暁の守護天使

　

　

第０１話「胎動」

　

　

「はぁ、まだ来ないのかなぁ……」

少女は、ため息をつきながら一枚の写真を見つめている。

写真には２０代と思われる黒髪の女性が写っており、裏返すと待ち合わせ日時が書かれていた。

「どこをどう見ても…間違ってないよねぇ」

少女は、出発の前に東郷から贈られた戦自仕様のパイロットウォッチを見ながらぼやく。

その時、サイレンの音がけたたましく鳴り響いた。

『ただいま、非常事態宣言が発令されました。市民の皆さんは、直ちに最寄のシェルターに避難して下さい』

「な、なにが起こったっていうの？シェルターってどこよ！」

辺りを見まわしてみても人影はなく、案内表示らしきものも無い。

「待つしかない、かぁ…」

少女は避難をあきらめ、ベンチに座った。

先程一瞬見せた狼狽もどこへやら、大した度胸である。

それから数分が過ぎた頃、少女の頭上を戦闘ヘリが通過していった。

「あのカラーリングはＵＮね。この辺だと入間か厚木？でもなんで…！？」

ヘリの飛んでいった方を向いた少女の目に、信じられないものが映った。

「なに、あれ…」

そこには、攻撃を受ける異形の巨人がいた。

呆然と巨人を見つめる少女の頭上を戦闘機が通過していき、巨人に向かって攻撃を仕掛けてゆく。

しかし、雨のように降り注ぐミサイル等は一向に効いた様子もなく、巨人は悠々と歩いていた。

そこへ、カン高いスキル音を鳴り響かせて青い乗用車が突っ込んでくる。

派手にドリフトをかまして停止した車の中から、写真の女性が顔を出して叫んだ。

「あなた、碇ユウリちゃんね！乗って、早く！」

「は、はい、了解です！」

慌てて荷物を掴んだ少女が乗り込むと、青い車は白煙をあげつつ発車した。

「いやぁ〜遅れてごめんねぇ、ちょっち忙しくってさぁ。あ、あたしは葛城ミサト。よろしくね、ユウリちゃん」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします、葛城さん」

「ミサトでいいわよ、かたっくるしいの苦手なのよね」

「了解です、ミサトさん」

「よろしい」

（それにしてもスゴイ美少女よねぇ、どう考えてもあの髭オヤジの娘とは思えないわ。）

「ところでユウリちゃ…ん？はい、葛城です。…ええ、保護したわ。今そっちへ…へ？ぬゎんですってぇ！正気なの、こんな街中でＮ２地雷使うなんて！」

会話の途中でかかってきた携帯電話に向かってミサトが叫んだ。

「ちょ、ちょっとミサトさん。Ｎ２地雷って、ホントですか？」

「ええ、マジよ。そろそろくるわ、３・２・１…」

その瞬間、凄まじい閃光と轟音に包まれて車が横転した。

「いたた…ユウリちゃん、大丈夫？」

「はい、なんとか」

「ったくエライ目にあったわねぇって…ぬゎによ、これぇ！！！」

車から這い出したミサトの目に映ったモノは、ベコベコになった愛車アルピーヌ・ルノーの姿だった。

「あ〜あ、まだローンが３３回も…。修理費だって…」

しゃがみ込んで指で地面にのの字を書きつつ呟くミサトに、ユウリが遠慮がちに提案した。

「あ、あの…とりあえず、逃げません？」

「そ、そうね、急がないと！」

再起動したミサトは、ユウリに手伝わせてルノーを起こしにかかる。

二人がかりで起こされたルノーは、何故か走り出してはくれなかった。

「チッ、バッテリーがイカレたの！？」

舌打したミサトは、丁度付近に駐車してあった車のボンネットを開けようとした。

「何してるんですか？」

「コイツからバッテリーを拝借するのよ！」

ユウリの問いに、振り向く事なく答えるミサト。

「それって、泥棒じゃあ…」

「非常事態だからいいのよ！それに、私国際公務員だし！」

全く悪びれる様子のないミサトにため息をつくと、ユウリは荷物からある物を取り出して車に向けた。

バンバン、と二発の銃声が響く。

絶句するミサトに構わず、ボンネットを開けてバッテリーを取り出すユウリ。

「早くしないと、ヤバイんじゃないですか？」

ユウリの声で再起動したミサトは、慌てて車の応急処置を済ませて発進した。

「あの…何で銃なんて持ってるの？」

「先生に貰ったんですよ、第三は物騒だからって。」

恐る恐る尋ねたミサトは、その答えに再び絶句。

二人を乗せた車は、途中何度か止まりそうになりながら、かろうじてＮＥＲＶ本部直行のカートレインに辿り着いた。

「どう？ここが人類最後の砦ジオフロント。あの建物がその中枢、ＮＥＲＶ本部なの。国連直属の非公開組織『特務機関ＮＥＲＶ』、それがあなたのお父さんがいる所よ」

「父さん、ですか…」

「苦手なの？お父さんの事」

「いえ、覚えてないんです。正直言って、手紙がくるまで自分に父親がいるってこと忘れてましたから」

答えるユウリの顔からは、何の感情も読み取れない。

ため息をついたミサトは、話題を変えてみた。

「そう。とろで、その手紙の中にＩＤカードが入ってなかった？」

「これですか？」

「そうそう、それよ。んじゃ、これ読んどいてくれる？」

「はい、了解です」

渡されたファイルを素直に読み始めたユウリは、ふと呟いた。

「…ミサトさん、こんな話を知ってますか？お金って、とっても寂しがりやで仲間が沢山いる所に集まるんですって」

ユウリが何を言わんとしているのか察したミサトは、何も言えなかった。

ファイルをパラパラと斜め読みし、全部読み終わった頃ようやくカートレインは停止した。

「んじゃ、行きましょうか！」

「了解です」

元気なミサトに対し、あくまでも冷静なユウリであった。

　

　

「…………もしかして、迷いました？」

「い、いやぁねぇ。大丈夫よ、ちょっち慣れてないだけだから」

そう言いつつも、ミサトの額には冷や汗が滲んでいる。

「だれかに連絡して案内してもらった方がいいんじゃないですか？ミサトさん」

「そ、そうね。システムは、活用されるためにあるんだもの」

付近の端末を利用して連絡をとった後、しばらく歩くとエレベーターの前に金髪の（眉は黒いままだったが）美女が立っていた。

「遅いわよミサト、また迷ったのね。全く、無様ね。…その子がサードチルドレン？」

「そ、碇ユウリちゃんよ」

「初めまして、碇ユウリです」

「初めまして、私はここの技術部長でＥ計画担当博士の赤木リツコ。リツコでいいわ」

「よろしくお願いします、リツコさん」

「よろしく（母親に生き写しね）。とりあえず、お父さんに会う前に見て欲しい物があるの。ついてきてちょうだい」

　

　

リツコを先頭にして暫く歩いた一行は、真っ暗な空間に辿り着いた。

音の響き方からしてかなり広い空間であろう、と推測したユウリは、リツコに問い掛けてみる。

「あの、ここは？真っ暗でなにも見えないんですけど」

「今、照明をつけるわ」

リツコがなにかのスイッチを操作すると、周囲が一気に明るくなった。

反射的に目を瞑ったユウリが恐る恐る目を開けると、そこには赤い液体に肩まで浸かった紫色の巨人の姿。

「何、これ。ロボット？」

「いいえ、これは汎用人型決戦兵器『人造人間エヴァンゲリオン』、その初号機よ」

ユウリの方を見ることなく、淡々と答えるリツコ。

「人間？人間なんですか、これ」

「限りなく人に近い生体兵器、といったところかしら」

「これも、父の仕事ですか？」

「その通りだ、ユウリ」

ユウリの質問に答えたのは、リツコではなかった。

声のした方を見るユウリ。

するとそこには、サングラスに顎鬚、真っ黒い制服を着た、マフィアのボスのごとき風体の男がいた。

「誰ですか？」

「ＮＥＲＶ総司令、碇ゲンドウ。あなたのお父さんよ」

今度の質問に答えたのは、ミサトだった。

「出撃だ、ユウリ」

いきなり要点のみを伝えるゲンドウに、ユウリは冷静に尋ね返す。

「出撃って、私にこれに乗れっていうんですか？」

「そうだ、これはお前にしか出来ない事なのだ」

ユウリの問いに対し、またしても簡潔な答えのゲンドウ。

その場が一瞬、沈黙に包まれる。

その沈黙を破り、ミサトが叫んだ。

「まって下さい、司令！あの綾波レイでさえシンクロするのに７ヶ月もかかったんですよ、今来たばかりのこの娘には無理です！」

「葛城一尉、今は奇麗事を言っている場合では無いのよ。人類が生き残る為には、手段を選んではいられないわ。それともあなた、あの状態のレイに出撃させようって言うの？」

「う、それは…そうかもしれないけど、でも…」

叫んではみたものの、リツコの冷静な指摘に対して何も言えないミサト。

そこへ、焦れたゲンドウの怒声が響く。

「ユウリ、乗るなら早くしろ、でなければ帰れ！」

「帰れ？本当に帰ってもいいんですか、私」

ユウリの冷静な指摘に、今度はリツコが答えた。

「かまわないわ、その時は人類が滅亡するだけ。みんないなくなってしまうから、誰も文句は言わない、いいえ、言えないでしょうね」

「始めから選択肢なんて無い、て事ですか」

リツコの方を白い目で見るユウリ。

その目に怯む事無く、リツコはさらにたたみかける。

「これはあなたのお母さんの遺志でもあるのよ、ユウリちゃん」

「母さんの？…どういう事ですか」

「あなたのお母さんはね、エヴァ開発の中心人物だったのよ。だからこれは、言ってみればお母さんの形見のようなものね。どう、これでも乗らない？」

「………了解です。どうせ、帰るって選択肢は選ばせてくれないんでしょう？」

「その通りよ」

「ちょ、ちょっとリツコ。ユウリちゃん、本当にいいのね？」

「いいんですよ、葛城一尉。赤木博士、これの扱い方教えてもらえますか？」

「ええ、ついてきてちょうだい」

名前ではなく肩書きで、不機嫌そうに言うユウリにリツコが応じ、エヴァの方へ歩いて行った。

　

　

レクチャーを終えたユウリをケイジに残して発令所に移動した一行は、モニターで発進の準備を見ていた。

「ＬＣＬ注水開始します。」

ショートカットで童顔の女性オペレーター、伊吹マヤが報告する。

「赤木博士、なんですか？これ」

「ＬＣＬよ。肺がＬＣＬで満たされたら呼吸出来るから、落ち着いて空気を吐き出して」

この状況でも落ち着きを失わずに問うユウリに、リツコはこれまた冷静に返した。

「了解です。……血の臭いがする、気持ち悪い」

「我慢して。それはエヴァとのシンクロを円滑にすると共に、あなたの体を衝撃から守る役目も持っているの。マヤ、神経接続スタートして」

その声に応えて、マヤがキーボードを叩き始めた。

「初期コンタクト異常なし、双方向回線開きます。シンクロ率、……２５．３％」

「（ちっ、予想より低いわね。）ユウリ、聞こえる？ユウリ！」

「先輩！」

「何なの、マヤ」

「パイロットの心理グラフが乱れています！」

「何ですって！ユウリ、どうしたの、ユウリ！」

　

　

「私、これの事、知ってる気がする。そんなはず、ないのに。何故、何故………どうして私なの、母さん………！！」

（何、頭の中に…ヤダ、ヤダ、何これ！何なの！）

その時、両手で頭を抱えるユウリの脳裏に、封印された過去の記憶がフラッシュバックした。

（そうだ…あの時の巨人、あれがエヴァなんだ。じゃあ、母さんは？母さんはどうなったの？）

何か、フワリとした暖かい感触に包まれたのを感じ、顔をあげるユウリ。

その視線の先に、母の姿を見た気がして、ユウリは思わず叫んだ。

「母さん、母さんなの？待って、どこ行くの？母さん！」

　

　

「先輩！シンクロ率が急速に変動しています。口頭での報告、できません！」

「ちょっとリツコ、なんとかしなさいよ！これじゃ、戦うどころじゃないわよ！」

『母さん、母さんなの？待って、どこ行くの？母さん！』

突然聞こえてきた絶叫に、メインスクリーンに注目が集まる発令所。

（まさか、母親が消えた時の事を思い出したっていうの？）

思案するリツコの耳に、マヤの報告がとびこんできた。

「シンクロ率安定、９２．１％です。ハーモニクスも正常、エヴァ初号機、起動しました！」

「よし、いけるわミサト」

リツコの言葉に頷き、ミサトはゲンドウに向き直った。

「碇司令、かまいませんね？」

「勿論だ、使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」

今度はゲンドウの言葉に頷くと、ミサトはメインスクリーンを見据えて叫んだ。

「（ようやく始まるのね、私の復讐が。）エヴァ初号機、発進！！」

ミサトの号令と共に射出されるカタパルト。

ここに、使徒ＶＳ人類の戦いが幕を開けた。

　

　

　

　

　

　

＜後書き＞

こんな作品を続けて読んで下さった方々、ありがとうございます。

まとめて投稿その２、第１話です。

誤字脱字の訂正や、書き足し書き直し等を施してみました。

主人公の名前ですが、「ユイ」から一字を取って「ユウリ」としました。

「男ならシンジ、女ならレイ」というゲンドウのセリフは忘れて下さい。

この作品では、無かった事にします。

外見のモデルは、某ソフトボール漫画「ウィンド○ル」の主人公「広○滝」ちゃんです。

いささかマイナーな作品ではありますが…ご存知ですか？

できれば、次回も広い心でお読みください。


感謝の言葉

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