「あいつにこんな趣味があったなんてねぇ……」

　　　如雨露で大地に恵みの水をふりかけていくミサト。

　　　そこの一角だけはスイカの花が所狭しと咲いている。

　　　後ろのベンチではアスカが足をばたつかせてその光景を見ていた。

　　　「はぁ……テストも無いし。暇ね」

　　　「……もうテストなんてすることないのよ。アスカ」

　　　「どういう……ことよ」

　　　「薄々はわかってるんでしょ？あの子が最後の使徒だったからよ」

　　　……渚カオル。

　　　最後は自殺するように消えてしまった子。

　　　シンジを、好きだった子。

　　　あのストレートな感情表現に今でも……ちょっと嫉妬しているかもしれない。

　　　「使徒はもう来ないのね。もう戦う事も無いのかぁ……」

　　　ことん。

　　　頭を下げて空を見上げる。

　　　隣のシンジはまだ寝ている。

　　　……こいつってよく寝てるわね。

　　　つんつん。

　　　ほっぺを指で押してもてあそぶ。

　　　……むう……。

　　　とっても無防備な寝顔。

　　　「シンジ。ほら起きて……」

　　　ゆさゆさとシンジを揺さぶる。

　　　「ゥん……？あれ……眠ってた？」

　　　「そーよ。ほら起きて」

　　　ゆっくりと立ち上がる。太陽の光がまぶしい。

　　　ぼおっとしたシンジを見惚れたように眺める。

　　　……戦ってる時と全然違うのよね……。

　　　特に寝起きは儚いような、そんなイメージがある。

　　　母性本能をくすぐられるのか、特にそう言う時のシンジには……自分は弱いと思う。

　　　「ごめん……」

　　　「いいのよ」

　　　極自然な二人の会話を聞いてミサトは思う。

　　　ほんと……変わったわね。

　　　シンジ君も、アスカも。

　　　まだここに来た頃のシンジを思い出す。

　　　自分の思いを表現するのが下手な子で、友達が出来るか心配した時もあったっけ。

　　　それが今ではねぇ……。

　　　なんか息子の成長を見守る母親の心境だわ。

　　　……さて。

　　　「……二人とも」

　　　振り向く二人に近寄り、柔らかく肩を抱く。

　　　「な、なによ」

　　　「最後の使徒は消えて……人類を滅ぼす敵は居なくなったわ。でも……まだ最後の戦いが残ってるの」

　　　「……ゼーレ」

　　　ぽつりと呟くシンジに驚くミサト。

　　　「知ってたの……？」

　　　「…………あの子が」

　　　最後の時。遺言のように語った言葉。

　　　「ゼーレってなによ？」

　　　「ネルフの上位機関に当たる所ね」

　　　「そんなのあったの？」

　　　「極秘だからね。そのゼーレ……いえ、エヴァシリーズが最後の敵になるはずよ」

　　　極秘に量産が急がれているエヴァ７号機から１３号機。

　　　５、６号機はすでにロールアウト済みである。

　　　最後の使徒戦で使用された４号機は、ネルフ本部で厳重に封印されていた。

　　　「どうしてエヴァが最後の敵なのよ！」

　　　「それを使ってサードインパクトを起こすつもりなのよ。使徒ではなく、自分達の手でね」

　　　……その台詞。その台詞はあの子と同じで。

　　　「何でよ！？」

　　　「人類補完計画への発動のためね。群体である人類を完全な単体として人工進化させる計画……それで全てを補おうというのよ」

　　　「は？ばっかじゃないの！」

　　　吐き捨てたようなアスカの台詞に、ミサトも同意するように言葉を続ける。

　　　「そうね。でも彼らはそれが救いになると信じている」

　　　自分に欠けているモノを他人で補う。まさに理想か。

　　　「……完全体であるのはある意味の死」

　　　「シンジ？」

　　　「不完全だから成長しようとしたり……するんだとおもう。だから人は生きてる」

　　　成長が止まる時、それは無となる。止まる自身。

　　　そうなれば死んだも同然なのだ。

　　　「ええ。だから補完計画は阻止しなきゃならないわ。生き残るためには。
　　　　……今日から私少し潜るわ。調べないといけないこともあるから。もし私から呼び出しがあった時は……」

　　　それは、最後の戦いが始まる時。

　　　「今日からは二人で生活してね。彼方達は……大丈夫。大きくなったわ……ホント」

　　　ぽんぽんと頭を軽くたたくミサト。

　　　「べっつにミサトに育ててもらったわけじゃないわよ」

　　　「あっは。そうね……」

　　　プイと顔を反らすアスカに優しく語りかけるミサト。

　　　暫しのお別れ……だからここに来たかったのかもしれない。

　　　それから数日。まだそういう連絡は無く、本当に緩やかで……穏やかな生活が続いている。

　　　暇な時は一日中チェロを弾いたり、散歩したり。

　　　夢のような、平和な日々。何時か終わりが来ると知っていても、今はその平和な時に身を沈めて居たかったのかも知れない。

　　　そんなある日の夜。

　　　「ねえ……シンジ」

　　　「……うん？」

　　　「ずっとこのままだといいのにね……」

　　　握られた手が、震えている。

　　　この平和な時を。失うのが怖いのか。

　　　「……大丈夫」

　　　そんな事に怯える事も無いくらい、当たり前の……普通の生活を必ず。

　　　エヴァに乗ってから本当に沢山のモノを失った。

　　　足を失った友人。死んでしまった二人の子。

　　　失ったものに恥じないように……したい。

　　　「そのためにフィフスを送り込んできたわけですか」

　　　「……人はそんなに単純ではありませんよ。
　　　 すでにシナリオとはかけ離れていますが？」

　　　「…………フッ」

　　　「死は……何も生みません」

　　　ヴゥン……。

　　　残酷な死の宣告を残してモノリスが消える。

　　　「人は生きていこうとする所にその存在がある。それが自らエヴァに残った彼女の願いだからな」

　　　ゲンドウの傍らにいた冬月。モノリスが消え去った後に懐かしむように言葉を吐き出した。

　　　同じ時刻。何かに促されるかのようにレイが目を覚ます。

　　　――今宵は満月。差し込む光が優しく照らす。

　　　「…………行かないと」

　　　もう、約束の時が来る。

　　　だから行かなければ……。

　　　幽霊のように立ち上がってふらふらと部屋を出て行く。

　　　残された部屋。床にうち捨てられた誰かのメガネと紅茶の缶が月光に晒されて泣いていた……。

　　　早朝。ネルフ本部。MAGIのサーバールームから直接、不正なアクセスをしているミサト。

　　　カタカタカタカタ……。

　　　打ち込まれるキーの音。システムの温度を一定に保つためにかなりそこは冷える。

　　　「そう……これがセカンドインパクトの真意だったのね」

　　　真実の情報。それを映し出していた画面が突然ブロックされる。

　　　「気づかれた！？」

　　　手元に用心として置いてあったUSPをすぐさま構える。

　　　……が、ネルフの諜報部員の姿は何処にも見えない。

　　　「違う……？始まるのね。最後の戦いが」

　　　すぐさま発令所に向かいながら携帯電話で連絡を取る。

　　　「日向君、葛城よ。状況は？」

　　　「おはようございます。先ほど日本政府からＡ８０１が発令されました」

　　　「８０１……？」

　　　聞いたことの無い条例に聞き返すミサト。

　　　「ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への移譲……最後通告ですよ。
　　　　現在ＭＡＧＩがハッキングを受けています」

　　　「わかったわ。至急シンジ君とアスカを本部に召集。保安部に厳重にガードさせて」

　　　「了解」

　　　「レイは？」

　　　「所在不明です。位置を確認できません」

　　　「確保急いで……！ＭＡＧＩは？」

　　　ＭＡＧＩの占拠は本部の占拠と同意義である。ＭＡＧＩが掌握されれネルフ本部の機能を根こそぎ渡すことになる。

　　　「伊吹です！今、赤木博士がプロテクトの準備に入りました」

　　　……リツコが？

　　　それほど余裕が無いのね……。

　　　電話を一度切って短縮に登録してある自宅の番号を呼び出す。

　　　「……アスカ？私よ。すぐに本部に来て頂戴。……そう、最後の戦いよ……。
　　　　ええ、保安部を寄越すから。じゃ、本部で待ってるわ」

　　　ようやく発令所に直通するリフトに辿り着く。それを使って発令所に上がるミサト。

　　　最後の使徒以来鳴らなかった警報が鳴り響き、スタッフも慌ただしく動いている。

　　　「プロテクトの状況は？」

　　　「あ、なんとか間に合いそうです。流石赤木博士です。１２０ページの――」

　　　ＭＡＧＩへのハッキングは前哨戦ね……。おそらくはこの後に本部施設とエヴァの占拠を目指してくるわ。

　　　「ＭＡＧＩへのハッキングが停止しました！」

　　　モニターに映し出されるメルキオール、バルタザール、カスパー。

　　　すでにメルキオールとバルタザールは向こうに乗っ取られており、カスパーも残り僅かで占拠というところだった。

　　　「Ｂダナン型防壁を展開。以後６２時間は外部侵攻不能です」

　　　同時に警報も解除され、ひと時の平穏が戻る発令所。

　　　「碇はＭＡＧＩに対し第６６６プロテクトをかけた。この突破は容易ではない……」

　　　「ＭＡＧＩの接収は中止せざるを得んな」

　　　「戦略自衛隊は動かぬか」

　　　「情報の隠蔽はヤツの十八番だったな」

　　　「出来うるだけ穏便に進めたかったのだが致し方ない」

　　　「エヴァシリーズによる本部施設の直接占拠を行う」　　　

　　　「弐号機パイロット、今到着しました」

　　　「……？シンジ君は？」

　　　アスカの到着だけというのはおかしい。一緒に来ているはずなのだが……。

　　　「なんでも保安部が二人を別々に移動させているとかで」

　　　「確認急いで」

　　　「はい…………え？なんだって！？サードチルドレンロストです！」

　　　「――っ！やられた……っ。弐号機はエントリー準備に入って！」

　　　ＵＳＰをスライドさせ銃弾を装てんする。

　　　「アスカ、聞こえる？」

　　　「聞こえるわよ。……シンジはどうしたの？」

　　　「……大丈夫、すぐに着てくれるわ。それまでは頑張って。エヴァシリーズを完全に殲滅よ」

　　　花のような笑顔で安心させるミサト。

　　　「もちろん！」

　　　弐号機との通信を切ると同時にエントリーが開始される。

　　　「サードチルドレンがロストしたポイントは？」

　　　「市街地のＢエリア６−３あたりです」

　　　確実にゼーレに拉致されて今は監禁されているだろう。

　　　私が行くしかないわ……。

　　　９機のエヴァにアスカ一人じゃ……分が悪すぎる。

　　　向こうはＳ２機関搭載型でこっちは電源ケーブルでの稼動……。

　　　シンジ君を連れてくるまで、持ちこたえてて――アスカ！

　　　「わかったわ。日向君、ごめん……後宜しく」

　　　「はい」

　　　発令所を出て行くミサト。それを見定めるかのように司令席に居たゲンドウが静かに立ち上がる。

　　　「冬月先生……。後を頼みます」

　　　「わかっている。ユイ君に宜しくな」

　　　おそらくはもう碇に会う事もあるまい……。計画が成功しようとしないだろうとな。

　　　……さて、どうなることやら……。

　　　「弐号機、進路クリア！」

　　　「発進だ」

　　　「了解！……上空に輸送機の反応あります！これは……」

　　　ネルフ本部の直上。雲を切るように９つの輸送機が現れる。

　　　白いボディにのっぺりした奇妙な顔。その背中に赤いエントリープラグが挿入される。

　　　手には何か……楕円形の刀のような物が握られており、静かに地上へ投下。

　　　空中でその奇妙なフォルムに似つかわしくないような、翼を広げてゆっくりと旋回する。

　　　「あれが……エヴァシリーズ」

　　　射出されたアスカが見上げる先に……。笑い声のようなモノをあげている量産機が酷く不気味に思えた。

　　　専用車に乗せられて本部に向かう途中……。突然体に強烈なショックが与えられた。

　　　声を出す暇も無く卒倒する自分。

　　　……アスカ……。

　　　それで記憶がフラッシュバックした。

　　　次に気が付いたのは見知らぬ部屋。明かりも無く、窓もない部屋だった。

　　　薄暗いそこには自分以外誰も居ない。冷たいコンクリートの壁の一面にドアが取って着けたようにあるだけだ。

　　　「痛っ……。ここは……」

　　　俺、拉致されたのか……？なんで……。

　　　瞬間、最悪の想定が頭の中で組み立てられた。

　　　――私の目的は、彼方の気持ちを私に向かせて、そして最後は彼方に殺させる。彼方を傷つけるために――

　　　じゃあ、次は何を狙う？

　　　カオルでもダメだった。つまり残るのは――残されたのは――。

　　　「アスカが、アスカが危ない！」

　　　ともかく早くここから出て……！

　　　「誰か！誰か居ないのか！」

　　　身動きが取れない。手足にはがっちり手錠がはめ込まれている。

　　　自由なのは口だけで精一杯叫ぶ。

　　　「くっ……」

　　　歯がゆい。あんまりにも歯がゆくてじたばたと暴れだす。

　　　くそっ……くそっ……。

　　　ダンッ！！

　　　「！！」

　　　ドアの向こうから銃声。耳を澄ませば、何か叫んでいるような声も聞こえる。

　　　その内容までは聞き取れない。

　　　ダンッ！ダンッ！！

　　　撃ち合うような銃声の掃射。暫くするとそれも止んで、また部屋は沈黙に包まれる。

　　　そして……ゆっくりとドアが開いた。

　　　目が暗闇に慣れていたせいで、ドアを開けた人物が見えない。

　　　「……誰？」

　　　「よぉ、シンジ君。助けにきたぞ」

　　　「か、加持さん！」

　　　何時ものように飄々とした加持。

　　　先ほどまで銃撃戦をしていたのは彼なのに、その様子を微塵も感じさせない。

　　　「急ごう。もうエヴァシリーズが来ている。アスカが……一人で戦っているよ」

　　　「ありがとうございます……」

　　　自由になった手足で地面に立つ。

　　　急がなければ……その思いで外に向かって走る。

　　　遠くで、弐号機が白いエヴァと対峙しているのが見えた。

　　　……アスカ。すぐ、行くから。

　　　ギュルルルルルルルルル！！

　　　猛スピードでこっちに向かって突進してくる車。

　　　ミサトのルノーが暴力的にやってくる。

　　　「よ、葛城」

　　　「加持君……」

　　　ミサトの表情は……ここからは良く見えない。

　　　ここに来るようにミサトに連絡したのは加持だろう。

　　　「シンジ君……。良かった無事で……」

　　　「はい。でもアスカが……」

　　　ここでぐずぐすしているわけには行かない。

　　　「感動の対面は後回しにしよう」

　　　すぐに乗り込み急発進する車。

　　　「あんた、今まで何処で何してたのよ？」

　　　「まあ、色々とな」

　　　「……そう。後で聞かせてよね」

　　　「もちろんさ」

　　　少しだけ陽気な会話はここまでで。少しの間を置いてミサトが話し出す。

　　　「セカンドインパクト、あれは人間に仕組まれたものだったのね」

　　　「ああ。他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元することによって、被害を最小限に食い止めるものだったのさ」

　　　最小限に食い止めても……あんなに被害が出たのか。

　　　「私達人間もリリスと呼ばれる生命体から生まれた１８番目の使徒……。他の使徒は別の可能性だった」

　　　人の形を捨てた、もう一つのヒト。

　　　異形の者達。でも最後の１７番目の彼女は人間と殆ど変わらなかった。

　　　「エヴァシリーズを完全に殲滅する。それしか、生き残る道はないわ」

　　　「……必ず、殲滅か」

　　　９対1。どう考えても分が悪い。それに今は自分が囲まれている。　　　

　　　まずはコレを突破するしかない。

　　　外部電源をパージする。稼動限界までのカウントダウン。

　　　ケーブルの長さには限りがあるし、なにより動きがそれで阻害されるのは致命的であった。

　　　……行くわよ、アスカ。

　　　「でああああああああああああっ！」

　　　一機のエヴァに突っ込む。全体重をかけるように頭を押しつぶした。

　　　だらりと力を失って倒れこんでくるそれを、体ごと引き裂く。

　　　「まずは一つ……」

　　　包囲網を突破して改めて状況を分析する。

　　　残りのエヴァは８体。内臓電源は後４分半少々。一体につき３３秒ほどしか時間を裂けない。

　　　短期決戦でいくしかないわね……。

　　　幸い、量産期の動きは鈍く、装甲もたいした事は無い。

　　　「……あいつからね」

　　　向かってくる量産期の先頭。それを叩く。

　　　掴みかかってくる手をスルリと避けて、プログナイフで首を引き裂く。

　　　盛大に血しぶきをあげて倒れる量産機。

　　　その後方から二機のエヴァが迫る。

　　　「二体一気にはきびしい……」

　　　片方のエヴァの顔面にナイフを投げつけ、すぐに後ろに下がった。

　　　投げつけられた方のエヴァは突き刺さったナイフを抜こうと少しもがいている。

　　　もう一方はそれに構わずこちらに向かってきていた。

　　　……武器は……！

　　　運良く足元に奇妙な両手剣が突き刺さっていた。

　　　構わずそれを手にとり振りぬく。

　　　ガギッ！！

　　　ぶつかり合う刀。あまりの衝撃にバランスを崩しそうになるがなんとか持ちこたえ、もう一度振りかぶる。

　　　「こんのぉぉぉぉ！！」

　　　ガギィィィィィン！！

　　　またも相手の両手刀に阻まれる。が、今度は敵の刀を上手く捌いて無防備な胸に思い切り突き刺した。

　　　「ガギャアアアアアアアアアア！！」

　　　奇声をあげて吹き飛んでいく体の一部。

　　　「――――ッ！！」

　　　動きが止まっていた量産機の手が顔面に押し当てられた。

　　　「あああああああああああああああああッ！！！」

　　　押される体をくるりと反転させて、抜けきってない顔面のナイフを……頭をぶち抜かんばかりに押し込む。

　　　砕けるナイフに構わず、更に手を頭に差し込んだ。

　　　「はっ！？」

　　　前方から無傷の量産機が迫る。

　　　致命傷を与えたエヴァの胸をけり跳ね飛ばす。それが迫っていたヤツにあたり動きが止まる。

　　　「ハアアアアアアアアアアアッッ！！」

　　　重なり合った二機のエヴァ。それに肩口からナナメに両手剣を振り下ろした。

　　　ばっさりとは切れないが、それでも鳩尾辺りまで刀が食い込んでいる。

　　　「fuenf!!」

　　　ネルフ本部、ターミナルドグマ。

　　　磔にされた白い巨人を見上げるゲンドウと全裸のレイ。

　　　そのはＬＣＬが溜まって湖のようにもなっている。

　　　そこに……拘束解除されたリツコが背を向けて座っている。

　　　「お待ちしておりましたわ……」

　　　スッと立ち上がり、白衣のポケットから小型の拳銃をゲンドウに向けた。

　　　チャキッ……。

　　　撃鉄が降りた音が響く。

　　　「ごめんなさい。アナタに黙って先ほど、ＭＡＧＩのプログラムを変えさせてもらいました」

　　　拳銃を持っている逆の手。それは白衣に突っ込まれたままである。

　　　そこには、ＭＡＧＩへのリモコンが握られている。

　　　「娘からの最後の頼みよ……。母さん、一緒に死んでちょうだい……」

　　　そのリモコンの自爆スイッチを、押した。

　　　――――ピッ。

　　　だが……幾ら待てども終わりが来ない。

　　　「作動しない！？何故！？」

　　　ＭＡＧＩ、三体のコンピュータの内、カスパーだけが自爆を否決していた。

　　　「カスパーが裏切った……。母さんは娘より自分の男を選ぶの……？」

　　　動揺するリツコに、ゲンドウが今度は拳銃を突きつける。

　　　「赤木リツコ君。本当に――」

　　　――銃弾の一閃が、彼女に全ての幕を下ろした。

　　　「ハァアアアアアアアアアアッ！」

　　　量産機の頭を握りつぶす。

　　　内臓電源は……もう５０秒を切っている。

　　　なのにまだ向こうのエヴァは３機も残っていた。

　　　……シンジ、早く……来てよ……。

　　　もう片方のウェポンラックからプログナイフを取り出して、そのエヴァの胸に突き刺す。

　　　メキメキメキッ！！

　　　食い込んでいくナイフ。悲鳴をあげる量産機。

　　　「キャアアアアアアァァァァァッ――――！！」

　　　一瞬油断した弐号機の、アスカの腕に両手刀が食い込んでいた。

　　　「ああああああああああああああああああああああああああああっ！！」

　　　背後を取っていた別のエヴァに裏拳を放つ。

　　　……痛……い……。

　　　左腕を押える。何処も怪我はしてないのに、左手は動きそうにも無かった。

　　　８体目の量産機。動きが止まったアスカの肩に噛み付こうと爬虫類のような顔を擡げる。

　　　ズバァァァァアアアアアアアアアアアッ！！

　　　噛み付こうとしたその瞬間。その顔、いや頭が綺麗に消し飛んだ。

　　　初号機がポジトロンライフルを構えていた。

　　　「ば……かっ……。お、おそ……っ」

　　　どうしようもなく涙が出る。

　　　わかっていた。絶対シンジは来てくれるって。

　　　だから、嬉しかった。

　　　「アスカッ！！」

　　　駆け寄る初号機。それに身を任せるように倒れこむ弐号機。

　　　通信モードに切り替えて、残り僅かな電源を消費させないようにしたのだ。

　　　残っていた電源時間は、たった……７秒だった。

　　　「ごめん……もう、大丈夫だから」

　　　「――うん、うん――」

　　　弐号機を抱きかかえて、生きている最短のリフトに向かう。

　　　静かに、そこへ彼女を下ろした。

　　　「弐号機回収お願いします」

　　　「アダムはすでに私と共にある。ユイと再び会うにはこれしかない。アダムとリリスの禁じられた……融合だけだ」

　　　白い巨人。リリスの目の前で向かい合う。

　　　ズルッ……。

　　　レイの腕が音を立てて抜け落ちた。

　　　「時間が無い……。Ａ・Ｔ・フィールドがお前の形を保てなくなる。はじめるぞ、レイ。
　　　　Ａ・Ｔ・フィールドを、心の壁を解き放て。欠けた心の補完。不要な体を捨て、全ての魂を今ひとつに……」

　　　「そして、ユイの元へ行こう」

　　　体の力をそっと抜いて、目を閉じる。

　　　ゲンドウの右手。その手の平にはアダム。

　　　「あ……っ」

　　　それが、レイの胸に触れた。

　　　溶けたゴムのように彼女の体の中に手が食い込んでいく。

　　　ズ……ズズッ……。

　　　胸から降りていく手。それが彼女の子宮に辿り着いた。

　　　「ウッ……！」

　　　……何？

　　　この感じ。何？

　　　欠けた心が全て埋められていく感じ。

　　　「――――！」

　　　頭の中に、二人目のレイの意識、記憶が押し寄せるように流れ込んでくる。

　　　――退いて――
　

　　　――……やります、僕が乗ります――

　　　――そんなの、悲しすぎる……じゃ、ないか……――

　　　――……ごめんなさい――　　　

　　　――何よ！言いたい事があるならハッキリ言えばいいじゃない！アンタのせいだって、アンタが許せないって！――

　　　――……違う――

　　　――どこがよっ！――

　　　――許せないのは……多分、自分だと思うから――

　　　――ちょっと……苦いかもしれない――

　　　――そう……？――

　　　――独りで飲むよりはずっと……美味しいわ――

　　　「……！！」

　　　自分に同化したアダムが腕ごと引き抜かれる。

　　　「何故だ……レイ？」

　　　「私は、あなたの人形じゃ……ないから」

　　　「……そう、か」

　　　再生されるレイの腕。

　　　「私は……私。あなたじゃ、ない……」

　　　「――すまなかったな。レイ」

　　　今度こそ、本当に。

　　　同時に激しい揺れがネルフ本部を襲う。

　　　「どうしたの！？」

　　　「ターミナルドグマで爆発があった模様、詳細は不明です！」

　　　「なんですって……！」

　　　加持と共に発令所に戻ってきたミサト。

　　　弐号機を回収した後に、謎の爆発。

　　　しかも……あそこには、アダムいえリリスが……。

　　　「すぐに状況を確認して！」

　　　「ハイ！」

　　　モニターを見上げる。そこには最後に残された量産機と初号機がにらみ合っていた。

　　　「――――！」

　　　何処からか飛んできた両手刀。

　　　咄嗟にＡ・Ｔ・フィールドでガードするシンジ。

　　　それはフィールドに阻まれるように空中で静止……したように、見えた。

　　　……ろ、ロンギヌスの槍！？

　　　ブチブチッ……。

　　　Ａ・Ｔ・フィールドを貫こうとするそれ。フィールドに反応してその刀は真の姿をあらわした。

　　　ロンギヌスの……コピー！？

　　　「アアアアアアアアアアアアアアアッッッ！！」

　　　フィールドが破られる前に展開を解除して逃げる。

　　　だが、槍のスピードは想像以上に早く、初号機の肩に突き刺さった。

　　　……くぁ……っ！

　　　激痛に耐えてそれが飛んできた方向を見定める。

　　　そ、んな……ばかな……。

　　　そこにはアスカが倒したはずの量産機達。

　　　全員空を飛んで、その手にはロンギヌスコピーが握られている。

　　　ニィイ……！

　　　無気味に笑う彼ら。

　　　一斉に投げつけられる槍。

　　　くそおおおおおおおおおっ！！

　　　前に飛んで何とか避ける。

　　　だが、地面に刺さったロンギヌスの槍の柄の部分が奇妙に彼らの手元にまで伸びる。

　　　そして元の形に、彼らの手の内に槍は戻っていく。

　　　だめだ……これじゃあ……。

　　　対空攻撃できる武器が手元に無い。

　　　武装リフトで武器を出してもらっても、それを取って使うまで槍の雨を避けきれるか……。　

　　　なんとか……なんとかならないのか……っ！

　　　……？

　　　擦れるような誰かの声。

　　　かあ、さん……。

　　　その言葉通りに、強く……飛ぶ自分を描く。

　　　「初号機、シンクロ率１２４％！え……？」

　　　発令所にいるマヤの驚きの声。

　　　マヤだけではない。ミサトも加持も冬月も。他のスタッフも。

　　　そして弐号機からのモニターを見ていたアスカも。

　　　その光景に、目を奪われた。

　　　……ハネ？シンジが、初号機が、飛ぶ……。

　　　初号機の背中から、Ａ・Ｔ・フィールドで出来た１２枚の翼。

　　　それに呼応するかのように、月に到達していた本物のロンギヌスが、あの時のように呼び寄せられる。

　　　「大気圏外より高速で接近中の物体があります！」

　　　「ロンギヌスの槍か……」

　　　空に浮いた初号機の、胸元に槍が飛んで止まった。

　　　だから誰も気づかなかった。

　　　その光景さえ待ち望んでいたように、再び量産機が無気味に笑ったのを。

　　　「ぐぁっ！！」

　　　ロンギヌスコピーが初号機の両手を貫く。そして６枚の羽に噛み付く彼ら。

　　　「エヴァ初号機拘引されていきます！」

　　　「高度１万２千！更に上昇中！」

　　　……お、かしい！

　　　エヴァが動かない……！？

　　　しきりにレバーを動かすが、初号機は反応してくれない。

　　　シンクロは間違いなくしているし、起動もしている。

　　　そう、自分よりも強い力に押えられるように、初号機は動いてくれない。

　　　「エヴァシリーズＳ２機関を解放！次元測定値が反転！マイナスを示しています、数値化できません！」

　　　「アンチＡ・Ｔ・フィールドか……」

　　　「全ての現象が１６年前と酷似している。これって前兆なの……？サードインパクトの！？」

　　　……なんだって！？

　　　「シンジ！どうしたのよ！シンジーーーーッ！！」

　　　ここで、サードインパクトが。

　　　起きたら――？

　　　彼女は。彼らは。アスカは……。

　　　……間違いなく、死ぬ。

　　　誰かの、声。男のヒトの。

　　　そうだ……まだ、間に合うはずだ……！

　　　母さん、力を貸して――！

　　　――Ａ・Ｔ・フィールド、全開ッ！――

　　　機体は制御できず、このままではサードインパクトが起こる。

　　　もう、残された手段。アスカを、死なせない方法は……これしか思いつかなかった。

　　　１２枚の羽が、量産機を逃がさないように包み込んでいく。

　　　…………本当は、嫌だ。こんな方法。

　　　だけど……だけど……。

　　　きっと声を聞いたら決心が揺らぐから。

　　　静かに通信を切った。

　　　アスカを。死なせない。

　　　……迷いが、消える。

　　　そしてためらいもなく、迷いも無く、恐れも無く、その禁じられたレバーを引いた。

　　　そう、あの時綾波レイがそうしたように――。

　　　「しょ、初号機自爆シーケンス起動中！！」

　　　「こちらとの通信が切られています！」

　　　「な……なっ！……シンジ君ッ！！」　　　

　　　「ちょ、っと……？シンジ？あ、あんた何処行くのよ……」

　　　……生きていれば、何処だって天国だから。

　　　アスカ。生きて……今度こそ、幸せに……。

　　　後悔があるとすれば、彼女を幸せにしてあげられない、こと。だけかな。この手で。

　　　……ご、めんっ……好きだよ、アスカ……。

　　　激しい爆発が、モニターをかき消す。爆風が、閃光が全てを薙倒していった……。

　　　「も、目標及び……え、エヴァ初号………」

　　　復旧した画面。そこには何も無かった。

　　　センサーにも反応はない。

　　　どこにも反応なんてなかった……。

　　　その絶望的な状況に声が詰まる青葉。

　　　「し、シンジ君は……？」

　　　「プラグの……プラグの射出は……」

　　　震える指で初号機から送られてきていた信号を解析する。

　　　――No ejection――

　　　「射出は……うっ……ありませ、ん」

　　　「そんな……そんな……」

　　　こんなの、ありえないわよ！

　　　「ミサトッ！これ壊れてるんじゃないの！！」

　　　「あ、アスカ……」

　　　モニターを表示しているエントリープラグをガンガン蹴る。

　　　おかしい、おかしい……初号機は、シンジは、何処？

　　　「も、モニター切り替え！もう、何処に隠れちゃったのよ……！」

　　　イライラしながらモニターを凝視する。

　　　……でも、何処にも……何処にも初号機の姿は、見えなかった。

　　　嘘……嘘っ……。こんなの……。

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！」

　　　 To be continued……

　　　次回予告

　　　最後の戦いは終わった。

　　　その代償は……ある人たちにとっては、とても大きくて。

　　　自分達の非力さを呪う。

　　　次回、新世紀EVANGELION・Another 第弐拾壱話「愛に、全てを」

感謝の言葉：

大きな時のうねりがおさまり、そしてまた静かに時を刻み始める…

さ、続きが読みたいと思った人は感想メールで催促しましょう♪