リツコとロンゲとマヤが、仕事の忙しさを愚痴りながらリニア・レールに乗り込んだ。彼等は皆、手にクリーニングの紙袋を持っている。洗濯する暇もないほど忙しいのだ。ロンゲはなぜかギター・ケースを担いでいた。
３人が乗り込んだ車輌にはコウゾウが座っていた。
マヤとロンゲが慌てて背筋を伸ばして挨拶するかたわら、リツコだけが平然とコウゾウの隣に腰をかけた。
「で、そちらは確か、零号機の起動延長試験だったかな」
「ええ。その後、シンクロ・テストも予定されていますが」
暗に多忙を当てつけるリツコ。しかしコウゾウは気付かなかったようだ。
「うむ。パイロット諸君はよくやってくれている。今晩あたりでも、食事に連れていってやるか」
さり気ない口調であるが、コウゾウの目的はカスミなのだろう、頬が染まっていた。リツコのこめかみが引きつった。
マヤとロンゲの目も怪しく輝く。
（じじいっ！！　なに盛り上がってるんすかぁっ！！　カスミちゃんは俺に惚れてるっつーの！！）
（フケツっ！　フケツよっ！！　カスミちゃんがこんなジジイの毒牙にかかるなんて許せないっ！　カスミちゃんは私が守るわっ！！）
スパークする様々な思惑を乗せて、リニア・トレインは走り続けた。


「碇カスミの戦い」第拾壱話　静止した闇の中で
　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


「お〜い、待ってくれぇ〜」
ＮＥＲＶ本部。
ミサトがエレベーターに乗り込むと、間抜けな声が廊下に響き渡った。その声の持ち主の姿を認めると、ミサトは無表情のまま「閉」のボタンを押した。
間一髪、件の人物はエレベーターに乗り込んだ。思わず舌打ちをするミサト。
「よぉ、ご機嫌ナナメだな」
「来た早々、アンタの顔見たからよ」
ミサトはリョウジから顔を背けたまま、不機嫌な声を出した。
「ま、そう言うな。せっかく再会できたんだ。素直に喜ぼうじゃないか」
「何でアタシがっ！？」
ミサトはリョウジを怒鳴りつけてから、プイッ、と再び顔を背けた。
「この前の・・・」
「え？」
「お礼、まだ言ってなかったわね」
「お礼？」
「ユニゾン攻撃のアイディアよ」
「ああ、あれか」
「一応、お礼を言っておくわ。ありがとう」
そう言いながらもミサトは顔を背けたままだった。苦笑するリョウジ。


カスミ、アスカ、レイは学校帰り、ＮＥＲＶ本部に向かっていた。その途中、カスミがレイとアスカを待たせて、タバコ屋の公衆電話から電話をかけている。
『何だ？』
受話器の向こうから聞こえてきた声はゲンドウのものであった。
「あ、あのっ、今度、学校で進路相談があって、そっ、それで先生が、保護者に言っておくようにって・・・」
父の冷たい声に、カスミは言葉が途切れ途切れになった。
『その件は葛城君に一任してある』
「あのっ、じゃあ、綾波さんは・・・」
『レイのことは赤木博士に任せてある』
「そ、そう・・・」
『それだけか？』
「う、うん・・・」
『私は忙しい。くだらんことで電話してくるな』
（くだらない？　私と綾波さんの将来がくだらないことなの？）
カスミは溢れそうな涙をこらえるのに精一杯だった。
『ああ、それから・・・』
ゲンドウとの会話は、不快な電子音の後、突然、途切れた。
「？」
カスミが受話器に耳を押し当てても、何の音もしなかった。


再びＮＥＲＶ本部。
ミサトとリョウジの乗ったエレベーターは、突然、停止した。中の照明も落ちて、非常灯に切り替わっている。
「・・・・・・アンタ、変なボタン、押した？」
「・・・いや？　って、俺は子供じゃないぞ？」

その頃、発令所はパニックになっていた。ここも停電のため、照明が非常灯に切り替わっていた。
「駄目です！　予備回線、つながりません！」
「生き残ってる回線は？」
「全部で１．２％！　２５６７番からの旧回線だけです！」
マコトは遅番、マヤはリツコと共に実験室にいるため、発令所にいるメイン・オペレーターはロンゲだけであった。コウゾウが彼に指示を出していく。
「生き残ってる電力は、すべてＭＡＧＩとセントラル・ドグマの維持に回せ！」
「全館の生命維持に問題が生じますが」
「かまわん。最優先だ」


「ねぇ、早く行こうよぉ」
だらだらと歩くアスカをカスミが急かす。
「それはアンタのパパ、ホントに忙しかっただけじゃないの？」
「そうかなぁ？　切られたって、感じじゃなかったモン。きっと下で何かあったんだよ」
「ったくぅ、アンタってホントに心配性よねぇ」
心底呆れたようなアスカの声。レイは焦るカスミを見ながら、「可愛い」などと場違いなことを考えていた。
第三新東京市は不自然なほど静かであった。そんな中、遠くから聞こえる選挙カーの声だけが響き渡っていた。

ゲートの前に到着すると、カスミは焦ったようにカードをスリットに通した。しかし、ゲートは何の反応も示さなかった。
「？」
レイがその隣のゲートで、同じ様な目に遭っていた。不思議そうに自分のカードを見るレイ。
「んもうっ、何やってんのよっ！？」
アスカはそんなレイを押しのけて、自分のカードをスリットに通した。
だが、やはり何の反応もなかった。
「どうなってんのよ、コレぇ〜〜〜っ！？」


エレベーターでは、いつしかミサトが険しい顔に変わっていた。
「こんなに経ってるのに復旧しないなんておかしいわ」
「ここの電力は？」
「正・副・予備の３系統。それが同時に落ちるなんて考えられない」
「となると・・・」
リョウジはのんきに天井の非常口を仰ぎ見た。
「ブレーカーは落ちたと言うより、落とされたと考えるべきね」
ミサトはアゴに手を当てて、考え込むようなポーズになった。


そんな中、第９使徒が上陸し、第三新東京市にゆっくりと近づいていた。
鍋か釜に４本の不自然に長い足を付けたようなその姿は、全身黒ということもあり、まるで蜘蛛のようでった。


ゲート前ではチルドレンの３人が、まだＮＥＲＶ内に入れずにいた。ＮＥＲＶ内に連絡を入れようとしても、有線も無線も、電話は不通のままだった。
ゲートだけでなく、エレベーターなども動かないことを確認してカスミとアスカが焦っていると、レイが１人冷静に鞄から緊急時のマニュアルを取り出した。
「「そっか！」」
そんなレイを見て、カスミとアスカが慌ててマニュアルを取り出す。しかし２人が読み始める前に、レイはすでに立ち上がっていた。
「こっちのゲートから入れるわ」
スタスタと歩いていこうとするレイの前に、突如アスカが立ちふさがった。
「待って！　行動する前にリーダーを決めましょ」
「リーダー？」
カスミが小首を傾げる。その可愛らしい仕草に、レイは人知れず心拍数を上げていた。
「そ。んで、当然リーダーはこのアタシ。異議、ないわね？」
「何が当然なのかわかんないけど、異議はないよ」
そう言ってにっこり笑ったカスミに、アスカの顔が赤くなった。
「カスミっ、アンタ、一言多いのよっ」
「ごっ、ゴメンねっ」
「ったくぅ、最近のアンタ、生意気よっ」
「そっ、そうかな？　ゴメンね」
「それに、そののんびりした喋り方もやめなさいよねっ、ムカつくから」
照れ隠しなのだろう、アスカの怒りはついに関係ないところまで及んだ。しかし少々ゆったりと喋るカスミは、早口なアスカを普段から少しイライラさせていたのも事実だった。
「そ、そんなぁ・・・」
「ふんっ」
「はぅぅ」
アスカが背を向けて歩き出すと、うなだれたカスミの頭をレイがなでた。思わず頬を染めるカスミ。
「あ、綾波さん・・・」
照れるカスミに、レイはただ優しく微笑んだ。


「しっかし葛城さんもだらしないよなぁ」
マコトは１人、ＮＥＲＶ本部に向かって歩いていた。手にはミサトから頼まれたクリーニングの紙袋を抱えている。
大雑把なところのあるミサトは、男に洗濯物を任せても平気なようだ。そんなミサトに、マコトは柔らかく苦笑した。
「この分じゃ、カスミちゃんに家事任せっきりだったりして」
実はこの想像は大ビンゴだが、マコトもまさか中学生の女の子の細腕に、一切の家事が任せられてるとは思わなかった。
「カスミちゃん、葛城さんの影響受けなきゃいいけど」
そしてミサトが聞いたら殴られそうなことを言う。
ふと、ニヤニヤと１人不気味に笑いながら歩いているマコトの目に、セスナ機が飛んでるのが映った。
「？」
『こちらは第３管区航空自衛隊です。只今、正体不明の物体が本地点に対し移動中です。住民の皆様は、すみやかに指定のシェルターへ避難してください』
「こりゃ大変だ！」
マコトは慌ててリニアの駅に飛び込んだが、そこは無人になっており、リニア・レールは止まってしまっているようだった。
「ど、どうなってんだ、こりゃあ！？」
呆然とするマコト。そんな彼の耳に、選挙カーの声が届いた。
「ラッキー！」


発令所には、実験中だったリツコとマヤ、それに司令執務室にいたゲンドウも姿を見せていた。
ＮＥＲＶ本部は空調もとまっているため熱気がこもっていた。リツコやマヤなどは、すでにぐったりとしており、気怠そうにうちわを仰いでいる。明かりにしているロウソクの炎も、不快さを際だたせていた。
「本部初の被害が使徒ではなく、同じ人間によるものとはやりきれんな」
コウゾウがゲンドウに愚痴る。
「所詮、人間の敵は人間だよ」
どこか達観したようなことを言うゲンドウ。その彼の足が、バケツの水で涼んでいるのはご愛敬であろう。


暗闇を進むチルドレンの３人。暗闇を気にせず進むアスカやレイとは違い、カスミは及び腰で歩いていた。レイは自分の腕にしがみつき、キョロキョロと辺りを伺いながら進むカスミに、優しい眼差しを向けている。
「怖い？」
「う、うん。ゴメンね・・・」
その様子にアスカが呆れる。
「ったくぅ、ホント根性なしよね、アンタって」
「だ、だってぇ・・・」
「だってじゃないっ！　アンタもチルドレンの端くれなら、もっとシャキッとしなさいよっ、シャキッと！　イライラするわねっ」
「黙って」
急にレイが、険しい顔付きになった。
「何よ、優等生！」
「人の声よ」
レイの言葉にカスミとアスカは耳を澄ませた。すると、確かに上階の通路から、拡声器を通したような人の声が響いてきた。しかもそれは、聞き覚えのある声だった。
「「日向さんだっ！！」」
カスミとアスカが嬉しそうに叫ぶ。
「「お〜〜いっ、お〜〜いっ！！」」
やがて日向の声が、３人にもはっきりと聞こえてきた。
『只今、使徒、接近中！　只今、使徒、接近中！　只今・・・』
「「「！！」」」
「使徒っ！」
「どっ、どうしようっ！？」
「時間が惜しいわ。近道しましょう」

レイの言った『近道』とは通風口のことであった。３人は四つん這いの格好で進んでいく。
「ったく、いくら近道だからって、こんなのカッコ悪いぃ〜」
アスカがぼやく。
「ねぇ、使徒って何なのかな？　天使の名を持つもの。・・・何で私達、戦うんだろ？」
「アンタ馬鹿ぁ？　わけわかんない連中が攻めてきてんのよ？　降りかかる火の粉は、取り除くのが当ったり前じゃん！」
「わけわかんないから戦うの？　そんなのおかしいよ」
「じゃあアンタは使徒をほっとけ、ってーの？」
「そ、そうじゃないけどさ・・・」
好戦的とは無縁のカスミは、常に戦いの意味を自問せずにはいられないようだ。
ちなみに３人は、アスカ、カスミ、レイの順で通路を進んでいく。２人の会話を聞きながら、レイは目の前でピョコピョコ動くカスミの小さく可愛らしいお尻を眺めて、幸せな気分に浸っていた。


マコトを乗せた選挙カーは、そのまま発令所に乗り付けた。
『現在、使徒、接近中！』
拡声スピーカーのままマコトが叫ぶと、発令所の時間が動き出した。
「冬月、あとを頼む」
「どうするつもりだ？」
「私はケージでＥＶＡの発進準備を進めておく」
「まさか・・・手動でか？」
歩き出したゲンドウの背中を見ながら、コウゾウは呆然と呟いた。
「しかし・・・パイロットがいないぞ？」

そのパイロットの３人は、分岐路に立っていた。
「右ね」
アスカが自信満々に宣言する。
「私は左だと思うわ」
「何よっ、アタシに逆らおうっ、てーの！？　馬鹿カスミっ！　アンタはどっちだと思うわけぇっ！？」
「わ、私も左だと思う」
「何でよっ！？」
「だ、だって綾波さん、この中じゃ、一番ここに長くいるんだモン。ここは綾波さんに従おうよ、ね？」
カスミの冷静な判断に、アスカは歯がみした。そんなカスミは、レイの腕にしがみついたままだ。それもアスカにとっては面白くなかった。レイの方が頼りになると、無言で言われたような気がするのだ。
「ったく、ムカつくわよねぇ、優等生は。いっつも澄ました顔しちゃってさぁ」
「こんなときにやめてよっ。使徒がきてるんだよ？」
「わ、わかってるわよ」
「だったらケンカなんかしないで、ね？」
「ふんっ。臆病者の癖に、アタシに説教なんかしないでよねっ」
「それとこれとは・・・」
「確かに碇さんは恐がりだわ。・・でも、冷静な判断力と分析力を持ってる・・・」
突然会話に加わったレイに、２人は目を見開いた。
「そしてあなたは大胆な行動力を持ってる・・・」
「だから何よっ！？」
「いがみ合うより、力を合わせた方が生存率は上がるわ」
（生存率って・・・）
そのストレートな言い方に、心の中で苦笑するカスミ。
「・・・でも、なんかそれって、アタシが考えなしみたいじゃん」
「だったら今は、感情的にならないで」
「わ、わかったわよっ」
アスカは納得したのか、照れ隠しのようにズンズンと歩き始めた。カスミはアスカを説得したレイに驚いたような視線を向けるが、レイはただ微笑みを返すだけだった。


「ふぅ、かれこれ１時間経過ってトコか？」
「一体、いつまでここにいればいいのかしらね」
エレベーターの２人は、だらしなく床に座り込んでいた。リョウジなどは上着を脱いでくつろいでいる。
「それにしても暑いわねぇ〜」
「空調もとまってるからな。暑けりゃ、上着ぐらい脱いだらどうだ？」
上着の前を開けて風を入れていたミサトは、リョウジの言葉に警戒するように、ジャケットの前を合わせて体を隠した。
「こういう状況下だからって、変な気ぃ、起こさないでよ？　アンタとは、もう何でもないんだから」
リョウジは柔らかく苦笑した。
「わかってるさ。手を出すつもりもないよ」
「そうはっきり言われると、ムカつくわね」
「はは。・・・でも、お前とつき合ったことは後悔してないよ」
不意にリョウジは真面目な顔付きになった。
「大学にも行かず１日中裸でゴロゴロしたり、くだらないことでケンカしたり。・・・お前と出逢って、つき合って、一緒に暮らして・・・その２年間だけが、俺の人生の中で別の世界での出来事みたいに輝いてるよ」
「・・・そんな臭いセリフ、よく平気で言えるわね」
そう言うミサトの頬も、少し染まっていた。
「いいよ、別に信じなくても。・・・ただ俺は、お前とつき合った２年間を胸に抱いてるからこそ、この先、この身に何が起こったとしても、悔いなく死ねると、そう思ってるだけさ」
穏やかに微笑むリョウジに、ミサトは怪訝な顔を向けた。
「何それ・・・？　どういう意味？」
「別に。こういうご時世だからね。深い意味はないよ」
「ふ〜ん、ま、いいわ」
ふと、ミサトの表情に緊張が走った。
「ところでシリアスな話してるトコ悪いんだけど・・・」
急に青ざめたミサトに、リョウジも怪訝な顔になった。
「私・・・さっきから、オシッコ漏れそうなのよね・・・」
「・・・マジ・・・？」
リョウジの顔も引きつった。


ケージでは手作業によるＥＶＡの準備が進められていた。ワイヤーを使い、大人数の作業員の力によってエントリー・プラグの挿入準備がされる。ワイヤーを引っ張る作業員の中には、司令であるゲンドウの姿も混じっていた。
「後はあの子達だけね」
その作業を見守っていたリツコが呟く。

その頃チルドレンの３人は、アスカ、カスミ、レイの順でダクトの中を這い進んでいた。またもやレイの目が、カスミの小さいお尻に釘付けなのはご愛敬である。
「またしてもカッコ悪いぃ〜〜」
やっぱりアスカが愚痴る。
「待って。下から声がするよ？」
「じゃ、多分、この下がケージね」
レイが頬を染めたまま冷静な判断を下す。
「んじゃ、どうすんのよ？」
アスカも戻ってきたため、３人は密着した。ダクトの底部が小さな悲鳴をあげる。
「叩いてみようよ」
そう言ってカスミは、ダクトの底を思い切り叩き始めた。
「お〜〜いっ、お〜〜いっ！」

がん、がん、がん、ばきゃっ。

「「きゃあああぁぁぁ〜〜〜っっ！！」」
ダクトが脆かったせいか、それとも３人の体重に耐えきれなかったせいか、ダクトの底はあっさりと抜けてしまった。無様にケージの床に降ってきたカスミとアスカ。レイだけが１人華麗に着地を決めた。
「あなた達！」
リツコは弾かれたように笑顔になった。ＥＶＡの発進準備を進めながらも、本当に３人がやってくるか不安だったのである。
「リツコっ、ＥＶＡはっ！？」
「発進準備は終わってるわ」
「電気もないのに？」
「人の手でね。司令のアイディアよ」
「お父さんの？」
「ええ。司令はあなた達が来ると信じて、自ら準備を進めていたのよ・・・」
リツコはどこか誇らしげに作業を進めるゲンドウを見つめた。
カスミはそんな父とリツコを見比べて、はっとした顔になった。
（リツコさん、もしかして・・・）

実力で拘束具を排除した３機のＥＶＡは、肩のウェポン・ラックにバッテリー・パックを積んで出撃した。しかし停電のためカタパルトは使用できなかった。横穴を四つん這いで進むＥＶＡ３機。
「やっぱりカッコ悪いぃ〜〜」
アスカがぼやいた。
「縦穴に出るわ」
ＥＶＡ３機は、四肢を踏ん張って縦穴を上り始めた。弐号機、零号機、初号機の順である。
「圧倒的にカッコ悪いぃ〜〜」
上から何かが降ってきた。その『何か』が零号機のウェポン・ラックに付着すると、ウェポン・ラックは煙をあげて溶解した。
「いけない、よけてっ」
レイの焦った声にアスカが反応する前に、弐号機が手を踏ん張らせているところにも溶解液が降り注いだ。手を滑らせて落ちる弐号機。
「きゃああぁぁぁ〜〜〜っ！！」
弐号機は零号機を巻き込んで、初号機に受け止められるまで縦穴を落ちていった。

第９使徒は、底部の目のような模様の部分から、次々と溶解液を降らせていた。
ＥＶＡ３機は、溶解液を避けるために横穴に戻っていた。
「肩のバッテリーも切れちゃったね」
「あと３分弱ってところか・・・」
「目標は本部に直接、侵入をはかるつもりだわ」
「どうしよう？　さっきのでライフルは落としちゃったし」
装備してきたパレット・ライフルは、今は縦穴の底に転がっていた。
「方法はあるわ」
アスカが自信あり気にニヤリと笑った。

アスカの立てた作戦とは、ディフェンスがＡＴフィールドを中和しつつ溶解液から身を張って他の２機を守り、バック・アップが縦穴の底までライフルを取りに行って、オフェンスがそれで使徒を攻撃するといったものだった。

「じゃ、ディフェンスは私が」
レイが当然のように一番危険な役割を受けようとする。それを阻んだのはアスカだった。
「お生憎様。ディフェンスはアタシがやるわ」
驚いた顔を見せるレイ。カスミもアスカが地味な役割を進んで受けたことに驚いていた。
「危ないよ？」
「だからよ。アンタにこの前の借りを返しとかないと、気持ち悪いからね」
『借り』とは浅間山でのオペレーションにおいて、カスミが通常の装備のまま、弐号機を助けるために火口に飛び込んだことである。
「それに、ファーストがさっき言ってた『大胆な行動力』ってヤツも見せてあげなきゃね」
それだけでなく、カスミに頼りになるところを見せたいのかもしれない。
「わかった。頑張ってね！」
「じゃ、行くわよ。・・・ｇｅｈｅｎ！！」
アスカの掛け声と共に、３機のＥＶＡは横穴から飛び出した。弐号機と初号機は四肢を踏ん張って縦穴に取り付き、零号機はブースターを噴射して縦穴を降りていった。
弐号機の背中に溶解液が容赦なく降り注ぐ。
「くっ、ぐうぅぅっ」
「碇さんっ」
レイは縦穴の底にたどり着くと、素速くライフルを拾って、初号機に向かって投げた。カスミはライフルを受け取ると即座に構えた。
「惣流さんっ、よけてっ」
そして弐号機が体をよけるのと同時にライフルを連射させる。発射された劣化ウラニウム弾が、次々と使徒の体を貫通し、やがて使徒は爆発した。作戦を終わらせたカスミは、縦穴を落ちてくる弐号機の体を受け止めた。
「これでアンタに借りは返したわよ」
「うんっ」


「あ〜〜も〜〜っ、なんで開かないのよっ！？」
エレベーターの中では、ミサトが天井の非常口と格闘していた。リョウジに肩車をしてもらっている。
「あ、ダメ・・・もう、ちびりそう・・・」
「頼むから、この体勢でちびらないでくれよ・・・」
リョウジの顔の引きつり度合いは、最大限に達している。
不意に照明が復活した。
「お？」
エレベーターが動き出すと、途端に２人はバランスを崩した。
「わっとっとっとっと！」
「イヤっ！　ちょっと、倒れないでっ！」
「目ぇふさぐな、目ぇっ！」
「きゃあああぁぁぁぁっっ！！」
２人は絡み合うように床に倒れ込んだ。絶妙のタイミングでエレベーターのドアが開く。そこにはリツコとマヤがいた。床に倒れ込んでいる２人を見て、リツコのこめかみが震える。
「フケツ」
そんな中、マヤの感情のこもらない声だけがエレベーター内に響いた。


使徒を殲滅した３人は、小高い丘から第三新東京市を見下ろしていた。街はまだ、電気が復旧していなかった。
「なんだか皮肉だね。街の明かりがないと、星がこんなに綺麗だなんて・・・」
「でも明かりがないと、人が住んでるカンジがしないわ」
アスカの言葉に応えるように、街に明かりが次々と灯っていった。
「ほら。アタシはこっちのが好き」
結局、アスカも寂しがり屋なのかもしれなかった。
「人は闇を怖れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ」
「てっつがくぅ〜」
レイの言葉にアスカが茶々を入れる。
「だから人間って特別な生き物なのかな？　だから使徒は攻めてくるのかな？」
「アンタ馬鹿ぁ？　そんなの、わかるわけないじゃん」
アスカの声は、あくまで楽しげであった。

（つづく）

後書き

ミサトと加持の会話、コミック版をほぼ丸写しです（＾＾；
コミック版のこの２人の関係はナチュラルでいいですね（特に５巻）。アニメ版の方はちょっとね。この辺が庵野氏と貞本氏の女性経験の違いのような気がします。

またアスカに「アンタのパパ」って言わせてしまいました（＾＾；
でもアスカのセリフ回しを考えたとき、１番しっくりくるのがこの言い方なんですよね。「アンタのお父さん」とか「アンタの親父」じゃ違うと思うし。
ま、確かにゲンドウはむさい髭メガネですが、髭とメガネを取ると、さらに悪人顔になりますから（って、それ全然フォローじゃねーよ）。

感謝の言葉：

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第１２話「奇跡の価値は 」に進む。
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