暁の守護天使
第１７話「絶望と希望」
発令所は、シンと静まり返っていた。
初号機が見せた圧倒的な力に、皆が恐怖を覚えていたのだ。
「一体……何が…起こったんだ………？」
かろうじて再起動を果たした日向が呟いた。
その呟きを聞いたマヤが、状況の分析を開始。
技術部ナンバー２の面目躍如といったところか。
「恐らく、初号機の強力なＡＴフィールドが四号機の自我境界を破壊。結果、素体がＬＣＬになってしまったのではないかと思われます……」
マヤの推論に、再び静まり返る発令所。
そこにいるスタッフ全員が同じ事を考えた。
そんなモノに触れたら人間はどうなってしまうのか、と。
その時、非常に珍しいユウリの怒声が響いた。
「碇ゲンドウ！！！！」
初号機からの通信がメインスクリーンに映される。
そこには、怒りを顕わにしたユウリが映っていた。
凄まじい緊張感の中、両者の睨み合いが続く。
その重い沈黙を破って、ユウリは口を開いた。
「碇ゲンドウ…母さんは、あなたを完全に拒絶しました。もう二度と、顔も見たくないそうです。よかったですね…一人寂しく、朽ち果てて下さい」
そしてニヤリと笑うユウリ。
その顔は、とても邪悪に見えたという。
なおも何かを言いかけたユウリだったが、突然糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
「パイロット気絶、初号機は活動を停止しました！」
マヤが素早く報告する。
それを聞いた冬月はゲンドウに向き直るが、ゲンドウはユイに拒絶されたという事実に放心状態だった。
小さく舌打した冬月は、この場を収めるべく指示を出す。
「パイロットの救出と機体の回収を急げ！フィフスの救出が最優先だ！！」
冬月の指示で息を吹き返す発令所。
それを確認した冬月は、いまだ放心状態から抜け出せないゲンドウを連れて発令所を後にした。
一方松代では、救助されたトウジが手当てを受けていた。
「う…くぅ……ワシは一体……！！」
いきなり体を起こしたトウジは、すぐ傍に立っていたミサトに掴みかかって叫ぶ。
「ヒカリは、ヒカリはどないなったんでっか！！」
その問いへの答えは、彼の背後から聞こえてきた。
「四号機は、使徒として処理されたわ。パイロットは、救出されたけど意識不明。幸いな事に、外傷は認められないそうよ」
声の主は、頭に包帯を巻いたリツコだった。
「た、助かったんでっか！？」
「一応ね。ただ、精密検査が終了するまではなんとも言えないわ。精神汚染等の懸念もあるしね」
「そ…そうでっか…」
がっくりと肩を落とすトウジ。
そんなトウジの背中をポンと叩いたミサトが、いつも以上に明るく言った。
「ヒカリちゃんは大丈夫よ！今は信じて待ちましょう、ね！」
「は、はい！」
ピンと背筋を伸ばして敬礼するトウジ。
ちなみに、これはケンスケ直伝である。
そのしゃちほこばった姿に、場の空気が和む。
だが、トウジの放った一言が、再び空気を凍らせた。
「せや、他の連中はどないしたんでっか？」
「……零号機と弐号機は使徒に敗北、使徒を殲滅したのは初号機よ」
そう告げるミサトの顔は、苦しげに歪んでいる。
「ほ、ほなパイロットは！？」
「戦闘記録を見せてあげる。詳しい話はその後で…ね」
そう言って歩き出したミサトに、トウジは黙ってついていった。
ミサト、リツコに続いて仮設管制室へ入るトウジ。
そこは、既に無人となっていた。
機材のチェック終了後、スタッフは他の場所の復旧作業へ向かったのだ。
モニターの電源を投入し、カタカタとキーボードを叩くリツコ。
ＮＥＲＶ本部と繋がったその端末に、四号機と他のエヴァとの戦闘が映し出され、トウジはその映像を食い入るように見詰めた。
モニターの中で弐号機が、そして零号機が倒される。
残る初号機が戦うが、やはり苦戦している。
暫くすると、戦闘中にも関わらず初号機が停止。
「な…どないしたんや！？」
呟くトウジに誰も答えないまま、モニターの中の初号機は再起動した。
再起動した初号機は、先程までの戦い方が嘘のように容赦無く攻撃を繰り返す。
「何がどないなっとるんや！初号機に何が起こったんや！！」
「ダミーシステムを使用したのよ」
リツコの呟きに、トウジが問い返す。
「ダミー…システム？何でっか、それ」
「エヴァに、パイロットが乗っていると誤認させるシステムよ。これによって、無人での運用も可能になるわ。未完成で、問題が山積みだけどね」
そんな会話をする内、ユウリの絶叫と共に初号機が停止する。
そして、再起動した初号機の背には１２枚の翼があった。
それを無言で見詰めるトウジ。
初号機の翼によって四号機がＬＣＬになったところで、映像が途切れた。
「あの力…あの力は一体…何なんでっか？」
リツコにトウジが尋ねるが、その声には力が無い。
「あれは、恐らくＡＴフィールドね。現在ユウリのみが可能な、ＡＴフィールドの形状変化と、防御以外の用途への応用。あの翼もその一つ」
「……せやのうて、四号機が消えてもたんは何でなんでっか？」
「ＡＴフィールドはね、全ての生物が持っているの」
ポツリと呟くリツコ。
「は？せやけどワシら、ＡＴフィールド張るなんてできまへんで？」
当然の疑問を発するトウジに、リツコは静かに語った。
「ＡＴフィールドとは…自己を形成する『型』であり、同時に他者と自己とを分かつ『壁』でもあるの。それを、自我境界とも呼ぶわ」
「それが何なんでっか？」
「初号機の圧倒的なＡＴフィールドによってそれを破壊された使徒と四号機は、自己を保つ事ができずにＬＣＬになってしまったのよ」
それは、発令所でマヤが推論したのとほぼ同じ内容であった。
こちらの方がより具体的なのは、やはり師匠と弟子の差であろうか。
「装甲と機械部分はいいとして、コアが残ったのは何故？」
「さあ…私には解らないわ。（もしかしたら、コアの中の魂を救おうとしたのかしらね…）」
ミサトが更に何かを言おうとした時、一人のスタッフが入ってきて報告した。
「赤木部長、葛城三佐、撤収の準備が完了しました！」
「そう…ミサト、鈴原君、本部へ帰還するわよ」
その声で立ち上がった３人は、後の処理を松代のスタッフに任せて本部への帰路についた。
その頃、ゲンドウはゼーレに召還されていた。
「碇、もはや捨て置けぬ。初号機の凍結と、サードの更迭を命じる！」
「…初号機は、暴走の原因を調査せねばなりません。今すぐ凍結、という訳にはいきませんよ」
「暴走！？あれが暴走だと言うのかね？サードは己の意思でダミーを排除し、初号機を再起動させたではないか。それを暴走とは、どういうつもりかね？」
「そうは仰いますが、あれを暴走と言わずして何と言うのです？」
「初号機は、パイロットの制御下にあった。それを暴走とは言うまい？初号機は、やはり覚醒を果たしているのではないかね？」
「現在、それらの懸念も含めて調査をしております。近日中には、キチンとした解答を提出する事が出来るでしょう」
「初号機に関しては、その報告を待ってやっても良い。だが、サードの処分に関しては譲れぬぞ」
「サードは現在、入院加療中です。処分をするにしても、本人が目を覚ましてからですよ。ヘタに一方的な処分を実行すれば、組織の運営上好ましくない事態になるやもしれません」
「おや、随分と弱気な発言だね？それをどうにかするのも、キミの仕事ではないのかね？」
「お言葉はごもっともですが、こちらとしてもそれは譲れません」
「……碇、今更下らぬ情にほだされたなどとは言うまいな？その席が、いつまでもお前の物とは限らぬのだぞ」
「承知しております、全てはゼーレのシナリオのままに」
消えていく老人達。
「ユイ……もう、終わりなのか…。もう、俺を見てはくれないのか…。何故だユイ、何故なんだ……」
呟くゲンドウ。
彼の辞書に、『反省』という文字は無いのだろうか？
戦闘の翌日、ヒカリはようやく目を覚ました。
真っ白い天井が視界に広がる。
そして、状況を把握しようと周囲に視線を巡らせていると、一人の看護婦が入ってきて声をかけた。
「やっと目が覚めたのね。あなた、まる一日寝ていたのよ？」
そう言いつつ、看護婦はヒカリの体に取り付けられた各種計測機器を手馴れた感じでチェックしていく。
「あ、あの…まる一日寝てたって、どう言う事ですか！？」
慌てて問うヒカリ。
「それは、私から説明するわ」
その質問に答えたのは、看護婦とは別の人物だった。
入口の方を見ると、そこにはいまだ包帯を巻いたままのリツコの姿。
すぐに説明が受けられるものと思ってリツコを見ていたヒカリだったが、一向に話し始める気配が無い。
やがて一連の作業を終えた看護婦が退出すると、ようやくリツコは口を開いた。
「あなたの四号機は、使徒に乗っ取られたのよ」
リツコの口から発せられた言葉のあまりの内容に、ヒカリの頭脳は一瞬停止してしまった。
「の…乗っ取られた！？一体どうして！？」
「アメリカから空輸されて来る途中で、エヴァに取り付いたのね。そしてじっと身を潜め、エヴァが起動すると同時に侵食、支配した、といったところだと推測されるわ」
「それで、その後どうなったんですか？」
「四号機は、使徒として処理されたわ。そして、あなたは無事救出されると同時に病院へ担ぎ込まれ、つい先程目覚めたの」
「使徒として、て事は戦いがあったんですね？みんなはどうなったんですか？無事なんですか？」
心配そうに尋ねるヒカリ。
「零、弐、参の各機は、使徒に倒されたけれどパイロットは無事。でも、使徒を殲滅した初号機は、パイロットが意識不明。あなたの隣のベッドで寝ているわ」
そう言って隣のベッドを囲むカーテンを開けるリツコ。
そこには、沢山の計測機器を取り付けられて眠るユウリの姿があった。
「ユウリ！……あの、ユウリは何故意識が無いんですか？」
痛々しいユウリの姿を見て驚くヒカリだったが、すぐに気を取りなおしてリツコにユウリの事を尋ねた。
「…精神力を使い果たしたのよ、あなたを助ける為にね。どうしてそうなったのかは、退院できたら戦闘記録を見せてあげるわ。だから、今は体を治す事だけ考えなさい。それが今のあなたの任務よ」
「解りました。あと、一つだけ教えて頂けますか？私はこれから、どうなるんでしょう？」
「あなたはこれから、予備役チルドレンとして扱われるわ」
「予備役チルドレン？」
「ええ。以後パイロットに欠員が出る、もしくは新しい機体が納入された場合に、再度チルドレンとして登録される事になるでしょうね」
「…そうですか、解りました」
「それじゃ、私はこれで失礼するわ」
リツコは、用件を済ませると振り返る事無く出て行った。
暫くすると、ヒカリは鉛のように重い体を起こして、ユウリのベッドの傍に置かれている椅子に座る。
ユウリの顔を、じっと見詰めるヒカリ。
ユウリの顔は青白く、全く生気が感じられない。
ヒカリは、ユウリの頬をそっと撫でながら呟く。
「ごめんね…みんなの力になりたかったのに…。なのに私、みんなに迷惑かけちゃった。ごめんね…」
頬から手を離したヒカリは、今度は手を握り、そして長い間ユウリの寝顔を見詰めていた。
その表情は、まるで眠る我が子を見守る母親のような慈愛に満ち溢れている。
それから暫くすると、レイ、アスカ、トウジの３人がやってきた。
「ヒカリ！……どうやら大丈夫みたいやな、安心したで」
入って来るめでずっと険しかったトウジの顔が、安堵で綻ぶ。
そしてヒカリもまた、そんなトウジの顔に不思議な安堵感を覚え、笑みを浮かべた。
「トウジ…お見舞、来てくれたんだ……」
「な、何言うとんねん、当たり前やないか！」
ヒカリの笑みに、顔を赤くするトウジ。
付き合い始めてそれなりの時間が経過しているというのに、いまだにこうした雰囲気には馴れないようだ。
「ヒカリさん、気分はどう？」
「ありがと、レイ。大丈夫、問題無いわ」
「ま、何にせよ無事で良かったぜ。トウジのヤツ、昨日からずっとヒカリヒカリってうるさくてな。まったく、やってらんねぇっての…」
「ア、アスカ！ワシは別に…」
「トウジ…心配かけちゃってごめんね。それから、レイも惣流君もごめん」
「気にせんでもええんやで、ヒカリ」
いたわるように、優しく笑うトウジ。
「そうよ、ヒカリさん。友達を心配するのは、当然の事」
レイも、馴れた者にしか判らないが、柔らかな笑みを浮かべている。
「レイの言う通りだぜ、委員長。委員長が気にする事なんて、何もねぇんだ」
そう言うアスカも、よく見ればぎこちないが、笑みを浮かべている。
但し内心では、八つ当たりしたい心とそれをねじ伏せる心とが、激しい戦いを繰り広げていたが。
そんなアスカの内心に気付いたのかどうか、ヒカリはさらに謝る。
「ううん、私のせいでみんなに迷惑をかけてしまったわ。本当にごめんなさい」
「ちゃう！それはヒカリのせいやない、使徒のせいや！」
ヒカリの言葉を否定するトウジ。
当然だろう、実際ヒカリのせいでは無いのだから。
「でも、そのせいでユウリが！！」
それでもヒカリは譲らない。
何せ、目の前でユウリが眠っているのだ。
元々責任感の強いヒカリにとって、それを『自分のせいではない』と割りきる事など到底出来る筈はなかった。
なおも言い合いを続けようとするヒカリとトウジを、アスカの一言が止める。
「病人の前で喧嘩は良くないぜ、二人とも。…委員長、ユウリは大丈夫だ。暫く休んでいれば、目を覚ます。委員長が今やらなきゃいけないのは、他人の心配をすることでも謝ることでもない。一刻も早く、体を治すことだ」
「…そうね、その通りだわ。ありがとう、惣流君」
「ああ、気にするな。それより、そろそろ弐号機のテストなんで、俺もう行くわ。お前等は、もう少しゆっくりしてろよ」
そう言って手を上げると、アスカは出て行った。
「テストって？」
ヒカリの問いに、淡々とレイが答える。
「昨日の戦いで損傷した箇所の応急修理が出来たので、起動可能かどうかをテストするの」
「アスカの次はワシで、その次がレイや。まあ、リツコはんの話によると、簡単な修理で問題のう動く筈なんやそうやけどな」
何でもない事のように言うトウジ。
ヒカリに余計な気を遣わせないように、との配慮だろう。
それを察したのか、ヒカリは何も言わなかった。
そして、トウジはさらに言葉を続ける。
「せや、ヒカリ。もうベッドに戻った方がええんとちゃうか？体治すには、寝るんが一番やと思うで」
「ええ、そうね。悪いけど、そうさせてもらうわ」
そう言って立ちあがったヒカリだったが、まだ体が自由にならずによろめいてしまう。
それを無言で支えたトウジは、ヒカリを抱き上げた。
俗に言う、お姫様抱っこというヤツである。
ヒカリの顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。
そしてトウジがヒカリのベッドへと足を踏み出した瞬間、小さなノックの音と共に一人の男が入ってきた。
「おや？どうやら、お邪魔だったようだね」
そう言ってニヤリと笑ったのは、ヒカリの父ツバサであった。
「お、お父さん！？」
突然の事に焦るヒカリ。
一方のトウジはといえば、完璧に硬直してしまっている。
そんな二人のもとへ歩いて行ったツバサは、真っ赤な顔の我が子と、我が子を抱き上げるその恋人をしげしげと眺めた。
「君、娘を宜しく頼むよ」
ツバサは、そう言ってトウジの肩をポンと叩くと、またしてもニヤリと笑う。
そして、クルリと踵を返して出て行った。
「じゃ…また後で」
気を利かせたのか、レイもそう言い残してツバサの後を追う。
突然二人きりになったトウジとヒカリは、そのままの姿勢で暫くの間硬直していた。
数分後、どうにか再起動したトウジがヒカリをベッドに降ろす。
「あ…ありがと…」
「お…おう…」
またしても硬直する二人。
二人が再起動したのは、緊急警報が鳴り響いてからだった。
「！…使徒なんか！？」
トウジの顔が、いきなり真剣になる。
その顔に見惚れたヒカリだったが、気を取りなおすとトウジに声をかけた。
「トウジ、気をつけてね……」
「おう、まかしとけや！」
そう言って駆け出そうとしたトウジの腕を、ヒカリが掴む。
振り返ったトウジの顔には、怪訝そうな表情が張りついている。
一瞬下を向いたヒカリは、意を決して顔を上げると、トウジを引き寄せた。
そして、一世一代の勇気を振り絞ると、トウジの首に腕を廻し、その頬に自分の唇を触れさせる。
「頑張って、そして必ず帰ってきて。約束よ、トウジ」
トウジは、顔を赤くしつつ頷く。
そして、今度こそ駆け出した。
一方その頃、ケイジでは弐号機の起動実験が行われていた。
「エヴァ弐号機、起動しました！」
マヤの声が管制室に響く。
「これで一安心、てトコロかしらね」
ミサトが呟く。
だが、その顔は厳しい。
「そうね、でも今の弐号機では単独での戦闘はきついわ。他の機体のテストが終了するまで油断は禁物よ、ミサト」
それに答えるリツコの顔も、同様に厳しいままだ。
そこへ、レイが現れた。
「赤木博士、零号機の状況は？」
「あらレイ、早かったのね。そうね、次は参号機の予定だったけど、先に零号機のテストを済ませてしまいましょうか。アスカ、実験終了、あがっていいわよ」
「了解」
アスカが返答したその時、緊急警報が鳴り響いた。
「まさか使徒！？クッ…こんな時に！！アスカ、そのまま弐号機の中で待機してて。レイ、あなたも零号機にエントリーよ。リツコ、発令所に行くわ！」
ミサトは素早く指示を出して駆け出した。
発令所に辿りついたミサトの目に映ったのは、かろうじて人型に見えなくもない物体だった。
足が異常に短く、肩はあるが腕が無い。
その肩からは、腕の代わりに帯状のモノがぶら下がっている。
そして、お約束のように首が無く、胴体上部に顔のようなモノが存在している。
そんな姿をした使徒に対して、第三新東京市の迎撃システムが総攻撃を掛けた。
だが、使徒はそれを全く意に介さず悠々と進んでいる。
「どうしてこんなに近付くまで気付かなかったのよ！？」
ミサトが叫ぶ。
「先の第１２使徒と同様、突然現れたんです！」
ミサトの叫びに答えたのは、日向だった。
「ＡＴフィールドは？」
今度はリツコが尋ねる。
「第５使徒以上の出力が検出されています！」
マヤの代わりに座っていたオペレーターが答えた。
そして、すかさずマヤと交代する。
メインスクリーンには、ミサイルの雨を浴びながらも平然としている使徒の姿。
それを睨み付けたミサトが指示を出そうとしたその時、スクリーンを、眩い閃光が包んだ。
次の瞬間、凄まじい轟音と振動がＮＥＲＶ本部を襲う。
「な、何が起こったの！？」
ミサトが叫ぶ。
「は、はい。…ジオフロント天井部の装甲が、１８層まで破損しています！」
まるで悲鳴のような声のマヤ。
「マズイ！エヴァはどうなってるの！？」
「零号機も起動完了、いつでもいけます！」
「よし、零号機と弐号機をジオフロント内に射出。本部の防衛に当たらせて！」
「武器はどうするの、ミサト」
リツコが冷静に尋ねる。
「使える物を、みんなエヴァと一緒に射出して。それから、参号機もパイロットが到着次第出撃できるように準備しておいて！」
ミサトの指示に従おうとするオペレーターに、頭上から声が聞こえた。
「まて、初号機も出撃準備だ。ダミーで起動させろ」
そのゲンドウの声に、一瞬硬直する一同。
一同の脳裏に、四号機を蹂躙する初号機の姿が甦る。
だが、すぐに再起動すると準備に取りかかった。
そうこうする内にトウジがケイジに到着、参号機の起動に移る。
それと同時に、初号機の起動も行われた。
「駄目です！初号機が、ダミーとの接続を拒否しています！！」
「クッ、しょうがないわね。零号機、弐号機、参号機を射出して、早く！」
ミサトが痺れを切らして叫ぶ。
「初号機は、もう一度起動シーケンスを最初からよ、マヤ！」
「はい、先輩！」
リツコの指示に、マヤのキーボードがカタカタと音をたてる。
そして、再び起動シーケンスが繰り返された。
「Ａ１０神経接続開始…こ、これは！！」
「どうしたの、マヤ！」
「初号機からダミーへ侵食……システムダウン！ダミーが使用不能になりました！！」
「何てこと…」
リツコが呟く。
その様子を見ていた冬月が、ゲンドウに聞こえるように呟いた。
「どうやら、碇がユイ君に拒絶されたというのは本当のようだな…」
それを聞いても、ゲンドウはピクリとも動かなかった。
但し、その顔は青ざめ、額に脂汗が滲んでいたが。
射出された３機のエヴァは、ＡＴフィールド中和圏内に接近した使徒に対し集中砲火を浴びせた。
だが、使徒のＡＴフィールドに阻まれてしまう。
「駄目…フィールドが中和できてない……」
レイが呟く。
「クソッタレ！こっちよりフィールドが強いのか！？これじゃ駄目だ…レイ、援護しろ！」
そう叫んだアスカは、ソニックグレイブを構えて弐号機を使徒へと走らせた。
「おい、待たんかい、アスカ！」
トウジもアスカを追う。
一見すると参号機は武器を手にしていないが、よく見るとトゲ付きのナックルが両拳に装着されている。
武器を使用しての戦闘がなかなか上達しないトウジの為に開発された、『プログレッシブナックル』である。
その名から想像出来る通り、トゲに高周波振動機能が付加されている。
そのプログレッシブナックルのスイッチを入れながら、トウジはアスカの後を追って参号機を走らせる。
エヴァが接近してくるのを認識したのか、今まで無反応だった使徒が両肩から下がった帯状のモノを伸ばした。
アスカの勘が、危険を察知する。
横っ飛びする弐号機。
次の瞬間、それまで弐号機がいた場所を使徒の触手が通過していった。
そして使徒は、それを引き戻しつつもう片方の触手を弐号機へ放つ。
「それがてめぇの武器か！だが、直線的な攻撃しか出来ないとみた。いくぜ！」
２撃目をかわしたアスカは、そう叫んで接近しつつ、使徒へ攻撃を繰り出した。
だが、渾身の一撃は使徒に通じなかった。
「バカな！ＡＴフィールドは中和してる筈なのに！」
慌てて使徒の攻撃を回避する弐号機。
そこへ、更に参号機が襲いかかる。
だが、参号機の攻撃も通じなかった。
この使徒の防御力は、ＡＴフィールド無しでも圧倒的だったのだ。
「トウジ、挟み撃ちだ！」
「了解や、アスカ！」
僅かに間合いを離した２機は、使徒の前後から同時に襲いかかる。
使徒は、それに対して前後に１本ずつ触手を放った。
「「もらった！」」
使徒の一撃を回避しつつ攻撃する２機。
アスカもトウジも命中を確信した次の瞬間、何かを感じたミサトが叫んだ。
「シンクロカット！急いで！！」
反射的に従うマヤ。
一瞬の後、モニターには、使徒の触手に首を落とされた２機のエヴァが映っていた。
触手の攻撃をかわされた使徒は、触手を伸ばしたまま高速回転を始めたのだ。
弐号機も参号機も、それをかわせなかった。
いや、勢いをつけて突撃した為、回避行動をとる事も出来なかった。
ミサトの判断があとほんの僅かでも遅かったら、首を跳ね落とされたショックがパイロットにどんな影響を与えていただろうか。
２機が沈黙した後、使徒は零号機へと向き直る。
レイは、武器の山の中から最後の手段を抱え上げると、使徒に向かって走り出した。
「あれは…Ｎ２爆弾！？まさか、特攻！！」
ミサトが叫ぶ。
他のスタッフが口々に中止を訴えるが、零号機からの通信回線は切られていた。
その為、レイの呟きは誰にも聞こえなかった。
「ユウリさん、あなたは私が守るわ……」
使徒のＡＴフィールドを、無理やりこじ開ける零号機。
ついにＮ２爆弾が使徒に触れたその瞬間、使徒のコアは硬い何かに覆われた。
爆発の衝撃が、使徒と零号機を襲う。
モニターや計器類が衝撃から回復した時、またもミサトが叫んだ。
「シンクロカット！」
マヤが指示に従った瞬間、零号機の首が跳ね落とされた。
その頃、ユウリはまだ眠っていた。
「みんな、大丈夫かしら……」
再びベッドから起き上がったヒカリが、ユウリの寝顔を見詰めながら呟く。
その時、病室を凄まじい轟音と振動が襲った。
「な……何なの！？」
焦るヒカリ。
ヒカリがユウリの方へと視線を戻すと、ユウリの目が開いた。
「ユウリ、気が付いたの！？」
ところが、ユウリはヒカリの声には反応しなかった。
そして、体を起こすとフラフラと頼りない足取りで歩き始める。
「ちょっと、まだ起き上がっちゃ駄目よ！」
ヒカリは、ユウリを止めようとした。
だが、ユウリの目を見た瞬間硬直してしまう。
ユウリの目は虚ろで、何も見ていなかったのだ。
「行かなきゃ……母さんが…呼んでる……」
そう呟いて歩き出すユウリ。
ヒカリは、ユウリを追いかけた。
時折倒れそうになるユウリを支えるヒカリ。
のろのろと歩き続けたユウリが辿りついたのは、ケイジだった。
「おい、ユウリちゃんやないか。どないしたんや？」
ハルアキが尋ねた。
だが、ユウリはそれに構わず歩き続ける。
ハルアキは、今度はヒカリに尋ねた。
「お嬢ちゃん、一体どないなっとるんや？」
「それが、私にもさっぱり…。何も見えてないし、聞こえてないみたいなんですけど…。そうだ！外は、外の様子はどうなってるんですか！」
「エヴァは全機敗北、使徒は本部に向かって侵攻を続けとる」
「！！そんな…パイロットは、パイロットはどうなったんですか！？」
「一応無事らしい…が、戦闘の継続は無理や。残る戦力は初号機だけ、ちゅう訳や。ま、今のユウリちゃんには戦闘は無理やろうけどな」
ユウリの方を振り返ったハルアキの目が、驚愕に開かれる。
ユウリの歩みは止まっておらず、真っ直ぐに初号機へ向かっていたのだ。
作業員達は、虚ろな目で歩くユウリを遠巻きに眺めている。
「まさか…無意識に戦いに向かおうとしとるんか……」
ハルアキの呟きと共に、大きな機械音が響いた。
「何事や！」
ハルアキが叫ぶ。
「初号機が、初号機が勝手に起動準備を！」
作業員の一人が、悲鳴にも似た声で答える。
そうこうする内に、ユウリはエントリーを終えた。
「初号機、起動します！！」
作業員の叫びと共に、初号機の目に光が灯った。
「万事休す、かしらね……」
リツコが呟いた。
「マヤちゃん……自爆準備、お願いね」
ミサトが指示に、スタッフの間に動揺がはしる。
「急いで！使徒はもう、すぐそこまで来てるのよ！」
「は、はい！」
ミサトの激しい口調に突き動かされ、マヤは慌ててキーボードを叩いた。
だが、その操作が終了する前に使徒が現れる。
発令所の壁とメインスクリーンが、破壊される。
そこから出現する、使徒の巨大な体。
怯えるスタッフの目の前数十メートルに、使徒の顔がある。
光線を撃とうとしているのか、ほのかに輝く使徒の顔。
それを、微動だにせず睨み付けるミサト。
誰もがもう駄目だ、と思ったその時。
これまた発令所の壁をぶち破って、初号機が現れた。
「まさか、ユウリちゃん！？」
ミサトが呟く。
「こ…これは！」
計器類を確認したマヤが驚愕の声をあげる。
「どうしたの、マヤ！」
リツコが尋ねる。
「は、はい。全ての計器が、初号機パイロットがいまだ昏睡状態である事を示しています！！」
初号機との通信が繋がると、そこには虚ろな目でシートに座るユウリがいた。
絶句するスタッフ一同。
誰も一言も発しない彼等に向かって、赤黒い液体が降り注いだ。
左腕を使徒に吹き飛ばされた初号機から、鮮血が噴き出したのだ。
そこに居る人間もろとも、紅に染まる発令所。
完全に硬直しきった彼等の目の前で巧みに体を入れ替えた初号機は、ユウリの姿を映していたサブスクリーンを破壊しつつ使徒をケイジへと押し込んだ。
「５番カタパルト射出！」
いち早く再起動したミサトが叫ぶ。
使徒と初号機を乗せたカタパルトは、地上へと射出された。
と同時に、オペレーター席の小さなモニターの映像が、外部の映像に切り替わる。
使徒を遠くへ投げ飛ばした初号機がさらに追い討ちをかけようとした瞬間、活動限界が訪れた。
「初号機活動限界！！」
マヤの悲鳴にも似た叫びが発令所に響く。
その時、かろうじて難を逃れたスピーカーから、ユウリの呟きが聞こえた。
「駄目……力…もっと……みんな……守らなきゃ………」
気を失ってなお皆を守ろうとするユウリに、発令所のスタッフ一同は声も出ない。
そこへ、他のエヴァの首を一撃で切断した、使徒の触手が伸びていく。
もう駄目なのか…誰もがそう思った瞬間、初号機の右腕が触手を掴んだ。
「初号機、再起動！…シンクロ率が、シンクロ率が急上昇していきます！！」
「チッ、マズイ！！」
マヤの報告に舌打するリツコ。
「シンクロ率…３５０…６０…７０…８０…９０…４００に到達！！」
マヤが叫ぶ。
「初号機との映像回線、回復させて！！」
リツコの指示が飛び、マヤがキーボードを叩く。
オペレーター席の別のモニターがプラグからの映像に切り替わるが、そこには誰も映っていなかった。
「取り込まれてしまったのね、エヴァに……」
リツコが呟く。
シンと静まり返る発令所を余所に、外では戦闘が続いている。
掴んだ触手を引き寄せ、接近してきた使徒に渾身の蹴りを見舞う初号機。
初号機の手の中に、使徒の触手だけが残った。
初号機がそれを左肩にあてると、使徒の触手だったそれが一瞬にして初号機の腕へと変化する。
そして初号機は、蹴り飛ばされた使徒へと襲いかかった。
ケダモノじみた動きで、使徒を翻弄する初号機。
第１３使徒戦と同様、一方的な殺戮劇が繰り広げられる。
さんざん嬲られた挙句、遂に力尽きる使徒。
動かない使徒に圧し掛かった初号機は、使徒の体に噛み付いた。
肉を食い千切り咀嚼する、不気味な音が静かな発令所内に響く。
その凄惨な光景に、それを見る者達は皆恐怖した。
「使徒を…食ってる……」
ミサトが呟く。
「まさか…不完全なＳ２機関を補完しようとでもいうの……」
リツコが推論を呟く。
初号機に、Ｓ２機関が備わっているのを知っているが故の推論である。
やがて、食事（？）を終えた初号機が立ちあがった。
一際大きく咆哮する初号機の背の翼は、何故か禍々しい輝きを放つ。
その時、エントリープラグ内の映像を映していたウィンドウが光に包まれた。
「シンクロ率、急速下降！…３００…２５０…２００…１５０…１００で安定しました！」
マヤの報告に、ホッと安堵の息を漏らすスタッフ一同。
ウィンドウを包んでいた光が消えると、エントリープラグ内の映像には、眠るユウリの姿が映し出されていた。
歓声に包まれる発令所。
「シンクロ率、再び下降。初号機、活動停止しました」
マヤの報告を聞いたミサトが、大声で指示を出す。
「現時刻をもって作戦を終了、パイロットの救出を急いで！！」
発令所のスタッフ達は、自分達が初号機の血で染まっている事も忘れて作業に取り掛かった。
＜後書き＞
ゼルエル戦が終了しました。
今回、ミサトが少し活躍。
珍しく、作戦部長らしいところを見せています。
やはり、彼女は勘が冴えているようですね。
まあそれだけ、という気がしないでもありませんが。
ところで、エヴァに取り込まれたユウリがあっさり戻ってきます。
これは、己の成すべき事を明確に理解し、それを実行しようとする意志の賜物でしょう。
初号機のユイにしても、ユウリと共謀してサードインパクトを回避しようとしています。
故に、ユウリがエヴァに取り込まれたままでは都合が悪い、という事ですね。
次回は、原作で予告編に表れた文字が物議を醸した、あの話です。
またしても敗北したアスカ、果たして彼はどうなるんでしょうか。
それでは、次回も広い心でお読み下さい。
ゲンちゃん、哀れ。
彼の辞書に「反省」の文字があったとして・・・無意味な仮定でしたね。
歯車は狂ったまま、物語は冷酷に時を刻む。
最強の使徒の降臨、そしてアスカ、レイ、トウジの敗北、とＮＥＲＶの
戦力は底を尽き、初号機ただ１機に全てが託されていく・・・。
ゼーレの老人達がどんな動きを起こすのか、それとも起こせないのか。
使徒もあと３体。今後が楽しみです。
アスカ・・・復活してくれるといいんですけどぉ・・・。
さて、読まれた人は Ｔ．Ｈ さんに感想と一緒に気力を送って、執筆活動を
がんばってもらいましょー♪