ネルフ本部、赤木研究室……
リツコは、いつもの様に端末をチェックしていた。
「……早い時間にユウカさんの体調を見ておかないと……」
検査用のプログラムを起動させ、その動きの微妙な変化を読みとった……
「……もう来たの？そう、始まるのね」
絶望感を感じつつ、リツコは呟いた。
「第６ネット、音信不通です」
青葉が、司令席の冬月に報告する。
「……左は青の通常回線に切り替えろ。衛星を開いても構わん。そうだ……右の状況は？」
他にも上がってくる報告に、冬月は休む間もなく指示を下す。
「外部との全ネット、情報回線が一方的に遮断されてます」
「全ての外部端末からのデータ侵入を確認！」
「……赤木君、用意はいいか？」
冬月は、赤木研究室への直通回線を開く。
『ええ、よろしいですわ。始めましょうか？』
「ああ、頼む……」
冬月の言葉も終わらぬ内に、外部からのデータは次々と止められ、はじき出されていく。
「司令代理、こっちはどうします？」
ミサトは、司令席を振り返って確認する。
「そうだな……そっちは任せよう、葛城三佐」
「了解、警備ラインは２つ下げて。最外縁とその次のシステムは完全起動。ヤバそうなルートは全部ベークライト流しちゃっていいわ」
「りょ、了解！」
ミサトの矢継ぎ早の指示に、日向は慌てて各部署へ通達する。
「ふむ、『ＭＡＧＩ』のハッキングもそろそろ終わりそうだな」
メインモニターに表示される回線状況を見ながら、冬月はようやく息をついた。
「そうですね……彼の情報が正しい事が証明されたわけですが……日向君、Ａ－１５とＢ－０９、それにＤ－０３も塞いじゃって」
ミサトは、サブモニターを見ずに、次の指示を出していく。
「ですが、そこまで塞ぐと、入れるルートが一つに……」
「そうよ。そんで、入ってきたとこを一網打尽ってわけ……他のルート自体が侵入不可能なら、そうするしかないでしょ」
日向の問いかけに、ミサトはあっけらかんと答える。
「ですが、葛城三佐……ホントに大丈夫なんすか？」
「戦自には硬化ベークライトの情報はあげてないわ。物理的に突破するには、あの量のベークライトは多すぎるわよぉ」
ニヤッと笑みを浮かべ、ミサトは青葉の問いに答える。
「そうね……ミサトにしてはいい方法だわ」
リツコが発令所に入って来るなり、そんな事を言った。
ミサトは渋い顔を作る。
「朝っぱらから、嫌味しか言えないわけ、アンタは」
「……お互い、元気な証拠よ」
リツコはコーヒーカップを手に、サラリと言ってのける。
「……穏便に済めば良かったのだがな……致し方あるまい、本部施設の直接占拠を行う」
キールは、他のモノリスの前に、そう宣言した。
第３新東京市市外……
「始めよう。予定通りだ」
草むらに隠れていた男……戦自の士官が呟く。
ヘリのローター音が、重戦闘機の大気を切り裂くジェット音が、戦闘車輌のアスファルトを軋ませる音が、一斉に合唱を始める。
砲塔が、砲口が街に向けられ、火を吐く。
外部監視施設が次々と沈黙させられていく。
「来るな……」
「来ますね、間違いなく……やっていいですね？」
「任せる。そう言ったはずだ、葛城君」
冬月は、ミサトに全権を委ねた。
「了解、総員第一種戦闘配置！」
「待って下さい、葛城さん！相手は人間なんですよ?使徒じゃないんですよ？」
マヤがミサトの指示に異議を唱える。
「向こうは、こっちを完璧に叩く気で来るわ。悪いけど、アタシは死にたくないの……あちらさんが殺す気で来るなら、本気で迎え撃たないと……死ぬのはこっちだからね。日向君、いいから、全攻撃兵装起動させて、叩き潰しなさい」
ミサトは、毅然と命令する。
「は、はい！分かりました！」
攻撃兵装が動き、互いに破壊の限りを尽くす。
戦車が、ヘリが、戦闘機が火を噴いて瀑散し、兵装ビルが、対空砲が、ロケット陣地が破壊されていく。
緑は炎の赤に取って代わられ、山肌が削られていく。
「残してあった南第３ルートに、部外者の侵入を確認！」
「侵入部隊、監視設備を破壊しながら侵攻してます」
「……第１８隔壁を降ろして。その後ろにベークライト注入」
「そ、それをやったら、人間をベークライトで……」
「固めるのよ。『串刺し』の替わりの見せしめってヤツね」
ミサトの表情は全く変わらない。
「し、しかし……」
「日向二尉、やって！青葉二尉、お客さんの逃げ道もベークライトで塞いで。僅かな希望すら持たせちゃダメよ……こういう事は、徹底してやるの！」
言い淀む日向を一喝すると、ミサトは更に残酷な事を言い放つ。
「「了解！」」
日向と青葉は、指示に従ってベークライトの注入を始めた。
「……突入した部隊は全滅か……連中、キレてやがるな」
「仕方ないさ……こっちだって、非戦闘員であろうと、遭遇する全てを攻撃する様に命令されてるんだ……この作戦自体がいかれてるのさ」
戦自の簡易司令部。
情報を整理している士官が、こんな事を囁きあっている。
作戦司令官になっている将校は、決断した……
「……全部隊に通達、撤収する」
「よろしいんですか？」
「通路を固めている物質は、こっちの手持ちで穴を空けるには手間が掛かりすぎる……向こうの作戦勝ちって所だな」
「……わかりました……」
「早くしろ。余計な犠牲はこれ以上はいらん。責任は私が取る」
そして……戦自は命令違反を覚悟の上で撤収を始めた。
第参拾壱話 未来への試練
「……まさか、ここまで抵抗するとは……」
「仕方あるまい。予定よりは早いが、ＥＶＡを投入しよう」
「……あちらが出すまで待つべきではないか？」
「そうも言ってられん。約束の時をかの地で迎える事に違いはないのだしな」
「いいだろう。高度を下げ、戦闘空域に突入させろ」
キールは、重々しく答えた。
「高々度からの降下物体を確認！」
「……パターン”オレンジ”……ＥＶＡです！」
「登録コード照合……ＥＶＡ伍号機から拾弐号機までを確認！」
「拾……弐？８機？」
ミサトは、訝る声を上げた。
「ミサト、どうしたの？」
「アタシは、拾参号機までの建造を確認してるのに……１機は何処に行ったの？」
「……衛星で確認したわ……成層圏で待機中よ」
リツコが側のモニターをいじって答える。
「理由は？」
「分かるわけないでしょう？」
ミサトとリツコは、謎かけの様な会話をする。
「あの……葛城三佐……こちらは……」
マヤが躊躇いがちに尋ねる。
「ん？あ、そうね……全機発進……」
「待って、ミサト……彼女の出撃は見送って頂戴」
「……後でちゃんと説明しなさいよ。零号機、弐号機、参号機は発進！初号機は発進準備のままで待機」
「……ありがとう、ミサト」
「……殊勝な態度なんてらしくないわよ、リツコ」
ミサトはメインモニターを見据えたままで答えた。
『理由は分かんないけど、行って来るわね、ユウカ』
『大丈夫、ユウカさん……待ってて』
『ほな、行ってくるわぁ』
アスカが、レイが、トウジがユウカに声をかけていく。
「……頑張って、みんな……すぐに行くから」
ユウカは、誰にも聞こえないほどの声で呟いて、モニターを見つめる。
「やはり、ＥＶＡを出してきたか……」
「毒は同じ毒をもって制す……か」
他の男の声に、キールは嘲笑を込めて話す。
『白いのが見えるわ……アレがＥＶＡ量産機？』
『何であれ……敵、なのね……』
『……ワシらみたく、人が乗ってるんかなぁ……』
アスカ達の声が発令所に入る。
ミサトは命令を下した。
「そうよ、アスカ。ＥＶＡ量産型の伍号から拾弐号……レイの言う通り、アレが、アタシ達ネルフ、引いては人類の敵よ……話によると、全部ダミーシステムらしいから、ただの機械と思っていいわ、トウジ君」
『人類の敵？ネルフだって、アイツらの下部組織だったんじゃなかったっけ？赤木博士がそう言ってたけど……』
アスカが疑問を投げかける。
「今は違うわ。連中の好きにさせたら、人類は『人』でなくなってしまう……そうでしょ、リツコ」
「ええ、そうね……少なくとも、私は『私』でいたいわ……個を捨てて完全になる必要なんて、いらないのよ」
『……みんな、一つになるの？それって、いけないこと？』
レイが何気なく聞き返す。
「良いか悪いかじゃないわ、レイ。貴女、自分の一番好きな人の事、考えてご覧なさい……貴女とその人が一つじゃないから、貴女はその人を好きになれるんでしょう？」
『……ええ。そうかも……』
少しの間を空けて、レイが答える。
『違うから、好きになる……か。赤木博士、いい事言いますなぁ……』
トウジが苦笑しながら話す。
「そうよ。違うから、理解しようと努力して、相手の存在を認めるの。それが好きになるって言う事」
「リツコ、言う事が深いわねぇ……」
ミサトが茶化す。
「そうよ、いけない？相手を知りたいと思うのは、その相手を好きになってるのと同じよ……」
「アー、分かったから……いい、みんな。作戦目標はＥＶＡ量産機８機、１機も残さず完全殲滅。状況次第では初号機も出すからね……死なないでよ！」
『『『了解！』』』
パイロット３人の声が綺麗にハモる。
そして……第３新東京市に１１機のＥＶＡが姿を現した。
「死なないでよ、か……イヤな事言わないでよね、全く……」
アスカは、通信機に入らない様に小声でぼやく。
『ま、やったろうやないかい……なぁ、アスカ？』
「何の用、トウジ」
『ワシなんかより、しっかり訓練受けとるんやから、とりあえずの作戦なんぞ立ててくれんか？』
「そうね……数じゃ倍以上負けてるからね……」
アスカの動きに合わせて、弐号機も空を見上げる。
少しずつ、８つの点が大きくなっていくのが見えた。
『でも、赤木博士の話では、ダミーは本能しかないって……』
レイがポツリと言う。
「そっか……それなら、こっちは連携して各個撃破してくしかないわね」
『分かった。タコ殴りなんぞ、卑怯な気もするが……しゃーないな』
『了解、目標は指示して』
トウジとレイが、了承の返事を返す。
アスカは気合いを入れ直した。
「いよっし！ユウカには悪いけど、出番なんてやらないわよ！」
「武器庫ビル展開！全部の武器をいつでも使える様にして！」
ＥＶＡ３機が位置を定めた後、ミサトはオペレーター達に指示を出す。
失われた兵装ビルの隙間に、真新しいビルが現れる。
「アスカ、レイ、トウジ君、好きな武器使って頂戴！青葉二尉、後どんくらい?」
「目標との交戦距離まで、後３０秒です！」
「そう……アタシ達に出来るのは、ここまでだからね……ユウカちゃん、聞こえる？」
『はい』
「……向こうは１機だけ空の上に残してるの。１機ってのが妙に気に掛かるから、向こうが動くまで待機して貰うけどいいわね」
『分かりました』
「……後は、神のみぞ知る、か」
ミサトの呟きは、誰にも聞き取られる事はなかった。
いつの間にか、左手でペンダントを握りながら……ミサトはモニターを見つめていた。
その頃、司令席で、冬月は復旧した外部回線を利用して、知人に連絡していた。
「うむ、そうだ……彼等の目がこっちに向いている今が、最大の好機だ」
『分かりましたよ……あなたが俺を泳がせたままにしていたのも、あの時助けたのも、全部今回のような時のためなんですね』
「そうだ。ヤツらが気を取られている内に、その権威を失墜させる……全てを暴くんだ」
『あなたの立場も悪くなりますよ』
相手の声は、楽しそうな響きが混じっている。
「構わんよ……老人は責任だけ背負って消えるのみ、さ」
『それこそ、逃げの選択じゃないですか？』
「ふっ……君に言われるとは思わなかったよ、加持君」
通信の相手……加持は話を続ける。
『そりゃ、逃げは得意ですがね……この件が終わったら、一番怖い相手の前に出ますからね……逃げ無しで』
「葛城君か……確かに怖そうだ」
冬月は、司令席から下を見下ろした。
話に上ってたミサトは、モニターを睨み付けながら仁王立ちしていた。
『冬月さんまで言わないで下さいよ……全世界のマスコミに情報は流しました。全部が全部放送は出来ないでしょうけど、こんなのは、きっかけさえあればいいんですからね』
「大丈夫だよ。向こうは『ＭＡＧＩ』を使うのも、部隊を投入するのも失敗したんだ……精神的に追いつめられている頃さ」
『こっちが動くまでは気にも留めない……と？』
「そうだ。それを利用して、一斉に世界中に放送する」
『やりましょう……もう初めていいですかね？』
「今が一番いい状態だろうな」
『そんじゃ、失礼します……葛城によろしくお願いしますよ』
加持は通信を切った。
冬月は椅子に座り直すと、下に向けて言った。
「葛城君、加持君が来週には帰ってくるそうだが……」
「はぁ？」
ミサトは、一瞬何を言われたのか分からなかった。
リツコが、サラリと言う。
「よかったわね、連絡があって」
「何言ってるのよ……全く、今まで連絡一つ寄越さなかったくせに……」
口調は怒っているが、その声は、誰が聞いても喜んでる気配があった。
「さぁって、来たわよ……」
唇を軽く嘗めて湿らせ、アスカは空から舞い降りる白いＥＶＡを見た。
蜥蜴か魚にも似た頭部を持つＥＶＡ量産型……翼を畳み込んで地面に降り立った。
その一つに、弐号機が掴みかかる。
「そぉりゃあぁぁぁぁ！」
しっかりと頭を掴んで引きずり倒すと、即座にプラグナイフを抜いて首を切り落とす！
「ｅｒｓｔ！」
弐号機の赤は、装甲の色なのか、返り血の色なのか……
レイは、手近のビルからパレットライフルを取り出す。
アスカに向かって移動している量産型の１機をターゲットに捉え、ＡＴフィールドを無効に出来る距離に入った瞬間に頭部に向けて連射する。
「……２機、殲滅」
撃ち尽くしたライフルを捨て、倒れた量産型の胸を踏み抜きながら、レイは報告する。
『サンキュー、レイ』
アスカが、自分の後ろで倒れた相手を見ながら、レイに礼を述べる。
「別に……あなたが倒れると、ユウカさんも私も悲しくなるから……それだけ」
『……いいけどね、理由なんて』
アスカの、どことなく呆れたような声を聞きながら、レイは次の敵を捜した。
スマッシュ・ホークを構えて、参号機は距離を測っている。
「囲まれんようにせんとなぁ……」
トウジがそう呟いた時、量産型の１機が襲いかかってきた。
タイミングを見計らって斧の刃を頭に突き立てる。
引っかかったままの量産型を振り回して、その頭を千切ると、トウジはアスカ達の方へと機体を向けた。
零号機に掴みかかろうとした量産型の脚に、斧の刃が食い込む。
『やらせるかい！』
片足を失って倒れる量産型……その背に、零号機はポジトロンライフルを押し付けるように武器庫ビルから出して、引き金を引く。
接射のポジトロンは、銃身をも引き裂いて炸裂……量産型と共に吹き飛んで、白い下半身だけが残された。
即座に離れた零号機は被害は受けてない。
「ありがとう、鈴原君……」
レイが感謝の言葉を言う。
『珍しいなぁ……綾波が人に感謝の言葉言うなんてな』
「そう？」
返事しながらも、レイは零号機にソニック・グレイブを持たせる。
そして、そのまま投げ付けた。
それは……参号機の後ろにいた量産型の顔面を貫き、後ろの武器庫ビルに縫いつける。
『そこ、どいて！トウジ！』
アスカが吠える。
弐号機の手にあるのはロケットランチャー……その火を噴く先は武器庫ビルにあるバズーカ。
爆発して量産型毎消え失せる。
『危ないなぁ……もうちょいとかわすのが遅れたらワシまで巻き込まれとったわ』
『大丈夫よ。直撃じゃないもの』
『……コレが終わったら、キッチリ話し合おうやないか……』
「ふふっ……」
２人のやり取りに、レイが失笑を漏らす。
『レイ、笑うな！』
『綾波ィ……笑いごとやないで……』
「……ごめんなさい」
素直に謝るレイ。
『アンタ達……和んでないで、後３機いるのよ！』
ミサトの檄が飛ぶ。
パイロットの３人は、意識を戦闘に引き戻した。
３対３……アスカ達の負けは、もう考えられない……
「……ったくぅ……あの子達ってば、気楽過ぎよ」
ミサトは不機嫌なままモニターを見つめる。
そこでは、３機のＥＶＡが量産型ＥＶＡをうち倒していく模様が写っていた。
「でも、彼女達じゃなくても気が抜けますよ」
「……ミサト、面白い放送が始まったわよ」
リツコがサブモニターを見て言った。
その画面には、次々と『ゼーレ』の行いとそれに関する、様々な事件との関連が公表され続けていた。
経済も武力も、あらゆる意味で世界を支配していた影の組織……『ゼーレ』が、白日の下にさらされていた。
「派手ねぇ……加持ね、考えたの」
「司令代理の言葉からすると、そうなんでしょうね……なら、司法組織も動いてるわ。抜かりないでしょうから、彼」
リツコが、ミサトの言葉に補足を加える。
「どういうこと？」
ミサトは、逆に問い返す事になった。
「ただ情報を公開したって、彼等は上手く立ち回って雲隠れしてしまうでしょうね。だから、そのタイミングに合わせて身柄も押さえないと、意味がないわ」
「意味がないって……」
「そのまま残しておくと、後で必ず災いになる……禍根の根を絶つ必要があるのよ」
「面倒ねぇ……一発パンと撃ってお終いってワケにはいかないの？」
「世の中それで済めば楽よねぇ……ミサトらしい答えだわ」
「そりゃどーも……」
ブスッとした顔でモニターを睨むミサト。
気にせず放送を見続けるリツコ。
発令所のスタッフは、関わるのを止めていた。
ドイツの郊外……加持が知る、ドイツの『ゼーレ』施設中枢。
ここに、キール＝ローレンツ……『人類補完委員会』議長にして『ゼーレ』の№１の椅子に座る老人……高度の機械的延命処置を受けた、文字通り、死に損ないと呼ぶに相応しい人物がいる……ハズだった。
だが、そこに踏み込んだ警官達が見た物は人の部品に似た機械の残骸だった。
「何があったって言うんだ？」
「まるで出来の悪い恐怖小説じゃねぇか……」
「とりあえず……全部押収するか……」
「……だな」
警官達は、証拠品になりそうな物を捜して押収を始めた。
その頃、成層圏を飛ぶＥＶＡキャリアー……無人のコックピットで、キールは映像を見ていた。
「……『ゼーレ』も終わりか……建て直しは効かんな……ダミーシステムでの量産機では、『人』の乗るＥＶＡには敵わんか……」
ゆっくりと椅子から立ち上がる。
その体には、余計な手を加えた跡は無いように見える。
「私が選ばれた理由など分からぬ……だが、神は私に力を与えた。この世界を滅ぼす『使徒』としての力を……」
バイザーを外すキール……左目は普通だが、その右眼は真紅に輝く球体……
「キールか……自ら来るのか……いや、それが運命なのか」
カヲルは本部のラウンジから、遙か彼方の上空を見上げる。
彼は、距離を無視して、別の『使徒』の存在を感じていた。
「君が否定している人間に、永遠の『力』が宿った……それが君なんだよ、キール＝ローレンツ。人が生き残れる可能性……それを自ら摘もうというのか……」
辛そうに目を伏せ、カヲルは１人呟く。
「君が授かりし名は……『未来』を司るもの、テイアイエル……君を滅ぼさねば、人類に『未来』は無い……僕は、人類を見守るよ……さよならだ、キール」
カヲルは悲しそうに上を見上げた。
ＥＰＩＳＯＤＥ：３１ ｔｈｅ Ａｒｍａｇｅｄｄｏｎ
キールは、自分の意思で機械を操っていた。
『力』に目覚めたのは、あり得べからざる『使徒』の出現時……『雪』を司るものが、眼下に見える地に現れた時だった。
体に埋め込まれた機械の必要が無くなり、失われた肉体の部品が元に戻った。
唯一、違ってしまったのは右の眼……鈍く光る光球（コア）になってしまった。
その代価は、手を触れることなく物体や電子を操作し、肉体を再生してしまう『力』……
その力を持って、キャリアーを操縦しながら、自らの体をプラグに沈める。
インテリア・シートに腰を下ろし、意思の力だけで操作して、エントリープラグを拾参号機に挿入……シンクロを始める。
「私が望むは人類の滅び……そして私は『アダム』をもって、更なる世界を見る」
キャリアーから、純白のＥＶＡが切り離される。
そして、キールの体は形を失っていった……
「！……成層圏より飛来する存在あり！……これは……パターン”青”、使徒です！」
監視衛星の情報を見て、マヤが慌てて叫ぶ。
「使徒？ＥＶＡじゃなくて？」
「……松代の時の様に寄生されたわけでも無さそうね……」
リツコがミサトの問いに答えるように呟く。
「……『ゼーレ』、いや、キール＝ローレンツか……ヤツがここまで出来るとはな……」
冬月が苦々しく口にする。
「どうしますか、葛城さん?」
日向は、パニック寸前でミサトに指示を仰ぐ。
「決まってるでしょ。使徒なら、殲滅するのが『ネルフ』の仕事よ……アスカ、レイ、トウジ君！聞いたわね！形はＥＶＡだけど、相手は使徒！特殊能力に気を付けてね！」
『まぁーったく、人使い荒いわねぇミサト。後で何か奢ってよね』
『私、肉嫌いだけど、ステーキでもいい』
『何にせよ、楽しみにしときますわ』
３人が答える。
「分かったわよ！今度は金額上限無しで奢ってやるわよ！ユウカちゃん、悪いけど出撃よ！」
『いつでも、いいです』
「オッケ……ＥＶＡ初号機、発進準備！」
ミサトの声が発令所に響く。
リツコ１人だけが浮かない顔をしていた。
「……待て、アレは何を手にしている？手元を拡大しろ！」
冬月が何かに気付いて叫ぶ。
拡大された映像に映るのは……投擲体勢に入ったＥＶＡ拾参号機と、捻れて鋭くまとまった金属物体。
それは、衛星軌道上にあるはずの……”ロンギヌス”の槍……
「まさか、槍のコピー？いや、あの感じは……本物か！」
冬月の声は絶望的な響きを含んでいた。
「使徒、槍を投げました！」
青葉が報告する。
「何処?」
「想定落下位置出ます……ＥＶＡ３機の中心！」
ミサトの問いかけにマヤが出した答えは、あまりにもイヤな答えだった。
ミサトは叫ぶ。
「避けて！」
それは聞こえていたのか……
『何か落ちてくる……』
レイの呟きがアスカの耳に入った。
『上からの攻撃やろか？』
トウジがつまらなそうに言う。
「ま、いいでしょ……避けりゃいいのよ」
アスカはそう決めて、ふと、落下地点の確認を考える。
その時、ミサトの叫ぶ声が聞こえた。
『避けて！』
「何よ、ミサト……落下地点分かんないのにどうやって避けるのよ？」
『落ちてくるのはアンタ達のど真ん中！物はロンギヌスの槍！ＡＴフィールドすら貫く危険物よ！急いで避けなさい！』
「……冗談じゃ無さそうね……トウジ、レイ、聞いたわね！」
『全力で逃げるんやな』
『離れましょう』
３機のＥＶＡは距離を開けていく。
その中心に、槍が突き立ち……巨大な爆発を引き起こした。
「街を吹き飛ばされたか……」
「あの子達は?」
冬月が上面の映像を見て呟き、ミサトはアスカ達の状態を確認する。
「弐号機、参号機共にケーブル断線！パイロット、意識を失ってるようです！」
「零号機は？」
「こちらもケーブルが切れてますが、パイロットの状態は正常……行動可能です」
「お客さんは……着地してる、か」
ミサトがモニターを見て、唇を噛みながら呟く。
「どうします？葛城三佐」
マヤの問いかけに、ミサトは即答する。
「アスカとトウジ君を起こして！初号機の発進も急ぐ！」
「はい！」
マヤはミサトの指示に従い、初号機の発進シークエンスを整える一方で、弐号機と参号機のコックピットに信号を送る。
「……っつうぅぅぅ……」
アスカは、ガンガンと響く頭を振りながら眼を覚ました。
モニターに眼をやると、零号機と白いＥＶＡが対峙していた。
「やってくれるじゃないの……なめやがってぇぇぇえっ！」
弐号機が起き上がる。
少し離れた所で参号機も立ち上がっていた。
『アレが使徒かいな？』
「そうなんでしょ！あんなＥＶＡ見た事無いからね！」
『そんなら、さっさと片付けなあかんな』
「分かってるみたいね……じゃ、行くわよ！」
弐号機と参号機が距離を詰める。
「ミサトさん、私はまだ出れないんですか？」
ユウカは、発令所に通信を繋げた。
『さっきの衝撃でルートがかなり使えなくなってるの。まともなルート確保したらすぐに出すから！』
「……分かりました……碇ユウカ、命令違反します！」
『何するの？……まさか、ユウカちゃん……』
「強制出撃します！……ミサトさん……迷惑かけてごめんなさい……皆さんにも……行ってきます！」
初号機は、拘束具を引き千切って動き出す。
壁を破り、リフトをよじ登って……
「私の役目は……使徒を倒す事じゃない……不幸の元凶になった人達の影響から、みんなを守る事なんだから……これが、最後だから！」
初号機の全身が光に包まれていった。
白いＥＶＡは、手にした槍を振るった。
その衝撃だけで、３機のＥＶＡが薙ぎ倒される。
『何で、何も出来ないのよ！』
『あの槍、洒落にならんで、ほんま……』
「でも、戦わないと……」
満身創痍の３機のＥＶＡ……
白いＥＶＡ……使徒は、槍を参号機に突き刺して放り投げる。
『うぐぉぉぉぉぉぉっ！』
トウジのくぐもった声が通信機越しに聞こえる。
『伊吹二尉、接続切って！』
『はい！』
参号機が動かなくなるのを見てから、使徒は槍を弐号機と零号機に向ける。
どちらから倒そうか……値踏みしているように見えたが……
突然、使徒は裂け目を広げて、地下……ジオフロントへ動き始めた。
『こっちに来ないなんて、バカにしてるの?』
「……ユウカさん、出たのね」
レイの声に、僅かばかりの喜びと、不安の入り交じった響きがある。
（どうして……ユウカさんが来てくれたのに、私……何が不安なの？）
『追っかけたいけど……電池切れね。そっちもでしょ、レイ』
「……そうね……電源を接続しないと」
『じゃ、アタシ、あっち見てくるから』
弐号機は、まだビルが残っている辺りへ向かって進んでいく。
レイは、零号機を弐号機とは違うビル群に向けて歩かせながら、考え事をしていた。
（早くしないと、二度とユウカさんに会えなくなるような……そんな気がする）
漠然とした不安を抱えたまま……
レイと別れて、アスカは生きている電源ビルを探す。
「……ユウカが出てきたんなら急がないと……また、きっと、アイツ、無茶するんだから」
そう呟きながら、いつの間にかユウカの事を心配している自分を見つめ返すアスカ。
（ユウカを心配している……でも、いつもかばってくれて、守ってくれたのはユウカの方……だから、今度こそアタシが役に立つ番なのよ！）
焦る気持ちは、なかなか電源を発見させなかった……
純白の羽を広げて舞い降りる使徒……
（うわ～。ホントに天使みたい……まさしく、『使徒』、か……）
場違いな感想を抱きつつ、ユウカは初号機を使徒と対峙させる。
『現れたか、ＥＶＡ初号機……忌むべき存在、人類を守るつもりか……いや、させん、滅ぼすのだ……全ての人類を……』
（……相手の考え、だ……思考が流れ込んでくる……）
「あなたは人間と同じ考えが出来るのに、どうして人間を滅ぼしたいの？」
『初号機パイロット、碇ユウカか……この力……我と同類か？』
「答えて！」
『人間は不完全にして、害悪なり……摂理に反する存在、滅びを求めるものなり……よって、我司りし『未来』を……『無』を与えん……我が名、『未来』を司るもの、テイアイエルの名において』
「『未来』？」
『滅びよ、人類よ……そして、それを守るものよ！』
使徒は槍を突きだした。
初号機は何とかそれをかわす。
「滅ぼす以外の方法は無いの?」
『在り得ぬ……自らの殻に閉じこもり、他者を排斥する事で自分を確立する存在……そんな矮小な存在はいらぬ！この宇宙に、人類は……『ヒト』の可能性は必要ない！』
思念と共に繰り出される槍……初号機の装甲が少しずつ削られている。
「人間は、そんなにダメな存在なの?」
『不要！存在自体が間違いで許されぬ物だ！滅べ！』
槍の穂先は、初号機の左肩をえぐり取った。
「うあぁぁぁっ！」
激痛がユウカを襲う。
蹌踉めく初号機……槍は、右の腿を切り裂いた。
「くぅっ！」
体勢を崩して動けなくなる初号機。
『我が残り、人類は消える……自然の摂理なり……滅びよ、人類よ……不要なる物よ、害悪のみを生みしものよ……』
「冗談じゃない……あなたの言う『未来』なんていらない！」
ユウカは叫んだ。
初号機が輝きに包まれていく。
傷口が塞がり、装甲すらも復元していく。
『……その力は人類には不要だ』
「あなたこそ不要よ！人間は不完全だからこそ未来を掴めるのよ！可能性があるの！失敗したって何度だってやり直せばいい！それを否定する権利も、奪う資格もあなたなんかには無い！」
『……愚かなる魂よ……贖罪の時は来た。我が槍にて罪を購え！』
突き出された槍は、狙い違わず初号機の胸を狙う。
それが、装甲を抉る寸前で、初号機の手が槍を掴んだ。
『バカな……手でロンギヌスの槍を止めるだと？』
「……これこそが……人間の『可能性』よ……」
両手で槍を掴んだ初号機は、力任せに使徒を投げる。
使徒は翼を広げて体勢を立て直した。
『ならば、我が力を加えて汝を貫こう……』
「あなたなんかに、私の守りたいものを壊させはしない！」
『グゥオォォォォォォォォン！』
初号機の顎部拘束具が引き千切られる。
咆吼がジオフロントに響き渡る。
突き出された槍……穂先が淡い光に包まれている。
『これが、断罪の刃だ……』
使徒の意識がユウカに襲いかかる。
同時に、槍が胸の中央を狙う。
「負ける……もんかぁっ！」
『グゥォアァァァ！』
初号機の右手が槍を掴み……その動きを止める。
『……何故、止められるのだ……』
「私は、私の大事な人達を守る！この命と引き替えにしても！」
『グアォウ！』
初号機の手に力がこもり、光が強まり……ロンギヌスの槍を握りつぶした！
『何だと？こんなことは、有り得ない！』
「これで最後よ……消えてしまえ！」
『グゥォォォォォォォォォォォ！』
初号機の光が使徒をも包んでいく。
眩い光が、ジオフロントを照らした。
そして……天を刺す光の十字架……
「どう、なったの？」
ミサトは、完全に死んでしまったモニターを見つめながら言う。
「マヤ！初号機のパイロットの状態を調べなさい！急いで！」
「は、はい！」
取り乱したリツコの声に驚きながらも、マヤは接続情報を調べる。
「……先輩！」
驚愕の叫びが、マヤの口から漏れた……
ようやく電源を確保して、零号機と弐号機がジオフロントに降りる。
「ユウカさんは……」
『……ミサト、ユウカ達は？』
発令所からは答えがない。
『何で誰も答えないの！』
「行きましょう、アスカ……多分、あのクレーター」
『そっか……勝った……よね、ユウカだもんね』
「……当然だわ」
足早に近付く零号機と弐号機……
その前には……巨大なクレーター。
その底にあった物は……
────何かを握りしめたような姿勢で動かない初号機の姿だった。
あとがき
本編（ＴＶ、映画含む）と違い、また”使徒”が登場します。
テイアイエル……『未来』を司るもの、ＥＶＡ拾参号機です。
ここでの、本当に最後の……戦いです。
次回、『想いを風に乗せて』。
最後の想いを伝えましょう……
作成日付：２００１／０３／１８
感謝の言葉：
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