暁の守護天使

　

　

第１４話「ヒトのココロ」

　

　

「碇よ、随分と無茶をやったものだな」

「全くだよ。一歩間違えれば、全てが無に帰していたところだよ？」

「さよう。あれだけの質量を受け止めようなどとは、正気の沙汰とは思えんよ」

「エヴァ設計時の、限界スペックを超えていたのだよ？それを承知の上であのような…」

「成功確立は、万に一つもなかったのだよ？他に手段は無かったのかね？それを考えるのもＮＥＲＶの仕事だろう」

「お言葉ですが、あの時私は南極に居りましたし使徒のジャミングによって本部との連絡がとれない状態にありました。あの策を立案、実行したのは留守を任せた葛城三佐ですよ」

「その作戦担当者に、問題は無いのかね？」

「使徒には、既存のあらゆる常識が通用しません。常識に縛られる事無く、大胆かつ有効な策を立案する彼女の存在は役に立ちます」

「問題は、作戦担当者だけではないよ？初号機がまたしても、使徒からコピーした能力を使用している。あれはどういう事かね？」

「さよう。碇君、初号機に関して何か隠しておらんかね？」

「何の事やら、見当もつきませんな」

「何をぬけぬけと…あの力、どう説明してくれるのかね！？」

「われらとて、いつまでも寛大ではいられないよ？」

「何と言われようと、初号機に関して隠匿している事実など何もありませんよ」

「いいだろう、結果的には使徒に勝利しているからな。ところで碇、『ロンギヌスの槍』、首尾よく回収出来たようだな」

「はい、既にＮＥＲＶ本部への搬入も完了しております」

「あれもまた、計画の要の一つ。その扱いには、細心の注意をはらうのだよ？」

「心得ておりますよ。槍に関しては、そちらのお言いつけ通り、ドグマの『あれ』へ楔として打ち込んであります。あれの活性化を抑える、封印としての効果も確認されています。全てはシナリオ通りですよ」

「そうかね？何やら、各計画に遅れが見えるようだが…」

「誤差の範囲内です、問題ありませんよ」

「君のそのセリフ、聞き飽きたよ」

「全く、本当にやる気があるのかね？」

「…本日はここまでとする。碇よ、計画の遅延は認められぬ。早急に是正せよ」

「全てはゼーレのシナリオのままに」

消えていく老人達。

「フン、今の内に吼えておくがいい…。切り札は、全てこちらで握っているのだからな…」

ゲンドウは、ニヤリと笑った。

　

　

ゲンドウと老人達の間であのような会話が交わされてから暫し、ＮＥＲＶ本部に大事件が発生した。

それは、とあるテストの最中だった。

「ったく、いいかげんにしろよ！何回クリーニングされりゃいいんだよ！！」

アスカの怒声が、管制室内に響いた。

リツコは、それを何でも無い事のように受け流し、さらに指示を出す。

「これから先は、超クリーンルームなの。だから、シャワーと着替えだけでは済まないわよ。ほら、さっさと行きなさい」

リツコが言うと同時に、チルドレン４人それぞれの目前にあるゲートが開く。

それぞれが個室に入って下着まで脱ぐと、エアーやお湯などが順番に噴き出してチルドレンを洗浄していく。

ちなみに、個室にモニターは無い。

プライバシーの保護、というのが名目である。

その代わり、様々なセンサー類が設置されていたが。

やがて、クリーニングが終わると、アスカの怒声が再び響いた。

「もう１７回だぞ、いつまでやるんだよ！！」

しかし、やはりリツコは動じない。

「クリーニングは、今ので最後よ。次は、そのまま部屋を抜けてテストプラグにエントリーして」

「何だよそれ！何でそんな事しなきゃいけねぇんだよ！！」

「エヴァのテクノロジーは、常に進化し続けているのよ。私達は、常に新たなデータを必要としているわ」

リツコの言葉に黙ったアスカに代わり、今度はユウリが遠慮がちに尋ねた。

「あの〜、さすがにそれはマズイんじゃ…」

「何故？カメラはきってあるし、プライバシーは保護されるわよ？」

「でもほら、『男女七歳にして席を同じうせず』って言うじゃないですか。それに…何よりレイが……」

ユウリが、訓練中このような物の言い方をするのは非常に珍しい。

特に問題無い場合は何も言わないし、あればもっとハッキリと言うからだ。

ユウリの言い分がもっともであると判断したリツコは、妥協案を提示した。

「解ったわ、それではまず男のコ二人が先にエントリー。女のコ二人はその後、という事でいい？」

「了解です」

リツコの提案通り、まずはアスカとトウジが。

続いてユウリとレイがエントリーを終える。

そして、テストが始まった。

「ユウリちゃんのシンクロ率、低いですね」

マヤの呟きに、リツコがモニターを覗き込む。

そこに表示されたシンクロ率は、通常とは比較にならない程に低かった。

但し、他のチルドレンよりは高いのだが。

「…やはり、エヴァのコアを完全にエミュレートするのは無理、という事ね。それに、シンクロしてるのも初号機ではなく模擬体だし」

呟き、暫し考え込むリツコ。

「まあいいわ。この程度のシンクロ率なら、テストには何の支障も無いから。マヤ、続けるわよ」

「了解しました、先輩」

こうしてテストが続行されてから暫し、この実験施設があるブロックの壁に腐食が発見された。

工事をした時に不良品が混入していたのだろうと判断したスタッフは、大して気にも留めなかったが念の為冬月に報告。

それを確認した冬月は、それを早急に対処するように指示した。

少し後、その腐食が爆発的に増殖。

増殖したそれは、瞬く間にテスト中の模擬体を侵食し始めた。

「ぐぅぅ…何やこりゃ！」

激しい痛みを感じ、トウジが悲鳴をあげる。

侵食された部分を即切断したが、それでも侵食は止まらない。

安全の為、チルドレンはテストプラグごと射出されてしまった。

この後、チルドレンは事が済むまで射出された地底湖に置き去りとなる。

「レーザー照射！！」

リツコの指示で、作業アームに取り付けられたレーザーが発射される。

次の瞬間、スタッフは信じられないモノを見た。

小さな紅い光点が、レーザーを防いだのだ。

「まさか、ＡＴフィールド！？」

驚くリツコ。

「パターン青、検出！使徒です！！」

マヤが叫ぶ。

「クッ…使徒だと！使徒の本部侵入を許したというのか！？」

冬月の顔が、驚愕に歪む。

スタッフがパニック状態になりかけていたその時、ゲンドウの声が一同を黙らせた。

「パターン青検出は誤報、計器の異常だ。委員会と日本政府にはそう伝えろ」

その一言で我に返った一同は、素早く作業を開始。

その後、なおも侵食を続ける使徒に対して、様々な対応策が講じられた。

しかし、使徒は自己進化という手段によってそれらのことごとくを無効化。

さらに進化を続けた使徒は、ＮＥＲＶ本部のあらゆる施設を管理するコンピューターＭＡＧＩにハッキングを開始。

ＭＡＧＩの内一基を乗っ取った使徒は、本部の自爆を提案する。

ＭＡＧＩは三基のユニットの多数決によって運用されている為、すぐには自爆に至らない。

だが、使徒は残りのユニットにもハッキングを開始。

やがて二基目が陥落し、多数決によって自爆が承認されてしまう。

但し、事が重大である為に、三基全ての承認が無いと自爆は決行されない。

使徒は、最後のユニットへとハッキングを開始した。

「クッ…速い！！」

焦るリツコ。

画面には、三基のユニットそれぞれの支配率が表示されている。

『ＭＡＧＩメルキオール』、『ＭＡＧＩバルタザール』の二基は、完全に使徒の支配下にあった。

残る『ＭＡＧＩカスパー』を操り使徒と対峙するリツコだったが、２対１ではさすがに分が悪いようだ。

その時、何故かそこに居たハルアキの放った一言が、リツコを救った。

「とりあえず、ＭＡＧＩの演算速度を落とせば時間が稼げるんやないですか？」

「そうか、なる程！」

ハルアキの提案通り、ＭＡＧＩの速度を落とすリツコ。

すると、当然使徒の侵攻も遅くなり、既に展開されていた防壁で侵攻がせき止められた。

「フゥ…これで時間が稼げたわね。鈴原課長、助かりました」

「いえ、気にせんといて下さい。それより、早いトコ対策を協議した方がええんやないですか？」

その一言で、対策会議が始まった。

普段は決してこうした会議には参加しないハルアキも、冬月の指名により今回は参加させられている。

「高速で進化を繰り返し、あらゆる環境に適応する。これが、今回の使徒の能力と推測されます」

リツコが説明を始めた。

「対処のしようはあるのかね？」

冬月が尋ねる。

「確かに、この能力は厄介です。しかし、この能力は使徒にとって諸刃の剣なのです」

「…なる程、進化の行き着く先は滅び、という事か」

割と簡単に納得する冬月。

さすがは元大学教授といったところか。

「はい。そこで、残ったカスパーから、進化促進プログラムを送り込みます」

「そうする事で、使徒は自滅するか、あるいはＭＡＧＩとの共生を選択するかもしれへん、ちゅうコトですな？」

「はい。ただ、他のユニットへの防壁を解除する事になりますので、かなりの危険を伴う事になります。使徒の侵攻が先か、プログラムの入力が先か、という訳ですね」

ハルアキの質問に、マヤが答えた。

「いや、そないにシビアな勝負にはなりまへんやろ」

「この状況で、何故そんな事が言えるんです！？」

緊張感の無いハルアキの言葉に、リツコが気色ばむ。

リツコが推測した限りでは、プログラムはかなり厄介なモノであり、使徒の侵攻速度を考慮に入れれば、余裕など全く無い筈なのだ。

「フフ…こんな事もあろうかと、赤木博士は…いやナオコ博士は置き土産を残してはるんですわ。残ったユニットがカスパーちゅうのも、博士の予測通りですな」

「置き土産！？どういう事ですか！？」

ハルアキに詰め寄るリツコの顔には、焦りと驚きが見える。

リツコは、今の今までそんなモノの存在は知らなかったのだ。

「カスパーの中枢ブロックの中に、ナオコ博士はＭＡＧＩの裏コードの数々を残してはります。それを使えば、かなりの時間短縮になる筈ですわ」

ニヤリと笑うハルアキ。

そのハルアキに案内されて、リツコとマヤはカスパーの中枢ブロックへとやって来た。

「鈴原課長、あなたのアクセスキーですが、システム管理者の私よりも上に設定されていませんか？それに、課長は何故裏コードの存在を？」

尋ねるリツコ。

司令と同等のセキュリティレベルを持つ自分のパスではなく、ハルアキのパスでここまでやって来た。

しかも、厳重なチェック機構が存在している筈の中枢ブロック内部を、ほぼフリーパスの状態で、である。

中枢に入る前に、外の端末からカスパーに何やら入力していたのも気になっている。

彼がここまで来れたのは、レベルに関係無くＭＡＧＩがその人物の行動を許可しているからではないか、と推測したのだ。

「…ＭＡＧＩには、管理者用のキーの上に、ナオコ博士とワシしか持ってへん、マスターキーちゅうのがあるんですわ」

「マスターキー！？どうしてそんなモノが…」

「ご存知無いでしょうが、ワシはあの人と一緒にＭＡＧＩシステムの研究をやってきたんですわ。せやから、こう言うたらなんですけど、赤木部長よりもＭＡＧＩには詳しいつもりです」

「なる程、それで裏コードの事も…。しかし、何故そんなモノをいつまでも持っているんです？マズイのではありませんか？」

「思い出…あるいは記念、ちゅうヤツですわ。まさか、このキーをもう一遍使う事になるとは、夢にも思いませんでした」

肩をすくめて歩いて行くハルアキに、今度はマヤが尋ねる。

「あの…鈴原課長？先程、残ったのがカスパーなのも予測通りと仰っていましたが、何故ですか？」

「…伊吹二尉、ＭＡＧＩには『人格移植ＯＳ』ちゅうのが使われとるんはご存知ですな？」

「ええ、それが？」

「このＭＡＧＩは、ナオコ博士の分身なんですわ。『科学者』、『母親』、『女』というそれぞれ別の姿の、ね。そしてカスパーには、『女』としてのナオコ博士が移植されとるんですわ」

「『女』…ですか？」

「あの人は、良う言えば情が深い、悪う言えば執念深いお人でしたさかいな。…そういえば、いつやったかこんな事言うてはりましたわ。どれか一つの生き方しか選べんとしたら、自分は迷わず『女』を選ぶ、て」

「迷わず『女』を選ぶ、か。母さんらしいわね」

リツコがポツリと呟く。

「そうですな…あの人は、結局最後の最後まで『女』である事を貫き通してはりましたから」

「そうか、そんな母さんの分身だから、『女』の部分を移植したカスパーが一番しぶとい、という訳か…」

リツコの呟きに、マヤもどうにか合点がいったようである。

そして、遠い目をしたハルアキが呟く。

「ええ…あの人は、そんな自分をよう解ってはったんですな。せやから、カスパーに裏コードやら何やら全部をしまい込んだんですわ」

やがて、一行は中枢ブロックへと辿り着いた。

「課長、その裏コードとやらはどこに？」

辿り着くなり、そう尋ねるリツコ。

システムアップの折にここへ来た事はあるが、そんなモノの存在には気付かなかったのだ。

ハルアキが無言で端末を操作すると、その端末付近の壁の一部が開く。

その中には、一冊のノートと光磁気ディスク、ＮＥＲＶのＩＤとは異なるデザインのカードがあった。

ハルアキは、ノートとディスクをリツコに渡して言った。

「取り敢えずコレを頭に叩き込んで下さい、プログラミングはそれから始めますさかい」

「解りました。……これは、ＭＡＧＩにこんなコードが……」

感心したように、ノートに見入るリツコとマヤ。

「母さん、ありがとう。これなら、確実に間に合うわ。課長、始めましょう」

ノートから顔を上げたリツコが言った。

「ほな、始めまひょか。とその前に…伊吹二尉、君のアクセスキーではレベルが低いんで、これ使て下さい」

「何ですか、これ？」

渡されたカードを見て、首を傾げるマヤ。

「それは、ナオコ博士のマスターキーの入ったカードですわ。自分のやのうて、そのキー使てアクセスして下さい」

「え！マスターキーなんですか、これ！！」

驚くマヤに構わず、テキパキと準備をするハルアキ。

「ほら、二人とも、準備ＯＫでっせ！」

ハルアキに急かされ、用意された端末に座ると、３人揃ってプログラムの入力を開始。

そして、入力されたプログラムは、確実にその効力を発揮した。

初めて本部への進入を果たした使徒は、初めてエヴァを用いずに殲滅された使徒となった。

　

　

その翌日、ゲンドウはいつもの暗い部屋の大きなテーブルに座っていた。

彼の目の前には、老人達が並ぶ。

そして、スクリーンには今までの使徒との戦闘の映像が流れていた。

それを無言で見詰める一同。

そして、スクリーンに『第１１使徒イロウル』と表示されるとキールが口を開いた。

「いかんなこれは…………早過ぎる」

「さよう。『死海文書』のタイムスケジュールとは、大きく異なる出来事だよ」

「使徒の本部侵入を許すとは…もう少しで全てが水泡に帰すところだよ」

「委員会への報告は誤報、使徒侵入の事実はありませんよ」

「…本気で言っているのか、碇。くどいようだが、この場での偽証は死に値するぞ」

「勿論です、キール議長。なんなら、ＭＡＧＩのレコーダーを調べて頂いても結構ですよ」

「フン、あんな物は信用できんよ。事実の隠蔽は君の十八番ではないか」

「全ては、『死海文書』のタイムスケジュール通りに進んでいます」

「本当にそうかね？どうも最近、イレギュラーな出来事が多いような気がしてならんのだがね？」

「全くだよ。君が裏で、何やら画策しているのではないのかね？」

「…私は計画を忠実に実行しているに過ぎません」

「ほう、よくもそのような事が言えたモノだね？」

「どうやら、その席はいらないようだね？碇君」

「…もうよい、ここで碇の罪を追求しても始まらん。だが碇、貴様が自分のシナリオを作る事は許されんぞ。肝に命じておくがよい」

「解っております、全てはゼーレのシナリオのままに」

ゲンドウのその一言で、老人達は消えていった。

　

　

使徒の本部侵入から、暫く経ったある日。

その日、四人のチルドレンはブリーフィングルームで新しいテストのレクチャーを受けていた。

彼等の手にした資料には、『第１回機体相互互換試験』と書かれている。

「要するに、私とレイ、アスカとトウジの組み合わせで、機体を交換してシンクロテストをするんですね？」

ユウリが質問した。

「その通りよ、ユウリ。これは、不測の事態の場合に、自機以外に乗っても戦闘が可能かどうかを調べるものなの」

「了解です」

ユウリの質問にリツコが答え、ユウリは素直に引き下がった。

「この組み合わせの根拠は？」

今度はアスカが質問した。

「まずレイとユウリだけど、この二人はパーソナルパターンが酷似しているの。アスカとトウジ君は、共に機体が制式タイプで互換性有りと判断したからよ」

「了解」

アスカも頷いた。

「それでは、まずユウリと零号機から行うわ。このテストは慎重を期す必要があるので、一人ずつ行います、いいわね」

「「「「了解」」」」

チルドレンは、一斉に頷いた。

そして、リツコとチルドレンは実験棟の管制室に移動した。

「マヤ、エヴァ各機のパーソナルデータの書き換えは済んでいるわね？」

管制室に入るなり、そう確認するリツコ。

「はい、いつでも実験可能です」

マヤの返事に頷いたリツコは、ユウリに声をかけた。

「ユウリ、聞いての通りよ。すぐにテストプラグへ搭乗して頂戴」

「了解です」

そう返事をして歩いていくユウリを、レイが呼び止めた。

「ユウリさん……」

振り返ったユウリの眼に飛び込んできたのは、レイの不安そうな顔だった。

「私は大丈夫、必ずシンクロ出来るよ」

そう言い切ったユウリの顔は、自信に満ちていた。

ユウリは、レイが何者なのか正確に把握していた。

そして、パイロットとエヴァのシンクロの仕組みも、今回の実験の目的さえも。

様々な情報を比較検討した結果、ユウリは自分なら零号機にシンクロ可能であるとの結論に達した。

それ故の自信である。

「そう…でも、気をつけて……」

ユウリの自信満々な顔を見たレイは、そう呟くと管制室に戻って行った。

　

　

テストプラグへ搭乗したユウリは、精神を集中してシンクロに備えていた。

「第一次接続を開始します」

マヤの報告と共に、シンクロが開始される。

「調子はどうかしら、ユウリ」

リツコが質問する。

『私自身は普通ですけど……何か違和感がありますね』

「それは仕方が無いわね、パーソナルデータの書き換えは済んでいるけど、初号機と全く同じという訳にはいかないわ」

『了解です……何だかレイの匂いがする……』

「匂い？……多分それは、零号機に残るレイの気配みたいなモノじゃないかしら…」

「各項目、チェック完了しました」

マヤが報告する。

「了解…それじゃあセカンドステージに移行、Ａ１０神経接続開始」

「了解、Ａ１０神経接続開始」

キーボードを叩きながら、マヤが返事を返す。

すると、ユウリの精神に何かが触れた。

目を閉じるユウリの脳裏に、レイの姿をした何者かが現れる。

　

　

レイの姿をした何者か、それはユウリの予想の範囲内だった。

ユウリは、その何者かに心を委ねた。

「大丈夫…私はあなたを拒絶したりはしないわ……」

ユウリがそう呟いたとたん、ユウリの中に様々な映像が流れ込んできた。

それは、零号機が持つ記憶の断片だった。

あるいは、レイ自身の記憶も混じっているのか。

水槽に浮かぶレイの姿をしたモノ達、そしてそれを見ているゲンドウ達。

その他にも、様々な光景が見える。

幼いレイに何事か諭しているゲンドウ、そしてそのレイを憎々しげに見詰める女性。

「あの人…見覚えがある…。赤木…赤木ナオコ博士だ…」

それから暫くの間、情報の波は途切れることなくユウリに流れ込んだ。

そして、ようやく波が途切れると、再びレイの姿をした何者かが現れる。

「大丈夫…そう言ったよね、レイ…。いいえ、あなたはリリスね…人類によって綾波レイというパーソナルを与えられた、リリスの欠片…」

その言葉を聞いた何者かは、ニッコリと微笑むと、姿を消した。

そしてユウリは、誰かに抱きしめられるような暖かさを感じた。

　

　

「順調ね…マヤ、シンクロ率はどう？」

モニターから目を離さないまま、リツコが尋ねた。

「はい、シンクロ率…９８％！レイちゃんより高いですね」

「そうね…ユウリ、聞こえる？どんな感じかしら？」

「そうですね…特に問題はありません」

「そう…初号機のように、もっとシンクロ率を上げられそう？」

「出来るかも知れませんが、断定は出来ません。何しろ、初めて乗った機体ですから」

「そうね、解ったわ。実験終了、もういいわよ、ユウリ」

「了解です」

「レイ、次はあなたよ、準備して頂戴」

「わかりました」

そう一言呟いて、レイは歩いて行った。

その途中でユウリと出会う。

「次は、レイの番なんだね…」

「ええ、そうよ」

「ねえレイ、私を信じてくれる？私を好きでいてくれる？」

ユウリの様子を訝しく思うレイ。

「何故そんな事を訊くの？」

「お願い、答えて！」

ユウリの表情は、真剣だった。

「勿論よ。あなたは、私に心をくれたもの…」

レイの答えに頷くと、ユウリは更衣室へと歩いて行った。

着替えを済ませて管制室に戻ると、丁度レイの実験が始まるところだった。

「第一次接続、開始します」

マヤの声と共にシンクロが開始される。

「レイ、初号機はどんな感じ？」

「ユウリさんの匂いがする…」

「ユウリちゃんと同じ事言ってますね…」

マヤが呟いた。

「そうね…マヤ、セカンドステージへ移行して」

リツコが指示を出した。

「了解、セカンドステージへ移行、Ａ１０神経接続開始します」

マヤがキーボードを叩くと、神経接続が開始された。

その瞬間レイの精神に、何かが触れた。

そして、レイの脳裏にユウリの姿をした何者かが現れた。

「あなたは誰…？」

その何者かは、レイの問いに答える事なくニッコリと微笑んだ。

すると、レイの中に様々な情報が流れ込んできた。

「これは…ユウリさん？」

それは、確かにユウリの姿だった。

但し、今よりも随分幼かったが…。

ユウリの映像は、次々に流れ込んできた。

勉強するユウリ、料理をするユウリ、トレーニングに明け暮れるユウリ等、様々なユウリの姿が見える。

しかも、その時ユウリが抱いていた様々な感情までもが克明に、圧倒的な臨場感とともに感じられた。

あたかも、レイ自身がユウリになったかのように。

それは、感情というものを覚えて間も無いレイには、到底処理しきれない程のモノだった。

そしてある時、それまでのユウリからは感じられなかった異質な感情が流れてきた。

その胸を締め付けるような感情は、レイを徐々に圧倒していく。

さらに、新たに流れてきた映像が追い討ちをかける。

それは、幼いユウリだった。

映像の中のユウリは、泣きじゃくっていた。

何かを求めて手を伸ばし、追いかけ、それでも届かず最後には倒れてしまう。

それと同時に、とてつもなく大きな別の感情が流れてくる。

その圧倒的な力に耐えきれず、レイは全てを拒絶した。

レイは気付かなかった…いや、理解できなかった。

レイの胸を締め付けたモノが、大きな悲しみであった事を。

そして、最後に流れ込んで来たモノが、とてつもなく大きく深い絶望であった事を。

　

　

「パイロットの神経パルスに異常発生！！」

マヤの叫びが管制室に響く。

「どうしたの！？」

リツコが慌てて計器類に目を向ける。

「精神汚染が始まっています！」

「そんな！？このプラグ深度で精神汚染なんてあり得ないわ！」

「いえ、初号機からの侵食です！」

管制室の特殊強化ガラスの向こうには、頭を抱えて苦しんでいるかのような初号機の姿があった。

「外部電源パージ、神経接続を切断！」

リツコの指示がとぶ。

そこへ、今まで傍観者だったミサトの指示が追加される。

「救護班呼んで！急ぎなさい！！」

慌ただしさを増していく管制室の中で、チルドレンはなす術も無くそれらの様子を見ていた。

「やっぱり、受け入れてはくれなかったのね…レイ……」

ユウリの発した悲しげな呟き。

それを耳にしたリツコがその意味を問い質そうとした時、マヤの報告が管制室に流れた。

「初号機、活動停止しました！」

到着した救護班が、プラグから回収したレイを運んでいく。

その様子を見ながら、リツコは呟いた。

「まずいわね、これではあの計画に支障をきたしかねない…」

その言葉にマヤが反応した。

「ダミーシステムですか？…先輩の前ですけど、私はあまり……」

「私はあまり…何？」

リツコはマヤに鋭い視線を向けた。

その視線に気圧されつつも、マヤはさらに言葉を続けた。

「先輩の事は尊敬してますし、自分の仕事はします。でも…納得は出来ません」

「潔癖症はね…ツライわよ。『汚れた』と感じた時、それが解るわ」

リツコの重い言葉に、黙るマヤ。

そんな二人を、ミサトは厳しい顔で見ていた。

自分には触れる事の叶わない重要機密を、ゲンドウ、冬月、リツコの３人が独占している。

そして、マヤを筆頭とする一部の技術部員達は、確実にそれらの機密に触れている筈。

作戦部長たる自分を差し置いて、一体何が行われているのだろうか。

さらに思考を巡らせようとしたミサトの耳に、トウジの声が飛び込んできた。

「あの…ワシらは一体、どないしたらええんでっしゃろか？」

その緊張感の感じられない声に、管制室の空気が一瞬和む。

「…そうね、今日はもう帰っていいわよ。但し、ユウリだけは残って頂戴。初号機のチェックが済み次第、シンクロテストを行うわ」

「了解です」

リツコの言葉に、ユウリが返答した。

「ほな、ワシ帰らせてもらいますわ」

そう言うと、トウジはペコリと頭を下げて出ていった。

「それじゃ、俺も帰るか」

トウジに続いて出て行こうとしたアスカを、ユウリが呼び止めた。

「アスカ、今日は遅くなりそうだから、晩御飯は適当に食べててくれる？」

「解った…じゃあな」

手を上げて出て行くアスカを見送ったユウリは、リツコに尋ねた。

「私は、これからどうしたらいいんですか？」

「……そうね、３時間程どこかで時間をつぶしててくれる？」

「了解です。レイの所に居ますので、何かあったら呼んで下さい」

そう言うと、ユウリは足早に出ていった。

　

　

レイは、夢を見ていた。

正確には、強烈すぎた初号機での体験が、脳の覚醒とともに呼び起こされていたのだ。

初号機の中で見た映像が、頭の中で再生されていく。

２度目だからか、それとも夢の中だからなのか。

レイは、その映像を冷静に眺めていた。

レイは、映像を眺めながらユウリの心を理解しようと必死になった。

そして、映像は初号機の中でレイが拒絶した場面に近付いていく。

前回と同じように、レイの全身を何かが締め付ける。

それをどうにか理解しようとしたレイだったが、やはり感情というモノが充分に発育していない為か理解するには至らなかった。

映像が終わり、前回同様に大きな何かが感じられる。

膨れ上がるソレがレイを押し潰そうとしたその時、レイは目覚めた。

その眼には、涙が一筋流れていた。

「眼が覚めた？レイ…」

突然聞こえた声の方を向いたレイの目に、愛しげに自分を見詰めるユウリの姿が映った。

「ユウリさん……私、どうしたの？」

「初号機とのシンクロテスト中に、暴走したのよ。覚えていない？」

「初号機…暴走…そう、私はあの時…！！」

レイは、突然ユウリに抱きついた。

「ど、どうしたの？レイ…」

「ごめんなさい！ごめんなさい！約束したのに…ユウリさんを信じるって、好きでいるって！！…ごめんなさい！ごめんなさい！……」

レイは、泣き続けた。

ユウリは、レイの頭を撫でながら優しく言った。

「いいのよ…心が未発達な今のレイでは、受け止めきれなかったのよね？」

レイからの返事は無く、ひたすらに泣き続けている。

レイをギュッと抱きしめたユウリは、さらに言葉を続けた。

「だからね、慌てないでゆっくりいきましょう。これから、少しずつ理解していけばいいんだもの」

そしてレイが泣き疲れて眠った頃、ユウリに呼出がかかった。

「準備が出来たのか…行かなくちゃ。おやすみなさい、レイ」

レイに布団をかけなおすと、ユウリはそっと病室を出ていった。

　

　

初号機は、問題無く起動した。

全てのデータに異常は認められず、普段と全く変らないデータしか得られなかったのだ。

資料をまとめたリツコは、司令室を訪れた。

もちろん、ゲンドウに報告する為である。

一通りの報告が済むと、ゲンドウが口を開いた。

「それで、初号機の暴走の原因は特定できそうかね？」

「はい、調べれば恐らく。ただ…ユウリが言った言葉が気になってはいるのですが」

「何だ？言ってみたまえ」

「はい。初号機が暴走した後、『やっぱり受け入れてくれなかったのね』と」

「…本人には、問い質してみたのかね？」

「いえ、まだです。しかし、明日には確認してみようかと思っていますが」

「そうか、では可及的速やかに行ってくれたまえ。ダミーシステムの完成には、今回のテストのデータは是非とも必要だ」

「心得ております、それではこれで…」

リツコが出て行くのを見送ったゲンドウが、ポツリと呟いた。

「ユウリめ…何を感付いているというのだ……」

その呟きを聞いたモノは誰も居なかった。

　

　

　

　

　

　

＜ご挨拶と後書き＞

ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。

今回までが別のサイトで掲載されていた分で、次回からが新規分となります。

首を長くしてお待ちいただいた皆様（居るのかな？）、ようやく続きをお届けします。

それはさておきイロウル戦、適度に？省略してしまいました。

いろいろ書いてみたのですが、結局こんなカタチに。

リツコの見せ場、と思ったら、何やらハルアキが活躍。

リツコの出番を食ってしまいました。

しかも、チルドレンの出番が…。

まあ、もともとイロウル戦ではチルドレンの影が薄いので、仕方が無いのかもしれませんが。

しかし、相互互換試験でユウリとレイの出番を確保。

実は、こちらが今回のメインでした。

ホンの少し、ユウリの内面に触れてますしね。

ちなみに、ユウリが色々と知っているような描写があります。

これ等については、ちゃんと書いていきます。

ついでに、ゼーレの老人達の出番が２回。

2度目の快挙？ですね。

その代わり、と言っては何ですが、次回は出番が無い予定。

老人達にツッコミを入れさせるネタが無いですから。

２回目の出番、次回の冒頭でよかったかも？

その分、今回出番の無かったアスカとトウジを活躍させたいのですが…できませんね。

次の使徒は、ゼブラ模様のアイツですから。

それでは、次回も広い心でお読み下さい。

感謝の言葉

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