暁の守護天使

第２０話「最後のシ者」

冬月は、ゲンドウの代理としてゼーレに召還されていた。

「四号機に続いて零号機まで失うとは、なんたる事だ！」

「…それについては、申し開きのしようもありませんな。事情がどうであれ、エヴァを失ったのは事実ですから」

「開き直りかね？そのような態度、感心できんよ」

「さよう。きちんと釈明して欲しいものだね？」

「進化する使徒の能力に、エヴァの能力がついていけなかったのではありませんかな？」

「その結果が、自爆かね？なんとも短絡的な話だね」

「全く、随分と高価な爆弾だよ。しかも、人が乗ったままとは」

「日本人お得意の、『カミカゼ』とやらかね？そんなモノ、ナンセンスだよ」

「この損失を埋めるのは、容易な事ではないよ？」

「これでは、計画を大きく修正せねばならなくなる」

「本当に困った事をしでかしてくれたモノだよ」

「碇君が死んだのも、案外それが原因ではないのかね？」

その一言に、一瞬その場が静まり返る。

「……冬月、碇は何故死んだのだ？事故死、などとはにわかに信じられぬ」

「信じていただくしかありませんな」

「…そうか。彼はよき協力者であり、よき友でもあった。惜しい男を亡くしたものだな」

（フン、心にも無い事をよくもまあ…狸共め）

そう思う冬月であったが、それを顔に出す程愚かではない。

神妙な顔で、老人達の話に耳を傾け続ける。

「だが彼には、四号機に続いて零号機まで失った責任を取ってもらわねばならなかったからね。更迭する手間が省けた、とも言えるのではないかね？」

「罪状はそれだけではない。度重なる初号機凍結命令の無視、決して軽くはないよ？」

「お言葉ですがね、皆さん。初号機以外のエヴァが無力化された状態で、初号機を投入する以外に何か、使徒を殲滅出来る方法がありましたかな？」

「どれ程詭弁を弄したところで、罪は罪。例え結果が伴っていようと、それは変わらんよ？」

「ごもっともですが、我々にどうしろと？今は、一刻も早く戦力の立て直しを図らねばなりません。出来れば、初号機の使用に関しても正式に許可を頂きたいのですがね」

「…戦力の立て直しが急務である事は事実。やむを得ん、初号機の使用を許可する。それから、弐号機の処遇だが…」

「弐号機ですか…これも頭の痛い問題ですな。サードに次ぐ実力者であった、セカンドが戦線離脱。残るファーストには、弐号機は動かせない。一体、どうすればよいものやら…」

「弐号機については、こちらでパイロットを用意する」

「なんと！そちらでパイロットを確保していらしたとは…いやはや、初耳ですな」

「いらぬ詮索はせぬ事だ、冬月。パイロットの資料については追って送付する、以上だ」

「了解しました、全てはゼーレのシナリオのままに」

消えていく老人達。

「碇め…最後の最後まで、私に面倒を押し付けおって……」

苦い顔でそう呟いた冬月は、司令室へと戻って行った。

そして冬月が消えた室内に、再び老人達が集う。

「ククク…これでよい。幾らかイレギュラーはあったものの、ほぼわれらのシナリオ通りとなった」

「さよう。零号機は消失、セカンドは戦線を離脱した」

「フォースと参号機には、われらが僕の脅威たり得る力は無い」

「最大の懸念であったサードと初号機も、これでは満足な戦いは出来まい」

「これで、ＮＥＲＶの戦力はギリギリまで削ぎ落とされた」

「残る使徒は、あと一体。あれならば、今のＮＥＲＶでも充分殲滅は出来よう」

「われらの切り札を見せる事無く、全ての使徒が倒れる」

「約束の刻は、もう目の前だ」

「「「「「「「「「全てはゼーレのシナリオのままに」」」」」」」」」

第１６使徒戦終了後、アスカは消息を絶っていた。

必死の捜索をするミサトだったが、一向に足取りが掴めない。

そんなある日、リツコは司令室へと呼び出された。

リツコが入室すると、司令の席には冬月が座っている。

ゲンドウの死が発表された後、冬月が司令代行を務めているのだ。

冬月は、リツコに対して一束の書類を渡した。

それに、サッと目を通すリツコ。

「フィフスチルドレン、ですか？」

「うむ、ゼーレが直接送り込んできた。表向きには、エヴァに乗れなくなったセカンドの代わりに弐号機へ、ということらしい」

「しかし、何故フィフスなんです？」

「洞木総務部長の御息女は、正式登録される前に乗機を失い予備役となった。だから、今回の補充パイロットが正式なフィフスとなる」

「そう言う事ですか。それにしても…ゼーレが直接送り込んでくるなんて、いかにも怪しいですね」

「うむ、連中も碇という目の上の瘤がいなくなった事で、一気に計画を進めるつもりなのだろうな」

「そのようですね。しかし、機体も無しにパイロットのみを送り込むなんて、一体どういうつもりでしょうか？」

「わからん。弐号機のコアを変換させるのかとも思ったが、そのコアが用意されている様子は無い。まさか、コアの変換無しでシンクロできる筈は無いのだが」

「そうですね、システム上あり得ません。しかし、パイロットの到着が明日である以上、コアの変換無しでテストを行うしかありませんが、どうします？」

「取り敢えず、それでテストを行う。ゼーレの使者、その実力を存分に拝見させてもらおうではないか、赤木博士」

「了解しました。ところで、セカンドの行方はどうなっていますか？」

「うむ、どうやら諜報二課が情報を隠蔽、意図的にロストしていたらしい。二課課長を更迭し、現在山岸部長直々に捜査している。間も無くケリがつく筈だ」

「そうですか、無事だといいですね」

「そうだな…彼もまた、我等の犯した罪の犠牲者だ。彼の未来に幸福が訪れる事を、切に願わずにはおれんよ」

「その為にもまずは使徒に、そしてゼーレに勝つ事。そうですわね、司令代行」

「その通りだ。だが、その為には子供達に苦労を背負い込ませねばならん。情けない大人だな、我々は」

「本当に、その通りですね。私達に、あのコ達に償う術はあるのでしょうか？」

「わからんな。だが、今は心を鬼にして奴等と戦わねばならん。償いは、その後でいい筈だ。赤木博士、各部署と協力して事に当たってくれたまえ」

「了解しました。それでは、失礼します」

リツコは、退出するとミサトの執務室へと向かった。

ミサトの執務室に入ったリツコは、そのあまりの汚さに絶句する。

室内を見まわすと、書類の山の中で眠るミサトの姿。

「ミサト、起きなさい！」

ミサトの頭を叩くリツコ。

ミサトが起きると、リツコは手にしていた書類をミサトに突き付けた。

「新しいパイロットが来るわ。ゼーレから、ね」

その言葉に反応し、リツコの手から書類をひったくって読むミサト。

「パイロットって、ユウリちゃん達のクラスメイトから選ばれるんじゃなかったの！？」

「その通りよ、本来はね」

ミサトの問いに、サラリと答えるリツコ。

冬月が司令代行となった後、各部署の主だった者には機密を明かしてあるのだ。

もっとも、その前にミサトはユウリから全てを聞いてはいたが。

「じゃあ、何でこのコがパイロットなのよ」

「解らない。明日到着するのはパイロットのみ、そのコの為のコアは送られてこないのよ」

「それでどうやってシンクロするのかしら…。こちらに適合するコアがある訳じゃないんでしょ？」

「そんなモノ、ある訳ないでしょ。経歴を見ても、一目瞭然じゃないの」

「誕生日以外、全ての経歴が抹消済み。そして、その誕生日がセカンドインパクトと同一日とはね。ゼーレにも、ジョークの解る奴が居るって事か…」

「そうね、それじゃあ何かありますって宣伝してるようなものだものね」

「で、リツコ。このコ、どうするの？」

「あちらさんの言い分通り、弐号機でシンクロテストを行うわ」

「お手並み拝見、て事ね？」

「そうよ」

「こんな話、アスカには聞かせられないわね」

「そうね…そのアスカだけど、山岸諜報部長が直々に陣頭指揮をとってるわ。今日、明日中には見つかるでしょうね」

「そう、よかったわ。でも、何で今まで見つからなかったのよ。ウチの諜報部がそんなに手間をかけるなんて、おかしいじゃない」

「諜報二課が、意図的にロストさせたらしいわ。多分、あなたへの嫌がらせね」

「ったく、この非常時にくだらない事するんじゃないっての！」

「しょうがないわね、あなた、諜報部や保安部の一部にウケが悪いから」

「そんなの、私のせいじゃないでしょう？」

「普段の態度じゃないの？あなたみたいな、ぐうたらな女が部長職に就いてるのが気に入らないのよ、きっと」

「そんな事言ったって……」

「とにかく、あなたも心の準備はしておいて頂戴。何が起こるか、皆目見当もつかないんだから」

「了解したわ、赤木博士」

「頼んだわよ、葛城作戦部長」

ニヤリと笑い合う二人。

そして、リツコはミサトの執務室を出て行った。

その日の夕方、アスカは発見された。

すぐに、病院へと収容されるアスカ。

見舞に訪れたミサトとユウリは、変わり果てた姿を見て絶句した。

全く食事をしていなかったのか、全身がガリガリに痩せこけている。

かつては強い意思を宿していた蒼い瞳も、今は濁りきって虚空を見詰め、何より様々な計測機器の端子が取り付けられたその姿は、とても痛々しかった。

「これが……アスカ、なの………」

ユウリの呟きが、ミサトの胸に突き刺さる。

アスカの事に関して、ミサトは感じすぎる程に責任を感じていたのだ。

ユウリに話しかけようとしたミサトだったが、今にも泣き出しそうなユウリの顔を見て言葉を失ってしまう。

「どうして…こんな事になっちゃったのかな……」

呟きながらアスカへと歩み寄るユウリ。

その足取りは、フラフラと頼りない。

「私が、イケナイのかな…私が居たから、こんな事になっちゃったのかな……」

アスカの元へ辿り着き、その手を握ってさらに呟く。

「ねえアスカ…私、どうしたらよかったのかな…アスカにも、みんな教えてあげればよかったのかな…ねえ、答えてよ…目を開けてよ…アスカ……」

ユウリの目から流れ落ちる、幾筋もの涙。

それは、止まる事なく流れ続けた。

そんなユウリに、ミサトはかける言葉を見つける事が出来ない。

真っ白になる程に硬く拳を握り締めたミサトは、結局一言も声をかける事なく病室を後にした。

翌日、ユウリは零号機の自爆によって出来た湖のほとりに居た。

何も映さぬ瞳を湖面に向け、静かに佇むユウリ。

自分はどうすれば良かったのか、その答えはいまだに出ない。

ユウリの中で、ガラガラと音をたてて崩れていく何か。

周囲の景色が、急速にその色彩を失っていく。

傷ついた心が現実を拒絶し、全てを締め出していく。

周囲の世界が、無へと還っていく。

「暗いのは、イヤ……独りは、イヤ……」

ポツリと呟くユウリの耳に、何故か『第九』の鼻歌が聞こえてきた。

歌が聞こえてきた方を向くと、そこには一中の制服を着た少女の姿。

ユウリの視線に気付いたのか、ユウリの方を向く少女。

ユウリと少女の視線が絡み合う。

そして、白銀の髪に真紅の瞳を持つ少女が口を開いた。

「歌はいいわねぇ…歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した、文化の極みだわ。…そう感じない？碇ユウリさん」

そう言ってニッコリ笑う少女。

その笑顔は、頑なに閉ざされたユウリの心に、容易く入り込んだ。

ユウリの目に映る世界が、謎の少女を中心に、色彩を取り戻していく。

ある一人の少女を連想させる真紅の瞳に魅入られつつ、ユウリは謎の少女に話しかけた。

「どうして…私の名前を？」

「あなたの名を知らない者はいないわ。失礼だけど、あなたはもう少し自分の立場というモノを理解した方がいいと思うわよ」

「そう…なのかな……」

「そうよ。…ああ、自己紹介が遅れてしまったわね。私はカヲル、渚カヲル。あなたと同じ仕組まれた子供、フィフスチルドレンよ」

「え！？あなたが、渚さんがチルドレン！？」

「カヲルでいいわよ、碇さん」

「じゃあ…私もユウリでいいわ、カヲルさん」

「ありがとう、ユウリさん。ところで、いきなりで申し訳無いのだけれど、司令室まで案内してもらえないかしら？これから、着任の挨拶に行かなくちゃいけないのよ」

「解ったわ。それじゃ、付いてきて」

運命の邂逅を果たした二人は、仲良く並んで歩き出した。

司令室へと向かう間にも、二人の会話は続く。

「ねぇ、カヲルさんのエヴァはどうなってるの？新しいエヴァが来るって話は聞いていないんだけど」

「私が乗るのは、弐号機だそうよ」

「え！？カヲルさんがアスカの機体に！？」

「アスカ…セカンドチルドレンの事ね？私は、エヴァに乗れなくなったセカンドの代わりだそうよ。詳しい事は…大人の事情ってやつらしくて、よく知らないのだけれど」

「そう…アスカ、これからどうなるのかな……」

「セカンドって、幼い頃からずっとエヴァに乗る為の訓練をしてきたのよね？だったら、ＮＥＲＶも悪いようにはしないのではないかしら」

「そうだといいな。アスカには、早く元気になって欲しい。今までのアスカは、エヴァに乗る事が全てだった。でも、アスカにもそれ以外の価値を見つけて欲しいの」

「…とても大切に思っているのね、セカンドの事」

「大切？……そうね、大切…かな。だって、アスカは戦友で…家族だから」

「ファミリーが居る、というのはとてもイイコトね。ファミリーが居て、自分を迎えてくれるホームが在る。それは、とても幸せな事よ」

「うん…そうだね。でも、それもお終いかもしれない。最近ずっとぎこちなくて、なんだか帰るのが怖いんだ。まあ、私も悪いんだろうけど」

「そうなの？でも、大切なモノはちゃんと捕まえておかないと、後悔する事になるんじゃないかしら？」

「そう…かもしれないね…。でも…あ、ここだよ、司令室」

立ち止まったユウリは、ドアの横のモニターに向かった。

「冬月司令代行、サードチルドレンです。新任のチルドレンを案内して参りました」

ユウリの声に応じて、司令室の扉が開いた。

「案内してくれてありがとう、ユウリさん。また後で会いましょう」

ニッコリ笑うカヲル。

「うん、またね」

そう返事をしたユウリは、司令室の扉が閉まるのを確認すると、歩き出した。

その日の夕刻、カヲルを加えての初のシンクロテストが行われた。

「まさか、コアの変換も無しにシンクロしてのけるとはな……」

冬月が、厳しい顔でうめくように呟く。

リツコ、ミサトらも、同様に厳しい顔でモニターを見詰めている。

彼等の見詰めるその先には、テストプラグを介して弐号機とシンクロする、カヲルの姿があった。

その隣には、ユウリとトウジの顔も映っている。

「マヤ、いろいろと環境を変化させてみて。とにかく、今はデータを集めるのが最優先よ。彼女の正体に関して考察するのは、それからでいいわ」

「了解しました」

リツコの指示でマヤがキーボードを叩き、それによって様々な数値が変化していく。

が、唯一シンクロ率だけは、変化する事は無かった。

そしてテスト終了後、冬月、リツコ、ミサトの３人は、司令室でテストの結果を分析していた。

「………以上の結果から、彼女は自分の意思で自由にシンクロ率を操作出来るものと推測されます」

リツコが、自分なりの分析結果を述べた。

「シンクロ率を自由に操作、か。ある程度ならユウリちゃんも出来るみたいだけど、それは初号機のコアがユウリちゃんのお母さんだからよね？」

「その通りよ、ミサト。でも、彼女は全くの他人が入ったコアでそれをやってのけた」

「エヴァとのシンクロの原理を考えれば、シンクロする事すら本来あり得ないというのにな…」

「はい。しかも、最近のアスカの様子からも判断できるように、今弐号機のコア…いえ、正確にはコアの中の惣流キョウコ女史は休眠状態にあります」

「心を閉ざしている、て事ね？リツコ」

「解り易く言えば、そういう事ね」

「コアに眠る魂が僅かでも活動していなければ、エヴァは動かない筈だな」

「はい。ですが、それを可能にできる存在に、一つだけ心当たりがあります」

「何だね？赤木博士」

「使徒です」

「！！…リツコ、まさかあのコが使徒だってぇの！」

「まだ、仮説にすぎないけどね」

「もしそれが事実とすれば、老人達が最後の戦いを挑んでくる日も近いな。まだこちらの準備は整ってはおらんというのに…マズイな」

「ＮＥＲＶ本部を占拠、こちらの切り札を全て封じた上でサードインパクトを起こそうって訳ね」

「奴等はどのような手段で攻めてくると思うかね、葛城君。軍人としての、君の意見を聞かせてくれたまえ」

「はい。まずは、ハッキングによるＭＡＧＩの占拠。施設の全てを管理しているＭＡＧＩが占拠されるという事は、このＮＥＲＶ本部が占拠される事と同義です。しかも、これなら敵には人的被害が一切ありません」

「なるほどな。だが、ＭＡＧＩへのハッキングを成功させられるコンピューターなどあるのかね？」

「各ＮＥＲＶ支部のＭＡＧＩレプリカなら、可能な筈です。この際、本部以外は全てゼーレの傘下にあると判断するべきでしょう」

「ふむ、その通りだな。赤木博士、各支部が同時にハッキングを仕掛けてきたとして、それに対処、撃退する事は可能かね？」

「はい。こんなこともあろうかと、各支部のＭＡＧＩレプリカにエージェントを仕掛けてあります。ハッキングを仕掛けると起動、オリジナルの支配下に入るようになっています」

『こんなこともあろうかと』という一言を言った瞬間、リツコの顔は得意げになる。

「あんた、いつの間にそんなモン仕掛けたのよ…」

それに対して、呆れ顔のミサト。

「簡単に、とはいかなかったけど、母さんの遺してくれた裏コードのおかげでどうにかなったわ」

「なら、それに関しては問題無いと言う事だな。葛城君、他には？」

「はい。次に考えられるのは、軍隊による直接侵攻です。ＮＥＲＶは、あくまでも対使徒用の組織。本職が大挙して襲いかかってくれば、耐えるのは難しいと言わざるを得ません」

「対処法はあるのかね？」

「現在、霧島二佐と加持一尉が陣頭指揮をとって、対人迎撃設備を設置中です。ただ、敵のシナリオが予想以上に早まっているようなので、間に合うかどうかは微妙です」

「ふむ…彼等に頑張ってもらうしかない、と言う事か。他にはあるかね、葛城君」

「最後に、量産型エヴァによる侵攻が挙げられます。現在、こちらで戦闘可能なエヴァは２機しかありません。予測される敵エヴァの数は９機、彼我の戦力差は歴然です」

「９対２か…赤木君、どう思うかね？」

「問題は、数よりも性能の方でしょう。恐らく、敵のエヴァはＳ２機間を搭載している筈です。初号機以外の機体では、対抗するのは難しいのではないかと」

「どうにもならんのかね？」

「希望はあります。敵は恐らくダミーで起動させている筈ですが、ダミーはその性質上それ程高度な戦闘は出来ないでしょう。そこが狙い目です」

「訓練されたパイロットの動きには対処できないだろう、て事？」

「その通りよ、ミサト」

「結局、子供達に頼らざるを得ないのか。本当に情けない大人だな、我々は」

冬月の言葉は、どうしようもない程に苦く、重かった。

その頃、カヲルは本部内を歩いていた。

その視界に、蒼銀の髪の少女が現れる。

「やあ、あなたがファーストチルドレンね？」

にこやかに声をかけるカヲル。

だが、レイはそれには答えずカヲルを見詰めていた。

「綾波レイ、あなたは私と同じね。この星で生きる体は、リリンと同じ形に行きついた、という訳ね」

「…あなた、誰？」

「私はカヲル、渚カヲル、フィフスチルドレンよ」

ニッコリ笑って立ち去るカヲル。

「あのヒト、私と同じ感じがする…」

レイは、そう呟きながら、立ち去るカヲルの後ろ姿をじっと見詰めていた。

なおも歩き続けるカヲルの視界に、今度はユウリが現れる。

カヲルは、ベンチに座って虚空を見詰めるユウリに声をかけた。

「何してるの？ユウリさん」

「あ、カヲルさん。訓練も終わったし、ちょっと休憩してただけなの。後は、シャワーでも浴びて寝るだけよ」

「そう、なら一緒に行かない？」

「行くって、どこへ？」

「大浴場よ。あるんでしょう？ここ」

「…そうだね、たまにはいいかも。行こう、案内するわ」

こうして、二人はＮＥＲＶ職員用の大浴場へやって来た。

二人並んで服を脱いでいく、ユウリとカヲル。

ユウリは、ふと隣のカヲルへと視線をやり、そして硬直した。

ユウリの様子がおかしい事に気付いたカヲルは、ユウリの視線を追いかける。

そして、ユウリの視線が己の股間へ向かっている事を知ると、苦笑を浮かべてユウリに話しかけた。

「やっぱり、ヘン…かな？」

「え？あ、あの…別に変とかじゃなくって…その…レイと同じだなって思って…だから別に……ごめんなさい！」

しどろもどろになり、ペコリと頭を下げるユウリ。

「そんなに気にする事ないわよ。ところで、レイってファーストチルドレンの事よね？何が同じなの？」

「え…ああ、レイも半陰陽なの。それに、アルビノなのも一緒」

「それは奇遇ね…どちらか一方だけなら、セカンドインパクトの後徐々に増えてるらしいけど。でも、両方というのは珍しいわよね」

「うん…そうだね…。私がいた孤児院にもアルビノのコや半陰陽のコはいたけど、両方っていうコはさすがにいなかったな」

そう返事をしつつも、ユウリの視線はカヲルから離れていない。

「まだ何か？」

「うん…とっても…綺麗な肌だよね。私はこんなだから、凄く羨ましいな」

そう答えると、ユウリは自分のやや日焼けした傷だらけの体を見下ろす。

その多くは修行中に負った傷であるが、とりわけ酷い傷の中には、幼い頃に自分でつけた傷も多数ある。

「…その傷の一つ一つがあなたの歴史、今のあなた自身を形作るモノ。だから別に、自分を卑下する必要は無いと思うけど？それに、何よりあなたはとても綺麗な心をしているわ。心が美しい、それはとても素敵な事よ」

会心の笑顔を浮かべるカヲル。

その笑顔と言葉は、ユウリの傷ついた心を捕らえて放さなかった。

二人は、体を洗い流して湯船に浸かる。

「はあ…やっぱり、広いお風呂っていいなぁ…。『風呂は命の洗濯』かぁ…その通りだよね……」

気持ちよさそうな顔で、しみじみと呟くユウリ。

「『風呂は命の洗濯』…とてもよい言葉ね。確かに、こうしていると何もかもが洗い流されていくようだわ」

そう答えつつ、カヲルはユウリの手に自分の手を重ねる。

その瞬間、ユウリの体がピクリと震えた。

「一次的接触を極端に避けるのね…怖いの？ヒトと触れ合うのが」

カヲルの言葉に、ユウリの顔が俯く。

カヲルは、さらに言葉を続けた。

「他人を知らなければ、裏切られる事も傷つく事も無い。けれど、寂しさを忘れる事も無いわ。あなたも、寂しいと感じているのでしょう？」

コクリと頷くユウリ。

「ヒトは、寂しさを永久になくす事は出来ない。けれど、誰かと寄り添う事で忘れる事は出来る。だから、ヒトは生きていけるのよ」

どこか遠くを見るような目で語るカヲル。

「そう…そうだよね……」

ユウリは、カヲルの言葉に頷いた。

その脳裏には、親友達の顔が浮かんでいる。

カヲルがユウリの手を放した時、突然照明が消えてしまう。

「時間…かぁ……」

残念そうなユウリ。

「あら、もう終わりなの？」

こちらも残念そうなカヲル。

「もう…寝なきゃ」

「あなたと？」

「え？あの…カヲルさんには、ちゃんと部屋が用意されてる筈だよ」

「そう…」

呟きつつ湯船を出たカヲルは、ユウリを振り返った。

「ヒトは、常に心に痛みを感じているわ。心が痛がりだから、生きる事すらつらいと感じる」

ハッとして顔を上げると、ユウリはカヲルを見詰めた。

「ガラスのように繊細ね…特にあなたの心は」

「私？」

「そう、好意に値するわ」

「コウイ？」

「好きって事よ」

カヲルは、またしても会心の笑顔を浮かべる。

その後、ユウリの問い合わせでカヲルの部屋を確認した二人は、ユウリの案内でその部屋へと向かった。

案内を終えて立ち去ろうとするユウリを、カヲルが呼び止める。

「ねえ、せっかくだから泊まっていかない？あなたとは、もっと話がしたいな」

カヲルの言葉に逆らう術を、ユウリは持っていなかった。

カヲルに勧められるままに、一つのベッドに入るユウリ。

天井を見上げながら、他愛無いおしゃべりが始まる。

そしてそれは、いつしかユウリの独白へと変っていった。

つらかった事、苦しかった事、悲しかった事。

そして、ちょっと厳しいけれど、とても暖かかった孤児院での日々。

それら全てを、ユウリはさらけ出していた。

「色々あったのね…。傷ついて、ヒトに触れる事すら恐れるようになって、それでも生きる事を選ぶのは何故？死が、あなたを全てから解放してくれるのに…」

「何故？…よくわかんないや。でも、私は生きたい、生き続けたい。みんなと一緒に、未来を掴みたい」

「…私は、あなたに会う為に生まれてきたのかもしれない」

ユウリの方を向き、そう告げるカヲル。

すると突然、ユウリがカヲルに抱きついた。

カヲルの豊かな胸に、顔を埋めるユウリ。

「ねぇカヲルさん…少しだけ、このままでいてもいい？」

カヲルは、ユウリを抱き返す事で問いに答えると、愛しげに頭を撫でた。

やがて、二人の唇がごく自然に重なり合う。

そして、二人は絡み合い、一つになってゆく。

その中でユウリは、身も心も、魂さえも一つに溶け合うかのような感覚を味わっていた。

翌朝、カヲルはケイジに立って弐号機を見上げていた。

辺りには、まだ作業員の姿も無い。

そして、カヲルは弐号機へと手を差し伸べ、口を開いた。

「さあ行きましょう…アダムの分身、リリンの僕」

その言葉に反応したのか、真紅の巨人の眼に光が灯った。

ニヤリと笑ったカヲルは、セントラルドグマへと１歩を踏み出す。

それと同時に、発令所で警報が鳴り響いた。

「エヴァ弐号機、起動！！」

「バカな！アスカは！？」

日向の報告にミサトが問い返す。

「病室に居る事を確認済みです！」

ミサトの問いに、今度は青葉が報告する。

「無人です！現在弐号機には、エントリープラグが挿入されていません！」

「誰もいない！？フィフスが乗ってる訳でもないの！？」

マヤの報告に、ミサトがまたも問い返す。

「大変です！セントラルドグマにＡＴフィールドの発生を確認！パターン青、間違いなく使徒です！！」

日向の絶叫が響く。

「なんて事…まさか、こんな直接的な手段でくるとはね…」

ミサトが悔しげに呟く。

「我々と同じ姿のせいで考えすぎたのね、きっと。彼女が使徒である事は、予測済みだったのに…」

リツコもまた、悔しそうだ。

「エヴァは！？パイロットはどうなってるの！？」

焦るミサト。

「サード、フォース両名ともまだ…いえ、たった今フォースが到着しました！」

「よし、参号機を大至急起動、使徒追撃に向かわせて！」

日向の報告に希望を見出し、ミサトは出撃を命じた。

そこへ、トウジからの通信が飛び込む。

「ミサトはん、どないなっとるんでっか！？」

「よく聞いて、トウジ君。使徒が、セントラルドグマに侵入したわ！直ちに追撃して頂戴！」

「了解や！せやけど、なんで侵入されるまで発見でけへんかったんでっか？」

「渚カヲル、彼女が使徒だったのよ」

「何やて！あいつが使徒！？……エヴァ参号機、発進します！」

目を瞑り、何かを振りきるように何度か頭を左右に振ったトウジは、目を開けると参号機を走らせた。

リニアエレベーターを使って、ドグマを降下していく弐号機。

カヲルは、弐号機の顔の付近に浮かんでいる。

下の方ではどんどんと隔壁が閉じていくが、カヲルはそれを弐号機で破壊。

そこへ、参号機が追いついてきた。

「おや？あれはフォースね…ユウリさんじゃないのか……」

つまらなそうに呟くカヲルに、怒り心頭のトウジが叫ぶ。

「渚！！オノレ、何であいつを裏切ったんや！！」

「裏切る？…何を言っているの？」

「フザケんな！オノレ、ユウリとあんなに仲良うしとったやないか。あいつは…あいつの心は…傷ついてボロボロなんや。オノレやったら、あいつの傷癒してくれるかもしれん…そう思とったのに、何でこないなことしとるんや！」

「全ては定められていた事…そう、これは運命なのよ」

「運命やて！？そんなモン、クソくらえや！」

そう叫ぶと、トウジはナックルのスイッチを入れて、弐号機に殴りかかった。

だが、カヲルの前に展開されたＡＴフィールドがそれを阻む。

「ＡＴフィールドやて！？」

「そう、あなた達リリンはそう呼んでいるようね。何人にも犯されざる、聖なる領域、心の光。そして、誰もが持つ心の壁」

ナイフを抜いた弐号機が、参号機へと襲いかかった。

反射的にその腕を掴んだ参号機が、弐号機へと再びパンチを繰り出す。

しかし、今度は逆に弐号機が参号機の拳を掴んだ。

「クッ…何やこれしき。あいつの戦友として、ワシは絶対にオノレを赦さへんで、渚！！！」

「あなたに赦しを請うつもりは無いわ。…邪魔ね、無粋な闖入者には、退場してもらわなくちゃ」

ニヤリと笑うカヲル。

すると、カヲルのフィールドの、そして弐号機のパワーが跳ね上がった。

「ぐおぉぉぉぉ！！！」

苦悶の表情を浮かべるトウジ。

そのトウジに、カヲルは冷たく言い放った。

「さよなら」

その頃、ケイジに辿りついたユウリは、ミサトから驚愕の事実を聞かされていた。

「カヲルさんが使徒！？そんな！」

「事実よ、受け止めなさい。出撃、いいわね！」

「やるしか…ないんですね…？」

「そうよ」

「…了解…です……」

うなだれるユウリの姿を見たミサトは、小声で自爆の準備を指示した。

地下の巨人がアダムではない以上、サードインパクトは発生しない。

だが、もしも全てのエヴァが倒れてしまえば人類に未来は無いのだ。

ミサトは苦い表情でモニターに視線を移すが、そこには何も映っていない。

今までにない強力なＡＴフィールドによって、あらゆる観測機器が役に立たないのだ。

参号機との通信も、すでに途絶えている。

発令所のスタッフは、祈るような気持ちで初号機を送り出した。

発進した初号機は、ドグマへ飛び込んでいく。

リニアエレベーターを使用せず、翼で落下速度をコントロールする初号機。

「どうして…どうしてなの…カヲルさん……」

涙声で呟くユウリ。

やがて最下層に到達すると、弐号機と、宙に浮かぶカヲルの姿が見えた。

弐号機の足元には、参号機が倒れている。

「待っていたわ、ユウリさん」

カヲルのその一言が合図となり、弐号機と初号機の戦いが始まった。

「クッ…何故弐号機が…」

「エヴァと私は、同じ体でできているの。私も、アダムより生まれしモノだからね。だから、魂さえなければ同化も出来るわ。弐号機の魂は今、自ら閉じ篭っているからね」

ユウリの呟きに、カヲルは律儀に答えた。

「カヲルさん、止めてよ！どうしてこんな事しなきゃいけないの！？」

カヲルはその問いには答えず、悲しそうな顔でヘブンズドアへ向かった。

「最終安全装置、解除！ヘブンズドアが開いていきます！！」

日向の絶叫が、発令所に絶望感をもたらす。

いよいよ自爆か、そう皆が思った時、新たなＡＴフィールドが一瞬だけ観測された。

パネルには、これまた一瞬だけ『２ｎｄ　ＡＮＧＥＬ』と表示されている。

それを確認した冬月は、発令所全体に聞こえる大きな声で指示を出した。

「作業を続けろ！子供達はまだ戦っているのだ、諦めるには早すぎるぞ！」

冬月のその言葉で活気が戻った一同は、もしもの為の準備を着々と進めた。

カヲルは、磔にされた白い巨人の前に浮いていた。

「我等の母たる存在、アダム。本当に、アダムより生まれしモノは、アダムに還らなければならないの？ヒトを滅ぼしてまで…」

悲しげな目で巨人を見詰めるカヲル。

ふと、その眉がしかめられた。

「違う…これはリリス！？そう…そういうことなのね、リリン…」

カヲルが呟くと同時に、小さな人影が巨大な十字架の上にふわりと降り立った。

しばし見詰め合う、二対の真紅の瞳。

「あのヒトは死なせない…私の中の何かがそう言っているわ…」

十字架の上に立つ、蒼銀の髪の少女が呟く。

「私も、彼女を死なせたくないわ」

カヲルがそう答える。

カヲルの言葉に頷き、少女がその場を離れていく。

そして、ついに初号機が飛び込んできた。

初号機に向き直ったカヲルを、初号機の右手が掴む。

「どうしてなの…カヲルさん……」

泣きそうな声で呟くユウリ。

「それが、私の運命だからよ。結果、ヒトが滅びてもね」

そう言って、ユウリに笑顔を向けるカヲルは更に言葉を紡ぐ。

「でも、このまま死ぬ事も出来るの。生と死は等価値なのよ、私にとってはね」

「何を…何を言ってるの？カヲルさん…」

「滅びを免れ、未来を与えられる種は一つしかない。そして、あなたは死すべき存在じゃないわ。だから、私を消して頂戴。でないと、あなたが消えてしまうから」

「そんなの…そんなのってないよ！せっかく知り合えたのに、どうして！」

ユウリは、泣いていた。

「ユウリさん…あなた、生きたいんでしょう？みんなと一緒に、未来を掴むんでしょう？だったら、私を消して…」

「カヲルさん……」

「ありがとう、あなたに会えて嬉しかった。やっぱり私は、あなたに会う為に生まれてきたのね…。さあ、やって！」

長い長い沈黙の後、初号機の右手にほんの僅か力が込められる。

とてつもなく嫌な感触をユウリの右手に残し、カヲルの肉体は滅んだ。

「うわぁぁぁぁぁーーーーーーーーー！！！！！」

ユウリの絶叫が、静かな空間に響き渡った。

観測機器が回復した後、エヴァにパイロットが搭乗していない事を確認したミサトは、霧島保安部長以下十数名と共にドグマへと向かう。

ヘブンズドアをくぐったミサト達が見たものは、カヲルの亡骸を抱えて座り込み、小さな声ですすり泣くユウリの姿だった。

そしてその後ろには、拳を握り締めて仁王立ちし、天を仰ぐトウジの姿もある。

その光景は、大人達の心に深く突き刺さった。

＜後書き＞

最後の使徒との戦いが終了しました。

カヲルの扱いについては書き始めた当初から決定していたのですが、やっぱりイヤな展開ですね。

あと、セリフがそのまんまの部分がありますが、どうか勘弁して下さい。

ちなみに、カヲルもレイと同じ体ですが、これは『天使には性別が無い』からです。

厳密には『どちらでもある』のではなく、『どちらでもない』のですが。

次回は、最終決戦となります。

それでは、次回も広い心でお読み下さい。

カヲルさん、死んでしまいましたね。
ユウリ・・・立ち直れるんでしょうか。
次回、最終決戦・・・やっぱりウナゲリオン達がくるんでしょうか。
トウジがなんとなく活躍してくれそう・・・アスカ、そろそろ起きないと
出番がなくなっちゃうぞぉ。

さて、読まれた人は Ｔ．Ｈ さんに感想と一緒に気力を送って、執筆活動を
がんばってもらいましょー♪