ラムダが再びアズガルド星に戻ったのは３月１７日のことだった。ゲルニカの整備も完了し、
今日中に貨物船に搬送さえしてしまえば、明日の便でカルナック星に戻れる予定だった。
「え？明日の１０時の便があるんじゃ？」
チケット販売嬢によると、カルナック星への便は軍からの通達で欠航になっていると言う。
宇宙港の職員に原因を知ってる人間はいないようだったので、ラムダはその足でアズラルド星の
統治館へと向かおうとしたが、途中でアズガルド星の憲兵に呼び止められた。
「失礼ですが、所属部隊とお名前、コードを提出お願えませんか？」
二人組みの憲兵の片割れがラムダに問い掛けてきた。ＵＥ軍の規定として憲兵の質問には
全て正直に答えなければならない。コードの提出を求められている以上偽名を使っても意味がないので、
正直に答えることにした。
「カルナック星第９８ＡＣ連隊所属、ラムダベート・カイハイセンだ。何か？」
ラムダはコードを取り出すのをもたもたしながら、憲兵の動きを窺った。案の定あまり経験を
積んでいないらしい憲兵は、名前と所属を聞いた途端に、切り出してきた。
「カイハイセン中尉ですね！？いえ、申し訳ありませんが、当星統治館憲兵本部まで出頭願います」
「何で？」
ラムダはようやくコードを懐から取り出して言った。
「申し訳ありません。出頭願います」
そう言って憲兵の腕がラムダの腰に延びようとした刹那、ラムダは憲兵にパンチをかましていた。
「ぐはぁっ！！」
憲兵の一人がもろくも地面に崩れ去るのを見て、もう一人の憲兵が通信機に手をやったころには
ラムダは逃げ出していた。
「緊急事態発生！第一級反逆罪で指名手配中のカイハイセン中尉を発見！至急非常線を張れ！」
全速力で走るラムダ、さっきの憲兵が後ろから追って来ていたが、ＵＥコードを地面に捨てた。
これはもちろんコード・サーチから逃れるためである。そして一目散にゲルニカが格納されている
宇宙港近くの倉庫に向かった。倉庫内には古ぼけた小型輸送船を整備する一人のおやじがいた。
「おやじ！金ならいくらでも払う！こいつを載っけてカルナック星まで連れてってくれ！」
ラムダはすぐに倉庫の巨大扉を閉め、ロックをかけた。
「慌しいなぁ〜 なんですの？」
その時倉庫の外で扉をドンドン叩く音が聞こえた。もう倉庫の外に憲兵が迫ってきたのだ。
「こらぁ！ここを開けて大人しく出頭しなさい！開けろ！」
「冗談なんかじゃねぇんだ！いいか、すぐに船を出さないとお前を共犯者にしちまうぜ！」
ひどいことを言い出すラムダであったが、それしか手段がなかった。しかしおやじは慌てなかった。
「どうやら犯罪者みたいやな。でもわしぁあ脅迫には屈っしひんで」
「俺は犯罪者じゃねぇ、どうしてもカルナック星に帰らないといけないんだ、
愛する人を取り返すために！」
ラムダはだめもとでおやじの情に訴えかけた。もちろんとりかえすためにというのは真っ赤な
嘘であったが、愛する人に会いたいというのは案外本心であったかもしれない。おやじは
どんぴしゃりで感情を動かされてしまった。
「愛する人・・・そういう理由ならしゃあない、よっしゃ、後ろ乗り！」
おやじはさっそうとコクピットに乗り込み、輸送船のハッチ開閉ボタンを押した。
そしてメインコンピューターを起動しようとキーをさしたが、かれこれ十年以上も動かしていない
輸送船だったので、うんともすんとも言わなかった。
「おい、動き！この十年間愛しつづけてやったやろ！頼むで！」
愛しつづけてやったやろ！、と言いながらもおやじはコンソールにメリケンパンチを繰り出した。
すると、うんともすんとも言わなかったエンジンが急に動き出してしまった。
「よっしゃ！火は点いたで、はよ乗りや！」
ラムダはとりあえずゲルニカを起ち上げると、そのまましゃがみながら輸送船の後部から
中に入った。中はＡＣ一機分ぎりぎりのスペースしかなかったが、固定ジョイントがＡＣのもの
らしかったので、恐らくはＡＣ輸送用の小型船であるだろうことが予想できた。
「隊長、中から船のエンジン音が！」
すでに三十人近くの憲兵が倉庫を取り囲んでいたが、中から発せられるけたたましいエンジン音を
聞いてすぐに憲兵隊長はアズガルド統治館に連絡を入れた。宇宙空間を飛行可能な警備艇の
出動要請をだしてもらうためだった。
「よっしゃ、用意はええか！」
出発準備は整った。ラムダは船内からゲルニカの腕を外に出して、マシンガンで天井を一連射した。
「行ってくれ！」
「よっしゃ！」
おやじは輸送船を浮上させた。エンジンからでる爆風で倉庫内の荷物がむちゃくちゃに
かき回されたが、輸送船はさっきのマシンガンでぼろぼろの天井を突き破って久々にその姿を
空の下にさらした。
「かまわん、撃て！」
憲兵隊長の命令で一斉射撃が始まった。いくら古い輸送船とは言え、
マシンガン程度では傷一つつかない質実剛健なボディ。
「全速力で大気圏を離脱、そのままカルナック星へ！」
その後ラムダとおやじは無事大気圏を脱し宇宙に出ることに成功した。
「おやじ、助かったぜ、俺はラムダベート・カイハイセン、ラムダと呼んでくれ」
「わしの名はおやじやないで、ゼファー・ボルラスや、まぁよろ・・・・・・
喋ってる場合やおまへんで、警備艦や！」
ラムダ達が大気圏を脱した数十秒後、一隻の小型艦が大気圏から宇宙に飛び出してきた。
「各機発進、カルナック星に入られる前に逮捕せよ」
小型艦から４機の警備艇が射出された。宇宙パトカーといったところのものである。
「あんさん相当悪いことしはってんなぁ〜」
「誤解だ！とにかく頼む！」
警備艇が輸送船をとりかこむ用に散開し始めた。このまま取り囲まれてしまえば
事実上逮捕されたようなものになる。ゼファーは微妙に蛇行運転をしながらかつ速度を
維持して飛行を続けた。
「あと１５分でカルナック星に入られます。各艇捕獲ポッド射出用意」
警備艇は正方形上に輸送船の後ろに付き、捕獲用ポッドを射出した。
有線ポッドが輸送船の後部ハッチにとりつく。
「まずい、捕獲ポッドですわ、なんとかなりまへんか！？」
ラムダはＡＣを戦闘モードで起動させ、後部ハッチの小窓を開いた。
コンテナ内の空気が急速に宇宙に放出されていく。しかしラムダはすぐにその小窓に
マシンガンをぶち込み、隙間をＡＣ修理用の固体化する溶剤で塞いだ。
「あたれ！！！」
ラムダは警備艇を狙わずに、そこから延びているポッドへの線を狙い撃ちした。数連射後、
線を切断されてしまった警備艇は最終手段に出てきた。
「各艇、統制射撃で輸送船エンジンを狙え」
警備艇からレーザーが発射される。ゼファーは得意の操船技術をフルに活用し、紙一重で回避、
一つだけ、ガラスケースで蓋がされているボタンをガラスをぶち抜いて押した。
「ラムダはん、中距離ワープに入るで、さっきあけた穴に気ぃつけや！」
ラムダはそれを聞いて二重三重に固体化溶剤で塗り固めた。そしてほどなくして輸送船はワープした。
「すごいな、ワープ航行できるのか」
「いやいや、虎の子ですわ。初使用でしたんや、調整もしとりまへんでしたわ。っはっはは」
ラムダは冷や汗を掻きながらも、とりあえず胸をなでおろした。
３月１８日、カルナック星大気圏内
「おい、急げ！あちこちに煙が上がってる！」
「そうあせりなはんな、宇宙港からの連絡がないんや」
カルナック星にも第一級反逆罪のことは伝わっているはずだろうから、カルナック星宇宙港から
警告かもしくは誘導が来てもおかしくはなかったのだが、どうやら宇宙港にも火の手が
上がっているようであった。
「かまうな、緊急着陸してくれ」
「もう、知りまへんで」
ゼファーはなんとか火が回っていない滑走路に無事垂直着陸を果たした。ラムダは後部ハッチから
ＡＣで外に出てみたが、新築されたばかりの管制塔は燃え上がり、どうやら発着寸前で爆破された
ようなシャトルの姿も見受けられた。
「とりあえず近くの詰め所まで行ってみよう、おやじはここにいてくれ、いつでも発進できるように」
「そんな殺生な！悪いけど帰らせてもらいます」
ゼファーが再び輸送船で出発しようとしたとき、ラムダは止めの一言を放った。
「別にいいが、俺がいないと基地の対空砲撃システムが作動しちゃうぜ」
ゼファーは少し浮き上がっていた機体をあわてて地面に着陸させた。
しかたなくゼファーは宇宙港で待つことした。
ラムダはＡＣで辺りを飛び回ってみた。町という町は炎で燃え上がり、そこらじゅうに民間人の
死体が転がっていた。
「体温反応は無し・・・民間人まで・・・一方的な虐殺じゃないか！」
数分飛びつづけて、９８連隊本部に到着した。ここからも火の手が上がっており、
辺りには数十機のＡＣの残骸が散らばっている。果敢にも抵抗したらしい痕があちらこちらに
残されていた。ラムダはＡＣから降り、銃を構えて辺りを見回ってみたが、９８連隊員と民間人の
死体とそこらじゅうに飛び散った血以外に何ら変わったところは無かった。
やはり生存者は確認できなかった。
「みんな・・・どうしちまったんだ！？ 一体何が！？」
「ち・・・中・・尉・・・」
「その声は・・・レーガー曹長？どこだ、レーガー！」
ラムダの足元にある瓦礫が少し動いた。ラムダがすぐに瓦礫を押しのけると、
そこにはレーガー曹長の姿があった。
「曹長、大丈夫か！ 何があったんだ」
レーガーはすでに虫の息で、最後の力を振り絞って敵の正体をラムダに語った。
「・・・本部から来た・・・って言っていた調査団・・・あれが・・いきなり・・ゴフッゴフッ！」
レーガーの口から血が吹き出る。それでもレーガーは続けた。
「リューネ大尉は・・・無事です・・・みんなで・・・逃がして・・・・・
旧・・本部・に・・・びびゅっ！」
レーガーは最後の血の塊を吐き出して、永久に口を開くことは無かった。
「レーガー・・・」
レーガーの遺体をそっと地面に置き、敬礼で別れを告げた。怒りが込み上げてくる、
上げた手を振り下ろす相手はどこにいるのか。感情に流されてはいけない。常に冷静でいるのだ。
ラムダは再びゲルニカに乗り込み、全速力で旧本部へと向かっていた。雲の上を飛行している途中、
ふと上を見上げると、空に光る白い点々を発見した。
「あれは・・・」
『10:02・・・10:01・・・残り時間１０分・・・09:58・・・09:57・・・』
コンピューター制御の無人核ミサイル艦は静かに攻撃のときを待ちつづけていた。
超高度から旧本部に接近していくラムダ。すると旧本部の自動砲台が謎のＡＣ集団と砲火を交えていた。
「・・・・・」
ラムダは空中で戦闘モードを急速起動、ハイランドで調べた公式資料によると、
リミッターさえ解除しなければ起動時間は５分から数時間に延ばせるということだったので、
それまでは存在さえしらなかったリミッター解除装置を作動させてから戦闘モードを起動させた。
「・・・・・」
空中で戦闘モードを起動されたゲルニカは起動時に一瞬バランスを崩すも、主人の思い通り高速で降下した。
「・・・・・・・・・・」
地上で砲台を攻撃していたＡＣが空から接近するラムダを捕らえ、正確に射撃してきた。
ラムダはまるで舞を舞うかのように弾を避けながら攻撃する。
「・・・・南無！！」
隊長機らしい深緑色のＡＣから気が発せられた。気功術である。
周囲のパイロットの反応力が大幅に上昇した。オリエント族という部族特有の攻撃パターンであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
銃弾の一群がゲルニカの左足を直撃した。ラムダはバランスを失って高速で地上に墜落する。
謎のＡＣ集団は瞬時に墜落地を囲むように移動した。
「・・・・殺！！」
隊長機が手を空に突き上げた。そしてそれが降り終えた瞬間、ゲルニカは一斉射撃を浴びる。
砂煙が立ち込めて一気に視界が最悪の状態にまで至った。数秒撃ち続けて、再び隊長機が手を上げると、
謎のＡＣ達は射撃を止め、任務を終えたかのように再び自動砲台に攻撃を開始した。しかし・・・
「・・・・・許せねぇ・・・許せないんだよ・・・」
謎のＡＣ達が驚いて再び振り返ると、砂煙が晴れたそこにゲルニカの姿は無かった。
「ェェェ！！！！」
一人がコクピット内で悲鳴を上げた。レーザーブレードで胸部を貫かれたのだ。
それに呼応してＡＣ集団の銃口が一斉にゲルニカに向けられた。間髪入れず撃ちまくるＡＣ達だったが、
ラムダは重力フィールドを発生させてそれを防ぎきる。リミッターを解除したのだ。
「オリエント族戦士とＡＣ"燐鬼（リンキ）"か・・・」
ラムダはフィールドを展開しながら急ダッシュ、回転しながら燐鬼を一機ぶった斬った。
回転斬撃の速度が速すぎて謎のＡＣは少しの間が明けてから上半身が流れるように地面に崩れた。
ラムダを取り囲んでいた７機の燐鬼の２機がやられた。
燐鬼・・・一般的ＡＣであるが、オリエント族の戦士（レイブン）が使用すると、
その気功力の強弱によって性能が上下すると言われている。武装は実短剣など特殊なものも
装備している。オリエント族の有する暗殺術"九位"はＡＣにてても使用することが出来る。
「ゲェッゲェェェェ！！！！！！！」
ラムダが前方に展開していた重力フィールドを真横に張り直すと、突進してきていた敵が見えない壁に
押しつぶされて絶命した。３人が一瞬にして倒されたことに驚いて、他の燐鬼は隊長機の元に集結する。
「適応 言語体系・・・・・・完了・・ざずが・・・さすがはラムダベートさんですね、
一瞬にして３機も倒してしまわれるとは・・・」
隊長機の拡声機から若い男風の声でしゃべりかけてくる。
「・・・うっせぇ」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
「・・・俺はお前らを生きてこの星から帰さねぇ・・・絶対に」
ラムダは一歩、前に出た。無言の内にステップ３を発動させた。
「まずは自己紹介からですね。私の名はリン・ホウ、オリエント族の族長をやっております」
ラムダが相手にしようとしている敵は３強レイブンの一人、"アサシン・リン"だった。
燐鬼の性能を最大限に引き出すことが出来るという。
ラムダは２歩目を出した。
「キーキッキッキー！！キキー！キキッキッキー！
（翻訳：９８連隊はお前を入れて２人しか残ってねぇ！ひぇっひぇっひぇ！！）」
オリエント族の一人がそう口走った。ラムダはステップ３の標的をこいつに定め、前へ飛び出した。
怒りがラムダを包み込んで行く―――
「 」
音も無く一つの命がまた地獄へ送られて行った
やっとの思いで戻ってみれば、部隊が壊滅してるなんて・・・。
ラムダに安らぎはないのか・・・。
こういう家業ですから、そう安全ってわけにはいかないでしょうけど。
オリエント族・・・また、妖しげな人々の登場ですね。
リューネ、どうなったんでしょう？
今後の展開に期待、ということで、ＳＡＬさーん、がんばって続き書いて
くださいね♪