「何があった、赤木博士……」
 
ネルフ本部・司令公務室。
ゲンドウの前には、リツコが立っている。
 
「何故、ダミーを破壊した?」
 
「何故?役に立たない、用済みの物ですから壊したまでです」
 
「その判断は、君が下すものでは無い」
 
全く表情を変えることなく話す2人……
 
「大体、アレを壊して君に何の得がある?」
 
「私?……私には何もありませんけど、レイは『人間』になれた、と喜んでましたわ」
 
「……レイの目の前でやったと言うのか……」
 
僅かに動揺したように見えるゲンドウ……
(この人が小さく見える……彼女の言うとおり、ここが潮時なのかも知れないわね……)
リツコは、こともなげに言う。
 
「どうぞ、好きに処分して下さって結構です。ただ、私の口から言うのも何ですけど……今の司令には誰も付いていきませんよ。下手な処分などなさると、立場を失いかねませんわね」
 
いつぞやのユウカのようなことを言い放つリツコ。
ゲンドウは、ダミーを破壊した張本人に気付いた。
 
「……そうか……ユウカがやったのか……」
 
「……彼女に責任はありません。あるとすれば、彼女をあそこに呼び寄せた私です」
 
ユウカの体を思い、リツコは自らが罰を受けることを選んだ。
ゲンドウは、静かに、疲れたように処置を下す。
 
「いいだろう……静かなところでゆっくりと身の振り方でも考えるといい……赤木博士、1ヶ月の拘禁を命ずる。理由は独断専行に対する罰だ」
 
「分かりました……では、失礼します。引継を行いませんと……」
 
微かな笑みを浮かべて、リツコは司令室を出ようとする。
そして、ドアの前で振り向いて、最後の一言を言う。
 
「最早、私があなたの望む通りに動くとは思わないで下さい、碇司令」
 
リツコが出ていった後のドアを見つめ、ゲンドウは呟く。
 
「いつから……計画が狂ったのだ……何故、上手くいかんのだ……」
 
 
「いいわね、マヤ?必要な資料などはここにファイルしてあるから。それと、データはこっちの端末の……このHDに入ってるわ。明日から一月、上手くやってね」
 
リツコはテキパキと自分がいない間の準備をして、マヤに必要なことを説明していく。
 
「先輩、私……不安です」
 
「そう難しく考えないで。ほとんどいつもやってることと変わらないから」
 
リツコは、いつになく優しい態度で接する。
それが余計にマヤを不安にさせる。
 
「何とかやってみますけど……先輩みたいに上手くは出来ないですよ」
 
「私みたいにしなくてもいいのよ。貴女と私とは違う人間なんだから」
 
リツコの指がキーボードの上を滑る。
話しながら作業を進めていくリツコの姿は、何かふっきれたように、楽しそうに見えた。
 
 
「ねぇ、レイ……ユウカ何処に行ったか知らない?」
 
アスカが、レイとユウカの部屋に顔を出す。
 
「ユウカさん?買い物に行くって言ってたけど?」
 
レイはいつものように淡々と返す。
 
「買い物?声かけてくれれば一緒に行ったのに」
 
「私も『一緒に行く』って言ったけど、断られたわ」
 
残念そうに言うアスカに、レイも少し沈んだ声を出す。
 
「最近さぁ……ユウカ、アタシ達のこと避けてない?」
 
「……そうかも知れない……」
 
レイの言葉は、更に沈んでいた。
アスカも何となく不安な気持ちに襲われていた。
 
 
その頃、ユウカはいつもの場所……第3新東京市を見下ろす展望台にいた。
(あと、どれだけこの景色を見れるんだろ……もう二度と来れないかも知れないもんね……)
そんなことを考えながら、景色を目に焼き付けていた。
ボーっとしていたユウカの耳に、音が流れ込んできた。
(ベートーベンの第九……これって……もしかして?)
音のする方を向くと、手摺に体重を預けるようにしている少年がいた。
銀と見まごう髪に、真紅の瞳を持つ、中性的な雰囲気を漂わせる少年……彼もゆっくりとユウカの方を向く。
 
「歌はいいね」
 
「……」
 
ユウカは何も言わずに見つめ返す。
 
「歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないかい、碇ユウカさん」
 
「……そうね、いいわね……」
 
「驚かないんだね。僕が君の名前を知っていることを」
 
少年は、透明な、柔らかい笑みを浮かべる。
 
「……自己紹介する手間が省けていいわ。後はあなたが名乗ってくれればいいもの」
 
「君は面白い人だね。僕はカヲル……渚カヲル。君達と同じく仕組まれた子供……フィフス・チルドレンさ」
 
「そう……そうよね。私のこと知ってるなんて、関係者しかいないものね」
 
ユウカも少年……カヲルと同じ種類の笑みを浮かべる。
 
「そう言う事さ。僕のことはカヲルでいいよ、碇さん」
 
「私もユウカでいいわ、カヲル君」
 
そう言って、2人は微笑みあった。
静かに夕陽が景色を染め上げていく。


第弐拾八話 訪問者



 
「ただいまぁ〜」
 
買い物袋を持ったユウカがドアを開ける。
ドタドタと走る音がして、アスカが顔を出した。
 
「お帰り、遅かったわね」
 
「しょーがないよ。ウチは食べる人多いんだから、比例して買う物も増えるんだもの」
 
「声かけてくれれば良かったのよ。荷物持ちくらいはするから」
 
「いいよぉ。私、好きでやってるんだし……今夜は何が食べたい?」
 
ユウカは話をはぐらかす。
アスカは、素直に答えた。
 
「うーん、ユウカの作るモンなら何でもいいわ」
 
「ん、そんじゃ、今日はシチューね。ゆっくり待ってて」
 
そう言うと、ユウカは食材を並べて、調理を始めた。
 
 
「「「いただきます」」」
 
ユウカ、レイ、アスカの声が綺麗に重なる。
3人はシチューを食べ始めた。
 
「今日は野菜一杯のシチューだけど、2人ともどう?」
 
「ま、いいんじゃない」
 
「……美味しい」
 
ユウカが感想を訊いても、最近帰ってくる答えは、アスカもレイも変わらなかった。
文句がないのは嬉しくもあり、淋しくもある……複雑な気分のユウカだった。
 
「……今日さ、男の子に声かけられちゃった」
 
途中で思い出したようにユウカが話し出す。
レイとアスカの動きがピタリと止まる。
 
「結構、カッコイイ子でね。優しそうだったなぁ」
 
微笑んで、楽しそうに話すユウカの態度に、ギギギッと擬音を立てそうな動きでユウカを見るレイとアスカ。
もう一度ギギギッと、顔を見合わせると、今度はパッとユウカに顔を向ける。
その表情は、何か信じられないことを聞いたように見える……いや、少なくとも彼女達にとって信じられないことを聞いたのだから、仕方ないとも言えるが……
 
「そいつ、何者よ?」
 
アスカが大きな声を出す。
 
「な、なによアスカ、大きい声出して」
 
「アタシの声なんていいのよ!その男が何者かって聞いてるの!」
 
「カヲル君?」
 
ユウカが相手の名前を言うと、アスカは目を剥き、レイは悲しそうな顔をする。
 
「カヲル君ねぇ、フィフス・チルドレンなんだって。明日テストだから、本部で会えるんじゃない?」
 
「……なんかムカつく」
 
「フィフス?」
 
アスカは憮然とした顔をし、レイはユウカに問い返す。
 
「うん、そう言ってた。友達が増えるのって、嬉しいよね」
 
そう言ってニッコリと微笑むユウカの顔を見て、アスカもレイも何も言えなくなってしまった。
 
 
ネルフ本部・第一作戦部オフィス。
ミサトは帰れない旨の電話を入れた後、ファイルをペンで叩いていた。
 
「こんな時にフィフス?しかも委員会が直接ねぇ……アンタは明日からお籠もりだし」
 
コーヒーを持って、リツコがイスに座る。
 
「別に私がいなくても、何とかなるわよ」
 
サバサバした様子のリツコに、ミサトは問いかける。
 
「何か、サッパリした感じだけど、何か良いことでもあった?」
 
「そうね。それなりにね……ミサト、その子には気を付けた方がいいわ」
 
「当然でしょ。生年月日がセカンド・インパクトと同じで他の情報は抹消済なんて、怪しいって宣伝してるようなモンじゃない」
 
「何をするか、分からないわよ」
 
「……アンタ、妙にお気楽に言ってくれるわね?」
 
「タッチ出来ないもの、仕方ないじゃない」
 
リツコは、むしろ楽しそうに言う。
ミサトはふて腐れる。
 
「あ、そう。せいぜい、頑張らせていただくわ」
 
「……ユウカさんによろしく言っておいて」
 
「?何でユウカちゃん?」
 
「ちょっと……ね……ミサト、あの子達に無理させないでよね」
 
「一応はね」
 
「何かあったら、これ、使いなさい」
 
そう言うと、リツコはIDとパスワードを書いた紙をミサトに渡して、部屋を出ていった。
ミサトは、またファイルと睨めっこを始めた。
 
 
個人別でのシンクロテスト……
レイ、ユウカ、アスカ、トウジの順で行われることが決まっていた。
そして、もう1人……
 
「彼の乗る機体、ありませんよ」
 
「分かっている」
 
ミサトは、冬月に確認する。
 
「じゃあ……」
 
「あくまで、予備のパイロット……そう言うことらしい」
 
「……テスト、受けさせますか?」
 
「赤木君抜きで替わりのコアを用意するのは不可能だな……見学でもしていて貰おう」
 
「監視は?」
 
「……意味がないだろう。本部内でも、パイロットが使えるところは好きに歩かせておくしかないな」
 
冬月はいつものようにあっさりと言う。
ミサトも、渋々納得した。
 
「了解です……ところで、司令はどうしたんです?最近、見てませんけど」
 
「まあ、色々あるんだろうな……いなくても構わないところにまで出てこん方がいいだろう?」
 
「副司令、私はそこまで……」
 
ミサトが狼狽するのをみて、冬月は苦笑する。
 
「そこまで……と言うことは、思ったことがある、と言うわけだな」
 
「うっ……」
 
「言いつける気はないから構わんよ」
 
冬月は、そう言い残してミサトを仕事に戻らせた。
 
 
レイはテストを終了して、ラウンジへ向かうためにエレベーターに乗っていた。
それが上に付く時、レイの眼に靴が見える。
眼を上げると、1人の少年がいる……カヲルだ。
 
「やあ、君がファースト・チルドレンだね」
 
「……綾波レイよ」
 
「君は僕と同じだね。お互い、この星で生きる体は、リリンと同じ形へと行き着いたか……」
 
カヲルはそう言って微笑む。
 
「あなた、誰?」
 
「渚カヲル。フィフス・チルドレンさ」
 
レイは、視線に剣呑な雰囲気を漂わせる。
 
「フィフス?なら、昨日ユウカさんと会ったのね?」
 
「ああ、そうだよ。それがどうかしたかい?」
 
「いいえ……ところで、私とあなたが同じ?何故?」
 
「君も気付いてる筈だよ。僕等は同じ存在なんだ」
 
「……いいえ、違うわ。私は、『綾波レイ』。『人間』なの……あなたとは違うわ」
 
レイは静かに、けれども自信一杯に言ってのける。
 
「『人間』?……そう、君はそれを望んだんだね」
 
カヲルは一瞬羨ましそうな眼をし、すぐに元の笑顔を作る。
 
「そう……私はユウカさんと一緒に生きるの……あなた、ユウカさんに変なことしないで」
 
「僕が?何をするって言うんだい?」
 
「分からない……でも、あなたはユウカさんに近付けたくない」
 
「これは、嫌われたねぇ」
 
カヲルはゆっくりと離れていく。
 
「では、今は退散しよう……また後で」
 
「……会いたくないわ」
 
レイは、にべもなく追い払う。
カヲルは笑いながら去っていった。
(あなたは、ユウカさんと”近すぎる”の……だから、近付かせたくないの……)
レイは暗い眼差しでカヲルの背を見送っていた。
 
 
ラウンジ……ユウカは、レイ、アスカと一緒にフルーツジュースを飲んでいた。
 
「ふぅ〜美味しい」
 
「……アンタ、いつもそれ言ってない?」
 
「……」
 
ユウカの一言にアスカが突っ込む。
レイは何も言わずに、自分のジュースを口に運ぶ。
 
「……おう、おったおった。こっちや」
 
「あー、バカトウジ」
 
「……アスカ、一度お前とは決着を着けなあかんようやな?」
 
アスカのジョークに、トウジが押し殺した声で応える。
 
「やーねぇ、ホンのちょっとした軽い乙女のジョークじゃないの。気にしちゃダメよぉ」
 
アスカは笑って流す。
 
「ほぉ〜、それで済ますんかい、お前さんは……」
 
トウジは目一杯凄む。
 
「いい加減止めなよ2人とも。それでトウジ、何の用?」
 
ユウカが仲裁する。
トウジは、とりあえず用を済ませることにした。
 
「ん、おう……さっきそこで会ったんやけどな。五人目やと」
 
「やあ、こんにちわ」
 
少し離れた所から、カヲルがやってくる。
 
「あ、カヲル君」
 
「……また出たの」
 
「コイツが?ふーん?」
 
ユウカ、レイ、アスカ、三者三様の反応を返す。
 
「ユウカさんと綾波さんには挨拶したね。惣流さんは始めましてだね。フィフス・チルドレン、渚カヲル……よろしく」
 
そう言って、カヲルはアスカに右手を差し出す。
アスカは、不信そうな目で一睨みして、握手を交わす。
 
「とりあえず、よろしくしてちょうだい」
 
「こちらこそ」
 
カヲルは笑みを浮かべる。
ユウカとトウジは満足そうに頷き、レイは表情を変えない。
 
「うん、みんな一緒に頑張ろうね」
 
ユウカは満面の笑みを振りまく。
レイもアスカもトウジも頬が赤くなった。
 
「……ユウカさんが言うなら」
 
「ま、まあ、いいんじゃない」
 
「そ、そうやな……」
 
「ふふ、なかなか面白くなりそうだね」
 
カヲルが微笑む。
その場は、静かに収まった。

EPISODE:28 Heaven Knows



 
「ユウカさん、私、あの人嫌い」
 
「思いっ切り意見が合うわね、レイ……アタシも、アイツ気に喰わないわ」
 
帰り道、ユウカ達3人は一緒に歩いていた。
 
「?……2人とも、何で?」
 
「ユウカさん、あの人に愛想振りまき過ぎ」
 
「とにかく、イヤなモンはイヤなの!」
 
レイは、ユウカの態度に不快感を示し、アスカは、感覚的に気に入らないらしい。
 
「うーん、どうしてなんだろうね?」
 
首を捻るユウカ。
レイとアスカは顔を見合わせて、ホウッと溜息を付いた。
2人の思いは一致していた。
それぞれ、多少の違いはあっても、ユウカのことをカヲルに渡したくないと思っていたのだ。
 
 
「ふ〜ぅ、いいお風呂だったぁ」
 
ユウカが髪をタオルで拭きながら部屋に戻ってきた。
最近は、ユウカとレイだけでなく、アスカも一緒に寝るようになっていた。
 
「……」
 
ほんのりと染まった肌の桃色……レイはボーっとユウカに見とれる。
 
「ユウカも肌白いから、お風呂上がりだとピンク色だねぇ」
 
アスカがそんなことを言う。
ユウカは恥ずかしがり、更に色が赤みを増す。
 
「アスカぁ、からかうの止めて。それで無くても、私、アスカやレイさんにコンプレックス感じてるんだからね」
 
「何を?」
 
「う……だ、だって、2人ともスタイルいいんだもん……」
 
「アンタ……自覚してないって怖いわねぇ……」
 
アスカが呆れた顔を見せる。
実際、レイもアスカもそれぞれスタイルが良いが、ユウカは更に際だっていた。
 
「も、もういいから、寝よう?ね」
 
そう言って、ユウカは布団を敷く。
二つの布団を並べて敷き、継ぎ目の所に毛布を被せる。
 
「でも、アスカ、またここで寝るの?」
 
「そうよ」
 
「……退院してから、毎日ここで寝てるよね」
 
「うん、ユウカの傍で寝たいんだもん」
 
アスカは屈託無い笑顔をユウカに向ける。
ハァ……と溜息一つ付いて、ユウカは毛布の上に座る。
ユウカの右にレイ、左にアスカが寝る……ここ数日の寝方だ。
 
「レイさん、アスカ、お休みなさい」
 
「ユウカさん、お休みなさい」
 
「お休み、ユウカ」
 
レイはユウカの右手にしがみつくようにして、アスカはユウカの左手を握りしめて眠る。
2人が熟睡して、手を自由に出来るまで、ユウカは寝られない。
その日も、2人が完全に寝入ってからキッチンに立つ。
 
「ふぅ、喉渇いちゃったな……」
 
コップを出して水を汲んでいると、玄関が開く音が聞こえた。
 
「ただいま〜って、起きてるわけ……」
 
「お帰りなさい、ミサトさん」
 
ミサトがハッとしてユウカの方を見た。
 
「ユウカちゃん、まだ起きてたの?」
 
「いえ、ちょっと喉が渇いて……ミサトさん、何か飲みます?」
 
「……ビール」
 
「フフフ、分かりました」
 
軽く笑うと、ユウカは冷蔵庫を開けて缶ビールを出す。
ミサトはそれを受け取ると、立ち去ろうとした。
 
「あれ?ここで飲まないんですか?」
 
「そ。寝酒よ。じゃ、早く寝なさいね」
 
「はい、お休みなさい」
 
ミサトを見送ると、喉に熱い物を感じたユウカは、キッチンのシンクに顔を向ける。
 
「ゴフッ……ゴフッゴフッ!」
 
込み上げる嘔吐感、口から溢れるのは真っ赤な血の塊……ユウカはそのまま身動きが取れなかった。
 
「フゥ……マズいなぁ……いつまでばれないでいられるかなぁ」
 
10分もの間蹲った態勢から、ようやく起き上がると、口元と手を洗い始める。
更に10分かけてシンクに跡一つ残さずに血の始末をすると、ユウカは寝床に戻っていった。
 
「レイさん、アスカ、ゴメンね……」
 
そう言って、真ん中に潜り込んで眠る……
 
 
翌日、学校に行ったユウカ達は、転校してきたカヲルの面倒を見ることにさせられた。
理由は至極単純……彼がパイロットであることを口走ったからである。
 
「おや?秘密だったのかい?」
 
「そうじゃないけどね」
 
苦笑するユウカ。
レイとアスカの眼はかなり冷たい。
結果、ユウカとトウジが面倒を見ている。
 
「貧乏籤引かされた気分やなぁ」
 
「そう言わないでよ、トウジ……カヲル君も、早く慣れてね」
 
「ユウカがそこまで気を遣わなくてもいいんじゃない?」
 
マナが混ぜっ返す。
その言葉に、ヒカリとマユミが笑いを堪えている。
 
「マナさん、自分のこと棚に上げてるわよ」
 
「ユウカさんが面倒見が良いのはいつものことですよ」
 
ヒカリとマユミに窘められるマナ。
 
「う〜む、そうだっけ?」
 
「そうだね」
 
ようやく遅刻してきたケンスケが口を挟む。
 
「ぶ〜、相田君に言われたくない!」
 
「マナ、自業自得だよ」
 
ユウカが笑いながら間に入った。
その場にいたほとんどの人間が笑う。
カヲルに不信と嫉妬の眼差しを向けるレイとアスカを除いて……
 
 
「え〜っ?なんでぇ〜?」
 
「一緒に残る」
 
ユウカが、用があるので学校に残ると言うと、アスカとレイが文句を言う。
 
「どーしても用があるの。その後でネルフ本部にも行くから……そうだ、メモ作るから、お買い物しといて?」
 
「でーもー」
 
「ユウカさん……」
 
アスカは拗ねた顔を見せ、レイは悲しげな表情になる。
ノートのページを千切って幾つかの文字を書いたユウカは、アスカの手にしっかりと握らせる。
 
「たまには、私にも我が儘言わせてよ……って事で、よろしくね」
 
ユウカにそんなことを言われては、アスカにもレイにも断ることは出来なかった。
2人が不承不承去っていくのを見送った後、ユウカは屋上に向かう。
 
「お待たせ。行こ、カヲル君」
 
「よかったのかい?彼女達……」
 
カヲルが見下ろす先には……何度も振り返りつつ歩くレイとアスカがいた。
硬い表情で、視線だけは優しさを湛えながら、ユウカも見下ろす。
 
「……あんまり、聞かせたくない話あるから」
 
「そうかい?それじゃ、行こうか」
 
カヲルが歩き出す。
ユウカもゆっくりと後を追った。
 
 
「君は……不思議だね。あの時から、僕のことを知っていたみたいだったよ」
 
「そう?……私、嘘付くの下手だからなぁ」
 
「綾波レイ……彼女も僕に似ているけど……君の方が更に近い気がする。何故なんだい?」
 
2人は人気のない道を歩いている……
 
「……そっか、私、人間より使徒に近い、か」
 
「隠しても無駄なようだからね。僕は『ゼーレ』の老人達から送り込まれた……人の手で作られし使徒……と言っても驚かないね」
 
「うん、知ってるから……私、別の世界での結末、知ってるの……この世界と同じように進むはずの世界……そこで、もう1人の私はあなたと会っているから」
 
ユウカはかいつまんで事情を話す。
『彼』から記憶と『力』を受け継いだこと……それを元に、望むように修正を加えていること……そして、これから訪れるであろう未来のこと……
 
「泣いているのかい?1人で抱えて、辛かったんだろうね」
 
ユウカの頬に光る涙……カヲルは指先でそっと拭い取る。
 
「ありがと……『彼』の言う通り、優しいね」
 
ユウカは柔らかな微笑みを浮かべる。
カヲルも吊られて笑みを返した。
 
「僕に話すのは何故かな?……僕は、君達……いや、『リリン』達の言う、使徒なんだけどね?」
 
「今までの使徒は……悪いけど、消えて貰わないと、終わっちゃうから。でも、カヲル君はこうして話し合うことが出来る……だから、お願いがあるの」
 
瞳を潤ませてカヲルの目を覗き込むユウカ。
カヲルは、どうしても話を聞かなくてはいけないような気になっていた。
 
「とりあえず、話してくれないと、何とも言えないね」
 
「うん……味方になって、なんて身勝手なことは言わない。ただ、あのおじさん達の言う通りにするのは止めて欲しいの」
 
「さっきの話だと、君に記憶をくれた『彼』は知らない事じゃなかったかな?どうして君は知ってるんだい?」
 
カヲルは、疑問に思ったことを問い返す。
 
「『彼』に『力』の使い方を教えたの、あっちのカヲル君なの……その時に聞いたんだって……大人達の企みって話を」
 
「そうか……僕は、『アダム』が何処にあるか分かればいい」
 
「多分、碇司令が持ってるわ……もう、体に入れてるかも知れないけど」
 
「それはいつ知ったんだい?」
 
「こっちは、あっちの世界の『リリス』……レイさんから聞いたって……」
 
ユウカは、悲しげな顔をする。
 
「そうか……なら、もういいね。君の望む通りにしてあげるよ……僕も興味が湧いたよ。『リリン』に……いや、君にかな?」
 
「え?」
 
「こちらの『リリス』は、君をお気に入りのようだしね……それに、僕は君に好意を持ってしまった」
 
「……その先は言わないでね」
 
ユウカが頬を染めながら言う。
(いきなり、好きとか言われると恥ずかしいもん……)
ちょっと残念そうな顔をするカヲル。
2人は、ゆっくりと本部へ向かう道を歩いていた。
 
 
初号機のケイジ……ユウカとカヲルは並んでEVAを見ている。
 
「EVAシリーズ。僕と同じ、『アダム』より生まれし、人間にとって忌むべき存在」
 
「でも、コレがなければ、今までの使徒を止めることは出来なかった……」
 
ユウカが顔を下に向け、苦しそうに呟く。
 
「そうだね。君達に使徒と呼ばれるモノは、いかなる物も完全に拒絶する『心の壁』、ATフィールドを持っているからね。でも、ATフィールドは心のあり方でもある。使い方次第では武器にもなるんだ……だから、同じ物を持つEVAでなければ使徒に抗することが出来ない」
 
「うん、そうなんだよね……」
 
「僕達は、基本的に人間を滅ぼしてでも生き延びる為に行動していた。でも、『リリス』は共存を選んだ。そして、僕も人間の中で生きることを選ぼう」
 
「もう、生と死は等価値なんて言わないよね?」
 
ユウカは真剣な顔でカヲルを見つめる。
 
「言わないよ。生には生の、死には死の価値がある。それは、似て非なる物だと分かったから……死んだら、君と話せなくなるからね」
 
「……もう、恥ずかしいから止めて」
 
「さあ、どうしようかな?」
 
からかうような笑みを浮かべるカヲル。
 
「カヲル君、今の笑顔の方がいいよ」
 
ユウカは微笑みながら答える。
カヲルは、唐突に、ユウカの周りの人間が感じる気持ちを理解した。
(誰でも引き寄せてしまう笑顔……ATフィールドと反対の、君だけの『力』だね、ユウカさん。僕も負けを認めるしかないようだね)
 
「じゃ、行こうか」
 
「何処へ行くんだい、ユウカさん」
 
「……あるところ。面白いよ、きっと」
 
そう言うユウカの眼は笑っていなかった。
 
 
ユウカは、カメラや警報機を見つけては、それを殺していく。
 
「君は、本当に僕達に似ているね」
 
「ジャミングや機械の操作なんて、戦うのと較べたら大したモノじゃないわ。認識されなければ、使徒とは判定されない……人間なんて、科学なんてそんなものよ」
 
「人間が好きなのに、人間を否定するのかい?」
 
「いいえ。そんな愚かな所まで含めて、私は人間が好き」
 
冷たい笑みを浮かべたままのユウカが答える。
 
「君は、さっきまでとは違うね」
 
「そうね。あの男と会う時はいつもこう……」
 
2人はセントラルドグマに辿り着く。
指を触れるだけで、ユウカはロックを外す。
 
「見るだけでも良かったんじゃ無いかい?」
 
「触る方が『力』が少なくて済むの……さあ、ここまで来なさい、碇司令」
 
ユウカは感情を殺した声で呟いた。
 
 
ターミナルドグマ……十字架に磔にされた仮面の巨人が見える。
ユウカとカヲルが入った時、ユウカの足元を火花が散った。
 
「何故、ここに居る……ユウカ」
 
「やっぱり来たんですね、碇司令」
 
拳銃を構えるゲンドウとユウカは睨み合う。
 
「お前の後ろにいるのは誰だ?」
 
「カヲル君……『ゼーレ』って言う身勝手な死に損ないの寄せ集めが、自分達だけの我が儘のために送り込んできた、『最後の使者』かしら?」
 
「否定はしないよ」
 
ユウカの淡々とした言葉に異議を唱えるでもないカヲル。
 
「では、使徒か?」
 
「君達、『リリン』から言わせればそうなるね」
 
「なら……ユウカ、そこをどけ。殲滅せねばならない」
 
「あなたの『アダム』に触れられると困るから?あなたが『リリス』に触れなければ、意味が無いから?勝手ね……そんな右手、いらないよね」
 
感情の籠もらないユウカの声……ゲンドウはイヤな予感がして銃をユウカに向ける。
ユウカが左手を軽く振るのと、ゲンドウが引き金を引くのは一緒だった。
銃弾はユウカの目前でカヲルの手に握られて止まり、ゲンドウの右腕は肘から失われていた。
遠くで、何か重い物が水に落ちる音が聞こえる。
 
ダポン!……
 
丁寧なことに、その跡は引き裂かれたようになっていた。
ユウカは、携帯を取りだして電話を始める。
 
「冬月さんですか?ユウカです。今、父に呼ばれてターミナルドグマとか言う所に来たんですけど……あの、急いできてくれませんか?」
 
いつもの、少し頼りなげな口調で話すユウカ。
 
『何があったんだ?』
 
「分かりません。ただ……父が右手を押さえて蹲ってるんです……手が……無くなってるんです」
 
『分かった、すぐに行くから、そこを動かないように』
 
「はい、待ってます……早く来てください」
 
電話を切ると、ユウカは冷たい目をゲンドウに向ける。
 
「『アダム』は消したわ……と言いたい所だけど、それじゃ意味無いから……私の中に入れたわ。これで、誰にも手が出せない」
 
「な、何故殺さない……」
 
「あなたには、何もかも無くして生きていくのが相応しいと思ったからよ……そろそろ、冬月さんが来るわ。その前に、一度だけ親孝行してあげる……壊れなさい」
 
ユウカの指がゲンドウの額に触れる。
ゲンドウの中に、とめどなく狂気の幻想が流れ込んだ……
 
 
「では、碇の銃が暴発したというのだね?」
 
「そうです、冬月副司令」
 
第二会議室……ユウカとカヲルは、冬月の審問を受けていた。
カヲルはあっさりと答える。
 
「僕が、『ゼーレ』のスパイだと知って、撃とうとしたんですがね……怖いですね、手入れ不足とは」
 
「確かめたい所だが……碇がアレではな……」
 
冬月が保安部の人間を連れて着いた時には、意味不明なことを言って胎児のようになったゲンドウと、カヲルに肩を抱かれて泣いていたユウカがいた。
冬月の見立でも、ゲンドウは『終わって』いた。
 
「では、君は、身柄を預けると、そう言うことでいいんだな?」
 
「ええ、ただ、僕の言うのは本当の事です。『ゼーレ』は、近い内にここへ攻めてきますよ……最初は各支部からのハッキング。次が軍隊の投入。これでダメな時は量産型EVAの投入ですね。対策を早急に練る必要があると思いますが?」
 
「信じて、いいのだな?」
 
「そうですね……彼女に誓って」
 
カヲルはユウカに視線を向ける。
ユウカは肩を振るわせたまま俯いていた。
 
「いいだろう。今の言葉に嘘は無さそうだ」
 
ニヤッと笑う冬月。
カヲルは悪びれた風もなく笑みを返す。
 
「では、僕は失礼しますよ。彼女を送り届けないと」
 
「そうか……では、明日また来てくれ給え」
 
「はい、失礼します……ユウカさん、行こうか」
 
カヲルがユウカの肩を抱くように立ち上がらせる。
結局、ユウカは一言も話さなかった。
2人が出ていった後、冬月は一つの指示を出した。
 
「……私だ。赤木君の拘禁を解除する。碇は急病で入院した。暫くは私が代理を務める……そのように通達してくれ」
 
 
人気のない通路、周りに人がいないのを確認して、ユウカは顔を上げた。
 
「はぁ……やっぱり嘘付くの苦手」
 
「だから、君は何も言わなかったんだろ、ユウカさん」
 
「うん……ありがと、カヲル君」
 
微笑みあう2人。
 
「あっら〜、ユウカちゃんてばお熱いわねぇ」
 
「きゃう、み、ミサトさん?」
 
奇声を上げてキョロキョロと見回すユウカ。
ファイルを手に、ニヤニヤ笑いのミサトが、後ろの方から歩いてくる。
 
「ん〜、いいわねぇ、若いって。で、あなたが噂のフィフスね。アタシは作戦部の葛城ミサト。一応、直属の上司なのよ。よろしくねん」
 
明るい笑みを見せるミサト。
カヲルは苦笑を浮かべて答えた。
 
「そうですか……よろしく」
 
「とっころでぇ、ユウカちゃぁん?」
 
「な、何ですか、ミサトさん」
 
「アタシさぁ、今日はもう上がりなんだけどぉ……やっぱり1人で帰るわねん」
 
「え〜っ、一緒に帰りましょうよ」
 
「や〜ねぇ、お姉さん、そんなに野暮じゃないって」
 
そう言って、後ずさっていくミサト。
ユウカは慌てて追いかける。
 
「……やはり、ユウカさんは普段の顔の方がいいね」
 
カヲルは、見失わない程度の速さで2人を追って歩き始めた。


あとがき
 
いよいよ本格的に登場、人間と同じ姿を持つ使徒、「渚カヲル」、『裏切り』を司るものであり、「タブリス」、『自由意志』を司るものです。
この話の中では、大したことはしませんけどね。
ただ、彼もユウカが気に入ったようで……
ゲンドウは、ここで退陣です。何方か、予想してました?
 
ゼーレが失策を知り、最後の手を打つ。
そして、ユウカ達は最後の平和な時間を楽しむ。
次回、『嵐の前』。
そして、砂時計は進んでいく……
 
作成日付:2001/02/13


感謝の言葉:


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