暁の守護天使

第０４話「不協和音」

マナ、マユミ、ヒカリという三人の親友を得たことにより、ユウリはとても充実した日々を送っていた。

又、それが精神を安定させ、エヴァへのシンクロにもいい影響を与えていた為、技術部長の赤木リツコはご機嫌だった。

シンクロ率は９０％台で安定し、ＡＴフィールドの展開・応用についても多種多様な実験が行えるようになったのだ。

今日の実験のお題は、ＡＴフィールドの攻撃への応用についてであった。

「ウフフフ……素晴らしい、素晴らしいわ！まさに無限の可能性ってやつね！」

傍から見ると非常にアブナイ笑顔でリツコが言う。

「ユウリちゃん本当に凄いですね、先輩。先日フィールドの複数同時展開にも成功してますし、うまく使えれば攻防一体の究極兵器ですよ」

「ねぇリツコ、実戦には使えそう？」

マヤの言葉に、ミサトが反応して尋ねる。

作戦部長としては、気になるところであろう。

うまく使えれば、エヴァの戦闘能力が飛躍的に向上するかもしれないのだ。

「実戦投入は…まだ無理ね。武器として使うには、通常よりもさらに深い集中が必要になるの。だからとっさに使うにはタイムラグが大きいし、長時間持続させられないのよ」

「それって、訓練次第でどうにかなる？」

「ええ、勿論。要はイメージと集中力、訓練すれば充分実戦レベルになるでしょうね」

「じゃ、以後の訓練、一考の余地有りね」

「ええ、そうね。ユウリ、今日の実験はこれで終了、あがっていいわよ」

「了解です。今日はレイさんが退院だそうなんで、これから一緒にレイさんの家に行ってから帰宅します」

「そう…私も今日は遅くなるし、ゆっくりしてらっしゃい」

ミサトは、ニッコリ笑ってそう言った。

訓練を終えたユウリは、レイと共にレイの住むマンションに向かった。

段々と人気が無くなっていく事に、不安を覚えるユウリ。

やがて、完全に人気が消え去ってしまう。

いや、性格には若干ではあるが感じられる。

だがそれは、チルドレンをガードする保安部員の気配であり、この近辺に住民が住んでいる証という訳ではなかった。

「ここよ、ユウリさん」

一端足を止め、レイが呟く。

周囲を見まわすユウリの目に映ったのは、どう考えても人が住んでいるとは思えない廃墟のような団地だった。

戸惑うユウリをよそに、レイは自室へと歩いていく。

「ここが私の部屋よ、ユウリさん」

そう言ってレイが立ち止まったのは、ドアの郵便受けに山のようなダイレクトメールが突っ込まれた部屋だった。

表札に『綾波』と書いてあるが、ここに人が住んでいるなどとは誰も思わないであろう。

レイに続いて部屋に入ったユウリは、さらに驚いた。

その部屋は、どう贔屓目に見ても１４歳の少女が住んでいるようには見えなかったのだ。

壁も、天井も、床も、コンクリートの打ちっぱなし。

調度品はベッドと冷蔵庫、クローゼットは造り付けの簡素なもの。

キッチンには全く使用した形跡が無い。

ユウリには、この部屋がまるで牢獄か病院の隔離病室のように思えた。

「ねぇ、レイさん。この団地って、レイさんの他に誰か住んでるの？」

「私以外の人は、見たこと無いわ…」

恐る恐る尋ねるユウリの言葉に、いつも通りの調子で答えるレイ。

だが、ユウリはその瞳に僅かながら感情の揺らぎを見た気がした。

「そう。レイさん、こんな所に住んでて寂しくない？」

「考えたことない……でも今は……寒い…かもしれない……心が…寒い……」

「それって、寂しいってことじゃないの？」

「寂しい…そう…私、寂しいの？……これが寂しいという気持ち……」

シンと静まり返った室内を、重い空気が支配した。

「そ、そうだ！レイさん、シャワー浴びない？」

重苦しい空気に耐えきれず、ユウリは強引に話題をかえようとした。

「だめ、まだ………」

「大丈夫、大丈夫、ちゃんと準備すれば問題無いって。やっと退院できたんだもの、シャワーぐらいあびないとネ！」

妙に明るい声でそう言いつつ、テキパキとレイの服を脱がせていくユウリ。

レイが一糸まとわぬ姿になったところで、レイの股間に見なれぬモノを見つけたユウリは思わず絶叫していた。

「え、えぇーーーーーーー！！！レイさんって、男のコだったのーーーー！！！！」

その絶叫に、レイは少し悲しそうな顔で答えた。

「いいえ、私は男でも女でもない………ヒトですらないの………」

「ご、ゴメンナサイ！私、そんなつもりで言ったんじゃないの、ちょっとビックリしただけなの…だから…」

「いいの、本当のことだから…。私はエヴァのパーツの一つでしかないもの………」

「ど、どういうことなの？」

「私は造られしモノ…エヴァの組織とヒトの遺伝子を用いて造られたホムンクルス……」

「ホムンクルス……？」

「そう…それに、セントラルドグマの奥には私の体のスペアが沢山あるの………」

「スペア？」

「この身体が失われたら、魂は別の身体に宿って目覚める…死ぬことすらできないの……だから…私はヒトじゃ、ない……」

「違う！そんなの違うよ！！！」

「違わないわ…私は…」

「病室で私と話してるレイさんは楽しそうだった！この部屋に戻ってきたレイさんは寂しいって感じてた！今のレイさんは悲しそう！そんなレイさんのどこがヒトじゃないっていうの！！！」

「でも、私は二人目……」

「関係ない！生まれ方が違うだけで今こうして生きてるじゃない！心が在るじゃない！だったらヒトだよ！レイさんはヒトだよ！！！」

「ココロ…私がヒト……？」

「そうだよ、レイさんはヒトだよ…。私達と同じ、ヒトなんだよ…。だから、ヒトじゃないなんて寂しいこといっちゃだめ…ね？」

ユウリの目には涙が溢れ、そして………。

「何これ…涙…？私、泣いてるの？何故…悲しくないのに…何故、泣いてるの……？」

「ヒトはね、嬉しい時にも泣くんだよ…」

「嬉しい、そう…嬉しいのね、私………」

レイは、生まれて初めて他人の胸にすがった。

そして、小さな嗚咽を漏らしつつ、涙を流し続けた。

それから二時間程たった頃、泣きつかれて眠ったレイの枕元に書置きを残し、ユウリは綾波邸を後にした。

「レイさん、また明日学校でね」

閉じられたドアに向かってそう呟くユウリ。

そしてユウリは、葛城邸へと帰っていった。

ユウリがレイから秘密を語られていた頃、ゲンドウは司令室奥の一室に居た。

いつものポーズで座るゲンドウの前に、幾つもの人影が現れる。

そして、ゲンドウの正面に座る老人が、口を開いた。

「碇、サードチルドレンに関する報告書、読ませてもらった。サードの力、少し異常ではないかね？」

「どういう意味でしょう？キール議長」

「解らぬとはいわせんぞ、碇。第３使徒戦において発揮した力…報告書にあるような内容では、到底説明出来ん。マイナスのシンクロなどというモノは、不可能とも言われているからな。しかも、以後の訓練においても理想的なシンクロ率を示している。何故だ？」

答えないゲンドウに、今度は別の老人が質問した。

「シンクロ率だけではない、ＡＴフィールドを自在に操るなど、考えられん事だよ。サードは、何か感付いているのではないのかね？その上でこのような力を示すとなれば、われらの計画の障害となるのは必至だよ」

「どんな力を持とうと、所詮は子供ですよ。修正範囲内です」

さらに、別の老人が質問する。

「本当にそういいきれるのかね？聞けば、サードは戦略自衛隊の将校と懇意にしているそうだね。そこから機密が漏洩する事は無いのだろうね？われらのシナリオが露見する事など、あってはならんのだよ？」

「それに関しても、問題ありません。サードには、常時厳しい監視がついています。その監視の目を誤魔化して外部と連絡をとるなど、不可能ですよ」

ニヤリと笑うゲンドウ。

「本当にそうかね？まさかとは思うが、サードを使って何やら画策しているのではあるまいね？」

「何の根拠があってそのような事を…。たかが子供一人に、何をそこまで警戒しておられるのですか？」

「たかが子供というがね、いかに堅牢なダムであろうとも、ほんの小さな穴から決壊するものなのだよ。万全を期す為には、どんな小さな要素も見逃してはならんのだよ」

「私は、常に備えを怠ってはいませんよ。それ故に、シナリオをここまで進めてこれたのです」

「まあいいだろう。今は、使徒を倒すための駒が揃っておらぬからな。だが碇、肝に銘じておくのだぞ。過ぎた力は不要だ。もしサードがわれらの計画の障害となるならば、すみやかに処分せよ」

「心得ております、全てはゼーレのシナリオのままに…」

キールの言葉にゲンドウが答えると、老人達の姿は消えていった。

「ユイ…初号機のあの力、お前なのだろう？お前はあの子に、何をさせようというのだ…」

ゲンドウの呟きは、闇の中に消えていった。

翌日、登校したユウリがマナ達と話していると、包帯を巻いたレイが入ってきてユウリに声をかけた。

「おはよう、ユウリさん」

「おはよう、レイさん。レイさんのお弁当も作ってきたから、お昼は一緒に食べようね」

「ええ、わかったわ」

かすかに微笑んでユウリに返事をしたレイは、自分の席へと向かった。

それから数瞬、教室は喧騒に包まれた。

それはそうだろう、今までクラスメイトと会話をしたことの無かった綾波レイが挨拶をし、あまつさえ微笑んでみせたのだ。

クラスメイトの質問攻めにあったユウリは、「友達になったの」と返答してその場をしのいだ。

その喧騒が静まった頃、教室に入ってきた一人の少年に向かってヒカリは声をかけた。

「相田君、鈴原にプリント届けてくれた？」

「いや、まだだ。トウジの家さ、ずっと留守だったんだよ」

「留守？どうしたのかしら…」

「昨日やっと連絡がとれたんだけど、トウジの奴、今病院にいるんだよ」

「病院！？どこか怪我でもしたの？」

「ああ…妹の方が、この間の戦闘に巻き込まれてな」

「えっ！……この間って…」

ヒカリは、一瞬だけユウリの方へ視線を向けると、再び少年の方へ向き直った。

ユウリがエヴァのパイロットである、という事実は既にクラスに広まっていた。

だが、マナとマユミの尽力もあってクラスに馴染んでいる。

その為、ユウリに対する誹謗中傷は無かった。

皆、自分達の代わりに一人の少女がその身を危険に晒して戦っている事を、理解しているのだ。

「そういうこと。あいつの家、親父さんもお祖父さんもネルフ勤めで忙しくってさ、トウジ以外に看病できる人間がいないんだよ」

「そう、そういうことか…。その話、ユウリさんには言わない方がいいわね」

「そうだな。トウジにも、頭が冷えるまでは黙ってた方がいいだろうな。あいつ、妹のこととなると見境ないからな」

「鈴原、妹さんのことすごく可愛がってたもんね…」

「俺、今日病院に行って会って話してくるからさ、明日報告してやるよ」

「そうね…お願いね、相田君」

その日の放課後、ユウリは訓練終了後に定期検診を受けていた。

そして、帰宅するために一般病棟を通り抜けようと歩いていると、見覚えのある人物が言い争っているのが目に入った。

「あれは、技術三課の鈴原課長と…同じクラスの相田君？それと…誰だろう」

言い争う様子が気になって近付いていったユウリの耳に、黒いジャージの少年の声が飛び込んできた。

「なんでや、なんで教えてくれへんのや！ナツミの奴が怪我したんは、あのロボットが暴れたせいやないか！」

「それは違うで、トウジ」

「何が違うんや、お父ん！ええから教えくれや、パイロットに文句の一つも言うたらんと、ワシの気が済まんのや！」

言い争いはなおも続いていたが、ユウリの耳にはもはや届いていなかった。

（そんな…私聞いてない……。あの戦いで怪我人が出たなんてそんなの…私聞いてない…あの時、民間人の避難は完了してたはずじゃ…）

もちろん、ＮＥＲＶとしては完了させているつもりだった。

しかし、いくら日頃から避難訓練等をしていたとしても、初めての実戦である。

逃げ遅れる者がいない訳が無い。

そこに思い至り、ユウリは自分の迂闊さを悔いた。

そして、怒り心頭の少年に向かって歩いていった。

「私が、そのロボットのパイロットです」

「サードチルドレン！」

「碇！」

ジャージの少年以外の二人が驚く。

そして、ジャージの少年、鈴原トウジの鉄拳が唸った。

「！」

抵抗せずにその拳を受けて倒れるユウリ。

その上に圧し掛かり、トウジは胸倉を掴んだ。

「オノレがパイロットかい！オノレのせいで、ワシの妹は大怪我したんや！ヘタすりゃ一生車椅子や、どないしてくれるんじゃボケェ！！」

「ゴメン…なさい…」

苦しそうに呟くユウリ。

その声に、さらにヒートアップしたトウジは、再び拳を握り締めた。

「ゴメンで済んだら警察はいらんのじゃ、こんボケがぁ！」

そう言ってさらに殴ろうとするトウジの腕を、トウジの父ハルアキとケンスケが掴む。

「やめんかい、トウジ！」

「お父ん！なんでコイツの味方するんや！」

「やりすぎだぞ、トウジ。ナツミちゃんの怪我は碇のせいじゃないだろ？」

「ケンスケ！オノレまでコイツの味方すんのか！………もうエエわ！！」

トウジは、ハルアキとケンスケの手を振り解くと走っていった。

「トウジ！…碇、アイツにはよく言っとくからカンベンな。おじさん、俺アイツを追いかけます」

ペコリと頭を下げると、ケンスケはトウジを追っていった。

息子とその親友の背中を見送ったハルアキは、呆然として座り込むユウリに向き直った。

「ウチの愚息がすまんことしたな」

「鈴原課長、あの…」

言いよどむユウリ。

ユウリの言いたいことを察したハルアキは、深呼吸をすると、話し始めた。

「ワシの娘が怪我をしたんは残念ながら事実や。せやけど、ワシは君を責めるつもりなんぞあらへんで」

「どうして…？」

「ワシはエヴァがどういうモンか、エヴァに乗って戦うんがどれだけ大変か、君がどういう状況でエヴァに乗ったんか、みんな知っとる。どれだけ感謝しても足りへんくらいや。君が気に病む事なんて、何もあらへんのやで」

ハルアキは、とても優しい笑みを浮かべると言葉を続けた。

「なあ、娘に会うてみいひんか？」

＜後書き＞

何だか、中途半端な引きですね。

トウジにユウリを殴らせるかどうか、悩んだのですが、結局殴らせました。

普段ならともかく、この時の彼の精神状態は普通じゃないですからね。

それから、鈴原一家が登場しました。

父親は「ハルアキ」、妹は「ナツミ」ということにします。

鈴原家の人々の名前には、春夏秋冬から一文字とっています。

お祖父さんの登場は現在未定です。

ところで綾波嬢ですが、「ホムンクルス」と表記したのは個人的な趣味です。

「クローン」より「ホムンクルス」の方がふさわしいような気がしたモノで。

まあ、今の綾波嬢は二人目なので「クローン」でもいいかもしれませんが。

あまり気にしないでいただければ幸いです。

シャムシエルは、次回に登場します。

それでは、次回も広い心でお読み下さい。

エヴァの操縦も今後にかなり期待できるようになってきて順調、といえる
状態なのに、トウジ君の怒りの鉄拳制裁で一気に波乱の状態ですね。
それに、レイの秘密を第４話にして知ってしまった、というのも今後に
どんな影響を与えるのか、・・・にしても、パオーンなモノとご対面とは
思いませんでした。（＾＾；）　

さて、読まれた人は Ｔ．Ｈ さんに感想と一緒に気力を送って、執筆活動を
がんばってもらいましょー♪