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市街地を夕闇が覆い尽くそうとしている。そんな中、少女は家路を急ぐ人々を眺め
ながら、スラムへと向けて歩みを進めていた。歳は１６〜1７程で、やや長めの髪を
一つに束ねて左肩から垂らしており、時たま周囲から向けられる怪訝な視線など全
く気にも留めていない様子で、悠然とスラムへと姿を消していった・・・。
スラム街の外れにある、古びたコンクリート製の建造物の前に立ち止まると、少女
は小型の端末を取り出して目的地のアドレスの確認を行った。
『ここね・・・。』
目的地への到着を確認すると早速扉を開こうとするものの、住人が不在らしく施錠
されているようであった。
「留守かぁ・・・。良いや、どうせ時間はたっぷりあるんだから・・・。」
少女は住人が帰宅するまで待つことにすると、扉の前に座り込んで夜空を眺めはじ
めるが、次第に旅の疲れが出てきたのを感じると、睡魔に身体をゆだね、そのまま
眠りの世界へと落ちていった・・・。
それから、数十分が経ったであろうか・・・。ふと身体に温もりを感じて、目が覚めた。
周囲を見渡したところ、古ぼけたコンクリートつくりの部屋で、最低限の生活に必要な
ものしか無く、部屋の奥には端末が置いてあるだけだった。身体を起こし、耳を澄ます
とシャワーの水音だけが聞こえてくる。今一度、端末に目を向けると、レイヴン専用の
ネットワークに接続されていることに気付いた。端末の内容を確認しようとベッドから這
い出るが、ふと自分の格好に気が付くと慌てて布団に潜り込んだ。無理もない。彼女
は下着にＴシャツだけ、という格好で寝かされていたのだから・・・。ちょうどその時浴室
から男の声がした。
「やっと起きたみたいだな、ディリア。まったく、家の前で寝てるから焦ったぞ。」
かなり苦笑交じりに言われたが、その男が会いに来た人物である事を確認した少女は
少々安心するものの、すぐに溜息交じりに反論する。
「あのねぇ・・・。だったらもうちょっと早く家に帰ってなさいよね。せっかく人が
久しぶりに訪ねて来たってのに・・・。はぁ・・・、ま、良いわ。それよりも本部か
ら指令よ、アレフ。」
その瞬間、男・・・アレフガルドの眼が鋭くなったかと思うと低い声でディリアに尋ねる。
「本部から指令・・・？一体、何事なんだ・・・？」
「そんなに緊張することないわ。簡単な事だから、すぐに理解できる筈よ。」
彼は、その言葉で取り敢えずは納得したように表情をもとに戻すと、先を話すように促し
た。その動作をうけて、ディリアは内容を話し始めた。
「指令内容は次の２点。第一に、先日アリーナに参戦した『エネ』というレイヴンに対して
の支援を『ＷＷ』を代表して行う事。二つ目は、あなた自身もアリーナに再び参戦して戦
う事。ね、簡単でしょ？」
確かにそれほど難しい内容ではなかったが、アレフには少々引っ掛かるものがあった。
アリーナへの参戦の事である。なぜ今更・・・、彼にはそう思わざるを得ない内容だった
のである。しかしながら、戦う内に答えが見出されるかも知れない、と考え直すとディリア
に対して、一応条件付きで、承知した旨を伝えた。
「了解した。だが、参戦はもう少し待って欲しい・・・。」
「ん。それはあなたの自由よ。自分の好きなタイミングで参戦して良いわ。」
ディリアは、それに不満の色など全く見せずに、笑顔を浮かべながらアレフにそう言った
後、再びベッドに潜り込むとそのままぐっすりと眠り込んでしまった。アレフはあまりにも
素早い行動に、少しの間呆然としていたが、すぐに苦笑を浮かべながら呟く。
「で、結局こうなる訳か・・・。一体、俺はどこで寝りゃ良いんだよ・・・。」
だが、すぐに真面目な表情に戻ると『NERVES CONCORD』に対して、アリーナへの参戦
の意志がある旨のメールを送ると、ソファの上で彼もまた、眠りに落ちていった。
アリーナでの初戦を終えたエネは、そのまま帰宅すると早速端末の電源を入れ、
ネットワークに接続した。先刻アリーナで聞いた、援助を申し出た人物を確認する
為である。
『一通のメールが届いています。』
画面のメッセージを確認すると、すぐにメールを開き内容の確認を開始した。
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件名：アリーナ支援 |
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差出人：ディリア・シーズウェル【ＷＷ総帥代理】 |
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はじめまして。アリーナでの初戦を見させていただきましたがなかなか良い
腕をお持ちのようですね。我々ＷＷはあなたの資質を認め、以後のアリーナ
における活動への支援を行なう事に決定しましたのでご報告致します。なお、
当面は火星に在住している我々のメンバーの１人である、アレフガルドを通
じて援助を行なう事となります。
それでは。 |
内容の確認を終えたエネの表情には、明らかに戸惑いが生じていた。もっとも
無理のない事ではある。レイヴンの世界では新参者がいきなり支援を受けられ
る事は全くといって良いほどあり得ないのである。加えて、『ＷＷ』という組織。
まだレイヴンになりたてであるエネは多分名の知れていない企業かなにかでは
ないか、と考え検索をかけてみたが、『ＷＷ』という名の組織に関するデータは
何一つ存在していなかったのである。
レイヴンの支援を行うからには、かなり名が知られていている組織であっても不思議
ではなく大体の場合が、市場において大規模なシェアを誇る企業である場合が多い。
その為、支援を申し出る組織のデータは、ほぼ確実に『NERVES CONCORD』のデータ
バンクに存在していると言って良い。にも関わらず何のデータも存在していないという
事は、この『ＷＷ』という組織は企業体のような大規模なものではなく、秘密裏に生ま
れた組織であるという事になる。それも、火星ではなく地球で・・・。あまりにも不明瞭
な点が多すぎる組織であるのだけは確かであった。しかしながら、アレフに支援して貰
える、という事が安心感を与えたのか、彼女に浮かんでいた戸惑いは次第に消えてい
ったようであった。確認を終えた彼女は、一日の汗を洗い流す為、浴室へと向かった。
脱衣所で服を脱ぎ捨て、シャワーの栓を捻る。心地よい温度の飛沫が疲れを洗い流し
ていくのを感じながら、しばしの間その感覚に浸りつづけていた。
エネが帰宅した後、しばらくの間エリアスはアリーナでの作業をほぼ終了させ、自室で
一息ついていた。
｢ようやくここまで終わったか・・・。よし、後は次の試合の手配だけだ。｣
もうひと頑張りしようと思い、再び端末に向かった時である。唐突にメールの着信を知ら
せるメッセージが画面に表示された。差出人は、『NERVES CONCORD』からであったが
あまりにも急なメールである事を不審に思ったエリアスは、すぐに内容の確認に入った。
メールの内容は極めてシンプルなものであった。『シリウス』という名のレイヴンが近々、
アリーナに参戦する、というものであったがそれを見た瞬間、エリアスの表情が突如強張
ったものに変化した。過度の緊張のためか、額には多量の冷や汗が浮かんでいた。
『蘇るというのか・・・。かつてこのアリーナを駆け抜けた一匹の狼によってもたらされた
あの悪夢が・・・。』
やがて、過度の緊張から立ち直ると重い身体に鞭打つが如く、端末の前に座りなおすと、
エネに緊急のメールを送った。
シャワーからあがったエネは、ふと新たなメールが着信しているのに気付くとすぐに確認
を行った。差出人はマネージャーのエリアスからであった。
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件名：シリウス |
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差出人：エリアス＝フォールド |
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緊急事態です。近いうちに、このアリーナに恐ろしい力を持った狼が参戦してきます。
また、それによりかつてこのアリーナを覆った悪夢が、再び蘇る事も十分考えられま
す。明日、１０３０時にアリーナへ来て下さい。狼について知り得ることを全てお話致し
ます。
それでは、また。 |
メールの内容から非常に緊迫した事態である事を感じ取ったエネは、すぐにでも話を聞き
たいという衝動を、かろうじて押さえるとそのまま端末の電源を落としてそのまま眠りに
就いた。かつてのアレフの暖かさを思い出す事で、心を落ち着けながら・・・。
『第２節：蒼き狼』に続く |