「アヴェ中佐の奮闘により前線の防衛に成功した！」
ワァァァァァァァ！！！！！！！！！！
カノン軍旗艦オースターから全将兵にヴァレンタインのホログラフ立体映像が発信された。
兵士達はそれに答えて喚声を上げる。ヴァレンタインの演説はしばらく続いた。
「我々ＣＴＭは打倒ＵＥ、打倒ガゼル・ハルバードを誓って戦ってきた。そしてこのワルプルギス
戦争という予想外の事態で我々の永きにわたる戦いに終止符がうたれようとしている」
第１、第２、第３機動艦隊及び指揮下のゼファー第１ＡＣ連隊、デルマ第２ＡＣ連隊、
バジュラ第３ＡＣ連隊、そしてＡＣ以外の全機動部隊も出撃の時を待っていた。アヴェ隊は
残存機数の少なさのため再構成されて本拠地防衛の任についている。４月２２日午後０時、
ルーゼル大隊の残党をことごとく駆逐し、ＵＥ側にもそれが伝わったであろう時であった。
「この戦争はガゼル・ハルバードのエゴから始まったものである。ＵＥ最高評議会議長
ラズラー・ハインドを脅迫し、評議会を権力下においたガゼルは"ハイデッカー学院卒業
試験制度"こと悪魔の制度を設立、罪無き子供達を犠牲にして軍事力を拡大した。そしてガゼルは
"星自治制度"の廃止、"軍事警察制度"の設置など、全人間をその圧倒的な軍事力でＵＥの
支配下においた。確かにそれで宇宙に争いは無くなった。しかし同時に自由もなくなったのだ。
人々は常に憲兵の目を気にしながら、また隣人の目をも気にしながら生きるようになった。
我々はこれでいいのだろうか！？断じて否！！ガゼルの恐怖政治を打ち倒し、宇宙に新たな
光をもたらすのだ！」
オォォォォォォォ！！！！！！！！！！
「（ＣＴＭはＵＥよりもガゼルのみを対象としている？確かにガゼルの悪政はひどいものだ
が・・・・）」
ラムダにはある種の巧妙なすり替えみたいなものがそこに存在していることが聞いてとれた。
恐らく他の兵士達にはＵＥ＝ガゼルと捉えられているだろうが、ＵＥで働いていたという過去を
持つラムダはそれが必ずしもイコールにならないと考えていた。
「（それにガゼルがハインド議長を脅迫？いくら俺が末端に位置した一兵卒だからと言っても
そんな話は聞いたことも無い・・・これがＵＥの情報統制の力なのか・・・それにしても・・・）」
いや、今は作戦のことだけ考えよう、ラムダはそう思った。彼はグリーズと言う虎の子の
最新ＡＣを与えられ、部隊の戦力として有力視されている。ＵＥに居たときのことはなるべく
考えないでおこうと思った。
しかしラムダはずっと不思議に思っていたことがあった。いや、当然のことなのだが、
この作戦の成功確率についてである。新参かつカノンの内情を十分に知ることも無く戦争に
かりだされたラムダにとって、ＵＥの常識（つまるところ計算主義）を打ち破るこの作戦を
１００％信じることができないのは当然であった。よくもまぁカノンの兵士達はこうも易々と
命を投げ出すに等しい行動が取れるものだと感じてさえいた。ナイチンゲールというたった
一人の顔も知らない人物の肩に全てが委ねられているとなればなおさらのことである。
いくらゼファーの親友だからといって何十万もの将兵とそれをはるかに上回る非戦闘員の命を
預けてしまっていいものだろうか。普通に考えればこんな作戦通る筈が無い。今回は急なＵＥの
攻撃による時間の無さが後押しして通ってしまったのだが・・・。
「ラムダはん」
「！？ゼファー？」
ラムダは本名を呼ばれたことに驚いた。彼はカノンではリンクスなのだ。
「安心しなはれ、この通信は外部には漏れまへん」
「・・・・・・で？」
「ナイチンゲールのことは心配しなはんな。絶対に、大丈夫や」
「！！」
ゼファーにラムダの心が読まれていたのが、それとも偶然であったかはラムダはわからな
かった。この広い宇宙にはいわゆる超能力を持つ人間が少数だが存在すると言われている。
偶然先天性の超能力を持って生まれてきたもの、今はもう廃止となった強化人間の末裔（の中
でも特に珍しい手術を受けたもの）であるもの様々だ。しかしこれらの人間はほとんどいない。
特に前者はまったくと言っていいほど存在していない。少なくとも歴史の表舞台に立ったことは
一度も無いとされている。
「ナイチンゲールは同じ場所で育ち、同じ飯を食ってきたんや。特別な絆ちゅうんかな、
そんなんで結ばれてんねんや。それに奥の手も打ってありまんねん・・・・・・」
「奥の手？・・・まぁいいか。とにかくここまで来たら後には引けない」
ゼファーは無言で（コクピット内なのでラムダには見えないが）頷いた。
"ナイチンゲール"はワルプルギス遠征軍旗艦であるグランドールの中枢部へ潜り込んでいた。
「もたもたしていられない・・・急がねば」
無人機コントロールの非常時コントロール・キーは厳重にロックされた部屋の中にあった。
ナイチンゲールは高官なのでセキュリティが気付く前にほとんどのロックを通常通りの作業で
解除することが出来たが、最後のロックだけはガゼルの指紋・声紋が必要だったので、
仕方なくコンピューターをハックした。
「これさえ手に入れれば・・・俺達の意志は報われる・・・そして・・・ついに・・・・・・
・・・何！？」
ナイチンゲールは背後に人のけはいを感じて瞬時に振り向いた。そこには見た顔があった。
「お久しぶりですね。セイント"η" フォルゲン・クラウフォード。いや、ここはナイチンゲールと
お呼びしたほうがいいのでしょうか？」
「アサシン・リンか・・・文字通り俺を殺しに来たか？」
セイント"η"ことナイチンゲールは懐の刀に手をやった。彼はセインツの中でもレーザー
ブレードやガンを使わず実刀剣を好んで使用することで有名である。彼はどこの流派にも属さない
が、最強剣士とうたわれている。しかしナイチンゲールの名が不似合いな豪傑というわけではなく、
なかなかの美剣士であった。
「まさかっ！いかに私とてセイントと、それも"剣静（剣聖とも、剣正とも言われる）"フォルゲンと
真正面から殺りあえばどうなるか・・・・・・ネタを明かしましょうか。私はあなたの親友
ゼファー・ボルラスに雇われました。彼からはあなたとの接触後は全てあなたの命令に従うよう
いいきかされています」
「何！？ゼファーが・・・・・・・・・本当だろうな」
リンは無言で頷いた。
「・・・そうか。どっちにしろ疑っている時間は無い。俺を全力で護衛してくれ」
「諾」
リンからは殺気が感じられなかったので、フォルゲンはコンピューターに再び向き直って作業を
続けた。ほどなくして扉が開いた。
「いくらだった」
フォルゲンは立ち上がるとリンに言った。
「５０００万」
「！？５０００万だと！」
５０００万と言えば優秀な一流の戦艦を数隻手にいれられるほどの金額である。これはリンに
とっても今までの契約金トップ３に入る額だった。
「そこまでだっ！」
「・・・っち」
フォルゲンが部屋の中に入ろうそのとき、この部屋に通じる全ての通路から兵士が流れ
込んできた。すでに外へ通じる全ての通路は兵士によって固められていた。フォルゲンは
静かに腰の刀に手をやった。
「無駄な抵抗は止めろ、クラウフォード」
憲兵を率いていたのはセイント"ζ"ジャドだった。
「ジャドか。憲兵たちの気配を消していたか」
「ガゼル閣下が知らなかったとでも思っていたか？っくっくっく・・・お前はもう終わり
だよ・・・さぁ、大人しく拘束を受けな。おっと、リンさんよ、閣下が１億コーム払うと
いっているから手出しするなよ」
フォルゲンは腰の刀から手を離した。そして腕を何気なく口元に近づけると、ぼそぼそと何か呟いた。
「クラウフォード、今何と言った！！・・・・・！！！・・・・・・何ぃぃぃ！？！？」
グランドールを激しいゆれが襲った。あらかじめ仕掛けておいた爆弾をフォルゲンが起爆
させたのだ。そして次の瞬間、彼は愛刀"鳴星"を抜き放っていた。
「私は行くっ！！行かねばならんのだ！」
フォルゲンはジャドを飛び越え峰打ちで数人の憲兵を打ち倒すと、出口へ向かってセイント
の出せる全力の速度で疾走した。その間にも幾つかの銃口がフォルゲンに向けられた。
「撃ち殺せ！・・くそっ！」
と命令を出しつつも、しょせん一般兵士が束になったところで一度走り出したセイントを
捉えられるはずも無かった。しかしジャドは命令を出した瞬間に自分自身も走り出していた。
「逃がさんぞっ！おらぁ！」
ジャドはフォルンゲンの足目掛けてダガーを放った。それはすさまじいスピードで
フォルゲンの足に突き刺さったかのように見えたが、フォルゲンはそっと刀で払っただけで、
その攻撃を防いだ。
「剣風とはこしゃくなっ！」
ジャドは一瞬の間に数十本のダガーを放った。通路を隙間無く埋めるように放たれたそれは
数人の憲兵を刺し殺したものの、フォルゲンを捕らえるには至らなかった。
「ぎゃっ！！！！」 「ぐはぁっ！？」 「いっ！！」
ようやく憲兵達が銃を撃とうとしたその時、リンが無言のまま空中からの一撃で憲兵
４人の首をかき切った。続く一撃でさらに２人が地面に沈んだ。それを見たジャドは素早く
かつ正確にリンの足目掛けてダガーを放った。リンは軽くそれを避けると、次なる獲物を
定めて攻撃に移ろうとした。
「リン！今は逃げることだけだ！」
フォルゲンは剣で縦に空気を切った。それは風の刃"波動斬"となって剣先にいた憲兵達を
あっという間に"気絶"させ、走り抜けた。リンも何回か振り向いてダガーを投げると、後を追った。
投げられたダガーは性格に兵士の喉を突き刺していたのだが。
「くそっ、パスワードを得られなかった以上この作戦は失敗か！・・・ゼファー、すまん」
フォルゲンは走りながらそう呟いた。
「そうとも限りませんよ」
リンは懐からディスクを取り出した。
「！？それはひょっとして！？」
「パスワードですよ」
「どうしてそこまで・・・・・・ジャドもガゼルが１億コーム払うといっていたじゃないか」
「そうですねぇ・・・あなた達に興味があると言っておきましょうか・・・気まぐれですよ」
リンはフォルゲンが来るよりも以前にパスワードを抜き取っていたのだ。まったく油断も
すきも無い奴であった。これはガゼルにとっても予想外の行動だったようだ。
"アサシン・リン"は"気まぐれ・リン"でもあったようだ。
「おっと、もうちょっとで脱出艇だってのに・・・最後のお出迎えがいるな・・・あれはっ！？」
フォルゲンとリンは急ブレーキをかけて止まった。いや、止まらざるを得なかった。
目の前にあるそれを無視して通り抜けることなど誰にも出来ないのだから。
「お疲れさま。大変だったでしょう」
「・・・あ・・・っ・・・・・・・・・・"α"か！」
フォルゲンは急にのしかかってきた恐怖という重圧に押しつぶされそうだった。そこに
いた最後の障害物は"α"ヨハネ・ザ・インフィニティであったのだ。真っ白な仮面で素顔は
誰にもわからないが、この一目でわかる高潔さはヨハネ以外の何者でもなかった。正義という
名の恐怖がそこにはあった。
「ここから先へはお通しできかねます」
一見ヨハネは腕をだらっとさせて居るだけのように見えるが、そこには一寸の隙も無かった。
その隙のなさがフォルゲンに決心させた。
「・・・・・・リン、それを持っていってくれ。俺が合図をすれば俺の部隊が決起する
手はずだ。それに紛れてゼファーのところまで行ってくれ。あんたの方が俺より速いからな」
「・・・いいんですね？」
「行ってくれ」
「諾」
リンはヨハネに捉えられない様全力で走り立った。しかしヨハネにはそれがはっきりと見えていた。
「お通しできかねるんですよ？」
ヨハネは衝撃波をリンに目掛けて繰り出した。しかしフォルゲンの放った剣風によってかき
消される。ヨハネはリンに二撃目を放つのを止め、対象をフォルゲンに変えた。
「・・・・・・いいでしょう。"η"フォルゲン・クラウフォード、全力で来なさい」
「言われなくても全力だ・・・速攻でお前を殺す！！」
フォルゲンは自分の持っている最高の技で攻撃することを決めた。
「鳴星（殺人の部）裏奥義・・・・・・"殺動斬り"！！
いやぁぃぃぁぃぁ！！！！！！！！！！！！！」
フォルゲンは鳴星を連続して払った。最高レベルの波動斬が数波ヨハネに向かって放たれる。
そして両手で鳴星を構えると、波動斬で発生する空気の変化にまぎれるようにして斬りかかった。
「っふぅ」
ヨハネはそっと口から息を吐いた。それは真空波となってフォルゲンの放った波動斬と
相殺しあう。そして落ち着いた様子で右手をまっすぐに立てた。いや、落ち着いてという
よりも、もとよりあせってさえ居なかったのかもしれない。もちろんその表情を見て取ることは
できなかった。
「見せてあげましょう。聖剣カリヴァーンを」
ガキィィィィン！！
鈍い音を立ててフォルゲンの鳴星が砕け折れた。そしてヨハネの腕には傷一つ残っていない
のであった。
「な･･･そんな馬鹿な！腕を斬りつけたはずだぞ！？それに鳴星は最高のオリハルコンで出来てい・・・」
ヨハネは右手一本でフォルゲンの心臓をセイント強化骨格ごと貫いた。すさまじい返り血が
ヨハネの白いマントと仮面を紅く染めた。
「これが聖剣カリヴァーンこと我が右腕ですよ。おもしろい時間をありがとう、そしてさようなら」
ヨハネは一瞬リンを追おうとしたが、次の瞬間再びグランドールを大きな振動が襲った。
死ぬ直前にフォルゲンは部下達に合図をしていたのだ。これによってリンは自機ＡＣである
"燐鬼"で脱出に成功、ゼファーの元へディスクを持って帰還することとなる。後世の歴史家は
この時フォルゲンが中枢部へ侵入する際もっと早くにリンが接触、ディスクのことを話して
いればフォルゲンは死ななくて良かったと言われるが、これのついては後々にヨハネが
メッセージを残している。
「どちらにしろ私は殺していたでしょう」
今回もＡＣ戦闘が１回も無い、とＡＣストーリーからどんどんかけ離れていくような気が
します。むしろ戦争もんの話になってきていますね。でもこれからはタイマン勝負もちらほらと
見かけられるようになっていくと思いますので、よろしくお願いします。
さて、セイントも何人か登場したところで、ＵＥという組織を一度おさらい＋補足して
おきたいと思います。今回の焦点は"セインツ"と、もうすぐ登場するであろう"ブルーツ"も
いっしょに説明しておきましょう。
まずＵＥは宇宙中の企業で構成されていることを忘れてはいけません（Ｒｅｔｕｒｎｅｄで
それが語られることはほとんど無いが）。そしてＵＥには議会が存在します。事実上の最高機関で
ある最高評議会は議長ラズラー・ハインドが統率しています。第二期ＵＥ発足当時、議会は
ちゃんと機能していたのですが、最近ではほとんど権力を持っていません。さらにその下に
自治局（ほとんど抹殺された局）、航宙局、教育局、厚生局、資源局、通信局、司法局、
警務局（これもほとんど抹殺されている）、軍務局、式典局の１０局が存在します。元々
ＵＥは統治組織ではないため、外務局はもちろん内務局も存在しません。これだけは今も
守られていますが、その仕事は軍務局が行っているに等しいというのが現状です。ＵＥ軍は
軍務局下にある軍隊です。その統率は軍務局長（大臣）ガゼル・ハルバードが執ります。
そしてセインツ及びブルーツは軍務局特務部に属する特務部隊です。特務部長はガゼルが
兼任しています。なお公の舞台に出るのはセインツだけでブルーツはその存在すら知られて
いませんが、ここに少し記しておきます。
セインツ（Ｓａｉｎｔ（ｓ）・・・清浄な人、慈悲深い人を意味する）
ＬＯＷナンバー
"α（アルファ）"ヨハネ・ザ・インフィニティ "β（ベータ）"ザイティン・マーナヤーカ
"γ（ガンマ）"ラーラ・ババロア "δ（デルタ）"エナ・ラルフローレンス
"ε（イプシロン）"アバキュス・ゲイザー "ζ（ツェータ）"ジャド・シャーマーン
ＨＩＧＨナンバー
"η（イータ）"フォルゲン・クラウフォード "θ（シータ）"ゲプト・カーラン
"ι（イオタ）"モックス・アジュライト "κ（カッパ）"ランス・ランスロット
"μ（ミュー）"ボルギニー・シュタイナー "ν（ニュー）"レオナード・レルラー
ブルーツ（Ｂｒｕｔｅ（ｓ）・・・理性無き人、鬼畜な人を意味する）
ＬＯＷナンバー
"ω（オメガ）" "ψ（プサイ）" "χ（カイ）" "φ（ファイ）" "υ（ウプシロン）"
ＨＩＧＨナンバー
"τ（タウ）" "σ（シグマ）" "ρ（ロー）" "π（パイ）" "ο（オミクロン）"
までが不明で、"ξ（クサイ）"パズ・マリオッタが名前のみだが知られている。今度登場するのがこいつ。
と、こんな感じです。もちろんセインツもブルーツもＬＯＷの方が強く、セインツと
ブルーツではブルーツの方が強いとされています。セインツは表向き、ブルーツは裏と
いった感じでしょうか。セインツは政治能力も要求される分戦闘能力が多少低いことは許されますが、
ブルーツは完全な戦闘組織のため戦闘能力だけが高い者が集められています。バズ・マリオッタは
アバキュス・ゲイザーをも凌ぐでしょう。果たしてこの人たちは人間なのでしょうか？（意味深）
情報を得るために犠牲が支払われ、得られるものは一体、何なのか？
人民は双方の指導者に導かれ、底の見えない争いへと身を投じる。
強い力を与えられた一兵士に過ぎないラムダは、どのような役割を
与えられ、舞い踊ることになるのか？
続きが楽しみ、楽しみ。読みたい人は感想メールを送付しましょうね。