その人物・・・あえて彼と呼ばせてもらう・・・に対する取材が許可されたのは初めてだった。実際はPOORアリーナという、一風変わったアリーナが人気を博しているということで、その取材の一環として関係するレイヴンに話を聞くことになっていたのだが、マスターアリーナのランカーレイヴンに会えるとは思ってもみなかった。彼はマスターアリーナの上位の一角を占めていながらその人物像は全くと言っていいほど一般には知られていない。今回の取材に関してもアリーナ主催のラディカルドック氏の紹介を受けることで可能となったが、カメラの持ち込みはおろか、特に容貌など、彼を特定する要素となるものの公開は認められなかった（この原稿も事前にチェックを受けている）。
どこをどう通ってきたのかはわからないが・・・何しろ厳重なボディーチェックを受けた後、ずっと眠らされていたのだ・・・私は彼のセーフハウスの一つらしきところに連れていかれた。何の変哲もない倉庫区画の１ブロックで私を迎えたのはどう見ても場違いなメイド服・・・普通は映画の世界でしかみることはないだろう白と青のコントラストも鮮やかな・・・に身を包んだ女の子だった。年の頃は10代後半だろうか、細めの体つきと女の子にしては高めの身長にストレートの黒いロングヘアーが艶を与えている、しかし・・・東洋系の血を引くと思われる・・・あどけなさの残る顔立ちのどこかに緊張感を漂わせており、彼女がただのお手伝いではないことを伺わせた。彼女は私を連れてきた人物と二言三言口を交わすと私にセキュリティチェック・・・武器探知機を使ったもの。体の重心バランス、筋肉の緊張の度合いなどから判断するらしい・・・を行った。さらにラディカルドック氏から渡された割り符・・・厚手のＩＣカード・・・を確認し、ようやく笑顔を見せた。
「確認いたしました。ようこそ、私は桜花と申します。ここからは私がご案内いたします。」
抑揚のはっきりした良く通る声だ。断定的な口調から、彼女が強い意志を持っていることがわかる。
天井から降りてきたエレベータに乗って、数区画を移動した後、いきなり開いたエレベータの向こうに大きな黒い扉が現れた。
「お連れしました。」
前に立った彼女がきっかり３回ノックし、歌い上げるように宣言した。応じる声はなかったが、彼女は私を促した。
黒檀の鈍い光沢を放つ大きめの両開きの扉、ドアノブはこれも時代を感じさせる真鍮・・・よく磨き込まれ曇り一つない・・・の大きく丸いものがついている。それを右手で握り、ひねると、見た目に違わない重さでそれはまわり、「ガチャリ」と大きな音を発した。そのまま前に力を加えると・・・扉自体にはかなりの重さを感じるにも関わらず、軋むような音は全く立てずに・・・扉は滑るように静かに開いた。
（私は映画以外では木製のドアをみたのはこれが初めてだった。それにドアを手で開けた経験も生まれてこの方数えるほどしかない。）
扉の奥にある部屋は奥行きが10ｍほどもあるだろうか、幅だって５ｍ以上はある、書斎と呼ぶにはあまりにも広すぎる部屋だった。左右の壁には天井の高さまで届く専用にあつらえたと思われるような木製の本棚が置かれ、その中には書物と・・・部屋の主の趣味なのか・・・様々な種類の酒、そして何のパーツだかわからない金属の塊がオブジェのように陳列されていた。部屋の中央には、天板だけでなく足も床が透けて見えるほどに透明な・・・すべて一体で継ぎ目など全く見つけられない・・・ガラステーブルとそれを挟んで２脚の革張りのソファ・・・年代を感じさせる赤黒い光沢が本革であることを物語っている・・・が置かれている。扉と反対側の壁は全面が窓・・・当然、防弾のたぐいではあるのだろうが・・・になっており、弱い外光を室内に取り入れようとしている。全面の窓の前には大きな・・・これまた木製と思われる・・・デスクがあり、その人物はそこに座っていた。窓から射し込む光が影を落とし、紫煙に形を与えていたが、私の方から彼の表情を伺うことはできなかった。
「ラッドの紹介で来たというのは君か。」
低く、それでいてひび割れたような感じでありながら、威圧感を伴う声だった。彼は座ったままメイドの彼女に視線を向けると彼女はうなずいて私に中央のソファに座るように勧めた。そして、彼女がお茶を用意し、私が一口目を付けるとようやく彼は再び口を開いた。
「POORアリーナについてだったな・・・・・。予備知識はあるのだろう？説明の必要はないはずだ、見た方がわかりやすい。」
彼がメイドに視線を向けると、彼女が何かを操作した。私の前にあった本棚が壁に沈み、そこには大型の・・・３ｍ四方はある・・・モニターが現れた。モニターは４つの画面に分割されており、上２つにはＡＣの映像が、下２つにはステータスが表示されている。表示されている機体は左に「ＮＰＲ３」、右に「剣使い」であり、機体評価は言わずもがな「POOR」だ。
「準備はいいか？梅花」
「はーい、父様」
彼がモニターに向かって呼びかけると、画面が切り替わって赤いパイロットスーツを着た女の子が現れた。「梅花」と呼ばれた彼女は先ほど案内をしてくれた「桜花」よりもさらに何歳か若く見え、幼いという印象すらあった。ひょっとするとエルシィよりも若いかもしれない。
「POORアリーナに関しては、私が組んだ機体で桜花か梅花に参加させている。今日は梅花にシミュレーションマシンで戦ってもらう。梅花はすでに別室でシミュレーションマシンに乗り込んでいる。シミュレーションとはいえ、衝撃や加減速Ｇなどもかなり再現できている、特に支障はないはずだ。」
彼はそういって私の方を見た。驚いたことに、どう見ても10代の彼女たちがＡＣを操縦するというのだ。私はとまどいながら頷くと再びモニターに目を向けた。モニターは再び４分割画面に戻っている。
「とりあえずランキング９位あたりからやってみようか・・・、桜花、始めてくれ。」
「はい、父様。ステージはどうしますか？」
「海上基地でいいだろう。特に決められていないしな。」
先ほどからドアのそばに立っていた桜花嬢はなにやら端末を操作して設定を始めた。そういえば彼女たちは彼のことを「父様」と呼んでいる・・・「ご主人様」とか「旦那様」ではないのだ。まぁ、どうでもいいことかもしれないが・・・・・。