「真っ暗……ここ、どこだろう……」
辺りを見回してみても、明かり一つない暗闇……それでも、自分だけは認識できる。
膝を抱えて座っている自分……不思議な感覚が体を包んでいる。
「何で、こんな所にいるんだろう……さっきまで、ベッドに寝てたのに……」
立ち上がると、ゆっくりと前へ足を踏み出す。見えないけれど、床の感触があった。
数歩、足を進めるが、闇に変化は無い。
「ホントに何も見えない……どうして？」
問いを繰り返しても、自分では答えられない。当然、答えてくれる人もいない……そう思った時、不意に後ろから声がかけられた。
「君に何も見えていないのは、ここが、君の意識の奥だからさ」
振り返ると、優しそうな顔の少年がそこにいた。黒い髪で、少し頼りなさげな感じを受けるけど、どことなく安心出来る気がした。
「……誰？」
「僕？僕は『君』だよ。もう一人の君」
少年は、微笑みを浮かべた。
第零話 受け継がれた、想い
「……？どうゆう事？」
少年は一瞬、困ったような苦笑を浮かべた。
「うーん、ちょっと分かりにくいかも知れないね。大体、性別からして違うんだし……」
少年の指摘に、今の服装が寝間着姿なのを思いだした少女は、顔を赤らめた。
「そ、そうだけど……」
「少し長くなるけど、いいかな？」
少年は、話を続ける許可を求めた。
「え、あ……ハイ、どうぞ……」
「うん、じゃ、座ろうか……立ってると疲れるだろうしね」
二人は向かい合って座った。
「まず、ここはさっきも言ったけど、君の意識の底……普段は認識していない領域。と言っても、僕にも詳しいことは分からないんだけどね」
恥ずかしげに頭を掻く少年に、思わず少女は笑みをこぼした。
「ま、まぁ、気にしなくていいよ。僕が来るのは多分……今だけだし……それで、次は……」
「私とあなたが同じって事？」
「そう、僕と君は同じ存在なんだ。分岐の一つとして、僕は男で君は女になっただけなんだよ」
「分岐？」
首を傾げる少女に、少年は諭すように話を続けた。
「そう、分岐。じゃ無ければ可能性って言った方がいいかな？でも、この事は重要じゃないんだ。大事なのは、同じ存在だって事さ」
「うーん、よく分からないんだけど？」
「……僕は、ある未来を経験した。僕は、出来ることならその『歴史』を、もう一度やり直したいと思ったんだ。未来を書き換えられる程の力を手に入れたけど……何度やっても上手くいかなかった……『僕』は、もう、その未来には干渉出来なくなっていたんだ。干渉出来たら……この力を持つ『僕』がいたらおかしいからね……『結果』が出たものは変えられないんだ……」
少女の手がそっと少年の頬に触れる。いつの間にか流れていた涙を……指で拭った。
少女の頬にも一筋の涙が光っていた。
「辛かったのね……あなた……」
「……ありがとう。優しいんだね……」
少年は自分で涙を拭くと、精一杯の笑顔を返した。少女の頬が少し赤くなった。
「ううん、そんなことない……それより、続けて……」
少女も自分の頬を拭って座り直した。真剣な面もちで少年を見つめる。
「そうだね、その為に来たんだから……このままだと、君は僕と同じ運命を辿ることになる。君のこの後の『歴史』は、ささいな違いこそあれ、僕のそれとほとんど一緒だったんだ」
「ホント？」
少女が首を傾げる。
「うん、僕は……君の未来を直接触れはしないけど、見ることは出来たから、ね。何故かは分からない……多分、君と僕は、表と裏なんじゃないかと思う……」
「表と裏……」
「そう、表と裏、男と女……正反対でありながら、一対の、どちらが欠けても成立しないもの……」
少年は淡々と語る。
「でも、表と裏って事は……私とあなたは正反対の人生を歩むんじゃ……」
「……コインはどんな風に落としても、水の中だと濡れてしまうよね。僕達がコインで、未来が水、さ……」
「それじゃ……私もあなたみたいになるの？」
「ううん、そこが君と僕の違い……君の方が、深く傷付いてしまって……僕よりも悲しくなるよ……君の方が、優しくて脆いから……」
「わざわざ、それを教えに来てくれたの？」
「いいや、違うよ……僕はこの『未来』を、『歴史』を、運命を変えるために来たんだ……方法は分かってる……」
少年の表情には、強い決意が浮かび上がる。
「方法って？」
「それは、僕が消えてしまうことさ……そうすることによって、君と僕の『未来』が無くなる……共通の運命が、ね」
「消えるって……そんな……ダメだよ、自分からそんなことしちゃ……」
「やっぱり、優しいね君は……でも、僕はもう疲れたんだ。君がそう言ってくれるのは嬉しいんだけどね……だけど、只消えることは出来ないんだ……だから」
少年は少女に……とても明るい笑顔を向けた
「僕は只消えるんじゃなくて……君に僕の記憶と力をあげる。僕は君と一緒になるんだ」
「でも、それじゃダメなんじゃなかったの？」
「僕と一緒になった君は、もう、元の『君』じゃない。僕の力は、『僕』の歴史は変えられないけど……君の未来は、これから始められる。それには干渉出来るみたいだからね……こうして、君と話できるくらいだし。だから、君には、出来るだけ後悔しないようにして欲しいんだ。一緒になることによって、もう、『僕』とは違っていくんだから」
「……そうなの？本当に？」
「そうさ……未来の事を知ってるなんて事、普通じゃありえないからね……じゃ、始めるよ……僕を、受け入れて……」
少年の手が少女の頬に伸びる……自分の為に泣いてくれた、その跡が残った頬に……
少年の体から放たれた柔らかな光が二人を包んでいく……
ＥＰＩＳＯＤＥ：０ Ｔｒａｇｉｃ Ｍｅｍｏｒｙ
「こんなのって……こんなことって……」
涙が止まらない……少女は、少年の記憶を、知識を、事象に干渉する力を貰った。
異形の怪物、親しい友人達、不思議な少女、紫色の巨人……止めどなく流れ込むイメージの奔流。
その記憶はあまりに鮮烈で、凄惨で、そして……涙が止まらなくなるほど悲しかった。
その知識は驚くほどに深く、豊富で、そして……意識が吹き飛びそうなほど苦しかった。
その力は桁違いに巨大で、圧倒的で、そして……どうしようもないほど恐ろしかった。
それでも、記憶の悲しさは、知識の苦しさや力の恐ろしさを押しつぶした……悲しく、辛く、心が痛くなる思い出に、少女の心が軋んでいた。
少女は俯いたまま、嗚咽を繰り返していた。その様子を悲しげに見つめていた少年は、やおら立ち上がった。
「じゃあ、そろそろお別れしなくちゃね」
少年が背を向けながらそう言うと、ハッとしたように少女は顔を上げた。
「行っちゃうの？」
「うん。辛いと思うけど……頑張って、としか言えないから。僕は行くよ……サヨナラ」
「待って……名前を教えて……」
フワリと浮かび上がる少年……その背中には光、まるで翼のように見える仄かな光の形が浮かんでいた。
「シンジ……碇シンジ」
「シンジ……くん」
「じゃ、ホントに行かないと……」
「うん……サヨナラ……シンジくん」
シンジと名乗った少年は、光に包まれて消えていく。少女はそれをずっと見つめていた……
２日後、父、碇ゲンドウから一通の手紙が来た。
『来い ゲンドウ』
一言だけの手紙……今までの静かな生活が終わるときが来た。
シンジに貰った記憶が、彼女に決断をさせた。
誰かがやらなければいけないことが分かっているから、彼女は素直に応じる事にした。
もし知らなければ、父を嫌っていた自分は、決して行かなかっただろう。
「あなたの為に行くんじゃない……シンジくんや、他の人の為に行くんだから……」
荷物を纏めながら、呟く。
彼女、碇ユウカは……ゆっくりと立ち上がると、窓を空け、夜空を見上げた。
「行って来るね……」
誰にともなく口にする言葉は、夜空に吸い込まれていった……
あとがき
ＡＣも読んでる人はこんにちは。エヴァだけの方は初めまして。本来、ＡＣ側での投稿者・ＡＢＣと申します。
今回から、何故か、エヴァの所にお邪魔しています。
ＴＶの２５・２６話も、映画も、それはそれでいいんじゃないの？って思ってた人間でしたので、特に自分流に書くってことは考えていませんでした。
でも、先月（１１月）に、久々にＰＳソフト「スーパーロボット大戦α」（２０００年５月頃発売）を最初からやり直したのですが、プレイしている内に、段々自発的になっていくシンジ君や、他のスーパーロボットのパイロット達と口喧嘩している生き生きしたアスカ、特定の条件で使えるＥＶＡ参号機など、こんなアレンジもあるんだなぁ……って思っている内に、自分なりに消化してみたくなったのです。
そう思うと、根本から変えてみようかなって思ったりして……
てな訳で、シンジ君は、ユウカちゃんに主人公の座と宿命を渡して、回想にのみ登場します。他のキャストは基本的に変わらないのですが、彼女との関係によって、態度や性格が変化してしまうかも？（って言うか、変化させられるだけの『力』を手に入れているし……）
彼女は、ほとのどの使徒のスケジュールや能力、対処法、前後の状況を理解していて、状況をコントロールする能力も得ていますので、さて、どうなりますやら（かなりの御都合主義ですがね）。
かなり、本編とは違った物に仕上がりそうです。
シーンチェンジの時に、シナリオタイトルを入れていますが、ＴＶ版を意識しての演出です。鬱陶しいと思う方は、読み飛ばして下さい。
サブタイトルの意味は、「悲しい想い出」です。そのままですね。
ちなみに、ユウカの名前は、ユイさんの名前から一文字拝借してます。例のセリフはお忘れ下さい。あの話もアレンジするでしょうし……
外見は……うーん、髪が長めで、少し幼くなったユイさん……ですかね。じゃなきゃ黒い髪を伸ばした綾波さん？ま、そんな感じです。
第３新東京市に呼ばれたユウカ……少女は様々な人と出会い、新たな物語が生まれる。
次回、『使徒、襲来』。
どうぞ御照覧あれ。
作成日付：２０００／１２／１１
改稿日付：２００１／０２／０５
感謝の言葉：
全ての想いを受け入れて決意を決めるユウカちゃん。
今後の活躍が期待できそうで楽しみですね。
能力を受け継いで、もはや無敵〜・・・って訳ではなさそうですけど。
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第０１話「使徒、襲来」に進む。
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