暁の守護天使

　

　

第１２話「忍び寄る影」

　

　

「碇よ、『Ａ−１７』を発令したにも関わらず、結局成果は無しか」

「お言葉ですが議長、捕獲こそ失敗しましたが、殲滅には成功しています。問題無いのではありませんか？」

「何をぬけぬけと…『Ａ−１７』の発令によって、世界経済がどれ程の打撃を受けたことか。君に、それが理解出来ぬ筈もあるまい？」

「さよう、これは先のような日本一国だけの問題ではないのだよ？」

「国連議会においても、大きく取り上げられているよ？」

「全く、どれだけ問題を大きくすれば気が済むのかね？」

「これ問題が以上大きくなれば、厄介な事になる。そう言った筈だよ、碇君」

「まさか、忘れたなどとは言うまいね？」

「ＮＥＲＶとエヴァ、もう少しうまく使いたまえ」

「仰る通りかもしれませんが、委員の皆様方には多少の益をもたらしたのではありませんか？」

「先んじて手を打つ事によって、多少の益は得た。それは認めよう。だが、全体の損失からみれば、微々たるモノにすぎん」

「これだけの被害を出しておいて、結果がいつもの通りでは割に合わんよ」

「これはやはり、ＮＥＲＶの予算に関して、考え直さねばならないようだね」

「何を仰るかと思えば…。先日も申し上げましたように、ＮＥＲＶはギリギリの予算で運営されているのですよ。私は、使徒を倒す為に必要な最低限度の額しか要求していないつもりです」

「最低限度？本気で言っているのかね？」

「ただでさえ、先日対人警戒設備の予算を削減されたというのに。これ以上削減されては、ＮＥＲＶの運営に支障が出る事は必至ですよ」

「そうかね？私には、まだ多すぎるようにも思えるのだが」

「とんでもない。確かに、迎撃用施設に関しては予想被害額を下回っています。しかし、エヴァの維持・管理に関しては、予想の額を遥かに上回っています」

「本当に、エヴァにそれだけの費用がかかっているのかね？」

「確かに、先の零号機の修復には莫大な金額をつぎ込んだがね。だが、維持・管理に本当にこれ程の費用が必要なのかね？」

「仰っている意味が、よく解りませんな」

「……碇、貴様の任務はわれらの計画を遂行する事だ。それを忘れぬようにな」

「全てはゼーレのシナリオのままに」

　

　

第８使徒戦の後、全身に火傷を負ったユウリは入院していた。

強いＡＴフィールドに守られていた為、致命的な傷は負わずに済んだ。

また、医療ポッドに入って集中治療を受けたおかげで、その治りも早かった。

従って４・５日の入院で済むはずだったのだが、ミサトやレイの説得で、やや長めの入院生活を送る事となってしまったのだ。

そして、予想外に長い入院生活から解放されたユウリが見たモノは、無残に荒れ果てた葛城邸の姿だった。

ため息をつくと、掃除を始めるユウリ。

夕方までかかってようやく掃除を終わらせたユウリは、買物へ。

山のように食材を買いこんだユウリは、久し振りに料理を始めた。

　

　

訓練を終えたアスカがミサトと一緒に帰宅すると、そこは今朝までとは別世界のように綺麗になっていた。

絶句する二人の鼻に、美味しそうな匂いが漂ってくる。

慌てて中に駆込むと、テーブルの上に沢山の料理が並んでいた。

「二人とも、お帰りなさい。おなかすいたでしょ？久し振りで張りきりすぎちゃったから、頑張って食べてね！」

ユウリの満面の笑顔での出迎えに、赤面して固まるアスカ。

「お、おう。…そういえば、今日退院だったよな」

ユウリの笑顔の直撃に硬直したままのアスカは、かろうじてそう返事をした。

そんなアスカの態度をからかおうとしたミサトだったが、それより先にユウリが口を開く。

「ほら、二人とも早く手を洗ってきて。せっかくのお料理が冷めちゃうよ？」

そこへ、絶妙のタイミングでミサトの腹が鳴る。

久々の美味しい料理の匂いに、ミサトの胃袋が我慢の限界を超えたようだ。

慌てて手を洗い、席に着く二人。

家が綺麗になってご機嫌のペンペンは、すでに定位置で待っている。

「「「いただきま〜す！」」」

「クワ！」

楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

　

　

その夜、ユウリが銃の手入れをしていると、部屋の扉を誰かがノックした。

「は〜い。アスカ？」

「ああ、ちょっといいか？」

「うん、どうぞ」

ユウリの部屋に入ったアスカは、ユウリの勉強机の椅子に座った。

「で、どうしたの？こんな時間に」

「ああ、ちょっと聞きたい事があってな」

「聞きたい事？」

「ああ……………」

二人の間に沈黙が訪れる。

長い沈黙の後、アスカがようやく口を開いた。

「浅間山で…」

「浅間山で？」

「冷却材のせいで崩れていく使徒のコアを、何かが貫くのが見えた。あれは、お前だよな？」

「……うん…」

「じゃあ、ワイヤーが切れて沈んでいく弐号機を引っ張り上げる為に、マグマに飛び込んだよな？あれは何故だ？」

「何故って言われても……」

「初号機は、Ｂ型装備のままだった。飛び込めばどうなるかぐらい、お前にだって解ってたはずだろ？」

「それは…そうかもしれないけど……」

「お前、エヴァが損傷したら自分も怪我するんだろ？今回だって、結局入院したし。それが解ってて、何故マグマに飛び込めるんだ！？」

「だって…あのままじゃ、アスカが死んじゃうじゃない」

「でも！あれじゃ、お前が全身大火傷で死んじまうかもしれなかっただろ！ヘタすりゃ、二人とも死んじまってたかもしれねぇ！！」

段々と興奮し始めるアスカ。

「そうかもしれないね。でも、私にはあの局面であれ以外の行動はとれないよ」

「だからなんで！！」

「だって、仲間が助け合うのは当たり前でしょ。アスカは違うの？それとも、アスカにとっての私は、仲間じゃないのかな？」

「！！…………そうか、そうだよな…つまらない事聞いて悪かったな。じゃ、俺寝るわ」

「うん、おやすみアスカ」

ユウリの言葉に送られて、自分の部屋へ戻るアスカ。

「仲間、か……。そんな風に考えた事って、無かったよな………」

アスカにとって、他のチルドレンとは蹴落とすべきライバルでしかなかった。

「それが、アイツと俺の差って事なのかね……」

アスカは、そう呟くとベッドに寝転んだ。

こうして、葛城邸の夜は更けていった。

　

　

翌日、久々に登校したユウリは、平穏な日常の大切さを噛締めていた。

友人達との他愛ないおしゃべり、友人達と一緒に食べる昼食。

こうしたものを失いたくない、なんとしても生きぬこう、そう決意を新たにするユウリであった。

そんな平穏な日々が続いたある日の放課後、ＮＥＲＶまで来たチルドレンは、ゲートの前で困っていた。

ＩＤカードをスロットに通したにもかかわらず、ドアが開かないのだ。

「くそっ、俺のも駄目だ！」

苛ついた声をあげるアスカ。

これで、全員のカードが試された事になる。

「どないなっとるんや、一体。なんでドアが開かへんのや？」

いかにも困り果てたような声のトウジ。

「変だわ、電源がきてないみたい」

レイの呟きに、一同の注目が集まる。

確かに、スロットに付いているランプが消えていた。

「ねえレイ、ここの電源が落ちるなんてこと、あるのかな？」

ユウリが疑問を口にした。

「ここの電源は、正・副・予備の３系統あるの。その３系統が一度に落ちるなんて、理論上ありえないわ」

「せやけど、実際落ちとるやないけ」

レイの答えに、トウジが疑問の声をあげる。

「ということは…」

「落ちたんじゃなくて、落とされたって事だな」

ユウリが言いかけた言葉を遮るように、アスカが言う。

「……駄目、電話がつながらないよ」

素早く携帯電話を取り出したユウリが、皆に告げる。

「有線電話も駄目ね…」

ゲート横の電話を使ったレイがさらに言う。

「どないするんや？このままここにおってもしゃあないやろ」

トウジの言葉に考え込む一同に、ユウリが提案した。

「私達がとるべき行動は、二つに一つ」

一旦言葉を区切り、皆を見まわすユウリ。

皆の視線が自分へ向いたのを確認すると、ユウリは皆に問い掛けた。

「一つは、テロ等の可能性を考慮して、どこかへ身を隠す。もう一つは、使徒襲来に備えて、発令所もしくはケイジへ向かう。どうする？」

「俺達はエヴァのパイロットだぜ、なら選択肢は一つ。そうだろ？」

今度は、アスカが皆に問う。

「そうね、とりあえず発令所に向かうべきだと思う」

レイが、その意見に賛成。

トウジも、特に反対はしない。

「了解。じゃあ、発令所に向かう、ということでいいのかな？」

ユウリがカバンを探りながら確認する。

それに頷く一同。

「なあ碇、何しとるんや？」

トウジの言葉は、皆の意見でもあったのだろう。

さらに頷く一同。

それにかまわず、カバンから取り出したベルトを太腿に巻くユウリ。

顕わになった太腿に、赤面しつつ視線を逸らすアスカとトウジ。

そこに、ユウリは装弾を確認しつつ銃を挿していく。

銃と一緒にナイフと予備の弾倉を挿し、革製の手袋をはめる。

ＮＥＲＶの公用で出かける時は脇と腰に銃を装着するユウリだったが、普段からそんな目立つ場所に銃を装着しておく訳にはいかない。

したがって、プライベートの時にはこのように太腿に装着して、スカートでカモフラージュしているのだ。

学校でも、体育の授業以外では肌身離さず身に着けている。

今日はたまたま最後の授業が体育だった為、そのままだったのだ。

「これでよし、っと。念には念を入れないとね」

あまりの事に、あっけにとられる一同。

全くの余談ではあるが、チルドレンの中で、銃を常に携帯しているのはユウリだけである。

アスカやレイも、支給されている訳ではないので、わざわざ面倒な許可を得てまで身に着けたりはしていない。

まだまだ初心者のトウジに至っては、ＮＥＲＶから一歩でも外に出れば触れる事も許されていないのだ。

そんな皆の雰囲気には構わず、ユウリはレイに尋ねる。

「じゃ、行こうか。レイ、ここからだと、どういうルートで行けばいいのかな？」

「え、ええ…こっちよ」

ユウリの問いに、再起動したレイが歩き出した。

　

　

それより少し前、ＮＥＲＶ本部内では…。

赤木リツコ博士が、ボタンを押したまま硬直していた。

白い視線がリツコに集中する。

「わ、私じゃないわよ……」

額に一筋の汗をたらしつつ、弱々しい声で弁解するリツコ。

さらに強まる視線。

周囲のスタッフは、マヤ以外全員がリツコのせいだと思っているようだ。

「わ、私じゃないって言ってるでしょ！マヤ、発令所へ行くわよ。ついてらっしゃい！」

逆ギレして歩き出すリツコだったが、当然ドアは開かない。

周囲の男性スタッフ数人に手動でドアを開けさせると、リツコは足早に実験室を後にした。

やはり、多少は後ろめたいのかもしれない。

発令所に着いたリツコは、状況を確認後ＭＡＧＩにダミープログラムを走らせると、ゲンドウ、冬月と会議を始めた。

　

　

どうにか手動でドアを開けたチルドレンは、レイを先頭に本部内を歩いていた。

自分が行動の主導権を握っていないアスカは、不満そうに後ろをついていく。

そして幾度目かの分岐点を過ぎた頃、とうとうアスカの不満が爆発した。

「へ〜、流石は司令のお気に入り。随分と詳しいじゃねえか」

「やめなよアスカ、今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ？」

アスカの言葉をたしなめるユウリ。

一方のレイは、全くの無反応だ。

それが気に入らないのか、アスカはさらに言葉を放つ。

「ケッ、いつもすましやがって。いいよなぁ、ろくな戦績もねぇのに贔屓されてよぉ」

悪意のこもったその言葉に、レイが反応をみせた。

「あなた…あなたが私の何を知っているというの！」

珍しく強い意思を込めた瞳で、アスカを見詰めるレイ。

それは、ユウリですら見たことのない、レイの、負の感情の発露だった。

それに神経を逆撫でされたのか、アスカの口は止まらなかった。

「へぇ〜、人形のくせに、そんな顔ができたのか？」

「！！…私は人形じゃない」

レイも負けじと言い返す。

さらに険悪になる空気に、ついにユウリがキレた。

「いいかげんにして！！そんな事してる場合じゃないって言ってるでしょ！！！」

ユウリの剣幕に黙る一同。

その沈黙を破ったのは、トウジだった。

「惣流、今ワシ等がやらなあかんのは、発令所に行く事やなかったんか？喧嘩なんぞ、後でなんぼでも出来るやないか」

「そうだよ、今は行かなきゃ。レイ、案内をお願い」

トウジの言葉に、ユウリが皆を促す。

頷いたレイは、再び歩き出した。

それに続く、ユウリとトウジ。

アスカは、黙ったまま、一歩遅れて歩き出した。

誰も一言も発しないまま歩き続ける一同を、突然ユウリが止めた。

「みんな、ちょっとここで待っててくれる？言っとくけど、喋っちゃダメだよ」

小さな声でそう囁き、レイに荷物を預けて目の前のＴ字路を曲がるユウリ。

一同が困惑していると、Ｔ字路の先から話し声が聞こえてくる。

慎重に覗いて見ると、ユウリが３人の男達と対峙していた。

「この停電は、あなた方の仕業ですね？」

それは、質問と言うよりも、確認を取っているような口調だった。

「だとしたら、どうするのかね？」

３人の内、中央に立つ男が答える。

相手が子供の為か、完全にナメきっているようだ。

「あなた方に対し、保安条項に基く超法規的措置を適用します」

キッパリと言い放つユウリに対し、男達の態度は全く変わらない。

「こいつ、サードチルドレンですよ」

右に立つ男が、中央の男に報告する。

「なるほど、では我々と一緒に来てもらおうか、お嬢さん。なに、殺しはせんよ。我々の役に立ってもらわねばならんからな」

中央の男が銃を抜きながら言う。

相変わらずナメきった口調のまま、ニヤニヤと笑っている。

タメ息をつくと、男達に無造作に近づくユウリ。

左右の男達は、油断しているのか、銃は抜いていない。

それらを確認しつつ自分の間合いまで接近したユウリは、一気に踏込み中央の男の水月に一発叩き込んだ。

その一発で、中央の男は銃を落とし、派手に転ぶ。

続いて、スカートの中から素早く銃を抜くと、油断していた左右の男の両肩に銃弾を撃ち込む。

正確に肩に吸い込まれた銃弾は、二人の男の両腕を使用不能にし、廊下を赤く染める。

そして、起き上がってきた中央の男を投げ飛ばしたユウリは、さらに一発入れて気絶させた。

「ごめんなさい…。でも、プロなんだし覚悟はできてますよね？あなた方を拘束します。あなた方には、黙秘権も無ければ弁護士を呼ぶ権利もありません」

そう告げるユウリの顔は、苦しげに歪んでいた。

どれだけ強くなろうとも、やはり他人を傷つける事には躊躇いがある。

組み手などは問題無いし、射撃訓練なども問題無くこなす。

だが、訓練では出来る事でも、やはり実戦では躊躇ってしまう。

その僅かな躊躇いが、己の死を招く。

繰り返し教え込まれた言葉ではあるが、頭では理解出来ても、心が納得しない。

その優しさ、あるいは弱さか。

それがユウリの人としての美点であり、戦士としての欠点でもあるのだが。

「凄腕なのは認めるが、まだまだ甘いな、お嬢ちゃん。これじゃあ、プロ失格だぜ」

肩を撃ち抜いた男の内の一人が、そう呟いてニヤリと笑う。

その笑いに何かを感じたユウリは、とっさにその場を飛び退いた。

一瞬の後、二人の男の肉体が炸裂。

狭い廊下を、爆発の衝撃が駆け抜ける。

「！…まさか、自爆！？…何故……」

呟くユウリの目に映る男達は、気絶した一人を除いて、もはや原型を留めていなかった。

生きて捕虜となれば、死よりも辛い運命が待っているのは想像に難くない。

ましてや、ＮＥＲＶは機密性の高い超法規的組織。

そこでどのような扱いを受けようと、それが表ざたになる事は決して無い。

そのような扱いを受けるよりは、自ら死を選ぶ。

それが非合法活動を生業とするプロの覚悟、と言えばそれまでかもしれない。

だが、ユウリはまだ１４歳。

そんな言葉で割りきれる程には、大人ではなかった。

ユウリの目に、涙が滲む。

それがどういう涙なのか、ユウリ自身にも解らなかったが。

「ユウリさん！」

レイが突然駆け出した。

トウジとアスカもそれに続く。

素早く駆け寄ったレイは、ユウリの無事な姿に安心し、抱き着いて泣き始めた。

「こりゃまた、派手にやったもんだな…」

周囲を見回したアスカが、顔をしかめながら呟いた。

トウジは、顔を真っ青にして血の匂いがもたらす嘔吐感に耐えている。

ついこの間までただの一般人だったトウジには、刺激が強すぎたようだ。

「アスカ、手伝って……」

そう言うと、ユウリは気絶させた男を拘束し始めた。

アスカも、無言で手伝い始める。

「じゃ、行こうか……。アスカとトウジで、コレ持ってきて………」

二人がかりでようやく拘束し終えると、ユウリがポツリと呟いた。

コレとは、どうやら拘束した男の事らしい。

「そりゃかまわねぇけど、コイツ等はどうする？」

アスカが、二人分のかつて人であったモノの残骸を見ながら言った。

「放っておこう…。後で誰かが処理してくれるよ………」

「そうだな、じゃあ行くか。ほら鈴原、何やってんだよ、行くぜ！」

ユウリに返事をしつつ、トウジに檄を飛ばすアスカ。

まだ青い顔のままのトウジだったが、体を起こすとアスカの横に並んだ。

再びレイを先頭にして歩く４人は、暫くすると広い空間に出た。

「何か聞こえるわ…」

突然レイが呟く。

何気なく上の方を向いた一同の目に、通路を爆走する選挙カーが見えた。

『現在、使徒接近中。現在、使徒接近中………』

選挙カーから流れてくる日向の声に、驚愕する一同。

「まずい、行き先変更だ！ケイジへ行くぜ！！」

「そうだね、そうしよう！」

アスカの提案に、ユウリが続く。

「せやけど、こんな状況で発進出来るんかいな？」

トウジがもっともな疑問を持つが、先頭のレイはかまわず走り出す。

ユウリがそれに続き、アスカとトウジも荷物を引きずりながら二人に続いた。

　

　

それから暫く後、選挙カーをジャックした日向から使徒接近を知らされたスタッフは、手動でエヴァの発進準備をしていた。

「準備完了、これで後はパイロットだけね」

久し振りの肉体労働に、疲労の色の濃いリツコが呟く。

「でも、あのコ達来れるでしょうか？」

マヤが、誰もが考えながら口にしなかった疑問を口にする。

このＮＥＲＶ本部は、テロ対策等の理由で、ただでさえ複雑に造られている。

その上、現在全館で停電中なのだ。

常識的に考えれば、来れないで当たり前なのである。

「大丈夫、あのコ達は必ず来るわ」

そう言ったリツコの口調は、どこか確信めいていた。

そして、焦れるスタッフ達の耳に、アスカの元気な声が聞こえてくる。

「よっしゃぁ！やっとたどり着いたぜ！！」

「よく来れたわね、あなた達。……それ、何かしら？」

チルドレンを出迎えたリツコは、アスカとトウジに引き摺られているモノに気付いて尋ねた。

「多分…停電の…犯人だと…それから…二人…排除…したので…」

「解ったわ。場所だけ教えてくれたら、あとはこちらで処理しておくわ」

相変わらず泣きそうな顔のユウリに、事情を察したリツコが答える。

「それよりあなた達、使徒が接近中よ。急いで出撃して頂戴」

「ミサトはんはどないしたんでっか？」

リツコの指示に、トウジが疑問をはさむ。

「葛城さんは、現在行方不明なの。本部内にはいるみたいだから、どこかに閉じ込められてるんだと思うわ」

トウジの疑問に答えたのは、リツコの隣にいたマヤだった。

「やれやれ、肝心な時に作戦部長が不在か。しょうがねえ、俺達の判断で戦うしかねえな」

重い口調とは裏腹に、ニヤリと笑うアスカ。

「ほな、いっちょやったるかい！」

トウジも気合を入れる。

チルドレンは、ケイジの隣のロッカールームへと向かった。

　

　

準備を終えたチルドレンは、自力で拘束具を排除し、射出口を進んでいた。

「やれやれ、カッコ悪ィな全く…」

先頭を進むアスカがぼやく。

「しょうがないよ。それより、もうすぐ竪穴だよ。使徒もその辺りのハズだから、気をつけてね」

「解ってるよ、いくぜ！」

ユウリの言葉にそう答えると、アスカは目の前の竪穴を上り始めた。

穴の上に現れる使徒。

使徒は、目のような部分から液体を出し始めた。

「何だ、こりゃ？………！！」

液体がかかった部分から、皮膚が焼けるような感覚が伝わる。

思わぬ痛みにバランスを崩して穴を落ちていく弐号機だが、初号機に掴まれて横穴に引き摺り込まれた。

「こりゃ、溶解液だな。しかも、かなり強力だぜ」

「これから、どうするの？」

アスカの声に、冷静なコメントを返すレイ。

「私に作戦があるの」

ユウリの言葉に、注目が集まる。

「まず、私が竪穴に出て、ＡＴフィールドで足場を造る。その後、各機はその足場に出て、３機がかりで直上の使徒へ一斉射撃。これでいい？」

「ＡＴフィールドで殲滅、てのは無理か？」

「バッテリーが少ないから、はずしたらそれでおしまい。リスクが大きいよ」

「加粒子砲は？」

「撃つ事すら出来ないよ」

アスカの問いに、ユウリは正直に答える。

「…よし、ユウリの作戦で行こう」

アスカが決断を下す。

「了解、じゃあ行くよ！」

掛け声とともに竪穴へ飛び出す初号機。

横穴のすぐ下で踏ん張った初号機は、自分の直上にＡＴフィールドを張った。

そのフィールドに立ち、３機は一斉にパレットライフルを発射する。

すんなりと使徒に吸い込まれる銃弾。

だが、使徒は一瞬だけ動きを止めたものの、穴の上から移動した。

使徒の内部にあると思しきコアは、ライフルの弾では損傷を与えられなかったようだ。

「マズイ、追って！！」

叫びながら、フィールドの足場を上方へと移動させるユウリ。

フィールドの足場に運ばれて地上に出た３機のエヴァは、使徒と対峙した。

さらに銃弾を撃ちこむが、今度は弾かれてしまう。

「チッ、あの目玉以外は硬いのか！鈴原、ファースト、ＡＴフィールドを中和しつつ接近。ひっくり返して目玉を狙うぜ！」

肩にかけたパレットライフルを捨てながら、アスカが指示を出す。

「了解」

「よっしゃ！」

短く返事をして使徒に接近する３機。

溶解液をかわして３機がかりで使徒をひっくり返すと、弐号機は天高く飛び上がった。

そして、第７使徒戦における止めの一撃のような飛び蹴りが使徒に命中する。

一瞬の後、その活動を停止する使徒。

「任務完了」

「よっしゃ、やったで！」

それぞれの言葉で勝利を喜ぶ、レイとトウジ。

「やったね。みんな、ご苦労様」

地上に出てきたユウリも、労いの言葉を言う。

「ところで、鈴原、ファースト。何で俺の指示に従ったんだ？」

アスカは、レイとトウジに尋ねた。

「私には、有効な代替案が無かったわ。そして、あなたの指示は妥当と判断した。だから」

「ワシには、難しい事は解らへん。仲間を信用した、それでええんとちゃうんか？惣流」

アスカの問いに、正直な答えを返すレイとトウジ。

「仲間、か…よし、お前等も今日から俺をアスカと呼べ！俺も名前で呼ばせてもらうから」

「了解」

「よっしゃ。よろしゅうな、アスカ！」

「おう、こっちこそよろしく頼むぜ、レイ、トウジ！」

そんな３人の様子を、ユウリは嬉しそうに見守る。

和やかな雰囲気の中、アスカの心に刺さった小さなトゲは、今も傷を広げ続けていた。

　

　

それから、しばらく後。

ようやく停電が復旧したＮＥＲＶ本部内で、リツコとマヤはエレベーターを待っていた。

チーンという音と共に開いていくドア。

乗ろうとした二人だったが、目の前に展開された光景に、固まってしまった。

そこには、乱れた衣服でもつれ合う、加持リョウジと葛城ミサトが居たのだ。

「フケツ……」

ポツリと呟くマヤ。

「ちょ…ちょっとマヤちゃん、ちが……」

マヤの呟きに反論しようとしたミサトだったが、無情にもドアが閉まっていく。

焦るミサトの耳に、今度はリツコの呟きが飛び込んできた。

「無様ね………」

「ちっがーーーーう！！！！」

ミサトの魂の叫びは、加持以外の誰にも聞かれることなく消えていった。

その後、必至の弁解によって誤解を解いたミサトだったが、肝心な時にいなかった罰として減俸を言い渡された。

それから一ヶ月間、葛城家の食卓からはビールが減り、さらには某メガネの下僕の財布が軽くなったという。

　

　

　

　

　

　

＜後書き＞

最弱使徒戦、終了しました。

戦闘シーンはちょっとひねってみたのですが、どうでしょう？

表面的には他のパイロットを認め始めたアスカですが、これからどうなるんでしょうか。

結局、ユウリにお礼は言ってませんしね。

それにしても、今回もミサトはいいところ無し。

彼女に見せ場は訪れるのでしょうか？

次回は、空から恐怖の大王（もはや古い表現ですね）が降ってきます。

それでは、次回も広い心でお読み下さい。

感謝の言葉

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