葛城家では朝食が終わり、これからカスミとレイが片付けを始めるところだった。
「碇さん、先に行っていいわ。後は私がやるから」
「いいの？　ゴメンね。じゃ、先に行くから」
そう言うと、カスミはエプロンを外して玄関に急いだ。
「じゃ、いってきま〜す」
「「いってらっしゃ〜い」」
「いってらっしゃい…」
挨拶を返してから、アスカとミサトはきょとんとした顔を突き合わせた。
「カスミ、どうしたの？」
「碇さん、今日から週番だから」
「ふ〜ん、相変わらず真面目なヤツぅ〜」
アスカがおどけた調子で肩をすくめると、レイの紅い瞳と目が合った。
「あなたも来週、週番だから忘れないでね」
転校生のカスミとアスカは、出席番号が並んでいる。
「むぅ」
頬を膨らませるアスカに、レイとミサトは穏やかに苦笑した。

「碇カスミの戦い」第弐拾四話　最後のシ者
　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


学校まで小走りで行こうとしていたカスミは、途中で力尽きて歩き出してしまった。
「やっぱり運動不足かなぁ。ＥＶＡのパイロットの資格ないかも」
荒い息を整えるように、何度か深呼吸するカスミ。朝の空気は清々しかった。
セカンド・インパクト以降、常夏となってしまった日本であるが、その代わり湿度が低くなった。そのため、朝早い時間は気温の割に過ごしやすい。
カスミは呼吸を整えると、再び走り出そうとした。

「ふんふんふんふんふんふんふんふん♪」

「？」
どこからともなく、鼻歌が聞こえた。ベートーベンの交響曲第九番。カスミが声の方へ振り向くと、銀髪の少年がガードレールに腰掛けていた。
（危ない人かな……）
カスミはゆっくりとその場から逃げ出そうとした。
「歌はいいねぇ」
「えっ？」
突然声をかけられ戸惑うカスミ。
「歌は心を潤してくれる。リリンが生んだ、文化の極みだよ」
「……」
「そう感じないか？　碇カスミさん」
そう言って少年が振り向く。紅い瞳、アルビノの肌、そして貼り付いたようなアルカイック・スマイルが特徴的だった。
「わっ、私の名前を知ってるの？」
カスミは警戒しながら怖ず怖ずと訊いた。
「知らないものはいないさ。失礼だが、君はもっと自分の立場を知った方がいいと思うよ」
「それで……あなたは？」
「僕はカヲル、渚カヲル。君と同じ仕組まれた子供、フィフス・チルドレンさ」
「あっ、あなたが！？　あのっ、よろしくっ！」
ぺこん、とお辞儀をしたカスミに、カヲルは柔らかく微笑みをかける。
カスミは小さく喉を鳴らした。新たなチルドレンが委員会から送られて来ることは、カスミの耳にも入っていた。カスミ達はミサトから注意するように言われていたのだ。
「あの、渚君？」
「カヲルでいいよ、碇さん」
「そ、そう。じゃ、カヲル君、私、学校があるからもう行くね」
「そうか、残念だよ。君とはもっと話がしたいと思っていたからね。それじゃあ、今度はＮＥＲＶで逢うことにしよう」
「う、うん。またね」
「ああ」
逃げるように行ってしまったカスミ。カヲルはその姿を眺めながら、寂しそうな溜め息を漏らした。
「彼女には、警戒されてしまっているようだね……」
『私もカスミでいいよ』
その一言を期待していたカヲルだった。

壱中の休み時間、カスミはレイとアスカを屋上に呼び出していた。
「今日の朝、フィフスの子に会ったよ」
「フィフス……」
２人の目も真剣なものに変わった。
「ミサトが言ってた爺さんどもの回し者ね。どんなヤツだった？」
「んとね……変な人だった」
「変？」
「うん、あのね……」
カスミは今朝の出来事を、詳しく２人に語る。話を聞き終えたレイとアスカは、怪訝そうに眉を寄せていた。
「それは……変なヤツね」
「その人は、碇さんの名前を知っていたのね？」
「うん」
「そいつ、単なる変態じゃないの？　ゼーレがどうとか言うより、あんまり近付きたくないわねぇ」
アスカはうんざりしたような顔をした。
「とにかく、今日会うことになると思うよ」
その日の放課後、シンクロ・テストが予定されていた。そこで３人はフィフス・チルドレンと出会うことになるだろう。
「気をつけましょう」
レイの言葉に、カスミとアスカも真剣に頷いた。


その放課後、レイは１人でＮＥＲＶに向かっていた。カスミは週番、アスカは寄るところがあって遅くなるためだ。１人でＮＥＲＶのゲートをくぐると、長大なエスカレーターの前に少年が立っていた。アルビノの肌に銀髪、紅い瞳、それはフィフス・チルドレンだった。
「綾波レイ、君は僕と同じだね」
少年はポケットに手を入れたまま、穏やかに微笑んでいた。
「お互い、この星で生きる体は、リリンと同じ形へと行き着いたか……」
「私とあなたが同じ？」
「そう。君も気付いてる筈だよ。僕等は同じ存在なんだ」
カヲルはそう言うと、芝居がかった仕種でレイに視線を合わせる。が、そこでそのまま固まってしまった。
そこにあったのは、あざけりと哀れみだった。
レイの紅い瞳には侮蔑の表情が現れ、その頬には嘲笑が浮かんでいる。カヲルはいつしか挑むような目付きになっていた。
「私とあなたが同じ？」
レイが再び問う。その声色には、はっきりと軽蔑の意志が込められいた。
「……違うと言うのかい？」
「私はあなたと同じじゃない……。私は私の意志で、ヒトとして生きるもの」
それはカヲルにとって衝撃だった。知らずの内に笑みが消え、目付きが鋭くなる。
「…僕等がリリンと共に、生きられると思っているのかい？」
「…どんなに無様な生きざまになっても、私は私であることをやめないわ。私はあなたとは違う。私は人形じゃないもの」
レイの言葉に、カヲルの目が大きく見開かれた。体が激しく震える。カヲルの中で、信じていたものすべてが壊れたような気がした。
「それじゃ、さよなら」
レイは呆然とするのカヲルの脇を抜け、エスカレーターに乗ってしまった。しかしカヲルは言葉を失ったまま、いつまでもその場に立ち尽くしていた。

テストが始まった。実験室のコンソール・ルームにはコウゾウも詰め掛けている。シミュレーション・プラグには、カスミ、レイ、アスカの３人が入っていた。カヲルはレイの代わりに零号機でテストを受けるため、今は待機させられている。
「レイもシンクロ率が上がって来たし、みんな安定してるわね」
ミサトが満足そうに呟いた。
「そうね。でも何故かしら？　アスカはともかく、カスミとレイは恋人同士としてもうまくいってて、満たされてる筈なのに……」
リツコにとってそれだけが不可解であった。ＥＶＡとのシンクロには満たされない心、何かに縋る心が前提条件である。私生活で安らぎを得ている筈の３人が、未だに高いシンクロ率を維持しているのは謎だった。
「わかってないわねぇ、リツコ」
「何が？」
カスミとレイが恋人、という部分に反応して睨み付けてくるオペレーター達を無視して、２人は会話を進める。
「あの娘達は何のために戦ってるの？」
「自分の寂しさを埋めるため……いえ、今は違うわね」
「そう。あの娘達は自分達の未来のために戦ってるのよ？　目的意識がはっきりした分だけ、あるいは前よりＥＶＡに縋ってるのかもしれないわ」
「なるほどね……。初めから、欠けた心なんて必要じゃなかったのね」
リツコは納得したように頷くと、マイクのスイッチをオンにした。
「みんな、ご苦労様。上がってちょうだい」
『『『はい』』』
３人がプラグを降りる準備を始めたのを横目に、ミサトは挑戦するような目付きになった。
「さて、噂のフィフス様のご登場か……。今回は小細工なしで、実力を拝見しましょうか」

テストの終わった３人が、コンソール・ルームに引き上げて来た。
「みんな、ご苦労だったね」
「あっ、冬月先生も来てたんですか」
カスミが微笑むと、コウゾウの頬が桜色に染まった。
「ああ。フィフスの少年の様子を見にな」
「で、あの変態野郎の様子はどうなの？」
「「変態野郎？」」
アスカの言葉に、ミサトとリツコが揃って首を傾げた。
「カスミが今朝会ったんだって。その話を聞いたらさ、変なヤツみたいよ。いきなり『歌はいいねぇ』とかって話し掛けて来たんだってさ」
「ふ〜ん。で、カスミ。どんな子だったの？」
ミサトに促されて、カスミはプラグを映しているモニターを覗き込んだ。そこに映るカヲルを見て違和感を感じるカスミ。
「何だか、朝の人と別人みたい……」
「別人？」
「朝はもっと、自信に溢れたようなカンジでした」
確かに今のカヲルは、疲れたような、魂を抜かれてしまったような、そんな表情だった。いつもたたえていた笑顔も消えている。
「ふ〜ん。マヤちゃん、シンクロ率はどう？」
「あまり高くはないですね。でも、レイちゃんのシステムのままシンクロしてるだけでも驚きなんですが……」
「システム上は、あり得ないことですものね」
リツコも納得顔で頷く。
「冬月先生、カヲル君の正体はわからないんですか？」
「今ＭＡＧＩに全力で調べさせているがね、まったくの白紙だ」
「渚カヲル……過去は抹消済み……」
「じゃ、レイと同じ？」
ミサトの呟きに、アスカが振り向く。
「ただ、誕生日はセカンド・インパクトと同一日だけどね」
「ふ〜ん」
「渚君、もういいわ。上がってちょうだい」
『……はい……』
疲れたような返事をするカヲル。
「カヲル君、なんでいきなりあんな自信なさげになっちゃったのかな……」
カスミの独り言に、思い当たる節のあるレイもモニターのカヲルを覗き込んだ。
（さっきの話、気にしてるの？）
レイのカヲルに向けた蔑むような冷たい視線は、いつの間にか少し和らいでいた。


カスミとレイはいつものように、手をつないでＮＥＲＶを後にした。すると、ジオフロントのベンチにがっくりと肩を落としたカヲルが座っていた。まるでその姿はリストラされたサラリーマンのようである。
「カヲル君、どうしたのかな？」
「……」
「ちょっと、話してこうか？」
「ええ」
レイも何となく気になっていたため、素直にコクリと頷いた。

「カヲル君？」
「やあ、君達か……」
「あの、元気ないね。どうしたの？」
カスミは怖ず怖ずと、カヲルの隣に腰を降ろした。レイがさらにその隣に続く。
「僕にはわからなくなってしまったよ。何が正しいのか。自分は一体、何をすべきなのかもね」
「何をすべきか…」
カスミがおうむ返しに呟くと、カヲルはコクリと頷いた。
「僕はね、ある目的のために生まれて来たんだ。いや、生み出されたと言った方が正確かな？　でも、今の僕にはそれさえも、どうでもいいことのように思えて来たんだ」
「…自分の存在理由に、迷ってしまったのね」
レイの言葉にも、カヲルは素直に頷いた。
（かつての私と同じ…）
レイの脳裏には、零号機を暴走させてしまったときのことが思い浮かぶ。あの時のレイは、自分の生み出された理由、存在してる価値を突き付けられ、動揺してしまったのだ。
自分が生きていたことに喜んだゲンドウに、さらにその後、カスミの優しさに縋ることで、レイは自分を取り戻すことができたのだった。
「変だよ、そんなの」
その言葉とは裏腹に、カスミは慈愛に満ちた笑顔になっていた。
「変かい？」
自分の存在理由を一言で否定されたことに、カヲルは苦笑してしまう。
「ねぇ、カヲル君、私は何のために生まれて来たんだと思う？」
カヲルはしばらくカスミの笑顔を見つめていたが、やがて諦めたように首を振った。
「わからないよ…」
「そうだよ、それでいいんだよ。だって、目的を持って生まれて来る人間なんていないモン」
カスミは満足そうに微笑んだ。
「だから私は、自分の心で迷って、自分の心で考えて、自分の心で喜びを見つけて、そして自分の心のために生きるの」
「自分の心で…」
「うん」
「そんなことが……僕に許されるのだろうか……？」
「カヲル君の命は、カヲル君だけのものだよ？　誰が何を言ったって、自分の心で生きなきゃもったいないよ」
「碇さん……」
カスミの優しい笑顔を見つめていたカヲルの紅い瞳が涙で滲んだ。
「碇さん……君は、僕を同じ存在として受け入れてくれるのかい？」
「だってカヲル君は、カヲル君だモン」
「碇さん！」
カヲルは感極まってカスミに抱き着いた。
「わっ、ちょっ、カヲル君っ！？」
カスミは慌ててもがくが、カヲルが泣いてることに気付くと、ゆっくりと力を抜いていった。

ごすっ。

「んがっ！？　い、痛いな、綾波レイっ！！」
カヲルの後頭部に拳をお見舞いしたのはレイだった。その目付きは氷のように冷たい。
「人の恋人に気安く抱き着かないで……」
「あ、綾波さん……」
レイがカヲルから奪い返すようにカスミを抱き締めると、カスミは恥ずかしそうに頬を染めた。
「そうか、２人は恋人同士ってわけか」
何故かポーズを決めながら、カヲルが納得したように言った。
「う、うん……。女の子同士で変かもしれないけど、私達は真剣なの……」
カスミはすでに首まで赤い。カヲルは穏やかに微笑んだ。
「変じゃないさ。愛し合うことは素晴らしいことだと思うよ？　僕も繊細な男の子が好きだからね」
「そ、そうなんだ……」
事も無げにカミング・アウトするカヲルに、思わずカスミは引き攣った。
「そう言うわけで綾波レイ。君の恋人を奪うつもりはないから、そんな冷たい目で睨まないで欲しいな」
「そ、そうだよ。仲良くしようよ。ね？」
「……わかったわ」
レイはカスミとカヲルを見比べて、明らかに不承不承といった感じで頷いた。

「カヲル君はこれからどうするの？」
「僕もヒトとして生きていくよ。そこには喜びが満ちているような気がするからね」
「うん、それがいいよ」
嬉しそうなカスミの笑顔を眺めながら、カヲルは満たされた気分になっていた。
「じゃ、改めてよろしく、碇さん、綾波さん」
「うんっ。これから私達、お友達だね」
「…よろしく」
こうして渚カヲルは、第１７使徒として認定されることなく、その役目を終えた。


ＮＥＲＶ本部、司令執務室。
今この部屋は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。セントラル・ドグマの異常を知らせる警報が鳴り、その原因を探る間もなくゲンドウに対してゼーレからの呼び出しがあったのだ。
ゲンドウがゼーレとの会議を終わらせた後、血相を変えたコウゾウが司令執務室に飛び込んで来た。
「冬月、警報の原因は何だ？」
「これだったよ」
コウゾウが厳重に封印されたケースを執務机の上に乗せると、ゲンドウの顔に緊張が走った。そのケースには胎児の姿をしたアダムが保管されているのだ。
「見ろ」
コウゾウがケースを開くと、ゲンドウはさらに強張る。アダムの入っていたケースは空になっていて、代わりにＬＣＬが入っていたのだ。
「……何が起こった？」
「わからん。だが、レイとリリスの一件と同じことが起こったのでは？」
「……」
ゲンドウは苦い焦燥感を味わっていた。確かにいつかはアダムを処分するつもりでいたが、それとこれとでは話が違う。まさにゼーレとの戦いが大詰めになろうかというこの時期、原因不明の出来事や、予測不能の事態は絶対に避けたいところなのだ。
「で、老人達の呼び出しは何だったのかね？」
「実はこちらもよくわからんのだ」
呻くように言うゲンドウ。コウゾウは彼がこんなに困惑しているのを見たのは初めてのことだった。
「わからんとは？」
「老人達はだいぶ混乱しているようだ。向こうにも予測していない事態が起こったらしい」
「ふ〜む……」
司令執務室に重苦しい沈黙が降りた。

と、不意に電話が鳴りだし、その沈黙を破った。
「私だ」
『加持です。今、ＮＥＲＶのドイツ支部です。こちらの人間が非公式ですが、いきなりＮＥＲＶ本部との接触を求めて来ましたが、何をしたんです？』
「いや、我々は何もしていないが？」
『しかし、フィフスの少年を寝返らせたのは司令達でしょ？』
リョウジの言葉に、ゲンドウの目が見開いた。
「フィフスの少年が老人達を裏切っただと？」
『…まだご存知ではなかったのですか。しかしこちらは大騒ぎです。どうやら彼は老人達の切り札だったようですからね。つい先程、少年から老人達に絶縁状が突き付けられたようです』
「……わかった。こちらでもすぐに確認を取ろう。君はそのまま動いてくれ。支部を引き込めるなら、こちらとしてもありがたい話だ」
『わかりました。どうやら、我々の思惑よりずっと楽にコトが終わりそうですね』
「ああ」

受話器を置いたゲンドウは、いつものニヤリ笑いをコウゾウに向けた。
「聞いていた通りだ。早速フィフスの少年を呼び出すことにしよう」
「フィフスの少年が老人達を見限ったか……。彼はカスミ君やレイと接触していたようだが、原因はそれだな。愚かな老人どもだ。自らの切り札を虎の口に放り込むなど……」
「人の心まで自由に操れるなどと思い上がったツケだよ。我々も同じ誤った道を歩んでいたのだ。あのままであれば、同じ目に遭っていただろう」
カスミに再会することがなければ、ゲンドウ達も道を誤ったままだった筈である。子供に人としての生きざまを教わるなど、無様な話ではあるが。
コウゾウはゲンドウの言葉に大きく頷いた。
「その通りだな。しかしこれでフィフスの少年の正体もはっきりした。彼はやはり最後の使者だったか」
「ダブリス………自由意志か。彼もまた、レイと同じ道を選択したようだ。これで老人達に勝ち目はなくなったな」
勝機を手にした実感に、ゲンドウの口元が吊り上がり、コウゾウは満足そうに頷いた。


カスミが目を醒ますと、目の前にはレイの白い躯が広がっていた。髪をなでられている感触がする。どうやらカスミは、レイの胸に抱かれたまま眠っていたようだった。
（綺麗……）
カスミは素直にそう思った。カスミの肌もかなり色白なのだが、やはりレイとは違う。カスミは色素が『薄い』のであり、レイは色素が『無い』のだ。その一見異様な風貌も、カスミにとっては神秘的な美しさを感じるものだった。

直接触れ合う肌の感触が、レイになでられている髪が、とても心地いい。カスミはレイの背中に回した腕に少し力をこめると、肺一杯にレイの甘い体臭を吸い込んだ。
「起こしてしまった？」
「ううん、ちゃんと目が醒めてたから」
体をずらして朝の口付けを交わす。カスミとレイは互いに、朝の光に浮かんだ愛する少女の美しさに息を飲んだ。
「今、何時？」
「６時ちょっと過ぎ……もう少しゆっくりできるわ」
「そう…」
目覚ましが鳴るまで少し時間があるのを知ると、カスミは再びレイの鎖骨の辺りへ顔をうずめた。こうして全裸のままレイと眠るのも、毎晩のように愛し合うのも、すでにカスミの生活の一部となっている。
「カヲル君は、綾波さんと同じなんだよね……」
カスミが、突然ポツリと漏らした。
「ええ」
「なのにカヲル君は、誕生日があるんだね……」
そのことが、カスミは昨日から気になっていたのだ。
「セカンド・インパクトと同じ日……多分、彼はアダムの魂を受け継ぐものだから……」
「綾波さんの誕生日も調べなきゃ。リツコさんに相談してみようよ」
「？　いらないわ。別に、不便じゃないもの」
不思議そうに小首を傾げるレイを見て、カスミは少し胸を軋ませた。
レイは人によって造られた存在であり、さらに今のレイは２人目なのだ。レイが自分の誕生日に意味を見出せなくても、仕方のないことなのかもしれない。
「ダメだよ、誕生日がなくちゃ」
「そうなの？」
「誕生日ってね、その人がこの世に生まれて来たことを、みんなでお祝いする日なの。私、綾波さんの誕生をお祝いしたいんだよ」
「碇さん……」
レイは納得とともに、カスミの気持ちに心が暖められるのを自覚した。
「碇さんの誕生日は、いつ？」
「４月２５日だよ」
「なら私も、その日を祝いたい」
「ありがとう。……私達、生まれて来なかったら、こうして逢えることもなかったモンね」
カスミはそう言うと、そっとレイの唇を啄んだ。
「私はヒトとして生まれなかったけど、それでも生まれて来てよかったと思ってる。碇さんに出逢うことができたもの」
「綾波さん……」
２人は相手を想う気持ちを表わそうと、互いの背中に回した腕に少し力をこめた。そして再び、慈しみ合うように唇を重ねる。
「そろそろ起きようか」
「ええ」
そして２人は、はにかみながら朝の支度を始めた。

この日、最後の戦いが待ち受けてることなど、カスミには知る由もなかった。

（つづく）

後書き

カスミの誕生日ですが、４月２５日ということになりました。
これには理由があって、１話の後書きにあるように、カスミはとあるゲームのキャラから名前を頂いたのですが、そのキャラのＣＶをやっている声優さんの誕生日が４月２５日なんですよ。
（ＥＶＡのキャラの誕生日が、そのＣＶをやっている声優さんの誕生日だという話は有名ですよね？）
ちなみにそのゲーキャラの誕生日は５月１６日です。

ところでこの回、なんでもない朝の平和な風景から始まるのですが、逆にそのことが感慨深かったです。
本編の２４話では、第三新東京市さえ残ってませんでしたからね。

さて次回から、サブタイトルが変則的になります。
２５話は「世界の中心でアイを叫んだけもの」、２６話は「まごころを、君に」になります。２５話ですが、「Ａｉｒ」では何か浮いてるし、内容的にも「世界の〜」の方が合ってるので、ＴＶ版最終回のサブタイトルを貰うことにしました。

感謝の言葉：

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第２５話「世界の中心でアイを叫んだけもの」に進む。（投稿待ち）
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読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
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