暁の守護天使

　

　

第１６話「５人目の適格者」

　

　

「碇、初号機のあの力は何だ？サードは何をしたのだ？」

「初号機のレコーダーを解析したところ、あの時点でパイロットは意識を失っていました。あれは、暴走ですよ」

不機嫌なキールに、無表情のゲンドウ。

「本当だろうね？だが、仮にそうだとしても、初号機が覚醒を果たしたのであれば大問題だよ？」

「その心配はありません。使徒殲滅後、初号機はすぐに活動を停止していますし、その後の調査でも覚醒の兆候は認められませんでした」

「それならよい。だが、問題はそれだけではないぞ。今回、使徒がエヴァを取り込むという事態が発生した。使徒は、ヒトの心を理解しようとしているのではないのか？」

「それは解りません。そもそも、使徒にそのような概念があるのかどうかも不明なのですよ？」

「では、これが以後の使徒襲来に影響を及ぼす可能性はあるのかね？」

「それも解りませんな。使徒は、それぞれが完全に独立した単体生物です。横のつながりなど無いとは思いますが、絶対無いとも言いきれませんから」

「いいだろう。ところで碇、そろそろサードの処分について考えてもよいのではないか？貴様の望み通り、四号機の配備が決定したのだぞ」

「以前にも申し上げたように、サードの能力は他の追随を許さぬ程のモノです。全ての使徒を倒すその時まで、処分する訳にはいきませんよ」

「碇、その能力そのものが問題だと言っておるのだ！約束の刻は、もう間近なのだぞ。計画の障害となる要素は、即刻排除せよ！」

「何と仰られようと、使徒を倒す事が最優先であるという事実は変りません。他のチルドレンの能力に不安がある以上、サードは現状維持です」

「…いいだろう。だが、全ての使徒を倒したその時には……」

「全てはゼーレのシナリオのままに」

全ての老人の姿が消えると、ゲンドウは呟いた。

「ユイ…何故私を拒絶するのだ？全てはお前の為…お前に今一度会う事が、私の唯一の望みだというのに…」

　

　

第１２使徒殲滅より時は経ち、様々な事務処理に追われていたＮＥＲＶ総務部はようやく安息の時を迎えた。

ＮＥＲＶ総務部、それは職員の給与計算から資材の購入、外部業者への仕事の発注等、あらゆる金の出納を司る部署である。

その総務部を掌握する総務部長『洞木ツバサ』三佐は、彼が居なければＮＥＲＶは１週間ともたないだろう、と噂される程のデスクワークの達人として知られている。

さらに、彼はリツコを論戦で封じ込める事ができる稀有な人物でもあった。

その為、金食い虫の技術部にとっては、『天敵』とも言える存在として認知されていた。

そんな彼が婿養子であり、尚且つサッカー少年であった事を知る者は少ない。

さて、その洞木ツバサ部長であるが…彼は今、非常に困惑していた。

突然、司令室への出頭を命じられたのだ。

重大な懸案は既に解決済みであり、出頭して報告しなければならないような用件は無い筈なのだ。

不審に思いつつ司令室へと出頭したツバサに、エヴァ四号機配備が知らされた。

ナルホドと納得するツバサだったが、それでは終わらなかった。

冬月から手渡された一束の書類、それは彼に大きな衝撃を与えた。

その書類には、『マルドゥック機関による報告書』と銘打たれている。

恐る恐るページをめくるツバサの目に映ったのは、己が愛してやまぬ娘のプロフィールであった。

「既に、作戦部と技術部には通達済みだ。本人には、週明け早々に通達される予定になっている」

淡々と語る冬月。

「事前に君から通達するかどうかは、君の判断に任せる。用件は以上だ、退出したまえ洞木三佐」

震える体を懸命に動かして退出すると、ツバサは胸のロケットを握り締めて呟いた。

「すまないナスノ…私は情けない父親だ。人類どころか、我が子すらも守れんとはな…」

握り締めていたロケットを開くツバサ。

そこには、長女コダマを宿した大きなお腹を抱えて微笑む、亡き妻の姿があった。

　

　

その頃、作戦部長であるミサトの元へも書類が届いていた。

その書類を読んだミサトの思考は、一瞬停止した。

その書類に記された人物には、彼女も面識があったからだ。

記憶の糸を手繰るミサト。

『洞木ヒカリ』…チルドレンのクラスメイト。

そして、サードの親友であり、フォースの恋人でもある少女。

ミサトの脳裏に、第１０使徒戦前に行ったパーティーに出席した時の、少女の姿が浮かぶ。

記憶の中の少女は、家庭的な雰囲気の、ごく普通の少女だった。

決して戦いに身を置くような…いや、戦いに身を置けるような感じには見えなかった。

もちろん、ユウリ達ならいいと言う訳でもない。

戦いとは、本来『大人の仕事』である筈なのだから。

思考の海に深く己を沈めるミサト。

暫くの間そうしていたミサトだったが、いきなり立ち上がると電話をかけ始めた。

己の中で唯一の、輝きに満ちた思い出を共有する男へと…。

　

　

「ねえユウリちゃん…明日は日曜日だし、どこかへドライブにいかない？」

食事を終えたミサトは、いきなりそう切り出した。

その言葉に、いち早く反応するアスカ。

「んじゃ、俺もう寝るわ」

そう言って、素早く自室へ戻ってしまう。

その背中には、明らかな拒絶の意思が宿っていた。

普段の通勤においてさえ、街中をあたかもフリーウェイのごとくとばしまくるミサトである。

そのミサトがドライブと銘打つからには、一体どれほどの無茶をするのか計り知れない。

更には、一日中ユウリと顔を合わせる事も、今のアスカには苦痛であった。

だから、アスカは逃げたのだ。

しかし、アスカは気付くべきだった。

ミサトが、『二人』にではなく『ユウリ』に呼びかけた事に。

だが、アスカはミサトの目論見通りに逃げていった。

ユウリも、ミサトの真剣な眼差しから何かを感じ取ったのか何も言わなかった。

そして翌朝、アスカの食事を用意して家を出た二人が駐車場へ行くと、そこには加持が待っていた。

ミサトと加持を交互に見やったユウリは、そうではあるまい、と思いつつも二人に言った。

「やれやれ、デートなら二人で勝手にやって下さい。私をダシに使わなくても、誰も咎めたりしないでしょう？」

それに対して、顔を見合わせる二人。

そして、加持が口を開いた。

「まあそう言ってくれるなよ、ユウリちゃん。今日のランチは、何でも君の好きな物を奢らせてもらうよ」

そしてユウリは、別にランチにつられた訳ではないが車に乗り込んだ。

盛大にため息をついてはみせたが…。

そして、ミサトが運転席に、加持が助手席に座ると派手に白煙を巻き上げて車は発進する。

車が走り始めると、ユウリはこれ見よがしに銃の点検を始めた。

ひたすらに無言の車内。

ユウリが銃をしまうと、それをルームミラーで確認した加持が一束の書類をユウリに手渡した。

エヴァ四号機の件を、口頭で伝える事も忘れない。

書類には『マルドゥック機関による報告書』と書かれている。

作戦部へ回ってきた、正式な書類である。

書類を読んだユウリは驚愕し、小さく呟いた。

「そんな…ヒカリがフィフス？ダミーシステムを使うんじゃないの？」

それを聞いた加持は、ユウリに尋ねた。

「ユウリちゃん、ダミーシステムは最高機密に属するモノだ。何故君が知っているんだ？」

対するユウリも、加持に尋ね返す。

「加持さんが知ってていい情報でもないと思いますけど？」

銃に手をかけるユウリ。

ミラー越しに二人が睨み合い、車内を沈黙が支配する。

その沈黙を破ったのは、加持だった。

「ハハハ…降参だ。別に、君を尋問している訳じゃない。俺達はただ、真実が知りたいだけなんだ」

そう言って両手を上げる加持。

「自分で調べたらどうです？裏の世界じゃ、名の知られた工作員でしょう。それに、そもそも何故私にそんな事を？」

「勿論、自分でも調べた。手にした情報の、裏を取ったりもした。さらに調べていく内、君の存在に突き当たったのさ」

ユウリは、一瞬だけミサトに視線を移すと再び加持に向き直る。

話を促されていると察し、加持が再び口を開く。

「君は、司令達しか知らない筈の、重要機密を知っている。そして、それを司令達に気付かれた。命を狙われる、と葛城に訴えたのはそのせいだ。違うかい？」

「……その通りです。でも、本当に知りたいんですか？世の中には、知らない方がいいって事は沢山ありますよ？」

「知りたい。俺は、己の全てを賭けて真実を追い求めてきた。それが目の前にあるってのに、躊躇う理由は何も無い」

加持の口調には、迷いや躊躇いは全く無かった。

それを聞いたユウリは、今度はミサトに言葉を向ける。

「ミサトさんはどうなんです？知ってしまったら、もうＮＥＲＶの為には戦えないかも知れませんよ？」

「それでも知りたいわ。いえ、知らなくちゃいけない」

ミサトの口調にも、迷いや躊躇いは無い。

フッとため息をついたユウリは、覚悟を決めて口を開いた。

「いいでしょう……でも、長い話になりますよ………」

三人を乗せた車は、郊外へ向けて加速していった。

　

　

同じ日の朝、遊びに行くという姉妹達を送り出したヒカリは、朝食の後片付けをしていた。

そこへ、珍しく神妙な顔をした父ツバサが声を掛ける。

「ヒカリ、片付けが済んだら私の部屋へ来てくれないか？」

「は〜い」

短く返事をしたヒカリは、片付けを終わらせるべく食器類との格闘を再開。

片付けを終えたヒカリが父の部屋へ行くと、ツバサは自分の前へ座るようにヒカリ促した。

それに素直に従うヒカリ。

ヒカリが座ったのを確認したツバサは、何かを振りきるように２・３度首を横に振ると、口を開いた。

「ヒカリ、お前に話がある。これからのお前の人生を左右する、大事な話だ」

父の口調に真剣である事を感じ取ったヒカリは、慌てて居住まいを正す。

しばしの沈黙の後、ツバサはとうとうその言葉を口にした。

「ヒカリ…お前が新たなエヴァのパイロットに選抜された」

ツバサの過去の栄光、その証が並ぶ室内を、再び沈黙が支配する。

そして、話の内容を理解したヒカリは、父に問い掛けた。

「わ、私がエヴァのパイロットってどう言う事！？何故私なの！？」

「……今度、アメリカで建造中だったエヴァ四号機が本部に配属される。お前は、それに乗る為に選抜されたんだ。選抜基準は…私には解らない」

「私が、私がエヴァのパイロット………」

下を向いて呟く我が子の姿に、ツバサは心を痛めつつ言葉を続けた。

「返事は、別に今すぐでなくともいい。お前は確か、チルドレンと仲が良かったな？明日にでも、学校で相談してみたらどうだ」

「そうね…そうするわ……」

そう返事をしたヒカリは、ふらふらと頼りない足取りで部屋を出て行く。

それを見送ったツバサは、胸のロケットを握り締めて呟いた。

「ナスノ…どうかヒカリを守ってやってくれ……」

　

　

ミサトの運転する車は、市の中心部を抜けて郊外へと爆走していた。

「では、最初から話しましょうか。長くなりますが、いいですね？」

ユウリの問いに、二人は無言で頷いた。

「その昔、死海のほとりに『クムラン教団』という教団がありました。その中の『エッセネ派』と呼ばれる者達が、『死海文書』という書物を発見。それが全ての始まりです」

「『死海文書』って、あのヴァチカンに保管されてるとかいうヤツの事？」

「いえ…彼等が発見したモノは、それと区別して『裏死海文書』とも呼ばれています」

「で、その『裏死海文書』ってのは何なの？」

「歴史書であり、予言書でもあります。そこには、過去から未来へ至る様々な事象が記されているそうです」

「そんなモノが現実に…？」

「ええ。エッセネ派のトップ達はそれを隠蔽、独占して研究を始めます。そしてそこに書かれている事が正しいと知るや、今度はそれを自分達の為に使いました」

「自分達の為？」

「未来を知るというのは、大きなアドバンテージです。彼等は、その知識を利用して莫大な財産を築きました。そして名を『ゼーレ』と改めると、その財を使って経済を牛耳り、世界を裏から操ってきたのです」

「『ゼーレ』か…聞いたことがあるわね……」

「ＮＥＲＶの上位組織だ。会社で言えば、会長兼筆頭株主ってところかな。ＮＥＲＶは名目上国連の組織となってはいるが、実際は彼等の私的な目的の為の組織なのさ」

「その通り。着実に勢力を伸ばす彼等は、２０世紀後半には国連及びその中核となる大国に対して絶大な影響力を持つに至りました。その一方で、彼等は優秀な学者を囲い込んで極秘裏に様々な研究をさせました」

「何の為に？」

「神になる為に…そして約束の刻まで生き長らえる為に。それと同時に、彼等は発見しました。死海文書の記述通りの場所に存在した、あるモノを…」

「それは何？」

「南極と日本のジオフロント。そして……そこに眠るアダムとリリス」

「！！……じゃあ、私達が地下で見たあの巨人は…？」

「ああ、あれを見たんですか？あれはリリスですよ」

「じゃあアダムは？アダムはどこに！？」

「私は知りません…が、おそらくは碇司令の手元にあるはずです」

「ああ、間違いない。司令に、胎児状にまで復元されたアダムを届けたのは、俺だからな」

加持を一瞥したユウリは、それについては何も言わずに話を続けた。

「…彼等は、さらに多くの学者を集めて使徒の研究をさせました。もちろん、神へと至る術を模索するのも忘れてはいません。そして２０世紀も終わりに近付いたある時、一人の女性がもたらした計画が彼等に光明をもたらしました」

「女性？」

「名は碇ユイ。その当時はまだ高校生でしたが、父親の後をついでゼーレの一員に名を連ねていました。そして彼女がもたらした計画こそが、『人類補完計画』なのです」

「じゃあ、君のお母さんがその計画の発案者なのかい？」

「厳密にはどうなんでしょう？母の補完計画とは、『人類の心の壁を取り払い、相互理解を深めて平和な世界にする事』でしたから」

「ゼーレはその計画を基にして独自の計画を…」

「だと思います。それと同じ頃、学会で一人の科学者が嘲笑を浴びていました。その人物が提唱した『Ｓ２理論』は、あまりにも突飛過ぎたのです」

「父さん…」

「はい。学会では嘲笑を浴びた『Ｓ２理論』でしたが、ゼーレはそれを使徒の研究に欠かせない理論と判断しました。そしてゼーレは、葛城博士をスカウトしたのです」

「父さんがゼーレに？」

「ゼーレに入った葛城博士は極秘裏に幾度も南極へ飛び、使徒の研究に多大な貢献をしました。そして、初の大規模な調査隊の隊長に任命されたのです」

「その中に私も居た…」

「はい。そしてその中には、若かりし頃の碇ゲンドウも名を連ねていました」

「碇司令が？」

「はい。葛城博士を中心とした調査隊は、南極で様々な実験を行いました。そしてセカンドインパクトが発生する直前、碇司令は全ての研究データとアダムの体組織のサンプルを持って、南極を後にしました」

「もしかして、司令はあれが起こるのを知っていて、データを持ち逃げしたって事なの？」

「はい、全てはゼーレの指示です。そして司令が安全圏に逃れた頃、失敗を運命付けられた接触実験が始まります」

「実験が失敗するのもゼーレの計画の内、という事？」

「はい。葛城調査隊は人柱だったんですよ、彼らの計画の為のね」

「何故、セカンドインパクトを起こす必要があったんだ？」

「覚醒が間近に迫っていた、アダム。その力を解放し、再び眠りにつかせる為です。彼等の計画には、邪魔な存在ですしね。結果、アダムは卵の状態へと還元されてしまいました」

「父さん達は、その為の人柱だった…て訳ね」

「…はい。さて、ここで問題です。ミサトさんは、何故南極へ連れていかれたのでしょう？」

突然口調を変えたユウリ。

それを訝しく思いつつも、ミサトは答えた。

「母さんが死んだから…じゃないの？」

「それじゃ、理由にはなりませんよ。考えてみて下さい、調査隊には巨額の費用が投じられているんですよ？いかに隊長の娘とはいえ、ただの中学生を同行する必要がどこにあるんです？」

「確かにな。身よりが無いというだけなら、知人や、あるいは施設に預けるという選択肢もあったはずだ」

「じゃあ、何だってのよ！」

「解りませんか？ミサトさんはね、巫女だったんですよ」

「巫女？」

「そう、アダムという名の神の使いと接触する為のね」

「何だって！それじゃあ葛城は……」

「はい。ミサトさんは、セカンドインパクトの起爆キーとしての役割を担っていたんです。もちろん、葛城博士はご存知なかったでしょうが」

「嘘…私がセカンドインパクトを起こした……？嘘…嘘よ………」

「嘘ではありませんよ、これがセカンドインパクトの真実です。まあ、別にミサトさんのせいで起こった訳ではありませんが」

「その通りだ、葛城。お前はゼーレに利用されていただけだ、セカンドインパクトはお前のせいで起こった訳じゃない」

ミサトを慰める加持。

芦ノ湖畔に車を止め、風に当たって気分を落ち着ける一行。

ミサトが落ち着いた頃合を見計らって、ユウリは二人に尋ねた。

「続き…どうします？」

二人は、顔を見合わせて頷くと、ユウリに言った。

「「続けてくれ（ちょうだい）」」

その言葉に頷くと、ユウリは再び話し始めた。

「セカンドインパクトの直後、ゼーレは日本のジオフロントに『人工進化研究所』を設立、碇ゲンドウをその所長としました。これが後にゲヒルンへ、そしてネルフへと変るのです」

「そこで、エヴァの建造が始まったんだな？」

「はい。その研究は、『東方の三賢者』を中心にして行われました」

「『東方の三賢者』？」

「『碇ユイ』、『赤木ナオコ』、『惣流・キョウコ・ツェペリン』の三人をそう呼んだのです」

「で…エヴァってどうやって造ってるの？」

「初号機以外のエヴァの素体は、南極で入手したアダムの体組織を培養して造られています」

「！…じゃあ、エヴァは使徒のコピーって事なの？」

「その通りです」

「待ってくれ、君は初号機以外と言った。じゃあ、初号機はどうやって造ったんだ？」

「初号機は、ジオフロントに眠るリリスをそのままコピーして造られました。いわば、リリスのクローンとでも言うべきモノです」

「第２使徒のクローン…か」

「はい。それ故の、あの力です。また、これはゼーレも知らない事ですが、初号機にはＳ２機関も存在しています。…めったに動きませんけどね」

「エヴァが何なのかは解った。だが、そんなモノをどうやって制御しているんだ？」

「零号機と初号機の素体がほぼ出来あがった頃、初の接触実験が試みられました。被験者は碇ユイ、母です。母は実験に挑み、そして私の目の前でエヴァに取り込まれました。私が施設に預けられたのは、その直後です」

「そう言えば、リツコが言ってたわね。建造中に、三人取り込まれたって」

「はい、母はその一人目です。その後サルベージ作業が行われましたが、母は戻って来ませんでした。そして詳しく研究していく内、ある事が判明しました」

「ある事？」

「ヒトの魂を取り込んだエヴァは、その魂の近親者ならシンクロ可能な事が判明したのです」

「何ですって！ソレじゃ、チルドレンてのは…」

「エヴァに母親を取りこまれた子供の事です。まあ、それだけではありませんがね…」

「それだけでもないって？」

「…親和性が必要なんだそうです。遺伝子レベルの検査を行い、条件に適合する子供。それが、チルドレンとなる訳です」

「使徒との親和性…か」

「ちなみに、取り込まれた三人の内残る二人は、惣流キョウコ博士と鈴原アキエ博士です」

「アスカのお母さんと、トウジ君のお母さんね？」

「そうです。事故で取り込まれた人間の子である私達がチルドレンなのは、半分は偶然みたいなモノですね」

「待った、それじゃ順番がおかしくないか？レイちゃんはどうした」

「最初に初号機のサルベージを行った時、母のかわりに生きた肉の塊とでもいうべきモノが得られました。それに対して、碇ユイのパーソナルデータを与える事でヒトの形を得たのが、綾波レイです」

「じゃあ…レイは人間じゃない……」

「彼女はヒトですよ。その器に込められた魂は、リリスの欠片ですけどね」

「て事は…レイちゃんは第２使徒リリスに限りなく近い存在って事か？」

「そうですね。ちなみに、零号機には同じくリリスの欠片が込められています。だから、レイは自分自身とシンクロしているようなものですね」

「なるほどね…だが、それじゃあ洞木さんはどうなる？それに、俺の調べたトコロじゃ、君のクラスメイト全員がチルドレン候補だったぞ」

「彼等は、人為的に作られたチルドレンです。綿密な適性検査を行った上で、その母親を人柱として」

「「！！」」

「彼等の母親の魂は、セントラルドグマの奥深く眠っています。失敗作のコアに押し込められてね…」

「何て事なの…」

「まあ…人類全体が生き残る為の唯一の手段なのだから、やむを得ない。という事なんでしょうね、きっと」

「何言ってんのよ！セカンドインパクトを起こした連中が、そんな殊勝なタマだっての！」

「それはそうかもしれませんが、純粋に人類の未来の為にＥ計画に参加していた人達も大勢いるんです。母だって、自分の意思でエヴァに残ったんですよ？自分の考案した補完計画によって、世界に平和が訪れると信じていたんです」

「そう、それよ！あなたのお母さんの計画は解ったわ。でもゼーレや碇司令はどうなの？」

「使徒って、何だと思います？」

「何よ、突然。それが、補完計画とやらに関係あるわけ？」

「…第３から第１７までの使徒は、アダムから生まれてそれぞれ別の道を辿った単体生物としての可能性です。そして人類は、リリスから群体生物としての可能性を与えられた第１８の使徒なんです」

「人類が使徒！？そんなバカな！！」

「そうですか？９９．８９％という数字が、それを証明していますよ」

「それはいいとしよう。だが、それが補完計画とどう絡んでくるんだ？」

「人類の魂を一つにより合わせ、使徒と同じ単体生物へと進化させる。それがゼーレの補完計画です」

「何でそんな事する必要があんのよ！」

「ヒトの心は本能的に闇を恐れ、そして常に孤独を感じています。故に心が痛いと感じる…だから互いに補完し合おう、というのが理由です」

「フザケんじゃないわよ！！そんなのよけいなお世話じゃない！！」

「そんな事、私に言わないで下さい」

「それじゃ、碇司令はどうなんだ？司令も同じ考えなのか？」

「司令は…母に会おうとしているんです」

「は？」

「レイをリリスとして覚醒させ、アダムと融合。全てがＬＣＬへと還元される直前に、リリスに己と初号機に居る母の魂を誘導させて再会する。それが司令の補完計画です」

「それで…人類はどうなる？」

「結果は、ゼーレの計画と同じだと思います」

「結局、人類は滅びるって事か…」

「ゼーレに言わせれば、それは滅びではなく再生なんだそうですけどね」

「冗談でしょ！それが滅びじゃなくて何だってのよ！！」

「具体的には、補完計画ってのはどうやって発動するんだ？」

「まずは、第３から第１７まで全ての使徒の殲滅。その後、９体のエヴァと依り代となるリリス、もしくは初号機によってセフィロトの図形を形成します」

「セフィロト？」

「司令室の天井に描いてある図形の事だ、葛城」

「そして図形とロンギヌスの槍の力で、依り代を生命の樹へと還元。その際に発生する強力なアンチＡＴフィールドによって人々の自我境界が崩壊、ＬＣＬになってしまいます。然る後、全ての魂を生命の樹へと吸い上げるんです」

「かくして人類は一つになる…て訳か」

「その通りです」

「…ユウリちゃん。あなたは、そこまで知りながら何故戦うの？」

「『人類に明るい未来を』…それが、私と母との約束です。契約、と言ってもいいかもしれませんね」

その一言を最後に、ユウリは車に乗り込んだ。

　

　

翌月曜日、登校したヒカリはユウリ達に相談した。

当然のごとく反対する一同。

アスカでさえ、戦闘中に遭遇した様々な危険の事を話して聞かせ、思い留まらせようとした。

だが、結果的にはそれが決定打となった。

「やっぱり、みんな凄い苦労をしてるのね。もしこんな私でも力になれるんだったら、やるわ。私一人、逃げる訳にはいかないもの」

そう言ってニッコリ笑うヒカリを見て、一同はもはや何も言えなくなった。

こうしてその日の内に、ヒカリのパイロット就任が決定した。

それからの数日間、ヒカリはＮＥＲＶで基礎訓練を受けた。

いよいよ四号機の起動実験当日、参号機の時とは違って実験は松代で行われる為、ヒカリはミサトとリツコに連れられて松代へ向かった。

ヒカリがレクチャーを受けている間に、ウィングキャリアーに積まれた参号機とパイロットのトウジが到着。

ユウリ達は本部で待機である。

そしてこれから搭乗、という時、トウジがヒカリに話しかけた。

暫く世間話をしていた二人だったが、時間だという呼出の声に呼ばれてヒカリが仮設ケイジへ向かう。

そのヒカリの背中に、自分の初実験時に掛けられたユウリの言葉を思い出したトウジが声を掛けた。

「ヒカリ…ヒカリのお袋さんも、きっと見守ってくれとるはずや。せやから、気ィ楽にして頑張りや！」

その声に手を振って返事をしたヒカリは、ケイジへと走っていった。

それを見届けたトウジも、参号機のケイジへと走っていった。

それから数分後、スタッフが見守る中、起動した参号機が四号機の傍らに立つ。

それを合図に開始される、起動シーケンス。

一連の作業が、流れるように進んでいく。

その様子を、固唾を飲んで見守るトウジ。

そして、ついに四号機の目に光が灯った。

「エヴァ四号機、起動。シンクロ率は、３９．８％です」

オペレーターの声が、屋外に仮設された管制室に響く。

だが、その時異変が起こった。

四号機から、謎の衝撃波が発生したのだ。

原因不明のその衝撃波は、参号機以外の周囲のモノ全てを薙ぎ倒した。

「な…何が起こったの！？」

いち早く復活したリツコが叫んだ。

仮設管制室は参号機の陰だった為に、大きな被害を免れたのだ。

その声に答えたのは、オペレーターの驚愕した声だった。

「き…起動から５秒後に、ほんの一瞬だけパターン青が検出されています！」

「発生源は！？」

その声に反応してミサトが叫んだ。

「発生源は…四号機です！」

「マズイ！プラグ射出！！」

素早く指示を出すリツコ。

「駄目です、コントロールを受け付けません！！」

オペレーターの悲鳴のような叫びがリツコの耳に届く。

スタッフの目の前では、参号機がかろうじて四号機を抑えこんでいる。

「トウジ君、四号機は使徒に乗っ取られているわ！なんとかしてプラグを抜き取って頂戴！！」

「な、何やてぇ！よっしゃ、やったるで！待っとれや、ヒカリ！今ワシが助けたるさかいな！！」

ミサトの指示に反応したトウジは、四号機のプラグを抜こうと手を伸ばす。

だが、今にも振りほどかれそうなこの状態で、それをやるのは自殺行為だった。

己を締め付けていた力が弱まったと感じた四号機は、力いっぱい体を捻って参号機を投げ飛ばしたのだ。

「クッ…マズイわね。本部へ連絡、指示を仰いで！」

リツコが指示を出す。

その目の前では、参号機対四号機の戦いが続いている。

人外の動きを見せて猛攻を続ける四号機に対し、パイロットを気遣って手を出しあぐねる参号機。

それから間もなく、勝敗は決した。

四号機のハイキックをブロックした参号機。

しかし、その足のブロックした部分が曲がって、参号機の頭部を直撃したのだ。

叩きつけられるヌンチャク、その鎖の部分をブロックしてしまった、と言えば解るだろうか。

「ぐう…ヒ、ヒカリ……」

参号機は、沈黙した。

動かなくなった参号機に一瞥をくれた四号機は、猛スピードで第三新東京市へと走っていった。

その衝撃で周囲のモノを薙ぎ倒して…。

　

　

一方その頃、本部へ残ったチルドレンは待機任務へ就いていた。

四号機やヒカリの事を話しながら時間を潰す一同。

そこへ、緊急警報が鳴り響いた。

「何？使徒なの！？」

「くそっ…こんな時に！」

「二人とも、発令所へ行きましょう」

レイの提案によって発令所へ駆けつける一同に対し、日向から驚くべき報告がもたらされた。

「みんな、よく聞いてくれ。松代で事故が発生、四号機が使徒に汚染されたようだ」

「そんな！パイロットは？ヒカリはどうなったんですか！？」

「…パイロットは搭乗したままだ。緊急停止信号はおろか、プラグの射出信号すら受け付けなかったそうだ」

「トウジはどうなったんだよ！？」

「彼は参号機でフィフスチルドレンを救出しようとしたが、四号機に敗れたそうだ」

「何だって！」

なおも情報を得ようと日向に詰め寄るチルドレンに対し、頭上から命令が出された。

「総員、出撃」

「「「！！」」」

この状況でも全く動じないゲンドウに対して言いたいことはあったが、適切な命令であった為に出撃せざるを得なかった。

発進準備が終わると、三機のエヴァはすかさず射出されていく。

三機が各々武器を手にした頃、エヴァ四号機が姿を現す。

四号機は、三機のエヴァを認識したとたん停止した。

今まで、自分達の守護神とも言える存在だったエヴァが敵に回る。

その事実が、発令所のスタッフに絶望感を与えた。

「でも初号機なら……」

誰かの発した呟きが、皆に希望を甦らせる。

息を吹き返した発令所内に、ゲンドウの声が響いた。

「エヴァ四号機は現時刻をもって破棄、目標を第１３使徒と認定する。エヴァ各機は、目標を殲滅せよ」

その命令に動揺するスタッフ。

「チッ…とにかくプラグだ、プラグさえ抜いちまえばいいんだ！そうすりゃ、いつも通りに殲滅するだけだ！」

アスカが、みんなを鼓舞するように叫ぶ。

「三機で取り押さえてプラグを抜き取る、ユウリさんもそれでいい？」

「了解、いこうか！」

ゆっくりと歩き始めた四号機に対し、囲むように移動を始めるユウリ達。

だが、四号機もおとなしく囲まれたりはしなかった。

突然弐号機に向かって走り出したのだ。

すかさず距離を詰めようとする、零号機と初号機。

向かってくる四号機にスマッシュホークを叩き込もうとしたアスカだったが、それは果たされなかった。

四号機は、弐号機の直前で突如移動速度を早め、死角に回り込んだのだ。

死角からの一撃をかろうじてブロックした弐号機だったが、参号機と同じ運命が待っていた。

沈黙した弐号機を尻目に、今度は零号機へと向かう四号機。

同じようなパターンで攻めてきた四号機に対し、それを読んでいた零号機はジャンプした四号機の着地の瞬間を狙ってパレットライフルを発射。

しかし、四号機はその予測を上回る動きをして見せた。

空中で奇妙な形に体をねじって、弾丸をかわしたのだ。

更に、体をねじった反動を利用して再度ジャンプ、攻撃を繰り出す。

その予測を超えた一撃で、零号機も沈黙。

最後に残った初号機は、慎重に間合いを測りつつ応戦した。

だが、プラグへ攻撃が当たる事を躊躇うあまり、思い切った攻撃が出来ない。

結局、防戦一方となった。

このままではマズイ…誰もがそう思い始めた時、ゲンドウの声が再び響いた。

「初号機とパイロットのシンクロを全面カット、ダミーシステムで起動する」

その命令に、マヤが反対した。

「ダミーシステムはまだ問題が多く、赤木博士の許可も無しに使用出来ません！」

だが、その抵抗も一瞬で砕け散った。

「伊吹二尉…私は誰だね」

その反論を許さぬ声に、マヤは屈した。

突然シンクロが切れた事に驚くユウリ。

「何！？何が起こったの！？まさか、ダミーシステム！！」

ユウリは、この事態を正確に把握した。

ダミーに支配された初号機は、咆哮をあげて四号機に襲いかかった。

圧倒的なパワーで、四号機を蹂躙する初号機。

四号機も何とか反撃を試みるが、初号機の圧倒的パワーの前に何も出来ない。

それは、一方的な殺戮だった。

こみ上げる嘔吐感に、口を抑えるマヤ。

そして…ユウリは叫んだ。

「やめろーーーーーーー！！！！！」

その叫びに反応したのか、初号機の動きが止まる。

「こ…これは！初号機がダミーとの神経接続を拒否、回路が切断されていきます！」

「もう一度接続だ！」

すかさず指示を出すゲンドウ。

だが、なす術なく全ての回路が切断されてしまった。

「初号機、再びサードチルドレンと接続、起動します。シンクロ率…マイナス３９９．９％！」

咆哮する初号機の背には、６対１２枚の光の翼が生えていた。

停止した初号機から離れた四号機は、再び初号機へと襲いかかる。

だが、初号機の強力なＡＴフィールドに阻まれて近付けない。

そんな四号機を、初号機の光の翼が包み込んだ。

再び咆哮する初号機。

さらに輝きを増す、光の翼。

そして…輝きが収まった後には、四号機を覆っていた装甲と、プラグを始めとする機械部分、そしてコアだけが残っていた。

　

　

　

　

　

　

＜後書き＞

バルディエル戦、終了です。

色々悩んだ末、新たなチルドレンになったのはヒカリ。

きっと、皆様予想されてた事でしょう。

もう少し、トウジとヒカリを目立たせても良かったですかね？

タイトルは「５人目の適格者」なのに、ユウリが秘密を語るシーンが増えてしまいました。

それ等に関しては、一応本作における設定です。

原作とは、とりあえず関係ありません。

ところで、『東方の三賢者』って公式の設定にはありましたっけ？

記憶の片隅にあったので使いましたが、どこで見た設定なのか忘れてしまいました。

あと、ヒカリの両親の名前ですが、三姉妹と同じ法則で名付けています。

他のでも良さそうなのに何故あの名前になったかというと…特に意味はありません。

ただ何となく、です。

次回はゼルエル戦…までいくのかなぁ……。

それでは、次回も広い心でお読み下さい。

感謝の言葉

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第１７話「絶望と希望」に進む。
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