暁の守護天使
第１８話「蘇る過去」
「碇よ、どういうつもりだ。初号機は覚醒を果たしてしまったではないか！」
開口一番そう告げるキール。
その声には、明らかな怒りがこもっている。
「全く…初号機が覚醒を果たすなど、これ以上ないイレギュラーだよ。この修正、容易ではないよ？」
「しかも、あのような手段でＳ２機関を取り込むとは…」
「５分から無限、かね。とんでもない話だよ」
「まさに、神の力だね」
「われらには、具現化した神など不要なのだよ？」
「その通り！われらのシナリオには、そのようなモノは存在しない」
「この責任、どう取るつもりかね？」
「初号機は、委員の皆様の別命あるまで無期限の凍結処分とします」
「サードは、どうするのかね？」
「サードに関しては、現在隔離病棟に収容して各種検査を実施中ですので、正式な処分はその後になるかと思います」
「ほう、またしても娘には甘い処分だね？」
「そうですか？サードは、短時間とはいえエヴァに取りこまれています。その影響を調査するのは、至極当然の事かと思いますが？」
「物は言い様だね？それならば、娘を庇う事が出来る」
「別に、そのような意図はありませんよ。サードが、われらの計画の障害となるのは事実。ですが、サードはＮＥＲＶ職員にとって心の拠所のような存在となりつつあります。ヘタに処分すれば、組織の運営に支障をきたすのは必至です」
「とにかく、サードと初号機をこれ以上近づけてはならぬ。しかと心得よ、碇」
老人達は、消えていった。
その日、加持は第二東京を訪れていた。
ドライブの後にユウリから預かった、あるモノを持って。
加持は、郊外の高級住宅街にある１軒の豪邸の前で立ち止まり、呼鈴を押した。
すぐに返事があり、２・３言葉を交わすと中へ通される加持。
広い応接室で待たされること数分、この家の主が現れた。
その後ろには、主よりやや若いであろう男達が控えている。
「待たせてしまったね、内務省調査室所属、特務調査官『加持リョウジ』一尉」
主が口を開いた。
「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、突然お邪魔してしまいまして申し訳ありませんね、東郷一佐」
加持が、いつもと変らぬ態度で挨拶を返した。
そう…ここは、ユウリが師と慕う人物であり、戦略自衛隊が誇る英雄でもある東郷シュウヤ一佐の邸宅である。
一瞬の間を置いて、加持が再び口を開く。
「ところで、東郷一佐。北大路二佐に烏丸二佐、壬生三佐に西洞院三佐、６６６師団の４大幹部が勢揃いとは一体どうしたんです？」
「フン、貴様のような危険極まりない男が尋ねてくるのだ。それなりに警戒もしよう」
４人の男の内、加持と同質の笑みを浮かべた男が言った。
「よさんか、西洞院。で、用件は何だね？加持君」
東郷が男を諌めつつ言った。
「ええ、それなんですが実は……」
「実は？」
「ユウリちゃんから、届け物を預かってきました」
ユウリの名を聞いたとたん、東郷も、後ろの男達も表情を和らげた。
「あの子は、元気にしているかね？君が居るＮＥＲＶの、エヴァンゲリオンとやらのパイロットをしているというのは知っているのだが」
東郷が尋ねる。
「ええ…なんとかやってますよ、大変なメには遭ってますがね。それで、届け物というのはこれです」
加持が取り出したのは、数枚の光磁気ディスクである。
「これは？ビデオレター、という訳でもあるまい」
「このディスクの中に、真実があります」
「真実？一体何の真実だというのかね？」
「ご覧になれば、解りますよ」
「……いいだろう、皆も一緒で構わないかね？」
「勿論ですよ、皆さんユウリちゃんの家族みたいなものでしょうからね」
加持は、ニヤリと笑った。
「…ふむ、ついてきたまえ」
立ちあがってそう言うと、東郷は歩き始めた。
素直に従う加持。
一行が辿りついたのは、東郷邸地下のミーティングルームだった。
「ここならば、外部に話が漏れる事は無い。ユウリが君に託した真実とやら、じっくりと見せてもらおう」
東郷のその言葉に、再びニヤリと笑う加持。
そして加持は、機材を操作してディスクを再生し始めた。
「………これが、君の言う真実かね？」
ディスクを見終わった東郷が、加持に尋ねた。
彼等が見たモノ、それは加持とミサトがユウリから聞いた内容を、ユウリがデータとしてまとめたモノであった。
「ええ、これらは全て真実です。最も、碇ゲンドウのシナリオに関しては既に瓦解していますから、問題なのはゼーレのみですがね」
「君は、我々にどうしろと言うのかね？」
「何をすべきなのか、それはあなた方が決める事です」
「ユウリは、何と言っていた？」
「あなたにこのディスクを届けてくれ、と。…それだけです」
「そうか…」
「それでは、私はこれで失礼しますよ」
加持は、そう言って手を上げると出て行った。
「…お前達はどう思う？」
東郷が、後ろに控える男達に尋ねた。
「そうですね、情報の信頼度は高いと思います」
長い黒髪の男、『北大路カズマ』が答えた。
「自分も同感です。これは一介の工作員が知っているレベルを超えていますし、これだけの情報を捏造する事は困難でしょう」
鋭い目つきの男、『烏丸シンノスケ』が答えた。
「そうですねぇ…これにはＮＥＲＶにとって不利な情報が多分に含まれています。わざわざこんな情報を流すメリットは、ＮＥＲＶには無いでしょう」
加持と同質の笑みを浮かべる男、『西洞院ユウイチ』が答えた。
「この情報は、ユウリが送ってきたモノでしょう？」
ツンツン頭の生真面目そうな男、『壬生イチロウ』が答えた。
「ふむ、この情報は信頼出来る、という事で皆の意見は一致している訳か」
考え込む東郷。
「ちょっといいですか、皆さん？」
西洞院が口を開き、前に進み出た。
そして、西洞院はディスクが入ったコンピューターの前に座ると、キーボードを操作し始める。
一同の視線を背中に受けつつキーボードを叩いていた西洞院だったが、やがて目的のモノを見つけると、ニヤリと笑って一同に向き直った。
「このデータは、間違い無くユウリが出所ですね。あの男も、情報に改訂を加えてはいないようです」
「何故、それが解る？」
東郷が問う。
「このデータには、以前に私がユウリに教えた仕掛けが施してあります。データの出所を明らかにするとともに、誰かが改訂を加えた場合にそれが解るような仕掛けです」
そう言って笑う西洞院の顔は、どこか誇らしげであった。
「ふむ、ではこのデータは間違い無く、ユウリが我々に送ってよこした物なのだな？」
「その通りです」
西洞院の言葉にさらに考え込んだ東郷は、突然話題の転換を図る。
「…北大路、昨日『統幕会議』から届いた作戦案には、目を通したか？」
いきなりの話題の転換に、驚く北大路。
北大路は６６６師団の副団長であり、他のメンバーよりも早く上からの情報が入ってくるのだ。
「は…自分は、あの作戦には反対です。非戦闘員や投降した者まで無条件で射殺するなど、人道に反します。正気の沙汰とは思えません」
北大路は、静かな怒りを込めた口調で答えた。
「作戦とは？」
烏丸が尋ねた。
「今日お前達を呼んだのは、実はその話をする為だったのだ。昨日、統幕会議から１通の作戦案が届いた。これがそうだ」
東郷の手から、北大路以外の３人に書類が渡された。
表紙には、『ＮＥＲＶ侵攻計画』と書かれている。
それを読み進む内、３人の顔色が変った。
「さて…信じるべきは、どちらだと思うかね？」
東郷の声は、苦渋に満ちていた。
第１４使徒戦終了後、ユウリは隔離病棟へと収容されていた。
それからほぼ１ヶ月間、面会謝絶の状態でひたすらに検査ばかりの日々が続く。
他のパイロットは当然のごとく面会を要求したが、それが認められる事はついに無かった。
ＮＥＲＶ首脳部は、恐れていたのだ。
３機がかりで倒せなかった使徒を単独で嬲り殺し、さらには捕食した初号機を。
そして、意識の無いままに戦いへと赴き、初号機を操ってみせたユウリを。
首脳部としてはもっと長期間拘束しておきたかったところであるが、作戦部からの強い要請により、断念せざるを得なかった。
『これ以上の拘束はパイロットの士気低下を招き、戦闘に大きな支障が出る』というミサトの意見が重要視されたようだ。
さらには、散々検査した結果が『異常なし』であった事も作戦部を強気にさせる要因となった。
かくして解放されたユウリだったが、その乗機たる初号機は無期限の凍結処分となった。
これについても、当然ミサトは抗議した。
当然だろう、初号機は使徒戦における最強の駒なのだから。
しかし、その抗議が受け入れられる事は無かった。
葛城邸では、久々に全員揃って食事をしていた。
何故か、マナとマユミも同席している。
ユウリが退院すると同時に、二人で葛城邸の隣へ引っ越してきたのだ。
保安部長である霧島タケシの、ささやかな配慮であった。
ユウリが退院して、楽しい食卓になる筈のそこには何故か会話は無く、ひたすらに重い空気が場を支配している。
まずはペンペンがその空気に耐えかね、自分の住処である冷蔵庫へと篭った。
「ごちそうさま」
続いてアスカが、自室へと戻る。
その背中は、何者をも寄せ付けない拒絶の意思を纏っていた。
残る４人も、無言で食事を続ける。
全員が食べ終わると、ユウリは食器を集めて立ち上がり、キッチンへと向かった。
マナとマユミも、残りの食器を持ってユウリに続く。
「家族ごっこも…終わりですかね……」
すれ違いざまにユウリが呟いた一言は、ミサトの心に重く圧し掛かった。
自分としては、例え深い場所まで踏み込めなかったとしても、家族のつもりだった。
だが、現実はどうか？
ユウリの一言が、全てを物語っていた。
結局自分は、うわべだけ家族のフリをして、自己満足に浸っていただけだったのだ。
そう思うとどうにもやりきれず、ミサトはもう一本ビールを飲んだ。
やや温くなったビールは、どうしようもなく苦かった。
後片付けと入浴を終えたユウリが自室のドアを開けようとした時、隣のアスカの部屋から呻き声が聞こえた。
様子を見ようとドアノブに手を掛けるユウリだったが、夕食後のアスカの背中を思い出し、自室へと戻る。
その時、アスカは夢を見ていた。
幼いアスカの周りに、喪服を着た大人達が居る。
そして、彼等は口々にアスカに対して慰めの言葉を言った。
それらの言葉を、幼いアスカはまるで聞いていない。
歯を食いしばり、拳を握り締め、じっと母の墓標を見詰めている。
アスカは誓った。
『ボクは大人になる。誰にも頼らない、一人で生きてやる！』と。
だが、心の奥深くでは、もう一人のアスカが叫び続けていた。
『誰かボクを見て！ボクを好きになって！ボクを捨てないで！』と。
相反する思考…だが、それが以後のアスカの行動原理となる。
それからのアスカは、徹底的に生き急いだ。
体を鍛え、勉強し、１３で大学も卒業してみせた。
表面的には、彼の誓いは果たされたように見える。
大人顔負けの格闘術を身に付け、大学を卒業した。
確かに、ある意味大人になったとも言えるだろう。
他の誰にも頼らず生きていくことも出来るだろう。
だが、誰もアスカ自身を見てはいなかった。
アスカに本当の愛情を注いではいなかった。
周りの大人達にとって、アスカは人形であり道具でしかなかった。
役に立たなくなれば捨てられる、その程度の存在でしかなかった。
表面的な誓いは果たされても、内心で求め続けたものは手に入らなかった。
だから…アスカの心の奥深くでは、今も幼子のままのアスカが叫び続けていた。
『誰かボクを見て！ボクを好きになって！ボクを捨てないで！』と。
「！！」
ガバッと勢い良く跳ね起きるアスカ。
その額には、汗が滲んでいる。
「チクショウ…何で今ごろあんな夢を……」
アスカは、キッチンへ行って水をガブ飲みすると、再びベッドへ潜りこんだ。
だが、その夜彼が眠りに落ちる事はなかった。
翌朝、無言のままに朝食を終えたユウリ、アスカ、ミサトの３人は、マナとマユミを加えてミサトの車でＮＥＲＶへと向かう。
学校が暫く休校になった為、朝からテストを行うのだ。
車内でも、終始無言の５人。
車がＮＥＲＶに辿りつくと、アスカは一人でさっさと歩いて行った。
残された４人は、誰からともなく顔を見合わせると、ため息をつく。
いつもと同じように始まるシンクロテスト。
だが、その結果は以前とは随分違っていた。
正確には、アスカの結果だけが以前と違っていたのだが。
アスカのシンクロ率は、大きく下がっていた。
第１０使徒戦以降、９０以上をキープしていたシンクロ率。
それが、第１２使徒戦の少し前から緩やかに下降を続け、第１３使徒戦以降急激に下降し始めたのだ。
「どうしたの、アスカ！また下がってるわよ」
「うるせぇな、ちゃんとやってるよ！」
リツコの叱責が飛び、その叱責に対してアスカが反論する。
この光景は、もはや日常となりつつあった。
「ミサト、あなた保護者でしょ？ちゃんと面倒みなさいよ」
リツコがミサトに愚痴る。
「…ここんとこ負け続けなのが響いてんのかしらね、やっぱり」
対するミサトの声にも、元気がない。
「ここのところの敗戦だけが、理由じゃないかもよ？」
リツコが意味ありげに言う。
「どういうこと？」
尋ね返すミサト。
「あのコね…ユウリが入院してる間、全戦闘データを閲覧していたの。そのデータを使用して、シミュレーションも行っていたわ」
「それで？」
「気付いたのよ、自分はユウリに及ばない…負けたって事にね」
「！？……何がどう負けたっての？」
「第３使徒戦では、ユウリは初搭乗にもかかわらず９０％を超えるシンクロ率をたたき出したわ。その後、非公式ながらもマイナスのシンクロという離れ業もやった。その時点でのアスカは７０％を超える程度、圧倒的な差よね」
「それは…」
「第４使徒戦では、異物をプラグに入れた状態で１００を突破、さらにＡＴフィールドを攻撃に応用。第５使徒戦では瞬間的に２００を超えたうえ、使徒の加粒子砲をコピーしてみせた」
「確かに、ＡＴフィールドの応用に関してはユウリの独壇場よね」
「第６使徒戦では、ユウリが居なかったらＵＮの艦隊に甚大な被害が出ていたでしょうね。第７使徒戦では、アスカは倒されたのにユウリは無事だったわ」
「ユウリがうまく立ち回らなかったら、どうなってたか解らないわね」
「第８使徒戦では、捕獲作業はアスカが担当したけど、止めを刺したのはユウリよ。しかも、その後命を救われてる」
「…確かに」
「第９使徒戦では、止めを刺したのはアスカでも、作戦行動がスムーズだったのは、ユウリのフォローがあればこそよ。その前に、ユウリが侵入者を撃退してもいるしね」
「まあ、ユウリが侵入者を撃退しなかったら、あのコ達がケイジに辿りつけたかどうか解らないわね。ヘタすりゃ、拉致されてサードインパクトが発生してたかもしれない」
「第１０使徒戦では、一番遠くに居た筈の初号機が、一番早く落下点に辿りついたわ。止めを刺したのも初号機」
「確かに、アレは凄かったわね」
「第１１使徒はとばして第１２使徒戦。アスカを助ける為に、初号機が使徒に取り込まれたわね。そして、結局使徒を殲滅したのは初号機」
「あれは…何か他の方法があったかもしれないわ！」
「無かったかもしれないわね。そして第１３・１４使徒戦。どちらも展開的には同じね。他のエヴァが倒された後、初号機単独で殲滅しているわ」
初号機が使徒を捕食する場面を思い出したのか、ミサトの体が一瞬震えた。
「さて…ここまでで、アスカがいればこそ勝てた、という戦いはあった？ユウリがいればこそ、という戦いはあってもその逆は無い。その事に、アスカは気付いてしまったんじゃないかしら？」
「でも！…あのコはあのコなりに頑張ってるわ！！」
「そうかもしれないけど、あのコの性格はそれを許さないわ。屈辱感と焦りがシンクロ率の低下を招き、それがさらなる屈辱と焦りをもたらす。そんな悪循環にはまり込んでいるのよ、あのコは」
冷静に状況を分析するリツコ。
ミサトはなんとか反論の糸口を見つけようとするが、それはかなわなかった。
「あの…そろそろテストを終了してもいいんじゃないですか？」
恐る恐るそう尋ねたのは、マヤだった。
ちなみに、先程までの会話はマヤが気を利かせて音声回線を切っていたので、チルドレンには伝わっていない。
「…そうね、本日の実験はここまで」
リツコがそう宣言すると、管制室の緊張が和らいだ。
実験が終了すると、シャワーを浴びたチルドレンはブリーフィングルームへと集合した。
それぞれに、シンクロ率を示した紙を受け取るチルドレン。
アスカは、自分のシンクロ率を確認すると、講評を待たずに出て行ってしまう。
それを追おうとしたユウリだったが、結局止めなかった。
自分が何を言っても逆効果、そう思うと言うべき言葉が見つからなかったのだ。
ユウリは、アスカの精神状態をほぼ正確に把握していた。
「アスカの奴、どないしたんや？ワシよりシンクロ率が低いやないか」
トウジがポツリと呟く。
室内の空気が、一気に重さを増した。
その後、ユウリはマナとマユミを相手に組み手を行う。
散々汗を流して帰宅した後、沢山の料理を作ったユウリではあったが、その日の夜も、葛城邸には会話が無かった。
そして翌日、前日と同様にシンクロテストが行われたが、結果は同じ。
いや、前日よりも悪くなっていた。
「アスカ！また下がっているわよ！」
「うるせぇな、ちゃんとやってるって言ってるだろ！！」
今日もリツコの叱責が飛ぶ。
日常となりつつある会話が、今日も繰り返される。
だが、訓練終了後、リツコはいつもとは違う一言を言った。
「マヤ、弐号機のコアの変換、考えておくわよ」
そうマヤに囁くリツコ。
ミサトは、その一言を聞きつけるとリツコに噛み付いた。
「まさか、アスカをエヴァから降ろすの！？」
小声ではあるが、明らかに咎めるような口調である。
「この状態が続けば、それもやむを得ないわ。あなたにもそれは解る筈よ、葛城作戦部長」
「……そうね…」
強い口調で訴えるリツコに対し、ミサトは反論できなかった。
一方、ブリーフィングルームは、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
もっとも、それはアスカ一人が発散しているのだが。
その危うい空気をものともせず、レイが口を開いた。
「あなた、何に怯えているの？」
「何だと！？俺が何に怯えてるってんだよ！！」
周囲の予想通り、レイに噛み付くアスカ。
「あなたは何かに怯え、心を閉ざしている。心を開かなければ、エヴァは動かないわ」
アスカの剣幕もどこ吹く風、淡々と語るレイ。
「心！？あの人形に心！？冗談じゃねぇ、ふざけんな！」
さらにヒートアップしていくアスカだったが、レイは全く動じない。
「ふざけてなんかいないわ。あなたも気付いてる筈よ、エヴァには心がある」
「うるせぇ！お前なんかに指図される覚えはねぇんだよ！！」
そう叫ぶと、アスカはブリーフィングルームを出ていってしまう。
そんなアスカの背中を、ユウリは悲しそうに見詰めていた。
ブリーフィングルームを飛び出したアスカは、ケイジへと向かった。
弐号機の修理は、今日になってようやく完了した。
他の機体の修理は、とうに完了している。
修理の順番、それはＮＥＲＶのパイロットへの評価を表している。
修理の順番が最後になったのは、今の自分が期待されていないということ。
アスカは、そう判断していた。
実際にはそうではないのだが、アスカには解らない。
修理が終わった弐号機を見上げ、アスカは呟いた。
「兵器に心？そんなの、邪魔なだけじゃねぇか。とにかく、お前は俺の人形なんだから、黙って俺の言う事聞いてりゃいいんだよ！」
そうして暫く弐号機を見上げていたアスカだったが、ふと我に返ると肩をすくめた。
「やめやめ、人形相手に何やってんだよ、俺…」
そう呟いてケイジを出ようとしたその時、緊急警報が鳴り響いた。
「使徒！？」
アスカは、更衣室に向けて走り出した。
第１４使徒戦において大破した発令所。
その為、現在スタッフは予備の第２発令所で業務を行っていた。
第２発令所のメインスクリーンに、鳥を意匠化したエンブレムのような形をした使徒が映し出されてる。
淡い輝きを放ちながら、衛星軌道上に静止している使徒。
「使徒の様子、どう？」
ミサトが尋ねる。
「衛星軌道上から動きません」
日向が簡潔に答える。
「どういうつもりかしら？接近する機会を覗っているのか、あるいはこの距離からでもこちらを攻撃できる手段をもっているのか……」
悩むミサト。
「どちらにせよ、使徒が接近してくれなければどうしようもないわ。この距離で攻撃できる手段なんて、こちらには無いもの」
悩んでいるミサトに対し、リツコは冷静に状況を分析してみせる。
「動かないんだったら、こっちからつついて動かしてみるわ」
「どうやって？この距離で攻撃できる手段は無い、と言った筈よ、ミサト」
「それは有効射程の話でしょ？ポジトロンライフルなら、ダメージは与えられなくても届く筈。その結果、使徒が何らかのアクションを起こしてくれればいいのよ」
「そうね、でも誰にやらせるの？エヴァの出撃準備は終了したから、いつでもいけるわよ。但し、初号機は凍結が解除されていないから出撃は不可。待機はさせておいたけどね」
暫く考え込んだミサトは、エヴァへの通信回線を開いて言った。
「レイ、ポジトロンライフルを装備して使徒を狙撃。アスカとトウジ君はバックアップよ、いいわね！」
「俺がバックアップだって！？冗談じゃねぇ！エヴァ弐号機、発進するぜ！」
そう叫んでエヴァを発進させるアスカ。
「勝手な事を…どうするの、ミサト」
リツコが不機嫌そうな声で尋ねる。
「いいわ、このままやらせましょう。これで駄目なら、それまでよ」
「ラストチャンス…ということ？」
何かを決意した顔で言いきるミサトに、リツコが確認をとる。
「そうよ」
「了解。マヤ、ポジトロンライフル射出。もう一丁はレイに装備させて」
ミサトの頷きと共に、リツコが素早く指示を出す。
地上に射出された弐号機の目の前に、ポジトロンライフルが現れる。
それを弐号機に装備させると、アスカは弐号機をインダクションモードに切り替えた。
下りてきたバイザーを被り、使徒を睨み付けるアスカ。
「これをしくじったら、多分弐号機を降ろされる。失敗は出来ないぜ、アスカ」
自分自身に気合を入れ、ライフルを使徒へと向けるアスカ。
後方には、零号機と参号機が配置された。
「いい、アスカ。取り敢えず一発撃って、様子を見るわ。一発目の着弾後、１０秒待って変化が無ければもう一発。反撃が来たら、独自の判断で回避して。解った？」
ミサトが指示を出す。
「了解」
短く答えたアスカは、ライフルを発射した。
ライフルから放たれた光は、使徒に向かって伸びていく。
だが、使徒に届く寸前、ＡＴフィールドによって阻まれた。
「効果なし…か。……アスカ、第２射を…！！」
ミサトがさらなる指示を出そうとしたその時、使徒から弐号機へと一条の光が放たれた。
「！…うぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー！！！」
アスカの絶叫が響き渡る。
「あの光は何なの！？」
焦るミサトが叫ぶ。
「可視波長のエネルギー波です。ＡＴフィールドと似た性質のようですが、詳細は不明！」
青葉が報告する。
「し、心理グラフに異常！精神汚染が始まっています！！」
マヤのその報告に即座に反応し、状況を的確に分析したのはリツコだった。
「使徒が精神攻撃……！？まさか、使徒が人間の心を理解しようとしているの！？」
リツコがはじき出した結論に、驚愕する発令所のスタッフ。
スクリーンの中では、弐号機がライフルを乱射しながら苦しんでいた。
だが、すぐにエネルギーが切れてしまう。
「アスカ、下がって！一時退却して作戦を練りなおすわ！」
ミサトが指示を出すが、アスカはそれに従わなかった。
「イヤだ！ここで退却するぐらいなら、死んだ方がマシだ！！」
「チッ…レイ、ライフルで援護！トウジ君、弐号機を回収して！」
これでは埒が開かないと判断したミサとは、レイとトウジに指示を出した。
「「了解」」
零号機はすかさずライフルを発射し、そして参号機は弐号機へと向かう。
だが、弐号機はメチャクチャに暴れて参号機を寄せ付けなかった。
「うぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー！！！」
さらに絶叫するアスカの脳裏に、封印された忌まわしい記憶が生々しく蘇った。
幼いアスカは、入院した母のもとに毎日通った。
人形を自分だと思って可愛がる母。
自分の方を振り向いてくれない母。
そんな母のもとに、アスカは根気良く通った。
周りの大人の『アスカちゃんがいいコにしていれば、きっと良くなる』という言葉を信じて、涙ぐましい努力をもしていた。
だが、それは報われなかった。
一見、いつも通りに見える母。
だが、母が人形に語るその内容は、いつもと全く違っていた。
「アスカちゃん…パパはね、ママの事がいらなくなったの。ううん…きっと…最初からいらなかったのね…」
「ママ…何言ってるの…？」
そう問いつつも、父と、この病院の女医が仲睦まじくしている様子がアスカの脳裏に浮かんでいた。
「だから…だからね……アスカちゃん、ママと一緒に死んでくれる？」
アスカの目の前で、アスカの身代わりだった人形の首がねじ切られる。
そして、母の手はアスカ本人の首にも伸びた。
巡回の医師達が来るのがもう少し遅れていたら、アスカの命はなかっただろう。
アスカの母は、医師に鎮静剤を投与されて眠りにつく。
その翌日、アスカはセカンドチルドレンに選出された。
喜び勇んで母のもとへ向かうアスカ。
「ホントは秘密だけど、ママにだけ教えるね！ママ、ボク選ばれたんだよ、人類を守るエリートに！だからボクを見て、帰ってきて、ママ！」
これなら母は元に戻ってくれる、そう信じ、息を切らせて病室のドアを開けるアスカ。
だが、アスカの目に飛び込んできたのは、自分を誉める母の優しい微笑みではなく、安らかな顔で天井からぶら下がる母の遺体だった。
「イヤだ…イヤだ…ボクを見て！ボクを捨てないで！ボクを殺さないで！ママ！！」
頭を抱えて絶叫するアスカ。
硬い鎧に覆われた本当のアスカの姿、ＮＥＲＶの一同はそれを始めて目の当たりにした。
「精神汚染が進行！危険域に突入します！！」
マヤの報告がミサトの焦りを増幅する。
「何か…何か手は無いの……」
焦るミサトを横目で見ながら、リツコは一つの打開策を思いついていた。
チラリとゲンドウを見上げるリツコ。
そこへ、待機中のユウリから通信が入った。
「初号機を、初号機を出撃させて下さい！」
「駄目だ。敵はパイロットの精神を汚染するタイプだ、初号機まで汚染されるのがオチだ。出撃は許可できん」
ゲンドウは、ユウリの訴えをキッパリと退けた。
「初号機なら、初号機なら勝てるんです！このままじゃ、アスカが！」
なおも訴え続けるユウリ。
だが、ゲンドウはそれには答えなかった。
「…レイ、ドグマに降りて槍を使え」
リツコは再びゲンドウを見上げた。
それが、リツコが考えた唯一の打開策だったから。
ドグマの隔壁が解放され、ヘブンズドアのロックも解除される。
そして、零号機はゆっくりとドグマを下降していった。
「精神汚染がさらに進行！もう持ちません！！」
マヤの悲痛な声が響き渡る。
ミサトが初号機の出撃を進言しようとした、その時。
発令所に、ユウリの声が飛び込んだ。
「エヴァ初号機、発進します！！」
「いかん、強制停止信号を送れ！！」
ゲンドウが素早く反応した。
「駄目です、信号を受け付けません！」
「ケイジにＡＴフィールド発生、発生源は初号機です！」
「拘束具破損…こ、これは！初号機の反応が消失しました！！」
マヤが、青葉が、そして日向が報告する。
「初号機は、初号機はどうしたの！？」
ミサトが叫ぶ。
「初号機の反応確認…これは！」
途中で絶句するマヤ。
だが、だれも問い返さなかった…いや、問い返す必要はなかった。
初号機は、メインスクリーンに映っていたのだ。
１２枚の光の翼を広げ、弐号機を庇うようにして。
「何が起こったの…？初号機は、どうやって一瞬であそこに移動したの…？」
リツコが呟いた。
「初号機のＡＴフィールドが、使徒の精神攻撃を遮断しています！」
冷静に報告する日向の声に、僅かに明るさがあった。
「心理グラフ正常位置へ、精神汚染が止まりました！」
マヤの声にも、どこか安堵の響きがある。
「よし！トウジ君、弐号機を回収、退却して！」
呆然としていたトウジだったが、ミサトの指示で我に返ると、慌てて弐号機を抱えてリフトに乗った。
僅かに抵抗しようとしたアスカだったが、精神攻撃が余程こたえたのか、すぐに気を失ってしまう。
そこへ、十字架に磔にされた巨人から、槍を抜いた零号機が戻ってきた。
「レイ、それを貸して！」
ユウリの言葉に一瞬躊躇ったレイだったが、すぐに初号機へと槍を託した。
「よ〜し、行くよ！」
両手で槍を構える初号機、その光の翼が一際強く輝いた。
そして、初号機の足元に黒い円が現れる。
その円の中に、飲み込まれていく初号機。
「まさか…ディラックの海？」
「初号機は！？」
呆然とするリツコを横目に、ミサトが尋ねる。
「は、はい。……反応確認、使徒の直上です！！」
マヤが報告した。
「やはり…ディラックの海を利用して、空間転移したのね…」
「そんな事、可能なの！？」
リツコの呟きを聞いたミサトが、リツコに尋ねた。
「可能…なんでしょうね。実際にやったんだから」
リツコの声には力が無かった。
発令所に沈黙が訪れる。
そこへ、ユウリの声が飛び込んできた。
「いけぇーーーー！！！」
掛け声とともに、ロンギヌスの槍を突き出す初号機。
槍は、使徒のＡＴフィールドを容易く貫通して、コアへと突き刺さった。
使徒は、光を失うと、最初から何も無かったかのように消え失せる。
「パターン青、消失！」
青葉の報告が、静かな発令所に流れる。
やがて、肉眼でもハッキリ確認できる程度まで初号機が降りてきた。
神殺しの槍を携え、１２枚の光の翼を広げてゆっくりと舞い降りる初号機。
その姿は神々しく、まるで本物の天使のように見えた。
それは福音をもたらす光の天使なのか、あるいは破滅をもたらす堕天使なのか。
はたまた、天使の皮を被った悪魔の化身なのか。
その問いに答えられる者は、誰もいなかった。
＜後書き＞
アラエル戦、終了です。
オリキャラの東郷一佐が再登場しました。
その部下である４大幹部の名前は、ＳＥ○Ａの某ゲームから頂きました。
名字に関しては、解るヒトには解る、と言っておきましょうか。
そしてユウリが機密漏洩…バレたらただじゃ済みませんね。
ＮＥＲＶの機密を知った東郷一佐、どうするんでしょうか？
それから、今回原作通りにアスカが目立ってます。
カッコイイ役回りではありませんけどね。
使徒の殲滅方法も随分と変わっていますが、どうですか？
あと、ミサトがまた指揮官らしいトコロを見せているような…。
次回はアルミサエル戦です。
それでは、次回も広い心でお読み下さい。
ユウリの機密漏洩ですけど、公式処分は知られたとしてもできませんよね。
内容がＮＥＲＶ職員に知られてはマズイものばかりであり、ただのパイロットが
把握している情報を遥かに超えていますから。
・・・老人の思惑、ゲンドウの砕けた希望、ユウリの願い・・・どうなるのか
楽しみに待つことにしましょう。
それにしても、神殺しの槍を携えた初号機、正に無敵状態って感じですが
次・・・どうなるんでしょう？ 初号機は凍結処理、ということになると、
現状だと零号機、参号機がいますが・・・。
弐号機・・・動きそうもないですし・・・。
さて、読まれた人は Ｔ．Ｈ さんに感想と一緒に気力を送って、執筆活動を
がんばってもらいましょー♪