悪魔に等しい存在　−第２話「見知らぬ存在」−

　「エヴァンゲリオン初号機、発進！！」



　この時、有り得ない事態に騒然としていた発令所の人間は誰一人重要なことに気付かなかった。

　固定台ごと地上に姿を現した初号機。



　「いいわね、シンジ君」



　『・・・・・・・・・』



　「最終安全装置解除、エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ！」



　構わず指示が出され、初号機の身体を固定していた輸送台兼拘束具が解除される。



　「シンジ君、今は歩くことだけ考えて」



　『・・・・・・・・・・・』



　「シンジ君！」



　返事はない。



　「せ、先輩」



オペレーターの１人が小声でリツコを呼ぶ。



　「これ」



　示すデータを覗きこむ。



　「「・・・」」



　「どうしたの」



　苛立つ作戦部長が尋ねる。



　「寝てるわ」



　「へ？」



　「彼寝てるのよ」



　視線が集まる。

　モニターの中の少年は俯き気味で目を閉じている。



　「シンジ君、シンジ君！」



　作戦部長が大声で呼びかけるが、軽く眉を寄せた以外反応はない。



　「リツコ、電気ショックあったわよね、緊急時用に。最低でやって！」



　とんでもないことを言う女だ。



　「無理よ」



　「なんでよ！」



　「プラグスーツ着てないのよ。出来ないわ」



　冷静な説明にマイクに向かって大声で怒鳴り出す。至って原始的な方法しか思いつかなかったのだろう。



　「LCLの濃度を上げろ」



　声が降る。黙っていられなくなったのだろうか。



　「はやくしろ」



　「はい」



　司令の命令に取りかかろうとした時



　『何をする気だ？』



　声が尋ねる。視線を向けると、眠っていた少年が目を開け、モニター越しに真っ直ぐに視線を向けていた。



　「起きたのね！」



　怒鳴っていた女性が嬉しそうに反応する。



　『何をする気だった？なぜ危害を加えようとした？』



　その目は異様な輝きを持ち答えを要求していた。



　「寝てるから起こそうとしたのよ」



　怒鳴っていた女性があっさりと答える。



　『なぜ？座っているだけでいいのだろう？先程“父親”とやらが言っていた。僕はこの通り座っている。眠って何が悪い？』



　女性が次の言葉を言う前に少年が口を開く。その言葉の意外さと、事実を淡々と述べる調子に思考がとまる。

　この異常な事態に落ち着いている少年の様子にリツコさえものまれている。



　「いいわけないでしょ！さっさと歩きなさい！」



　のまれず激高した女性が怒鳴る。



　『契約内容にない。今回これに乗ること。それが契約。僕は今乗っている。契約にないことをする気はない』



　「そのまま立ってるだけじゃ人類が滅びるのよ！」



　『だから？』



　「あなたも死ぬのよ！さっさと言う通りにしなさい！」



　『僕は死なない。だから契約に無い事をする必要はない』



　淡々と答える。本心にしか聞こえないのが恐ろしい。



　「シンジ、使徒を倒せ」



　『それは命令か？』



　司令の言葉に質問が返る。



　「使徒を倒すまでを契約としてくれないかね」



　副指令が司令を遮る。



　『契約の変更は認めないところだが、今回は特別だ。“最後の親孝行”だからな。だが、次は無い。これ以上契約に無いことは要求するな。いいか？』



　「いいだろう」



　『先生の契約書にサインしろ。お前の後ろにいる。サインしたら契約成立だ。』



　司令と副指令が振り返る。そこには先程少女を治した怪人物が立っていた。怪人物は司令に近づき机の上に契約の書かれた羊皮紙を置く。



　≪サインを≫



　羽ペンを差し出し署名する場所を示す。



　『はやくしろ。しなければ何もしない』



　少年の催促にペンを取り署名する。

　署名が終わると羊皮紙とペンをとり怪人物は影に溶けるように消えた。



　『契約成立』



　見えていないはずなのに少年が言う。



　「さっさと歩きなさい！」



　弾かれたように指示を出す。



　『行け。あの子を倒せ』



　だが少年はそれだけ言うと再び目を閉じる。



　「シンジ君！！」



　「しょ、初号機使徒に向って行きます！」



　オペレーターが大声を出す。

　モニターの中、初号機は使徒に向かって走り、蹴り上げ、手刀を浴びせる。オレンジ色の壁が出現するが初号機は構わず詰め寄る。



　「ATフィールド・・中和、いえ、侵食している・・」



　リツコの呟きは誰の耳にも入っていない。

リツコはパイロットの状態を表示するモニターを一瞥するが、少年からはα波が出ている。やはり眠っている。

　視線を初号機に戻す。

　画面の中、初号機は使徒の両腕をねじ切り、さらに攻撃を加えている。

使徒は突然身体を丸め初号機に取り付く。



　「まさか、自爆する気！？」



　直後、初号機は火球に飲みこまれる。



　「あれがEVAの本当の姿」



　火の中を何事も無いように歩いてくる初号機の姿にリツコと女性が息を飲む。



　『良い子だ。ありがとう』



　慈しむような声に現実に引き戻される一同。

　声の主は初めて見せる穏やかな微笑を浮かべていた。



　『契約終了。戻るまで寝てますよ』



　さっきの声も表情も見間違いかと思うような事務的な調子で言うと、出された輸送台の上に立ち目を閉じる。

　ケージに戻される初号機

　プラグが抜かれ少年が出てくる。ちゃんと起きたらしい。



　「何か御用ですか？赤木さん。と、なにやら喚いていた方」



　歩いてきた２人の女性に尋ねる。



　「喚いてたですって！あたしは葛城ミサトよ！」



　「そうですか。僕は碇シンジです。それで？」



　名乗られたから名乗り返しただけ。頭を下げもしなかった。



　「シンジ君、一緒に来てちょうだい」



　リツコは冷静だ。



　「なぜです？」



　「検査よ。異常があったら困るでしょう」



　「いりませんよ。なんともありませんから」



　「わからないでしょう。感じないだけかもしれないから検査するのよ。」



　「グダグダ言わずに言われた通りにしなさい」



　脇にいたミサトが苛立ったように言う。



　「お断りします。必要ありませんから」



　「どういうことかしら？」



　≪異常などわしが治すからの≫



　シンジの影が再び盛り上がり人形をつくる。

　リツコとミサトはあとずさるがシンジは全く動じない。



　「何者なの」



　リツコが尋ねる。

　こんな事態でなかなか勇気がある。



　≪名を尋ねる時は己が名乗るものではないのかの≫



　目深に被ったフードで顎しか見えないが、リツコに顔を向け言う。



　「そうね。わたしは赤木リツコ。あなたは何者かしら」



　≪わしはリーガ・グノース。グノースと呼ぶがよい≫



　声は老人のものに聞こえる。



　「先生、親孝行は終わりました。彼等はもう何の関係もありません」



　シンジが話し掛ける。



　≪そうか。では祝いをやろう≫



　言い終わるとグノースの横に大きな白い犬が現れる。



　「いいんですか？」



　≪契約するがよい≫



　ナイフを差し出す。

　シンジはナイフを受け取ると左の掌を切り、犬の鼻先に差し出す。すると犬はその血を舐めだす。舐め終わった時、傷はなくなっていた。



　「シャワーかなにか浴びれますか？」



　呆然と見ていたリツコに声を掛ける。



　「先生はどうしますか？」



　≪先程治した子の様子を見たいの。共に来なさい≫



　「わかりました。少し待ってて下さい。」



　了解をとるとリツコに聞いた更衣室へ向かう。当然のように犬もついて行った。



　「あなたは何者なの？」



　リツコが口を開く。



　≪わしはグノースじゃ。名乗ったろう≫



　「そんな事を聞いてるんじゃないわ。あの犬はどこから出て来たのよ。」



　≪犬？あれは狼のつもりなんじゃがの。何を聞きたいんじゃ≫



　「突然あらわれたりレイの怪我を治したり、なにをしたのよ！」



　科学者としては不可解な出来事の連発にパニックを起こしかけているのだろう。それともヒステリーであろうか



　≪わしは、いわゆる魔法使いかの。この姿も影をうつしとるだけじゃ。影をうつすだけならどこでも出来るでの≫



　「魔法？そんなものあるわけないでしょ！」



　ミサトが怒鳴る。



　≪そう思うのは構わん。だがわしは使える。理解しろなどとは言わんから安心せい≫



　「シンジ君とどういう関係なの」



　リツコが尋ねる。



　≪あの子はわしの弟子よ≫



　「シンジ君も魔法を使えるとでもいうの！」



　先程から交互に口を開く。

　打ち合わせでもしていたのだろうか？



　≪己で判断すればよかろう。信じられんのなら尋ねるな。来たか≫



　顔を向けた先にはシンジと狼がいた。



　「遅くなりました」



　≪行こうかの≫



　「はい」



　言葉を信じるならグノースの影はふわふわと動き出す。



　「どこへ行くの！」



　「先生が治した子の所です。」



　シンジが答える。



　「レイは検査があるから今日は駄目よ。」



　「先生が治したのに何を検査するんです？」



　リツコの言葉に不思議そうに問い返す。



　「検査しないとわからないでしょう。今日はもう面会出来ないわ。」



　≪なら明日にしようかの≫



　「わかりました。今日どこか泊まれる所はありますか？ないのなら野宿でもしますけど」



　「手配するわ。」

　シンジを部屋へ案内するとリツコはその足で司令室へ向かった。

　記録されたケージでの様子とグノースとのやりとりを見せる。

　シンジがあんな妖しげな人物の弟子だと言うことやその人物になついていること、父親に関心を持っていないことは彼等の計画にはなかったことだ。

　一晩は留めることに成功したがその後が問題である。

　だが魔法使いなどとても認められない。ではあれは何者なのかで行き詰まる。

　彼等はそのまま相談を重ねる。なんの答えも見出せないまま。

シンジのあてがわれた部屋



「愚かだな」

姿を消し、闇の中から現れた狼の頭を撫でながら呟く。



「だが、計画？わたしを勝手に役者にしていたのか・・・機械は専門外だな」



撫でられたまま狼がシンジの顔を舐める。

「そうだな。電子妖精でもつくるか」

ネルフに見せたのとは別物の柔和な笑顔

「眠る。なにかあったら起こしてくれ」

もう一度頭を撫でると伏せる狼の腹を枕にして眠りについた。







舞台の幕は上がったばかり

　　　　　　　　　　　　次なる舞台は誰の手の中　どこへいく

　　　　　　　　　　　　　　すべては脚本家の手の中か？

　　ミサトさん、自己紹介はしました！（ほんとか？）

　　リツコさん切れちゃってるし。科学者は冷静でなくちゃね。

　シンジ君の影が薄くなってしまったような・・・最後で挽回出来てましたかね？

　次回はレイ嬢の登場です！

パイロットが寝ててもサキエルに勝つ初号機（笑）
…これって初めてかもしれませんね。

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