西暦２０００年、南極。
１人の男がその手に少女を抱き、荒れ狂う空の下を歩いていく。その男の向かう先には脱出ポッドがある。
やがてポッドにたどり着くと、男は血に染まった手で機械を操作していく。ハッチが開く。男は抱いていた少女をその中へ寝かせると、十字架のペンダントを少女にかけてやった。
ふと男の視線が全身を発光させている巨人を捉える。光の巨人は細身だが、その姿は禍々しく感じられた。男の胸に絶望がよぎる。
「お父さん……？」
脱出ポッドの少女が目を醒ましたようだ。男は頷くと、ポッドのハッチを閉めた。そしてそのまま力尽きたように倒れ込む。
やがて脱出ポッドと男のいる辺りを大きな衝撃波が襲い、すべてが吹き飛ばされていった。
海面を漂流する脱出ポッドのハッチが自動で開いた。その中から起き出す少女。彼女の服はボロボロで、怪我でもしているのだろう、あちこちから血を流していた。苦しそうに胸の辺りを押さえている。
その少女こそ、１４歳の葛城ミサトである。
ミサトの目の前で展開されるカタストロフィ。それこそが『セカンド・インパクト』だった。
ミサトは地上から雲を割って、天へと伸びる２本の光の柱を見た。それは先程の巨人の光の翼だった。
「お父さん……」
ミサトはいつの間にか、父の形見となってしまった十字架のペンダントを握りしめていた。


「碇カスミの戦い」第拾弐話　奇跡の価値は
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・スニフ


「おじゃましま〜す」
「おじゃましますぅ」
学校帰り、突然夕立に降られたトウジとケンスケは、カスミのところに急遽、寄ることにした。女の子の家を雨宿りに使うほど、２人とも無粋な少年ではないはずだ。しかしそれほどまでに、２人の少年がミサトに会いたい気持ちは強かった。
「ミサトさん、昨日は泊まり込みだったの。まだ寝てると思うよ」
２人にタオルを手渡しながら、カスミは小声で話した。
「じゃあ、静かにしてようぜ」
「せやな。睡眠の邪魔したらあかん」
トウジとケンスケは、指を口に当てて囁き合った。
「ああああぁぁ〜〜〜っ！！」
その静寂をぶち壊すように、バスルームからアスカの絶叫が響き渡った。
「アンタ達、何してんのよっ！？」
「雨宿りだよ」
思わずカスミは苦笑した。
「はんっ。アタシが目当てなんじゃないのぉ〜？　着替えてんだから、見たら殺すわよっ！」
「じゃかぁしぃわ、あほんだら！！　誰がお前の着替えなんぞ、見たいっちゅうねん！」
「ホント、自意識過剰なヤツぅ」
騒ぎを聞きつけて、ミサトが私室から出てきた。ＮＥＲＶの制服をビシッと、身に着けている。
「「ミサトさん、おじゃましてます！！」」
「いらっしゃい」
思わずヤニ下がった２人に、ミサトは柔らかく苦笑する。
「カスミ、今晩、ハーモニクスのテストがあるから、遅れないでね」
「はい」
「アスカもね」
ミサトはバスルームに向かって呼びかけた。
「は〜い」
「ああっ！！」
その様子を黙って見ていたケンスケが、驚いた声をあげた。
「ご昇進、おめでとう御座います！！」
ぱっと頭を下げたケンスケに倣って、トウジも一緒に頭を下げる。
「ありがとう」
ミサトは困ったような笑顔で答えた。

「ミサトさん、昇進したんだ。でも相田君、何でわかったの？」
ミサトが玄関を出た後、カスミは不思議そうに呟いた。
「ミサトさんの襟章だよ！　線が２本になってる。一尉から三佐になったんだ！」
「何？　ミサトのヤツ、昇進したの？」
バスルームから出てきたアスカもぽかんとしてた。
「くぅぅ〜、マジかよ、君達！　一緒に住んでるのに気付かなかったのか？」
ケンスケがオーバーに喚き立てた。トウジも目を瞑って腕組みしながら頷いている。
「ただでさえ、中学生２人を世話してるって言うのに、君達には人の心がないのだろうか！？」
「せやせや。人の心持っとんのは、わしとケンスケだけやな」
「そ、そんなぁ。襟章なんて知らないモン」
「はんっ。カスミ、こんなミニタリー・オタクの言うことなんか、まともに取りあってんじゃないわよっ。馬鹿が感染しても知らないから！」
「せやせや。そんなん気付くのは、ケンスケだけやな」
「トウジはどﾁちの味方なんだよっ！？」


３つのテスト・プラグを臨むコンソール・ルーム。ここではハーモニクス・テストが行われていた。
「汚染区域、ギリギリです」
「それでこの数値、たいしたものだわ」
マヤの報告に、リツコは感心したように頷いた。しかしその声色はそっけなかった。
「ハーモニクス、シンクロ率ともアスカちゃんに迫ってますね」
２人の話題はカスミのことだった。マヤはうっとりとカスミの映るモニターを見ている。
「これを才能と呼ぶのかしら？」
「まさに、ＥＶＡに乗るために生まれてきたような子供ですね」
アシスタントのオペレーターの言葉に、ミサトがピクリと反応した。
（違うわ。そんなこと、あっていいわけがない。……そんなの…哀しすぎるじゃない……）

実験が終わって３人がコンソール・ルームに引き上げてくると、マヤが素直にカスミを賛美した。
「凄いわ、カスミちゃん！」
「はい？　何がですか？」
「ハーモニクスが前回よりも８も伸びてるわ。たいした数字よ」
カスミから視線を逸らせつつリツコが答える。途端にアスカが面白くなさそうな表情になった。
「でもアタシより５０も少ないじゃん」
「あら、１０日で８よ？　これって凄いわよ！　良かったね、カスミちゃん」
「よかったわねっ、お褒めの言葉を頂いちゃって！」
カスミはマヤにもアスカにも、曖昧な笑顔しか向けられなかった。
「ふんっ、アタシ、先帰る！！」
そう言うとアスカは、ドカドカとコンソール・ルームを後にした。

更衣室で着替えながら、カスミは何度目かわからない溜め息をついた。レイが心配顔になる。
「さっきの……気にしてるの？」
「うん……。なんで惣流さんって、あんなにＥＶＡにプライド持ってるのかなって……」
「それは私にもわからない。……でも」
「でも？」
「あの人は、何かに脅えている」
「脅えてる？　惣流さんが？」
「ええ」

その日の帰り、カスミはミサトの車で送って貰っていた。外はとっくに雨があがっていた。
「テストの結果、良かったのに嬉しそうじゃないのね」
「そうですか？」
「何だか、興味ないってカンジね」
「……シンクロ率やハーモニクスと言われても、どうやって努力するのかわかんないんです。そんなことで褒められても……」
「そう」
カスミの素直な感想に、ミサトは優しげな笑みを向けた。
「それに惣流さんを怒らせちゃうだけだし……」
「さっきの、気になる？」
「……惣流さん、ＥＶＡに乗ることにプライド持ってるから……」
「そうね…」
ミサトは表情を引き締めて言葉を続けた。
「カスミ……、アスカのプライベートだから詳しい話はできないけど、アスカもあなたと同じように心に傷を持ってる女の子なの。それ、わかってあげてね」
カスミの脳裏に、母親を寝言で呼びながら涙を流すアスカの姿がよぎった。
「なんとなく…知ってました…」
「…そう…」
「ミサトさんこそ昇進したのに、嬉しそうじゃないんですね」
「そう？　……そうね」
「どうしてですか？　お給料とかも上がるのに」
カスミの子供らしい発想に苦笑しながら、ミサトは言葉を紡いだ。
「あなた達を危険な目に遭わせて得た地位よ。ありがたがれ、って言う方が無理ね」
「そんな……」
冷たい声色に脅えたカスミを見て、ミサトは慌てた。
「ゴメンなさい。……心に傷を持ってるのは、私も同じね……」
「ミサトさん…」
「ちょっち、公園にでも寄り道してから帰ろっか！」
ミサトは暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように、ルノーのアクセルをふかした。


「「「「おめでとうございます！！」」」」
「ありがとう、鈴原君」
「ちゃうちゃう、言い出しっぺはコイツですねん」
「はいっ。この祝賀会の企画立案はこの不肖、相田ケンスケ、相田ケンスケが担当致しましたっ！！」
「ありがとう、相田君」
ミサトの昇進祝賀パーティー。そこにはミサトのマンションの住人の他に、トウジ、ケンスケ、レイ、ヒカリが集まっていた。
料理はほとんどがデリバリーのものだが、肉の食べられないレイを気遣ってか、カスミの作ったサラダやパスタなども並べられている。
「なんや、綾波、さっきから碇の作ったもんばっか喰っとるやないか」
「肉、嫌いだもの」
「あらレイってば、そうだったの？」
「好き嫌いしとったら、大きゅうなれへんで」
「なんか鈴原が言うとヤラしぃ〜」
「どういう意味や、こらぁっ！？」
「碇さん、このパスタ、美味しい。後で作り方、教えてくれる？」
「うん、いいよ」
「ホントに碇さんのお料理、美味しいわねぇ」
「委員長も凄いじゃない。お弁当、いつも美味しそうだモン」
「惣流は料理しないのか？」
「アタシがそんなのするわけ、ないじゃん」
「なんや、おなごの癖に」
「やっだぁ〜〜、前時代的ぃ〜」
「そうよぉ、鈴原君。今時の男の子は、お料理もしなくっちゃ！」
「は〜い、俺はやってま〜っす！」
「われは飯ごう炊飯専門やろが」
「へぇ、サバイバルの訓練かなにか？」
「ちゃうちゃう、単なる趣味ですねん」
「さっすがミニタリー・オタク！」
「ちぇっ、別にいいだろ。料理には変わらないんだから」
「全然違うわよっ、馬鹿！」
「そうねぇ、違うんじゃなぁ〜い？」
「私も違うと思うわ」
「うん、違うと思うよ」
「私も…」
「せやせや、イインチョや碇に悪いで」
「…俺に味方はいないのかよ…」
何だか哀しくなってしまったケンスケであった。
「そう言えばアスカ、加持さんって方、まだ来ないの？　カッコいいんでしょう？」
「まあね。ここにいる芋どもとは月とすっぽんよ！」
「何やとコラぁっ！！」
噂をすれば影、と言う感じで、そこにリョウジとリツコが姿を見せた。２人はビールやつまみなどを持参している。
「よっ。盛り上がってるな」
「あっ、加持さぁ〜ん」
「私もいるわよ」
「さっきバッタリ会ったんでね。一緒に来たんだ」
「「怪しいわね」」
ミサトとアスカの声がハモった。
「ヤキモチかい？」
「違うわよっ」
（ミサトさんと加持さんか…。この２人、本当はお互いをどう思ってるんだろう？）
「しかし葛城が三佐か。こりゃあ、うかつにタメ口もきけなくなったな」
「何言ってんのよ、ぶわあ〜かっ」
「だが司令と副司令が揃って出掛けてるとは、それだけ葛城が信用されてるってことさ」
「お父さん、出掛けてるんですか？」
カスミが不思議そうに口を挟んだ。
「司令達は南極よ」
リツコはカスミの目を見ずに答えた。そんなリツコから、カスミも哀しげに目を逸らした。リツコに疎まれていることを、薄々と感じているのだ。
（お父さん、何しに南極なんか行ってるんだろう？　でもきっと、誰も教えてくれないよね。何でみんな隠し事ばかりするの？）


その頃、ゲンドウとコウゾウはかつて南極大陸と呼ばれた地帯を進む、艦隊の中にあった。そこは紅い海面と、ときどき突き出た無数の塩の柱のみが織りなす世界であった。
「いかなる生命の存在も許さぬ死の世界、南極……いや、地獄と言うべきかな」
周囲を見渡しながら、コウゾウが呟いた。
「だが我々人類はここに立っている。生物として、生きたままだ」
それに応えるゲンドウの声は、相変わらず感情を感じさせなかった。
「科学の力で守られているからな」
「科学は、人の力だよ」
「その傲慢が１５年前の悲劇、セカンド・インパクトを引き起こしたのだ」
そう言ってコウゾウは、紅い海を見遣った。
「その結果がこの有様だ。与えられた罰にしては、あまりに大きすぎる。まさに死海、そのものだよ」
「だが原罪の汚れなき、浄化された世界だ」
「俺は罪にまみれても、人が生きてる世界を望むよ」
「……」
「…カスミ君もそうだと思うがな…」
「わかっている…」
そう応えたゲンドウは、艦隊の中の空母に目を向けた。その上にはカバーで覆われた槍状の物体がくくりつけられていた。


第１０使徒は、突然、太平洋上に現れた。
オレンジ色をしたシンメトリックなその姿は、シュール・レアリズムの絵画のようであり、中央に位置している瞳のような模様がいかにも不気味であった。ＮＥＲＶ本部の発令所では、ミサト、リツコ、それにオペレーターの３人が使徒の分析を進めている。
第１０使徒は自分の一部を分離、降下させ、太平洋の海底にクレーターを作った。その後も徐々に誤差を修正し、ＮＥＲＶ本部へ近づいていた。
「さすがＡＴフィールド。凄い破壊力ね」
「落下のエネルギーと質量も利用してます。使徒そのものが爆弾みたいなものですね」
「Ｎ２航空爆雷による攻撃の効果も確認できません」
使徒はＡＴフィールドでサーチ衛星を破壊した。
「ＡＴフィールドの新しい使い方か……。来るわね、多分」
「次はここに、本体ごとね」
「南極の碇司令は？」
「使徒の放つ強力なジャミングのため、依然、連絡不能です」
ミサトは少し考えた後、決断を下した。
「日本政府各省に通達。ＮＥＲＶ権限において、特別宣言Ｄ−１７を発令します。半径５０キロ以内の全住民はただちに避難。松代にはＭＡＧＩのバック・アップを頼んで」
「ここを放棄するんですかっ！？」
流石に驚くマコト。
「いいえ。ただ、みんなで危ない橋を渡ることはないわ」

第三新東京市民の避難が始まった。市内から出る道路はすべて渋滞している。戦自のヘリも移送にかり出された。
ミサトの立てた作戦は、３機のＥＶＡを使徒の落下予測地点に配置し、使徒を直接ＥＶＡの手で受け止めるというものだった。あまりの作戦にげんなりするアスカ。
「悪いわね、無茶ばかり言って。この作戦が終わったら、みんなにステーキ驕るからね」
「アンタ馬鹿ぁ？　ファーストが肉嫌いだって言ってたでしょうが！」
「そっか、ゴメンゴメン。ま、とにかく何かご馳走するわ」
ミサトがブリーフィング・ルームを退出すると、アスカは早速グルメ本を鞄から取りだした。
「ファーストが肉嫌いなんで助かったわ。今時の子供がステーキで喜ぶか、ってーの。これだからセカンド・インパクト世代はビンボ臭いのよねぇ。…さってと、何驕って貰おうかな〜っと」
嬉々としてグルメ本をチェックするアスカに、カスミは小首を傾げた。
「何で惣流さん、そんな本持ってるの？」
「アンタ馬鹿ぁ？　乙女の常識じゃん」
それを聞いたレイが、不思議そうにカスミに目を遣った。
「そうなの？」
「えっ、えっと、違うと思うケド……」

３人はプラグ・スーツに着替えると、ケージに向かうエレベーターに乗り込んだ。
「ったくぅ。こんな作戦、成功したらマジで奇跡よね」
「でもみんなを守るためにも、奇跡は起こさなきゃ」
「アンタ、そればっか」
「うん。……そう言えば惣流さんって、どうしてＥＶＡに乗ってるの？」
「決まってんじゃん。自分の才能を世に示すためよ」
「自分の存在を？」
「ま、似たようなもんね」
「そっか」
（みんな、同じだったんだね）
３人のチルドレンは、表現こそは違うが全員同じ目的、自分の寂しさを埋めるために、ＥＶＡに縋っていたのだ。

カスミはエントリー・プラグに乗り込む前に、レイにケージ近くのトイレに連れ出されていた。
「何？」
「ここ、カメラ、ないから」
そう言ってレイは、カスミの唇を柔らかく啄んだ。
「綾波さん……」
「怖い？」
レイが穏やかに微笑んだのを見て、カスミは自分の不安をレイに見透かされていたのだと気付いた。
「大丈夫、きっとうまくいくわ」
「うん…。……不思議だね。綾波さんにそう言われると、ホントに大丈夫だって、思える」
「そう」
「頑張ろうね！」
「ええ」
２人の少女は、もう一度唇を重ねてからプラグに向かった。


「ここは私１人でいいから。みんなも退避して」
発令所では、ミサトがオペレーター達に、明るく声をかけていた。
「いえ、これも仕事っすから」（カスミちゃんの勇姿を見逃せないっす）
「ええ。あの３人が、少しでも楽に仕事ができるようにしてあげないと」（ホントはカスミちゃん以外の２人はどうでもいいけど……）
「子供達だけを危ない目に遭わせられませんよ」（って言うか、カスミちゃんだけを危ない目には遭わせないさ）
「あの子達は大丈夫。もしＥＶＡが大破しても、ＡＴフィールドがあの子達を守ってくれるわ。ＥＶＡの中が１番安全なのよ」
（（（そ、そんなぁ〜〜〜）））
なんだか騙されたような気がする３人であった。


配置の終わった３機のＥＶＡ。そのエントリー・プラグの中では、カスミが夜の公園でミサトから聞いた話を思い出していた。

『カスミ、私の父はね、自分の研究、夢の中に生きる人だったわ。そんな父を許せなかった。憎んでさえいたわ』
『……』
『母や私、家族のことなどかまってくれなかった。周りの人達は繊細な人だと言っていたわ。でもホントは心の弱い、現実から、私達家族という現実から逃げてばかりの人だったのよ。子供みたいな人だったわ』
『…家族という現実…』
『母が父と別れたときも、すぐ賛成したわ。母は泣いてばかりだったもの。父はショックだったみたいだけど、そのときは自業自得だと笑ったわ。けど……最後は私の身代わりになって死んだの』
『えっ！？』
『いつかこの胸の傷のこと、話すって言ったわね』
『はい』
『セカンド・インパクト。あれが起こったとき、私達親子は南極にいたの。私はあのときの南極にいた、最後の生き残りなのよ……』
『…そうだったんですか……。だから、ミサトさんはＮＥＲＶへ…？』
『……そうね。結局私は、父の復讐を果たしたいだけなのよ。あなた達を復讐の道具にしてるの』
『ミサトさん…』
『ゴメンなさい、カスミ。ホントは私、あなたに慕ってもらえるような人間ではないのよ…』
『でもっ、でもっ、そんなの違いますっ！』
『カスミ……』
『うまく言えないけど……、ミサトさんは、私達とちゃんと向き合っててくれて、何て言ったらいいか……私は道具にされてるって思いません。ミサトさん、ちゃんと私達に色々話してくれるじゃないですか！』
『…ありがとう、カスミ』

（使徒……ミサトさんのお父さんの仇か……。負けられないんだ、みんなを守るためにも）

３機のＥＶＡはクラウチング・スタートの体勢になっていた。そこに発令所からの通信が入る。
『目標確認、距離２万５千！』
『おいでなすったわよ。ＥＶＡ全機、スタート位置！』
３機のＥＶＡがスタートの体勢に入る。
『目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。ＭＡＧＩが距離１万まで誘導します。その後は各自の判断で行動して。あなた達にすべてを任せるわ』
「行くよっ。スタート！」
カスミの掛け声と共に、３機のＥＶＡは外部電源をパージしてダッシュに入る。使徒の落下予測地点に一番近いのは初号機であった。カスミのインダクション・レバーを持つ手に、自然と力が入った。
紫、青、真紅のＥＶＡが、第三新東京市を駆け抜けていく。空気を切り裂き、果てることなく加速していった。
やがて落下してくる使徒が見えた。その衝撃と熱で、雲が瞬時に蒸発していく。カスミはその姿を認めると、使徒の真下を目指して初号機の巨体を走らせた。
（間に合って！！）
小高い丘の上で歩みを止め、精神を集中させる。
「ＡＴフィールド、全開！！」
『受け止めた！』
発令所からも驚きの声が漏れた。初号機と使徒の強大なＡＴフィールドは、大気を震わせ、大地に衝撃波を起こした。干渉し合う朱金の光は、辺り一面を真っ赤に染め上げた。
「くっ、ぐうぅぅっ」
そのあまりの衝撃に、初号機の腕の筋肉が断裂し、足場の地面が踏み砕かれた。
『弐号機、フィールド全開！』
『やってるわよっ！』
そこに零号機と弐号機が駆けつけ、３機のＥＶＡによって使徒は支えられた。使徒の体が安定したのを見て、カスミがすかさず叫ぶ。
「綾波さんっ、今だよっ！！」
零号機がプログ・ナイフで使徒のＡＴフィールドを切り裂くと、アスカがそこに見える使徒のコアに向かってナイフを突き立てた。
『こんのぉ〜〜〜、目玉お化けっ！！』
やがてフィールドが消え、力を失った使徒はＥＶＡの上に覆い被さるように崩れ、そして爆発を起こした。

発令所に戻ったチルドレンの３人。その頬は安堵に弛んでいた。
「南極にいる碇司令から通信が入りました」
ロンゲの突然の報告。使徒のジャミングによって、不通となっていた電波システムが回復したのだ。
「おつなぎして」
オペレーターが回線をつなぐと、まず通信に出たのはコウゾウであった。ミサトの口から初めに出たのは謝罪の言葉だった。
「申し訳ありません。私の独断で、初号機を大破させてしまいました」
『気にすることはない。我々の目的は使徒の殲滅だ。そのぐらいの損害は、むしろ幸運だと言える』
「はっ」
引き続きゲンドウが通信に出る。
『ご苦労だった、葛城三佐。……ところで初号機パイロットはそこにいるか？』
「え、は、はいっ」
カスミは慌てて返事をした。まさかゲンドウに声をかけられるとは、思ってもいなかったのだ。
『話は聞いた。よくやったな、カスミ』
「え？　あ、はい……」
カスミはきょとんとしたままだ。どうやら自分が褒められたことが、瞬時にはわからなかったようだ。
『私からも言わせてもらおう。よくやったな、カスミ君』
「あ、はいっ、冬月先生」
今度は流石にカスミもすぐに返事をした。南極では、コウゾウがゲンドウに対して得意げな顔をしていた。小さく舌打ちをするゲンドウ。


その夜、ミサトとチルドレンの３人は、屋台のラーメン屋の前にいた。
「ミサトの財布の中身くらい、わかってるわよ」
憎まれ口だが、そんなアスカの気遣いに、ミサトは柔らかく破顔した。
そして４人並んで仲良くラーメンをすするが、カスミは考え事をしているようだった。
「アンタ、何難しい顔してんのよ。パパに褒められたのが嬉しくないわけぇ？」
「そうじゃなくてさ、何でお父さん、いきなり私のこと褒めたんだろう。今まで声もかけてくれなかったのに」
「不満なの？」
「…もしかしてお父さんも、私から逃げてるだけなのかな？」
「そうかもね」
ミサトが優しげに目を細めた。レイも穏やかにカスミを見遣っている。そんな中、アスカだけが不思議そうに首をひねった。

（つづく）

後書き

「俺は罪にまみれても、人が生きてる世界を望むよ」
コウゾウのこのセリフ、本編のをそのまま使ったんですが、これって補完計画を否定してるように感じるのは、僕が馬鹿だからでしょうか？　
とにかくこの話では、補完計画を否定してるセリフとして使ってます。

あと本編ではミサトとリツコがトイレでいがみ合うシーンがありましたが、アレも変。１話で「これは一大事ね」なんて、余裕の会話をしてた人と同一人物とは思えないっす。他に代案があったわけでもないのに、何でリツコはあのときだけ文句言ったんでしょうか？

ＳＳ書いてると、普段では気付かなかったような部分にまでチェックが入っちゃいますね。

感謝の言葉：

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読者からの反響は作者のやる気を湧き出させます。
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