「私達を裏切ると言うのか、カヲル……」
『悪いけど、僕はネルフの方が居心地が良いんでね……せいぜい、自分のことを大事にして欲しいね』
「……そうか、なら、もう一つの『最後の使者』を送ろう……せいぜい、気を付けると良い」
キールは、一方的に通信を切った。
そして、席を立って、実験施設へと移動する。
ネルフ・ドイツ第三支部……『ゼーレ』が押さえる、最大のネルフ支部。
キールがいたのは、その特別室であった。
彼は、地下最下層へと下りる……そこは、ネルフ本部と同様、ＬＣＬプラントになっていた。
そして、『カヲル』と書かれたカプセルの向かい側にある、もう一つの名札の無いカプセルを見上げる。
その中には……淡い髪の色をした、人影があった。
「『記憶』を司るもの（ザドキエル）よ、私の声が聞こえるな……目覚めろ、用が出来た」
「……何？」
柔らかな少女の声が帰ってきた。
カプセルの中の少女は、ゆっくりと眼を開ける……その姿は、髪と瞳の色を除いてユウカに瓜二つであった。
「さて……僕が『ゼーレ』の老人なら、次の手を打つね」
「次の手？」
ユウカは、通信を切ったばかりのカヲルに尋ねる。
通信室には、２人の他に誰も居ない。
「そう……それは置いておくとして、何か訊きたいことがありそうだね」
「うん……あのね、私が戦ってきた使徒のことなんだけど……『彼』の記憶と較べて変化してることが多かったんだけど、分かる？」
「仮説でいいなら」
「聞かせて」
ユウカは真剣な顔で頼み込む。
「まあ、多分、だけど……君の存在の所為だと思うよ」
「私の？」
「そう。ハッキリ言えば、君の『力』は、本来この世界には無いはずの物だからね。その影響が使徒の能力等の変化として出ていると思うよ」
「影響が出るほど、私の存在って大きいの？」
「小さくはないさ。君の知る歴史では、トウジは足を失い、惣流さんは精神崩壊して、綾波さんは自爆、第３新東京市は、僕が来る頃には湖になっていたんだろう？そのどれもが否定されている……大体、最初の戦いから、君は『力』を使って見せたんだろう？その時点で、君の知る歴史とは違ってしまっているんだからね。使徒の能力が変化したり、知らない使徒が出てきても仕方ないさ」
「そういう物なの？」
「そうとしか思えない……と、僕は推理するけどね」
「そっか……仕方ないのかな？」
「そう思っていた方がいいだろうね」
カヲルは、そう言いながらも笑みを向ける。
それから３日が過ぎた。
第３新東京市の郊外……一台の車から降りる白金の髪を持つ少女……
「我々が近付けるのはここまでだ……後は任せるよ、お嬢さん」
運転席から、男が声をかける。
「ありがとう……『無事に荷物が届いた』って伝えておいてね」
柔らかい微笑みを向けて、少女は労いの言葉をかけた。
「ああ……では、良い旅を」
車は、アッという間に遠ざかっていく。
踵を返した少女は、街へと歩を進めていった。
「ここが第３新東京市……『アダム』の隠されし所……か」
薄く笑みを浮かべる少女……ポツリと呟いた言葉も、自覚しているかさえ分からない。
街を歩く少女。
人目を引かずにはおかないほどの美貌を持ちながら、誰１人、少女を見ようともしていない……まるで、少女が初めから存在していないかの様に。
少女は、それを気にする風もなく歩いている……真っ直ぐに、ネルフ本部へ続く道へ向かって……
ゲートを警備するネルフ職員。
少女はゆっくりと近付いていく。
いつもなら、声をかけて訪問理由を聞くはずの彼は、少女を素通りさせた。
「ご苦労様」
少女の言葉は、彼の耳に残ってはいなかった……ただ、香しい芳香が辺りに漂っていただけだった。
ゲートの遮断機に手を掛け、軽く飛び越える。
少女の来ている第壱中学の制服のスカートがフワリと広がった。
重さを感じさせずに着地すると、センサーやカメラの前を軽い足取りで歩いていった。
「ふぅん。思ったより広いのね。地下はあっちかしら？」
少女は呟きながらエレベーターに乗る。
前のフロアから乗っていたオペレーターの女性２人は、少女が乗ってきたことも気にしていない。
少女は、その様子を楽しそうに眺めている。
やがて、オペレーター達が下りて、少女は１人残された。
「ここがケイジのある所なのね……じゃあ、あっちかしら？」
トコトコと歩いていく少女。
整備作業をしているスタッフは、誰も少女の姿を咎めない。
少女がそこにいるのは当たり前とでも言う様な感じだ。
「分かんないな……仕方ない、分かりそうな人に聞こう」
そう言って、少女はエレベーターホールに戻っていく。
その時も、誰も少女に気付かない。
赤木研究室。
リツコが端末と睨めっこしている。
「『リツコさん』、何してるんですか？」
リツコは何の気無しに答える。
「ちょっとしたプロテクトよ。対『ＭＡＧＩ』ハッキング用のね」
「ふぅん、そうなんですか……ところで、ターミナルドグマへの行き方、教えてくれませんか？」
「ヘヴンズドアまでは直通エレベーターを使って、後はドアをくぐれば一本道よ」
リツコは、いつもの様な態度で、あっさりと答える。
「ありがとうございます。じゃ、お仕事頑張って下さいね」
声の主は部屋を出ていった。
リツコは、すぐにそんな会話をしたことも忘れ、プログラムに集中していった。
まるで、そんな会話のやり取りは最初から無かったかの様に……ただ、淡い花の香りだけがそこに残っていた。
第弐拾九話 嵐の前
第壱中学・音楽室。
ユウカは、学校のチェロを弾いていた。
観客は、レイ、アスカ、カヲルの３人……レイはヴィオラを、アスカとカヲルはバイオリンを持っていた。
「ユウカさん、上手……」
「ふーん、結構やるじゃん」
レイとアスカが感想を述べる。
と言っても、２人の口から出るのは賛辞だけだったが。
「この曲を発表するのかい？ユウカさん」
カヲルが尋ねる。
ユウカ達は、音楽教師に頼まれて、全校生徒の前で演奏することになってしまっていた。
「そう。＜パッヘルベルのカノン＞……弦楽四重奏の曲」
演奏を終えたユウカが答える。
「でも、アタシは一応弾けるし、ユウカがチェロ得意なのも良いけど、アンタはどうなの？カヲル」
アスカが、カヲルの方を胡散臭げに見る。
「僕は何とかなるけどね……綾波さんはどうだい？」
「多分、大丈夫……練習するから」
それぞれの答えを聞いて、ユウカは苦笑しかできなかった。
「後一月だから、頑張ろうね」
そう言って締めくくるしかなかったユウカだった。
「……『リリス』？……『アダム』では無いのね……それなら、『アダム』は何処へ行ったの？」
ターミナルドグマにたゆたうＬＣＬの上に浮かび、少女は磔の巨人を見上げる。
周囲に目を配り、ある一点を見据える。
「……体に埋め込んでいた……切り離され……封印されたの……ふぅん。それなら、あの子に聞いた方がいいわね」
少女はゆっくりと岸に向かって歩きながら呟く。
「それにしても……『リリス』の魂は何処に行ったのかしら？……この抜け殻、いらないわね」
岸に辿り着くと、少女は、磔になった『リリス』と呼んだモノを見る。
ソレは、仮面の隙間から黄色い液体を溢れさせて、ＬＣＬの海に落ちていった。
少女は発令所にやってきた。
青葉が１人でくつろいでいる。
少女は、彼の側に寄っていくと、話しかけた。
「『カヲル』が何処にいるか分かります？『青葉さん』」
「ん？パイロットはみんなまだ学校にいると思うけど？」
「どう行けばいいんですか？」
「ちょっと待って。プリントアウトしてあげるよ」
青葉は、テキパキと地図を出力して少女に渡す。
「ありがとう、『青葉さん』」
少女は礼を言って去っていく。
その姿が消えた後、微かな花の香りが漂っていた。
「……退屈だなぁ。誰も来ないし……」
青葉は、ポツリと呟いてギターを鳴らした。
少女は、地図を片手に第壱中学へ着いた。
沢山の生徒がいる。
少女は校内へ入っていった。
「どうしたの？カヲル君」
「……ユウカさんは気付かないのかい？」
怪訝な表情をしたカヲルにユウカが尋ねると、逆に聞き返された。
「何を？」
「『誰か』が近付いてくるよ……多分、『ゼーレ』からの……」
「……どうしようか？」
アスカとレイに聞こえない様に声を潜めて話す２人。
「ちょっと見てこよう……ユウカさんはここにいてくれるね？」
「私も行こうか？」
「いや、２人に気付かれるのは良くないよ……それじゃ、ちょっと席を外すよ」
カヲルはアスカ達に聞こえる様に言って、音楽室を出ていった。
「あ、『ヒカリさん』、『カヲル』何処にいる？」
「え？……多分、音楽室だけど」
「ふぅん、そうなの……どう行けばいい？」
「そこの階段を上って、４階の奥よ」
「ありがと」
ヒカリは、同じ制服を着た少女に案内をする。
その後は、何も無かった様に歩き始めた……ごく自然に。
音楽室を出たカヲルは、階段を上ってくる人間以外の存在を感じた。
少女が姿を現す。
「ユウカさん？いや、違うね……君は誰だい？」
「……始めまして、カヲル。私は……名前なんて無いの。ところで、彼女は何処？」
微笑みながら話す少女。
「彼女？」
「今あなたが言ったでしょう？……『ユウカさん』よ」
「……僕が言うとでも思ったかい？」
「いいえ。私の力は人間……『リリン』にしか通用しないの。だから、素直に教えてくれると嬉しいわ」
「教えなかったらどうするんだい？」
カヲルは戯けたように聞く。
「そうね……『リリン』に自殺でもして貰おうかしら？『記憶』や『思考』、『意識』を制御するのって、私には簡単だから」
目を細めて、カヲルは呟く。
「怖いね、君は……『リリン』の姿を持ちながら、その心は全く違うんだね」
「当然ね。さて、どうするの？カヲル」
少女は微笑みを浮かべながら尋ねる。
「いいだろう。屋上で待っているといい……ユウカさんに行って貰うから」
「ありがとう……じゃ、待ってるわ」
そう言って、少女は階段をさらに上っていった。
カヲルは、表情の無い顔で、その様子を見送っていた。
（さて、ユウカさんと会ってどうなるかな？）
そんなことを考えながら……
「……来てくれたのね。待ってたわ」
（そう……『待っていた』のよ、あなたと会うのを……）
少女はそんな考えを抱きつつ、ドアを開けたユウカを見て微笑んだ。
「……言われてはいたけど、ホントに似てるのね……あなた、名前は？」
「無いわ。カヲルがちゃんと仕事して、あなたに殲滅されていれば、私が呼ばれる事も無かったんだもの」
「じゃあ、何て呼んだらいい？」
ユウカは少女に尋ねる。
「好きに呼んでくれて良いわ……私、あなたと話がしたいだけだもの」
「うん、私もお話ししたいな……その前に、ユウ……って呼んでいい？」
「いいけど、どうして？」
少女は不思議そうな顔を向ける。
「顔が似てるんだもの、名前が似ててもいいじゃない」
「……ふふっ、面白いわね、あなた」
ユウカと少女……ユウは、笑い合った。
ユウカとユウは、屋上の手摺にもたれかかる。
その仕草は、まるで双子のようだった。
「んーっと、何から話そうか？」
ユウカが話を振る。
「質問その１。『アダム』はどうしたの？」
「私の中にあるよ……今は、完全に眠った状態なの」
「私が触れたら、サード・インパクトが起きるのかしら？」
「ううん、ならない……私の中って言っても、別の空間だもの」
「……レリエルと同じなのね」
「れりえる？」
ユウカは、聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべる。
ユウは、苦笑しながら答える。
「レリエルって言うのは、『夜』を司るもの……あなたを影の中に呑み込んだ使徒」
「そうなの……うん、同じだね」
「それなら、二度と誰にも触れることは出来ないのね」
「多分……ね」
ユウカは淋しげな笑みを浮かべる。
「そう……私のもう一つの質問は後にするわ。今度は、あなたの番……私が知ってることなら答えてあげるわ」
「そんじゃ、何で私達が似てるの？」
ユウカは、一番疑問に思っていたことを尋ねる。
「……カヲルは六分儀ゲンドウの情報を使って創られたモノ……私は、彼が用意したあなたの情報から創られたモノ……私とカヲルは、『アダム』から創られた、人にあらざるモノ。あなたの知る、『綾波レイ』と似て非なるモノよ……分かりやすく言えば、私はあなたの予備ってこと」
「予備って……そんな、酷い……」
ユウカは悲しそうな顔をする。
それを見たユウは、微笑みを返す。
「別に気にしてないわ。『ゼーレ』は、最初から六分儀ゲンドウを信用していなかったの。あなたが彼の招聘に応えなかった場合は、私がＥＶＡのパイロット『碇ユウカ』を演じていたはずよ……使徒に使徒を撃退させるなんて、最悪の冗談だけどね」
「……使徒って何なの？カヲル君やあなたも使徒だし、私達が戦ってきたのも使徒……共通点が無いよね？」
「私やカヲルは、たまたま波長のあった体に入った魂みたいなモノ……『使徒』は、原初の人類より枝分かれした可能性……あなた達『リリン』とは違った進化の果てにある形……私達は、存在意義を求めていたの……私達を生み出せし『アダム』にそれを求めていたのだけど、それは、自分以外の存在を否定する手段に他ならない……」
「ユウは『アダム』に帰りたいの？」
「正直、今更どうでもいいわ。私にとって……」
「「生と死は等価値だから」」
ユウカが全く同じように言うと、ユウは驚いた顔でユウカを見た。
「そんなこと、言わないでよ……私、悲しくなっちゃうよ」
ユウカは苦しそうに呟く。
「私が、人類を滅ぼすとしても、あなたはそんな風に優しい言葉をかけてくれるの？」
「……ユウは私と同じ心を持ってると思うよ……そんな人が、酷いことするはず無いよ」
「素直なのか、お人好しなのか、あなたって、すぐに相手を信じるのね」
「だって……その方が楽しいじゃない」
伏せていた顔を上げて、ユウカが言う。
「そうね、楽しいわね……とても……」
「……ねぇ、もう一つの質問って何？」
ユウは、囁くように言う。
「……ユウカ……あなた、私を殺してくれる？」
「な、何を言い出すの?」
微笑んだまま、ユウは言葉を続ける。
「私達は、本来は同時に存在してはいけないの。同じ人物なんだもの……私は、あなたに殺されるために目覚めたんだから、役目を果たさせてほしいの」
「出来ないよ！出来るわけ無いじゃない！」
「どうして？」
ユウは不思議そうな顔をして聞く。
「だって、ユウは、どう見たって人間じゃない！死ぬとか、殺すとか、そんなこと言わないでよ！言っちゃダメだよ！」
ユウカは真剣な顔で、声を大にして話す。
（優しい人ね……私とは全く逆……でもね……）
ユウは嬉しそうにユウカを見つめる。
「私は人間じゃないわ、『使徒』よ。使徒と人間……生きる意志を持って運命に抗う方が残るのは自然の摂理よね……生と死の区別の無い『使徒』は、その理屈で言えば滅ぶべき存在なんだから、私が消えるべきよ。そう思わない？」
「そんなの……変だよ……悲しすぎるよ……」
涙を零しながら、ユウカは懸命に話す。
ユウは表情を変えずに、微笑んだまま話し続ける。
「ユウカ、私を少しでも可哀相とか、哀れとか思うなら、私を消して」
「あんな老人達なんかのために、ユウが犠牲になること無い！私が大丈夫な限り守ってあげるから！」
「ありがとう、ユウカ……でもね、やっぱり私達は一緒に存在してはいけないわ……あなたがしてくれないのなら、私の力を使って、『アスカ』か『トウジ』に殺して貰うわ」
「そ、そんな……」
「解ったでしょう、ユウカ……この考え方の違いが、『使徒』と『人間』の違いなのよ……カヲルは人間の中で生きていけるように、人間的な考えを持てるように、色々と教わっていたけど、私はそうじゃない……根本的に違うモノなの」
「ユウ……今からだって、まだ間に合うよ！人間として生きていこうよ！カヲル君やレイさんみたいに！ね？」
ユウカは、ユウの肩を掴んで懸命に話しかける。
「ダメよ……あなたがいる以上、私は生きている方が間違っている……滅ばなくてはいけないの。そうしなければ、私が『人間』を滅ぼしてしまう……それがイヤなの。あなたと会って、一層その気持ちが強くなったわ……だから、殺して欲しいの。出来れば、あなたにね、ユウカ……」
「イヤだ！ダメだよ！絶対ダメ！死んじゃダメだよ！」
「ユウカ、分かってくれないのね……それじゃ、カヲルにでも頼もうかしら」
「絶対に死なせたりしないもん！生きてよ！一緒にいようよ！」
「仕方ないわね……ユウカ、眠っててね」
ユウは優しく微笑むと、ユウカの首筋に手を当てる。
「あ……ゆ、う……」
ユウカは意識を失った。
最後に見えたのは……悲しげな気配を含んだ、ユウの微笑みだった。
（さよなら……ユウカ……もう１人の私……）
ＥＰＩＳＯＤＥ：２９ Ｓｉｄｅ Ｃｈａｎｇｅ
ユウカが眼を覚ましたのは、いつのも病室とは違っていた。
「あれ？ここ……どこ？」
「目が覚めたわね、ユウカさん」
リツコが、優しい声をかける。
「ここ、リツコさんの……」
「ええ、そうよ。私の研究室……今、病院に行くのはイヤでしょう？」
「ごめんなさい、迷惑ですよね……」
ユウカがそう言うと、リツコは険しい顔になる。
「子供がそんなこと気にしてはダメよ。子供は大人に迷惑を掛けるのも仕事の内と思いなさい。特に、あなた達はね」
「リツコさん……」
リツコは表情を緩める。
「私達は、あなた達に辛い思いをさせているのだもの……たまには、私達にも何かさせて。いいわね、ユウカさん」
「……はい……」
ユウカは神妙な顔で頷く。
その時、リツコの机の上の電話が鳴った。
「はい、赤木……ミサト？どうしたの？」
ミサトからの電話のようだった。
リツコの顔は、次第に緊張を増す。
「そう、分かったわ……ユウカさん、もう少しここで休ませておくから」
電話を切ったリツコは、ベッドに体を起こしたユウカを見る。
「そう言うわけだから、もう少し横になってなさい」
「はぁ……あの、何かあったんですか？」
「……本部内に潜入した使徒を殲滅したそうよ。セントラルドグマの中央溝の中でね」
「……それって、どんな……」
言いしれぬ不安感に囚われたユウカは、恐る恐る尋ねた。
「さあ、詳しいことは後で届くんでしょうけど、実行したのは鈴原君よ……レイもアスカも間に合わなかったから」
「そう……ですか」
それだけ言って、ユウカは再び横になる。
瞼を閉じると、ユウの微笑む顔が浮かんできて、ユウカは一筋の涙を流した。
「お疲れさま、トウジ君……」
発令所から、ミサトがコックピット内のトウジに声をかける。
『なんや、分かっててもイヤな感じでしたわ……次は勘弁してほしいですわ』
「……確かに、後味悪いけどね……でも、あなたの責任じゃないわ。いかなる事も、作戦上での責任はアタシにあるの……あなたは、気にしないでね」
『まぁ、努力しますわ……』
トウジは、何となく晴れない顔をしていた。
モニター越しでも分かるほどに……
ミサトは、苦い思いを噛みしめる。
（何で、子供にこんなことまでさせなきゃいけないんだろう……）
トウジがシャワーを浴びて、浮かない顔で更衣室から出ると、同じような顔のユウカが待っていた。
「トウジ、ちょっといい？」
「……悪いけど、今はお前の顔見るの、辛いんや……手短にしてくれるか？」
「うん……どんな使徒だった？」
ユウカは、一番訊きたくないことをいきなり切り出した。
「まるで人間やった……お前に似とったわ」
（やっぱり……ユウ……死んじゃったんだね……）
ユウカは、辛い気持ちで胸が一杯になる。
「ナイフで貫く感触……今思い出しても胸くそ悪いわ」
「ごめんね、トウジ……私が……」
「お前が謝ってどうする？ワシかて、やらなならん事くらい弁えとるつもりやで？」
トウジは淡々と話し、足早に去っていった。
取り残されたユウカは、悔しさと悲しさの入り交じった涙を零した。
「ユウ……ごめんね……」
その呟きは、誰も居ない廊下の奥に消えていった。
「人間と同じ姿の使徒、か……やってられないわね」
ミサトがぼやく。
リツコは、サーバーから注いだコーヒーを手に、それを聞いていた。
「ねぇ、リツコ……どう思う？」
「何を？」
「次の使徒よ……どんなのが来るのかしらね？」
ミサトは溜息を付いた。
「さぁ、使徒の姿は一定じゃないから、今回が人間そっくりとしても、次が身近な存在と同じとは限らないんじゃない？」
「流石はリツコセンセ……言うことが違うわね」
「茶化さないで……それより、ユウカさんの疲労が激しいの。気を付けてあげて」
「リツコがユウカちゃんの心配するなんて、明日は台風かしらね」
ミサトの茶化したような言葉にも、リツコは表情を変えない。
真剣な顔で、リツコは言った。
「冗談を言ってるつもりは無いわ……いいわね、ミサト」
「りょーかい……出来るだけね」
リツコの淹れてくれたコーヒーを空けて、ミサトは戯けて応える。
闇の中に浮かぶ、６つのモノリス。
「最後の使徒が倒れた」
「いよいよだ……『死海文書』に記されし、約束の時が来た」
「ロンギヌスの槍を失った今、『リリス』による補完は出来ぬ……『リリス』の分身、ＥＶＡ初号機によって、計画の遂行を行う」
「我等は人の形を捨ててまで、ＥＶＡという名の箱船に乗ることは無い」
「これは通過儀礼なのだ。閉塞した人類が再生するための」
「滅びの宿命は、新生の喜びでもある」
「神もヒトも、全ての生命が『死』を持ってやがて一つになるために」
冬月は、黙って聞いている。
「死は、君達に与えよう……碇がいないのは残念だが、伝えておくと良い、冬月よ」
「生きることを捨てた者に、人間足る資格はないと思いますがね」
冬月は皮肉たっぷりに言い放つ。
席を立って姿を消した冬月……残った者達は言葉を続ける。
「完成まで、後５日……ＥＶＡシリーズが揃う」
「失われた四号機を除いて１２機……長かった」
「１７の『御使い』が地上に降り立ち、それらより生まれし、『人の手によるモノ』……ＥＶＡも１２に達する……」
「全てが完成する……約束の日は７日後……」
「その時を持って、我等の本願が叶う」
「ネルフは、その為の生贄となって貰う」
全てのモノリスが消える。
キールは、自分の部屋に戻った。
「御苦労だった、『ザドキエル』……お前のお陰で、いよいよ時が来た……だが、あの初号機……あれは在ってはならないものだ」
ゆっくりと顔を上げる。
「……ヒトと神は同じモノであってはならぬ。人類は奢ってはならぬのだ……贖罪の時が来た。『不完全』なるもの……『群体』なすもの、『ヒト』に試練を課すべき存在、我が１３番目のＥＶＡ……断罪者となるか、悪魔と呼ばれるか……」
そう呟くキールの姿を窓の外の雷鳴が照らす……その影は、まるで亡霊のように見えた。
ゆっくりと外されたバイザーの奥には……真紅に光る珠が右眼のあるべき位置にあった。
「１週間……ですか?……」
ミサトは思わず大きい声を出した。
「長くて、な……５日から１週間の内に、ゼーレは仕掛けてくる」
冬月は、それを咎めもせずに話す。
「それで、何をすればいいんですか？」
「対人警戒設備の状況はどうなっている？葛城三佐」
「概ね順調に稼働してますね。警備、諜報、保安の各部署も準備万端だそうです」
ミサトは手にしたボードの上の紙を見ながら答える。
「そうか……ハッキング対策はどうかね？赤木君」
リツコが淡々と答える。
「プロテクトだけでしたら完璧です。攻性ソフトまでは間に合いそうにないですけどね」
「防御出来れば良しとするか……では、葛城三佐」
「はい」
冬月は少しの間言い淀んでから、観念したように話す。
「……パイロット達はどうすべきだと思う？」
「……予定日の前日からは本部内で待機。敵のＥＶＡ量産機の投入を確認次第出撃し、それを完全に殲滅……その前に、少し、休息を取らせる方がいいかと……」
「休息……か。具体的にはどうするのかね？」
冬月は渋い顔で尋ねる。
リツコの顔も暗かった。
「彼女達には、具体的な話はしません。ただ、相手がＥＶＡ量産機であることと、この戦いが重要であることだけ伝えます」
「ダメよ、それじゃ……」
口を噤んでいたリツコが、いきなり口を開いた。
「赤木君、何かあるのか？」
冬月は、リツコに問いかける。
「……これは、ミサト……いえ、葛城三佐にも聞いて欲しいの……パイロットを集めて。それから話すわ……主要スタッフも全員ね」
リツコは決意を秘めた眼で、強く言い放った。
第一作戦会議室……ここに揃ったのは、リツコ、ミサト、冬月、日向、青葉、マヤの発令所のスタッフと、ユウカ、レイ、アスカ、トウジの４人のＥＶＡパイロット達。
「始めてくれ、赤木君」
「はい……これから私が話すことは、ここに居る中では、私と冬月司令代理しか知らなかったこと……心して聞いて頂戴」
リツコは、静かに語り始める。
セカンド・インパクトが人の手で行われたこと、ＥＶＡがその『使徒』たる『リリス』から造られたものであること、ＥＶＡのコアに人の魂が封じられていること……そして……
「……そして、そのコアに封じられた魂との関係で、パイロットが決まるの……零号機を除く各機のコアは、それぞれの……あなた達の母親の魂が入っているわ」
リツコの、この告白は、アスカとトウジに深い衝撃を与えた。
「……な、何よ、それ……アタシのママが、弐号機の中にいるって？……」
「……」
狼狽するアスカと、黙り込むトウジ。
日向達やユウカは、２人から顔を背けるように目を伏せた。
「そう。アスカの母親も、鈴原君の母親も、人工進化研究所の関係者であり、ＥＶＡのシンクロ実験の被験者だったわ。ユウカさんの母親、碇ユイさんに至っては……シンクロ実験によって、この世から姿を消したの……」
「何よ、ワケ分かんないわよ！ママがおかしくなったのって、ＥＶＡの所為なの?」
「そう言っても良いわね」
リツコはあっさりと認めた。
「リツコ、何で今そんなことを話すの？」
ミサトは、日向や青葉、マヤの抱えていた疑問と同じ物を、リツコにぶつけた。
「そうだな。どうしてなんだ、赤木君？」
冬月も不思議がって尋ねる。
リツコは、淡々と語り始めた。
「正直、次の戦いは、彼女達が死ぬかも知れません。今までより、その可能性は高いですから、本当の事を教えて……その上で、これ以上ＥＶＡに乗りたくないと言うのなら、パイロットを止めてもらいます……彼女達のためにも……」
そう言って、リツコは４人のパイロットを見回す。
「どちらにするか、あなた達が決めなさい……ユウカさん、貴女はどうしたいの？」
「私は、ＥＶＡに乗るために来たんです……何があっても、私は乗ります」
ユウカは静かに答えた。
「レイ……貴女は？」
「私も、ＥＶＡに乗るために生まれたようなものだから、構わないわ」
レイは淡々と話す。
「そう……そうだったわね。アスカ、貴女はどうする？」
「アタシは……ユウカやレイがやるって言ってるのに、今更アタシが降りるわけにいかないわ！」
アスカは、何かを振り切ったように言い放つ。
「鈴原君、後は貴方だけど……」
「おなごだけを戦わせるなんぞ、男や無いですわ……ワシもやります」
トウジは、照れくさそうに言った。
「ありがとう……ミサト、後は貴女に任せるわ」
「勝手なこと言ってくれるわね……いいわ、アタシも覚悟を決めたわ」
ミサトは、力強くリツコに答える。
「では、作戦手順を説明します」
ミサトは、当日のための諸準備を語った。
「当日までに、市民の完全退去を遂行します。これは、ＥＶＡクラスの敵が複数存在するため、今までと較べ物にならないほどの損害が予想されるためです……日向君、出して」
ミサトの指示で、日向がリモコンを操作してディスプレイに映し出す。
それは、予想される損害額の一覧だった。
「ごらんの通り、酷いもんですよね……これで人的被害までは出したくありませんからね」
ミサトは戯けて言うが、その眼は笑っていない。
「同時に、攻撃兵装ビルは完全に稼働出来るように調整します……が、正直言って、ＥＶＡ相手では意味が無いでしょうね……」
続けられる説明の中……その場にいる者達の表情は暗くなっていく。
「結局……アタシ達は、この、４人のパイロット……子供達に運命を任せるしかないんです」
ミサトは、そう言って優しい笑顔を４人に向けた。
そこには、やりきれない気持ちが浮かんでいた……
「……任せて下さい……なんて、大きな事言えませんけど、私は、守りたい人達のために、出来るだけのことをします」
「大丈夫……ユウカさんと一緒なら平気」
「まっかせなさいって……大船に乗った気でいていいわよ」
「よっしゃ……やったろうやんけ！」
４人は、それぞれの気持ちを答える。
「オッケ。そんじゃ、アンタ達、４日後までは好きにしてなさい」
ミサトは、ウィンク一つ、子供達に向けた。
あとがき
全ての使徒が出現したはずですが、前回の話のあおりで、最後の使徒はまだ現れていないことになってます。
よって、ゼーレは、敢えて一体の使徒を起こしてしまいます。
少女の姿の使徒……そして、最後の時が迫ります。
最後の日に向けて、それぞれが準備を進める。
その時間は、ユウカの中の病魔をも動かしていく……
次回、『零れる、砂』。
最後の時へ、秒読みが始まった……
作成日付：２００１／０２／２５
感謝の言葉：
カヲルが道を変え、新たな者が後を継ぎ滅びへと誘う。
結局、最終決戦への道を人類は歩むことになっちゃいましたね。
次回のタイトル・・・不安が一層強まってますが・・・。
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第３０話「零れる、砂」に進む。
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