ガサッ……ガサッ……。

　　　荷物をダンボールに詰め込む音。

　　　それを見つめるのはアスカ。

　　　「本当に……出て行っちゃうんだ」

　　　「……ああ」

　　　――２日前、松代第一病院――

　　　「んっ……。加持君？」

　　　目を覚ますと、心配そうに見つめている加持の姿。

　　　「無事で良かったな……葛城。りっちゃんも無事だ」

　　　ここは、病院だろうか。

　　　独特の匂いが鼻をつく。

　　　……あの時、起動実験中に爆発が起きて……

　　　「え、エヴァは！？痛っ……」

　　　ガバッと起き上がると体のあちこちから激しい痛みがして顔を歪める。

　　　「使徒として処理されたそうだ。……初号機に」

　　　「な……っ。ぱ、パイロット……鈴原君は？」

　　　「無事だ。だが――」

　　　――２日前、ネルフ本部特別病室――

　　　ここ、何処や……妹の病院……？

　　　見たことの無い風景。自分の口には酸素呼吸器が取り付けられている。

　　　「トウジ……」

　　　声のするほうに視線を移す。

　　　そこにはシンジの姿。

　　　「……先生か？なんや、どないしたんや……」

　　　「すまない……」

　　　そうか。ワシ、３号機に乗って……ほんで……。

　　　「――――ええんや。命が助かっただけでも、な。そない辛気臭い顔すんなや」

　　　「僕が……俺が、もっとうまくやれば、こんなコトには――」

　　　「先生は何時でも精一杯やっとるってワシは思ってる。だから大丈夫や」

　　　トウジの寝ているベッド。彼には毛布がかけられているが、あるところだけがおかしい。

　　　そう、彼の左足は無くなっていたのだ。

　　　――１日前、ネルフ本部――

　　　「降りるって……エヴァを？」

　　　体じゅうに包帯を巻いたミサト。

　　　「はい」

　　　即答で答えるシンジ。

　　　「……ごめんなさい、シンジ君。ごめん、なさい……貴方に酷いことばかり押し付けて……」

　　　「……悪いのは――自分、ですから」

　　　――１日前、ネルフ本部第一脳神経外科　２０４号室――

　　　「…………まだ、生きてる」

　　　「綾波……」

　　　「……碇君」

　　　「良かった、ね。無事で」

　　　「碇……君？」

　　　――１日前、ネルフ本部第一脳神経外科　２０３号室――

　　　右腕が痛む。

　　　その痛みで目が覚めた。

　　　「痛……っ。ここ、病院……？はっ！？」

　　　慌てて身を起こす。

　　　「……シンジ？」

　　　「アスカ。お別れ……だね」

　　　「何を――？」

　　　「明日、第三新東京を出る」

　　　――「何よぉ、サボるんだったらアタシにも声かけなさいよ。……一人で行っちゃわないでさ」――

　　　そんな、会話が、頭を……よぎった。

　　　――そして時間は戻る――

　　　「シンジ」

　　　「……何」

　　　「あれはアンタが悪いわけじゃないんだから――」

　　　「違うっ！何も出来なかった自分が一番悪い！」

　　　吐き出すようなシンジの言葉が、胸に突き刺さった。

　　　「分かってると思うけど、シンジ君。これから貴方の行動にはかなりの制限がつくから」

　　　モノレールの改札口の前。

　　　ミサトに送られてここまでやってきた。車に腰掛けるようにアスカも居る。

　　　「わかってます……一つだけ、教えてください」

　　　目を瞑りながら話すシンジ。

　　　「……何故、トウジが？」

　　　「第四次選抜候補者はみんな貴方のクラスメイトだったのよ。私も最近知ったわ……。全て、仕組まれていたのよ」

　　　皆が……クラスの、皆が？

　　　「何時でも、帰ってきて良いからね……」

　　　そんな言葉を残して一人車に乗り込むミサト。

　　　だが車は発進させない。アスカを……待っているのだ。

　　　……色々と、言いたいコトは沢山ある。

　　　本当は、ここに居て欲しい。

　　　ずっと居て欲しい。

　　　まだ、あの答えも聞いていない。

　　　まだ、特別な人になってない。

　　　「……シンジ。本部までのパスコードはそのまんま。アンタの部屋はそのままにしておくから」

　　　「…………そう」

　　　でも――――それでも今は、彼を。笑顔で。送り出そうと。

　　　「あ、あんたが……居なくても……あ、あたしが居るから心配、しないで」

　　　「――――うん。アスカが居れば、大丈夫」

　　　笑ってくれる彼を見て、涙が……こぼれそうになった。

　　　……我慢しなさいよ、アスカっ……。

　　　まだ最後に言いたい……いっておきたい言葉があるのだから。

　　　「シンジの、帰る場所はあるんだから。何時でも……待ってる」

　　　――「まあ、そのうち見つかるさ。自分の好きなこと、楽しい事、自分の居場所を」――

　　　……っ！？

　　　「じゃあ、ばいばい。シンジが帰ってくるまで、あそこはアタシが守るから」

　　　もう、振り返らずに車に駆け込むアスカ。走り出す車を見送る。

　　　……アスカ……。

　　　最後の笑顔は、とても儚くて。頼りがいのない、笑顔であった。

　　　プラットホームでモノレールを待つ。

　　　ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……。

　　　「ただいま東海地方を中心に特別非常事態宣言が発令されました。
　　　　住民のみなさんは速やかに指定のシェルターに非難してください」

　　　モノレールの到着時間を示す電光掲示板が、避難通路という表示に切り替わる。

　　　「……使徒」

　　　「総員第一種戦闘配置。地対空迎撃戦用意」

　　　「目標は？」

　　　「現在、侵攻中です。駒ケ岳防衛線……突破されました！」

　　　空中をやや遅い速度で移動する使徒。随分太めのボディを持っており、その姿どおり動きは鈍重だ。

　　　それに対してＵＮやネルフの迎撃システムが弾幕を張り巡らせる。

　　　無論足止め……のはずだった。使徒の一撃が来るまでは。

　　　使徒の放った加粒子砲が大地を抉る。

　　　「第一から第十八番装甲まで融解！」

　　　地上からジオフロントの間には２０層にも及ぶ特殊装甲がしかれており、ジオフロントまでを堅くガードしている。

　　　それが……一撃で十八の装甲を貫いたのだ。

　　　「１８もある特殊装甲を一瞬に……！」

　　　怪我をした体を押してミサトが発令所に駆け込み、素早く指示を出した。

　　　「エヴァの地上迎撃は間に合わないわ！レイは初号機で発進。弐号機と初号機をジオフロント内に配置して！」

　　　女子更衣室で着替えをしているアスカ。

　　　右腕の包帯が痛々しい。

　　　「……何よ」

　　　そんなアスカを何か言いたげに見つめるレイ。

　　　彼女からアスカに何か言ってくるのは、珍しいのかもしれない。

　　　「弐号機、まだ右腕が無いわ」

　　　「……ハン。アンタに心配されなくても行けるわ……」

　　　「碇君……行ってしまった」

　　　「…………そうね」

　　　勝つ……絶対に。

　　　負けられない……どうしても。

　　　シンジの、帰る場所を守る。

　　　碇君を守る。

　　　――――必ず――――

　　　――――必ず――――　

　　　二人の思いは、殆ど一緒だったのかもしれない。

　　　弐号機が発進。それに続いてレイも初号機に乗り込む。

　　　「エントリースタート！」

　　　「ＬＣＬ電荷」

　　　「Ａ１０神経接続開始！」

　　　迅速に、そして確実に進む起動プロセス。

　　　だが……。

　　　思い切り鳩尾を叩上げられたような衝撃。吐き出しそうになる口元を押さえ込む。

　　　「うッ……」

　　　……ダメなのね、もう。

　　　「パルス逆流！」

　　　「初号機、神経接続を拒絶！」

　　　「まさか……そんな」

　　　相互互換テストではちゃんと起動していたのに……！

　　　切断されていく回路。そのモニターをありえないといった表情で見るリツコ。

　　　「……碇」

　　　「起動中止。レイは零号機で出撃させろ。初号機はダミープラグで再起動」

　　　撃ち出される４発の加粒子砲。街が……粉砕していく。

　　　……僕は……。

　　　「君っ！？何をしてるんだ！早くシェルターに避難しなさい！」

　　　そんな光景を暫し見つめた後、のろのろとした動きでシェルターに向かいだした。

　　　「ダメです！後一撃で全ての装甲は突破されますっ！！」

　　　発令所に鳴り響く緊急警報。そして……その一撃が降り注いだ。

　　　装甲が吹き飛び、ジオフロントに続く大穴が空く。

　　　「……頼んだわよ。アスカ」

　　　モニターを祈るように見つめるミサト。

　　　弐号機はジオフロントで、ありったけの武器を調達して、いつでも迎え撃てるように準備は万端だ。

　　　彼女の周りにはライフルやロケットランチャー等の武器が、すぐに使えるように突き刺さっている。

　　　――来る！

　　　突き破った地表から、爆煙を掻き分けて使徒が悠々と降りてくる。

　　　ライフルを構えて躊躇無くトリガーを絞った。

　　　ライフルが唸るような咆哮をあげ、全ての弾がＡ・Ｔ・フィールドに弾かれる事無く使徒に直撃する。

　　　だが、使徒の動きは止まらない。まるでダメージが無いかのように。

　　　「くっ……Ａ・Ｔ・フィールドは中和しているハズなのにっ……！」

　　　片手だけでは反動で標準がブレ……何時もより集中力を消耗する。

　　　撃ち尽くしたライフルを投げ捨て、新しいライフルを構えて放つ。

　　　……くっ！

　　　使徒がジオフロントに着地するまで何発叩き込んだか分からない。

　　　だが、使徒には一つも効果が無いようだった。

　　　弾が残っているライフルを棄てて、威力の高いロケットランチャーに切り替える。

　　　放つ弾が確実に着弾して爆発する……またしても使徒には傷一つ無い。

　　　ギリッ……。強い苛立ちが歯軋りとなってアスカの口から漏れた。

　　　「初号機の状況は！？」

　　　「ダミープラグ搭載完了！探査針打ち込み終了！」

　　　赤いエントリープラグが初号機に挿入される。

　　　「コンタクト、スタート！」

　　　「了解！」

　　　途端、警報に埋め尽くされるモニター。

　　　「パルス消失！ダミーを拒絶！ダメですっ……エヴァ初号機起動しません！」

　　　ダミーも……レイも……受け入れないの？

　　　「冬月。少し、頼む」

　　　席を立つゲンドウ。

　　　また、弾切れだ。どれだけ撃ち込んでも、びくともしない使徒。

　　　「……くうっ！！」

　　　撃ち捨てられたライフルやランチャーの数々。もう、装填済の武器も底をついてきた。

　　　このままじゃいけない。これは今までとは別格だ。

　　　そんな焦りの混じった感情がアスカを支配し始めた。そこに、突然レイから通信が入る。

　　　「弐号機パイロット」

　　　「何っ！？」

　　　「使徒の隙を作って……貴女に出来るでしょ」

　　　いつもの無表情なレイ。だが、よくよく見れば、その奥底には覚悟がにじみ出てアスカは少し驚く。

　　　シンジは……ジオフロントから呆然と、その苦戦する弐号機の光景を見ていた。

　　　……アスカ。

　　　握りこんだ手の平は汗でびっしょりになっている。

　　　「シンジ君じゃないか」

　　　振り向くとスイカに水をやる加持がこちらを、何時もの落ち着いた表情で見据えていた。

　　　「……こんな時に、スイカですか」

　　　「それはこっちの台詞だよ。シンジ君は何してるのさ」

　　　「…………もう、僕はあれには乗りません」

　　　「そうか……。それも君が決めた事だ。俺はここで水を撒く。死ぬ時は……ここに居たいからな」

　　　「――――死ぬ」

　　　「そうだ。ここの地下に眠るアダムと使徒が接触すれば人は滅びると言われている。サードインパクトでな」

　　　瞬間、膠着状態だった場面が動いた。弐号機が使徒に猛然と走り出す。

　　　アスカっ……無茶だ！

　　　片手しかない弐号機。その手にはプログナイフ。

　　　放たれる使徒の加粒子砲を寸でで避けた。だが、電源ケーブルが切断。

　　　そして、使徒の後方から……零号機がリフトで浮上してくる。

　　　零号機も片手しかない。その手には……。

　　　――Ｎ２爆雷！？綾波！

　　　使徒の真後ろに突進する零号機。ライフルでもランチャーでもダメなら、N２爆雷しか有効になりそうなものは無い。

　　　「自爆する気！？」

　　　「レイっ！」

　　　気配に気づいて鈍重な動きで振り返る使徒。

　　　突き刺そうとしたＮ２爆雷がＡ・Ｔ・フィールドに阻まれた。

　　　「Ａ・Ｔ・フィールド、全開っ……」

　　　ズズッ……。

　　　僅かにめり込んでいくＮ２爆雷。A・T・フィールドに無理やり押し込む。

　　　……私が死んでも、代わりは居るもの。

　　　そしてＮ２爆雷がＡ・Ｔ・フィールドを突き抜け……コアに――。

　　　――勝った。その時レイはそんな思いを抱く。

　　　まさにコアにぶつかる間際、コアを守るように隔壁が降りた。レイの希望を閉ざすかのように。

　　　「―――！」

　　　激しい爆発、閃光。その影響でモニターの画像が激しく歪む。

　　　「ぜ……零号機は……」

　　　静止した零号機。使徒の手のような物が、鉄で出来た布……生き物のように蠢く。

　　　無慈悲に、それは零号機に顔面に突き刺さった。

　　　「あ……ああ……なんてこと」

　　　「弐号機活動限界まで４０秒！」

　　　……あ、綾波……あす、か……。

　　　このまま、彼女達を喪うのか。

　　　何も出来なくて、トウジを助けられなかった。

　　　でも、今は……出来る事が、あるはず……だ。

　　　後悔、しないように。

　　　「……もう、逃げない……」

　　　「頑張れよ、シンジ君」

　　　加持の言葉を背中で受けて走り出す。

　　　「ハアアアアアアァァァァァッ！」

　　　零号機に気を取られ、無防備な使徒の背中にプログナイフを突き立てる。

　　　それも無駄。ナイフの刃が力なく崩れる。

　　　「そんな……プログナイフでもダメなんて……」

　　　ピィッ――！！

　　　光る使徒の目。もしかしたらアスカは避ける事すら忘れていたかもしれない。

　　　ただ、敵を倒す。それだけに押されるように。

　　　「右肩部に直撃ッ！！」

　　　「アスカっ！！」

　　　「初号機は……初号機はまだなのっ！？」

　　　エラーが出つづけるモニター。何度やっても同じ画面になってしまう。

　　　受信しない初号機。拒絶する初号機。

　　　「続けろ……もう一度１０８からやり直せ」

　　　初号機のケイジ、その管制室で直接指揮を出すゲンドウ。

　　　サングラスにはモニターのエラー画面が反射していた。

　　　プロセスを再度やり直し、静まり返る管制室。

　　　そこに一際大きな声が貫くように響く。

　　　「乗せてくださいッ――！」

　　　声のする方を見れば、肩で息をするシンジの姿。

　　　ゲンドウはかける言葉を捜すように沈黙し、憮然とした声で問いただす。

　　　「……何故、戻ってきた」

　　　「――――僕は、エヴァ初号機のパイロット、碇シンジですッ！」

　　　「弐号機、活動停止まで後２０秒を切ってます！」

　　　……負け、られない。

　　　……あの女だって、その気で特攻したんだから。

　　　体中がビリビリと痛い。痛くて痛くて、どこがどう痛いのかわからないくらいに。

　　　弐号機は……もう、ボロボロだった。

　　　それに構わず使徒はゆるりと距離を縮める。実弾兵器も、N２爆雷も、プログナイフすら受け付けない使徒。

　　　全ての攻撃方法を封殺され、倒さなければいけないのに、アスカにはどうしたらいいか……わからなくなっていた。

　　　そんな弐号機の前を――遮るように、守るように初号機がリフトで現れる。

　　　「初号機！？シンジ君なの！？」

　　　……もどって、きたんだ……。

　　　そんな、安堵か、悲しみか分からない感情をため息と共に吐き出した。

　　　だけど……初号機は動かない。ぴくりとも動かない。

　　　「どうしたの？初号機は？」

　　　「だ、ダメです！初号機のシンクロ率が二桁を切ってます！」

　　　「シンジ君っ！！」

　　　レバーを必死で動かすシンジ。そんなシンジを嘲笑うかのように、初号機は沈黙を守る。

　　　「……動けっ！動けっ！」

　　　なんで動かないんだ……！どうして……！

　　　母親を殺したエヴァに対する恐怖か。

　　　それとも、友人を握りつぶしたことへの畏怖か。

　　　いままで蓄積されてきたエヴァへの不信感が、ついに破れ出た。

　　　動かない初号機に、加粒子砲の雨が……降り注ぐ。

　　　破壊されるエヴァ。これでもかと言うほど、初号機の胸部が破壊される。

　　　そこから、使徒が持つコアと似たような球体が顔を見せた。

　　　「あれは……！？」

　　　モニターからそれを見つめるミサト。

　　　そこを使徒は執拗に攻撃する。布のような両手で何度も何度も突く。

　　　……動けッ、動けッ！

　　　今やられるわけには行かないんだ！

　　　もう、誰も……見殺しにしたくないんだ！

　　　だから――動いて……。

　　　強く……願うように。

　　　ドクン……ドクン……。

　　　心臓の、音が。

　　　「え、エヴァ初号機起動！」

　　　ゆらりと幽鬼のように立ち上がる初号機。目には火が灯る。

　　　「まさか……そんな！初号機のシンクロ率が４００％を超えています！」

　　　「やはり目覚めたのね。彼女が」

　　　その初号機を見ながら呟くリツコ。

　　　初号機が右腕を振り下ろす。衝撃波か何かは良く分からない。

　　　その一撃で、たった一撃で……勝負はついてしまった。

　　　Ａ・Ｔ・フィールドを紙のように貫いて使徒の体が深く切り刻まれる。

　　　「ハァ、ハァ、ハァ――！」

　　　四つんばいになりながら使徒に近づき……そしてその体を貪る。

　　　まるで獣のように。

　　　「使徒を……食ってる？」

　　　「Ｓ２機関を自ら取り込もうと言うの？エヴァ初号機が」

　　　その異様な光景。それに釘付けとなる面々。

　　　「ウォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ！！」

　　　地獄の雄叫びと共にエヴァの装甲が砕け飛び、素体が丸見えになっていく。

　　　「こ、拘束具が……」

　　　「拘束具？」

　　　「そう、あれは装甲板ではないの。エヴァ本来の力を私達が押えるためのものなのよ」

　　　その封印が解かれていく。

　　　もう、誰もそれを見ているしかないのだ。

　　　「初号機の覚醒と開放……ゼーレが黙っちゃいませんな。これも、シナリオのうちですか？碇司令」

　　　如雨露を片手に雄叫びを上げつづける初号機を見定める加持。

　　　「はじまったな」

　　　「ああ……全てはこれからだ」

　　　To be continued……

　　　後書き

　　　お久しぶりです。

　　　アスカばっかり書いてしまってシンジの影が薄くなってしまったり……。

　　　その割には二人の仲は進んでいるようで進んでいないような……（ヲイ）

　　　残りの使徒は後３体、やっかいな連中だけが残っております。

　　　シンジは元からですが、レイもアスカも大分本編からはかけ離れてきました。

　　　本当に稚拙な小説ですが応援していただければ本当に本当に本望です。

　　　アスカ「帰る場所があるっていいことよね」

　　　レイ「その台詞……あの人とかぶってるわ」

　　　アスカ「あの人って？」

　　　レイ「……秘密」

　　　アスカ＆レイ「次回、新世紀EVANGELION・Another 第拾六話「帰る場所」

感謝の言葉：

そして、歴史は繰り返す…。

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