「・・・ん・・・」
レイの部屋、カスミは２人きりになると、彼女の頬に手を当て、唇を重ねた。
何度も鼻の位置を入れ替えて、その柔らかな唇を優しく味わう。レイの腕がカスミの背中にまわされると、カスミもレイの背中に腕をまわし、互いにきつく抱き合った。
不意にレイの舌に歯ぐきをノックされる。カスミは自分からも舌を差し出し、吸われるままにした。
「・・ふっ・・・んっ・・」
「んっ・・・んんっ・・・」
２人の少女のくぐもった声と、微かな衣ずれの音と、少女達の重ねた唇から漏れる湿った音が室内に響く。カスミもレイも頬を真っ赤に染めたまま、鼻息を荒らげて行為に耽溺していった。
抱き合った体から、絡み合った舌から、痺れるような感覚がカスミの背中を駆け抜け、頭の奥が白くなっていくのを自覚した。
やがて唇を離すと、２人のあいだに銀糸の橋がかかった。
「・・・はぅ・・・」
２人だけのゆっくりとした逢瀬は久しぶりだった。アスカはリョウジと買い物に行っている。ミサトも遅くなるらしく、カスミは少し遅くなってもいいと言われていた。
それで今日はレイとデートだったのだが、彼女と夕食をともにするために食材を買ってこの部屋に寄ったのだ。

レイの部屋は変わった。カスミの助けもあって、人の温もりを感じさせるようになっていた。
ドアチャイムが直され、鍵も掛けられるようになった。部屋は綺麗に掃除され、窓にはチェックのカーテンが掛けられ、床にはカーペットが敷かれた。シーツも、ネイビーブルーと白のストライプのシーツが新調された。他にも小さなテーブルと、少々の台所用具も置かれている。扉を直したクロークには、レイの私服も何着か掛けられていた。
今日ももちろん、レイは私服のワンピースを着ている。
レイは『ヒト』になることを努力し始めていた。

２人は口づけの余韻を存分に楽しんだ後、夕食の準備にかかった。


「碇カスミの戦い」第拾話　マグマ・ダイバー
　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ

「ええ〜〜〜っ！？　修学旅行、行っちゃダメぇ〜〜っ！？」
葛城家のリビングに、アスカの絶叫が響いた。彼女は今日、リョウジに買い物をつき合わせて旅行のためにわざわざ水着を新調したばかりだ。文句が出るのは当然だろう。
ミサトはアスカの様子を気にせず、いつものようにビールを飲んでいる。カスミはそんな２人をおどおどと見比べていた。
「アンタはどうなのよっ！？」
突然水を向けられてカスミは困惑した。
「えっ、え〜っと、戦闘待機でしょ？　仕方ないかなぁ〜って・・」
カスミは浮かれる級友達を横目に、自分が行けることはないだろうとすでに諦めていた。
「ふんっ。飼い慣らされたヤツってさいてぇ〜！！」
「ごっ、ゴメンね・・」
「コラコラ、カスミを苛めてもしょーがないでしょ」
（でもなんで使徒はここにばかり攻めて来るんだろ？　いや、１度太平洋で襲われたっけ。あのとき襲われたのは弐号機？　でも他の国でもＥＶＡを造ってるならなんでそこは襲われないの？）
大人達は自分達になにか隠し事をしている。そう感じるカスミであったが、そのなにかについて確証も得られずにいた。
「いい機会じゃない、アスカ。みんなが修学旅行に行ってる間に、少しでも勉強しておきなさい」
「何よそれっ！？」
「私のところにも、あなた達の成績は送られてくるのよ？　もちろん、この前のテストの結果もね」
「んもぉ〜〜〜〜っ、さいってぇ〜〜〜〜っ！！」
アスカの機嫌はさらに悪くなってしまった。


「しかし、お前等ＥＶＡのパイロットはホンマにたいへんやなぁ。修学旅行にも行けへんのかい」
「うん。しょーがないよ。気にしないで楽しんできてね」
「碇さん、綾波さん、おみやげ買ってくるわね」
「「ありがとう」」
今日は修学旅行の出発日。カスミとレイは友人達の見送りに来ていた。アスカも誘ったのだが、「見送りに行ったらムカツクからイヤ」と、すげなく断られてしまった。
「なんでお前等そろいもそろって来ないんだぁ〜」
ケンスケは少し涙目である。当てにしていたカスミ、アスカ、レイの水着写真が撮れなくなったためであろう。
「・・・なんか相田、切実ね」
「いや、なんでもあらへんで、イインチョ。それだけわし等が友情に篤｢っちゅうこっちゃ！」
トウジが慌ててフォローする。
「みんな、ありがとっ。じゃあ、いってらっしゃい、楽しんで来てねっ！」
「いってらしゃい」
「「「いってきま〜っす」」」


軽い水音をたてて、レイはプールに飛び込んだ。しなやかな肢体をくねらせて水の中を進んでいく様を、カスミは溜め息をつきながら眺めていた。
（人魚みたい・・・）
その美しさに、思わず見とれてしまう。アルビノの白い肌に白い水着。水にはいると、まるで裸身で泳いでいるように見えた。
カスミ、レイ、アスカの３人は旅行に行けなかったかわりに、ＮＥＲＶ本部のプールに遊びに来ていた。
だがカスミは、スクール水着の上にクリーム色のパーカーを羽織ったまま、プールサイドで授業用端末を広げていた。カスミは泳げなかったのである。
「カスミ、アンタ何やってんのよ？」
「・・・宿題・・・」
「ホント、お利口さんなんだからぁ〜」
からかうような口調に振り向くと、赤と白のボーダー柄のツーピースの水着を着たアスカが立っていた。シュノーケルと足ヒレも持参している。
「わっ、惣流さん、カッコイイ」
「でしょ〜？　せっかく沖縄でスクーバやろうと思ったのにさ。悔しいからここで潜ろうと思ってね」
「ふ〜ん」
「で、なんの勉強？」
「あ、コレだよ」
「はぁ〜ん、こんな簡単な公式やってるわけぇ〜」
アスカはカスミの脇からキーボードを叩いて、さくさく問題を解いていく。
「すっ、凄いねっ、惣流さん」
カスミの素直な賛辞に、アスカも悪い気はしなかった。
「まあね。大学も出てるしね」
「ええっ！？　凄いねっ！！　・・・でもどうして学校のテスト、悪かったの？　こんなにすらすら問題解いちゃうのに」
「設問が読めなかったのよ」
「あ、まだ漢字覚えてないんだ」
「そういうこと。で、こっちは何？」
「熱膨張だよ」
「これまた単純ね〜。要するに熱膨張ってのは、ものは暖めれば大きくなるし、冷ませば小さくなるってことでしょ？」
「あ、うん」
「アンタの胸も少しは暖めれば？　スクール水着だなんて、ホント似合いすぎよ」
「ぐっ・・・。はぅぅ」

アスカが潜る準備をするためカスミの側を離れると、代わりにレイがプールから上がってきた。
「綾波さん、泳いでるとき、すっごく綺麗だったよっ」
カスミは頬を染めながら、どこか自慢げに言った。
「・・ありがと・・」
レイも思わず顔を赤らめる。
「見て見てぇ〜〜っ！　バック・ロール・エントリー！！」
そんな中、アスカの脳天気な声がプールに響き渡った。


第８使徒の幼体が、浅間山の火口の中から見つかった。ＮＥＲＶはＡ−１７を発令し、使徒の捕獲が試みられることになった。早速召集される３人。
「これが使徒？」
ブリーフィング・ルームに召集されたパイロットの３人と、ミサト、リツコ、マヤ。彼女達の足元にあるモニターには、マグマの中で撮影されたのであろう、まるで人間の胎児のような使徒の姿が映されていた。
「そうよ、まだ完成体になっていない、いわば蛹のようなものね」
「じゃあ、使徒の子供？」
カスミはその幼体に興味があるのか、質問を繰り返す。
リツコが苦笑で応える。
「面白い表現ね。使徒に子供という概念があるのかどうか知らないけど」
「それで捕獲の作戦担当だけど・・・」
「はぁ〜い、アタシが潜るぅ〜！」
ミサトの言葉を遮って、アスカが立候補した。
「じゃ、アスカが担当ね。カスミは初号機でバック・アップ」
「はい」
レイがそこで、静かに挙手した。
「私は？」
「レイは本部待機よ」
「零号機は局地戦用のＤ型装備は規格外なのよ」
ミサトの指示を、マヤがフォローする。
「残念ねぇ〜、温泉行けなくって！」
アスカのからかいに、きっと睨み付けるレイ。
（碇さんと温泉、行きたかった・・）
（綾波さん、来ないんだ・・・）
カスミも残念そうな顔をした。

「ねえ、カスミ。これ、いつものスーツと違う？」
「う〜ん、同じに見えるけど・・・」
「・・よねぇ」
更衣室でプラグ・スーツに着替えたカスミ、レイ、アスカ。
アスカのスーツは耐熱用のものであるはずなのだが、見た目は普段のものと変わりなかった。
そのままケージに向かう３人。

「リツコ、これ、いつものと変わりないじゃん」
「手首のスイッチ、押してみて。そっちのヤツ」
「これ？」

ぶくぶくぶくぶく。

アスカがリツコに言われたようにすると、赤いプラグ・スーツは、まるで風船のように膨らみ始めた。
「何よコレぇぇぇぇ〜〜〜〜っ！？」
アスカの絶叫がケージにこだまする。それはまるで、赤い風船に手足を付けたような格好だった。
「こんなカッコ悪いの、アタシいやよっ。こんなの、カスミのがお似合いよっ！！」
「はぅぅ」
（何故？　あなたの方が似合ってると思うのに）
（カスミちゃんの可憐な雰囲気に似合うわけ、ないと思うわ。大丈夫、アスカちゃんならバッチリ似合ってるから）
心の中でツッコミを入れるレイとマヤ。悪意のないところが、さらに非道い。

Ｄ型装備の弐号機を見ると、アスカの機嫌はますます悪くなった。
「イヤぁぁぁ〜〜〜っ！！」
それはまるで、大昔の潜水夫のようであった。
「こんなカッコ悪いのイヤっ。アタシ降りるっ！」
「それは残念だったな。アスカのカッコイイ姿を見たかったのに」
そこに最悪のタイミングで、乱入してきたのはリョウジだった。
「いやああぁぁぁ〜〜〜っ！！　加持さん、見ないでええぇぇぇ〜〜〜！！」
アスカは恥ずかしがって、通路のドアに隠れてしまった。
「困りましたねぇ」
マヤがリツコを伺った。

レイは一連の騒動を、羨望の眼差しで見守っていた。感情のままに振る舞うアスカに対して、強い嫉妬を感じているのだ。常に『ヒトらしく』ありたいと願う彼女には、アスカの存在はあまりに眩しいものであった。
（なら、作戦は私が担当すればいい・・・）
長い間、大人達の命令を聞くことだけでこの世界に関わってきた少女にとって、それは当然と言える結論だった。
だから彼女は挙手をすると、きっぱりと言った。
「私が弐号機で出ます」
その手を払ったのは、他でもない、アスカだった。
「アンタが出るならアタシが出るわっ。アンタには弐号機を触って欲しくないの、悪いけどっ！」
レイは混乱する。
（何故？　わからない・・・）
レイはそんなアスカを、睨み付けることしかできなかった。


浅間山火口。空輸された初号機とＤ型装備の弐号機、そして臨時の指令車が展開されていた。
アスカはそこにいるメンバーに、リョウジがいないことに気付いた。
『あれ？　加持さんは？』
「アイツはいないわよ。仕事ないもの」
ミサトが不機嫌な声で答える。さっきリョウジが、アスカに対して茶々を入れたことに腹を立てているのだ。
『ええ〜〜っ。せっかく加持さんにカッコイイトコ見せようと思ったのに』
『残念だったね』
カスミがフォローする。

オペレーションが始まった。Ｄ型装備の弐号機は、命綱と冷却液を送るためのパイプに吊されて火口へ降ろされていく。
『見て見て、カスミぃ〜。ジャイアント・ストロング・エントリー！！』
大股を開いて火口に入っていく弐号機を見て、カスミは小さく嘆息した。

「目標予測地点」
「アスカ、何か見える？」
マコトの報告に反応し、ミサトは冷静に指示を出す。
『何もいないわ』
「思ったより対流が速いようね。マヤ、接触地点の再計算して」
リツコの指示にマヤも頷く。
「作戦続行、再度沈降よろしく」

『深度１４００』
『第２循環パイプに亀裂発生』
『弐号機、プログ・ナイフ、ロストしましたっ！』
指令車からの報告に、カスミは体を強張らせた。
『いた』
アスカからの通信に身構える。弐号機の作業は、初号機にはモニターされていないのが、カスミにはもどかしかった。
『目標、捕獲』
指令車の安堵の空気に、やっとカスミも肩の力を抜いた。

指令車に突然、アラーム音が鳴り響いた。
『何よコレぇ〜〜っ！！』
モニターの中の使徒が変化を始めていた。胎児のようだった使徒は、その形を変えながら、キャッチャーの中でもがいている。
「まずいわ、羽化を始めたのよ！」
リツコの声に、ミサトは背筋が凍るような思いだった。
「作戦中止！　キャッチャーを破棄、使徒を殲滅して！」
『了解！』
「カスミ、ナイフを急いで投擲して！」
ミサトが指示を出したときには、初号機はすでにナイフの投擲の体勢に入っていた。

『正面！？　バラスト放出！！』
アスカがなんとか使徒の体当たりをかわしたようだ。
使徒は周遊して、再び体当たりをしようとしている。その姿はまるで、カンブリア紀の古代生物アノマロカリスと、魚のカレイを足したような格好をしていた。使徒はマグマの中だというのに、まるで自由に泳ぎ回っている。
「アスカっ、初号機のナイフがそちらに向かってるわ。受け取って！」
『早く来てよぉ〜。って来た！』
弐号機にナイフが到達したとき、使徒の２度目の体当たりを仕掛けてきた。すかさず使徒にナイフを突き立てる弐号機。だが、硬い使徒の表皮を破ることができなかった。
「高温高圧、これだけの極限状況に耐えてるのよ。ナイフじゃ無理だわっ！」
リツコの分析に歯がみするミサト。
『そうだっ！』
『さっきのっ！』
アスカとカスミが何か思いついたようだ。アスカは弐号機の冷却パイプのひとつを引きちぎると、使徒の口に突っ込んだ。
「なるほど、熱膨張ね」
「冷却液、３番に集中！」
急激な圧力差に晒された第８使徒は、弐号機の命綱を引きちぎりながら、ぐずぐずと崩れていった。命綱が切れかかったのを見て、ミサトが目を剥いた。
「アスカっ！」

アスカは崩れていく使徒が、弐号機の命綱を引き裂いていくのを、絶望的な気分で眺めていた。弐号機はゆっくりと、マグマの中に落ち行こうとしていた。冷却パイプも引き裂かれてしまったため、Ｄ型装備も圧壊し始めている。
「やだな・・・。せっかくやったのに、ここまでなの？」
小さな衝撃。弐号機の落下が急に止まった。
「カスミ・・・」
普通の装備のまま、初号機は火口に身を躍らせ、命綱の切れた弐号機を掴んでいた。
『あっつぅ〜〜〜いっ！！』
「んもう、決まんないヤツねっ」
初号機からの間抜けな通信に、アスカは呆れていたが、その口元には笑みが浮かんでいた。


浅間山の温泉、カスミとアスカとミサトが露天風呂に入っていた。リョウジが送ってきたペンペンも一緒だ。
「ホント、カスミってお子様ねぇ〜」
アスカがカスミの胸を無遠慮に眺めながら言った。
確かにボリュームのあるミサトやアスカに比べると、彼女の胸は寂しい感じがしてしまう。ミサトやアスカが裸を隠さずにいるのに、カスミは前を恥ずかしそうに隠したままだ。
「はぅぅ」
アスカにからかわれて、カスミはさらに縮こまってしまった。
（いいもんっ。綾波さんに綺麗だって言ってもらえたから）
カスミは心の中で、いつもの小さな抵抗を試みた。
（綾波さんも一緒だったら、もっと良かったのに・・・）
ついそんなことを考えてしまう。しかし、レイと一緒に風呂に入るところを想像して、カスミは顔を赤らめてしまった。
（なんで綾波さんの裸、見たいと思うんだろ。同じ女の子なのに。やっぱり、好きな人って特別なのかな・・・）
レイの真っ白な体が、カスミの頭をよぎる。
（他の女の子の裸は、見ても別になんとも思わないのに・・・）
「ミサト、その傷って・・・」
アスカの声に、カスミは顔を上げた。ミサトの胸の大きな傷跡は、カスミも気になっていたが、訊けずにいたのだ。
「セカンド・インパクトのとき、ちょっとね。その内話すわ」
「・・・アタシの過去も、知ってるんでしょ？」
「ええ。・・・仕事とは言え、過去を暴くような真似して、ゴメンね」
「別にいいわよ・・・」
「あなた達２人は、似ているわね」
「私と惣流さんが？」
カスミにはわからなかった。自分のような寂しい子供時代を送ってきたのだとしたら、アスカのこの自信にあふれた性格はなんなのだろう。しかし、アスカはミサトの言葉に反論しようとはしなかった。
「アスカ、カスミみたいに、時には素直になることも必要よ？」
「アタシは・・」
反論しようとしたアスカを、ミサトは優しく抱きしめた。
「カスミもいらっしゃい」
カスミもおずおずとミサトの抱擁を受けた。ミサトは２人の少女を抱きしめながら、言葉を続けた。
「あなた達の子供時代は、確かに不幸だったかもしれない。でも、これから幸せになるためにも、心を閉ざしてはダメよ。覚えておいて」
ミサトの柔らかな言葉は、カスミとアスカの胸に、確かに沁み入っていった。

（つづく）

後書き

う〜ん、ミサトさんが大人ですね。いいカンジです。
カスミ、スクール水着はないだろう、とツッコミを入れたいところですが、泳げないのにわざわざ水着を買うヤツもいないか。

ところで裏設定ですが、最初に舌を絡めたのはカスミからです（＾＾；
レイはそんなこと知らなさそうだし。気持ちよくなってついつい、ってカンジですか。

大人のキス・・・なんですねぇ。（ポッ）
もうミサトさんに教えてもらわなくても大丈夫っ、と。（笑）
ラストの温泉でのシーン、いいですね。
これからの希望が持てそうで、楽しみです。

さて、読まれた方は、スニフさんに感想と気力を送って、執筆活動を応援しましょー♪