月明かりに照らされた部屋の中、レイはベットに体を投げ出し、自分の心と向き合っていた。
（私は碇さんと一緒にいたい。
私は碇さんと支え合いたい。
あの人の顔を見るのが好き。
あの人の声を聴くのが好き。
あの人の心を感じるのが好き。
心が暖かくなるから。
心が柔らかくなるから。
私は・・・あの人と触れ合いたい。
碇さんと、ひとつになりたい。
心も体も、ひとつに溶け合いたい。

この気持ちは何？　これは恋。　私が碇さんを好きという気持ち。
側にいると、胸が熱くなる。
離れていると、胸が痛くなる。
これは、私の心。　碇さんを求める私の心。

私の願いは彼女を傷つける。　碇さんを苦しめるだけ。
私達は女同士だから、あの人を困らせるだけ。
そして私は・・・ヒトですらない。

でも、私の願いをなくすことはできない。
自分の気持ちに嘘はつけない。
あの人が、碇さんが、私の心を見つけてくれたから。
私にも心があることを教えてくれたから。

・・・・・・碇さん・・・）

「碇カスミの戦い」第伍話　レイ、心のむこうに
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ

「ふわぁ〜。近くで見るとおっきいぃ」
カスミの目の前には、第４使徒の赤い巨体が広がっていた。彼女は今日、第４使徒の解体作業場に見学に来ていた。壱中の制服に作業用のヘルメットがミスマッチで愛らしい。
「コア以外はほとんど無傷。ホント、理想的なサンプルだわ」
リツコはいつになく、カスミに機嫌のいいところを見せていた。
「でぇ、何か分かったわけぇ？」
リツコは無言で端末のモニターをミサトに見せる。そこにはただ、『６０１』とだけ表示されていた。
「何よコレ」
「コード６０１。解析不能をあらわしてるわ」
「何もわかんないってこと？」
「何も、ってわけじゃないのよ。使徒は光と波、両方の性質でできている。構成素材の違いはあっても、その信号と座標は人間の遺伝子と酷似してるわ。９９．８９％ね」
「それって・・・」
「そう、ＥＶＡと同じ」
カスミは黙ってリツコとミサトの会話を聞きながら、その意味するところを咀嚼しようとしていた。
（ＥＶＡと使徒は似ている？　そして人間も。リツコさんはＥＶＡを人造人間って言ってたっけ。何だろう、このカンジ。ＥＶＡに乗ってる私は、感覚的にその答えを知ってるような気がする）

ふと気付くと、作業場にゲンドウとコウゾウが来ていて、使徒のコアを覗き込んでいた。
ゲンドウの掌に火傷の跡をみつけるカスミ。
「カスミ、何見てるの？」
「お父さん、掌に火傷してますね。ミサトさん、なぜだか知ってますか？」
「あら、ホントね。リツコ、知ってる？」
「あなた達がここに来る前、起動実験中に零号機が暴走したの。聞いたことあるでしょ？」
「はい。綾波さんの怪我はそのときのものだって・・・」
「そのとき、レイがプラグに閉じこめられてね、司令が助け出したのよ。加熱したハッチをこじ開けてね。・・・掌の火傷はそのときのものよ」
（お父さんが・・・あのお父さんが、綾波さんを助けた？　そんなにしてまで・・）
思考の海に溺れたカスミは、リツコの瞳が怪しく燃えてるのに気付かなかった。


「ええぇ〜〜〜！！」
ケンスケが素っ頓狂な声をあげた。
昼休みの屋上、カスミは、レイ、ヒカリ、トウジ、ケンスケ達と弁当を食べていた。
カスミとレイの弁当はカスミが作ったもの。ヒカリも自作の弁当だ。トウジとケンスケは購買で買ったパンを食べている。
レイの分までカスミが作るようになったきっかけは、レイが普段、カロリー・ビスケットとビタミン剤を食べてることを知ったカスミが自分で申し出たためである。レイは彼女の作る食事を、『心が暖かくなるもの』として、すぐに気に入ってくれた。
彼女が食事を楽しむといった感覚さえ持ってなかったことは、カスミの心を苦しめていた。

『赤木博士は食事は栄養補給のための行為だと言っていたわ』

カスミの心に、レイのセリフが何度もリフレインされた。

「いいなあ。オレも連れてって欲しかったよ」
カスミが使徒の解体作業を見学に行ったと知ったケンスケが騒いでいたのであった。
「でも使徒に関することは極秘扱いみたいだよ。一般の人じゃ、入れて烽轤ｦなかったと思うよ」
「ちぇっ。どうせオレは一般人ですよ。いいよなぁ、碇は。オレもＥＶＡのパイロットになりたいよ」
「それなんだけどさ、ドイツにも１人、パイロットがいるってミサトさんが言ってた。その子も女の子だって。もしかして、ＥＶＡのパイロットって、女の子しかなれないのかな？」
「ほうなんか？　ケンスケ、性転換せい」
「・・・マジで考えようかな」
「って、考えんな、ボケっ。気色悪いわっ！」
「相田って、ホントそう言うの好きねぇ。お母さんとか、心配するわよ？」
「大丈夫。オレ、そう言うの、いないから」
（委員長も鈴原君もお母さんいないって・・・、じゃあここにいる人はみんな、お母さんがいないんだ。これって偶然かな？）
思わず深読みしようとするカスミ。
確かにセカンド・インパクト以来、親の揃っていない子供は多かった。しかしカスミは、両親の揃っているクラスメイトをまだ知らないことにも思い当たっていた。
「ホント、碇が羨ましいよ。オレもＥＶＡのパイロットになって、あんな美人の上司と同居したいよ」
「せやせや、それはわしも羨ましいで。碇っ、お前が男やったら、パチキの５発もかましとるトコやっ！　ああ〜、ミサトさん〜」
「何よっ。２馬鹿コンビがっ！」
「は・・はは」
カスミはただ、苦笑するしかなかった。
（男の子の夢を壊しちゃ可哀想だモンね。ミサトさんの家での実体は、トップ・シークレットだよね）

お昼の何気ないひととき。しかしカスミの心には、もやのようなものが立ち始めていた。ふと気付くと、レイを観察している自分。いや、レイの唇を見つめている自分に気付いたからだ。
食べ物を口に運ぶたび、生き物のように動き出すレイの桜色の唇。カスミは、そこにはっきりと、エロティシズムを感じていた。
（やだ、私、綾波さんをいやらしい目で見てる・・・）
あの雨の日、レイに救ってもらったときから、カスミのレイに対する感情は変化を見せていた。しかしカスミはそれに気付きながらも、その感情を怖れていた。レイを傷つけるかもしれない性質のものだとも気付いていたからだ。
「そろそろ戻りましょうか。５時間目は体育よ。着替えなきゃ」
「いいなあ、次の体育、女子はプールだろ」
「そうよ。男子は？」
「グランドでバスケや。ホンマ、死ぬで」
カスミは、ヒカリ達の会話を遠くに感じていた。

レイは人前で裸になることを気にしない。恥ずかしがり屋のカスミとは対照的だ。水着に着替えるために、躊躇なく服を脱ぐレイを、カスミはまたも横目で眺めていた。
雪のように白い肌。柔らかな胸の膨らみ。その中心で微かに自己主張する桜色の先端。華奢な体躯と折れそうなほど細い腰。小さく可愛らしい臀部。生え始めたばかりであろう下腹部の蒼い茂み。カスミはそのすべてから目を離せなかった。
（私・・・なぜ、綾波さんを見るの？）
自分の視線がレイを汚しているように感じて、カスミは気が重くなった。


その放課後、各種テストのために、レイとカスミはＮＥＲＶ本部へ来ていた。
ＥＶＡのケージでエントリー・プラグの調整をする２人。カスミは、初号機のモニター越しに、レイに近づくゲンドウを見つけた。レイに話しかけるゲンドウ。その頬には笑みが浮かんでいる。
（お父さん・・・・私にあんな顔を見せてくれない。私には、話しかけてもくれない）
カスミは、レイの表情も気になった。
それは一見いつもの無表情に見えるが、レイの心を見つめようとしているカスミは、その微妙な変化も見逃さなかった。
（綾波さん、迷惑そうだ。・・・なぜ？　お父さんのこと、嫌いなのかな？　お父さんに助けてもらったって聞いたのに。・・・でも、綾波さんをあんなトコに住まわせてるのもお父さん。綾波さんは人の温もりさえ知らなかった。あの２人は、お互いをどう思ってるんだろう・・・）

ＬＣＬをシャワーで洗い流した後、２人は更衣室で着替えていた。
「何故、私を見ていたの？」
（気付かれてたっ！）
カスミはぎくりとした。自分の視線が褒められたものでないことは、自分が一番よく知っている。自己嫌悪に胸が軋んだ。
「ごっ、ゴメンね」
「謝らなくてもいいわ。イヤじゃ、ないもの。碇さんに見つめられると、心が柔らかくなるの」
カスミの鼓動が跳ね上がった。頬が熱くなっているのを感じていた。
「綾波さん、綺麗だから。・・・その、妖精みたいだなって・・・。だから、見ていたかったんだと、思う」
カスミはしどろもどろになっている。今度はレイが頬を染めた。
「綺麗？　私が？」
「うんっ」
「・・・あっ、ありがと・・・」


次の日、レイの住む団地の前で、カスミは自分の心が冷たくなるのを感じていた。
（綾波さん、こんなトコに住んでて、平気なのかな？）
カスミがここへ来たのは、夕べミサトに、レイにセキュリティー・カードを届けるように頼まれたからであった。
（これ、壊れてるんだ）
何の抵抗もないドアチャイムのボタンにカスミは諦めると、そのドアノブを捻った。
（鍵も掛けてないの？）
流石にカスミも驚愕を隠せなかった。
「綾波さぁ〜ん、いないのぉ〜？」
部屋の中に呼びかけても返事はない。カスミは嘆息すると、靴を脱いで中に入った。

「どこ行っちゃったんだろ。まさか、もうＮＥＲＶに行っちゃった？」
カスミの背後でカーテンを開けるような音がした。カスミが振り向くと、そこにはバスタオルを肩に掛けただけのレイが立っていた。今までシャワーを浴びていたのだろう。
「わわっ、綾波さんっ」
「・・碇さん・・」
またもやカスミは、レイの美しい裸身に目が釘付けになった。突然のことに、カスミの体は硬直している。だが、レイは動じることなくカスミに近づくと、彼女に柔らかく抱きついてきた。
「わひゃうっ！」
思わず情けない叫び声をあげて、体を震わせてしまうカスミ。
レイがこうして２人きりのときにカスミに抱きつくのは、初めてのことではない。カスミはレイが人の温もりを求めているのだと思い、今までは自分からも抱き返していた。
カスミの情けない声を聞くと、レイはゆっくりと体を離した。その顔には、明らかな哀しみの表情が浮かんでいた。
（傷つけたっ！）
自分の態度を、レイが拒絶と判断したのだと、カスミは思った。
苦い罪悪感に、胸が軋む。
何事もなかったように着替え始めるレイ。カスミはなぜか、泣き出してしまいそうだった。

それから２人でＮＥＲＶに向かった。
何も言わないレイ。
何も言えないカスミ。
カスミがやっと言葉を口にしたのは、ＮＥＲＶ本部内の、エスカレーターに乗ってからだった。レイの数歩分、後ろにカスミは立っているため、レイの表情は見えない。

「今日、零号機の再起動実験だね。今度は、うまくいくといいね」
「何故？」
「前の実験で、綾波さん、怪我したって聞いたから・・・」
「心配・・・してくれるの？」
「あっ、当たり前だよっ。綾波さんが傷付くトコなんか、見たくないモン！」
「そう・・」
「・・・」
「・・・」
「あの・・・さっきはゴメンね」
「何が？」
「あのっ、さっきは恥ずかしかっただけなのっ。綾波さんを、避けようとしたんじゃ、ないよっ！　それで・・・あの・・・綾波さんと抱き合うの、私も嬉しいからっ。だから・・・」
レイはゆっくり振り返った。
「だから・・・ゴメンね」
「もう、いいから。私も、ごめんなさい」
レイがカスミに並んでエスカレーターに立つと、カスミは安堵したように微笑んで、おずおずとレイの手を握った。
（碇さんは、私を求めてくれる。・・・それは私の気持ちとは違うかもしれない。でも、それでも碇さんが私を求めてくれるなら、それでいい・・・）
レイは自分の気持ちが穏やかになるのを感じていた。

零号機の再起動実験。実験室のコンソール・ルームには、ゲンドウとコウゾウも姿を見せていた。
（綾波さん、頑張ってね）
（私には碇さんとの絆がある。今度は大丈夫）
コンソール・ルームとエントリー・プラグとで遠く離れた２人ではあるが、その心は重なっている。再起動実験はつつがなく成功した。コンソール・ルームに安堵の空気が広がる。

引き続いて連動試験に入ろうとしたとき、コウゾウの元へ１本の電話が入った。
「碇、未確認飛行物体がここに接近中だ。おそらく第５の使徒だな」
「テスト中断。総員第１種戦闘配置！」
「このまま零号機は使わんのか？」
「まだ戦闘には耐えん。初号機は？」
ゲンドウがリツコに振り返る。
「３８０秒で準備できます」
「よし、出撃！」
ゲンドウ達のやり取りを聞いていたカスミが更衣室に向かって走り出すと、コウゾウとマヤから声がかかる。
「カスミ君、頑張ってな」
「カスミちゃん、しっかりね」
「はいっ！！」
カスミは走ったまま、返事を返した。

第三新東京市直上、正８面体のクリスタルのような第５使徒が姿を現した。
初号機のケージでは、着々と発進準備が整っている。そこにテストを終えたレイが姿を現し、心配そうにその様子を見守っていた。
「カスミ、今回は今までの武器に加えてスマッシュ・ホークとソニック・グレイブも使えるようになったから、相手に合わせて臨機応変に攻撃するわよ」
『はいっ』
「いくわよっ。ＥＶＡ初号機、発進！！」
射出される初号機。そのとき使徒に変化が訪れた。
「目標内部に高エネルギー反応！」
ロンゲが叫んだ。
「何ですって！？」
「周辺部を加速、収束していきます！」
「まさか、加粒子砲！？」
ミサトの叫びと、初号機が射出されたのは同時だった。
「いけないっ、カスミ、よけてっ！！」
『は？』
加粒子砲を発射する使徒。そのビームは、初号機の盾になっていたビルを溶解させて、初号機の胸部に達した。
目映い光が踊り、初号機の装甲が削られていく。
『きゃああああああぁぁぁぁぁ！！』
「カスミ！！」

（つづく）

後書き

あ、なんかシリアスですねぇ。いつの間にか少女の成長物語になってる辺り、僕ってこういう話しか書けないんでしょうね。
さらには、話の謎解きをカスミにさせるつもりでいます。なかなかカスミ、賢いようです。ま、あの２人の娘だし。

魂が惹かれるように求め合っていくカスミとレイ。う〜ん、なんかヤバヤバ。

感謝の言葉：

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