「そう……いなくなったの、あの子が……」
ネルフ本部、リツコは、実家からの電話を受けていた。
「ええ、多分ね……猫にだって寿命はあるわよ」
淡々と話しながら、リツコの視線は机の上にある猫の置物へ向けられる。
「泣かないで、お婆ちゃん……時間が出来たら一度帰るわ。母さんのお墓にも３年ほど行ってないし。うん、今度は私から電話するから。ん……じゃ、切るわね」
受話器を置いて、リツコは重い溜息をついた。
灰皿に溢れそうな吸い殻を見て、もう一度溜息をつく。
「アスカさんは入院中、鈴原君と綾波さんは本部で待機……淋しいねぇ、ユウカ」
「マナ？……何が言いたいの？」
第壱中学・屋上……ボーッと空を眺めていたユウカに、マナが声をかけた。
「１人っきりで寂しいんじゃないかって思ってねぇ」
笑みを浮かべて、マナはユウカに後ろから抱きつく。
「たまにはいいわよ、のんびり出来て」
マナの手を振り解きながら、ユウカは呟いた。
「何となく、イメージ合わないな」
「そう？そんな風に見える？」
マナの意見に、ユウカは問い返す。
「うん、ユウカって、いつもみんなの真ん中でニコニコ笑ってる、って感じだね」
「そう見られてるんだ……」
「そうよ。だから、あまりにも逸脱した行為は……」
「何よ、どうするの？」
両手を変な風に構えて、ニヤッと笑うマナ。
イヤな予感を憶えたユウカは、顔を引きつらせながら後退りを始める。
「くすぐりの刑だーっ！」
「何考えてんのよぉ！」
屋上を駆け回る２人……この日は、平和だった。
「おっそぉい！もっと早く来てよ！」
「アスカさん？わたくしにも学校と言う義務があるんですがねぇ？」
病室に顔を出すなり怒り出すアスカに、ユウカは皮肉たっぷりに言い返す。
「そんなの分かってるわよ！」
「だったら、このくらいの時間で怒らないの」
「だって……寂しかったんだもん」
頬を赤らめながら言うアスカ。
ユウカは、優しく微笑んでアスカの頭を撫でる。
「はいはい、遅くなって悪かったわね」
「いいよ、来てくれたから」
それから暫くの間、２人は取り留めのない事を話し続けた。
そして、ユウカが帰り支度を始めると、アスカが悲しそうに呟く。
「ユウカ、もう帰っちゃうの？」
「うん、ミサトさんがお腹空かせて帰ってくるからね」
「もう少し居てよ」
「明日退院でしょ。そしたら、幾らでも顔見れるじゃない」
「今、傍にいて欲しいの」
子供が親に縋るような眼を向けるアスカ。
ユウカは、情に絆されることなく言う。
「ダメ。大体、面会時間終わりだもの……明日、迎えに来るから」
「……ウン、分かった」
アスカは、布団にくるまった。
ユウカはその様子を見てから、病室を出た。
少し歩いたところで、急な吐き気を催したユウカはトイレに駆け込む。
「ゴホッ……ゴホッゴホッ！」
咳き込んだユウカ。
口に当てた両手は、綺麗な赤色……鮮血に染まっていた。
「……結構無理してるな、私……まずいな、誤魔化さないと……」
１人呟き、血にまみれた手を洗い始めた。
（もう少しで終わる……だから、それまでは体を保たせないと……）
過剰な『力』の負担が、ユウカの体を本格的に蝕み始めていた。
「……最後まで、責任、果たさなきゃ……」
ユウカは決意を新たにする。
第弐拾七話 生きるモノ、滅ぶモノ
翌日、急な呼び出しで、ユウカはリツコの研究室に顔を出した。
「あのぉ、リツコさん、私、何かしました？」
「……これ、見てくれるかしら」
そう言って、リツコは一冊のファイルを手渡した……先日行われた、健康診断のファイルである。
それに目を通したユウカは、硬い表情のまま訪ねる。
「これ、誰かに話しましたか？」
「……いいえ。ミサトはもちろん、碇司令や冬月副司令にも話していないし、マヤにも教えていないわ……知っているのは、今のところ私だけ……」
「そう……ですか……」
「……内臓全体に極度の異常が発見されたわ。自分で感じてなかった？」
リツコは目を合わせることなく尋ねる。
ユウカは目を伏せて話し始めた。
「……なんとなく、胸が痛いなって思ったのは先月……吐き気を我慢出来なくなって吐いたのは２週間くらい前からです……昨日は、血が濁ってなかったんですよ」
「吐血?鮮血を吐いたの？」
「はい……」
ユウカは消え入りそうな声で話す。
「とにかく、知ってしまった以上は、貴女をパイロットにしておくことは出来ないわ。ミサトと相談して……」
「リツコさん、この事、誰にも言わないで下さい」
「……そう言うと思ってたわ。でも、貴女の為なのよ……」
「私、まだやりたいんです……いえ、納得いくまでやらせて下さい」
目を伏せていたユウカが顔を上げた……その目には、強い決意の炎が燃えていた。
リツコは、真剣なユウカの思いを受け止められるか、思案を始めた。
「分かったわ……ただ、一つだけ約束して。あまりにも体調が悪くなったら必ず私に言いなさい。いいわね？」
「ありがとうございます！」
ユウカは、思いっ切り頭を下げる。
リツコは、自分の判断に自信が持てなかった。
その頃、通勤中のミサトは、山の稜線に見える光のリングを見ながら電話していた。
その光のリングは、二重螺旋を形成している。
「……そう、間違いないのね……使徒を肉眼で確認、か」
『はい、どうしますか？』
「零号機と参号機を待機させておいて。ええ、とりあえず、銃を持たせて」
『分かりました』
日向との電話を切って、ミサトはルノーのエンジンを全開にした。
その頃、ゲンドウはゼーレの招集に応じていた。
「碇、ロンギヌスの槍を何故使った」
「ＥＶＡシリーズ、まだ予定の数は揃っていないのだぞ」
ゲンドウは冷静に答える。
「使徒殲滅を優先したまでです。あのまま、零号機と弐号機を失うよりはましかと思いましてね……」
「では、初号機を使用した件は？」
「そうだ。槍を使うのなら、参号機でも良かったはずだな？」
「時間を節約しただけです。初号機の凍結を一時的に解除して、そのまま槍を取りに行かせる方が早かった……それだけですよ」
「娘に随分と甘いようだな……」
「拘束しておくように言ったと思うが？」
ゲンドウの机にある電話が鳴った。
「何だ、冬月？審問中だぞ……そうか、分かった……申し訳ありませんが、現在使徒が接近中です。続きは後ほど伺いましょう」
退席するゲンドウの背中に、声が投げかけられる。
「いつまでも、ここに席があるとは思わないことだな」
ゲンドウの姿が消えると、キールが呟いた。
「碇、ゼーレを裏切る気か？」
キール自身がいる部屋。
彼の机の前に、１人の少年が立っていた。
「おや、僕が槍を拾ってきたのは言わなかったんだね」
「碇を欺くためだ」
「他の全員を、じゃないのかい？」
「口が過ぎるぞ、カヲル」
「……僕は思ったことをすぐに口にしてしまうからね」
カヲルと呼ばれた少年は両手を竦めて、殊勝な態度を見せる。
だが、それはどう見ても、相手を嘲っているようにしか見えなかった。
「……まあいい。槍の件は御苦労だった。そろそろ、行って貰うこととしよう」
「ネルフ本部かい？そうだね、”派遣”して貰おうかな」
「今回の件が済めば、な」
キールは、それ以上は語らなかった。
カヲルは、ゆっくりと部屋を出ていく。
「どうなってる?」
ミサトは、発令所に駆け込むなりそう言った。
「目標は大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています」
「目標のＡＴフィールド、依然健在」
「零号機、参号機、すでに配置済です」
ミサトはモニターに眼を向ける。
「パターン、”青”から”オレンジ”へ周期的に変化しています！」
モニターをチェックしていた日向が言う。
「どういうこと？」
ミサトの問いかけに、マヤが答えた。
「『ＭＡＧＩ』は回答不能を提示しています」
「こっちから先に手は出せないか……」
「あれが使徒の固定形態とは限らないからね」
ミサトとリツコは現状維持を選択した。
待ちかまえる態勢の零号機と参号機。
『２人とも、暫く様子を見るわよ』
「いえ、来るわ」
レイがミサトの言葉を遮るように言う。
宙に浮かぶ使徒の回転が止まった。
それは、見る間に１本の紐状になり、真っ直ぐに零号機へ突き進む。
零号機は、その動きをギリギリで回避する。
『……レイ、距離を取って！トウジ君、接近戦準備！』
「了解」
『分かりました……この銃は捨てまっせ？』
『そこら辺に置いといて』
ミサトは、対処を変えることにした……その旨の命令がパイロットに出される。
使徒は、まるで蛇が獲物を探すように、突撃した側の先端を宙に擡げている。
『零号機、参号機、やや重なるように移動……目標の接近に備えて！』
零号機と参号機が移動を開始……使徒に対して、やや直線的に並ぶ。
「使徒の行動の意味が、よく分からないわね」
リツコが呟く。
「使徒が訳分かんないのはいつもの事でしょ」
ミサトが憂鬱そうに答える。
「……そうね」
そう言いながら、リツコは司令席に眼をやる。
ゲンドウの様子は、いつもと変わらないように見えた。
だが、実は、ゲンドウは内心迷いを感じていた。
（予定通りに使徒を殲滅しても、私は何も得るモノがない……意味のない事、か……なら、どうなっても構わない……だが……）
「碇、何を考えている？」
冬月の声が、ゲンドウを現実に引き戻した。
「……いや、何でもない……状況は相変わらずか」
「ああ、その様だな」
モニターには、使徒の散発的な突撃を避けながら行動する零号機と参号機の姿が見えた。
「赤木博士、初号機の整備状態は？」
ゲンドウは、自分の方に顔を向けたリツコに尋ねた。
「はい、いつでも動かせますが……出撃させるんですか?」
リツコの声に、若干の驚きのようなモノが混じる。
（あの子を出撃させて、保つのかしら……）
そんな事を思ってしまったから……
「……初号機の凍結を、２日前に遡って解除……待機させろ」
ゲンドウは、淡々と命じる。
ミサトは、我が意を得たとばかりに嬉々として命令を出す。
「分かりました！青葉二尉、館内に通達、初号機パイロットを誘導して！伊吹二尉、発信シークエンス準備！」
「「はい！」」
青葉とマヤが揃って返事を返し、それぞれの作業を始める。
だが……リツコは１人だけ、暗い表情を作った。
「リツコ、使徒の解析は出来てる？……リツコ？」
「え、呼んだ、ミサト？」
「……何ボーっとしてるのよ？珍しいわね。使徒の解析、どうなの？」
「……まだ、何とも言える状態じゃ無いわ」
リツコは、動揺を隠すように、ひたすら冷静につとめた。
初号機のケイジ……慌ただしく、凍結の解除作業と初号機の発進作業が進められている。
プラグスーツに着替えたユウカが、エントリープラグに入る。
「司令が待機しろって言ったんですね？」
「そうだよ。我々も、すぐに出撃出来るようにするから、ちょっと待っててくれよ」
作業スタッフのチーフらしき中年の男が答える。
ユウカは、無言で頷くと、インテリアに腰を下ろした。
（心境の変化……か、少しは堪えたって事かな？……まぁいいわ。あの男なんて、私にはもう関係ないから）
膝の上で手を組みながら、ユウカはそんなことを考えた。
ＥＰＩＳＯＤＥ：２７ Ｄｅｓｉｒｅ
地上での戦闘は、膠着していた。
使徒の突撃は単調だがそれなりに速く、零号機と参号機にとっては、回避をするのがやっとで、攻撃のチャンスまでは掴めなかった。
『何か、情けないなぁ……』
『仕方ないわ。攻撃の機会が無いから……』
トウジとレイが、そんな会話をする。
どうやら、多少疲れてきているようだ。
その様子を見て、ミサトはゲンドウに強い視線を向ける。
ゲンドウは、諦めたように頷いた。
「葛城三佐、好きにやり給え」
「了解です。ユウカちゃん、準備いい？」
『いつでもいけます』
「オッケー。ＥＶＡ初号機、発進！」
「了解。ＥＶＡ初号機、山地側のルート・Ｄ−１８より発進します！」
初号機が、複雑なルートを経由して射出された。
地上に現れた初号機はソニック・グレイブを手にしている。
そして、ゆっくりと戦場に向かっていった。
『初号機を出したわ！レイ、トウジ君、もう少し頑張って！』
ミサトの声が、コックピットに響いた。
『もう１人おれば、攻撃できるかも知れんな』
『ユウカさん……来てくれた』
レイの声に、何となく安堵の雰囲気が混じる。
「レイさん、トウジ、大丈夫?」
ユウカは２人に声をかけた。
初号機と、零号機及び参号機で使徒を挟むように位置取った。
使徒の先端が、初号機の方に向く。
『ユウカさん、使徒がそっちに行くわ！』
「分かった、来なさい！」
ユウカは、『彼』の記憶を辿る……そして、イヤなヴィジョンが浮かぶ。
（この使徒は……速く倒さないと……レイさんを守らなきゃ！）
使徒が初号機に向かって進む。
初号機はそれを易々とかわすと、ソニック・グレイブで斬りつける。
使徒はその紐状の体を器用にくねらせて回避すると、元の位置に戻っていった。
「むう、当たんないわね……こっちから突っ込んでみようか？」
ユウカは、内心焦りを感じていた。
その雰囲気が伝わったのか、トウジが言い出す。
『それやったら、ワシが行くわ……その方がよさそうやしな』
参号機が距離を慎重に詰める。
その時、使徒の速度が急激に跳ね上がり、参号機に向かって伸びた。
『何やと?』
使徒の先端は参号機の胸に突き刺さり、貫通する。
「トウジ！」
ユウカが叫ぶ。
『まずいわ！伊吹二尉、参号機の神経切断、緊急停止させて！』
『はい！参号機、神経回路切断！エントリープラグ緊急射出！』
ミサトは緊急処置を指示し、マヤが速やかに実行する。
使徒は、参号機を完全に貫通しきって、その後ろで紐の固まりの様な状態になる。
先端が宙に浮かび上がり、自分の力を確認しているかのようにユラユラと揺れる。
その様子は、まるで首を捻っているかのようだ……「力加減を間違えたかな？」とでも言っているように見えた。
そして、使徒は次の目標を定める。
使徒は、先程と同じようなスピードで初号機に向かう。
「ユウカさん、危ない！」
慌てるレイ……その心理が影響したのか、零号機が姿勢を崩す。
使徒は急に方向転換して、零号機に目標を変えた。
零号機が咄嗟に張ったＡＴフィールドも溶け込むようにすり抜けて、零号機の腹部に先端を僅かにめり込ませた。
『レイさん！』
ユウカが悲痛な叫びを挙げる。
零号機は左手で使徒を掴むと、右手に持ったライフルの銃口を押し当て、零距離射撃を行う。
だが、使徒はそのエネルギーを吸収するかのように、全く影響を受けない。
そして……零号機の腹部と左手に侵食が始まった……接触部分から、零号機の表面に葉脈のようなモノが浮かび上がる。
それは、コックピットにいるレイの体にも及んでいた。
使徒の物理的侵食は、レイに苦痛と快感を与える。
「くぅっ……」
思わず、レイの口から声が漏れる。
リツコが呟く。
「使徒が積極的に一次的接触を試みているの？」
「零号機の生体部品が侵食されていきます！」
モニターをチェックするマヤが、報告する。
それを後ろから覗き込んだリツコは、至極冷静に呟いた。
「危険ね……すでに５％以上が生体融合されているわ……」
「ユウカちゃん、トウジ君が捨てたライフルでギリギリの所から撃ち込んで！」
「ダメよ、ミサト！」
「どうしてよ?」
自分の指示に異議を唱えたリツコに、ミサトは思わず聞き返した。
「神経が同化しているわ。痛みが、レイにも跳ね返ってしまう……使徒が滅ぶより先に、レイの方が死ぬわよ」
『私も……そんな気がします……』
リツコの説明に、ユウカも同意を示す。
「……じゃあ、打つ手無しって事?」
ミサトの言葉は、その場にいた全員の気持ちをも表していた。
レイは、間断なく襲ってくる感覚に、意識を失いかけている……その中で、違う自分を感じた。
意識の奥底で、レイは、もう１人の、自分の姿をしたモノと向かい合っていた。
「誰？ＥＶＡの中の私？……いえ、私じゃない……私以外の誰かを感じる……あなた、誰？使徒？私達が使徒と呼んでいるヒト？」
レイは、目の前の相手……自分と同じ姿を持つ使徒に話しかけた。
相手は、その問いを無視するように声をかける。
『……私と、一つにならない？』
「いいえ。私は私、あなたと一緒にはならないわ」
『そう。でも、ダメ……もう遅いわ』
レイは、表情を変えずに答え、使徒は、優しい笑みを浮かべていた。
レイは、僅かに心が揺らぐ……もう１人の自分、使徒が姿を借りているモノが浮かべる笑みは、彼女が一番欲しい、あの人の笑みと似ていたから……そのまま、使徒は優しく語りかける。
『私の心をあなたにも分けてあげる。この気持ち、あなたにも分けてあげる……痛いでしょ。ほら、心が痛いでしょ……』
「痛い？いえ、違うわ……寂しい……そう、寂しいのね」
『寂しい？分からないわ』
「１人がイヤなんでしょう？それが、寂しいってこと……」
『それはあなたの心よ……』
「私の……心……」
『悲しみに満ち満ちている、あなた自身の心』
使徒が、ゆっくりとレイに近付き、レイの心に思うあの人のように、ソッと頬に手を伸ばす……が、ハッとして、レイはその手を払う。
『何故、嫌がるの？寂しくなくなるかも知れないのに』
「私は、もう１人じゃない……あの人がいてくれる限り……だから、あなたはいらない」
『あの人？……本当の事を知らない、あの人？……私は、あなたの事を理解しているわ……でも、あの人はどうなの？』
「それは……でも、あの人はそんなことで私を嫌ったりしないわ」
『嘘よ。それは嘘……嫌われるかも知れないから、本当の事を話していない……所詮、他人だから』
「違う！あの人は……ユウカさんは……」
『違わないわ。彼女は彼女、あなたはあなた……』
レイの心に、水面に落ちる水滴……それが造り出す波紋のイメージが浮かび、……レイは現実に引き戻される。
「涙……私……どうして……」
レイは、自分と繋がっている使徒が、動き出す気配を感じた。
それは、近付いてくる初号機に向けられている……
「ユウカさん？」
使徒は、初号機に向かって伸びる。
その動きは、初号機にかわされた。
「これは、私の心？ユウカさん……今、私、ユウカさんを求めてるの？」
レイは、使徒の動きが自分の気持ちとリンクしている……そう考えた。
そして、ＡＴフィールドの方向性を逆転させて、使徒を抱え込む。
『レイ、機体を捨てて逃げなさい！』
「ダメ……私がいなくなったら、ＡＴフィールドが消えてしまう……だから、ダメなの」
体のほとんどを侵食されながら、レイはシートの背面部にあるレバーを引く為に体を捩ろうとした。
『レイさん、動かないで！今、すぐに助けるから！』
「ユウカさん、来ないで！」
『ダメ！自爆なんて！自分から命を捨てるなんて……そんなこと、絶対に許さないから！』
初号機が、光に包まれ始めた。
それを見たレイの動きは、一瞬止まってしまう……ユウカが、自分の為に来てくれる……その嬉しさと、使徒の行動に対する恐怖とで、レイは自爆するためにレバーに手をかけた。
（……速くしないと、ユウカさんを巻き込んでしまう……そんなの、イヤ……）
レバーを引こうとした瞬間、レイは体中に暖かい何かが染み入ってくるのを感じた。
誰かに、抱きしめられるような、暖かくて優しい感覚に、レイの緊張の糸が途切れ、そのまま気を失った……
ユウカは、持てる『力』を全て解き放ち、零号機と使徒を光で包み込んでいた。
使徒は、初号機に向かって先端を伸ばしたが、それは初号機の右手に捉えられた。
侵食を開始した使徒……初号機の右手が完全に侵食され、使徒の姿は少しずつ消えていく。
いつしか、使徒は零号機から完全に離れていたが、その侵食は初号機の右手で止まっていた。
「そう……来るなら、こっちに……私だけにしなさい」
ユウカが呟くと同時に、侵食の跡……初号機の右手に浮かぶ葉脈のようなモノも、段々薄れていった。
ユウカは、『力』をもって、使徒を初号機に取り込んでしまった……
初号機の背中からは、光の翼が天に向かって伸びていた。
「使徒の反応……消滅しました」
「……総員、戦闘配置解除……回収班及び救護班を向かわせて」
ミサトは、唖然とした表情のまま、指示を下す。
「映像じゃない、現実を見せられると……やはり驚くしかないわね」
リツコが溜息と共に感想を漏らす。
ミサトは何も答えない。
「ここ、病室？」
レイはゆっくりと眼を開けた。
記憶を探り、今までのことを思い出し……呟く。
「私、生きているの？」
そして、その言葉の意味を反芻し、ある事に思い至る。
「……ユウカさん！」
ガバッと跳ね起きると、レイは慌てて病室を出る。
もしかしたら……といった思いで、ユウカが入っていた病室へ向かう。
ドアを開けると、ベッドの上に人影が横たわっていた。
レイは近付いて顔を確かめる。
そこには……静かに寝息を立てているユウカがいた。
「……ユウカさん……私、またあなたに助けて貰ったの？」
ソーッとユウカの頬に触れながら、レイは涙をその手の上に零した。
「誰かいるの？」
レイがその声に振り返ると、リツコがドアの所に立っていた。
「赤木……博士？」
「レイ？……様子を見に来たのね」
いつものクールな雰囲気は消え、リツコは優しく声をかける。
「はい……ユウカさん、大丈夫なんですか？」
「……心配しなくていいわよ。明日には目が覚めるだろうし、そうしたらすぐに帰れるわ」
「私は？」
「貴女もよ、レイ……だから、今夜はゆっくり休みなさい」
「……はい」
レイが部屋に戻っていくのを見送って、リツコは声を出す。
「……貴女の言うとおりにしたけど、レイに教えておかなくてもいいのかしらね。ねぇ、ユウカさん」
「……ありがとうございます……いつから起きてるって気付いたんですか？」
ユウカがベッドから半身を起こしながら聞く。
「そんな気がしただけ……先の検査の結果も私だけしか知らないし、明日の検査も私だけで行うから」
「分かりました……」
翌日、早朝からリツコがユウカの元を訪れた。
「早い内にやってしまいましょう。レイやアスカに知られるの、イヤでしょう？」
「はい」
レントゲンとＣＴスキャンを行い、端末から結果を引き出す。それは……
「……やっぱり、貴女……ＥＶＡのパイロット止めなさい」
「いえ、止めません……」
キッパリと断るユウカ。
「……どうして、もっと早く言わなかったの？」
「だって、あの頃って……私、拘禁中だったじゃないですか。バレたら、あんなにあっさり出してもらえなかったですよね」
「だからって……」
リツコは呆れるように呟いた。
「普段は我慢出来るんですよ……痛いの……」
「貴女、こんな事続けてたら……いえ、本当ならもうとっくに死んでてもおかしくないわね」
「やっぱり、詳しい人でもそう思いますか……」
「この写真見たら、医学の心得がある人なら誰でも同じ事を言うでしょうね」
「あうぅ……」
情けない声を出すユウカ。
その様子は、とても重病人とは思えない。
「……それでも、私は貴女をパイロットから下ろすことは出来ないんでしょうね……使徒がいる限り、私達は貴女達子供に頼らざるを得ないんですから」
リツコは、自嘲する。
「……リツコさん、話、変わるんですけど……あの男と、もう、切れました？」
リツコは、驚いてユウカの顔を見る。
「アイツは、いつかリツコさんを切り捨てます……その前に、リツコさんの方から別れた方がいいです」
「そんなこと……」
「リツコさん、アイツはそんな人間です……私、あんなヤツの為に、リツコさんに悲しい思いはして欲しくないんです」
「ユウカさん、貴女……考え過ぎよ」
「……今回の件、リツコさんをゼーレに差し出して有耶無耶にするつもりだと思いますよ。
私を行かせて、私に色々喋られるのイヤだろうから……補完の時も、他の事を全部捨ててしまうでしょうね。辛いのは……リツコさんですよ」
リツコは、何か口にしようとするが、実際には何も言えなかった。
ユウカの言葉……納得出来ることばかりだったからだ。
「多分、今回が最後です……リツコさんなら、分かってくれると思います……じゃ、私、そろそろ行きます」
ユウカはそれだけ言い残して、検査室を出ていった。
１人取り残された形のリツコは、ゆっくりと考えを巡らせた……
数日後、リツコは、ユウカ言ったことが現実になったのを思い知らされた……
自分を生贄に、ユウカへの『ゼーレ』の審問を回避したゲンドウ……
「……ユウカさん、見せたい物があるの……ええ、いいわ……それじゃ２時間後に……」
リツコは一つの決意を胸に、ユウカを本部へと呼びだした……
「よいのか？赤木博士の処置……」
暗闇に浮かぶモノリス……
『ゼーレ』のメンバーが話し合う。
「ああ、彼女は帰した方が得策だ」
「ＥＶＡシリーズの功労者。今少し、我等の役に立って貰おうか」
「左様、我々人類の未来のために」
「ＥＶＡシリーズ、すでに８体まで用意されつつある……」
「残るは、後４体か」
「そう、後は完成を待つのみ……」
「その日が、約束の時となる……」
全員の声が重なる……
「「「「「全ては、『ゼーレ』のシナリオのままに」」」」」
セントラルドグマへ通じる、特別エレベーターの前……リツコの待っていた相手が現れた。
「お待たせしました……レイさんも一緒でいいんですね？」
そう言うユウカの後ろに、静かにレイが立っていた。
「……構わないわ。さ、行きましょう」
リツコがエレベーターを動かす。
３人はその中に消えていった。
途中で、ターミナルドグマへのエレベーターに乗り換えると、更に深いところへ下りていった。
「ユウカさんは、ここは初めてね……」
リツコが呟くように言う。
リツコの進む先に部屋の案内プレートがみえた。
「『人口進化研究所３号分室』……ですか？」
「ここが目的地ではないけどね……近道ではあるわ」
そう言って、リツコが鍵を開けて入っていく。
ユウカとレイも、それに従う。
中の様子は、病室のようで、放置された設備や薬品があちこちに目立つ。
「……ここは、レイが生まれ育ったところ」
「レイさんが……」
ユウカが呟く……レイは、そのユウカから目を逸らす。
リツコは、そのまま奥へ向かう……ユウカ達はその後を付いていった。
開けた空間に出ると、そこには、無数の巨人の屍が横たわっていた。
「ＥＶＡ……」
ユウカが声を出す。
「最初のね……失敗作よ。１０年前に破棄させたわ……貴女のお母さんが消えたところでもあるわね。憶えてる？」
「ええ……うっすらと、ですけど」
「いよいよ、目的の所へ行くわ……ダミープラグのプラント……」
リツコの言葉を聞いて、レイが体を固くする。
ユウカは、ソッと手を握ってあげた。
「ユウカさん……」
レイが弱々しく声を出す。
ユウカは、握った手を軽く引いて、一言だけ囁いた。
「大丈夫だよ……一緒だから」
それを聞いて、ようやくレイが歩き出した。
周りを黒い壁に囲まれた、不思議な部屋。
その中央部に、空っぽの中央プラントがある。
「……ユウカさん、貴女に真実を見せてあげるわ」
リツコはそう言いながら、持っていたリモコンのスイッチを入れた。
周囲の壁が上にせり上がり、オレンジの光に満ちた水槽が現れ、無数のシルエットが浮かんでいた。
それは……レイと同じ姿をしたモノだった……
レイは、目を伏せ、何かに耐えるように震えている。
「どう、ユウカさん……これが……」
「ダミープラグのコア……レイさんのクローン、ですね」
ハッとしたようにユウカを見るリツコとレイ。
悲しげな表情のユウカは、水槽に近付いて、言葉を続ける。
「でも、魂が無い……ただの器……そうですよね、リツコさん」
「……知って……たの？」
「はい……」
水槽にユウカが触れると、中を漂うレイが一斉に目を開いた。
「リツコさん、私をここに連れてきた理由、聞かせて下さい」
ユウカがリツコを促す。
「……私は、もう、あの人の言いなりになるのに疲れたわ。だから、嫌がらせの一つもしてやろうと思ったのよ……」
「いいと思いますよ……どうするんです？具体的には？」
「そうね……そこにいる、ただ１人だけ魂を持ったレイを残して、壊してしまおうかしら？」
疲れたように言うリツコ。
「そうすれば、この世に『綾波レイ』は１人になる……人間と変わらなくなるわね……」
「人間……」
今まで黙っていたレイが呟いた。
（人間になる……ユウカさんと同じ、『人間』……）
「レイさん、レイさんはいいの？」
ユウカは、顔を向けずに尋ねる。
「私……私は……『人間』になりたい……だから、構わない」
「分かった……リツコさん、レイさんを連れて、部屋を出て下さい……納得して貰っていても、見せたくないんです……私が、壊します」
ユウカの言葉に、のろのろとリツコはレイに近付いて、肩を抱くように出ていく。
２人がいなくなったのを確認して、ユウカは水槽に当てた掌に『力』を集めた。
（ねぇ、これでいいのかな？……私、リツコさんにもレイさんにも、ここを壊させたくないんだ……イヤなモノ見るのは、私だけでいいよね……）
『力』を、水槽の中に及ぼし、中に浮かぶ無数のレイを瞬間的にＬＣＬに還元する。
アッという間に、水槽の中はＬＣＬで満たされているだけになった……
「”お父さん”、ホントに何も無くなったね……フフッ、アハハハハハハッ」
ユウカは凍り付いた笑顔で笑う……頬に止まらない涙を流しながら……
あとがき
ユウカ……実は、内臓を完全に壊してしまいました。
『力』の代償は、疲労と衰弱……癒す間もなく使い続ければ、当然どこかにしわ寄せが来ます。
レイに侵食して、心を探る使徒……後半、かなり勝手に書いてます。
そして、レイは自爆を選びながら……実行は出来ませんでした。
ユウカは、使徒を初号機に取り込んでしまいます。とうとう、Ｓ２機関を搭載しました。
セカンド・インパクトと同じ日を誕生日とする謎の少年。
ユウカは、その少年に何かを感じ取る……
次回、『訪問者』。
運命の歯車は……止められない。
作成日付：２００１／０２／０９
感謝の言葉：
ゲンドウ・・・哀れ。ここまで墜ちていくとは・・・。
あと、ユウカちゃん・・・かなりマズイ状況ですね。
リツコさんも現状を把握はしても、治せないようですし・・・。
それでも人類は初号機の力に頼らなくちゃ生きていけない。
このあと、どうなっていくんでしょうか・・・。
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