「ふんふんふ〜ん♪」

　　　コンロにかけてある鍋。その中に入っている味噌汁をお玉ですくって味見する。

　　　……うん、上出来ね。

　　　熱くなったフライパンに玉子を割って落とす。

　　　焼ける音と共に白身が固まっていき、油と玉子の混じったような匂いが辺りに充満する。

　　　典型的な朝の風景。

　　　「アスカ……」

　　　そんなアスカをどうしていいか判らないような表情で見つめるミサト。

　　　「あ、おはよ。ミサト」

　　　首だけ動かしてまた朝食の準備に取り掛かる。

　　　アタシが朝食作ったらびっくりするかな、あいつ。

　　　さも楽しそうに朝食を作っている彼女が、あんまりにも……痛々過ぎて。

　　　「アスカっ……あすっ……」

　　　泣きながらアスカを抱きしめるミサト。そんな彼女にぽかんとするアスカ。

　　　「何泣いてんの？……変なミサト」

　　　「うっ……うううっ……ごめんなさい、ごめんなさい……」

　　　「チョット、泣いてないでシンジを起こしてきてよ」

　　　抱きしめられた腕の中で暴れる。

　　　「放しなさいよっ！シンジを起こしてきてよ！」

　　　あれから……一週間が過ぎていた。

　　　リニアの外を流れる風景を見ながら思慮に耽る冬月。

　　　……第三新東京市は壊滅的なダメージを受けたが、それでもサードインパクトは回避された、か。

　　　謎の爆発を起こしたターミナルドグマ。後の調査でもその爆発の原因は不明。

　　　だが、監視カメラに残されていた映像……ターミナルドグマに入っていくリツコ、ゲンドウ、そして綾波レイ。

　　　それから爆発。そこにあったはずのリリスもろとも消滅。三人とも死亡が確定された。

　　　特務機関ネルフは全世界に向けて使徒戦、及びセカンドインパクトからその最後までの全記録を公開。

　　　エヴァパイロットについてはプライバシー保護のため氏名や写真などは公開されず。

　　　ゼーレを人類反逆罪で告訴。程なくほぼ全員が捕縛、そして死刑。

　　　彼らに荷担していた国連の代表らも無期懲役が確定された。

　　　エヴァに関する一部を除いた全てのデータは永久凍結が決定され、それは世界各国で実施される。

　　　翌日、ネルフはその役目を終えて解体。人類再生機関EDENとして再スタート。

　　　培われてきたオーバーテクノロジーを生かした部分的クローン技術の応用と進化。

　　　Ｓ２機関による地球を汚さないクリーンな電気発電の確立。

　　　ちなみに部分的クローンの再生技術の最初の被験者は、足を失ったフォースチルドレンに決定していた。

　　　もちろん彼の了承済みで。

　　　ネルフの職員はその籍をエデンに移し、膨大な情報を処理しながら第三新東京市の復興に着手。

　　　エデン総責任者、冬月コウゾウ。

　　　エデン副責任者、葛城ミサト。

　　　Ｅ技術特殊監視部責任者、加持リョウジ。

　　　ＭＡＧＩシステム総管理者、伊吹マヤ。同副責任者、青葉シゲル、日向マコト。

　　　「ふぅ……」

　　　ため息をつきながら自分が持っている資料に目を落とす。

　　　「EDEN計画」と銘を打たれた分厚いファイル。

　　　サードインパクトが防がれた後の全ての計画がそこに書かれている。

　　　発案者は、冬月でも加持でも葛城ミサトでもない。

　　　――発案者、碇ゲンドウ。

　　　「全く、面倒ごとばかり押し付けおって……」

　　　もしかしたら彼は自分の計画も、そしてゼーレの計画も失敗する事がわかっていたのかもしれない。

　　　今となっては、誰にもわからないことだが。

　　　そのファイルとは別に、一枚の大きい封筒がある。

　　　裏面にはシンジへ。とゲンドウの直筆が添えられている。

　　　彼が息子へ残した遺品――。

　　　もっとも……。手渡すことは、出来なくなったがな。

　　　中に何が入っているのか冬月は知らない。

　　　知る必要も無いし、知る権利があるのは、今やシンジただ一人だった。

　　　その彼すら……もう居ない。

　　　エヴァシリーズと共に、初号機消失。

　　　初号機パイロット。碇シンジの生死は、今でもエデン副責任者の強い希望で行方不明となっていた。

　　　「こんな老人がおめおめ生き残るとは……」

　　　一人の命によって世界の全ての人間が救われた。

　　　その犠牲は……小さくは無い。

　　　15歳の若い命が失われてしまったのだ。

　　　それでも冬月は自分に託された仕事をまっとうしようと決めていた。

　　　……それが、せめてもの罪滅ぼし……か。

　　　今日から最優先で行わなければならない仕事。

　　　先日、国連決議で可決されたエヴァンゲリオン保持禁止条例に則り、エヴァ弐号機と４号機の解体である。

　　　なお、４号機はＳ２機関応用のためコア部分を含めた一部は保持される。

　　　弐号機は完全な解体と破棄。

　　　生き残ったセカンド、フォース共に役目を完全に終了し、エヴァパイロットからの抹消。

　　　フォースは長野の第２新東京で治療を行う予定。

　　　セカンドチルドレンに関しては、エデン副責任者の完全管理となっていた。

　　　旧ネルフ本部、発令所。

　　　今は第２発令所がメインとなったため、ＭＡＧＩシステムの移植等が行われて、そこはがらんとしている。

　　　「葛城……。アスカの様子はどうだ？」

　　　照明が最小限に照らされているそこで煙草を吸う加持。

　　　「加持君。私……どうしていいか、もうわからない……」

　　　泣きじゃくる彼女をあやすように抱き寄せる。

　　　「精一杯のことをしたんだ。葛城が、自分を攻める事は無い」

　　　「……うう……」

　　　誰にも、どうする事も出来なかった。

　　　量産機を倒す術も、彼を止める術も。

　　　「アスカは……相変わらず、か？」

　　　「……ええ」

　　　シンジの死を受け入れられないアスカ。

　　　毎日のように朝食を作っては、ぽつんと帰りを待っている。

　　　必死に――幸せのカタチを守るかのように。

　　　受け入れてしまったら、アスカは……多分、壊れてしまう。

　　　「だから、いえないよぉ……。私、アスカに言えない。シンジ君はもう居ないって……」

　　　アスカも重症だが……葛城も同じか。

　　　「今日はいいから、もう帰れ。後は俺がやっておくから」

　　　「ごめんね、加持君……」

　　　ザーーーーーーー。

　　　一人孤独にシャワーを浴びるアスカ。

　　　スポンジにボディソープを馴染ませて泡立てる。

　　　それを使って体の隅から隅まで丁寧に洗い上げていく。

　　　……今日も、シンジは帰ってこない。

　　　どこ、いっちゃったの……。

　　　……独りに、しないで。

　　　自分の体を抱きしめる。

　　　今ほど、人肌が恋しいと思った時は無い。

　　　流れていく泡。流れていく水。

　　　ファーストも、リツコも、司令も死んで。

　　　シンジは……どこ？

　　　濡れた体を拭こうともせずバスルームを出る。

　　　キッチンには冷め切った料理。

　　　アタシが……作るなんて、滅多に無いんだから。

　　　アンタのために、作ったんだから。

　　　なんで、かえってこないの？

　　　どこ、ほっつきあるいてるの？

　　　シンジの、かえるばしょ……は、ここじゃなかったの？

　　　その体のまま開けられる事の無いシンジの部屋に。

　　　そこの空気は何時もと変わりなく。

　　　荷物も、布団も、制服も私服もなにもかも……何時も通りに。

　　　壁に立てかけられたチェロケースに目が行く。

　　　もう開けられないケース。もう鳴る事の無いチェロ。

　　　……さび、しいよ。

　　　さびしいよ……シンジ。

　　　水滴が滴る肢体を、置かれた布団の中に滑り込ませる。

　　　あ……。シンジの匂いだ……。

　　　あった、かいな。

　　　自分が包まれている感じ。抱きしめられているような感覚。

　　　心の何処かで、それは偽りであるとわかっていても。

　　　「くぅ……シンジぃ……」

　　　涙が、毛布を濡らす。

　　　ゆっくりと落ちていく瞼。闇に引き込まれていく意識。

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　　　……。

　　　それから、何時間経ったろうか。

　　　響き渡るドアフォンの音で、眠っていた意識が引き起こされる。

　　　……う、る……さい。

　　　一向に鳴り止まないチャイムにイライラしてくる。

　　　アタシは、ずっとここに眠っていたいの。

　　　幸せを、感じていたいから。

　　　温もりを、感じていたいから。

　　　今日は弐号機の解体作業がある日。

　　　もしかしたらそれかもしれない。

　　　でも、今はそんなのに付き合わされたくない。

　　　――本来魂の無いエヴァには人の魂が宿らせてあるもの。皆サルベージされたものなの――
　　　――初号機には碇ユイ。そして弐号機にはキョウコ・ツェペリン――

　　　ま、ま……。

　　　ママ……。

　　　寒いよ、ママ。

　　　ほんとうは、寒いよ……。

　　　寒い、よ……シンジ……。

　　　誰かの言った台詞。

　　　それが頭を過ぎって消える。

　　　だ、れ……？

　　　ママ……？

　　　暗闇の向こうから、確かにそんな声がした。

　　　人形を自分と勘違いしたママ。

　　　自分を殺そうとしたママ。

　　　人形と、一緒に自殺した、ママ。

　　　狂ったような冷たい声。

　　　「一緒に……死んでちょうだい！」

　　　今の声は、そんなんじゃなくて。

　　　「起きなさい、アスカ」

　　　優しく、温かい。本当のお母さんのような声が。

　　　未だに鳴り止まないチャイム。

　　　向こうも必死なのか。それもわからないまま静かに身を起こした。

　　　……だ、れ？

　　　アタシを呼ぶのは。

　　　幽鬼のような足取りで玄関に向かう。

　　　ドアロックを外して、それを開け放った。　　　

　　　ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ……。

　　　強い風が吹き抜けていく。

　　　びっくりして目を開けられない。

　　　光が、まぶしい……。

　　　逆光の中。そこに誰か居る。

　　　「―――――――！！」

　　　見開かれる瞳。

　　　……いままで、どこいってたのよ。

　　　散々待たせて……。

　　　もう、何処にも行かせてやらないん、だからっ……。

　　　寂しかったんだからっ……。

　　　本当は怒鳴りつけてやりたかった。

　　　本当はひっぱたいてやろうと思ってた。

　　　どれだけ、どんなに思っていたか。

　　　わからせてやりたい。

　　　でも、口からは別の言葉が出てしまう。

　　　「おかえりなさい……」

　　　今度こそ。今度こそ――。

　　　「ただいま――アスカ」

　　　……と。

　　　The END

　　　後書き

　　　はい、色々まだ書き足りない所がありますが、ひとまずはこれで完結でございます。

　　　長らく私の稚拙な小説にお付き合い頂いてありがとうございましたｍ（＿＿）ｍ

　　　最後に、私の小説について思った事などメールで頂ければありがたく思います。

　　　掲載していただいたYOKOさん、そして応援していただいた皆様に心から感謝いたします。

　　　それでは、また。

感謝の言葉：

sonicさん、執筆お疲れ様でした（＾＾）
遺った人々に幸多からんことを。

さ、続きが読みたいと思った人は感想メールで催促しましょう♪