「ネコも杓子もアスカ、アスカか・・・」
「写真にはあの性格は写らへんからなぁ」
学校の校舎裏。ケンスケが隠し撮りした女子の写真をトウジと２人で売りさばいていた。
「で、やっぱ売り上げは惣流がダントツかい？」
「まあね。碇も転校してきたころほどには売れなくなったしな。その代わり、綾波の写真が売れるようになったよ」
「綾波が？」
「ああ。アイツ、碇と一緒だとよく笑うだろ。それでファンができたみたいでさ。それに、碇と綾波の２ショットも売れるんだ」
「なんでや？」
「アイツら一緒に仲良くしてると、ちょっとしたアイドル・グループみたいだろ？」
「なるほどなあ。まさに碇さまさまや」
まさか友達に、商売のネタにされているとは知らないカスミ達であった。

「碇カスミの戦い」第九話　瞬間、心、重ねて
　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


今日もカスミは、レイ、トウジ、ケンスケの３人と登校していた。カスミとレイは仲良く手をつないで微笑み合いながら、お喋りに興じている。トウジとケンスケは、そんな２人をほのぼのとした思いで見ていた。
「なんかさ、ああいうの、いいよな」
「せやな。女同士の友情っちゅうやっちゃ。よっしゃケンスケ、わしらも手ぇ、つなごか」

どげし。

「痛ぁ、何やねん！」
トウジはいきなり後ろからケリを入れられ地面に突っ伏した。何事かと振り向くと、そこにはいつの間にかアスカがやって来ていた。
「朝っぱらから気色悪いこと言ってんじゃないっ！」
「いきなり何すんねん、この暴力女がっ！」
「何ですってぇ〜〜〜っ！！」
そこでカスミもアスカに気付いた。
「あ、惣流さん」
「グーテン・モルゲン、カスミ」
「え、ええっ！？　え、え〜っと、グッド・モーニングでアイム・ファイン・サンキューは英語だよね。だから、そのぉ、ごっ、ゴメンねっ」
「アンタ馬鹿ぁ！？　何わけわかんないこと言ってんのよっ！　アンタは日本人なんだから日本語で挨拶すりゃいいのよっ」
「へっ！？　あ、じゃあ、おはよう、惣流さん」
「碇のボケも冴えてきたのぉ」
トウジの感想を無視してアスカがレイに目を遣る。
「ファースト・チルドレン！　アンタには挨拶、まだだったわね。アタシは弐号機パイロット。仲良くしましょ？」
アスカは左手を腰に当てて、上体を反らしたままレイに右手を差し出した。
「何故？」
「その方が都合がいいからよ」
「命令があればそうするわ」
「・・・変わった子ね」
「そら、お前やろが」
「何ですってぇ〜〜〜っ！？」
「ああっ、もう！　惣流さん、今のは仲良くしようっていう態度じゃなかったよっ？　綾波さんも、それじゃケンカ売ってるみたいだよぉ」
「ごめんなさい、碇さん」
「ちょっとぉ、何でコイツはアンタの言うことなら聞くわけぇっ！？」
「そら、お前と違て、性格が悪くないからや」
「何ですってぇ〜〜〜っ！？」
「はぅぅ、何でみんな、ケンカするのぉ〜？」
カスミはもう、泣きたかった。


リツコはＮＥＲＶ本部にある自分の研究室で、端末の画面と睨めっこをしていた。そこに表示されているデータは、弐号機も含める３体のＥＶＡのものであった。
ふと、いきなり誰かに後ろから抱きしめられた。
「少し、痩せたかな？」
「そう？」
「哀しい恋をしてるからだ」
「どうしてそんなことがわかるの？」
リツコを抱きしめていた男が、彼女の頬に手を遣る。
「涙の通り道にほくろがある女性は、一生泣き続ける運命にあるからさ」
「加持君、私を口説くつもり？」
「それは君次第さ」
「やめといた方がいいわ。あそこで怖〜いお姉さんが見てるから」
リツコの指差したところには、凄い形相で男を睨み付けるミサトの姿があった。リョウジがミサトを認めると、彼女はそのままの表情でリョウジに詰め寄る。
「アンタ、弐号機の引き渡しが終わったんなら、さっさと帰んなさいよねっ！」
「今日、辞令が降りてね。本日付けでここに配属になったよ。また３人でつるめるな」
ミサトとリツコとリョウジは、大学時代の友人だったのだ。
「誰がアンタなんかとっ」
ミサトが吐き捨てるように言う。
「ちょっと、痴話喧嘩なら他でやってちょうだい」
「何で私がコイツとっ！？」
ミサトがリツコに噛み付こうとしたとき、ＮＥＲＶに警報が鳴り響いた。
「使徒っ！？」


第７使徒迎撃のために、初号機と弐号機は海まで空輸された。先の戦闘で、第三新東京市の迎撃システムが大きなダメージを負ったため、今回の使徒迎撃は水際で行うことになったからである。
『あ〜あ、日本でのデビュー戦だってのに、何でアタシ１人に任せてくれないの！』
アスカのぼやきにミサトは嘆息する。
『アスカ、私達には選択する余裕なんてないのよ。生き残るための手段をね』
『２人掛かりなんてヤダな。趣味じゃない』
「惣流さん。ミサトさんや、オペレーターのみんなや、ＥＶＡを整備してくれてる人達も一緒に戦ってるんだよ？　それを忘れちゃ、ダメだよっ」
『カスミ・・・』
『なぁ〜によっ。１人でいい子ぶっちゃてさぁ！！』
カスミの言葉は、本来なら最前線で戦いたいと願っているミサトを感動させていたが、アスカの機嫌を直すことはできなかった。

（カスミちゃんって、何ていい子なのっ！）
（セカンドとは天と地の差だね、まさに）
（感動っす。もう言うことないっす）
臨時指令車の中では、オペレーター３人組も感動に震えていた。

初号機と弐号機の前方の海面に水柱が上がった。そこからは、やじろべえのような格好をした怪物が姿を現した。
「来たっ」
『カスミっ、援護射撃よろしくっ！』
弐号機がソニック・グレイブを両手に使徒に突っ込んでいく。カスミは慌ててパレット・ライフルを連射させた。
（何アレ？　コアが２つある！？）
『もらったっ！』
第７使徒は弐号機の攻撃で、あっさりと真っ二つになった。カスミは自分の心配が杞憂に終わったことにほっとしていた。
『ナイスっ、アスカ！』
『どぉ？　カスミ。戦いは常に無駄なく美しく、よ。臆病者のアンタにこんな真似できる？』
「凄いねっ。惣流さんっ！」
嫌味を言われたのにも関わらず、カスミは単純に感動している。と、悠々と引き上げてくる弐号機の後ろで、真っ二つになった使徒がぴくりと動いた。
「惣流さんっ！！　まだ動いてるっ！！」
『えっ！？』
アスカが振り向く前に、第７使徒は２体に分身した。
「何よコレぇ〜〜〜〜っ！？」
『なぁ〜〜んてインチキっ！！』
『カスミっ、アスカっ、来るわよっ！！』
ミサトの指示に我を取り戻したカスミが、慌てて援護射撃を再開する。アスカも同時に攻撃を開始した。だが２体の使徒は、いくら傷つけてもあっさりと再生してしまう。
「惣流さんっ、下がってっ！　体勢を立て直そう！」
『イヤよっ。アタシは臆病なアンタとは違うのよっ！』
『アスカっ、いいから下がりなさい！』
アスカは意地になってしまっているようだ。弐号機が２体の使徒に囲まれそうになっているのを見て、カスミは弐号機のもとへ駆け出した。
「戻ってよぉ！　このままじゃ負けちゃうよぉっ！」
『イヤよっ！』
カスミが弐号機のもとへ着く前に、弐号機は使徒に持ち上げられ、山の方へ投げ飛ばされてしまった。
『きゃああああぁぁぁっ！！』
「惣流さんっ！！」
『カスミっ、あなた１人じゃ無理よっ。後退してっ！』

ミサトの判断により、ＥＶＡによる使徒殲滅は断念。ＵＮ軍のＮ２爆雷を使って第７使徒は熱処理をされ、足止めには成功した。山のふもとの畑に頭から突っ込んだ弐号機は、カスミの初号機によって回収された。

『本日午前８時５８分２０秒、２体に分離した目標「乙」の攻撃により、弐号機、活動停止。初号機により回収。この状況に対するＥ計画責任者によるコメント・・・』
『無様ね』
「くっ」
リツコの容赦ない言葉に、カスミの隣にいるアスカの体が、びくんと震えた。
（はぅぅ・・・）
ＮＥＲＶ本部内、ブリーフィング・ルーム。カスミ、アスカ、リョウジ、コウゾウ、それとオペレーターの３人が詰めていた。マヤの淡々としたナレーションが響く。
カスミとアスカはモニターに向かって最前列の席、その後ろにはリョウジ、一番後ろの席にはコウゾウがそれぞれ座っていた。オペレーター達は壇上で会議を進めていた。
「また地図を書き直さなきゃならんな」
切り取られた海岸線の航空写真がモニターに映ると、コウゾウが愚痴った。
（これじゃ何のために海岸まで戦いに行ったのかわかんないよ）
カスミも嘆息した。
『Ｎ２爆雷により、構成物質の２８％を焼却に成功』
「これ、死んでるんですか？」
アスカがおずおずとコウゾウに問う。
「足止めにすぎんよ。再度進攻は時間の問題だな」
「ま、建て直しの時間が稼げただけでも儲けもんっすよ」
リョウジが飄々とした口調でいさめる。
「パイロット両名」
コウゾウが重々しい口調で２人を呼んだ。
「「はいっ」」
「君達の仕事は何かわかるかね？」
「ＥＶＡの操縦？」
「使徒の殲滅ですか？」
その言葉のズレに、２人の心構えの違いが浮き出ていた。アスカは自分のプライドのため、カスミは好きな人を守るため、それぞれＥＶＡに乗っている。
「カスミ君の言うとおりだ。まあ、カスミ君が戦闘中に言ったように、君達だけに責任を押しつける気はない。だが、弐号機パイロットは・・・」
「なんでアタシだけっ！」
「もう、いい」
コウゾウは嘆息すると、ブリーフィング・ルームを後にした。
「なんでアタシばっか、怒られるのぉ〜？」
アスカは不満そうだ。
「ま、協調性に欠けてたのは確かだからな」
リョウジがなだめるように言う。
「なんでアタシがこんなヤツとっ！　コイツはただ、いい子ぶってるだけじゃないっ！」
「私、第５使徒と戦ってるとき、使徒の攻撃をモロに受けちゃったの・・・」
突然カスミが口を開いた。その表情は堅い。
「そんなの、アンタが間抜けなだけじゃん」
「そのとき私、心停止してたんだって・・」
「・・・！」
流石にアスカもこの話には言葉を失った。
「使徒にやられたら、死んじゃうんだよ？　臆病ぐらいで丁度いいんだよ。私達が負けちゃったら、みんな死んじゃうの。そんなの、私、イヤだモンっ」
カスミの重い言葉にアスカが反論できずにいるのを、リョウジは楽しそうに眺めていた。


カスミが帰宅すると、待っていたのは段ボールの山だった。
「なにコレぇ？」
「あらアンタ、まだいたの？」
カスミを出迎えたのは、朱金の髪の少女だった。
「へ？」
「アンタ、今日からお払い箱よ」
「なにそれ？」
カスミが脅えた目になる。
「ミサトはアタシと暮らすの。ま、どっちが優秀かを考えれば、当然の選択よね」
「そ、そんなぁ、私、ここを追い出されたら、行くトコないよぉ」
カスミの顔はすでに恐怖に引きつっていた。
「はん？　アンタのパパって、司令じゃなかったの？」
流石にアスカも驚く。まさかこんなにカスミが脅えるとは思っていなかったらしい。
「私、お父さんには４歳のときに、捨てられたままだモン・・・」
涙目になって俯いてしまったカスミを見て、アスカの胸がちくりと痛んだ。それは彼女のトラウマを刺激する姿でもあったので。
「な・・」
「あらぁ、アスカってば、カスミのこと早速苛めてるの？」
アスカがなにか言う前に、突如やってきたミサトの言葉に遮られてしまった。
「私、お払い箱なんですかっ！？」
ミサトに振り向いたカスミが真剣に訴える。目は潤んで顔は恐怖に引きつっていた。
ミサトは深く嘆息すると、カスミを抱きしめた。
「馬鹿ね。私があなたを追い出すわけ、ないじゃない」
アスカもばつの悪そうな顔をしていた。カスミはミサトの温もりを確かめるように、その胸にぎゅっとしがみついて涙をこぼした。
「良かった・・・」
カスミの小さな呟き。冗談ではすまされないほど、この少女は捨てられることが怖いのだ。ミサトはその髪を優しくなでてやった。

「同居？　同居が訓練なんですか？」
「そ、今度の使徒を倒すためには、２つのコアに対して２点同時加重攻撃をするしかないのよ。そのためには２体のＥＶＡによる攻撃のタイミングを、完璧に合わせる必要があるの」
「はあ」
「だからあなた達にはユニゾンのための訓練を行う一方、同居してもらって体内時計も完璧に合わせてもらうわ」
「わ、わかりました」
素直に頷くカスミとは対照的に、アスカは頬を膨らましたまま、頬杖をついて顔を背けている。これはさっき、カスミを泣かせたことのばつが悪くて照れてるだけだと２人も気付いていたので、そのまま黙っていた。
部屋を追い出されて物置に住まなくてはならなくなったカスミは、不満がないわけではなかったが、さっき捨てられる恐怖に直面したばかりだったので、この結果にも一応満足することにした。


「どういうことや？」
「ま、惣流もミサトさんの家で同居してるとしか考えられないよね」
ユニゾン特訓が始まって２日後、ヒカリ、トウジ、ケンスケの３人はミサトのマンションに向かっていた。カスミ、アスカの２人がそろって学校を休んでるためお見舞いに行くことにした少年達であったが、その２人の住所が同じであることに気付いたのだ。
「でも２人そろって休みだなんて、戦闘で怪我でもしたのかしら？」
「綾波はそんなこと言ってなかったろ。なんか訓練でもやってるのかな？」
「訓練やったら、ＮＥＲＶ行くんとちゃうかぁ？」
「ま、いいわ。これから行けばわかるんだし」

ミサトのマンションに着いた３人が見たものは、ペアのレオタードを着たカスミとアスカだった。
「なんや、いつの間にお前ら仲良くなってん？」
「可愛いわねぇ」
「「これは、日本人は形から入るものだってミサトさん（ミサト）が・・」」
（売れる！　売れるぞぉぉ〜〜〜！！）
「あっ、相田君、なにビデオ回してるのぉ！？」
「これも友情かいな。よっしゃケンスケ、わしらもペアルック決めよか」
「だから気色悪いこと言ってんじゃないわよっ！！」
「いやぁぁ〜〜〜！！　不潔よぉぉ〜〜〜！！」
「いっ、委員長、なにを想像したのぉ・・・？」

５人で騒いでるところへ、レイを伴ってミサトが現れた。
「なるほど、そうやったんですか」
「で、訓練の成果はどうなんですか？」
葛城家リビング。カスミとアスカがひたすらユニゾンの特訓をする中、他の者はめいめいにくつろいでいた。ケンスケは熱心に２人の訓練風景をカメラに収め、ヒカリはペンペンを膝に乗せ、レイはカスミ達のやっているツイスターゲームを改良したダンスゲームのマニュアルを熱心に読んでいる。
カスミとアスカは、さっきからビープ音ばかり鳴らし、訓練の成果があまりないことを全員に晒していた。ついにアスカがキレる。
「もうっ、やってらんないわよっ。なんでコイツはこんなにトロいわけぇ〜っ！？」
「ごっ、ゴメンねっ」
ミサトは小さく溜め息をついた。カスミが頑張ってるのは傍目にもわかる。彼女は常に自分にできる最大限の努力をしているのだ。問題はアスカだ。協調性がない。勝手にテンポを速くしてしまうアスカに追いつこうと必死になっているカスミに対して、アスカは初めから合わせようともしていない。
ユニゾン訓練の意味を理解してるのだろうか？　いや、理解してたとしても、誰かに合わせると言うこと自体、彼女には屈辱なのかもしれない。
「じゃあ、やめとく？」
ミサトのイタズラ心が動いた。
「はんっ。他に人、いないんでしょ？」
「レイ」
「はい」
「やってみて」
「はい」
レイは当たり前のように、アスカの代わりにダンスゲームのシートの上にあがった。アスカは少し驚いた顔をしてから、レイを挑むような目つきで睨んだ。
カスミも流石に驚いたが、レイの様子があまりに普通なので、ミサトの言うことに従うことにした。

ゲームが始まった。
いつまで経ってもビープ音は鳴らない。２人の動きは綺麗なユニゾンを描いている。
（なにコレ？　綾波さんの動きを感じる。綾波さんの心を感じる。私達が恋人同士だから？　違う、そんなんじゃない。もっと単純な理由。綾波さんが私を感じてくれてる。２人の心が重なってるのがわかる。キモチいいカンジ・・・）
アスカの表情が堅くなった。
「これは・・・凄いわね。零号機が修理中じゃなかったら、迷わずレイとカスミを組ませたところだわ」
ミサトは考えていた以上の結果に、驚きを隠せなかった。
「もうっ、やってらんないわよっ！！」
アスカは突然ヘッドホンを投げつけると、玄関を飛び出してしまった。
「惣流さんっ！？」
「鬼の目ぇにも涙や・・・」
「あちゃー、闘争心あおろうとしたのが裏目に出ちゃったぁ」
「惣流さんっ！！」
ヒカリが、女の子を泣かせた責任を誰に取らせるか悩んでオロオロしている内（何しろカスミもレイも女の子なのだ）に、カスミがアスカを追って玄関を飛び出していった。レイはそんなカスミの背中を寂しげに見つめていた。
（碇さんがあの人を追って行ってしまった。碇さんは優しいから、人の痛みが怖いから。・・・何故私は哀しいの？　嫉妬？　そうかもしれない・・・）

アスカはコンビニのジュースの入った冷蔵庫の前でぼーっと座っていた。
「・・・惣流さん」
「わかってるわ。アタシはＥＶＡに乗るしかないのよ・・」
それから２人はジュースとお菓子を買って、マンションの屋上へ行った。すでに夕焼けが迫ってる。

「アタシは完璧にやってるのに、なんでそのアタシが怒られなきゃならないの？」
「ゴメンね。私も一生懸命やってるんだケド・・・」
「・・・」
「・・・惣流さんは、私と一緒に戦うの、イヤ？」
「はん？」
「言ったよね。私達は１人じゃ戦えないんだよ。みんなに助けてもらわないとＥＶＡを動かせないもの」
「ふんっ。アタシは誰にも頼らないわ。今までそうやって生きてきたもの。アンタとアタシは違うのよっ」
「私は・・・１人じゃ生きていけない。寂しいのはイヤだもん」
「アンタ見てるとムカムカするっ。そうやって弱音吐いてりゃみんな助けてくれるもんね。アンタ、そんなの恥ずかしくないわけぇ！？」
「恥ずかしくなんかないよっ。１人はイヤだもんっ。寂しいのは怖いよっ」
「・・・」
アスカは唇を噛んだ。自分が言いたくても言えないセリフ。自分の弱さをさらけ出すのは彼女にとっては恐怖でしかない。なのにこの少女はなんの躊躇もなく自分の弱さを見せている。
「だから・・・私はみんなを守りたいの。誰かが死んだり傷付いたりするのはイヤだから。・・・だから私はＥＶＡに乗ってるの・・・」
カスミは自分に似ているのかもしれない。アスカはそう思う。だからこそイライラさせられるかもしれない。自分が捨てたもう１人の自分。素直に泣きじゃくり、捨てないでくれと訴えるカスミ。アスカはそこに、捨てたはずの、本当は弱い自分の本性を見せつけられた気がするのだ。
今もカスミは素直に涙を流していた。
「私・・・使徒に勝ちたいよ。みんなを守りたいの。惣流さんが完璧なら、お願いだから私と一緒に戦ってよ。みんなを守ってよっ！」
「・・・わかったわよ」
「え？」
カスミは涙に濡れた顔を上げた。そこにはアスカの憮然とした顔があった。
「アタシだって、ミサトやファーストを見返してやりたいしね」
「惣流さん・・・」
自分はカスミが妬ましいのかもしれない。アスカは彼女の泣き笑いの顔を見てそう考えた。だからこそ強気に微笑んでみせた。
「ほらっ、行くわよ。特訓再開ねっ！」
「うんっ」

その日からカスミとアスカの動きは重なっていった。アスカがカスミに合わせるようになったからだ。
またアスカは、心の壁を少しだけ開いたとき、カスミの側はとても安らげるところだと言うことにも気付いていた。カスミはとても他人を気遣い、いたわる。それは孤独を知る少女が出した、アスカとは違うもう一つの結論なのかもしれなかった。


「今日で訓練も終わりだね」
使徒戦を明日に控えて、カスミとアスカはどこか神経を高ぶらせていた。
ユニゾンの訓練が始まって以来、２人は葛城家のリビングに布団を並べて敷いて一緒に寝ている。これもまた、訓練の一環であった。
「少しの間だけど、惣流さんと一緒に暮らせて、楽しかったよ」
カスミの無邪気な感想にアスカは眉を寄せた。
「一緒に暮らしたって言っても、訓練してただけじゃん」
「・・・ん。でもさ、私、こういう賑やかな家って、知らなかったから・・・」
天井を見つめながら邂逅するカスミに、アスカは言葉を失った。
「姉妹って、こんなカンジかな。私、ずっと憧れだったから・・・」
ユニゾンの訓練中、カスミはアスカの身の回りの世話を一身に引き受けていた。アスカもカスミに世話をさせながら、どこかくすぐったい気持ちでいた。
（お人好しにも程があるわね、コイツ・・・）
「アタシさぁ、次の住居、まだ決まってないんだよね」
アスカが悪戯っぽく言うと、途端にカスミの顔が輝いた。
カスミは、レイに対するものとはまた違った親しみを、アスカに感じ始めていたのだ。
「しょうがないから、これからも同居してやるわよ」
「うんっ、これからも仲良くしてねっ！」
カスミの笑顔を見ながら、アスカは心の中で苦笑していた。
同居を続けるということは、カスミはまたあの物置で暮らさなければならないということであり、さらにはアスカにこき使われ続けるということだ。
（コイツ、ホントに馬鹿ね・・・）


第７使徒に対するリベンジは、ほぼ完璧といえるほどの勝利で終わった。初号機と弐号機による美しいユニゾン攻撃は、見るものすべてを魅了した。ただ１人の少女を除いては・・・。
（胸が苦しい。何故？　私は弐号機パイロットに嫉妬してるのね。・・・醜い心。碇さんを傷つける想い。なのにとめられない。私がヒトでないことは碇さんには言えない。そのことを知れば彼女は私から去ってしまうから・・・。だから愛されていることに自信が持てない。だから私は苦しいのね）

カスミへの想いは、レイに微かな苦しみを与え始めていた。

（つづく）

後書き

カスミの言う「みんなを守りたい」って、実は寂しがり屋の裏返しだったわけですね。
彼女のこの性格は、物語をハッピー・エンドに導くための重要なキーになっていくと思います。
ところで８話９話とレイの出番が少なかったですね。おまけに百合度も低かった（泣）。
次回からまた百合度の高い話になっていきますので、お楽しみに（？）。

感謝の言葉：

トップページに戻る。
第１０話「マグマ・ダイバー」に進む。
作者のスニフさんへの感想メールはこちら（cage@hot.interq.or.jp）まで。
読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
続きが読みたい人は、感想メールを送りましょうね。