「本日12時30分。
東海地方を中心とした関東、中部全域に特別非常事態宣言が発令されました｡
住民の方々は、速やかに指定のシェルターに非難してください。
繰り返しお伝えします・・・」
ここ、第三新東京市内で交通の要となっているモノレールの案内には、全て「前線運転中止」と表示されている｡
走る車もなく・・・いや、旧市街ではあるが、青い車が一台、かなりのスピードを出して走っていた｡
「遅刻〜っ! 遅刻遅刻ぅ！」
サードチルドレンのお迎え。 よもやこんな日に使徒が来なくったっていいのに！
青いルノーの限界性能を無理矢理引きずりだして葛城ミサトは集合場所であるモノレール駅を目指していた。
「もし間に合わなかったら・・・また減俸？
それともリツコの部屋で人体実験？？
そんなの、いゃあぁ〜っ！」
半泣きの葛城ミサトに明日はあるのか？
「特別非常事態宣言発令の為、現在全ての通常回線は普通となっています。繰り返します・・・」
ガチャ
「はあ、だめだ・・・電話も通じないし・・・」
そのころ、モノレール駅の公衆電話で電話をかけている一人の少年がいた。
14歳ぐらいの少年。顔立ちは整っているが、少々気弱さがめだつ。
ある種の小動物的な雰囲気を持っていた。
「歩くしかないかなぁ・・・」
などとのん気していると、ドーン！という物騒な爆音が聞こえてきた。
「しかたない、シェルターに行くしかないのかなぁ・・・」
自分の荷物を持ち直し、近くのシェルターはどこかな、と駅の案内を見ようとする少年｡
と、そのとき、急速に破壊音と重々しい、何かを踏み潰す音が近づいてきた｡
「な・・」
彼が何が起きたかを確認するために駅を出ようとした矢先、制御を離れた流れミサイルがよろよろと近づいてきた。
「あぶなぁ〜い！！ 逃げてぇ〜！」
女性の声が聞こえたと同時に
ド〜ン！！！！！
モノレール駅は崩れ、少年の姿は見えなくなった。
＊
モニターには、異形の人型と、それを攻撃する戦闘ヘリが写っていた｡
人型は、戦闘ヘリと比べるとかなり大きい。
「正体不明の移動物体は、以前本所に向けて進行中！」
「目標を映像で確認！主モニターに回します！」
刻一刻と変わる戦況 − 大部分は戦闘機や戦闘ヘリの撃墜と人型の進行であったが − が報告される｡
そのオペレーター達が座る席より、かなり上の発令塔に2人の人物が戦況を見守っていた｡
「15年ぶりだね」「ああ、間違いない」
現在は国連軍が戦闘指揮権を持っているので碇ゲンドウ指令と冬月コウゾウ副指令は文字通り、見守っているだけだ｡
「使徒だ」
＊
「・・・え〜っと、わたしは碇シンジ君を迎えに来たんだけど・・・・」
とほほ〜・・と、ミサトは５人に対して説明した｡
「ボクが碇シンジですけど」
と、シンジは答える。
「でも、私もここであなたが迎えに来るって。
ほら、アナタの写真」
「父さんからの紹介状。」
残りの4人達は、それぞれミサトの写っている写真（胸元に注目！のヤツ）と紹介状（「来い」のヤツ）がカバンから取り出した。
「え〜っと、と、とりあえず全員乗って！
ちょ〜っときついけどがまんしなさい！」
ミサトは、いつ使徒が来るかも知れない現場を離れることを優先させた。
助手席２人、後部座席に３人を詰め込み、ミサトの愛車、ルノーは発車した。
＊
司令塔のゲンドウと冬月の後方、更に高い位置で3人の国連軍軍人 − やたら胸の勲章は重そうだ − が顔を真っ赤にして指揮をとっている｡
彼らのこめかみに浮かぶ太い青筋が「現状」を明確に示していた。
「目標、依然健在！」「航空隊戦力では足止めできません！」
オペレーター達の報告に、こめかみに浮かぶ血管がさらに太くなる三人。
鉛筆をへし折りながら怒鳴りつける。
「総力戦だ！厚木と入間も、全部上げろ！」
「出し惜しみ無しだ！なんとしてでも目標をつぶせぇ！！」
戦車、戦闘機による機銃、砲撃 効果を見れず。
戦闘ヘリの大型ミサイル 効果を見れず。
全て直撃にもかかわらず、人型 − 使徒 − はダメージを受けた様子はない｡
「なぜだ・・・直撃のはずだ・・・」
顔を真っ赤に、または真っ青にしている連中を他所に、ゲンドウと冬月は至極当然、という表情でメインモニターを見ていた｡
「やはり、ＡＴフィールドか」
「ああ、使徒に対し通常兵器では役に立たん」
「税金の無駄遣いだな・・・」
冬月がため息をつくと、ゲンドウは両手を組み、口元を隠す得意のポーズをとる｡
「意地か・・・面子か・・・どちらにしても迷惑な事だ」
＊
「ちょっと〜、話が違うじゃない！」
ミサトは、携帯端末でネルフ本部に状況を報告した。
「碇シンジ君はいたけど、他にも4人も紹介状持っている子達がいたわよ！ そう、全部女の子！
碇指令の隠し子じゃないでしょうねぇ？」
電話の向こうからは女性の声で「はあ？ ５人？」とか聞こえてくる｡
助手席にはシンジと、もう一人が窮屈そうに座っている｡
シンジよりすこし長髪のショートカット。
「ご、ごめん」
「うん。 仕方ないよ♪」
にっこりと笑う女の子に、シンジは「ボクもこんな風に笑えたらなぁ」などと考えていた。
「あ、ボクはシンジ」
「うん。さっき聞いていたけど・・・僕と同じ名前だね？」
「え？」
「でも、呼ぶときは『ユイちゃん』って呼んでもらいたいな♪」
「はい？」
え〜っと、本名はシンジ、で呼んでもらいたい名前がユイ？？？
「え〜っということは・・・こんな可愛いのに男・・・ノグォ！」
ドン！と掌底がシンジの頬に突き刺さる。
口調と行動、おまけに威力がまったくつりあっていない。
もう一方の左コブシが「かわゆく」口元に当てられているのもポイントである。
「いやん。 シンちゃんたら可愛いだなんて♪」
「「「「「えぇ？」」」」」
ユイを除く、５人 − 当然ミサトもだ − はユイの顔をもう一度見直した｡
「もしもし、ちょっと聞こえているの？ ミサト？！」
「・・・ごめん、女の子は３人、男の子はシンジ君含めて２人だったわ・・・」
ミサトは電話に向かって、ぼ〜ぜんとしながら訂正した｡
＊
「つ、ついでだから、みんな自己紹介してくれない？」
ミサトは、バックミラーで後部座席の３人を見ながら言った｡
「わたしは碇ユウリ。 ところで葛城一尉」
３人の内の一人、やや茶パツでキリッとした顔立ちの女の子、ユウリはミサトに言った｡
「かったいわねぇ・・・ミサト、で良いわよ。 なになに？」
「はあ・・・ではミサトさん。
自己紹介している余裕、なさそうです」
「はい？」
「ほら、向こうの戦闘機や戦闘ヘリが一斉に散開しました。
たぶんこれは・・・」
「げ、まさか・・・」
「・・・Ｎ２地雷使用時のフォーメーションか・・と」
「ってぇええぃっ！ リミッター解除ぉっ！」
なにやら怪しげな装置（緊急時のみ使用／リツコ）をスイッチし、ミサトは真っ青になって更にアクセルを踏み込んだ｡
＊
巨大な閃光が立ち昇る。
と同時にすさまじい衝撃が走った｡
ミサトは、なんとか遮蔽物になりそうな壁の向こうに車を避難させるのに成功した｡
「危機一髪・・・ありがと、ユウリちゃん
早く気づいてくれて助かったわ
でも、ユウリちゃんって軍事関係詳しいんだ？」
ミサトの感謝の言葉に、少し顔を赤らめたユウリは自己紹介代わり、と説明した｡
「はい
私は孤児院で育って・・・そこで、施設の出資者である東郷さんに色々習ったんです
『前兆、予兆見逃すべからず』基本にして極意、と習いました」
『東郷って、あの戦自の『軍神』の事？
でも、あのヒヒジジイが孤児院経営してるなんて聞いたことがないわよ？』
ミサトは疑問には思ったが、あえて口には出さなかった。
『我が道を猪突猛進』と謳われたミサトにしては懸命な判断といえる。
＊
「「「やった！」」」
「残念だが、君たちの出番はなかったようだねぇ？」
Ｎ２地雷の効果を疑わない３人。
人前でなかったらゲンドウ達に向かって『おしりペンペン』くらいやっていたかもしれない。
「映像、回復します！」
しかし、メインモニターに映る映像は彼らの予想、いや期待を大きく外れるものだった｡
サブモニターに映し出されているエネルギー分布図もソレを肯定、いや否定している｡
「我々の切り札が・・・」「化け物め・・」
− 使徒、健在 −
＊
ミサトたちはカートレイン − 車を乗せ、直接目的地まで直行できる電車 − に乗っていた｡
「そっか、カスミちゃんもお父さんが苦手なんだ？」
ミサトが苦笑しながら質問すると、後部座席真中に座るセーラー服の女の子 − 碇カスミ − は少し涙目気味で答えた｡
「だって・・・１０年ぶりに会うですよ？
しかも手紙がこれじゃあ・・・」
例の「来い」のみが書いてある手紙を思い出すと、うんうん、とシンジ達４人は頷く。
いや、ユイは別意見みたいである｡
「そお？ お父さんってかわいいと思うけど♪」
『ユイちゃん、あの髭がかわいいって・・・価値観って色々あるのねぇ・・・』
口には出さず、感心するミサト達であった。
＊
メインモニターにアップで映し出される使徒。
さすがにＮ２地雷によりダメージを受けたのか、進行は停止している｡
「自己再生中、か・・・」
「ああ、そうでなければ単独兵器としては役に立たんよ？」
呆然とする国連軍の将軍達を尻目に、一見のんびりと会話する冬月とゲンドウ。
フッとメインモニターにノイズが走り、使徒の映像がかき消される｡
「破壊された・・・なにか光線のようなものかね？」
「ああ、どうやらＵＮ軍の攻撃で機能増幅したようだな」
余計な事を・・・という態度を隠そうともせず、冬月とゲンドウは言った｡
「再度進行は・・・時間の問題か・・・」
＊
「特務機関ネルフ・・・ですか？」
「そうよ、シンリちゃん」
白い長袖の服とキュロットスカートが良く似合う少女 − 碇シンリ − は、回ってきたネルフのパンフレットを見ながら言った｡
「お父さんの働いている職場・・・ですよね。
ボクも苦手・・・人類を守る大事な仕事って言っていたけど・・・」
今はひざの上に置いている大き目の帽子をギュッと握り締めている｡
「そ、そうだよ。
10年も会っていなければ・・・他人と同じ・・じゃないかな・・・」
「そうだよね〜、ちょ〜っとひどいよね♪」
「そ、そうですよね」
「養育権の放棄じゃないかしら？」
喧喧諤諤
最初は口数が少なく、車内の雰囲気が暗かったのだがさすがに「同じように呼ばれた」仲なのだろうか？
かなりうち溶け合ってきている｡
ちなみに、一番明るいのがユイ。
次にユウリ、シンリ。
シンジはやや暗く、ほぼ同着ながら涙もろいカスミは最下位、というところか。
「ふふ、この子達相手じゃ、碇指令も大変だわ・・・ほら、みんな外を見てみて？」
ミサトが窓の外を見てみるよう、注意する｡
眼下に広がるのは地下の巨大な空間に作られたジオフロントとネルフ本部。
「すごい・・・」「ひっろ〜い！！」「本当にジオフロントだ・・・」
「そう、これがあたし達の基地、ネルフ本部」
夕日に染まるジオフロントとネルフ本部を見ながら誇らしげに紹介するミサト。
「世界再建の要、人類の砦となるところよ・・・」
＊
発令塔では権限の引渡しが行われていた｡
「い、今から本作戦の指揮権は君に移った」
ＵＮ軍の一人が実に悔しそうにゲンドウに権限引渡しを告げた。
「だ、だがね、君なら勝てるのかね？」
相手の意味のない嫌味 − いや恫喝だろうか − に対してまったく動じず、ゲンドウは答えた。
「そのためのネルフです」
ゆるぎない自信、堅固な平常心・・・
『ふむ、さすが碇というところか・・・しかし・・・』
冬月は現状を再確認すると、あまりいい状況ではない。
いや、「あまりいい状況ではない」などと言う言葉は、もっとよい状況で言う言葉だ・・・
「しかし、碇よ。 どうするつもりだ？」
「初号機を起動する」
「ふむ・・・しかし、パイロットが居ないぞ？」
「問題ない。 そろそろ予備が届くところだ」
いつのまにかＵＮ軍の軍人達は居なくなっていた｡
当然、ゲンドウたちはまったく気にしていなかった｡
＊
カートレインからおり、ネルフ本部に到着したミサト達。
「ミサトさん。 ボク、これから父さんに会うんですよね」
前を歩くミサトにシンジはこれからの事を聞く｡
「ま〜、そうね・・・」
「・・・何時頃、会えるんでしょうか？」
こくこく、とシンジ以外の4人もうなずいた｡
「確かここ、前も通ったような・・・」
「ひょっとして・・・私達迷子？」
とほほ〜、とカスミが涙目状態。
ちなみに、迷い込んだ場所が閉鎖区域なのか、ミサトの携帯端末にはアンテナ一本立っていない。
「ミサトさん、ここに非常連絡用の端末がありますが・・・」
しっかりもののユウリは「連絡しろ」といわんばかりに端末が設置されている壁を指差す。
「たはは・・・あんがと、ね。」
ミサトは、ぴっぽっぱ、と内線番号を打ち込みリツコを呼び出した。
＊
『赤木博士、サードチルドレンはまだか？』
ゲンドウからの問い合わせに赤木リツコは戸惑っていた｡
「葛城一尉からの連絡はありません。
いえ、３０分ほど前に一回あったのですが・・・
なんだか、シンジ君が５人いる、とか隠し子とか・・・
いえ、一人しかいないのは知っています・・・
別に疑っていません！
・・・はい、後で葛城一尉に確認しておきます｡
はい？ ですから疑っては・・・もしもし？」
ガチャ！
女性の長電話、というが、リツコは通常、電話は短い。
用件のみを言って、さっさと切ってしまうからだ｡
それを知っている技術局一課の職員達は珍しいものを見た、という表情でリツコを見ていた｡
特にリツコの片腕、とも称されており、後輩であり、シンパであり、一説によると夜のお供でもあると言われる伊吹マヤなどはかなり剣呑な目つきでリツコを見ていた｡
「まったく・・・ミサトってばどこに行ったのかしら。
なんでいっつもいつも私がミサトの尻ぬぐいを・・・」
にゃにゃにゃ〜ん！！
リツコの携帯端末の着メロが流れる｡
「はい・・・ あんた、また迷ったの？」
＊
ミサト達一行がリツコに指示されたエレベータ前に着くと、そのエレベータのドアが開いた｡
「あ、リツコ・・・ごみん！」
中から出てきたのはクールビューティー。髪は金髪眉毛は黒毛のリツコである。
「何やっていたの？葛城一尉・・・人手も時間も足りない・・・」
この男の子はいい。
たぶん彼がサードチルドレン。
マルドゥックの報告書にあった３人目の適格者・・・
前に見た資料と比べても間違いない。
「ミサト、このサードチルドレン以外のお嬢さん方は？」
「だ〜からさっき言ったじゃない｡
待ち合わせ場所にシンジ君と一緒にいた子供達よ。
ご丁寧にみ〜んな碇指令の手紙とパスを持っていたわ」
「『こんな』手紙で呼び出されてこの扱い、ですか・・・」
「あ、ひっど〜、「これ」扱いされるワケ？ 僕たち」
「なんか急いでいるようですし・・・後にしません？
悪気はないようですし・・・」
例の手紙をぷらぷらさせるユウリとほおをぷくぅ、とさせるユイをなだめるシンリ。
ちなみにカスミは無言で涙目状態。
「え〜っと・・・ボクが碇シンジです・・・けど・・・？」
女性同士（実際にはユイは男性だが）険悪な状態、特にユイを睨むリツコの目は険しい。
これを解消すべく、シンジは自己紹介を行った｡
・・・途中、彼女らの眼圧に負けなかったらもっとかっこよかったのだが｡
＊
「目標、再び動き出しました！」
オペレーターの報告を聞いたためか、ゲンドウはスッと席を立つ。
「よし。 総員、第一種戦闘配置！ 冬月？」
「うむ、到着したそうだ｡ おまえの息子が、今」
「ふっ、あれはサードチルドレンだよ、冬月」
やれやれ・・・と声には出さず、ゲンドウと冬月は小型昇降機にのり、ケイジへ向かった。
＊
『繰り返す！ 総員、第一種戦闘配置！ 対地迎撃戦容易！』
非常アナウンスが全館に響く｡
「・・・ですって」
「ちっ、もう・・・急がないと！」
リツコは自分の責務を思い出したのか、ミサト達を案内すべく歩き始めた。
＊
「で、初号機はどうなの？」
「B型装備で現在冷却中」
かなりの長さのエスカレーターを降りながら、ミサトは現状を確認中。
「でも本当に動くの？」
「『動きませんでした』じゃすまないしね・・・まあ、確率は０じゃないわ」
妙に緊張感のない会話にお子様達はちょっと不安げ。
・敵らしきものが近づいてくる
・現状からして「動く」とは兵器のよう
・確率が０じゃない・・・って事は０に極めて近い？
「大丈夫なの？」
「兵器ってのは確実性が大事なんですけどねぇ・・・」
「父さんがなんとかしてくれるって♪」
「・・・だから心配なんだけどなぁ、ボクは」
「・・・（涙）」
こうしてミサト達一行は、恐怖を紛らわせる為か、はたまた退屈だったのか、しゃべり通しでなんとか無事、目的地にたどり着いた｡
＊
カッ！
案内されたケイジ内は真っ暗だった｡
急にライトがつくと、そこには巨大な鬼のような顔が水面から出ていた｡
「か、顔？・・・ロボット？」
シンジはかなり腰が引けた状態でミサトとリツコを見た。
リツコは待ってました、とばかりに説明を始める｡
「これが人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器！
人造人間エヴァンゲリオン初号機よ！！」
ジーン・・・
自分に酔っているのか、いつまでも動かないリツコの代わりにミサトが説明を引き継ぐ｡
「開発は極秘裏に行われたわ
我々人類の最後の切り札よ」
「これが・・・父の仕事ですか？」
どうも、この鬼のような物騒な顔と『人類を守る』とがイコールで結ばれないシンジ達。
「そうだ」
低く、相手を攻撃するような声がケイジ内に響いた｡
＊
「・・・久しぶりだな」
「父さん・・・」
一瞬、目を合わせたがすさまじい威圧感からすぐにその目を反らせてしまうシンジ。
その様子に満足したのか、ニヤりとしながら次の指示を出す｡
「出撃」
そこには肉親間の思いやりなどは一片の存在しなかった｡
なにか思うところはあるようだが、後ろに立つ冬月は何も言わない。
「・・・初号機を動かすの？」
「零号機は凍結中
他に方法はないわ」
「パイロットはどうするのよ？」
ミサトの質問に対して、ちろり、とシンジを見るリツコ。
「・・・さっき届いたわ」
「ボ・ボクが乗るんですか・・・こんなロボットで、ボクが戦うんですか？！」
「そうだ」
間髪いれず答えるゲンドウ。
「い、いやだよ！ そんな・・・できるわけないよ！」
叫ぶシンジを囲うようにミサトとリツコが『説得』する。
「座ってればいいわ。 それ以上は望みません」
「アナタにしか乗れないの・・・逃げちゃだめ、シンジ君」
ゲンドウがとどめを刺すように口調を強める｡
「乗るなら早くしろ・・・でなければ帰れ！」
＊
「父さん、本気で言っているの？」
いつになく険しい顔でシンジをかばうユイ。
「これは明らかに脅迫よ。
聞く必要ないわ。 シンジ君！」
ユウリがミサトの視線を遮るように立つ｡
「いくらなんでも！」「ひどいです！」
シンリとカスミはリツコの前に立つ｡
シンジが気づくと、４人の少年・少女達がシンジをかばうように
ズイ、と前に出ていた｡
「み、みんな・・・」
「な、なによ、あなた達！
警備はなにやっているの！」
リツコの警備員を呼ぶ声に、ケイジ内に緊張感が走る。
「シンジ君」
この場を治めるかのように、ゲンドウの後ろから冬月が呼びかける｡
「乗る気はないのだね？」
「い・・・いやです！」
「碇、これは無理だな」
冬月がやれやれ、と断言する｡
チッ、と舌を打ち、ゲンドウは医療室に連絡する｡
「ああ、私だ。
予備が使えなくなった。 レイを起こしてくれ」
携帯端末の向こうから『無茶です』という言葉が聞こえてきたのを無視して電源を切る｡
遠くから、ドーンという音が聞こえ始める｡
「奴め、ここに気づいたか」
＊
カラカラカラ・・・
ケイジに、医療ベッドが運び込まれる｡
ベッドには、白いボディコンシャスな服 − プラグスーツ − を着た少女が寝ていた｡
点滴を打たれ、包帯だらけ。
特に右腕はひどく、右目は眼帯で覆われている｡
「使えるかね？」
「死んでいるわけではない」
ベッドがエヴァ初号機の前に止まる｡
ゼイ・・・ゼイ・・・
息を荒くしながら身を起こすファーストチルドレン − 綾波レイ −
「父さん！
こ、こんなひどい怪我人を・・・」
「レイ、予備が使えなくなった」
シンジの批難の声を無視してレイに命令するゲンドウ。
「もう一度だ」
「は・・・はい・・・」
苦しげな息遣いではあるが、了解するレイ｡
ドーン！
先ほどよりかなり大きい破壊音。
ジオフロントの構造体にも被害が出たようである。
ケイジ内もかなりゆれ、なにより上から破片が落っこちてくる！
ガイン！
シンジ達の頭上を襲った破片を弾き、防いだのは・・・
紫色の巨人の右腕だった。
＊
「エヴァが・・・動いた？」
「まさか！ ありえないわ！！
エントリープラグも装入していないのよ！」
呆然としているミサトに反論するリツコ。
それは自分の持つ知識に必死にすがりつく幼児のようにも見えた。
「守ってくれた・・・の・・・？」
シンジがエヴァ初号機を見上げながらつぶやいた｡
「ボクも感じた・・・紫の巨人は・・・私たちを助けてくれた・・・」
シンリは弱い口調ではあるが、はっきりと感じていた｡
『そう、感じた｡
彼・・・いや、彼女？ ボクは・・・彼女を知っている。
そして彼女はボクやシンジ君達を救った・・・誰？
だめ、今はもう感じない・・・・』
あんな鬼みたいな巨人が「彼女」？
自分の感じた事に思わず苦笑してしまうシンリだった。
＊
「あなた、大丈夫？」
ユウリ、カスミ、ユイはレイのうずくまるベッドに急いだ｡
エヴァ初号機の思わぬ防護により破片につぶされはしなかったが、もともとが重体なのだ｡
「血が出てるよぉ・・・ 無理だよぉ！」
起き上がろうとしているレイを止めよとしたカスミは、自分の手に血がついていることに気づいた。
「レイさん、だったわね。 大丈夫・・・なわけないか。 ともかく安静にさせないと・・・」
カスミを手伝ってレイを寝かせるユウリ。
ユイはにっこり、とゲンドウ達を「睨んだ」。
「父さん？
可愛い人って思っていたけど・・・
こんな怪我人に無理させるなんて・・・
父さんは悪い人なのね♪」
表情を裏切る殺気にわずかながらも後退するゲンドウと冬月。
『む、ユイ？ ユイなのか？』
ゲンドウはわずかではあるが動揺を表情に表した｡
『ほ、ほお、これは珍しい・・・いやしかし、無理はないな。
ユイ君に生き写しだ｡』
冬月は珍しいものを見た、という表情で、しかし黙っている｡
「ユイ、というのか・・・今は緊急事態だ 下がってもらおう」
「でも父さん！」
「君を娘に持った覚えはない・・・警備員！」
ゲンドウの命により、先ほどの警備員達がまた近づいてきた｡
そのとき、
「乗ります」
と、シンジが言った｡
＊
− 逃げちゃダメだ −
「ボクが、」
− 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ −
「碇シンジが乗ります」
− 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ −
「だからみんなには手を出さないでください」
いつの間にか、みんながシンジを見ている｡
「ふん、いいだろう」
にやり、と口を歪めながらゲンドウは作業員達に指示を出した。
「エヴァ初号機発進用意
赤木博士、シンジにレクチャーを」
シンジの元にユイ、シンリ、カスミ、ユウリが集まる｡
「いいの？ シンジ君」
「怪我をしている綾波さんを連れてきたのも・・・」
「いいんだ」
− シンジにプレッシャーをかけるため −
続く言葉を遮って、シンジは薄く笑みを浮かべて言った｡
「父さんのためじゃない・・・赤木さんのためでも葛城さんのためでもない！」
尻上がりに強くなる口調を和らげて、一息つくシンジ。
「あの女の子・・・綾波さんを守るため・・・
なにより君達を守るため・・・行ってくるよ・・・」
作業員の喧騒が戻る。
気づくと、シンジはリツコのところにレクチャーを受けに行っていた｡
「か、かっこいいじゃない、シンちゃん♪・・・って、私たちも聞く〜！！」
ユイを先頭に、４人ともシンジについて行った。
＊
ケイジから水が抜かれ、エヴァ初号機の全体が見えてくる。
「右腕再固定完了！」
先ほど、勝手に動いた右腕も元の位置に戻されている。
「停止信号プラグ、排出完了」
発令塔に戻ったミサト達はエヴァ初号機の発進準備が整っていくのを見守る。
「エントリープラグの方はどう？」
＊
エントリープラグ内、学生服のまま操縦席に座るシンジ。
頭にはインターフェイスヘッドセットをつけている。
「大丈夫ですか？」
作業員が心配そうに尋ねる。
やはり、自分の半分も生きていない少年を戦わせる事に若干の罪悪感を持っているらしい。
「はい。 閉めてくださ・・・い？」
くて、と作業員が白目を向いて倒れてしまった。
「へへへ〜、シンちゃん♪」
ひょい、とユイが覗き込む。
ひょい、ひょい、ひょい、と残り3人も顔をだす。
「シンジ君にだけ良いカッコはさせられないよ」
「そうです・・・私たちも乗ります！」
4人は一斉にエントリープラグ内に飛び込んだ！
「い、いいのかなぁ？」
＊
「いいわけないでしょ！」
どアップのリツコ。
操縦者はエヴァと『シンクロ』して、自分の体を動かすのと同じようにエヴァを動かす。
「操縦者以外の思念が混ざればシンクロ率に影響するわ！
すぐに降りなさい！」
声を荒げるリツコを冬月が説得する。
「赤木博士、まずシンクロを行ってみてはどうだね？
それでだめだったら改めて降りてもらおう」
リツコはちらり、ゲンドウを見る。
「エントリープラグを装入したまえ」
「わ・・判りました。 エントリープラグ、装入」
エヴァに比べれば鉛筆のような細身のエントリープラグが、エヴァの首の位置に挿入される。
＊
「エントリープラグ、注水」
リツコの助手、マヤが指示を出すと、エントリープラグ内に赤っぽい液体が溜まってくる。
「わわっ、水がもれている〜」
最初に飛び込んだので、一番下にいるのはユイ。
「リ、リツコさん。 これは？」
「大丈夫、この液体 −L.C.L− は緩衝材としても働くし、
肺に直接酸素を送り込む事ができるわ
安心して」
『最初から言ってよ〜』
『なんか、血の匂いがするんですけど・・・』
『ぎぼぢわ゛る゛い゛』
「ガマンしなさい！ 男の子でしょ！！」
『男かどうかは関係あるかなぁ？』
『私たち、女の子だし・・・』
すでにL.C.Lに満たされており、声としては聞こえない。
しかし、ある程度明確な考えになると、それはL.C.Lを通してモニタされる。
＊
「第2次コンタクトに入ります」
マヤの報告を受け、発令塔に緊張が走る。
起動に失敗すれば、それは人類の滅亡に繋がりかねないのである。
「A10神経接続・・・異常なし！」
「初期コンタクト・・・全て問題なし！」
「シンクロ率・・・41.3%！」
「リツコ、いけるじゃない！」
ミサトに憮然とした表情ではあるが、うなづくリツコ。
『どうなっているの？
なんで5人も乗って、ハーモニクス誤差がこんなに低いの？』
「あ、ただ・・・」
「マヤ！、何か問題があるの！？」
なにか問題があるのを期待するようにマヤに掴みかかろうとするリツコ。
「いえ、5人乗るとさすがにL.C.Lの浄化が追いつかなくて・・・循環をフルにします」
「暴走・・・なし
いけそうね？」
とりあえず、使徒撃滅を最優先、と気持ちを切り替えたか、エヴァ初号機をアンビリカル・ブリッジに移動するよう、指示する。
「エヴァ初号機、射出口へ」
「道路クリア、オールグリーン！」
「発車準備、完了よ。 ミサト」
「了解！」
ミサトはゲンドウに向かって確認を取る。
「かまいません、ね？」
「もちろんだ」
ゲンドウは感情をまったく見せずに答える。
「使徒を倒さぬ限り、我々人類に未来はない」
ミサトはすう、と息を呑み、発進指示をだす。
「発進！」
＊
『ごめん、みんなを巻き込んじゃって・・・』
L.C.Lの中では言葉は通じない。
だが、シンジがみんなをすまなそうに見ると、みんなの思考が伝わってきた。
− 気にするな！ 兄弟！！ −
アイコンタクトと呼ぶにはあまりにも明確な意思交換。
発進時の強烈なＧに耐えながら、シンジは血のつながりよりも濃い仲間を得た喜びに浸っていた。
『ボク達は・・・勝つんだ。
そして・・・５人で生きのびるんだ！』
魅振三十郎です。
さて、初めての連作物です。
めざせ！ 完結！！(笑)
初めてのくせして、今回、ちょっと冒険しています。
登場人物紹介でも説明しますが、シンジ以外の４名は他の作品の「シンジ」です。
でも、この世界の「活躍」は、元の世界の「シンジ」に影響しないのでご安心を。
外伝ではなく、パラレルワールドと考えてもらえばいいのかな？
5人の「シンジ」達とレイやアスカを交えた、「チルドレン」はどのように使徒や
「大人」達と戦っていくのでしょうか。
私にもまだわっかりません(笑)
碇夫妻の子供が５人も集まるなんて。（＾＾）
東映マンガ祭りのヒーロー大集合みたいな雰囲気ですね。
今後の展開がどうなるか、とっても楽しみですね。
なんだか、シンちゃんも無条件に親近感を感じられる相手なこともあって
なんだか、「男の子」って感じがしますし。
さて、読まれた方は、魅振三十郎さんに感想と気力を送って、執筆活動を応援しましょー♪