────後７日────
アスカはドイツに電話を掛けていた。
それを切った時、ユウカが部屋から出てくる。
「あれ、アスカ？どこかへ電話？」
「そうよ。ドイツの実家……ま、たまにはね」
サバサバした顔で答えるアスカ。
「ふぅん。相手はお父さん？」
「違うわ。母親よ……血は繋がってないけどね」
「……ゴメン」
「ユウカ、何謝ってるの？」
「だって……色々あったんでしょ？」
ユウカはすまなそうな顔で聞く。
「母親と？何もないわよ。何せ、エリート教育を受けるために、施設に缶詰になってたんだから」
「それはそれで、ゴメン……」
「だ〜か〜ら〜何でアンタは謝るの？」
「だってぇ……アスカって、そんな大変な思いしてるのに、全然表に出さないんだもん……その辺、聞くのってマズいかなぁって……」
それを聞いたアスカは、それまでの不機嫌な顔から、途端に優しい笑みを浮かべる。
「別にいいよ、ユウカになら……ま、大したこと無いんだけどね……」
アスカは、そう言って部屋に戻っていく。
「ふぇ？……あ、アスカぁ……」
ユウカは、アスカの部屋の前から声をかけた。
アスカが、ヒョイッと顔を出す。
「ねぇ、ユウカ……今夜、アタシの部屋で、２人で寝よ？」
「え？うーん、ま、いいかぁ……そんじゃ、後でお邪魔するね」
ユウカは、部屋から離れていった。
その夜……
「アスカ、いい？」
ユウカがドアの外から声をかける。
「ユウカ？いいわよ」
「お邪魔しま〜す」
ユウカが部屋に入ってくる。
アスカは、ベッドに腰掛けて髪を梳いていた。
「私がやろうか？」
アスカの隣に座って、ユウカが尋ねる。
「……うん、やって♪」
アスカは嬉しそうに答える。
ユウカは、アスカからブラシを受け取って髪を解かす。
端から見ると、まるで母親が娘の髪を梳いているように見える。
アスカは、気持ちよさそうに鼻歌など歌っている。
「アスカの髪、綺麗だねぇ」
「そう？アタシは、ユウカみたいな黒髪の方が綺麗だと思うけどな」
「フフッ、ありがとアスカ……さ、終わり」
「サンキュ、ユウカ……んじゃ、寝ようか」
「ん、それじゃ、私下で寝るから」
ユウカが床に毛布を敷こうとすると、アスカが声をかける。
「何言ってんの？こっちで一緒に寝・る・の」
そう言って、ベッドをポンポンと叩く。
「へ？いや、そこ……狭くない？」
「いいから、こっち来て」
アスカは笑みを浮かべているが、その眼は真剣である。
ユウカは仕方なしに、ベッドに腰掛け直した。
「ねぇ、アスカぁ……ホントにここで？」
「とーぜん。さ、寝よ寝よ」
アスカが横になってしまったので、ユウカも隣で布団に入る。
「電気消すね、アスカ……アスカ？」
「うん、いいよ……」
アスカは、窓の方を向いて、眠そうな声で応える。
蛍光灯を消して横になったユウカ。
アスカが、囁くように聞いてくる。
「ね、ユウカ……手、繋いでていい？」
「ん……いいよ」
ユウカがそう答えると、アスカの左手がユウカの右手を捜し、手を握る。
「お休み、アスカ」
「うん、お休み……」
（ユウカの方が、あの人よりママみたい……暖かいなぁ、ユウカの手……）
アスカは、そんな思いを浮かべながら眠りについた。
「アスカ、起きてる？」
ユウカが尋ねるが、アスカからは寝息しか返ってこない。
それでも、ユウカはそのまま語りかける。
「アスカ……もっとみんなに心を開いた方がいいよ……レイさんも、トウジもケンスケ君もヒカリさんも、マナやマユミさん、ミサトさんも、みんなアスカのことを好きでいてくれるよ……アスカからも近付いていけばいいんだよ。そうすれば、もう淋しくないよ」
そう言って、ユウカは眠るアスカの頭を優しく撫でる。
微笑む顔……その眼だけが、一抹の寂しさを含んでいた。
第参拾話 零れる、砂
────後６日────
アスカが弐号機のテストのために本部へ出かけ、ユウカとレイは久しぶりに２人きりになっていた。
「レイさん、お早う」
「お早う、ユウカさん」
部屋から出てきたレイを、ユウカは普段通りに出迎える。
２人きりの朝食……静かな朝だった。
「……レイさん、私がいなくなったらどうする？」
昼下がり……居間でチェロの練習をしていたユウカが、突然レイに尋ねる。
「ユウカさんが？……分からない。分からないけど……そんなのイヤ……」
悲しげな瞳で、レイはユウカを見つめる。
「どうして？」
「……ユウカさんといると、私は満たされる……ユウカさんがいなくなったら、私、何を頼ればいいの？」
「いい？レイさん……人間、頼ってばかりじゃダメなんだよ。自分で考えて、行動して、１人じゃどうしようもなくなって初めて、頼るんだよ……レイさんは、私がいなくてもいい様にならなきゃダメだよ」
ユウカは、キツい事を言う。
ただ、その口調は諭す様に優しい。
「でも、私、ユウカさんがいないと……」
レイは泣きそうな顔をする。
それを見て、ユウカは手を取って語りかける。
「いつかは、一緒にいられなくなるんだよ？人間、いつかは１人になるの……レイさんは『人間』なんだから、それは我慢しなきゃいけないの……私は、レイさんがいなくなったら寂しいけど、我慢する……それが出来るのも人間なんだもの」
「ユウカさん……」
「約束して、レイさん……私がいなくなっても、頑張れるよね？」
「１人はイヤ……もう、１人は耐えられない……」
「……もし私がいなくても、レイさんの側には、アスカやミサトさんが居てくれるじゃない。それなら、寂しくないよね？」
「……少しは……」
レイは、瞳に涙を湛えたままで答える。
ユウカは、レイの眼を真剣に見据えながら話した。
「うん、それでいいよ……私がいなくても、平気でいてね……だからって、今度の戦いで死ぬつもりなんか無いけどね」
照れ笑いを浮かべるユウカ……その心には、数日後に迫った戦いよりも、自らを蝕む疲弊の方が気に掛かっていた。
その夜……ミサトは、日の変わる直前に帰ってきた。
「ふぁぁぁぁ……さ、てと……寝るかな」
「お帰りなさい、ミサトさん」
ユウカがキッチンから声をかける。
「あれ？まだ起きてたの？」
「ちょっと寝付けなくって……」
ユウカは苦笑した。
ミサトは、冷蔵庫からビールを取り出すと、部屋へ向かう。
「そっか……でも、早く寝なさいよ？」
「はい、お休みなさい」
ミサトが部屋に引っ込む。
ユウカは、ペンペンの入った冷蔵庫の前で、１人呟く。
「結局、ミサトさんに何も言ってないや……ミサトさん、怒るだろうな……嫌われちゃうかな……」
そして、いきなり咳き込んでしゃがんでしまう。
「ゴホッゴホッ……ゴフッ！」
最後の咳には、どす黒い血が混じっていた。
胸に、鈍い痛みが走る。
ユウカは、込み上げる吐き気に、シンクへと這い上がって嘔吐する。
こぼれる血の色は、段々鮮やかな物に変わっていく。
「……もう、ダメかな……『アダム』を押さえ込むのも、凄く辛いや……私、死んじゃうのかな？……自分のやるべき事、ちゃんと出来たのかな？……」
へたり込んで天井を見上げながら、ユウカはうつろな表情で呟く。
唇から、真っ赤な血の筋が滴っていた……
────後５日────
第壱中学校、休校前の最後の登校日……
すでに退去を始めた人間もあり、生徒の姿も疎らだった。
ユウカは自分の席から離れて、教室の一番前……ヒカリの席から見渡す。
「分かってたけど、何か淋しいね……」
いつものメンバーがいて嬉しい反面、空席の目立つ教室に、ユウカは溜息混じりに話す。
「仕方ないですよ。私も明日には郊外へ疎開しないといけないんですから」
マユミが、同じように呟く。
ケンスケは教室全体をビデオカメラに収めている。
ヒカリは、自分の席で何か考え事をしている様だ。
「まだ、残っているのが凄いんだけどね……」
「私もそう思うわ」
アスカとレイが窓際から教室を見て感想を漏らす。
「でも、明日からは僕達パイロットだけなんだけどね」
カヲルは、笑顔のままで言う。
「なぁに、無事に済ませてまえば、みんなまた戻ってくる……そうやろ？」
トウジは、自分を鼓舞する様に呟いた。
「それはそうだけどね……ま、私も居残り組だから関係ないか……」
マナは、少し寂しそうに言った。
始業のチャイムが鳴り、担任の老教師が入ってきた。
最後の授業が始まる……
夕方……トウジは、ヒカリを彼女の家の近くの公園に呼びだした。
「どうしたのよ、鈴原？」
「ん？ああ……まだ返事しとらんかったと思い出してな」
「返事って？……あ?……」
ヒカリは、頬を染める。
「委員長、明日には退避せなあかんかったの思い出したんでな……キチンとしよか思ったんや」
トウジは、顔を背けながら言う。
「あ、う、うん……そうだけど……あの、それで、答えは……」
期待を込めて聞き返すヒカリ……
トウジは、照れて頭を掻きながらも、ハッキリと答える。
「ん……ワシも、委員長のこと……好きやと思う……でもってや」
「何？」
「あんなぁ……委員長が戻ってきたら、デートしよか？」
「……いいの？」
ヒカリは、嬉しそうに尋ねる。
「当たり前や……そん時は、ヒカリって呼んでええか？」
「うん……私も、トウジって呼んでいいよね？」
トウジとヒカリ……２人の思いが繋がった瞬間だった。
────後４日────
「みんな……行っちゃった……」
マユミの乗った電車を見送って、切なそうに漏らすユウカ。
その肩に、ポンと手を置いて、カヲルは優しく語りかける。
「仕方ないことだよ……彼女達を巻き込むわけにはいかない。そうだろう、ユウカさん」
「うん……分かってる……分かってるけど……」
ユウカの頬に、一筋の涙が光る……
肩に置いた手に力を入れて、カヲルはユウカを抱き寄せようとする。
「何やってんの、お・ふ・た・り・さん」
マナが、いきなり２人の前に顔を出した。
カヲルは、いつもの笑みを浮かべるが、その瞳には、若干の剣呑な気配が混じる。
ユウカは、真っ赤になってうろたえた。
「へ？え？あ、いや、その……」
「山岸さんの見送りだよ。綾波さんも惣流さんもトウジもテストのために本部を離れられなかったからね。僕が付き添いで来たのさ」
「ふぅぅぅぅん……そんじゃ、その手はなぁに？」
カヲルがあっさりと交わそうとするが、マナはカヲルの手を掴んで問いつめる。
「ふぇ？何？どうしたの？」
マナとカヲルの２人が冷たい火花を散らしている間に、ユウカは１人分からないままにきょときょとと２人を見比べていた。
マナは、すぐに自分の仕事のために戻っていった。
「……保安部は対人訓練のお浚いしてるんだって……」
「そうなんだ……」
ユウカとカヲルは、世間話しているかのように歩いている。
街には、もはや人影は無い……一般市民の退去は、今日を持って完了する予定だ……
「ねぇ、カヲル君……お願いしたいこと在るんだけど、いい？」
「何だい、ユウカさん」
カヲルはいつもの透明な笑み……アルカイックスマイルを浮かべながらユウカに問い返す。
「うん……あのね……『アダム』、カヲル君に上げる」
「どうして？あれはユウカさんが封印したんだよね」
「……身勝手なんだけど……私、アレを抱えてるの、辛いの……ダメ？」
真剣な顔で、カヲルはユウカを見据えた。
確かに、ユウカの雰囲気は儚そうに見える。
「いや、僕は構わないよ……今、すぐかい？」
「うん。早いほうが助かるな……」
ユウカはソッと手を伸ばす。
カヲルはその手を取って、自分の胸に当てる。
２人の体を眩い光が包み、その光はカヲルの体に吸い込まれる。
「……終わったよ、ユウカさん」
「ありがと、カヲル君……そこのベンチ、座らない？」
ユウカはそう言って道端のベンチに腰掛けた。
カヲルもその隣に座る。
「カヲル君、『アダム』、どうするの？」
「……ユウカさんの迷惑になる様なことはしないよ。誓ってもいい」
「ありがと……私がいなくなっても大丈夫だよね」
ユウカは淋しそうな笑顔を向ける。
「いなくなる？ユウカさんが？何故だい？」
「私、多分……そんなに長く保たない……」
ポツリとユウカが呟く。
カヲルは、真っ直ぐにユウカを見る。
「自分で治せないのかい？」
「……ダメ。試してみたけど、トウジを助けた頃から疲れが抜けなくなって、次の戦いの時は、胸が苦しかった……『力』の反動かな……内臓に負担が掛かってるの……もう、ボロボロなんだ、私……」
寂しく話すユウカ……カヲルは、その肩を抱き寄せる。
「僕の力を貸そうか？」
「嬉しいけど、多分ダメ……磨り減ったモノは、決して直らないもの……」
悟りきった表情を見せるユウカ。
「僕は……何も出来ないのか……」
「カヲル君のお陰で助かってるよ……ミサトさん達が準備出来たんだもの……」
「ユウカさんの為じゃなくちゃ意味がない！」
カヲルは、普段の落ち着き払った表情を捨て、怒声を上げる。
「そう言ってくれるのは、凄く嬉しい……でも、充分だよ。私は……『彼』の替わりに、みんなを不幸にしないために生きてるんだもん……後少しだから……」
「そう決まってるワケじゃない……君の知らない使徒がいた。それだけでも、君はまだ生きなくてはいけない」
「ううん、私が”視えて”いるのは……この次まで。その先の私は……いないみたいだから……」
いつもの様に、満面の笑みを浮かべるユウカ。
カヲルは、正面から、ユウカの細い肩を抱きしめた……
ＥＰＩＳＯＤＥ：３０ ＤＥＡＴＨ ＡＮＤ ＲＥＢＩＲＴＨ
────後３日────
誰も居ない、第壱中学の体育館……マナとトウジの前で、ユウカはチェロの調律をしている。
「何で急に演奏しようなんて思ったの？ユウカ」
退屈そうにマナが尋ねる。
トウジは、心此処にあらず……と言った感じだ。
「ん？うーん、ちょっとね……」
（まさか、自分が出来なくなるかも知れないからなんて、言えないよね……）
ユウカは言葉を濁す。
アスカが、ヴァイオリンケースを手に入ってくる。
「おはよう、ユウカ」
「あ、アスカ、おはよう」
気楽な調子でパイプイスに座ると、アスカはヴァイオリンの調律を始める。
「今日、アレやるんだっけ？」
「そ、＜パッヘルベルのカノン＞。練習出来てる？」
「まぁね……でも、いいわね、チェロは。難しいのって和音のアルペジオだけなんだもの」
そう言いながらも、アスカは口元に微かに笑みを浮かべていた。
「トウジ君、言ってること、解る？」
マナは額を抑えながらトウジに訊いた。
「……ワシに訊いてどないするんや？」
「ゴメン、悪かったわ……」
マナとトウジは、理解出来ない会話を聞き流すことに決めた。
暫くして、アスカがフレーズを弾き始めた頃、別の影が姿を現す。
「おはよう、ユウカさん、みんな……」
静かに、ヴィオラのケースを手に提げたレイが入ってくる。
用意されたパイプイスに座って、ヴィオラを取り出す。
「レイさん、大丈夫？」
「多分、平気……」
そう言った後、レイは音を確認する。
「＜弦楽四重奏＞……だっけ？」
「そうやな……もう１人おるわけやけど……」
一つ空いたパイプイス……その主はまだ姿を見せていない。
「あー、やっと来たァ。おっそいィ」
アスカが入ってくる人影に気付いて声を上げたのは、練習を開始して１時間後のことだった。
「ハハッ、ごめん、ごめん」
片手をポケットに入れたまま、ヴァイオリンケースを持ってカヲルが現れた。
残ったイスに座り、ヴァイオリンの用意をする。
４人の演奏が終わった……声も出せずに見守っていたトウジとマナ。
「ねぇ、トウジ、マナ……どうだった？」
ユウカが明るい声を出す。
「あ……ああ、何や、凄く良かったで」
「そ、そうだね……何となく、引き込まれる感じだった……」
「この２人が分かるんなら、上手くいったってことよねぇ」
アスカが満足げな笑い顔になる。
レイも、ユウカの方を見ながら微笑んだ。
ただ１人、カヲルだけが浮かない表情をしていた……
時間は少し戻り……
ユウカとカヲルは、まだ誰も来ていない体育館の二階通路にいた。
「ここでいいのかい？」
カヲルは、手摺にユウカが持ってきたビデオカメラを据え付ける。
「うん、ここなら、ステージが全部入るね」
ユウカは満足そうに頷いた。
「じゃ、下に戻ろうか」
そう言って、出入り口にカヲルは向かう。
ユウカは淋しげに問いかける。
「そうだね……ねぇ、カヲル君……」
「何だい？」
カヲルが振り向くと、手摺に凭れたままのユウカは、ジッとステージを見つめていた。
「……あそこで、全校生徒の前で、演奏したかったな……」
「ユウカさん……」
「みんなが揃ったらスイッチ入れて。お願い」
「いいよ、分かった……大丈夫かい？」
「……うん、それじゃ、私下に行くから」
ユウカは、ゆっくりと歩き出した。
ユウカは、１人でビデオカメラを回収する……
胸に抱えて、淋しげな顔で涙を零しながら……
「ホントに……上手く演奏出来たよね……」
そして、朝と同じようにゆっくりと出口へ向かう……
────後２日────
本部内に誂えられたパイロット達の部屋……その内、ユウカの部屋には、二つの冷蔵庫があった。
その一つは普通の冷蔵庫……もう一つは、葛城家にあった、ペンペンの『個室』だ。
「おはよ、ペンペン」
ユウカは、冷蔵庫のドアの上から声をかける。
「ここに居れば安全だよ……絶対、守ってあげるからね……」
ユウカは、悲しげな瞳で呟いた。
ネルフ本部・技術部は、最終決戦の準備を完了させた。
４人のパイロット達は、全員ブリーフィングルームに集められていた。
「リツコ、何しようっての？」
一緒に来たミサトが欠伸を噛み殺しながら言う。
「新装備の簡単な説明よ」
そう言ってリツコは、ディスプレイを起動させる。
映し出されたモノは、幾つかの銃器と格闘戦用武器……
「まずは、パレットライフルと同口径の劣化ウラン弾を連射可能にした、ＥＶＡ専用パレット・アサルトライフル」
「重そうねぇ……」
アスカがぼやく。
「次は、装弾数を増した、ＥＶＡ専用大型拳銃」
「同じ物、あるのに……」
レイが呟く……リツコの眉が僅かに上がる。
「それから、格闘用武器で、ＥＶＡ専用トンファー」
「面白そうやけど……扱い難しいんとちゃいますか？」
トウジが諦めた感じで言う……リツコの額に青筋が浮かんだ。
「それに、ＥＶＡ専用の特殊樹脂のシールドと、ＥＶＡサイズの刀……マゴロク．Ｅ（エレクトリカル）．ソード！これでどう?」
「私達、刀の使い方なんて知りませんよぅ」
ユウカが情けない声を出す。
「……とにかく、好きな物を使って頂戴。整備状態は万全だから」
とうとう諦めたのか、疲れた様な口調で話すリツコ。
「アンタねぇ、趣味に走って武器造ったって、使う側が納得しないんじゃしょうがないでしょうに……」
ミサトの何気ない一言が止めとなったのか、リツコは地面に潜りそうなほどに落ち込んでる様に見えた。
ソーッと部屋を出ていくユウカ達……ドアが閉まった後、もの凄い怒鳴り合いの声が響いたのは、後日談である。
「『アダム』と使徒が接触して、インパクトが起こる……使徒は『アダム』と接触して、『存在意義』……すなわち、次の段階への変化を行う」
「それって、どういうこと？」
本部内のラウンジ……コーヒーを飲みながら、ユウカはカヲルと話していた。
「使徒は『アダム』に触れることが目的……そして、それは新たな『進化』を行うこと。自分の存在を自覚し直すことでもある」
「……でも、使徒って、自分である程度の『進化』や『変化』を行えると思ったけど」
「生物としての進化ではないよ、それは。あくまでもその状況に適応するだけのこと……『リリン』よりもホメオスタシス……環境対応能力が優れているだけに過ぎない」
カヲルは、いつもの様に微かに笑みを浮かべながら話す。
ユウカは分かりにくいのか、顰めっ面をしながら聞いている。
「うーん、難しいなぁ……続けて」
「接触して、変化する時に発生する莫大なエネルギーの放出がインパクト……この星だけでは済まないだろうね」
「……それは結局は未然に防いだ……と」
「そう。そして、『ゼーレ』の連中が望む『人類補完計画』……自我を捨て、一つの存在たる『ヒト』たらんとする……」
「それは分かる……『記憶』にあるから……でも、個性があり、それぞれの感情があって、初めて『人間』、『ヒト』なんじゃないかなって思う」
「僕もそう思うよ。個々の違いこそが重要なんだってね」
そう言って、カヲルは遠くを羨ましそうに見た。
その表情を、ユウカは好ましく思いながら見つめていた……
────後１日────
早朝……ユウカの部屋のベッドの上には、幾つかの真っ赤な染みだけが残っていた。
本人は、部屋に備え付けの洗面台の横で蹲っていた。
「……痛いよぉ……もう、何もしたくない……」
一人きりになると、心細くなる……ユウカは、決して人前では口にしない様な泣き言を呟く。
数１０分ほどジッとしていたユウカは、窓から刺す朝日を見て、夜が明けたことを知る。
「そっか……もう、朝か……服、着替えないと……みんなに心配掛けられないもんね……」
のろのろと起きあがり、血に染まった服とシーツを一纏めにする。
洗面台の鏡にふと眼をやり、口元から胸まで血がこびり付いているのを見ると、切なそうな顔をして、ユウカはシャワーを浴びに行った。
先日から、臨戦態勢のネルフ本部。
周囲の警戒報告により、本日の侵攻が考えられないと知って、リツコは急遽パイロットの身体状態の確認を行うことにした。
トウジ、アスカ、レイの診察が終わり、ユウカの順番になる。
「失礼します」
リツコの表情が険しくなる。
「ユウカさん、今朝の貴女の洗濯物……酷い状態ね」
「はぁ……すみません」
神妙な顔で謝るユウカ。
それを見て、リツコは表情を和らげながら話す。
「責めているわけではないのよ。ただ……本当に貴女、戦えるの？ＥＶＡのコックピットは通常の常用機器と比較しても安全性と安定性が高いのは事実だけど……戦闘の衝撃は吸収しきれないわよ」
「そうですよね……でも、私、戦います……死ぬかも知れないけど……」
「貴女……残された人のこと考えたことある？貴女はやるだけやって満足に死ねるかも知れないけど、残されるレイやアスカ達はどれほど悲しむか……彼女達だけじゃないわ……ミサトや、鈴原君達……私だって、知ってる人が死ぬのは辛いのよ……」
「ごめんなさい……」
リツコの言葉は、ユウカの抱えていた不安を突いたものだった。
頬を伝う涙を止められないユウカ……
「いい？ユウカさん。簡単に死ぬとか言っちゃいけないわ……私は、貴女を死なせるために出撃させるのはお断りよ。貴女が生き残るためなら協力は惜しまないつもりだけどね」
リツコは優しく微笑みかける。
リツコの優しさはユウカの心に染み込んでいく……
ユウカが出ていくのと入れ替わりにミサトが入ってくる。
「どう？リツコ……あの子達の様子は」
「……１人を除いては問題無いわ。きわめて健康……想定通りの力を発揮してくれるはずよ」
「……その１人って誰？……レイ？」
「……いいえ、違うわ。問題なのはユウカさん……明日の朝次第では、出撃は見合わせた方がいいわ」
「……どうしたの、彼女……リツコ、もう隠し事は止めて！彼女達の状態を把握せずに作戦指揮なんて執れないわよ！」
「……ただの疲労よ……忙しくて回復が追いついてないだけでね……あまり酷いとシンクロに影響が出るの。それだけよ」
「……口止めされてるの？アンタがどうしてそこまであの子に肩入れしてるのか、不思議ね」
「……貴女が保護者になってるからよ、ミサト。放っておいたら人格形成に問題が出そうだもの」
「誤魔化さないで！……アタシには知る権利があるわ……アンタが言う通り、アタシはあの子の保護者なの！身内のことを心配しないはず無いでしょ！」
「それなら、何であんなになるまで気付かなかったのよ！上辺だけのセリフなんて聞きたくないわ！」
次第に口調が激しくなる２人。
リツコの言葉に、ミサトがフッと我に返る。
「あんな……って、どうゆう事？」
「……ゴメン、ミサト……今の聞かなかったことにして……」
言わなくてもいいことを口にしてしまった事に気付いて、リツコは意気消沈する。
「リツコ、答えてよ……ユウカちゃん、何だってぇのよ？」
「ダメなの、あの子との約束……私には破れない」
それきり、完全に黙秘を押し通すリツコ……ミサトは、これ以上ないほど険しい顔のまま、その部屋を後にした。
リツコの部屋を出た後、ユウカは本部の外に出た……
（今頃、誰かが私がいない事に気付いて大騒ぎしてるかも知れないな……でも、今日しか残ってないんだもん……）
ユウカは、１人で誰も居ない街を歩き回った……最後の別れを惜しむかの様に……いつもの様に、第壱中学の制服に身を包んで……
日が傾き始め、ユウカは坂道を急いでいた。
いつもの、お気に入りの場所……岡の上にある展望台。
一番好きな景色を、目に焼き付けておくために……
息を切らせながら、いつもの光景を見下ろす……
安堵の表情と悲しみの入り交じった……淋しげな笑顔で、ユウカは、夕日に染まった第３新東京市を眺めていた……
そして、約束の日が来た────
あとがき
ここで余計な事を語る必要も無くなってきた、『ゼーレ』との最終決戦前の模様です。
とにかく、後一息。
頑張りますので、もう少々お付き合い下さい。
ネルフ本部に牙を剥く敵。
ネットから、地上から、そして……空から遅い来る者達。
次回、『未来への試練』。
最後の時が迫る。
作成日付：２００１／０３／１６
感謝の言葉：
使徒としての力。それは人の身には重過ぎるモノなんでしょうか。
蝕まれていくユウカの身体、「力」でも見えない明日。
終焉の刻に向けて、懸命に生きる姿を心に刻みましょう・・・。
さ、読んだ人は感想メールを送りましょー♪
トップページに戻る。
第３１話「未来への試練」に進む。
作者のＡＢＣさんへの感想メールはこちら（abebeabebe@ksn.biglobe.ne.jp）まで。
読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
続きが読みたい人は、感想メールを送りましょうね。