「目標をセンターに入れてスイッチ」
「目標をセンターに入れてスイッチ」
カスミは初号機のインダクション・モードの訓練中である。前回、自分では何もできなかったと言う自覚のある彼女は、真剣な表情でシミュレーションをこなしていた。
「しかしカスミちゃん、よく、また乗ってくれましたね」
マヤが感心したように呟いた。彼女は、第３使徒襲来のとき、無理矢理ＥＶＡに乗せられるカスミを見て心を痛めていたのである。
「人の言うことには黙って従う。それがあの子の処世術なんじゃないの？」
リツコの分析は、常に辛辣だ。
ミサトがカスミをフォローするように、言葉を紡いだ。
「あの子、どうやら前の家で疎まれてたみたいなのよね。・・・彼女には、もうここしか居場所がないのかのしれない」
「そんな・・・」
マヤが、その綺麗な眉をひそめた。
「目標をセンターに入れてスイッチ」
「目標をセンターに入れて・・・」


「碇カスミの戦い」第参話　鳴らない、電話
　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


「おはよう、綾波さん！　退院できたんだ！」
教室に入るなり、カスミは嬉しそうにレイに駆け寄った。
ギブスも右目の眼帯も取れてはいなかったが、レイは気にせず登校したようだ。
「・・お、おはよう、碇さん」
少し頬を染めながらレイが挨拶を返した。
「まだ怪我、治ってないんだね。大丈夫？」
「問題ないわ」
「そう」
満足したように、カスミは微笑んだ。
カスミの後ろでは、クラスメートがあっけにとられていた。何しろレイが朝の挨拶をするところも、ちゃんとした会話をするところも、彼等は初めて見たのだ。
「碇さんって綾波さんと知り合いだったんだ」
クラス委員の洞木ヒカリがおずおずと話しかけてきた。
カスミとヒカリはすでに仲のいい友人になっていた。
「うんっ。こっちにきて、初めての友達なんだ」

そこで教師がやってきて、２人の会話は途切れた。
「これが世に言うセカンド・インパクトでありまして・・・」
老教師がいつもの脱線話を始めた。もちろん、生徒は誰も聞いてはいない。
ふと、カスミの授業用の端末に、メールが着信した。
『碇さんがこの前のロボットのパイロットって本当？　Ｙ／Ｎ』
（何でバレたんだろう・・・。でもいいか、内緒にしろって言われてないモンね）
『ＹＥＳ』
「「「「ええ〜〜〜っ！！！」」」」
クラス中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「カッコイイ！」
「どうやって選ばれたの？」
「あのロボット、なんか必殺技とかあんのか？」
「これはクラスの誇りよね！」
教室の騒ぎに、カスミはただただ苦笑するしかなかった。・・・後ろの方の席で、苦虫を噛み潰したような顔をした少年の存在を知ることなく・・・。
「ちょっとみんな、授業中よぉ〜っ！！」
洞木ヒカリの声だけが空しく響く。
「その頃私は根府川に住んでおりましてね・・・」
こんな教師では、給料泥棒と言われても仕方ないだろう。

「おい転校生。ちょっと顔、貸してんか」
授業が終わると、ジャージを着た、体格のいい少年がカスミのもとにやってきた。カスミは見覚えのない少年だ。
男の子の口調から穏やかざるものを感じたカスミだったが、抗うことなく少年についていった。

校舎裏。カスミの不安は最大限に膨らんでいた。ジャージの少年についてきた、メガネをかけたソバカスの少年も、心配そうにカスミとジャージの少年を見比べている。

「あの・・・私達、会うの初めてだよね？」
「そうやなあ。わしは２週間ほど休んでたからなあ。なんでか教えたろか？」
「え・・・」
「わしの妹が怪我して入院したからや。おとんもおじいもお前のいる研究所勤めやからな、わししか看病でけへん」
カスミの心に言い知れぬ不安が広がっていく。話の続きを聞くのが嫌で、耳を塞いでしまいたかった。
「わしのことはどうでもええ。しかしな、妹の顔に傷でも残ってみぃ。べっぴんが台無しや。誰のせいやと思う？」
逃げ出したい。しかしカスミの足は、凍り付いたように動かなかった。
「お前のせいやっ！　お前が無茶苦茶暴れたせいで、妹はビルの破片の下敷きになったんや！！」
「そんな・・・そんな・・・」
カスミは視界が暗闇に覆われたような気がした。自分のせいで誰かが傷付く。カスミはそれを考える余裕すら今までなかった。
カスミは、自分がうまくＥＶＡを扱えていないのを自覚していた。だからこの少年の糾弾で、彼女の信じていた何かが壊れたような気がした。
（私が誰かを守りたいなんて・・・思い上がりだったんだ・・・）
「ごめんなさい・・・」
「ごめんですむか、われぇ〜！！」
カスミの頬に幾筋もの涙が伝った。スカートの裾を握った手は震えている。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
カスミはかすれた声で、謝り続けることしかできなかった。
「女っちゅうのはコレやからなっ！　泣けばすむ、思うな、ボケっ！！　今度戦うときは足下に気ぃつけよ！！」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
不意にカスミの前に、人影が立ちはだかった。
「碇さんを苛めないで・・・」
レイであった。その目はきつくトウジを睨み付けている。
「何や、われぇ〜？」
トウジの問いに答えることなく、レイはカスミに振り返った。
「碇さん、非常召集。早く行きましょう」
「え・・・あ・・・うん・・」
カスミは涙を拭うと、レイとともに走り出した。



第４使徒、襲来。赤紫色の、そのイカのようなエビのような姿は、グロテスクながらちょっぴり美味しそうであった。
「碇司令の留守中に第４の使徒襲来か。思ったより早かったわね」
「前は１５年のブランク。今回はたった２週間ですからね」
「こっちの都合はお構いなしか。女性に嫌われるタイプね」
ミサトとマコトの会話は、内容はのんきでも、声は緊張の色が見えた。使徒は兵装ビルの攻撃などおかまいなしで進攻してくる。
「税金の無駄遣いだな」
コウゾウが思わず愚痴る。ミサトも、自分達の面子を守るためになかなか指揮権を譲渡しない戦自には業を煮やしていた。
「委員会からのエヴァンゲリオン出動要請がきています！」
ロンゲの報告にも、ミサトは舌打ちした。
「うるさい奴らね。言われなくても出すわよ」
ＮＥＲＶの上部組織、人類補完委員会とやらに胡散臭さを感じているからだ。



「ちっ。まただよ」
民間人用のシェルターの中。ビデオカメラのモニターを覗き込んでいたケンスケが舌打ちした。
「また字ぃ、ばっかなんか」
「僕等民間人には見せてくれないんだ。こんなビッグ・イベントだってのに」
ケンスケのビデオカメラを覗いていたトウジに、ケンスケが耳打ちした。
「トウジ、ちょっと」
「何やねん」
「いいから、ちょっと、な？」
「しゃーないなー。委員長、わし等、便所や」
「んもう、先にすませときなさいよっ」

「で、なんや」
シェルターのトイレに、２人の少年の声が響く。
「死ぬ前に見たいんだ」
「上のドンパチか？」
「な、ロックボルト外すの、手伝ってくれよ」
「外に出たら死んでまうで」
「同じ死ぬんだったら見てからの方がいい」
「そのためのＮＥＲＶやないか」
「そのＮＥＲＶの決戦兵器って何だよ。あの転校生のロボットじゃないか。それをあんな風に苛めたりしてさ」
「人聞きの悪いこと、言うな！　わしの妹は両足骨折して、額に５針も縫う怪我したんやぞ！」
「この前だってあの子が戦ったからそれだけですんだんだぞ。あの子が乗るのイヤだって言ったら、オレ達死ぬぞ？　・・トウジは、あの転校生の戦いを見守る義務があるんじゃないのか？」
トウジは深い溜め息をつく。
「おのれはホンマに自分の欲望に素直なやっちゃなあ」



「いい？　カスミさん。敵のＡＴフィールドを中和しつつ、パレットガンの一斉射。練習通り、いけるわね？」
『はい』
「なぁ〜んかカスミ、元気ないわね〜」
「心理グラフも安定してません。緊張してるんでしょうか？」
「いいわ。ＥＶＡ初号機、発進！！」



「き、来た！」
トウジとケンスケは、山の中腹にある神社まで昇っていた。ケンスケがカメラを構えると、使徒が姿を現した。
「アイツのロボットは？」
トウジの声に答えるように、兵装ビルのシャッターが上がり、ＥＶＡ初号機が姿を現した。
「エヴァンゲリオンだぁ！」



「目標をセンターに入れてスイッチ・・・」
カスミは訓練の内容を復唱すると、使徒の前に飛び出し、パレットライフルを一斉射させた。
「くうっ」
弾丸は次々と使徒の体に吸い込まれるが、効いてる様子はない。やがて弾着の煙が、使徒の体を包み始めた。
『撃ち方やめてっ。煙で敵が見えない！！』
ミサトの言葉に冷静さを取り戻し、撃つのをやめる。爆炎の中で、何か光が蠢くのがわかった。
すると突然、使徒の光の鞭が飛んできた。
「きゃあああぁぁぁ！！」
慌てて初号機を後ろにジャンプさせるが、パレットライフルを真っ二つにされてしまう。
（怖い怖い怖いよぉっ！！　でも、頑張らなきゃ、また誰かに怪我させちゃうんだ）
カスミは必死で使徒の鞭をかわしていった。
『カスミ、新しいライフルを出すわ。受け取って！』
初号機の近くの兵装ビルのシャッターが開いて、パレットライフルが姿を現すが、カスミは恐怖にすくんで動けなかった。
「ううう・・・」



「一方的にやられとるやないか！」
「やっぱ、苛められたのが効いてんのかな〜」
「う、う、うるさいわいっ！」
意外に小心者なトウジであった。
２人の見てる前で、初号機はついに使徒の鞭に足首を掴まれ、空中に放り出された。

「こっちにくるで！」
「うっそぉ！」
「「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ！！！」」


初号機は山の中腹に大の字になって叩きつけられた。ケーブルが引っ張られ、ぴんっと張り詰めていた。
「ううう・・・」
『カスミ、大丈夫！？　ダメージは！？』
『問題なし、いけます！』
カスミは気を取り直すと、目を見開いた。初号機の指のあいだに、見知った顔を見つけたからだ。
「あの２人がなぜ！？」
『カスミのクラスメート！』
『なぜあんなところに民間人が！？』
発令所からも緊張した空気が流れ込んできた。初号機の目の前には使徒が迫っている。カスミは迷わず使徒の鞭を手で受け止めた。
「くぅっ！！」
『接触面、融解！！』



「なんで、はよ戦わんのや」
「オレ達がここにいるから、自由に動けないんだ！！」


『カスミ！！　初号機は現行モードでホールド。その２人をプラグに回収して！』
『葛城一尉！　民間人をエントリー・プラグに乗せられると思ってるの？』
『私が許可します』
『越権行為よ！』
『いいから、早くしたまえ！　ここままではカスミ君が危ない！』
コウゾウの怒声が鳴り響いた。
（冬月先生・・・）

『そこの２人！　急いでこの中に入りなさい』
初号機の外部スピーカーを通して、ミサトの声が響き渡った。
２人は少しためらってるようだった。
『早くっ！！　カスミが死んでもいいのっ！？』
ミサトの怒声に、２人は慌てて駆け出した。

「何や、コラぁ！　水やないかっ！」
「カメラ、カメラ」
２人がプラグに回収されると、プラグ内のモニターが復活して使徒が大写しになった。パイロットシートには、苦痛に顔を歪めているカスミがいる。
初号機は使徒を投げ飛ばした。
『今よ、カスミ！　後退して！！』
（ダメ・・・逃げ切れなかったら、また誰かを傷つける・・・）
『カスミ！　後退よ！　カスミ！？』
「おい、転校生、後退しろ、言うとるで」
「ダメ・・・」
『プログレッシブ・ナイフ装備！』
『カスミっ！？』
「わあああああああぁぁぁぁ！！」
カスミはナイフを構えた初号機を、使徒に向かって走らせた。使徒の鞭が襲いかかり、初号機の腹部を貫通した。カスミの腹にも灼けるような激痛が走る。
『カスミ！』
『碇さん！』
『カスミ君！』
「転校生！」
『カスミちゃん！』
「わああああああぁぁぁぁぁ！！」
そのままの状態でカスミは使徒のコアにナイフを突き立てた。激しく火花が散り、初号機の顔で弾ける。断末魔のように初号機を貫いた使徒の鞭が蠢くが、それでもカスミはナイフに込めた力を緩めなかった。
「わああああああぁぁぁぁぁ！！」

ばきん。

使徒のコアが光を失った。
『目標、完全に沈黙』
『初号機の神経接続、切って！』
急に暗くなるエントリー・プラグ。
「はあっ・・・はあっ・・っく・はあっ・・っえぐ・はあっ・・ひっく」
インダクション・レバーにもたれてるように俯いたまま、カスミは肩で大きく息をついている。その声には弱々しい嗚咽が混じっていた。
「転校生・・・」
カスミの苦しむ姿を間近で見た２人は、彼女にかける言葉を持たなかった。



「あいつ、どないしてんやろな・・・」
壱中の２−Ａの教室。トウジがぼんやりと窓の外を眺めていた。
「あいつって？」
「転校生や。・・・あのガキ、あれから学校来ぃへんから気になってしゃーないやないけ」
「心配なの？」
ケンスケの言葉に、なぜかトウジは慌てる。
「誰が心配しとんねんっ！　気になる言うとるやろっ」
「同じコトじゃないか」
ケンスケは小さく嘆息した。
「トウジは後先考えないで行動する癖に素直じゃないからな。あのとき『ゴメン』って謝っておけば、そんなに気にすることはなかったんだよ」
「そ、そんなんちゃうわ」
「はいコレ」
ケンスケがメモを差し出した。
「何やコレ？」
「転校生の携帯の番号。気になるならかけてみれば？」
トウジはメモを手に取り、腰を浮かしかけるが、再び弱々しく座り直した。
「そんなんで、おなごのトコへ電話できるかい・・・」
トウジのいつになく元気のない様子に、ケンスケはまた小さな溜め息を漏らした。

窓の外では、青空がゆっくりと雲に覆われていく。
カスミの携帯が鳴ることは、ついになかった・・・。

（つづく）


後書き

トウジの妹、本編ほどは酷いことになってません。

さて、やっとクラスのみんなも登場しましたね。
色々期待されていた人もいるでしょうが、カスミ以外、オリジナルのキャラはいません。
あんまりオリジナルの要素が増えると、僕自身が収拾つかなくなっちゃうので、その辺のバランスが難しそうです。

感謝の言葉：

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第０４話「雨、逃げ出した後に」に進む。（準備中）
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