「そろそろ始めようか……」
漆黒の闇の中に、映像が映し出される。
それを見つめる、６人の男達……
「まずは、１５年振りに訪れた使徒……『水』を司るもの（サキエル）」
「ＥＶＡ初号機によって殲滅、か」
「だが、これではまるで神か悪魔だよ……あの爆発を封じ込めるとはね」
「そして、『昼』を司るもの（シャムシエル）の来訪か……」
「報告では、サードにはこれ程突出した運動能力はなかったハズだったな」
「ＡＴフィールドの鞭を跳び箱のように使えるとはな……」
「さらに、『雷』を司るもの（ラミエル）……随分無茶な手を使ったね」
「面白いじゃないか。現場責任者の提案だと聞いたがね？」
「それはどうでもいい事だ。問題にすべきは、初号機の行動だよ」
「左様。あの攻撃を回避して接近戦での一撃。あれ程のＡＴフィールドをうち破るとはね」
「碇よ、貴様何か隠していないか？」
ゲンドウは、ようやく口を開く。
「私が？何を隠すのですか？」
「君の娘は、初号機との相性が良すぎると言っているんだが？」
「当然でしょう。シンクロしやすい人間を優先的にチルドレンとして採用するんですからね」
「……いいだろう。その言葉憶えておくよ、碇」
ゲンドウはニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「では、資料の検討に戻ろう……」
「ふむ、次は『魚』を司るもの（ガギエル）、か」
「予定のシナリオから外れた事件だな……」
「結果的には予測の範囲内です。この程度なら修正が効きますよ」
キールの発言に対し、ゲンドウは素知らぬ顔で答える。
「……いいだろう。では次だ」
「『音楽』を司るもの（イスラフェル）の侵攻……面白い結果だったな」
「使徒の能力の変遷、驚異的だね」
「さらに、驚くべきはこれだな」
「『胎児』を司るもの（サンダルフォン）、か」
「瞬間的な変化……適応能力の高さだね」
「しかし、困ったことにＡ−１７を発令させられたからね」
「しかも、結局は失敗したからな」
「日本経済はかなりの痛手を受けたそうだ……」
「次は何だね？」
「『雨』を司るもの（マトリエル）だね。この時は焦ったよ」
「うむ、日本政府が余計な真似をしてくれたからな。おかげで資料が僅かしかない」
「だが、見事に撃退してくれた」
「そして、もう二度と余計な真似は出来ないようにしたしな」
「更に、資料を見ようか……続いては、『空』を司るもの（サハクィエル）だったな」
「これもまた、資料が少ないね」
「そう言うな。これも、初号機の活躍で殲滅と聞いているからな」
「そうだな。そして、最後は『恐怖』を司るもの（イロウル）か……」
「侵入されたというのは本当かね、碇」
「あれは、機械の故障ですよ。実際には、先日市街において殲滅しました」
「これだろう……しかし、使徒の能力はここまで進化するのか……」
「これでは、碇君にまかせた、例の計画は遅れてはいないかね？」
「いえ、それほど大きな遅れは出ていません。些細なものです」
「碇、本当に使徒に侵入されていないんだな？」
「左様、この会議は、その一件の確認の為なのだよ」
「間違いなく、その様な事実はありません」
ゲンドウが答える。
「……信用しよう。もし接触が起きていれば、全てが水泡に帰していたところだったからな」
「問題ありません。タイムスケジュールは、死海文書の記述通りに進んでいますよ」
「碇、君が新しいシナリオを作る必要は無い」
キールが言い放つ。
そして、ゲンドウは表情一つ変えずに答えた。
「わかっております。全てはゼーレのシナリオのままに」
ゲンドウが姿を消した後、男達が口を開く。
「イレギュラーの発生する可能性はどうかね？」
「そうだな、死海文書には、可能性として、今までのもの以外の使徒についての記述があるし……」
「予定通りだとしても、『夜』を司るもの（レリエル）、『雷光』を司るもの（バルディエル）、『力』を司るもの（ゼルエル）、『鳥』を司るもの（アラエル）、『子宮』を司るもの（アルミサエル）、そしてもう一体……まだ、時間は結構あるな」
「何、イレギュラーが発生したとて、碇君がなんとかしてくれよう……」
「そうだ。我々は、調整だけすれば良い……」
キールの一言で、会合は終わりを告げた。
第拾九話 幻想と真相
ネルフ本部・実験施設……ＥＶＡの相互換実験が行われている。
レイは今、初号機のエントリープラグの中にいた。
（ここが……ユウカさんの……何故？……懐かしい気がする……）
『どう？レイ。初めて乗った初号機は？』
リツコの声が、通信機から聞こえる。
レイは、意識を戻した。
「ユウカさんの匂いがする……」
制御室、パイロットの状態を示すグラフを見ながらリツコが言う。
「シンクロ率は、ほぼ零号機の時と変わらないわね……初号機と零号機はパーソナルパターンが酷似しているから、当然と言えば当然だけど……いいわ、レイ。上がって」
『……了解』
窓からＥＶＡを見下ろすミサトが疑問を口にする。
「……そう言えば、アスカの弐号機だけパターンが違うわね」
「そうね」
リツコは素っ気ない。
区分けされた他のブロックでは、零号機と弐号機も実験を行っていた。
「弐号機の試験は順調ね」
『あったりまえでしょ。それよりミサト、アタシは互換実験しなくていいの？』
「あなたはいいのよ。特に気にしなくていいわ」
『あっそ。別にいいけどさ』
アスカとミサトが話している間に、零号機の実験も始まっていた。
「ユウカさん、感想は？」
『……懐かしい感じがします。不思議ですね……』
シンクログラフは、初号機と変わらない。
それを見て、リツコが呟く。
「いい数値だわ。これで、あの計画が実行できるわね」
それを聞いたマヤが、顔を曇らせる。
「ダミーシステム、ですか？先輩の前ですけど、私はあまり……」
「感心しないのはわかるわ。でも、備えは常に必要なのよ……人が生きていく為にはね」
「先輩を尊敬してますし、自分の仕事はします……でも、納得は出来ません」
「潔癖性はね、辛いわよ……人の間で生きていくのが」
沈黙するマヤに対してと言うよりは、リツコは自分に言い聞かせるように言った。
「汚れたと感じたときに分かるわ……それが」
制御室のドアが開き、レイが入ってきたのはその時だった。
『それじゃ、実験を開始するわ。ユウカさん、普段通りでいいから』
リツコの声がした。
ユウカは、普段通りの手順を行った。
（これが、零号機の中……？……レイさん？……ううん、違う……『リリス』？……何？……憎い？苦しい？……）
零号機から、意識が流れ込む感じがした。
「パイロットの神経パルスに異常発生！」
「精神汚染始まっています！」
「ＥＶＡからの侵食です！」
零号機が拘束ボルトを引きちぎり、暴れ始める。
無意味に暴れ出す零号機。
その拳が制御室に向けて振り上げられる……
「ダメッ……止まってッ！」
ユウカは、全ての意識を静止に費やした。
零号機の拳は、制御室の窓にぶつかる直前に止まった……
「止まった……」
リツコは、制御室の直前で止められた零号機の拳に、一言だけ呟いた。
「内部電源、残量０……停止しました」
「エントリープラグ、排出します！」
技術部のスタッフが大慌てで作業を始める。
レイは、その瞳に不安の色を湛えて、零号機……そして、そのエントリープラグを見つめていた。
人気の無くなった制御室。
１人直立不動のリツコに、ミサトが声をかける。
「リツコ、アンタは何もしないの？」
「ミサト……そうね、私には今はすること無いわね」
そう言って立ち去ろうとするリツコ。
その背にミサトが疑問を投げかける。
「ＥＶＡって何なの?リツコ、答えなさいよ！」
「今は……まだ何も言えないわ」
それだけで人を殺せそうなほど鋭い視線で、ミサトは去っていくリツコの背中を見ていた。
司令室で詰め将棋をしている冬月。
同じ卓についているゲンドウ。
「予定外の使徒侵入。それを知った人類補完委員会による突き上げか」
冬月が駒をうちながら言う。
「切り札は全てこちらが擁している。彼等には何も出来んよ」
「だからといって、焦らすこともあるまい。今、連中が動くと色々と面倒だぞ」
「フッ……全て我々のシナリオ通りだ。問題無い」
ゲンドウが全く表情を変えずに答える。
「ロンギヌスの槍は」
「予定通りだ。作業はレイが行ってる」
「……レイか……」
（気付いていないのか……すでにレイの心がお前から離れてるのを……いや、気付かぬ振りをしてるのか？）
冬月は、心の中に湧いた疑問を口にはしなかった。
眼を覚ましたユウカの視界に飛び込んできたのは、見慣れた真っ白い天井だった。
「あ……れ？気を……失ってたの？」
「ようやくお目覚め？」
声の方を向くと、制服姿のアスカがそこにいた。
「アスカ……」
「全く、アンタってよくここに入ってるわよねぇ」
苦笑をしながら、アスカはそう言う。
「どうして？」
「ここにいるかって？」
「うん……心配してくれたの？」
「……アタシがアンタのこと心配したら悪いっての？」
ムッとしたアスカ。
「ううん、嬉しいの……ありがと、アスカ」
「……」
ユウカは、寂しさの混じった笑顔を向ける。
ユウカが、今にも消えてしまいそうな気がして、アスカは言葉が出てこなかった。
「どうしたの？アスカ」
「……何でもないわ。明日、退院だから、その時にまた来るわね」
アスカは顔を見せること無く、病室を後にした。
（何で……ママのこと思い出したんだろ……似ているわけないのに……あの日のママに……）
頬を伝う涙を乱暴に拭きながら、アスカは誰も居ない廊下を走っていた。
アスカが帰った後、ベッドに仰向けに寝転がり、ユウカは１人で考え込む。
（どうやったって、あの人は変わらないんだ……放っておくと、みんな、アイツに利用されて、苦しむことになる……）
「『彼』の時と……あの人は何も変わってない……最低だ……」
そう呟いて、視線を天井から逸らす。
（『彼』の様な、悲しい思いをする人は作っちゃいけない……もう、あの人はどうしようも無いから……このままにしておけない）
誰も居ない病室の中、ユウカは起きあがり、窓を開けて夜空を見上げる。
夜風がユウカの頬を撫でる……その、心地よさに、彼女は澄み切った表情を見せる。
（とりあえず……私は、私がやれることをやってみよう……）
決意を秘めた眼で彼女は星を見つめた。
ジオフロントの地下深く……長い通路を歩く零号機。
その手には、二股の槍が握られている。
そのコックピットにいるレイの表情は、固い。
（私は何でこんなとこにいるの？……ユウカさんが倒れたのに……あの人は私に何をさせようと言うの？）
ＥＰＩＳＯＤＥ：１９ Ｓｅｃｒｅｔ Ｆｉｌｅｓ
２日後……京都郊外の廃屋。
加持は、その中にいた。
「マルドゥック機関と繋がる１０８の企業の内、１０６がダミー……そして、ここが１０７番目……か」
ガランとした部屋、イスに腰掛け、加持は煙草をくわえ、火を付ける。
（マルドゥック機関……エヴァンゲリオン操縦者選出の為に設けられた人類補完委員会直属の諮問機関。その実体は不透明のまま、か）
フーッと煙を吐く。
その翌日、葛城家。
「あら、ユウカちゃんお早う」
ミサトが、台所で料理しているユウカを見て声をかけた。
「あ、ミサトさん。お早うございます。どこかへお出かけですか？」
いつもの私服と違い、着飾った様子のミサトに、ユウカは問いかけた。
「ん、チョッチね……友達の結婚式に行くのよ。帰りは遅いから、気にしないでね」
「分かりました……いってらっしゃい」
ミサトが出ていった後、ユウカは１人呟く。
「……私も出かけないといけないんだけどな……メモでも残しておこうかな？」
そう言うと、ユウカはレイとアスカの朝食の用意をして、メモに必要な用件だけ書くと、出かけていった。
（今日で、一つ終わる……でも、それでいいんだ……）
そんな想いを抱きながら……
何もない広い土地に、無数の石柱が立つ。
ユウカは、その中の一つに近付くと、手にしていた花束を置いた。
その柱には……『碇ユイ』の名が刻まれていた。
ユウカの後ろから足音が聞こえる。
「３年振りだな……お前がここに来るのは」
ゲンドウがユウカに声をかける。
「そうですね……あの時から、私は来てませんからね」
「そうだ……」
「あなたは来ていたんですか？父さん……」
抑揚のない声で話すユウカ。
「ああ……」
「少しは人間らしいところも残っていたんですね……」
「ユウカ……人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはいけないこともある……ユイはそれを、かけがえのないことを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」
ユウカは口をつぐんだまま、ゲンドウの声を聞いていた。
そして、徐に話し出す。
「そうね……このお墓も只の飾り……文字の刻まれた石に過ぎないものね」
「すべては、心の中だ。今はそれでいい」
「……ＥＶＡの中にいるから、ですか？」
「……何が言いたい」
ゲンドウは毅然として答える。
ユウカはようやく、父の方を向いた。
その顔は、表情の完全に失せた冷たい顔だった。
瞳には、僅かながらの憐れみと、射抜くほど鋭い侮蔑の色が浮かんでいる。
（やっぱり変わらないんだね、貴方は……『彼』の分も言わせて貰うから……）
「初号機の中に、お母さんが取り込まれたのは知ってます。見ていたんだし……でも、もうお母さんはいないから」
「……」
「一緒になった時点で、『碇ユイ』はこの世から消えたの……アレは、エヴァンゲリオン初号機。それ以外の何者でもない……だから、サルベージなんて無駄よ」
「……誰から聞いた？」
「答える必要ないわ。それと、レイさんや私の中にお母さんを見るのも止めて。過去にしがみついていたいんなら、１人で、誰にも迷惑の掛からないようにして」
「ユウカ……お前は……」
ユウカは、少しずつ感情が溢れるのを止められない。
自分の想いなのか、『彼』の想いなのか……それとも、ＥＶＡの想いなのだろうか……それはユウカ自身にも理解できなかった。
ただ、どうしても、眼の前の男……碇ゲンドウが許せなかった。
「私は、あなたの思い通りになんて、ならない。あの時から、あなたは他人だから！私を捨てた、あの日から！今更、取り繕わないでね……無駄だから」
「……」
「他人を利用することしか考えてない、あなたなんかの好きにはさせないよ……ダミーシステム、だっけ……あれも、私が壊してあげる。あんなもの、必要ないからね」
「……赤木から聞いたのか？それとも……」
「冬月さんでも、加持さんでも無いよ。零号機に私を乗せたのは失敗だったわね。『リリス』の欠片から、全部教えて貰ったの」
「そんな、馬鹿な……」
ゲンドウが初めて同様を見せた。
ユウカはそれを見て、再び人形のような顔をする。
（矮小な男……虚勢を張っていても、自分の予想と違うと、途端に狼狽する……情けないわね）
「あなたや、他の汚い大人達の望みなんて、叶えてあげない。でも、使徒とは戦ってあげるわ。私の大事な人のためにね」
「子供に、何が出来る……」
「それが本音？……自分が可愛いなら、私に干渉したり束縛したりしない方がいいわね。少なくとも、ネルフの司令って立場くらいは暫くは守れるでしょうから」
「ユウカ、お前……本気なのか」
「そうだ……って言ったら、どうするの？」
そう言いつつ、ユウカは、今日、ようやく笑みを浮かべた。
だがそれは、いつもの柔らかく暖かい雰囲気のそれとは違っていた……
見た者が恐怖で凍り付くような、酷薄とした、悪魔のような笑みだった……
「もう二度と言わないから、これが最後よ……”お父さん”、サヨナラ。これで、お別れですね、碇司令」
そう言って、ユウカは悠然と歩み去っていった。
ゲンドウは、自分と決別した娘の背中を、黙って見送るしかなかった。
ユウカの足は自然に、お気に入りの場所……峠の展望台に向かっていた。
そろそろ、夕日が第３新東京市のビルの林を染めていく時間だ。
「ユウカちゃん、何やってるんだい？」
急に声をかけられたユウカが振り向くと、ケンスケが自転車に乗って、そこにいた。
「あ、ケンスケ君、こんばんわぁ」
「……ああ。それで、何をしてたの？」
ユウカは、話を変えるために、笑顔を作って見せた。
「ケンスケ君、良かったら、展望台まで乗せてってくんない？」
「……いいよ、乗って」
ケンスケは余計なことは言わずに、自転車を示した。
ユウカは、すぐに荷台に座る。
「とばすよ？」
「うん」
ユウカはケンスケの腰にしっかりと手を回してしがみついた。
ケンスケは背中に暖かみを感じながら、自転車のペダルを力強く踏み込んだ。
展望台から見る夕日は、鮮やかに街並みを染めていく。
それを嬉しそうに見るユウカの横顔を見て、ケンスケは少し離れたところからビデオを取り始めた。
気が付いたユウカは、それを止めることはせずに、笑顔で振り返った。
ビデオ越しに見えたユウカの笑顔は、とても綺麗で、そして、どこか淋しげに、ケンスケの目には写った。
だが、ケンスケは、あえて理由を聞こうとはしなかった。
……この一瞬をずっと残しておくために……
静かなバーのカウンター……友人の披露宴帰りのミサトとリツコ、加持の姿があった。
ミサトが急に席を立つ。
「おい、葛城。どこ行くんだ？」
「別にいいでしょ」
「とか言って、逃げんな」
ミサトは、加持に向かって舌を出しながら顰めっ面をすると、慌ててお手洗いの方に消える。
「……何年ぶりかな、３人で飲むのって」
「さあ。……ミサト、飲み過ぎね。何だかはしゃいでるけど」
「そうか？リッちゃんはよく見てるなぁ」
「……懐かしかったわね、みんな。そう言えば、あの頃あなた達一緒に住んでたわよね？」
「あの頃は俺もガキだったし……あれは暮らしって言うより、共同生活だな。ママゴトさ……現実は甘くない」
そう言って、加持はグラスを傾けた。
「っと、そうだコレ、ネコの土産」
加持は上着のポケットから、小さな袋を取り出すと、リツコに手渡した。
「あら、ありがとう。マメねぇ」
リツコが、そう言いながら袋を開けて中身を取り出す。
出てきた物は、ネコの絵柄のペンダントだった。
「リョウちゃん、京都まで何しに行ってたの？」
「あれ？松代だよ、その土産は」
「あまり深追いすると火傷じゃ済まないわよ。これ、友人としての忠告」
「ありがたく、御拝聴しとくよ」
そこへ、ミサトが戻ってきた。
「何、リツコにプレゼント？変わんないわねぇ、そのお軽い性格」
「いやぁ、変わったさ……生きるって事は、日々これ変化だって」
ミサトの皮肉めいた言葉に、加持はあっさりと返した。
「ホメオスタシスとトランジスタシスね」
「何それ？」
リツコの挟んだ言葉に、ミサトが聞き返す。
「今を維持しようとする力と変えようとする力。その矛盾する性質を共有しているのが生き物なのよ」
リツコが説明する。
「……まるで、男と女だな」
加持がポツリと呟いた。
加持がミサトを支えるようにして、玄関に入る。
「ミサトさん……潰れてます？」
「やぁ、悪いけど、葛城の部屋に入るよ」
ユウカが出迎えると、加持はミサトを担いで部屋まで連れて行き、布団に下ろした。
「加持さん、いらっしゃい」
アスカが加持の右腕に飛びつく。
そして、そこからは、微かにラベンダーの香りがした。
「さて、俺も帰るかな」
「泊まっていきますか？居間になりますけど」
ユウカがお茶を出しながら尋ねる。
加持は、それを一口含むと、言った。
「いや、この格好で出勤は出来ないからね。じゃ、お休み」
加持が帰った後、ユウカはジッとしているアスカに気付いた。
「どうしたの、アスカ？」
「……加持さんから、ミサトの香水の香りがしたの……」
「肩を貸してたからじゃないの？」
「左肩を貸して、右腕に移り香は残らないわよね」
「え、まぁ、そうかな……」
言葉を失うユウカ。
アスカは、急にサバサバした表情で言う。
「あーあ、結局よりが戻っちゃったかぁ」
「アスカ？」
「これじゃ、加持さんの事、諦めるしかないかなぁ……」
声が小さくなっていく。
ユウカは、ソッと後ろからアスカの肩を軽く抱きながら話す。
「ちゃんと、自分で訊いてからでも、結論を出すのは遅くないと思うよ」
「……サンキュー、ユウカ」
ユウカの手に自分の手を重ねて、アスカはそう言った。
翌日、ネルフ本部、セントラルドグマ・大深度地下施設中央部。
巨大な有機的な物体が天井近くにあり、そこから真下に向かって大きなチューブが伸びている。
その中には、レイが眠るようにして、そこにいた。
そして、レイが眼を開けると、ゲンドウの姿を捉える。
（私、何をしているんだろう……この人は、もう、何も見ていない……ユウカさん、私、どうすればいいの？）
ゲンドウの目は、レイを捉えているようで、その実、宙に彷徨っていた。
（ユウカの言葉……ハッタリかもしれん……私は、自分の信じるままに行動するだけだ……全部終われば……）
そして、同時刻、ターミナルドグマ・特別区画。
何者かの手が、カードをスリットに通そうとしたとき、小さな機械音がした。
「やぁ、葛城。二日酔いはどうだい？」
カードを持ったまま硬直する加持の背中に拳銃を押し付けながら、ミサトが言う。
「これがあなたの本当の仕事？それとも、アルバイトかしら？」
「さて、どっちかね」
「惚けないで。特務機関ネルフ特殊監察部所属であり、日本政府内務省調査部所属でもある訳ね、加持君」
「……バレバレか」
「ネルフを甘く見ない方が良かったわね」
「司令の命令か？」
「アタシの独断よ。これ以上、こんなこと続けると死ぬわ」
加持は、諦めたように話す。
「君に隠し事してたのは悪かったよ。でもな、葛城……司令やリッちゃんも君に隠し事をしている。それが、この先にあるものさ」
そう言って、加持はカードでドアを開けた。
ゆっくりと開くドア。
その向こうにある物を見て、ミサトは思わず息を呑んだ。
「これは……」
壁に打ち付けられた巨大な手……胸に突き立つ槍……七つの眼が描かれた仮面……十字架に張り付けられた巨大な異形の人影が、そこにあった。
「これは、ＥＶＡ？いえ、まさか……」
「セカンド・インパクトからその全ての要であり、始まりでもある……『アダム』だよ」
「……ここは、アタシの想像以上に質が悪いわね……」
ミサトの呟きが、闇に吸い込まれていった……
あとがき
今までの使徒の名前が明示されています。一応、手持ちの参考文献に沿った名称です。
ご存じのものと違っていたら、ご容赦下さい。
初号機と零号機の相互換実験……ユウカは、最後の決意を固めます。
アスカがユウカの様子を見に行くシーン、オリジナルです。ここで、軽くアスカの母親について触れる準備をしています。
墓参りのシーン、ユウカはいつものユウカらしく無いですが、気になさらないで下さい。
ようやく、『あの人』に言いたいことを言ったのですから……そして、親子の仲は、完全に途切れます。
次回は、番外編的な話……完全オリジナルストーリーです。
歪められた時間は再生を望み、自浄作用の如くに新たな使徒が降臨します。
ありえないハズの寒気……第３新東京市に降る雪……異常気象の影に、何が潜むのか？
次回、『真夏に降る雪』。
乞う御期待。
作成日付：２００１／０１／２２
改稿日付：２００１／０２／０５
感謝の言葉：
ゲンちゃんも往生際が悪いというか諦めが悪いというか・・・。
娘との仲が破綻しても、諦めきれない希望。
巻き込まれる人々は堪らないことでしょう。
展望台で街並みを見るユウカちゃんを見てケンスケは
何を感じたのでしょう・・・・？ ちょっと寂しいシーンでしたね。
さ、続きが読みたいと思った人は感想メールで催促しましょう♪
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第２０話「真夏に降る雪」に進む。
作者のＡＢＣさんへの感想メールはこちら（abebeabebe@ksn.biglobe.ne.jp）まで。
読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
続きが読みたい人は、感想メールを送りましょうね。