暁の守護天使

　

　

第１９話「喪失」

　

　

第１５使徒を殲滅してケイジへと帰還したユウリは、作業員達の拍手と歓声に迎えられた。

ある者は握手を求め、またある者は肩を叩き、それぞれが感謝の言葉を述べる。

そこへ、その雰囲気をぶち壊す黒服の集団が現れた。

「サードチルドレン、君を拘束する」

黒服の一人が、そう告げる。

ざわつくケイジ内。

「罪状は…命令違反ですか？」

特に動揺した様子もなく、何でもない事のように尋ねるユウリ。

「初号機凍結命令の無視と、その後の初号機の私的専有。それが、罪状だ」

黒服も、全く表情を変えずに淡々と告げる。

その言葉と態度に、作業員達が爆発した。

「何言ってんだ、使徒を倒したのはユウリちゃんだろうが！お前等、恩を仇で返す気なのか！」

一人が言ったその言葉に、皆がそうだそうだと相槌を打つ。

緊張感が高まり、一触即発の様相を呈するケイジ内。

それを静めたのは、ユウリだった。

「皆さん、止めて下さい。今は、身内で争っている場合ではない筈です」

ユウリの言葉にシンと静まり返る一同。

ユウリは、皆を見まわすと、黒服に向き直った。

「取り敢えず、シャワーと着替えを。このままで営倉に入る訳にはいかないでしょう？」

「いいだろう、５分だけ待つ」

ユウリの言葉に、簡潔に答える黒服。

「了解です」

そう答えて歩き出したユウリは、ケイジの出口で一旦振り返り、心配そうな作業員達に声をかけた。

「皆さん、私は大丈夫です。それより、私の初号機をよろしくお願いします」

そう言ってニッコリ笑うと、ユウリは再び歩き始めた。

その背中に、作業員達から声がかかる。

「「「「「まかせておけ！」」」」」

口々にそう叫ぶ作業員達。

それを聞いたユウリの顔には、これから営倉へ向かうとは思えない程、清々しい笑みが張りついていた。

　

　

「碇、何故初号機の凍結命令を無視した。使用の許可など、出してはおらぬぞ」

「全ては、サードチルドレンの独断です。故に、サードを拘束し、営倉に入れてあります」

「先日は隔離病棟、今回は営倉かね？場所が変わっただけで、やっている事は同じではないのかね？」

「さよう。君は、本当にサードを処分するつもりがあるのかね？いつもいつも、結局何もしておらんではないか」

「そうは仰いますが、幾度も説明した様に、使徒を殲滅するには初号機の存在は不可欠なのです。ダミーによる運用が事実上不可能となった以上、サードを処分する事は人類の敗北を意味するのですよ」

「…いいだろう、サードについては以後営倉にて監禁する事で良しとする。だが、問題はそれだけでは無い。ロンギヌスの槍、何故使用したのだ。あれもまた、計画の要の一つ。万一にも、失うような事があってはならぬのだぞ」

「それについては、使徒殲滅を優先したまでの事。槍以外に使徒を殲滅出来る手段は、初号機の投入をおいて他には皆無でした。槍の投入を決断したのは、その初号機の投入が禁じられていたからである事をご理解下さい」

「だが、結果的には初号機が殲滅している」

「ですから、それはサードの独断であると申し上げた筈です」

「適当な理由をでっち上げて、サードに槍を処分させようとしていたのではあるまいね？」

「まさかそのような…。あれの重要性を熟知していればこそ、私自らが南極まで赴いたのですよ？それを忘れないで頂きたい」

「口では何とでも言えるものだよ」

「碇よ、初号機の使用はまかりならん。槍についても、同様だ。これを守れぬとあらば、この場に貴様の席が無くなる事になろう。肝に命じておくがよい」

「全てはゼーレのシナリオのままに」

消えていく老人達。

「切り札は、まだこちらが握っている。ユイが目覚めているのならば、まだ可能性は残っている筈。ユイよ、私は何としてもお前に会いたいのだ。それを解ってくれ…」

　

　

ユウリが営倉へ入れられた事は、すぐにＮＥＲＶ全体へ伝わる事となる。

拘束される現場に居合わせた作業員達が、広めていったのだ。

それを聞いたミサトは、猛抗議した。

だが、処分撤回どころか、ユウリへの面会すらも許可されない。

そのことに腹をたて、自分の執務室に散々当り散らしたミサトは、ふと思い立ってリツコの研究室へと向かった。

「ちょっとリツコ、一体どういうことよ！！」

「何が？」

入ってくるなりわめき散らすミサトに、リツコは冷静に問い返す。

その態度が癇に障ったのか、さらにヒートアップするミサト。

「ユウリちゃんの事よ！何でユウリちゃんが営倉に入んなきゃいけないのよ！！」

「信賞必罰は組織の常、それが出来なくては秩序が保たれないわ。あなたもプロなら、それぐらい理解できるでしょう？ミサト」

「グッ…確かにそうかも知れないけど、結果的に使徒を殲滅したのはあのコよ？零号機に槍を使わせるにしても、あの距離で投げて命中する確率なんて、それこそ無いに等しかった筈よ！」

「でも、零ではないわよ？あなたの事だから、あの時初号機の凍結解除を進言するつもりだったんでしょう？けど、他に手段があった以上、認められなかったでしょうね」

「何言ってんのよ！人類が滅ぶかどうかの瀬戸際なのよ！？そんな悠長な事、言ってる場合じゃ無いでしょうが！より確実な手段があるのに、それを選択しないでどうすんの！」

「そんな事は、司令に直接言いなさい。私に言ったところで、どうにもならないわよ」

「で、でも………」

「ミサト、いい加減にして！公私混同も甚だしいわよ。とにかく、私は忙しいのよ。これ以上、仕事の邪魔をしないで頂戴」

そう言い切ったリツコは、なおも何か言おうとするミサトを尻目に研究室を出て行った。

　

　

そして、リツコはユウリの所へとやってきた。

「気分はどうかしら？ユウリ」

「営倉入りなんて、初めての経験ですけど…結構綺麗なんですね、ここ」

「そうね、ここはまだ綺麗な方ね。重営倉の独房なんて、こことは比べ物にならないくらいヒドイわよ」

「そうなんですか？ちょっと、見てみたい気もしますね」

「何なら、そちらへ移ってもらっても結構よ」

「遠慮します、これでも一応うら若い乙女ですから。ところでリツコさん、何かお話があって来られたんじゃないんですか？」

「察しがいいわね、あなたには色々と聞きたい事があるわ」

「聞きたい事ですか？何なりとどうぞ。どうせ私に拒否権は無いんでしょうし、それにリツコさんとは、一度二人きりで話してみたいと思ってましたから」

「そう？それじゃ、私から質問させてもらうわ。まず、初号機は２度空間転移をしたわ。あれはどうやったの？」

「ああ、あれですか。あれは、ディラックの海に潜りこみ、出口を別の場所へつなげたんですよ」

「やはりね……いつからそれが出来たの？」

「……第１３使徒戦の後です」

「それは何故？」

「ダミーを排除して再起動したあの時、私は初号機と完全に一体化したような感じを受けました。私自身が使徒と戦っているような、そんな感じでした」

「あの時、あなたのシンクロ率はマイナス３９９．９％だったわ。そんな感じがしても、おかしくはないわね」

「そうなんですか？とにかく、その時私は初号機の全てを理解したんです。他人から与えられた知識によってではなく、自分自身の感覚で」

「それで？」

「それで、初号機に出来る事と出来ない事、出来る事はそのやり方まで、感覚として理解したんです」

「ディラックの海による空間転移も、その一つだったということ？」

「その通りです。ちなみに、第１３使徒をＬＣＬに還元したのもそうです」

「あれもそうなの？そう言えば、四号機のコアがＬＣＬにならなかったのは、あなたの意思なの？」

「はい。ヒカリのお母さんがあの中に居るんでしょう？なのに、無に返す訳にはいかないと思って。まあ…考えようによっては、無に返した方がよかったのかもしれませんが」

「そう…ところで、それは他のエヴァでも出来るのかしら？」

「……多分、無理だと思いますよ。あれは、Ｓ２機関があればこそ出来る芸当ですから。ケーブルによって供給される電力では、あれは再現できません」

「じゃあ、他のエヴァにＳ２機関を搭載したら？」

「…それもどうでしょう？私はアダムにどんな能力があるのか知りませんし、他のエヴァがどれだけアダムに近いのかも解りません」

『アダム』という単語に、ピクリと反応するリツコ。

「あと、初号機の他にリリスから造られたエヴァがあるとしても、実際に搭乗してみないと何とも言えない、というのが正直なところです」

「なるほど…あなたは全てを知っている、と司令は言っていたけど…どうやら本当のようね」

「ええ、初号機の母さんと、零号機のリリスの欠片からいろいろ教わりましたから」

「そう…あと、第１４使徒からＳ２機関を摂取したのはあなたの意思？」

「私ではありません。あれは…母さんだと思います」

「どうしてユイさんだと思うの？」

「初号機には、元から完全なＳ２機関が備わっています。ですから、初号機自身は新たな動力源など必要とはしないと思うんです」

「でも、今まで動いていなかったわ。不完全だったんじゃないの？私は不完全なＳ２機関を補完しようとしてるんだと思っていたんだけど」

「ちゃんと動いてましたよ、本当にヤバかった時だけ。具体的には、第５、第１０、第１２、第１３、第１４使徒戦において」

「ちょっと待って、第７使徒戦は？あの時、あなた加粒子砲を使ったじゃない」

「あの時は、ケーブルからの電力だけでまかないました。だから、出力は低かった筈ですよ？」

「なるほど、じゃあユイさんは何故、新たにＳ２機関を摂取したのかしら？」

「多分、新しいのと元からあったのとをリンクさせて、元のＳ２機関からも自由にエネルギーを供給できるようにしたんじゃないですか？」

「それじゃ、今初号機には完全なＳ２機関が二つあるの？」

「はい。ですから、今の初号機はオリジナルのリリス以上の力を発揮できる筈です。でも、二つはリンクしているので、片方だけ取り出すのは不可能ですよ」

「そう…私からの質問は以上よ。で、話って何かしら？」

「質問があるんです。」

「何かしら？監視カメラは動いていないから、遠慮無く訊いて頂戴」

「リツコさんは、人類補完計画についてどう思っているんですか？人類を滅ぼして、それであなたが得る物は何なんですか？」

「あのヒトの役に立つ事、それが私の全てよ」

「報われませんよ？司令が求めているのは、母一人です。あなたもレイも、都合のいい道具でしかないんです」

「…解っているわ、そんな事」

「なら、何故！？あなたのお母様を死に追いやったのは、あのヒトなのに。なのに何故、あのヒトに縋るんですか！？」

「母さん…？母さんがどうしたというの！？」

「司令は、一人目のレイを利用したんです」

「レイを利用？」

「はい。司令はレイに告げさせたんですよ、ナオコ博士にもう用済みだということをね」

「！！…そんな…」

「レイは、母にそっくりです。そのレイから、『お前はもう用済みだ』と告げられたら？『本人がそう言っていた』と告げられたら？プライドの高いナオコ博士はどうしたでしょうね」

「それは……」

「その結果、一人目のレイはナオコ博士に殺害され、ナオコ博士自身は自殺しています。己の分身たる、ＭＡＧＩへと身を投げて」

リツコの顔は、蒼白だった。

全身が小刻みに震えている。

「リツコさん、そろそろあなたも同じ立場になりますよ？エヴァもＭＡＧＩも、管理運用するだけならマヤさんでも大丈夫でしょう」

一端言葉を区切ってリツコの顔を見たユウリは、更に言葉を続ける。

「約束の刻は近い、最早天才は不要です。今あるものを運用できる者がいれば、充分なんです。知りすぎたあなたは、真っ先に処分の対象になるでしょう」

「私…私は………」

「私は大丈夫、ですか？ナオコ博士も、きっとそう思っていたでしょうね。私が不要になる筈がない、大丈夫だ、と。もういいでしょう、リツコさん。私達と一緒に、未来を掴みましょう。日の光の下を歩きましょうよ！」

ユウリの叫びに、リツコは答えなかった。

しばしの沈黙の後、リツコは無言で出て行ってしまう。

「自分の首、絞めたかもしれないな………」

呟きつつ硬い寝台に寝転んで天井を見上げると、監視カメラの電源ランプが点灯した。

「乙女の寝室を覗くなんて、趣味悪いなぁ……寝よう…」

ユウリは、そのまま眠りに落ちていった。

　

　

一方アスカは、あれから葛城邸へは戻らずケンスケの家に入り浸っていた。

アスカは、テレビの前に座り込み、どこか遠くを見るような目でゲームに興じている。

誰の目にも、ただ手を動かしているだけだというのが明らかだった。

「（一体どうしたってんだ、惣流のヤツ。使徒には勝てたんだろうに…家にも帰らず、学校にも行かず、ずっとゲームばっかり）なあ、惣流。もう遅いし、そろそろ寝ようぜ」

「ああ」

ケンスケの提案に短く返答すると、アスカはテレビとゲーム機の電源を切った。

「わりぃな、相田。俺、邪魔だよな？」

「いや、構わないさ。少なくとも、独りで居るよりずっといい」

「そっか……サンキュ……」

二人は、ケンスケの部屋に敷かれた布団にそれぞれ潜り込んだ。

「相田…俺、勝てなかったんだ…」

アスカが、ポツリと呟いた。

「勝てなかった？使徒は殲滅出来たんだろう？」

「使徒にじゃない…アイツにさ……」

「（アイツ？もしかして、碇の事なのか？）そうか…」

「結局…一度も勝てなかった…。俺、もういらなくなっちまったんだ。何時か言われたように、いらない部品になっちまったんだ…」

「そうか…お前がそう言うなら、そうなんだろうな…」

「ああ…なんかもう、どうでも良くなったまったよ…」

「お前自身がそれで納得してるんだったら、それでもいいさ。けど、本当にそれで納得してんのか？」

ケンスケの問いに、アスカは答えなかった。

「……誰もがお前を天才と呼び、お前が優秀なのは当たり前だと思ってる。でも、そうじゃないだろ？」

さらに問うが、アスカは反応しない。

「幼い頃から誰よりも努力してきたからこそ、今のお前が居る。ここで止めちまって、本当に後悔しないのか？」

今度の問いにも、アスカは無言だった。

「…まあ、本当にお前がもういいって言うなら、俺なんかにゃ、何も言う資格なんざ無いけどな」

ケンスケの言葉に、アスカは涙を流していた。

頭まで布団に包まり、声を殺して泣き始める。

「おやすみ、惣流…」

ケンスケは、それだけ言うと目を閉じた。

　

　

第１５使徒殲滅から１週間後。

それぞれが苦悩する中、それでも使徒はやって来た。

メインスクリーンに、宙に浮く光る輪が映っている。

良く見ると、２本の輪が螺旋を描いているようだ。

「ＭＡＧＩの判断は？」

ミサトが尋ねる。

「パターンオレンジ、判断を保留しています」

「どうするの、ミサト。前回みたいに、つついて様子を見る？」

マヤの報告を聞いたリツコが、ミサトに尋ねる。

「そうね…零号機にはスナイパーライフル、参号機にはスマッシュホークを装備させて。射出後、零号機にて狙撃。参号機は、目標の動きに応じて接近戦。いいわね、二人とも」

「「了解」」

「葛城さん、今アスカが到着しました」

日向が報告する。

「了解、直ちに出撃準備させて。エヴァ零号機、参号機、発進！」

射出される２体のエヴァ。

零号機がライフルを構え、参号機が零号機を庇うように使徒との間に立つ。

「レイ、発砲して！」

ミサトの号令によって引金を引く零号機。

放たれた弾丸は使徒へと命中するが、全くダメージを与えたようには見えない。

「来る…」

レイの短い呟きと共に、使徒が動いた。

光の輪がある一点で途切れ、一本の線となって向かってきたのだ。

己の横を通り過ぎる使徒に対して、参号機がスマッシュホークを叩きこむ。

だが、やはりダメージは与えられなかった。

使徒を掴み、幾度もスマッシュホークを叩きつけるが、それでも使徒に変化は無い。

「クッ…何でや！？」

焦るトウジ。

その焦りが、隙を生んだ。

線状の使徒は、参号機に向かって体を伸ばし、その喉を貫く。

「！！」

あまりの激痛に声も出ないトウジ。

「マズイ！参号機のシンクロカット！！」

ミサトの指示によって、活動を停止する参号機。

動かなくなった参号機に興味を失ったのか、零号機へと向かう使徒。

それを確認したミサトは、参号機の回収を指示した。

レイは、冷静に使徒を掴むと、ライフルを突き付けて零距離射撃。

だが、使徒はそれでもダメージを受けた様子が無い。

「使徒が零号機へ侵食、生体部分が融合を始めました！」

マヤの報告が響く。

「何ですって！…弐号機は、弐号機はどうなってるの！」

焦るミサト。

「はい、現在起動シーケンスを実行中です。…これは！」

「どうしたの！？」

途中で途切れたマヤの報告に、ミサトが更に問い返す。

「シンクロ率が二桁を割ってます！弐号機、起動しません！！」

その報告に、シンと静まり返る発令所。

そこへ、アスカの呟きが流れてきた。

「動かねぇ、動かねぇんだよ………」

事態の収拾を図るべく、フル回転するミサトの頭脳。

ミサトのカンピューターが弾き出したのは、実に単純な答えだった。

「初号機の凍結解除を！」

司令塔を見上げ、進言するミサト。

「現時刻をもって……」

「待て、碇。それでは駄目だ」

暫しの逡巡の後、ゲンドウが口を開いたが、それを冬月が止めた。

皆の視線が冬月に集まる。

「日時を１０日間遡って初号機の凍結を解除、直ちに初号機を出撃させろ！」

冬月の言葉に、発令所に希望が蘇る。

日時を遡る、それはユウリの命令無視を不問にするという意味でもある。

スタッフ達は、初号機ならなんとかしてくれると信じて作業に取り掛かった。

　

　

ケイジへと連れて来られたユウリは、制服のままエントリープラグへ搭乗した。

ここへ来るまでに状況を聞いたユウリは、着替えていたら間に合わないと判断したのだ。

いつも以上に素早く行われた起動シーケンス。

地上に射出される初号機の手に、ロンギヌスの槍は無い。

前の戦闘が終了した後、厳重に封印が施されたからである。

ようやく地上に出た初号機の前には、既に半ばまで侵食された零号機の姿があった。

「くぅぅぅ………」

レイの呻き声がユウリの耳に飛び込んでくる。

それには、苦痛だけではなく、何やら艶かしい響きも混じっているようだ。

「レイ、大丈夫！？レイ！」

「ユウリ…さん？」

ユウリの声に、レイが反応をみせた。

だが、己を侵食する異質な感覚に、レイは再び言葉を失ってしまう。

そして、レイの中に何者かの声が響いた。

『私と一つになりましょう？』

「あなた誰？……私達が使徒と呼ぶヒト？」

『私と一つになりましょう…それはとても気持ちのイイ事なのよ…』

「駄目…私は私…あなたじゃないもの……」

『痛いでしょう？ココロが痛いでしょう？一つになれば、痛くなくなるの…だから、私と一つになりましょう……』

「ココロが痛い…？違うわ、これは寂しいというの…。そう…あなたも寂しいのね…。でも駄目…駄目なの……」

『そう…あなた、あのヒトと一つになりたいのね…。なら、あのヒトとも一つになるわ…。それならいいでしょう？』

「！！…駄目、ユウリさん、逃げて！！」

レイが叫ぶと同時に、使徒の先端が幾つかに分かれて初号機へと向かった。

反射的に迎撃しようとするユウリだったが、触手が初号機の寸前で変化した。

それを確認したユウリは、迎撃を止め、回避する。

「触手が…レイの姿に！？」

動揺するユウリ。

レイの姿をした触手は、執拗に初号機を追いかける。

「これは、私のココロ……ユウリさんと一つになりたい、私のココロ……それなら……」

そう呟くレイ。

その言葉には、何かの決意が感じられる。

「零号機のＡＴフィールドが反転、使徒の侵食が加速します！」

マヤの悲鳴じみた報告が響く。

「レイ、何をする気！？」

ミサトが叫ぶ。

「フィールドを反転させて、使徒を抑えこむつもりだわ…。でも、それで一体何をしようというの…」

リツコの疑問に答えるように、レイが作業を始めた。

シート脇にある『ＤＡＮＧＥＲ』と書かれたパネルを開けると、中にあるレバーを捻る。

それが何を意味するのか、いち早く気付いたリツコが叫んだ。

「まさか、自爆する気！！」

シンと静まり返る発令所。

その静寂を、ミサトが破った。

「レイ、機体を捨てて逃げなさい！！」

「駄目、私が居なくなったらＡＴフィールドが消えてしまう」

事も無げに言うレイ。

「レイ…駄目だよ、死んじゃ駄目！！」

ユウリが叫ぶが、それでもレイは脱出しようとはしなかった。

「ユウリさん、あなたは私が守るの。大切な約束…あなたとの絆…私に心をくれた、何より大切なあなたとの絆…」

そう言葉を紡ぐレイの顔には、笑みが浮かんでいた。

発令所に居る誰もが見た事の無い、穏やかな、優しげな笑みが。

「レイーーーーーー！！」

ユウリの叫びを打ち消すかのように、凄まじい閃光と轟音が巻き起こった。

とっさにＡＴフィールドを展開する初号機。

エネルギーの奔流が荒れ狂う。

ようやく全てが静まった時、そこにあったのは広大なクレーターだけだった。

そして、静まると同時に初号機も活動を停止する。

「……パターン青…消失しました…」

青葉の声が、静かな発令所に流れる。

「……現時刻をもって、作戦を終了。生存者の救出、急いで」

青葉の言葉に反応したのか、拳を硬く握り締めたミサトが呟く。

発令所は、再び静寂に支配された。

　

　

それから二日、ユウリは自室に閉じ篭っていた。

マナやマユミが尋ねてきても、全く反応が無い。

そこへ、電話のベルが鳴った。

暫く無視していたユウリだったが、ベルは全く鳴り止まない。

仕方なく受話器を取ったユウリの耳に、ミサトの声が飛び込んだ。

「ユウリちゃん、すぐに来て！レイが、レイが無事だったのよ！」

その一言を聞いたユウリの目に、光が蘇る。

ミサトに場所を確認したユウリは、身支度を整え急いでＮＥＲＶへと向かった。

ＮＥＲＶに着いてもユウリの足は止まらず、かつて自分が入っていた隔離病棟へと向かう。

そして……レイは、居た。

慌てて駆け寄ったユウリは、レイへと話しかける。

「レイ…よかった…無事でよかった…。もうあんな無茶はしないで、お願い…」

縋りつくユウリに対して、レイの反応は静かだった。

「私…どうしたの？」

「何言ってるの？…自分の機体を犠牲にしてまで、私を助けてくれたでしょ？」

「そう…私、あなたを助けたの……」

ここで、ユウリはある可能性に気付いた。

それを否定して欲しくて、ユウリは恐る恐る尋ねる。

「あなた…まさか、三人目なの…？」

「そう…私は、三人目の綾波レイ」

決して聞きたくなかった一言。

それを聞いた瞬間、ユウリの中で何かが音を立てて崩れ始めた。

いたたまれなくなり、走り出すユウリ。

どこをどう走ったのか全く記憶は無いが、ユウリはジオフロント内の公園へとやって来た。

ベンチに縋って泣き出すユウリ。

小さな嗚咽が、やがて大きな慟哭へと変わる。

そして、再び嗚咽へと変った頃、ユウリの携帯が鳴った。

電話の相手は、リツコ。

「ユウリ、あなたに見て欲しいモノがあるの。私の研究室まで来てくれる？」

電話を切ったユウリは、リツコの研究室へと向かった。

　

　

「よく来てくれたわね、ユウリ。早速だけど、ついて来て」

そう言うと、足早に歩いていくリツコ。

リツコはどんどん下層へと向かい、とあるエレベーターの前で止まった。

「リツコさん…このエレベーターの先って、最重要機密区画じゃないんですか？」

尋ねるユウリ。

「その通りよ、あなたに見て欲しいモノは、この先にあるの」

そう答えると、リツコはエレベータのドアを開けて乗り込んだ。

エレベーターを降りて暫く歩くと、ゼーレがシンボルとしている『ヤハウェの７つの目』が描かれた扉があった。

その扉の上には、『人工進化研究所第３分室』と書かれている。

「レイが、生まれた場所…ですね？」

ユウリの質問に頷くと、リツコは扉を開いて奥へと歩き出す。

そこは、かつての綾波レイの部屋であるかのような、閑散とした場所だった。

何の飾り気もない無機質な空間を抜けると、今度は暗く広い空間へ出る。

下を見ると、骨格と頭部だけのエヴァらしきモノが何体も横たわっていた。

「エヴァの、研究初期の失敗作よ。人間で言えば、ここは遺体安置所といったところかしらね」

リツコが短く説明する。

「そして…私の母が消えた場所であり、クラスメイト達の母親の魂が保管してある場所でもある訳ですね？」

「その通りよ。でも、今日の目的地はここじゃないわ」

さらに先へと進むリツコ。

やがて、一際大きな扉に辿りついた。

扉を開けてリツコが中へ入ると、暗かった室内が明るくなる。

リツコに続いて中に入ったユウリが見たモノは、巨大な水槽に浮かぶ綾波レイだった。

「レイの…予備の体……」

ユウリが呟く。

「そう、そしてダミーシステムの材料でもあるわ。あなたに見て欲しかったのは、コレよ」

そう言って何やら操作するリツコ。

すると、水槽の中のレイ達がボロボロと崩れ始めた。

「！……リツコさん！！」

「勘違いしないでね、ユウリ。これは、あのコの為なのよ」

「レイの…為？」

「ええ…コレが存在する限り、あのコはヒトにはなれないわ。だから壊すの…あのコを、他人の道具としての運命から解き放つ為に」

「運命から、解き放つ？」

「そう、これは儀式なのよ。あのコがヒトになる為の…そして私が、ヒトの心を取り戻す為の」

リツコの顔は、どこか晴々としていた。

「ありがとうございます、リツコさん」

ユウリが頭を下げる。

「あなたに礼を言われるような事じゃないわ。これは、私自身の為にやってるんだもの。むしろ、礼を言わなくちゃならないのは、こちらの方ね」

そう言って、ニッコリ笑うリツコ。

それは、ユウリが今までに見た事の無いモノだった。

それを見た事があるのは、ＮＥＲＶではミサトと加持くらいだろう。

二人の間の空気が和む。

その時、突然背後の扉が開いた。

振り返る二人。

そこに居たのは、ゲンドウだった。

レイだったモノが浮かぶ水槽を一瞥したゲンドウは、静かに口を開く。

「赤木博士、何故レイを破壊した」

いつも以上の威圧感を漂わせて尋ねるゲンドウ。

だが、ユウリもリツコもそれには怯まなかった。

「レイがヒトとして生きる為ですわ、司令」

リツコは、あくまでも毅然として答える。

「君には失望した」

「失望？最初から期待もなにもしていないくせに、何を都合のいい事を…」

リツコがそこまで言った時、ゲンドウの右腕が懐に動いた。

銃を抜き、リツコに向けるゲンドウ。

だが、ゲンドウが引金を引くよりも早く、ユウリの銃が火を吹いた。

「おかしな…真似は…しない…事です…さもなくば…死にますよ……」

ユウリが苦しげな顔で呟く。

ずっと、銃を身に付ける事を習慣としていたユウリ。

それをまさか、確執があるとはいえ、実の父に向ける事になるとは思わなかったであろう。

ユウリの視線の先には、右手を抑えてうずくまるゲンドウが居る。

そのゲンドウに、リツコが語りかけた。

「司令…あなたに必要とされるなら、私は道具でも良かった。なのに、初めてあなたに抱かれてから今日まで、あなたは一度も私の心を見ては下さらなかった…」

一旦言葉を区切り、ゲンドウを見下ろすリツコ。

その目には、様々な感情が入り乱れていた。

「でも、それもお終い。結局、あなたにとっては私も母と同じ、いらなくなれば捨てられてしまう程度の存在だと気付いたから。だから私が捨てるの、あなたを…」

リツコが何時の間にか懐から取り出した銃が、ゲンドウに向けられた。

「撃つのかね？私を…。ならば、頭か心臓を狙う事だ。さもなくば、私は生き長らえるだろう」

ゲンドウの言葉に、引金に掛けられたリツコの指が一瞬止まる。

次の瞬間、ゲンドウの左腕に隠されていた小型拳銃が、リツコに向けられた。

反射的に、その銃を撃つユウリ。

そして、それを合図にリツコの指が引き絞られた。

リツコの銃から放たれた銃弾は、ゲンドウの眉間へと吸い込まれていく。

室内を、静寂が支配する。

ユウリもリツコも、まるで時が止まったかのようにピクリとも動かない。

それから数秒後、あるいは数分後か、リツコが口を開いた。

「ユウリ…恨むなら恨んで頂戴。全てが終わったその時、あなたの手で私を裁いてくれると嬉しいわ」

リツコの問いに、ユウリは無言だった。

それを肯定ととったのか、あるいは否定ととったのか。

リツコはさらに語り続けた。

「ユウリ、あなたにもう一つお願いがあるわ。あなたの知っている綾波レイは、死んだかもしれない。でも、あのコもまた綾波レイなの。だから、せめて一人のヒトとしてあのコに接してあげて」

リツコの言葉の中には、レイへの愛情が篭っていた。

母が娘を見るような、姉が妹を見るような、そんな愛情が確かに篭っていた。

「努力…してみます……」

どうにかそう呟くと、ユウリはその部屋を後にした。

　

　

リツコは、司令室にやって来た。

「碇が、死んだのだな…」

いきなりそう切り出す冬月。

「はい……私が、殺しました………」

「そうか…君は職務に復帰したまえ。伊吹君だけでは、処理しきれない仕事もあるだろう」

「何故…ですか？」

「今はその時ではない、そういう事だ。償いは、全てが終わってからでいい。碇の死については、事故死として処理しよう」

「しかし、副司令…」

「我等の罪が、死んだくらいで償えるとは思わん。だが、奴は死をもって罪を償ったのだ。いずれ、私もそうなるだろう。だが、君は生きたまえ。まだ、死ぬには若すぎるだろう」

「罪を償った…そうですね。ですが、私は全てをユウリに託しました。あのコが死ねと言うなら、私は素直に従うつもりです」

「ユウリ君か…彼女は君の死を望むまい。彼女は母親に似て、とても優しい娘だからな」

「ですが、私はあのコの目の前で司令を……」

「それでも、彼女は君の死を望まんだろう。罪は、私のような老骨が全て背負えばいいのだよ。君は、胸を張って生きればいい。…話は以上だ、早急に職務に復帰したまえ、赤木博士」

「了解しました」

リツコは、頭を下げて司令室を後にし、レイの所へと向かった。

「レイ」

リツコが呼ぶと、レイが顔を上げた。

「何ですか、赤木博士」

「レイ、あなたは自由になったわ。もう、あのヒトの道具として生きる必要は無い。ユウリ達と同じように、普通のヒトとして生きていいのよ」

「私が…ヒト？ヒトとして、生きていいの？ヒトとして、無に返れるの？」

その時、レイの頬を一筋の涙が流れ落ちた。

「何、コレ…。涙？私、泣いてるの？悲しくないのに、何故？」

「ヒトはね…嬉しい時にも泣くのよ、レイ」

その一言を聞いたレイの脳裏に、ユウリの顔が一瞬浮かんで消えた。

「そう…嬉しいのね、私……」

レイの涙は、暫くの間止まる事はなかった。

　

　

　

　

　

　

＜後書き＞

アルミサエル戦、終了しました。

違う展開も考えないでもなかったんですが、やっぱりレイは自爆してしまいました。

アヤナミストな方々、ごめんなさい。

それから、今回の目玉はゲンドウの死でしょうか。

私の中では、リツコが、そしてＮＥＲＶが生まれ変わる為には必要な事だったので、悩んだ末に結局こうなりました。

そしてその結果、冬月が善人に…。

何を今更、とは思いますが、『罪にまみれても人の生きる世界を望む』などと言ってましたよね？

やはり、心のどこかで『人類補完計画』について否定的な考えを持っていたのではないでしょうか。

生まれ変わったＮＥＲＶは、サードインパクトの阻止という、今までは名目上でしかなかった目的の為に活動します。

そして次回は、いよいよあの御方が登場します！

心を打ちのめされたユウリは、最後のシ者との邂逅に何を見るのか？

それでは、次回も広い心でお読み下さい。

感謝の言葉

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