　「…………」

　　　教室のゴミを焼却炉に持っていき燃やす。

　　　後は教室の机を並べて帰るだけなのだが……昼ご飯を食べていないことに気づく。

　　　「鈴原……？」

　　　「なんや、委員長やんか……」

　　　なんでこの時間までおるんや？

　　　とっくに日は傾いて教室には綺麗なオレンジ色の夕日が差し込んでいる。

　　　「週番なんだからちゃんと机並べて、日誌つけなさいよ」

　　　そないなこと言うためにまだ居ったんかいな……。

　　　「わし、昼飯まだやったんやで。終わったらやるわ」

　　　「鈴原って何時も購買部のお弁当だね？」

　　　「作ってくれるヤツもおらへんしな」

　　　ビニール袋に入ったパンを開けて牛乳で流し込む。

　　　……エヴァ３号機のパイロット、か。

　　　校長室に入っていくと見たことの無い女性が居た。

　　　――貴方はエヴァンゲリオン３号機のパイロットに認定されました――

　　　なんや、悪い冗談やと思ったわ。

　　　先生達が乗っているロボットに、まさかワシが乗ることになるなんてな……。

　　　――いちおう言って置きますが拒否は出来ません――

　　　その代わりに……妹をもっといい病院へ移させてくれ……そんな条件を出して承諾したのだ。

　　　最初の使徒襲来の時に怪我を負った妹。

　　　その怪我は未だに治らない。

　　　「鈴原……君」

　　　あ……？まだおったんか。

　　　教室の出入り口にはまだヒカリの姿。

　　　「私……姉妹が二人居てね、名前はコダマとノゾミ。何時もお弁当私が作ってるんだけど……」

　　　「そら、難儀やな」

　　　「だからこう見えても私料理とか得意だったりするんだ」

　　　「……へぇ」

　　　「だから私、何時もお弁当の材料余っちゃうの……」

　　　「そら……もったいないな。残飯処理ならいくらでも手伝うで」

　　　「う、うん！手伝って！」

　　　嬉しそうな表情のヒカリを、トウジはどこか映画でも見るような錯覚にとらわれていた。

　　　……参ったな、どこだろ。

　　　夕暮れのネルフ本部。シンジは一人でミサトを探していた。

　　　自販機が立ち並ぶ休憩室で漸く彼女を発見した。

　　　「ミサトさん……」

　　　そこにはミサトだけではなく加持も居る。不自然に距離を置いた二人が。

　　　「何？」

　　　「リツコさんが明日からの出張で打ち合わせがあるって……」

　　　「わかったわ、ありがと」

　　　……何か二人で話してたのか……。

　　　加持とのすれ違い様に何か口が動いていた。

　　　ここからだと聞こえないような小声で。

　　　「たまにはどうだ？お茶でも」

　　　「はぁ……」

　　　そう言って連れ出されたのはジオフロントの一角。

　　　草や木が靡くその場所に……奇妙な物がある。

　　　「スイカ……ですか」

　　　「ああ、可愛いだろ。俺の趣味さ。皆には内緒な」

　　　如雨露でスイカに水をやる加持。

　　　そんな趣味、あったんだ……。

　　　どのスイカも健康そうに実をつけている。

　　　「何かを作る、何かを育てるのは良いぞ？色んな事が見えてくるし、わかってくる。楽しい事とかな」

　　　……楽しいことの裏返しは辛い事。

　　　その二つがあってこそ成り立っているものだ。

　　　「辛い、事もですね」

　　　「辛いのは嫌いかい？」

　　　「……好きな人はいないと」

　　　そんな人が居るわけが無い。だれだって楽しいほうが良いに決まってる。

　　　「そうだな。ま、辛い事を知ってる人間の方が人に優しく出来る……それは弱さとは違うからな」

　　　優しさ……か。

　　　加持さんは、何を言いたいんだろう……。

　　　スイカをじっと見つめていると携帯の鳴る音が聞こえた。

　　　「……はい、もしもし？…………葛城からだ。今からハーモニクステストを行うそうだ」

　　　「シンジ君のシンクロ率が落ちてきてるわ……」

　　　テストの結果はあまり芳しくない。

　　　４０％台まで落ち込んでいるシンジの結果を見てリツコが呟く。

　　　「どういうこと？」

　　　「なんともいえないわ……ただ、先の事件の時に何かがあったんでしょうね、精神的なものが」

　　　モニターに並ぶ三人の顔。その中でシンジだけが辛そうにしている。

　　　……いい難いわね。でも、いわないと……隠しておいて良い事なんて何にも無いんだから。

　　　そうしてミサトは覚悟を決めた。

　　　「三人とも上がったら私の部屋に来て」

　　　短い通信の後、テストの終わりを見ることなく部屋に戻る。

　　　テストが終わりミサトの部屋に三人が集まる。

　　　「え？四人目？」

　　　フォースチルドレン選抜。

　　　その事実を聞いたアスカの第一声だった。

　　　「そう。３号機の」

　　　……やっぱり、同い年の子なんだろうか。

　　　「誰なのよそのフォースは？」

　　　「――貴方達の、クラスメイトの……鈴原君よ」

　　　え……？

　　　トウジが？

　　　もしかして今日、校長室に呼ばれたのは……。

　　　頭の中でピースがカチリカチリとはまって行く。

　　　「鈴原が！？」

　　　「……ええ。明日から四日ほど留守にするけど、シンジ君とアスカは加持が面倒見てくれるわ」

　　　そんな……トウジがエヴァに……。

　　　あんなのに、乗って、イイコトナンテ。ヒトツモ……。

　　　アメリカネルフ第一支部。

　　　降りしきる雨の中、磔にされたような黒いエヴァが専用輸送機で離陸していた。

　　　同時刻、学校の校庭。そこではトウジがバスケットボールを構えている。

　　　……静かな校庭に、ボールが音を立てずに弧を描きながら宙を舞う。

　　　明日……明日か。

　　　ゴールに収まるボールの行方を見て彼は何を思うのだろうか。

　　　ヒカリがまさか自分のために弁当の下拵えをしてるとも知らずに――。

To be continued……

　　　次回予告

　　　起動実験開始直後、エヴァ３号機がフォースチルドレンを乗せたまま暴走。

　　　使徒に汚染された３号機に対し追い詰められるエヴァ。

　　　使徒に圧倒されるシンジに対し、ゲンドウは冷徹にもダミープラグを使用する。

　　　圧倒的な力を使い、初号機は無慈悲な反撃に出る。

　　　次回、新世紀EVANGELION・Another 第拾四話「命の選択を」

　　　お楽しみに〜♪

　　　ミサト「……こっちの方が楽」

　　　レイ「手抜き……」

感謝の言葉：

ＴＶ版と異なり、事前に知らされたフォースチルドレンの正体。
しかし、それがどんな結果へと流れていくことになるのか…。

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