『きゃあああああぁぁぁぁっ！！！』
第５使徒の加粒子砲が初号機の胸部に照射されている。
「戻してっ！　早くっ！」
ミサトが焦ったように叫ぶ。
初号機の姿がリフトに消えると、使徒は攻撃をやめた。
「目標、沈黙！」
「パイロットはっ！？」
「脳波異常、心音微弱！」
「初号機は第７ケージへ回収！！」
「ケージへ行くわっ！　リツコ、救護班へ緊急措置の用意をさせてっ！」
「わかったわ」
ミサトは走って発令所を後にした。

「碇カスミの戦い」第六話　決戦、第三新東京市
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


ケージにいたレイには外の様子はわからなかったが、胸部装甲板を融解させたままの初号機が回収されたのを見て、恐怖で目を見開いた。
「パイロット、脳波乱れてます。心音微弱、いえ、停止しました！」
「生命維持システムを最大にして！　心臓マッサージを！」
リツコの指示が発令所に響く。
「はいっ」
モニターの中のカスミの体が、びくん、と跳ねたが、計器に変化はない。
「もう一度っ！」
カスミの体が、もう一度跳ねる。
「パルス確認！」
「プラグの緊急排除、急いでっ！」
初号機からエントリー・プラグが取り出された。
「ＬＣＬ緊急排水！」
プラグの四方から熱せられたＬＣＬが勢い良く飛び出す。そこにはミサトも到着したところだった。
「いいからハッチを開けてっ！！」
ミサトの指示が飛ぶ。プラグから出されたカスミは、鼻血を流したまま失神していた。
ストレッチャーに乗せられ、ＩＣＵへ運ばれるカスミ。ミサトはそれに従ってケージから消えていった。
その様子をレイは、恐怖に震えながら見守ることしかできなかった。
（怖い。これが恐怖。私は碇さんを失うことに恐怖を感じたのね）
それはレイが、このとき初めて知った感情であった。

ジオフロントの直上に到達した使徒は、変化を見せた。下部から棒のようなものを出して、地面に突き刺したのだ。
「敵は何を始めたの！？」
「ジオフロント内、ＮＥＲＶ本部に向けて穿孔しています！」
「ここへ直接攻撃をかけるつもりだわっ！」


ＮＥＲＶのブリーフィング・ルーム。ミサトの指揮のもと、作戦課の職員がモニターを見ながら第５使徒の対策を練っていた。
「目標は一定距離内のすべての外敵を自動排除するものと推測されます」
「敵のＡＴフィールドは？」
「依然、健在です。相転移空間が肉眼で確認できるほど強力なものが展開されています」
「攻守ともにほぼ完璧か。まさに難攻不落の空中要塞ね。で、問題のボーリング・マシンは？」
「現在、直径１７．５Ｍの巨大ドリル・ブレードが本部に向かって穿孔中。第２装甲板まで到達しています」
「本部への到達予想時刻は？」
「明日午前０時６分５４秒です」
「あと１０時間足らずか・・・赤木博士」
ミサトがケージへ通信回線を開いた。
「初号機の状況は？」
「胸部第３装甲まで見事に融解。でも機能中枢までやられなかったのは、不幸中の幸いだわ」
「あと３秒照射されてたら危なかったですけどね」
マヤもフォローを入れる。
「３時間後には換装作業終了よ」
「初号機パイロットは？」
モニターにＩＣＵの様子が映し出される。生命維持装置の中で眠っているカスミが裸のままだったため、ミサトは慌ててモニターを切り替えた。
「身体に異常はありません。神経パルスが若干不安定ですが許容範囲内です。今はまだ薬で眠ってます」
冷静に報告するマコトであったが、ポタポタと鼻血を流していた。
「状況は芳しくないわねぇ」
ミサトが大袈裟に嘆息した。
「白旗でも揚げますか？」
マコトも鼻血を流したままおどけてみせる。
「ナイスアイディア！　でもま、その前にやれることはやらなきゃね」


ミサトが立てた作戦とは、戦略自衛隊の研究所からポジトロン・ライフル（陽電子砲）を徴発し、さらに日本国内の総電力を用い、ＥＶＡを使った超長距離からの大出力直接射撃を試みるという大胆なものだった。
使徒の強固なＡＴフィールドを中和せず、高エネルギー集中帯による一点突破。その作戦は『ヤシマ作戦』と命名された。

作戦の準備が着々と進む中で、それをsうパイロット、カスミだけがＩＣＵで眠ったまま、蚊帳の外にいた。


「・・・う・・・？」
カスミは、その形のいい眉を数回震わせ、ゆっくりと瞼を開けた。視界にまず飛び込んできたのは水色の髪の少女だった。
「・・・綾波さん・・・」
「碇さん」
レイの顔に、安堵の表情が広がった。小さく柔らかな嘆息を漏らした。
「私・・・どうしたの？」
「使徒の加粒子砲を浴びて気を失っていたの。一時は心停止していたらしいわ」
「そう・・・」
カスミはゆっくりと息を吐いた後、いきなり目を見開いた。
「使徒はっ！？　・・・って、きゃああぁぁっ！？」
ベットから飛び起きると、カスミは自分が裸であるのを知り、大声をあげた。慌ててシーツを引き寄せ、体を隠した。
「はぅぅ」
カスミは耳まで真っ赤に染まった。
「目標は健在。現在、敵のボーリング・マシンがジオフロントに向け穿孔中よ」
「じゃ、出撃しなくちゃ！」
「出発は６０分後・・・・・・大丈夫？」
レイは不安そうな顔をした。思わずカスミは戸惑ってしまう。そう言えば、あんな怖い目に遭った直後だというのに、自分はなんで出撃をためらわないのだろう？
「わかんない。でも、大丈夫なような、気がする」
「そう。・・・次は、私も出るから」
「綾波さんが？　お父さんは実戦はまだ無理だって・・」
カスミの顔に明らかな不安が広がる。
「平気。あなただけを危険な目に遭わせるのは、もう、イヤだもの・・」
レイの紅い瞳に決意を見たカスミは、それ以上何か言うのをやめた。
「これ、食事。それと新しいプラグ・スーツ」
「あ、ありがとう」
少しためらった後、カスミはおずおずとプラグ・スーツを着始めた。恥ずかしかったが、相手は同じ少女、しかも彼女が無遠慮に裸を眺めてしまった相手だったからだ。レイは視線を外すことなくカスミを見つめた。カスミの顔は羞恥に紅潮してしまうが、決して不快ではないことも、彼女は気付いていた。

『碇さんに見つめられると、心が柔らかくなるの』

（こういうことなのかな？）
カスミはレイの視線を、敢えて受け止めた。
「・・・碇さんも、綺麗だと思う」
レイの何気ない一言に、カスミは頭から蒸気が噴き出すような思いだった。
「綾波さんは、ご飯食べたの？」
「いえ、まだよ」
「じゃあ、一緒に食べない？」
「ええ、いいわ」
レイは微笑みながら答えた。


夕焼けの中、第壱中学校の屋上では、トウジとケンスケと数人の男子生徒がＥＶＡの出撃を待ちわびていた。
「おい、ケンスケ、ホンマにこの時間なんやろな。もう避難せなアカン時間やで」
「パパのデータをこっそり見たんだ。間違いないよ」
彼等の目の前の、山肌がいきなり動き出した。
「やっ、山が動いたで！」
「エヴァンゲリオンだ！」
山肌を割って、紫と黄色の２体のＥＶＡが登場した。零号機は盾のようなものを持っている。他の男子生徒からも歓声があがった。
「零号機も一緒だ」
「じゃ、あれ、綾波かいな」
「すげぇ、あれに碇さん達、乗ってんのか」
「カッコイイよなあ、彼女」
「お〜いっ、頑張れよぉっ！」
トウジが手を振ると、初号機が手を振り返した。すると他の男子生徒達も応援に加わった。


カスミとレイは、双子山の作戦ポイントで、ミサトとリツコから指示とレクチャーを受けていた。
「カスミは初号機で砲手を担当」
「はい」
「レイは零号機で防御を担当して」
「はい」
「これはカスミの方がシンクロ率が高いからよ。この作戦には精密なオペレーションが必要なの」
「カスミさん。陽電子は地球の自転・磁場・重力の影響を受け直進しません。その誤差の修正は機械がやるから、あなたはテキスト通り、真ん中の照準マークがそろうまで待つことを忘れないで」
「はいっ！　・・・でも、もし１発目が外れたら？」
「２発目を撃つのに冷却や再充填などに２０秒かかるわ。その間、敵の反撃はレイの盾で守ってもらうことになるでしょうね」
零号機の持つ盾は、ＳＳＴＯの底部に電磁コーティングを施しただけの急造品である。
（盾は１７秒しかもたないってことだった。・・・２発目は考えるなってことね）
「私は」
不意にレイが口を開いた。
「碇さんを、守ればいいのね」


カスミとレイの２人は、タラップで作戦開始時刻を待っていた。
空には綺麗な満月が見える。
「綾波さんは、なぜＥＶＡに乗るの？」
「絆、だから」
「誰との？」
「みんなとの。・・私には、他に何もないもの」
「綾波さん・・・・。そんな哀しいこと、言っちゃ、ヤダよ」
カスミは哀しげな目をレイに向けた。
「ごめんなさい。・・・・・では、あなたは、何故？」
「私？」
「ええ」
（私はなぜＥＶＡに乗ってるんだろう。初めは、怪我した綾波さんの代わりだったっけ。・・それから綾波さんとお友達になって・・・。そうだ、綾波さんを１人にしたくなかったんだ、私）
「大切な人を・・・守りたいからかな？」
「大切な人？」
レイがカスミの顔を覗き込んだ。
「ミサトさんや冬月先生とかＮＥＲＶの人達。委員長や鈴原君、相田君とかクラスのみんな。・・・・・・一番大切なのは、綾波さんかな・・」
「あ、ありがとう」
レイはその白磁のような頬を紅く染めた。
「私も・・・私も、碇さんが好き」
「あ、ありがとう・・。えへへっ」
カスミも照れて、その頬を薔薇色に染めた。
「でも、私の気持ちと、碇さんの気持ちは、きっと違うわ」
「なんで？」
カスミが不安な表情になる。
「私は碇さんが好き。でも、それは友達としてじゃない。・・・もっと、もっと深い気持ち。私はあなたと愛し合いたい。心も体もひとつになりたい。・・・あなたを困らせるのはわかってても、この心はとめられないの」
それは突然の告白だった。
レイは自分の気持ちを言わずにはいられなかったのだ。
カスミの友人でいることに満足していたレイだが、先程のカスミを失う恐怖が、彼女から安定を奪ってしまっていた。
「えっ、えっ、ええ〜〜っ！？」
慌てまくるカスミ。その肌は、首まで真っ赤になっている。
「時間よ。行きましょう」
レイがすっくと立ち上がった。その背後には大きな月が見える。レイはカスミの返事を待たずに、言葉を続けた。
「碇さん、あなたは、私が守るわ」
「えっ・・・あっ・・・」
「さよなら」
レイはそう言い残し、零号機のエントリー・プラグへと消えた。
（綾波さん・・・・）
その後には呆気にとられたカスミだけが残された。


『カスミ、日本中のエネルギーをあなたに預けるわ』
「はいっ！」
ポジトロン・ライフルの発射準備が次々と整えられていく。その中でカスミは、今までのレイの言葉をフラッシュバックさせていた。
『ケージで抱きしめられたとき、心が安らいだの』
人の温もりを知らなかったレイ。
『碇さんを苛めないで・・・』
カスミを守ろうとしてくれたレイ・
『私はあなたの側にいたい・・・あなたと支え合いたいと願ってる』
カスミを必要としてくれたレイ。
『なら、あなたの苦しみを、私にも分けて欲しい』
カスミを受け止めてくれたレイ。
『碇さんに見つめられると、心が柔らかくなるの』
『私も碇さんが好き』
『あなたと愛し合いたい・・・心も体もひとつになりたい』
『碇さん、あなたは、私が守るわ』
（私も同じ。綾波さんと同じだ！　でもこの気持ち、まだ綾波さんに伝えてないよっ。だから・・・負けられない！）

発射１０秒前を切ったところで、使徒に変化があった。
『目標内部に高エネルギー反応！』
照準がそろう。
『発射！』
ポジトロン・ライフルが火を噴いたのは、使徒が加粒子砲を発射したのと同時だった。中間地点で、干渉し合い、軌道がねじ曲げられる２つのビーム。使徒の後方、遙か彼方の山間と、作戦ポイントの脇の山肌に、同時に火柱があがった。
「きゃああぁぁっ！！」
『きゃああぁぁっ！！』
使徒の加粒子砲のせいで、作戦ポイントの地面が揺れ、臨時の指令車からも悲鳴が聞こえた。
（外しちゃった！！）
カスミが青ざめる。
『敵ボーリング・マシン、ジオフロントに侵入！』
『第２射、急いでっ！』
カスミは急いでライフルのヒューズを交換した。
『再充電開始！』
『砲身冷却開始！』
『目標に、再び高エネルギー反応！』
（そんなっ。早すぎるよぉ！）
第５使徒が加粒子砲を撃った。
「きゃああああぁぁぁっ！！」
カスミは悲鳴をあげて目を瞑ったが、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。
「？」
怖々彼女が目を開けると、盾を持った零号機が初号機を守るように立っていた。
「綾波さんっ！」
盾全体が発光し、徐々に熔けていく様はカスミからも見えた。短いはずのその時間は、カスミには永遠にも思えた。
（まだ？　まだなのっ！？　早くしてよっ！！）
零号機の盾が熔けきった。ビームの衝撃で零号機がふらつくが、果敢にも腕を広げて、初号機を守るのをやめようとはしなかった。
「あやなみさぁぁ〜〜んっ！！」
ついに照準がそろった。
『撃ってっ！！』
ポジトロン・ライフルから発射された陽電子は、吸い込まれるように使徒の体に命中した。その中心部を貫かれ、燃え上がる第５使徒。やがて崩れるように倒れていった。
『やった！』
『敵ブレード、本部直上にて停止！』
『目標、完全に沈黙しました！』

ずんっ。

「はっ」
零号機が力尽きたように倒れた。
「綾波さん！」
零号機のエントリー・プラグをむりやり取り出して地面に置くと、カスミは初号機のプラグを出てレイのもとへ走った。
（綾波さん！　綾波さん！　綾波さん！）
ハッチのノブが加熱していて、カスミの掌を灼いた。
「くうぅっ」
それでもなんとかハッチをこじ開けると、カスミはレイのいるプラグの中へ飛び込んだ。プラグの中は、熱気でムッとしている。
「綾波さんっ！！」
レイはシートにもたれたまま、ぐったりと意識を失っていた。
「綾波さん！　綾波さん！」
カスミの瞳には涙が浮かび始めていた。カスミがレイの細い肩を何度か揺すると、レイはゆっくりと目を醒ました。
「・・・碇、さん・・・」
「良かった・・・良かったよぉ！」
カスミはレイの胸に縋り付くと、その瞳から涙を流し始めた。
「何、泣いてるの？」
レイが優しい声で問いかけた。
「綾波さんが、無事だから、・・ひっく・・嬉しくって、泣いてるの・・くぅっ」
「そう。嬉しいときにも、涙は出るのね？」
レイはカスミの頭を愛おしげに撫でている。カスミを見つめるその瞳は、慈愛に満ちていた。
「・・っく・・・綾波さん、ひっく・・・」
「何？」
「別れ際に・・ひっ・・さよならなんて・・えぐ・・哀しいこと・・言っちゃ、ヤダよっ・・っぐ」
カスミはレイの背中にまわした腕に、力を込めた。レイの頬ずりされている胸から、甘い感覚が体中に広がる。
「そう。・・・ごめんなさい」
レイもカスミの背中に腕をまわした。２人でしばらく抱き合ってると、やがてカスミの嗚咽がやんだ。
「綾波さん・・・私も・・・同じなの」
「何が？」
カスミは涙に濡れた顔を上げると意を決し、きょとんとしたレイの顔に自分の顔を近づけ、その柔らかな唇を重ねた。
「いかり・・・さん」
「好きなの。綾波さんが」
（私を・・・求めてくれた！）
呆けたままのレイの頬に、不意に涙が流れた。
「あ、あ？　これ、知ってる。・・涙。私、泣いてるの？」
カスミの親指が、レイの柔らかな頬に流れる真珠のような涙をすくった。
「綾波さん・・・。これ、綾波さんの心だね？」
カスミは優しく微笑んだ。レイも穏やかに微笑み返す。
「碇さん・・・嬉しいのに、私、泣いてるのね？」
カスミはそっとレイに抱きついた。レイもそれに応えてカスミの背中に腕をまわした。
「大好きだよ、綾波さん」
「私も、碇さんが好き」
２人は同時に顔を赤らめ、もう一度、今度は長い口づけを交わした。
エントリー・プラグのハッチからこぼれる月の光だけが満ちた世界。その中で、２人の少女の魂は、寄り添うように重なり合っていった。

（つづく）

後書き

はわわわわっ、ついにこんなの書いてしまいました。許してちょ。
なんか段々とシリアス路線になっていくなぁ。
大丈夫なんでしょうか？　この話。
みなさん、ついて来てくれてます？

感謝の言葉：

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