時に２０１５年。
水中を進む黒い影。
それは人類の新たなる恐怖の始まりだった。

海岸線に並ぶ戦車隊。
その前方で、水飛沫があがった・・・。



「碇カスミの戦い」第壱話　使徒、襲来
　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ



『本日１２時３０分東海地方を中心とした関東中部全域に、特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。繰り返しお伝えします・・・・・・』
無人の駅のホームにアナウンスが流れる。

駅の改札を出たところにあるタバコ屋の公衆電話に、セーラー服の少女が１人。
「う〜んどうしよう。どこにも電話、繋がらないや」
少女は肩までのボブカット、毛先は少しカールしている。大人しい雰囲気ながら、顔立ちは十分美少女の称号を得るに相応しい。
少し小柄でスレンダーな体躯が、少女の持つ可憐さに磨きをかけている。
少女の名は、碇カスミ。

少女は諦めたようにポケットから紙の束を取り出した。
グラマーな女性が写った写真と、父親からの手紙である。
（葛城ミサトさんか・・・まさか、お父さんの恋人？）
思春期らしい想像をしながら、溜め息をひとつ。それはカスミの可憐な雰囲気によく似合い、色気までも演出していた。

ふと、視線を前に向けると、道路の向こう側に１人の少女が目に入った。
水色の髪、儚げな雰囲気。神秘的な趣のある少女であった。
鳥の羽ばたく音が聞こえ、そちらに気を取られたカスミは、水色の髪の少女から目を反らしてしまう。視線を戻すと、既にさっきの少女は消えていた。
「？」

突然、爆発音。
閉じられたままの店先のシャッターが悲鳴をあげ、街に張り巡らされた電線がゆれた。
何事かとカスミが爆発音のした方を見ると、そこには山間から１体の怪物が顔を覗かせたところだった。
全身が細身の巨人のようだが、首はなく、胸に骸骨のような顔がついている。色はほとんど黒に近い濃緑色。その容姿は一見、死神を思わせた。
「な、何よ、あれ・・・」
怪物はＶＴＯＬ機の攻撃に晒されているが、びくともしてないようだった。
掌から光の槍のようなものを伸ばし、ＶＴＯＬ機を串刺しにした。その攻撃されたＶＴＯＬ機が、カスミの側に落ちてくる。
「きゃあああぁぁ！！」
爆発からカスミを守ったのは、走り込んできた青いアルピーヌ・ルノーだった。
カスミがわけも分からずに呆けてると、運転席からさっきの写真の女性が現れた。
「ごっめ〜ん、遅れちゃって」
「葛城さんですか？」
「そうよ、碇カスミちゃんね。悪いけど時間がないの。早く乗って！」
「あ、はい！」
２人を乗せたルノーは、怪物に踏み潰されそうになりながらも、凄いスピードでその場を駆け抜けた。




「ミサイル攻撃でも歯が立たんのか。全弾直撃のはずだぞ！」
戦略自衛隊の幹部が、机を叩いて怒声をあげた。
「なんてヤツだ！」

「やはりＡＴフィールドかね？」
コウゾウの声は落ち着いている。
「ああ。使徒を相手に通常兵器では歯が立たんよ」
それに答えるゲンドウの声も。




「ゴメンゴメン、ちょっち遅れちゃって」
「いいえ、こちらこそ助かりました。・・・ところでアレって何ですか？」
ミサトは真面目な顔付きになる。
「あれは人類の敵、使徒よ」
「人類の敵？　使徒？」
「今説明してる暇はないわ」
「はあ・・」




先程の発令所。
戦自の幹部の１人が電話を掛けている。
「はっ。予定通りに発動致します」




ミサトとカスミの乗るルノー。ミサトが双眼鏡で戦況を見つめている。
怪物からＶＴＯＬ機が離れていくのが確認できた。
「まさかＮ２地雷を使うわけぇ〜」
ミサトは素っ頓狂な声をあげると、カスミの頭を押さえた。
「伏せてっ！！」
怪物のいる場所から、閃光。そして巨大な爆発が起こった。
「きゃあああぁぁぁ！！」
ルノーは爆発の衝撃波に、回転しながら吹き飛ばされていった。




「見たかね！　これが我々のＮ２地雷の威力だよ！　君達の出番はなくなったな！」
戦自の幹部が満足そうに言う。
ゲンドウとコウゾウは、ただ肩をすくめるだけだった。

「電波障害のため、目標確認までしばらくお待ち下さい」
オペレーターの声が響く。
「あの爆発だ。ケリは着いている」
やがてモニターが鮮明になる。
「爆心地に高エネルギー反応！」
「馬鹿な！！」
先程の男が絶叫する。
「映像、回復します」
モニターには怪物の無事な姿が映された。
「予想通り、自己修復中か」
モニターがひとつ、ホワイトアウトする。
「おまけに知恵もつけたようだ」
この中にあって、コウゾウとゲンドウの会話だけが冷静だ。

「我々の切り札が・・・」
「街をひとつ犠牲にしたんだぞ」
「くっ、化け物めっ！」
戦自の幹部が口々に呪いの言葉を吐く。




「大丈夫？」
「ええ、口の中がしゃりしゃりしますけど・・」
爆風に晒されたままのミサトとカスミ。
「そりゃけっこう。じゃ、行くわよ、せーのっ」
２人でひっくり返ったルノーを戻す。
「改めて挨拶するわね。私は葛城ミサト。ミサトでいいわ」
「私は碇カスミです。ミサトさん、よろしくお願いします」
ぺこん、とお辞儀してカスミが柔らかく微笑むと、まるで花が咲いたような雰囲気になった。
（うひゃ〜、こりゃ美少女ねぇ〜。あの髭メガネの子供とはとても思えないわ）
かなり失礼な感想を持つミサト。




「碇君。本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらう」
「我々の兵器が目標に対して無効であったことは素直に認めよう。だが、君なら勝てるのかね？」
「ご安心ください。そのためのＮＥＲＶです」
ゲンドウはあくまで不敵であった。

「どうするつもりだ？」
コウゾウがゲンドウに声をかけた。
「初号機を起動させる」
「初号機をか・・・。パイロットがいないぞ」
「問題ない。間もなく予備が届く」




「お父さんからＩＤ貰ってる？」
ミサトとカスミを乗せたルノーは、カートレインでＮＥＲＶ本部へと運ばれていた。ジオフロントの景色に釘付けになっていたカスミは、慌ててポケットを探った。
「はい、これですね」
カスミはＩＤ代わりの父からの手紙を差し出した。
そこには、一言「来い」とだけ書かれていた。
（何よコレ。これが父親が娘に出す手紙？）
「じゃ、コレ、読んどいてね」
ミサトはカスミに「ようこそＮＥＲＶへ」と書かれたパンフレットを渡した。
「これから・・・お父さんに会いに行くんですよね」
「苦手なのね、お父さんが」
「１０年ぶりに会うんです。っていうか、私、お父さんのこと覚えてないんですよ」
「そう」
カスミの言葉に、ミサトは微かに眉を曇らせた。

「あっれ〜、こっちだと思ったんだけどなぁ」
ＮＥＲＶ本部に到着した２人は、ずいぶん長い間通路をさまよっていた。
「あの・・、もしかして迷ったんですか？」
「なはは、ここってわかり辛いのよね〜」
おどけるミサトに益々不安になるカスミ。
「あの、誰か人を呼んだらどうでしょう？」
「そ。システムは利用するためにあるのね！」

２人がエレベーターを待ってると、到着したエレベーターから金髪に白衣の女性が現れた。
「ミサト、また迷ったのね」
「ゴメン、リツコぉ」
ミサトは片手を顔の前にあげて頭を下げた。
リツコと呼ばれた女がカスミに目を向ける。
「この子が例のサード・チルドレンね」
「そうよ、ちょっち司令の娘さんとは思えないほど可愛いっしょ？」
「私は技術一課Ｅ計画担当責任、赤木リツコよ」
「はっ、初めまして！　碇カスミです！」
慌てて、ぺこん、とお辞儀するカスミ。
（似てる・・・あの女に）
リツコの目が鋭くなった。




「目標、移動を開始しました！」
オペレーターの声が発令所に鳴り響く。
「よし、第一種戦闘配置」
ゲンドウは当たり前のように指示を出した。
「冬月、あとを頼む・・・」
「うむ」
ゲンドウが昇降機で消えた。
（１０年ぶりの親子の対面か・・・）




「わわっ。顔？　ロボットですか？」
カスミの驚いたような声がケージに響いた。
「人造人間エヴァンゲリオン初号機。その建造は極秘裏に行われた・・・」
「これも、お父さんの仕事なんですか？」
「そうだ」
ゲンドウの声がケージに響く。いつの間にか、ゲンドウがケージのコンソール・ルームに姿を見せていた。
「お・・・お父さんなの？」
「ああ」
（この人が、私のお父さん・・・）
（む・・・似ている。まるで瓜二つだ・・・）
「しゅ、出撃・・・」
ゲンドウがどもったのを、リツコは見逃さずに、こめかみに青筋を立てていた。


（なんたることだ・・・。そっくりではないか）
その頃、発令所の面々も、ケージを映すモニターに釘付けになっていた。
（かっ、可愛いわ）
（何てこった。こんな子を戦わせるのか・・・）
（アレ・・・司令の娘さんなんだよな・・・。遺伝子の神秘？）


「碇カスミさん。あなたが乗るのよ」
リツコは容赦がなかった。
「え・・・」
カスミが脅えた目になる。
「待ってください！　レイでさえシンクロするのに７ヶ月かかったんですよ。今来たばかりのこの子には無理です！」
ミサトが叫ぶ。
「座ってるだけでいい。それ以上は望まん」

（むちゃくちゃ言うなぁ！　髭オヤジめ）
（あんな可愛い子が怪我したらどうするつもりなのよっ！）
（司令、人の親とは思えないっす）
（碇め・・・、つくづく外道なヤツだ）
スパークする発令所の面々。

「私・・・このために呼ばれたんですか？」
カスミはすでに涙目だ。
「そ、そうだ。乗るなら早くしろ。でなければ帰れっ！」
「そんな・・・そんな・・・」
「リツコ、本気なの？」
「今は使徒殲滅が最優先です。個人的な感情を配慮してる暇はないはずよ、葛城一尉！」
「そうね・・・」
カスミが近づいてきたミサトに懇願するような目を向けるが、そこにあったのはミサトの厳しい表情であった。
「カスミ、乗りなさい」
「無理ですよっ。今まで見たことも聞いたこともないのに！　そんなの、急に言われても普通乗れませんよっ！」

（（（（それもそうだ））））
簡単にカスミの言葉に納得する発令所の面々。

「冬月、レイを起こしてくれ」
「わ、わかった！」
妙に返事の早いコウゾウ。ゲンドウの脇にある通信機のモニターがサウンド・オンリーのものに切り替わる。
「レイ」
「はい」
「予備が使えなくなった。もう一度だ」
「はい」
「システムをレイに書き換えて起動準備！」
リツコの指示を聞きながら、カスミは俯いた。
（やっぱり私は、いらない子なの？）
カスミは涙をこらえるのがやっとだった。

やがてケージに、ストレッチャーに乗せられた包帯だらけの少女が入ってきた。
髪は蒼く、瞳は紅く、肌は白い。その異様な風貌より、カスミの心を打ったのは、少女の儚さだった。
（あの子がコレに乗せられるの！？）
「レイ、予備が使えなくなった。もう一度だ」
ゲンドウの指令は容赦がない。
「はい・・・・・・・・・っく・・・」
少女が苦痛に耐えて起き上がろうとすると、カスミはたまらず少女のもとへ駆け出し、その華奢な体を抱きしめた。
「もう、やめてっ！！」
レイと呼ばれた少女は、わけがわからず薄目を開けた。
カスミの瞳からは、涙がとめどなく溢れていた。
（何、泣いてるの？）
「ゴメン・・・ゴメンね。私に勇気がないばっかりに、あなたにこんな目にあわせてしまった・・・」
（何故悲しむの？　私が死んでも替わりはいるのに・・・）
「私、乗るから・・・あなたの代わりに乗るから。だから無理しないで！」
不意にケージに揺れが襲った。
「ヤツめ、ここに気付いたか」
ゲンドウが舌打ちする。
レイはカスミの腕の中で、今まで感じたことのない感情を持て余していた。
（何？　この感じ・・・暖かい。何故こんなに心地いいの？　・・・そう、この人のせいなのね・・・）
レイはそっと、自由な左手を、カスミの背中に回した。

（（（（・・・・））））
美少女同士が抱き合う姿に、発令所の面々は顔を紅くしていた。

ひときわ大きな揺れがケージを襲うと、カスミとレイのいる場所に、天井の照明が落ちてきた。
「きゃあああぁぁぁ！！！」
とっさにレイを庇うように抱きしめるカスミ。
（（（（（（！！！））））））
その場にいたリツコ以外の人間が、一斉に手で顔を覆った。
すると初号機の腕が突然、冷却液の中から現れて、２人を守るように手をかざした。落ちてきた照明は、初号機の手に弾かれてどこかへ飛んでいく。
初号機の腕部拘束具は破壊されていた。

「そんな、インターフェイスもなしに動いた」
「と言うより守ったの？　あの子を。・・・イケる！」


初号機の起動シーケンス。
ＮＥＲＶの面々は、初出撃に緊張していた。
モニターにはエントリー・プラグの映像が映し出されている。
セーラー服にヘッドセットインターフェイスを付けたカスミ。その表情はさっきと違い、厳しいものになっていた。
（さっきの女の子を助けるんだ。負けられない！）

（やはり似ている・・・）
（凛々しい姿も素敵だわ）
（こんな顔もするんだ）
（やっぱ司令に似てないっす）

「ＬＣＬ注水！」
「わっ、コレなんですか？」
「心配しないで。肺がＬＣＬで満たされれば、直接酸素を取り込んでくれます」
「やぁ〜ん、スカートがめくれちゃう！」
思わず艶っぽい声を出して身をよじるカスミ。
（（（（（はぅ！）））））
ミサトとリツコ以外の発令所のメンバーは、遠くの世界に旅立ちそうになる。
「双方向回線開きます！　シンクロ率、４１．３％　ハーモニクスすべて正常位置。暴走、ありません！」
マヤの報告に、リツコの目が輝いた。
「イケる！」
「よろしいですね？」
ミサトがゲンドウに最終確認をする。
「もちろんだ。使徒を倒さねば、我々に未来はない」
ミサトは頷くと、正面のモニターに向かい合った。
「発進！！」
リフトを上昇する初号機。カスミが強烈なＧに顔をしかめる。
ミサトは祈るような表情でモニターを凝視した。
（カスミ、死なないでよ）

（つづく）


後書き

どうも、スニフです。
カスミって誰？　とみなさん思われたことでしょう。
この主人公の名前は、とあるギャルゲーのキャラから頂きました。
このキャラの口癖が「ゴメンね」なもんで、まさに女の子シンジと言うカンジなんですよ。

一応、本編に沿って物語を進めていきますが、一癖も二癖もある話になると思います。
それでも頑張っておつきあいくださると幸いです。

感謝の言葉：

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第０２話「見知らぬ、天井 」に進む。
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