The Short Story of ARMORED CORE 2
-- Side Ene --

第二章：Arena 〜The First Battle〜

夕闇が１日の終わりを告げるかのように辺りを覆いはじめている。その日の 勤めを終えた人々が家路を急ぐ中、そんな周囲には無関心を装ったかのよう な、一風変わった男が悠然と歩みを進めていた。しかも、市民が普段近づく 事も無いような、街外れのスラムへと向かって・・・。 地球・火星を問わず、都市の構造は中心から『市民層』『準市民層』『スラム』 という順にドーナツ状で形成されているのだが、その男が向かった『スラム』は 主として、純粋なレイヴンをはじめとする社会的に認められてはいない者達に 対して割り当てられている区画でもある。それゆえ、市民としての地位を持つ 者達は、そのような場所に向かう者に対して常に奇異なものでも見るかのよう な視線を容赦なく投げつけるのが常であった。 しかしながら、男はそういった視線など全く気にすることなく歩みを進めていた。 『スラム』に住居を構える者達にとってはそれはもはや日常と同じようなもので あり、さして気にするほどの事でもなかったからである。特に、『レイヴン』と呼ば れる傭兵稼業を生業としている者にとっては他人がどう思うか等全く関心が無い 事であった。そして、男も例外なく『レイヴン』であった。それも、やや特殊な・・・。　 ---- ◇◆◇◆◇ ---- 男は、家に着くとすぐに机上の端末に電源を入れてネットワークへと接続した。 『依頼・メールはありません』 ”依頼は特にないか・・・。久しぶりにゆっくり休めそうだな・・・。” 画面に表示されたメッセージを確認して、男は安堵の表情を浮かべると今度は、 『アリーナ』と書かれた項目を画面に表示させて現在の動向のチェックを始めた が、すぐにその手が止まった。アリーナ下位に非常に興味深い名を確認したから である。 RANK-49 RAVEN NAME エネ 自分が数日前にとある病院で言葉を交わした少女が、確かそのような名であった 記憶があったのだ。すぐに詳細の確認を行ったところ、やはり思ったとおりだっ た。彼女が本当にレイヴンになっていた事実に、男は微笑を浮かべながら呟いた。 「まさか本当にレイヴンになっているとは・・・。どうやら、相当に強い意志の 持ち主らしいな。これからが楽しみだ・・・。」 さっそく彼女に対して歓迎のメールを送ると、男はそのまま端末の電源を切断し、 数日ぶりの休息をとるべく、床につくとそのまま眠りに落ちていった。 全ての緊張を解き、死んだように眠るこの男の名をアレフガルドといった・・・。 ---- ◆◇◆◇◆◇◆ ---- アリーナでの打ち合わせを終えたエネは、そのまま自宅に戻るとさっそく端末を 起動させた。昨日と同じように画面にメッセージが表示される。 『２件の新着メールが届いています』 メッセージを確認すると、すぐにメールのチェックを開始する。新着メールのうちの １通はマネージャーであるエリアスからのものであった。 件名：アリーナ 差出人：エリアス＝フォールド アリーナへの機体の登録、及び試合の手続きが完了いたしました。初戦の 相手は、『オーロラシーカー』です。なお、試合は明日の１４００時に行なわれ ますので遅れないようにして下さい。 それでは、また。 それとは別に届いているもう１通のメール・・・。その差出人は、彼女には到底想像 し得ないほど、驚くべき人物からのものであった。 件名：-------- 差出人：アレフガルド レイヴン試験に合格できたようだな。まさか本当にレイヴンになるとは思って はいなかったから正直驚いたよ。だが、本当に厳しいのはこれからだ。 健闘を祈る。 つい先刻、自分がアリーナで聞いたレイヴン、『アレフガルド』・・・。彼こそが途方に 暮れていた自分にレイヴンとしての道を指し示した、あの男性であったという事実 を知り、エネは驚きと共に底知れぬ喜びと勇気が沸いてくるのを感じていた。 ”見ていて下さい、アレフさん・・・。私、頑張りますっ！” 心の中でアレフに対して固く宣言すると、エネはベッドに潜りこむと明日の試合に 備えて眠りに落ちていった・・・。 ---- ◆◇◆◇◆◇◆ ---- 翌日、アリーナは普段にも増して多くの観客が詰め寄せて、１種のお祭りの状態 となっていた。なにしろ、年端のゆかぬ少女が家族の為にアリーナで戦う、という のだから当然といえば当然かも知れない。誰もが彼女のデビュー戦ともいえるこの １戦の開始を待ちわびていた。 ・ ・ ・ 試合開始まであと１５分・・・。その頃エネはガレージにてエリアスからの軽いアド バイスを受けていた。 「今回の相手のオーロラシーカーの機体は、機動力が高めの逆関節タイプですが 内装が十分に整っていない為に、その性能を発揮することが困難になっています。 ですから序盤でハンドガンの有効射程まで間合いを詰めてから、後は周囲を旋回 しつつ、『ハンドガンを撃って斬る』という動作を繰り返せば大丈夫でしょう。ブレード を使う目安としてはハンドガン１０発前後がベストです。」 「間合いを詰めてからハンドガンを撃って斬る、ですね？分かりました、何とかやっ てみます。」 エネは、エリアスの助言に対してやや緊張しつつも彼に返答をかえした。それと時 を同じくして、出場者に対してのアナウンスが入った。開始まで５分を切った合図 である。 アリーナとはいえ、ＡＣによる実戦経験はレイヴン試験の時だけなので嫌でも緊張 してしまうものである。エリアスもそれを十分承知していたのでエネに激励の言葉 をかけると、彼女をＡＣへと促した。それに従い、エネはＡＣに乗り込んでシステム を通常モードで起動すると、ＡＣ専用のエレベーターに機体をセットさせる。完了と 同時にエレベーターはＡＣをアリーナのゲートに誘う。既に開始まで２分を切ってい た・・・。 ---- ◇◆◇◆◇ ---- 試合開始２０秒前・・・。 双方のＡＣがゲートを抜け、所定の位置に付く。それと同時にモニターに『Ｒｅａｄｙ』 の文字が大きく表示される。それを確認した後、即刻エネはシステムを戦闘モード へと移行させた。やがて、開始までの時間が１０秒を切ると、アリーナは張り詰めた 緊張が広がり、静寂に包まれる。そして、カウントダウン・・・。 ５・・・、４・・・、３・・・、２・・・、１・・・、 モニターに『ＧＯ！！』と表示されるや否や、エネはブーストペダルを踏み込んで相手 との間合いを一気に詰めにかかった。対するオーロラシーカーもライフルで応戦しつつ 間合いを離しにかかるが、初期状態の内装が災いして満足な機動力が出せず、すぐ に間合いを詰められていった。 ”捕まえた！” ハンドガンがロック可能になるや否や、エネは相手に対して攻撃を開始して、相手に 弾丸を撃ち込んでいく。オーロラシーカーのほうも攻撃を回避しようと試みるが、衝撃 で身動きが取れず徐々に装甲を削られつつあった。その間にブレードの間合いを確保 したエネは、的確にブレードを当てると、再びハンドガンの射撃を行ってゆき、相手は その戦術と『Pieceful Wish』が持つ機動力に翻弄される形となり、装甲を大幅に削ら れるに至った。 ・ ・ ・ 結局、試合はエネの圧倒的有利のまま終盤を迎えるに至ったが、その時に信じられな い事が起こった。ジャンプした状態でハンドガンを撃っていた『Pieceful Wish』が着地を 待たずに振ったブレードが相手にＨＩＴして、残りの装甲を削りきったのである。おそらく は偶然に起こった事であるのだろうが、決着の方法としては十分魅せるものだったよう で、観客は一斉に沸きあがってエネの勝利を祝福した。対して、エネはいまだに勝った 事が信じられないようではあったが、満面の笑顔を以って観客に応えるとガレージへと 戻った。 ---- ◇◆◇◆◇ ---- ガレージに戻ったエネは、エリアスとガラルドの姿を見るとＡＣから飛び降りて二人に 駆け寄り、エリアスもまた、微笑を浮かべながら彼女に祝福と労いの言葉をかける。 「初戦勝利、おめでとうございます。お疲れ様でしたね」 「はいっ。エリアスさんのおかげです」 それに対してエネも満面の笑顔で、感謝の意をエリアスに告げる。ガラルドも嬉しそう にエネの勝利を祝福するが、すぐに真面目な表情に戻るとある事をエネに告げた。 「実は、嬢ちゃんに伝言を頼まれてるんだよ。多分、嬢ちゃんの端末にメールがいって るだろうから依頼主の名前はそっちで確認してくれ。で、伝言の内容なんだがよ、どう やら嬢ちゃんに援助を行いたい、って事らしいんだ。」 その言葉にエネは不思議そうな表情をしたが、エリアスは既に知っていたかのように、 微笑を浮かべながら、エネに声をかけた。 「まぁ、それほど心配する事もないでしょう。私の知る限りでは援助を申し出てくれてい る人は、十分に信頼できますからね。取り敢えず、今日はもう帰宅してお休みになって 下さい。次の試合などについては、追って連絡を入れます。それから、報奨金は口座に 振り込むように手配しておきますので」 エネは、まだ気になるようだったがエリアスの『信用できる』という言葉を信じる事にする と後のことをお願いしてアリーナを後にした。抜けるように青く澄み渡る火星の空を、しば らく見上げて思いっきりのびをすると、家路をゆっくりと歩き始めた。次の試合、そして、 自分を影から励ましてくれた、アレフガルドに思いを馳せながら・・・。 『第三章　The ACE 〜戦慄〜』に続く